narikawayuichi さん プロフィール

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narikawayuichiさん: 認知症と美しい老後
ハンドル名narikawayuichi さん
ブログタイトル認知症と美しい老後
ブログURLhttp://narikawayuichi.jp
サイト紹介文緑協和病院院長の成川有一です。ブログ内で認知症のご相談をお受けしています。お気軽にご相談ください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供376回 / 365日(平均7.2回/週) - 参加 2015/06/06 10:42

narikawayuichi さんのブログ記事

  • 想い出は風の彼方に(25)
  • 吉村が言う様に、綾子の料理の腕前は中々の物だった。じゃがいもの煮ころがし、細切りのきんぴらごぼう、刺身の盛り合わせ、味噌汁の味も良かった。成る程、今の高2の女の子で、ここまで料理の出来る子はいないだろう。彼等の母親も加わり、楽しい夕餉の時が流れた。雑談の合間に母親が、「綾子が大学に行きたいって言うのよ。兄の徹夫が高校中退だと言うのに、その妹が大学に行くなんて…ちょっと悩んでしまうけど、浩司さんはど [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(24)
  • 春合宿が終わると、四月の新学期までは何の用事も無い。久しぶりに酒屋の吉村の家にでも遊びに行ってみる。昼過ぎのせいか、彼は暇そうに店番をしていた。私の顔を見るなり、「何だ、その真っ黒な顔は…」と、尋ねて来た。「何、部活で四国まで行って来たんだ」「部活か…」吉村は少し羨まし気な顔をした。「何のクラブに入ったのだ?」それでも彼は幾らか興味を示した。「ワンダーフォーゲルだ」と、私は無造作に答えた。「何だ、 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(23)
  • 春合宿は追試験も全て終了した3月中旬から10日間に及んだ。場所は四国の大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)だった。追試験で留年生が18名も出てしまい、新入生5名中の2名が合宿辞退となってしまった。昨年の30名には至らなかったが、140人中で18人と云うのはそれでもショッキングな数字だ。合宿中にも、しばしばその話題が出た。「えっ、あいつも落ちたのか?何の科目で引っ掛けられたのだ…何だって、哲学で落ちたのか!」別の先輩は [続きを読む]
  • ガーデンママ 70歳主婦」の方への回答
  • 先ず全ての認知症患者さんに効果的な治療法があるかと問われれば、答えは「No!」です。医師として何とも無責任な回答と思われるでしょう。それは「癌治療」と類似点も数多くあります。早期発見であるか、患者さん自身に病気と闘う意思があるのか、家族の十分な理解と協力が得られるか、その他多くの条件が重なって「癌治療」も「認知症治療」も、その治療効果は大きく変わって来ます。ましてや「認知症治療」は家族の深い理解と大 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(22)
  • この問題は学部長を経て教授会に諮られた。かの講師も問責の席に呼ばれた。彼は自己主張を堂々と述べた。「医学部の学生と雖(いえど)も核医学や放射性同位元素を扱っているので物理学の素養は絶対に必要であると思いますが…」と、自己の正当性を訴えた。これに対して核医学の専門医からは、「物理学専攻の学生が知るべき基礎学力とは区別があって当然ではないか」との、反論が投げかけられた。さらに試験問題の難易度にも分析が入 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(21)
  • 問題の発火点は、昨日教室の後ろに掲示された物理学の成績表にあった。一年生140名の半分以上が0点なのだ。最高得点は12点と云う散々な成績だ。その最高得点者も今年、早稲田の理工学部から転入して来た生徒である。物理学の教師は昨年に東工大から赴任して来た非常勤講師だ。今年の新入合格者は110名だったから、30名の留年生で私達の学年は140名に膨れ上がっていた。その30名の留年生の内25名が新任の物理学講師によって落第させ [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(20)
  • 大学の授業は、語学が数多く大変だった。昨今の医学部と違って当時は教養課程が充実していた。語学は英語、ドイツ語、ラテン語が必須で、フランス語とギリシャ語が選択であった。歴史、哲学、国語、物理、数学、政治経済などの教養科目もかなり豊富にあった。医学部に入ったと云うよりは、通常の総合大学の授業内容と変化がなかった。予備校時代から、英語の習得には英字新聞を読む習慣を身に付ける事が最大の近道だと、散々に予備 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(19)
  • 大学に入って最初の問題はクラブ活動をどうするかだ。卓球部、水泳部、スキー部、山岳部と勧誘も多く迷ってしまう。これまでの学校生活ではクラブ活動がまともに続いた経験がない。しかし医学部だと、そうは行かない気がする。大学生活だけではなく、医者と云う進路方向が同一なので付き合いが相当に長くなるようだ。人間関係も職業上の付き合いから言っても極めて重要な感じがする。入学式の学長挨拶でも、クラブ活動が人間形成か [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(18)
  • ともかく父のスパルタ教育は激しかった。私は元来が左利きだったが、この矯正の仕方も半端ではなかった。5才頃から食事の度に左手で箸を握ろうとすると、その左手を散々に叩かれた。その為に父の前では怖くて食事も満足に取れない事が半年ほどは続いた。もちろん鉛筆の持ち方にしても左手を使う事は絶対に許されなかった。そんな父親の努力が実って、小学校に上がる時分には何とか右手で字が書けるようになっていた。自分の名前が [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(17)
  • 「それなら私に聞かせてくれても良いでしょう」「そうだね、実は今日やっと医大の合格が決まったんだ。一時はそこに泊めてもらった事もあったので、お礼を言いたかったんだ」「医大に合格したの、凄いわね。実は私も都立高校に合格が決まったばかりなんだ。それじゃあ、私たち二人共にハッピーね!」「そうなんだ、綾子ちゃんも高校生になるんだ。この間まで小学生だと思っていたのに、そりゃお目出度う」「まあ失礼だね、この間お [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(16)
  • 職員室は俄(にわか)に驚きの声が上がった。「医大に…あの篠木が…!この学校からでも医学部に行く奴がいるんだ」高3の時に担任だった石黒教諭が立ち上がって来た。「受かったのか、それは凄い。お前だったら為遂(しと)げると、先生は信じていたよ。高2の冬からお前は別人の様に変わったからな…まるで勉強の虫になってしまったもんな。これは後輩達にも素晴らしい贈り物を残していった事になる。篠木、ありがとう」そう言って、彼 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(15)
  • 結局、最終の合格者数は125名だった。この内15名が公立に抜けた様だと後で聞かされた。私は深い感慨に浸りながら、合格手続きに関する書類一切を小脇に抱え真っ直ぐ自宅へ帰った。わざと電話はしなかった。昼前には自宅の玄関を開けた。母が出て来た。「どうだった?」と、心配そうに尋ねて来た。私は合格手続きに関する書類を母の前に突き出しニコニコと笑って見せた。「合格したのかい…!」そう言って、飛び上がらんばかりに喜 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(13)
  • 癩病はらい菌と呼ばれる菌によって引き起こされる病気の事で、このらい菌を発見した医師の名前がハンセンなのでハンセン病と呼ばれている。どんな病気なのかと言えば、皮膚や神経を侵す重篤な病気で日本では1970年にこの病気は制圧されている。それ以前の時代、有効な治療方針が確立される前は隔離療法が一般的で深刻な差別化社会が生み出されていた。この癩病歌人、明石海人(本名:野田勝太郎)は沼津市に生まれ、沼商から師範学校 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(14)
  • 父の条件は飲むしかなかった。夏休みの中だるみがなかったら、私も私立医大を受けさせて欲しいなどと云う甘えは出なかったろう。だからと言って、もう一年また性根を据えて予備校生活を送るかと言われれば、そんな根性もない。そして年が明けて2月、私大の商学部は軽くクリアした。その10日後の比較的安全だと思えていた公立医大は一次試験しか受からなかった。入学手続には十分に時間的な余裕があったにもかかわらず「お前が医学 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(12)
  • 4月からは都内の予備校に通い始めた。1クラス50名で6クラスある。ABの2クラスが国立医学系で、私はBクラスだった。Aクラスに入ると、国立医学部への合格率はかなり高くなる。毎週の模試で2カ月毎にクラス変更がなされた。授業は8時半からだが、前から2列目ぐらいに何とか席を確保するには7時半には教室に入る必要があった。それでも4月中は7時50分ぐらいでも2列目の席に割り込む事が出来たが、6月になると7時半でも3列目より後に [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(11)
  • 叔父は私の父に向き直り、「浩司から大方の話は聞きました。弟の私がこんな事を言うのも出過ぎた真似(まね)かもしれませんし、兄貴にも色々と考えはあるでしょう。でも、浩司だって18才ですよ。一昔前なら元服を挙げていたっておかしくない年じゃあないですか。それに、子供なんて所詮は親の思い通りに育つもんではないでしょう。兄貴だって、俺だって死んだ親父の意向とは全く違った人生を歩いているじゃあないですか。本人が医学 [続きを読む]
  • 【ある夜の独り言】
  • あなたは誰?何処へ行きたいの何をしたいの?小さな心の世界で何を騒いでいるのなぜ生きる事に焦っているのかしら何かに渇き切っているの心の吐息が叫び声に変わって誰かを傷つけて自分の中の寂しさを狂気に変えて自分と誰かを責める何故あなたはそんなに寂しくしかき生きられ ないの?心静かに身の中に爽やかなプライドを持つて生きる事への意味を一人では語れないの大人になると言う事は誰にも気づかれず自分の精なるものに語り [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(10)
  • 「いえ、ちょっと前にラーメンと餃子を食べたから今は大丈夫」「そうなの、じゃあ…お風呂に入っていらっしゃい」そう言えば昨晩は風呂に入っていなかった事を思い出し、「じゃあ、お風呂に入って来ます」と、私は言って風呂場に向かう。「下着はあるの?」と、叔母が追いかける様に聞いて来た。「ちゃんと持っていますから大丈夫…」と答えると、叔母が「ずいぶんと用意が良いのね」と呆れた調子で、顔をしかめた。家出の確信犯を [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(9)
  • 翌朝は礼を言って吉村の家を出た。私服のままでは学校にも行かれず、近くの図書館に行って勉強をした。志望する大学の過去問に挑戦する。英語の問題が、かなり難解だ。サマセット・モームの長文である。分からない単語が随所にある。英和辞典を片手に2時間以上もかけて何とか和訳する。模範回答を読み返すと、かなりの誤訳が目立つ。このモームの「人間の絆」は、モーム自身が医者になって書き上げた自伝的小説である。私の現在の [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(8)
  • 夕食の支度を待つ間、吉村が思い出した様に言い出した。「篠木、お前。この頃はすっかりガリ勉になったんだってな」「誰がそんな事を言っているんだ」「誰って事もないが、秋の校内模試では1番だったって皆んなの噂になっているぜ。ガセネタか?」「まあ、ガセネタって言う訳でもないが、ガリ勉は言い過ぎだろう」私は少し恥ずかしそう顔を紅らめた。「だって、高1の時は俺と同様に成績はいつも下の方をウロチョロしていたじゃあな [続きを読む]
  • 大阪娘さんへの新たな回答
  • 今回のご質問は私のブログ上に載っている「連載認知症小説『霜月の夕暮れ』全100話をお読み頂くと、その小説の中に貴女の回答の殆んどが書かれています。先ず、認知症の介護とはどの様なものであるかを、その小説を通じてお考え頂ければ幸いです。その上でのご質問をお待ちしています。【ご質問】成川先生わたしの身勝手なお願いに、毎回、真心を寄せてくださる先生に、どのように感謝申し上げても、し足りません。先生、心から、 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(7)
  • 父親の話はさらに続く。「中学校に入って今度は、剣道をやりたいとお前は言い出した。映画で『宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘』を見て、剣こそ人の道…とか言い出して剣道部に入ったが、これも1年と続かなかった。それからしばらくして空手だったかな、あれは半年ぐらいで断念しただろう。そんなお前に医者など出来るものか、今度は何にかぶれたのだ」私は消え入りそうな顔で、「でも、お父さん。それは子供時代の話でしょ [続きを読む]
  • 大阪娘さんへの回答(再々)
  • そもそも認知症とは何なのですか?…先ずは基本から考えて行きましょう。一般的な分類で言うなら【脳血管性の認知症】 脳出血、脳梗塞、頭部外傷【神経細胞変性による認知症】 変性と云う意味は、顔で言うならばシミ、ソバカス、ホクロ、化粧品による慢性的な皮膚の変化、それ以外にも紫外線による皮膚の炎症なども考えられます。 これと同じ変化が脳神経細胞に [続きを読む]
  • 【お詫び】
  • 6月10日の大阪娘さんへの回答(再)に文章上の混乱がありましたので、深くお詫び申し上げます。プレタールのご質問に関して、何故か私の意図とはまるで関係のない文章が混入していました。私自身が非常に驚いていますので、文章を改めて訂正しました。ご容赦の程お願い申し上げます。 6月12日 陳謝 [続きを読む]
  • 想い出は風の彼方に(6)
  • まさに寝る間も惜しんで勉強した。幾つかの予備校で行なわれている公開模試にも積極的に参加した。段々と数学と云う数の定理にも魅力を感じ始めた。そこには紛れもない人類の叡智と真実が隠されている。ピタゴラスの定理を遅ればせながら(中学3年の過程)知り得た時は感動で心が振るえた。三角関数、統計、無限の数式には汲めども尽きない知識の泉が内蔵されているではないか?解けぬ方程式の前で5時間も6時間も問題用紙を睨み続け [続きを読む]