やまとのとまと さん プロフィール

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やまとのとまとさん: tomatoの蒸気機関車館
ハンドル名やまとのとまと さん
ブログタイトルtomatoの蒸気機関車館
ブログURLhttps://tomato1953.muragon.com/
サイト紹介文1960年代後半 「撮り鉄」時代の撮影を思い出しています。当時のSLの写真です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供179回 / 365日(平均3.4回/週) - 参加 2015/05/22 10:58

やまとのとまと さんのブログ記事

  • SLの思い出 222 D51 加茂
  • デフレクターに装飾されたD51たちが3機連なったことがあります。「さよならSL三重連の旅 バンビ号」です。この列車は加茂→奈良間を三重連で走行しました。下り列車だけ三重連での運行でだったようです。 1972.9.24 加茂−木津 牽引したカマは先頭からD51940+944+882でした。     次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 221 D51 奈良 加茂
  • デフレクターに<つばめ>が装飾されたD51831とD51944。少し調べてみると、どんどん無煙化が進められていく中で奈良運転所に福知山機関区から1972年3月に配置されました。数日違いでやって来たようです。 1972.5.16 奈良 しかし、944はほぼ1年で休車から廃車されました。 1973.5.25 加茂駅進入 でも831も関西本線の無煙化まで働きますが、7ヶ月後には休車11月には廃車されてい [続きを読む]
  • SLの思い出 220 D51 奈良−木津
  • 奈良運転所のD51のデフレクターに装飾がされたのはいつかはっきりしません。しっかり調べたらわかるのでしょうが、撮影フィルムを見る限り、アレ付いているという感じです。 装飾されたのはD51831<つばめ>,882<月に鹿>,906<はと ピースのマーク>,940<かもめ>,944<つばめ>でした。 ただ、<つばめ>についてはD51831と944に付けられた写真が残っています。聞くところによると944 [続きを読む]
  • SLの思い出 219 D51 奈良−木津
  • 関西本線のSLが消える数年前の1971,2年頃、奈良運転所にD51は20両までは達しなくてもそれに近い数が配置されていた。何両かは近隣の無煙化された機関区から転属してきた。例えば後藤式切取りデフを付けたD51499だ。福知山から亀山を経てやって来た。 1973.4.23 1972年の何月頃かは?。D51940など奈良運転所のカマD51が4両とハチロクのナンバープレートが赤色に塗られた。 1972. [続きを読む]
  • SLの思い出 218 D51 奈良−木津
  • 奈良駅から木津への線路の少し先の北側に大きなガスタンクがあった。東側にはビルがあった。その非常階段?からの撮影です。多分決して自由に立ち入ることははばかられるところだと思います。鉄ちゃんとしては反省の一言です。 ナンバー真っ黒で何号機かわかりません。 1972.3.5 単機で木津まで回送、その後貨物の後ろに付いて加茂まで。加茂から後補機に。その逆もありました。 1972.3.5 関西本線の加太峠が [続きを読む]
  • SLの思い出 217 D51 奈良
  • 大阪万博の頃は日本の経済も大変な成長期でした。 若者の間ではスキーブームになっていたと思います。大阪から長野や新潟方面に夜行の急行が臨時列車で設定されていました。 一時期だったと思いますが、大阪駅からではなく、湊町駅から関西線経由で、銀嶺だったかシュプールだったか名前の付いた夜行が走りました。竜華区のD51906が牽いていきました。 1970.2.1 奈良 奈良駅は21時頃だったか?ハネが多く組み [続きを読む]
  • SLの思い出 216 D51 奈良
  • 少し間が空きました。 今まで奈良、木津駅間のC58を思い出していました。この奈良と木津駅間は本当のホームグラウンドでした。同じ区間ですが、D51を追っていた時に写した写真を少しの間載せたいと思っています。あまり変化のない写真ですが、それぞれの時々には必死になって写していたはずです。思い出しながらデータを見ていました。以前に使った写真もありますがご容赦下さい。 なお、手前味噌ではありますがネコ・パブ [続きを読む]
  • SLの思い出 215 C58 奈良−木津
  • 月のお参りや年間の大きなお参りの日には全国におられる天理教の信者さんのために団体の臨時列車が運行されていました。今も多くはないと思いますが、運行されているはずです。近鉄も時々天理教の臨時電車を走らせています。また、夜行バスや大阪空港や関西空港へのシャトルバスも全便ではありませんが天理駅を経由しています。 1970.10.24 奈良−木津 さて、1970年頃、大きなお参りがあったりしたのか頻繁に団体 [続きを読む]
  • SLの思い出 214 C58 奈良−木津
  • 奈良と木津間の最後は木津駅周辺です。木津駅を発車した列車は軽い上りをダッシュしてきます。 1970.8.20 奈良−木津 木津から少し奈良寄りに行ったところに神社があります。先ほどの奈良電車区なども丘陵の上の方は住宅や商業地になりましたが、線路の周辺はまだ田などが残っています。このあたり神社への侵入跨線橋が建設されたほかは、もまだ昔の様子が残っています。木津駅の駅前は再開発され、東側は住宅地の造成 [続きを読む]
  • SLの思い出 213 C58 奈良−木津
  • 木津方面からカーブ手前の直線を懸命に駆けてくるC58。 1971.5.5 奈良−木津 このあたりは現在の平城山駅付近でしょう。列車の左は道路や駐車場、店舗になっています。右の緑の部分の上の方は奈良電車区になっています。 1971.5.5 奈良−木津 12系の列車は天理教の団体列車でしょう。木津に向かうキハ35の列車が写っています。     次回に続く [続きを読む]
  • SLの思い出 212 C58 奈良−木津
  • しかし,このSカーブに国道24号のバイパスが建設されたり、新興住宅地の幹線道路との交差の建設、奈良運転所の移転で電車基地の建設などで大きく変わっていった。幹線道路は初め「外環状線」という名だったが、後に「ならやま大通り」とネーミングされた。夕方には夕日がギラリと当たり、その中をSL対が軽やかに駆け抜けていった。 1971.4.25 奈良−木津 写っている橋脚から右、ちょうどカマで隠れている部分が奈 [続きを読む]
  • SLの思い出 211 C58 奈良−木津
  • 木津方面に進むと一番気に入っていたSカーブがあります。平城山丘陵の真ん中あたりにあたる場所だろうか。木津から奈良方面はかるい上りだ。爆煙ではないが軽く吹き上がってくる。農小屋があったり良い雰囲気だった。 1970.4.26 奈良−木津 複線区間なので結構SLがやって来る。SL同士の離合も見られた。 1971.4.25 奈良−木津 この付近は下り線の方が一段高くなっていた。 1971.4.24 奈良 [続きを読む]
  • SLの思い出 210 C58 奈良−木津
  • 1971.2.7 奈良−木津 不退寺(平安時代初期の貴族で歌人の在原業平が開基したとされる。)が右端に見えます。もちろん今は家が建ったりして見通すことは出来ないと思います。 写真は不退寺前から南を向いて写しています。佐保川に向かって軽い上りになっています。 1971.3.11 奈良−木津 不退寺の前には水田がありました。冬場は木の葉が落ちてシルエットが印象的です。写真のカマは重油タンクを積んでいま [続きを読む]
  • SLの思い出 209 C58 奈良−木津
  • 一条通りとの踏切から北側は平城山丘陵の区間です。なだらかな地形の中を走っています。この周辺は佐保路と呼ばれ、不退寺があったりウワナベ古墳(宇和奈辺陵墓参考地)があります。平城京の北の端の方になります。古墳の横には、自衛隊の駐屯地が無い奈良県ですが、なぜか航空自衛隊の幹部候補生養成学校があります。そこには2本の給水塔?と今はなくなったと思うのですが煙突が1本ありました。昔は結構遠くから見えたものです [続きを読む]
  • SLの思い出 208 C58 奈良−木津
  • 関西本線の奈良駅と木津駅の間は撮影のホームグラウンドみたいな場所でした。もちろん撮影対象はSLです。1969年頃から撮影を始め1973年頃までですが、風景は大きく変わりました。ちょうど住宅需要がピークになるころ、平城山丘陵地は開発しやすく、大阪にも近いので大変盛んに造成が進められました。また、奈良市役所が旧市内の西に移されたこともあり奈良駅と木津駅間の風景は大きく変わっていきました。 区間の奈良駅 [続きを読む]
  • SLの思い出 207 C58 奈良駅
  • 当時の国鉄奈良駅の1番線は桜井線の列車の終発着ホームだったと記憶しています。行き止まりになっていたと思います。写真は桜井線に向かう荷貨物列車の発車です。 1970.4.23 奈良駅 編成は短くても発車時は盛大に煙を吐いてくれます。 1971.5.5 奈良駅 カラー写真に見られる大きなビルは農協の庁舎ビルだと思います。奈良駅の北側と南側には線路をまたぐ道路橋梁がありましたが、今は線路が高架されていて [続きを読む]
  • SLの思い出 206 C58 奈良駅
  • 奈良駅自体が橋上駅に大きく変わっています。関西本線の平城山駅や郡山駅から奈良駅へ、桜井線の京終駅から奈良駅への線路が高架になった。もちろん広い構内は奈良市の再開発で種々の建物が建設された。全くといって良いほど昔の光景はなくなった。 1971.8.20 奈良駅 写真は木津方面に発車していく荷貨物列車。ホームに渡る跨線橋が見えます。右奥には扇形車庫や駐機中のD51が見えます。湊町行きの快速のキハ35が [続きを読む]
  • SLの思い出 205 C58 奈良駅
  • C58重連単機でどこかに回送されるのでしょうか。 1970.4.23 奈良駅 当時の国鉄奈良駅は広い構内でした。転車台や扇形の車庫、石炭をSLに積み込む積載機、DCを係留しておく引き込み線などありました。写真には大きなガスタンクが映っています。大阪ガス?のタンクだったと思います。奈良駅北側周辺で写すとたいがい写っていました。ただ、このガスタンクの跡地が後にJR奈良駅周辺の再開発で問題になってしまい [続きを読む]
  • SLの思い出 204 C58 奈良駅
  • C58はそれほど目立ったSLではなかったと思いますが、なかなか使い勝手が良かったカマだとどこかの雑誌に書いてあったのを見たことがあります。もちろん運転したこともないの何が使い勝手が良かったのかは私にはわかりません。しかし、路盤がそんなに強固なところでなくても入線出来たようですので、そういう意味では使い勝手が良かったのでしょう。 1969.9.3 奈良駅 写真は私が写し始めた初期の頃の国鉄奈良駅での [続きを読む]
  • SLの思い出 203 C58 奈良−木津
  • 先日のWin10のUpdateでドライバにトラブル。やっと認識出来るようになりました。久しぶりのトラブルで修復の手順を思い出すのに少し手こずりました。なんとか使えるでしょう。古い機器を使っているとこういうことが起こるのか。動けばなんとかなるでしょう。 さて、今日も暑い日です。手抜きです。存在が余り目立たないC58でごめんなさいをします。 奈良運転所にはC58が数台在籍していました。奈良線や桜井線で [続きを読む]
  • SLの思い出 202 C57 亀山
  • 亀山区のC57は重油タンクなど載せていたので厳つかったが、C57198は別格だった。集煙装置がのっていなかったり、煙管の縁の丸みが残されていた。ナンバープレートも緑色の下地に金色がよく映えていた。伊勢市周辺でC57を撮影したことがあるが、この198にはお目にかかれなかった。 1972.9.1 亀山駅 この日は珍しく亀山に来たところ、運良く撮影出来た。おまけに朝日に輝く姿は美しかった。     次回 [続きを読む]
  • SLの思い出 201 C57 亀山
  • 名古屋区のC57139は何度もお召列車を牽引していた。きれいに整備されていた写真が紙面を飾るたびに写したいとの気持ちが高まった。しかし、1969年9月末で引退していたので写すことは出来なかった。現在はJR東海のリニア・鉄道館で静態保存されているようだ。現在も見学に行ったことはない。 自分が撮影していた時、C57139が引退するまでの間亀山区に行ったのは2回だけだから会える確率は低かった。名古屋発の [続きを読む]
  • SLの思い出 199 亀山
  • 前々回、C50を亀山で写せたのは停車中のみと書きました。しかし、今ネガの記録表を何気なく見ているとその記述は間違っていることに気がつきました。 駅構内で入れ換え作業に当たっているC50154のネガがあることがわかりました。写真を貼ってみました。この後、この客車編成の前には鳥羽行きのC57がたつことになります。 この頃、亀山区のC50は75と76に代わり154と109が構内での入れ換え作業に当たって [続きを読む]
  • SLの思い出 198  奈良運転所
  • 奈良運転所でも写すチャンスがあった。1度目は検査中で動輪が外されていた。動輪がピカピカに研磨されていた。 1969.9.3 奈良運転所 C5075 2度目は鉄道記念日の関連で展示中のものであった。 1972.10.13 奈良運転所 検査が終わったあと試運転で近郊まで走行した時もあっただろう。また、展示のために亀山からやって来た時と帰る時があったと思うが、その時の回送も写せたと思う。しかし、情報がな [続きを読む]
  • SLの思い出 197  亀山 糸崎
  • C50が本線で先頭に立って列車を牽引している写真を写したことがありません。 当時の鉄道雑誌にも「ハチロクを改良して誕生。軸重が重きなど使いづらいのでハチロクのように活躍出来なかった。現在は全て入れ換え仕業に就いている。化粧煙突や門デフを装備したカマもある。」と紹介されている。 自分が写したC50は亀山区と糸崎区での入れ換え中だった。正確には亀山では停車中のみ。 1969.8.13 亀山区 走行写真 [続きを読む]