pooh さん プロフィール

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poohさん: foto-poohのブログ
ハンドル名pooh さん
ブログタイトルfoto-poohのブログ
ブログURLhttp://ameblo.jp/foto-pooh/
サイト紹介文写真、カメラ、飛行機のプラモデル、模型エンジンなどについて書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供703回 / 365日(平均13.5回/週) - 参加 2015/05/25 00:26

pooh さんのブログ記事

  • 大和光機 ARTRONIC F ZOOM アートロニック
  • 1963年に大和光機がフォトキナで発表したフォーカルプレーンの一眼レフで、絞りを選ぶとシャッター速度が電気的にシャッターを制御され適正露出を得るものです。電子シャッターを採用したカメラとしては世界最初のものでした。つまり絞り優先オート一眼レフということです。まだcsdの露出計が普及し出した頃に小さなカメラメーカーが発表した画期的なカメラでした。一緒にレンズシャッターカメラ(アートロニックL)も発表したようで [続きを読む]
  • ILOCA STEREO RAPID
  • イロカは中級機や初級機をたくさん出していて、そのかなりの種類がアメリカに輸出されていました。ただエポックメーキングのような飛び抜けた性能のカメラや、コレクションになるようなカメラは出していません。ただしステレオカメラについてはかなり頑張っていて、いろいろな種類を販売していました。このカメラはイロカ独自で販売していたようですが、このカメラから距離計を省いて少しスペックダウンしたカメラはリアリストから [続きを読む]
  • シンボリカを持って散歩
  • 今日も水曜日で奥さんが休みだったので昼から出かけました。前回結婚記念日に持って行って途中で故障したツアイスのシンボリカを今日も持って行きました。ピントリングを直し、巻き戻し軸が回すと自動的に上がるように調整し、シャッターチャージが時々不完全になるのを調整して完璧になっているはずです。ところがこのカメラを直すために巻き戻し軸を硬い状態で回したり、シャッターチャージがうまくいかない原因を探るために何回 [続きを読む]
  • シンボリカを持って散歩
  • 今日も水曜日で奥さんが休みだったので昼から出かけました。前回結婚記念日に持って行って途中で故障したツアイスのシンボリカを今日も持って行きました。ピントリングを直し、巻き戻し軸が回すと自動的に上がるように調整し、シャッターチャージが時々不完全になるのを調整して完璧になっているはずです。ところがこのカメラを直すために巻き戻し軸を硬い状態で回したり、シャッターチャージがうまくいかない原因を探るために何回 [続きを読む]
  • MINOLTA SRTについて
  • ミノルタのSRTシリーズは日本ではマイナーチェンジをしてもずーっと101だけできていて、終盤にスーパーやTがなくなりSR101/505が出て終わりました。海外では途中に多くのバリエーションを出しながら長く続いていたようですがその時に名称を変えたりもしていました。詳しくはネット(CAMERA PEDIA)に出ていましたが、それとは別に私が調べてまとめたものを書いてみます。私は大きく3つのシリーズに分けてみました。それは機種名の最 [続きを読む]
  • OWLA STEREOについて
  • 天賞堂が販売していたというオウラステレオですが、基本形はどれも同じようですが細かいところが結構違っていて何種類もあるようです。というのも私が持っている3台が3台とも似たところもあれば全く違うところもあり、生産台数はそれほど多くなかったはずなのになぜこんなに種類があるのかが気になりチェックしてみました。それと何となくですが、このステレオカメラと東郷堂の横二眼レフのトヨカ35のボディーに似ているように思う [続きを読む]
  • MINOLTA SRT-200 ミノルタ
  • ミノルタは海外で販売するものを国によって名称を変えていました。また日本では売っていなかったモデルも出していて海外から戻ってくるカメラの中には日本で見たことのないモデルも良くあります。このSRT-200もそんなカメラの一台です。私が学生だった頃、アメリカ人の友達がカメラを持って日本に遊びに来た時に肩から下がっていたのはミノルタSRT-100というカメラでした。これは高速シャッターも省かれていたので良く覚えています [続きを読む]
  • ショックな出来事、4万円がー。
  • 友人から頼まれて四月からまた仕事をすることになり、保険を切り替えなくてはいけなくなりました。今は継続で社会保険に入っていますがもちろん掛け金は自腹です。それが四月からは勤務予定のところの保管に入るのですが、事例をもらうのが5日だということが先ほどわかりました。今の保険は今月末で切れてしまいます。また人ん継続するという契約で加入しているために割引が適応されています。四月1日から仕事が始まればそのまま継 [続きを読む]
  • RICOH AUTO SHOT リコー
  • リコーオートショットは1964年に発売されたコンパクトカメラで、ベストセラーだったリコーオートハーフの遅れること2年でほとんど同じスペックのフルサイズになっています。この年は東京オリンピックの年で、写真を撮影することが多くてスプリングモーター内臓のこのカメラは活躍できたと思います。その上ハーフサイズではないので、縦長の写真が多くなることもありません。装着されているのがテッサータイプのリケノン35/2.8でこ [続きを読む]
  • CANON FT キャノン
  • 私が最初に買ってもらったカメラがキャノンデミEE17で、当時のハーフカメラとしては高級な方でシャッター優先オートを組み込んで大口径レンズを装備していました。そのカメラについてきたカタログに当時のキャノンの詩品がずらっと掲載されていて、写真に興味を持ち出したばかりの私には興味津々でした。そこに出ていたカメラを見ているうちに一眼レフを意識しだし、キャノンのFXから始まるシリーズに興味を持ち出しました。とにか [続きを読む]
  • SYMBOLICA 故障 次から次へと
  • 昨日結婚記念日の撮影をしようとシンボリカを持って行きました。レンズがテッサーなので写りは間違いないという考えからでした。一応一通りのチェックを済ませてフィルムを入れて出かけました。そしてみなとみらいでカメラを取り出して撮影しようとしたらフォーカスリングが外れてしまいました。フードをつけていたので多少大きな力が加わってしまい、止めていたネジが緩み外れたのです。これではピントがわからないにで撮影は断念 [続きを読む]
  • MINOCORDのバリエーションについて③
  • 我が家の一番古いミニコード(1000番台)はボディーナンバーとレンズナンバーが一致しています。それ以降はほとんどがレンズナンバーの方が大きい数字です。もちろん前後しているとこもありますが、我が家の10000番台で最後のボディーとレンズの番号の違いは、ボディーの方が26番大きいだけです。この程度ならテスト機や欠番、予備パーツなどを考えると不思議ではありません。ところが16000番台だけはレンズナンバーがボディーナンバ [続きを読む]
  • MINICORDのバリエーションについて②
  • ボディーカラーの変化が5400番台、トリガーも5400番台くらいから。ただしそのすぐ後もボディーに初期のトリガーのついたものもありこの前後で入れ替わり多少混在しているのかもしれません。我が家には11000番台から15000番台は1台もなく、16000番台が5台ありますがそれらはまた違うトリガーが付いています。レンズに関しての違いも多少ボディーとレンズとの番号の入り混じりがある関係で多少幅ができてしまいますが大体トリガーに [続きを読む]
  • MINICORDのバリエーションについて①
  • ミニコードは本によると10年くらい作られていたとなっています。本当にそんなに長く作られていたかどうかちょっと疑問もあります。我が家にある一番大きいシリアルナンバーは17000のちょっと前です。捨て番があったとしても1000くらいだと思います。理由は1000番台のカメラがあるからです。そうすると少なくとも17000−1000=16000台です。これを10年で割ると一年に1600台、日曜日が休みだとすると1日で5台くらいの生産になってし [続きを読む]
  • 散々探していたミニコード発見
  • 父親がサンフランシスコで当時珍しかったミニコードを見つけ、手にまでとったのに買わずにそのあとすぐに売れてしまったという経験をして、すっかりミニコードのファンになってしまい、安いのを見つけては買い足してあとちょっとで20台というところまで来ました。その中で2年ほど前に入手したミニコード(シリアルナンバー53・・)がどうしても見つからず、ずーっと探していました。それが今回の棚を買って整頓した結果ついに姿を現 [続きを読む]
  • 結婚記念日
  • 今日は私たちに結婚記念日で、どこかに出かけようということになっていましたがあいにくの雨で私は数日前からちょっと風邪気味、奥さんは明日朝一で仕事なので濡れないところという条件がついてしまいました。その上昨日は奥さんが職場の歓迎会で帰宅が遅かったとこもあり、結局横浜まで出ようということで新装されたジョイナス(昔のダイヤモンド地下街)を散策することになりました。三ツ沢競技場に行く時によく通り抜けてはいまし [続きを読む]
  • ZEISS 交換バックのフィルム装填
  • フィルムの装填方法はコンタフレックス用もコンタレックス用も同じです。① 交換バック底のロックつまみを開に位置にします。② 引きブタをロック解除ボタンを押しながら抜きます。③ パトローネを入れる部分の蓋を銀色のロック板を、持ち上げながら上に引き抜きます。④ 巻き取り側のカバーを左に回転させて開きます。(表面に滑り止めがあるのでそこを指で回す) ⑤ フィルム圧板を押しながら、リーダー部分をスリットか [続きを読む]
  • ZEISS 交換バックの使い方
  • コンタレックスやコンタフレックス用の交換バックの見分け方について書きましたが、使い方がわからなくて取れなくなっている人もいたので簡単に説明します。基本的な注意時事項を書くと、交換時は必ず巻き上げてあるか確認すること。巻いていなければ、引きブタを入れずにまず巻きましょう。次に引きブタをまっすぐに差し込みカチッっというまで押し込んでください。この状態で初めて着脱ができます。巻いていなかったり引きブタを [続きを読む]
  • CONTAREX BACKとCONTAFLEX BACK
  • コンタフフレックスもコンタレックスもツアイスの看板一眼レフで、共にシステムカメラとして構築していました。ただレンズシャッターとフォーカルプレーンという違いからレンズを含めほとんどは専用アクセサリーで共用できるものは非常に少なかったのでアクセサリーを購入するときにはきをつけなければなりません。ただ最近はあまり詳しくない人が販売している場面が多いのか、混同していて間違った機種名で売られていることがあり [続きを読む]
  • NO.2 PEARL コニカ
  • 1923年に発売された日本初の120フィルム使用カメラNO2パールのの改良型で、1929年頃に発売されたモデルでその中の普及モデルです。上級モデルにはドイツ製のローデンストック製トリナーとプロントがついていますが、このカメラはアメリカウォーレンサック製のデルタスf6.8(トリプレット)とガマックスシャッター(エバーセット式)がついています。小西六(コニカ)は自社のレンズができる前、 よくアメリカ製のレンズやシャッター [続きを読む]
  • AGFA KARAT IV アグファ
  • アグファの35ミリスプリングカメラです。カラート36の方が先に発売されていたようでこちらは1956年ころ販売されていて、カラート36との違いは軍艦部を設計し直したことです。角ばった感じから丸みを持った柔らかいイメージに変えています。それに伴い前板デザインも丸みを持ったものになっています。また距離計も上下像合致式から普通のレンジファインダーカメラと同じように二重像合致式に変わって馴染みやすくなりました。ただも [続きを読む]
  • MINOLTA 110 ZOOM SLR ミノルタ
  • このカメラはポケットカメラが流行りだし、各メーカーが初級者用から徐々にグレードアップして行く中で、何社かが一眼レフを開発しているというニュースが流れてカメラファンが期待している時に発売された先駆者的カメラです。もともとミノルタは16ミリカメラに力を入れていて、その時点でも一眼レフを試作していたにでますます期待が高まっていました。私も発売されてすぐに購入して使っていました。ポケットカメラなので水平にし [続きを読む]
  • EDIXA REFLEX II エディクサ
  • 11956年発売のエディクサレフレックスの最初のモデルで、このカメラは初期モデルなのでカタログ上ではII型となっていてモデルAの表示もありません。シャッター速度はB、1-1/1000まで付いていますが、高速と低速は別のダイヤルでセットし、二階建てになっています。高速ダイアルはレクタフレックスのそれと良く似たデザインで持ち上げてセットします。スローダイアルは高速ダイアルの根元についていて、そのまま回してセットする構 [続きを読む]
  • みなとみらいで昼食
  • 今日は中学生3名と桜木町であって一緒に食事をすることになっていました。きっと遅れてくるだろうという私の予想の元ちょっとゆっくり家を出ました。ただ大幅に遅れてもし子供達が早く来ていたらまずいので今どこにいるにかをラインして見ました。しばらくして返事が来たらまだ全然遠くでこのまま行ってしまうとかなり待たされそうだということがわかったので、次の駅まで歩いて時間調整をしました。そして電車に乗って桜木町まで [続きを読む]
  • KDAK SIGNET 80 ② コダック
  • シグネット80は昔私の中でブームになって、交換レンズを含め安いものを見つけると買い込んでいました。今残っているのは5台と交換レンズとファインダーのセットが2セットでした。製造台数ですが今残っている中で一番若いシリアルナンバーが3000番台、その他7000番台、8000番台、9000番台、そして12000番台でした。何番からスタートしたかわかりませんが、仮に1000番から始まったとしても12000台以上は作られていたはずです。その [続きを読む]