あづさ2号 さん プロフィール

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あづさ2号さん: 八島廃路 〜日本の廃線・廃道を巡る〜
ハンドル名あづさ2号 さん
ブログタイトル八島廃路 〜日本の廃線・廃道を巡る〜
ブログURLhttp://nihonhaikei.blog.fc2.com/
サイト紹介文日本各地の廃道・廃線・廃隧道を巡って行きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供4回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2015/05/31 00:40

あづさ2号 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 奥羽本線 赤岩〜板谷旧線⑨ 環金隧道−3
  • やって来られたお二方、ってS老師どのはアクシスでそのまま突入されたのか!!自分もアドレス突っ込ませれば良かったかと要らぬ事を考えた。さりとて此処からアドレス取りに帰るのも時間が勿体なく、隧道残り半分は御三名のテールライトを目でトボトボ追い歩いていく事に。洞内に3つのエンジンが鳴り響く。うーん、僕もバイクで来れば良かった・・・(でも倒木躱しがやっぱしんどい)出口が近づいてきた。とっくに到着しているお [続きを読む]
  • 奥羽本線 赤岩〜板谷旧線⑧ 環金隧道−2
  • 外部からの光に浮かぶklx125。現役時代には決して伺う事が出来なかった横坑の外の景色は如何なるものか。地中から外部へでてきた隧道。開業当初の煉瓦積みにコンクリ補強がされている。美観を気にする坑門に比べて、日の目につかぬ此処は歪で大雑把な感じがする。松川に落ち込む斜面。横坑の外は僅かな平地があるだけで後は何処にも行くことは出来ない。MR氏はここで隧道建設による排土をすてたのではないかと考察。斜面を見ると大 [続きを読む]
  • 奥羽本線 赤岩〜板谷旧線⑦ 環金隧道−1
  • 放棄された旧線区間最長隧道の環金隧道。アプローチとなる洞門の横光に誘われ、内部へと侵入。隧道本体に入った途端に荒れまくり。。開通当初の煉瓦坑壁の補強に塗り付けられたモルタルが剥がれ落ちている。煉瓦積み部分の崩落箇所も幾所もあり、かなり状況は末期的。果たして、あとどれ程の月日が持つか。逝く時は一気に逝く。障害物だらけ坑内を慎重に進むMR氏。エンジン音と瓦礫踏む乾いた音が鳴り響く。そんなMR氏を背後霊のよ [続きを読む]
  • 奥羽本線 赤岩〜板谷旧線④ 天狗山隧道(2015/11/20)
  • 藪を抜けると石積みポータルの古隧道。実は旧街道より旧線へ入って来たときに一番最初に目に入ったのが、隧道手前のコンクリ壁だった。その時は鉄道関連のモノだと思わず別の産業遺構かと勘違いしてしまった。おおじい氏、S師匠も別の場所に旧線跡が思ったようで他の場所へ探しに。結局、MR氏だけが正規のルートを当てた事になった。しかし、第二大日向隧道から天狗山隧道の地形はあまりに鉄道路盤からかけ離れている。現地でM [続きを読む]
  • 奥羽本線 赤岩〜板谷旧線② 工事用軌道跡
  • 続くシェットに開けられた穴を潜り保線通路へ。先へ進む前にシェットと隧道の付け根をチェック。石積で築かれたポータル。明治32年(1899年)に福島〜米沢間が開通した時より使用されていた物。奥羽本線の区間としては青森〜弘前間が明治28年(1894年)が先に開通している隧道上部の斜面には土砂崩れや雪崩を防ぐ為の石垣が築かれていた。板谷区間は険しい山中ゆえ、土砂災害の危険性が高い。建設中も幾度なく路盤や掘削中の隧道が崩落 [続きを読む]
  • 奥羽本線 赤岩〜板谷旧線① 第二大日向隧道(2015/11/20)
  • より大きな地図で 八島廃路マップ を表示今回の探索は福島の林道・廃道ツーリングサイト『DTM』管理人MR氏(KLX125)よりのお誘い。参加者におおじぃ氏(セロー225)・S老師(アクシス70)・そして自分(アドレス110)と言うメンバーで何故かバイク(しかもスクーターが2台)で廃線探索をする事となった。本記事は画像をメインとし、後日にメインサイトにて詳細レポを記述する予定している。また、MR氏のサイトの探索レポ [続きを読む]
  • 日本鉄道本線(現・東北本線)東鬼怒川橋梁②(2015/9/20)
  • 川の向こうに男体山を主体とした日光連山を望む。自分は北へ旅する時にこの山々を見ると、広大な関東平野の周縁より旅立ち、奥州へ足を踏み入れる高揚を感じてならない。おそらく鉄道黎明期の旅人も同じ思いであったのではないか。根元よりへし折れた煉瓦の円柱。①ではこれを『橋脚』と呼んでしまったが正しくはウェルという構造物で、2対セットの煉瓦円形ウェルが下部で橋脚本体を支えていた。この橋の現役時の構造を表したサイ [続きを読む]
  • 日本鉄道本線(現・東北本線)東鬼怒川橋梁(2015/9/20)①
  • より大きな地図で 八島廃路マップ を表示鬼怒川を渡る国道293号線の氏家大橋。昭和39年に上り線側の橋が開通し、交通量増大と車両の大型化に合わせ昭和59年に下り線専用の橋が追加された。下り線の橋の袂の下、淀み気味の川の中に赤茶けた円柱状のものが横たわっているのが見える。これは国道橋が開通する遥か以前の明治19年に開通した、現在の東北本線の原形となる日本鉄道本線の橋梁跡である。河原に降りた先にわずかに [続きを読む]
  • 国道121号線旧道 非道隧道⑤(2015/9/20)
  • 目的の隧道を拝み、とりあえず消化試合とばかりに南側の封鎖ゲートまで向かおうとした矢先。前方の雰囲気が怪しげだ。崩落。事前情報が無かった分、これには驚かされた。2011年以降この場所を訪れた記録をしているサイトが無いので確証ができないが、震災の影響であろうか?もしくは震災同年7月に発生した会津豪雨災害によって起きたものかもしれない。目的は既に達せられているのでここで引き返しても構わなかったのだが・・ [続きを読む]
  • 国道121号線旧道 非道隧道④(2015/9/20)
  • 隧道、と言うより岩をくり貫いた洞門と表した方がしっくりする姿。わずか十数メートル程度の延長の短い隧道だが、三島が計画した街道における隧道において、もっともオリジナルに近い姿で残された希少な存在である。この隧道は明治18年(1885年)に会津三方路の一つである新・会津西街道(日光街道)の一部として開通した。しかし②で述べた通り、三島による開削以前にこのルートの原形となる道が存在していたと述べた。つま [続きを読む]
  • 国道121号線旧道 非道隧道③(2015/9/20)
  • ここで少しばかり、明治期の福島県の道路事業について触れたい。明治15年(1882年)に福島県令に着任した三島通庸は会津若松を中心とした三つの街道(米沢街道・越後街道・会津西街道)の整備に着手した。本記事の旧道は、日光・宇都宮(と三島が利権を有していた塩原)を目指す会津西街道の新道として開削したものとなっている。土木県令として名を馳せた三島らしい大規模土木事業であるが、彼の二つ名である『鬼県令』の一 [続きを読む]
  • 国道121号線旧道 非道隧道②(2015/9/20)
  • 路面は7割近く崩れ、残った部分も低木が覆い被さり通り抜けるのが困難になっている。7年ほど前はなんとかオフバイクが通れるだけのスペースがあったが今はもう無理であろう。・バイクで旧道を訪れた人たちORRの道路調査報告書 非道隧道レポDTM 非道隧道レポ崩落脇の斜面から大量の流水が落ちてきて滝のように。これが徐々に崩落箇所を広げて何時かは徒歩でも通り抜ける事もできなくなりそう。崩落地点を超えた先は一面の笹薮。 [続きを読む]
  • 国道121号線旧道 非道隧道?(2015/9/20)
  • より大きな地図で 八島廃路マップ を表示エネオスを挟んで二股に分岐していく道路。給油中の仲間を待つツーリングチームの一団が止まっている左側が国道121号で、エネオスの先で阿賀川を渡りコメリや100円ショップ、中学校もある大き目の集落の中心を貫いた後に再び阿賀川を跨いで右岸へと戻る。この現道に対しかつて通されていた旧道は、川は渡らず左岸を往くルートが使用されていた。連休最中、多くのレジャー目的の車やバ [続きを読む]
  • 大井川鐵道 新金谷駅構外側線?(2015/6/28) 
  • モハ313の後ろに連なっていたのは電気機関車のE103。C11 312号機と同じく他の兄弟機が現役で活躍しているが、この車体だけ一足早く運用離脱となった。やはり部品取りの運命を辿るのか。E103の代替車として西武鉄道よりE31機関車が導入されているが、未だに車籍が無く新金谷の脇に放置されている。なお大井川鐵道はE31導入以前にも西武鉄道より小型機関車(B11型)を購入しているが、一度も使う事もなく [続きを読む]
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