やまとのとまと さん プロフィール

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やまとのとまとさん: tomatoの蒸気機関車館
ハンドル名やまとのとまと さん
ブログタイトルtomatoの蒸気機関車館
ブログURLhttp://tomato1953.muragon.com/
サイト紹介文1960年代後半 「撮り鉄」時代の撮影を思い出しています。当時のSLの写真です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供99回 / 365日(平均1.9回/週) - 参加 2015/05/22 10:58

やまとのとまと さんのブログ記事

  • SLの思い出 141 筑豊本線
  • この勝野の遠賀川の堤防は今も余り変わらないのだろう。この駅のあたりでしばらく過ごす。このあたりは平坦地なので煙は期待出来ない。写しやすい場所だったのだろう。この後しばらく列車が適度な感覚でやって来る。 1970.8.5 直方−勝野 10時20分頃、1732レ C5551が出発していく。きれいなカマだ。煙管のハンドルの十字が印象的だ。 しばらくすると直方から465レがやって来た。このスジは勝野を過ぎ [続きを読む]
  • SLの思い出 140 筑豊本線
  • 9時半過ぎに勝野駅に到着した。真夏の10時は暑い。そのような中を、まずは伊田線の423レを写しに行く。遠賀川を渡る鉄橋を目指す。この列車はC11の重連だからだ。遠賀川沿いに走る現在のR200号沿いに歩く。そんな時警報器が鳴り出す。筑豊本線の862レがやって来た。D60とキューロクの重連だ。 1970.8.5 直方−勝野 しっかりダイヤグラムを読んでいたら写していたと思うのですが。しかし、写真から見 [続きを読む]
  • SLの思い出 139 筑豊本線
  • 9時過ぎの2729Dで勝野に向かう。もちろん伊田線も撮れるからである。 途中、直方駅で停車中の一コマ。真夏の9時半頃の様子です。ホームには水が打たれています。暑い日だと思うのですが、ここからはけだるそうにしている様子はうかがえません。今ならクーラーの効いている待合室で、みんなスマホの画面しか見ていないのでしょうか。今とはずいぶん違います。人間の気質も? 1970.8.5 直方 ホームの向こうにはC [続きを読む]
  • SLの思い出 138 筑豊本線
  • 折尾から歩きながら撮影をしてきました。中間駅に近くなり、平坦部を4線が並んでいます。 1970.8.5 折尾−中間 9時前、D6022が6672レを牽き本線乗り入れ線を進んでいきます。 続いて客車若松行き728レが一番外側を黒煙を吐いて出発していきました。この角度からのC55はどのカマも素晴らしく見えます。 ところで、走っている線路の違いをわかっていただいたでしょうか。  次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 137 筑豊本線
  • 1970.8.5 折尾−中間 4線区間ですが2線しか見えません。オーバークロス部から南を向いています。ナメクジD5176が向かうのは鹿児島本線への乗り入れです。中間駅を出た時は、若松方面の線路と乗り入れの線路が併走します。このクロス部でわかまつからのせんろの下をくぐり乗り入れ線の上下になります。  次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 136 肥薩線
  • ちょっと一服 趣味のえびね蘭の本場の展示会を見に行きました。 ところが、今年は寒く展示会が延期になっていたりしました。 仕方がないので、肥薩線の人吉号を写しに行きました。 人吉駅に近い定番の撮影地でしたが、ここもまだ桜が残っていました。 桜吹雪の中を列車がやって来ました。 すでに撮影者が多くいましたので、端から手持ちで写したので写真が傾いています。修正の跡が、左下の白い部分です。しっかり写せていた [続きを読む]
  • SLの思い出 135 筑豊本線
  • C5557が若松から下ってきました。 1970.8.5 折尾−中間 交差部の築堤を上ってこの後降りて、鹿児島本線からの下りと並びます。 キュウロクの牽く683レは鹿児島本線から下ってきました。 写真にはひどいノイズが入っていてお見苦しいことお詫びします。しかし、交差分で鹿児島線から来る線路がよくわかる写真はこれしかありませんでした。 次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 134 筑豊本線
  • この4線区間ですが手前2線は鹿児島本線と連絡する上下線、向こう側2線は若松へと行く上下線です。D50が牽く726レが若松へと上り線を走っています。 1970.8.5 折尾−中間 この先に立体交差部があり、そこから中間よりは同方向に2線ずつになります。下りは中間駅で1線になり、上りは中間駅で2線に別れました。  次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 133 筑豊本線
  • 1970.8.5 折尾−中間 D6034が牽く724レがやって来た。国道3号線のクロス部でしょうか。しかし、9両の客車がぶら下がっている。朝 北九州の工場地帯に通勤する人たちが大変多かったのか?まさかガラガラで走っていたわけではないでしょうから。時間によってはそうなっていたと思いますが。 この後数本の通勤DCが行き交った後、先ほどのハチロクが香月に折り返し戻っていった。7時30分頃下りの651レが [続きを読む]
  • SLの思い出 132 筑豊本線
  • 北九州再開です。 1970年8月5日筑豊本線で撮影。 まずは、折尾と中間の間の4線区間で写し始めました。当時でも架線がない4線区間がどれくらいあったのでしょうか?午前7時前から歩き始める。朝の通勤時間帯だから列車はどんどんやって来る。 1970.8.5 折尾−中間 やって来たのは香月線からの124レだった。後ろのお寺のような建物は今もあるのだろうか。駅からはそう遠くはないと思いますが。 [続きを読む]
  • SLの思い出 131 磐越西線
  • ちょっと一服 一週間前、山にはまだこんなに雪が残っていました。 今までの撮影旅行で雪があったのはもちろん北海道でした。ホームグラウンドの関西線沿線では滅多にこのような光景は見ることが出来ませんでした。 2017.4.1 鹿瀬−日出谷 残雪の山をバックに平瀬の里を白煙をなびかせたばんえつ物語号が行きます。 [続きを読む]
  • SLの思い出 130 田川線
  • 油須原で写した写真の最後が残っていますが省きます。 5時半頃の433Dで伊田に戻りました。 1970.8.4 伊田 伊田駅で頭を付き合わせた重連が止まっていました。しかし、人影がないのは? この後、直方経由で宿泊地の八幡まで戻りました。長い一日だった。しかしよく写したものだ。明日も筑豊で写すぞ!  次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 129 田川線
  • 暑い中ウダウダと時間を過ごした様子がネガに残っていました。これは載せられませんが完全にバテた姿です。 行橋からやって来た、下り列車467レ。4時過ぎに伊田に向けて出発。このキュウロクは門デフだ。なかなか似合っているような気がします。 この列車と隣駅の内田で交換した464レ、補機付きが駅に進入してきた。編成の最後尾に薄い煙が見えます。補機の煙です。ところでバイクの駅員さんはどこまで行ったのでしょうか [続きを読む]
  • SLの思い出 128 田川線
  • 疲れが出ていたのかもう駅構内でしか写せていません。ダイヤグラムを見ていると次の列車まで余裕があるのに、ほとんど動いていません。せっかくの補機付きの列車6492レもこの状態です。もう少し内田方向に動いて築堤を上ってくる列車を写していたらと今になって悔やまれます。駅での撮影では編成の最後尾にかすかに煙が見えます。 補機を切り離した後、逆向きで伊田へ戻っていきます。次回に続く 1970.8.4 油須原 [続きを読む]
  • SLの思い出 127 田川線
  • 油須原駅には藤棚があった記憶があります。日陰になるその下に入り、列車がやってくる時間に近づけばそこから少し移動。築堤を登ってくるところや鉄橋を進むシーンは写せませんでしたが、けっこう絵になるシーンが写せたように思います。油須原駅を挟んだ両駅間は結構距離がありましたが、民営化になってからはちょうど撮影ポイント付近に駅ができたのではないでしょうか。 田川線は貨物はキューロクが牽いていました。石炭列車だ [続きを読む]
  • SLの思い出 126 磐越西線
  • ちょっと一服 4月1,2日残雪の中のばんえつ物語号の撮影に出かけました。 2017.4.1 鹿瀬−日出谷 一昨年5月 もう撮影に来ることはないだろうと思っていましたが、また撮り鉄チャンの血が騒ぎました。 山間に入ると斜面や北側の部分には雪がまだまだありました。 しかし、撮影者の30%はきっと60歳以上のシルバーだろう。時期的にも(高、大)学生はほとんど見かけなかった。しかたがないだろう。1日1往 [続きを読む]
  • SLの思い出 125 田川線
  • 田川駅から田川線に乗り換え油須原までDCで行きました。当時の鉄道雑誌の田川線の撮影には、車を使って効率よく撮影しようといった記事が出ていました。当時は運転免許をとれるような歳ではなかったので、どこへ行くにも自力かバスでの移動のみでした。油須原駅周辺での撮影に挑みました。重連ではなく後補機を付けグイグイ登ってくる写真がたくさん写されていました。そのような写真を写してやるぞの気持ちで油須原駅を降りまし [続きを読む]
  • SLの思い出 124 伊田線
  • 12時15分頃の2229D伊田行きに乗車。途中中泉で259レを抜かす。 1970.8.4 中泉 ところで、この伊田線がなぜ複線なのか?(現在もそうなのでしょうか?)複線化された頃は石炭の産出が相当多かったからなのでしょうね。石炭だけでなく石灰石もでしょうか。長大な貨物が運行されていたような記憶があります。写真にも残っています。筑豊の平坦部をキューロクが牽引していました。伊田線の写真は直方駅周辺と、 [続きを読む]
  • SLの思い出 123 筑豊本線
  • 直方駅構内で最後に撮影したのは、C55が牽く貨物列車若松行き8752レ。 1970.8.4 直方 ライトパシフィックC55やC57が貨物を牽く姿は似合わない。しかし、効率よく運用するためにはそんなことを言っておれないのだろう。ただ私的には、コンテナばかりの長大編成を高速で走行している姿はそうではないかもしれない。この後も吉都線や日豊本線、肥薩線でC57やC55が牽引する貨物をたくさん写しました。 [続きを読む]
  • SLの思い出 122 筑豊本線
  • 許可をもらい構内で撮影していますが、その間にも若松方向へまた、やって来た列車を写しました。しかし、この日が日曜だったのか?自分の記録では列車番号の記録を残していたのですが、単機でしか撮影されていません。 1970.8.4 直方   次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 121 筑豊本線
  • 筑豊本線ばかり写していましたが、時々伊田線の列車がやって来ました。中泉方向からキュウロクが牽く伊田線692レ。貨車が統一されきれいな編成です。何両ぐらいで編成されていたのでしょうか?数えていませんが、結構長い編成だったように思います。 1970.8.4 直方 直方駅の南側での撮影をひとまず終えて、この後構内へ移動したようです。 次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 120 筑豊本線
  • 5分もしないうちに逆キューロクがやって来た。465レ。しかし、この列車はどこ行きなのか。勝野を過ぎたらスジが消えている。?  そして10分もしないうちに1763レがD60の重連で登場。 1970.8.4 直方 常にこの列車は重連になっている。冷水峠があるからか原田まで重連が設定されていた。このあたりは平坦地なので迫力はない。しかしなぜか重連となるとウキウキするのはどうして?  次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 119 筑豊本線
  • 少し勝野方面に移動。切り通しのようなところを抜けると左右見通せるところで撮影。ここは今もそうだと思いますが、画面手前の複線は伊田線で奥側は筑豊本線だ。真夏の午前10時過ぎ、空はよく晴れて暑くなっていた。直方方向から8751レがやって来た。ダイヤからは飯塚までのスジが引かれているのが読み取れます。石炭や石灰石ではなく、混合の貨車で編成されている。 1970.8.4 直方 勝野方面から1732レC55 [続きを読む]
  • SLの思い出 117 筑豊本線
  • 陸橋の上からの撮影が続きました。来ない時は神社や石炭記念館の広場にいた記憶があります。今はGoogle地図でおおよその雰囲気はつかめます。当時の直方はSLの煙が漂っていたように思います。跨線橋から見える当時の沿線沿いの風景から、懐かしい思いがします。 10時頃862レが構内に入ってきました。D60とキュウロクの重連。この列車は新飯塚からD60の回送が付いて重連になっていたようです。そして今度は直方 [続きを読む]