おっさん さん プロフィール

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おっさんさん: 強迫神経症 | 強迫障害 |父娘の闘病記
ハンドル名おっさん さん
ブログタイトル強迫神経症 | 強迫障害 |父娘の闘病記
ブログURLhttp://one4allall4one.blog74.fc2.com/
サイト紹介文強迫性神経症(強迫性障害/OCD)の娘と向き合う父親の体験記 父と娘の闘病記録
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供15回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2015/06/09 03:55

おっさん さんのブログ記事

  • 692.トンネルの出口の灯り
  • 二十年、歩いて歩いて、ぼんやり見えてきたかな、トンネルの出口の灯り。誰に言うとも無く、「トイレ行ってから、風呂入らんでも、なんとか我慢できてる」「これって、どんなに楽なことか」娘が、大きめの独り言のように呟いた一言。ぼんやり、寝ころびながら聞いていたので、なんとなく、ぼんやり耳に入ってきたのだが、「えっ??」続くとええなあ。なんとか、平気が続いてくれよ。それについては、話に触れずにいました。最近、 [続きを読む]
  • 691.”ジン”との別れ
  • 17年間、家族の一員だったダックスが、天寿を全うした。洗濯物を取り込んでいた娘が、2階から早足で階段を降りてくる音。もう長く、「どうしたんやろ?」のドキドキ感は無いので、のんびりテレビを見ていたら、悲壮な声で、「父さん、“ジン”、死んでるみたいや」。二三日前から、エサを食べなくなり、昨日は水も飲めず、息子の部屋で生活してきたダックスの“ジン”を、一階に降ろしてきてやらんとあかんなあと相談していたもの [続きを読む]
  • 690.諦めんとこ
  • 春の香りがしてきたなあと思ったら、桜の蕾が、早くも薄赤くなって膨らみ、もう幾日かで、薄赤が真っ白に変わり、あっと言う間に花の吹雪になって、リハビリの道を、白まだらの道に変える。カックン歩きを見られるのが嫌で、夜中のリハビリ散歩をしているが、もう、手をトレーニングウエアの袖に隠さなくても、手は冷たくならなくなって、どこか、嬉しいような気分での散歩が出来る。道道の家や景色が、余裕で見られるようになって [続きを読む]
  • 689.脳梗塞からの帰還
  • 二度目の脳梗塞から二年が経過。動かないイライラから、鬱病になったり、「走れるようになったから、試合に出してくれ」と、何度もサッカーの同じ場面の夢を見たり、現実を受け入れられない自分との闘いが続いていたが、最近、やっと、少し、落ち着いたかなと思える。今日、昨日と、サッカーのクラブの役員作業、事務局としての役員改正や、新年度の協会登録作業が、今までどおりのペースで進められる。それまでは、「もう、やめて [続きを読む]
  • 688.63歳、新年の反省
  • 1歳8ヶ月になった末娘の息子が、最近、駄々をこねるようになった。エスカレーターに乗るのが好きで、買い物に連れて行った時にエスカレーターが目に入ると、一目散に直進していく。足を挟むような事故を起こさせないか、私自身が心配でもあるし、何度も上ったり下ったりを繰り返すのに、腰の悪い私が、拙い孫の両手をつかんで付き合うのにも限界があり、「もう、これで終わりやぞ」と言っても、まだ話せない孫には伝わらず、嬉々 [続きを読む]
  • 687.人生の正解
  • 娘と夜中に録画しておいたドラマを見ていたとき、こんなセリフがあった。「政治に正解は無く、都度、選択があるのみで、選択を正解にする為に努力をする」私は、政治という言葉を、人生に入れ替えて考えてみた。振り返った60年、多くの不確かな選択をしてきたなあと。「良かれと思って」すべての選択は、良かれと思っての選択なのだが、正解にするには、なかなか難しくて、努力も不足、運も不足、選択をした時点での間違いもある [続きを読む]
  • 686.「精神病はうつる」という言葉の真意
  • 私がまだ会社に行っていた頃なので、もう10年以上前の話になる。「お父さん、友達が言ってたんやけどな、 家に精神病の人がいたら、 家族にもうつるって、言うたはったわ」こんな話を、妹娘がしたことがあった。この話は、十年以上前の、そのころ、ここにも紹介したことがある。パソコンには触れられない娘が、私のそばで、その記事を斜め読みして、「わたしのこと、馬鹿にしてるのか?」「なりたくて病気になったのと違うわ」 [続きを読む]
  • 685.ひがんだ見方をしてしまう娘
  • 娘と妹娘の家へ行きました。甥っ子のところに行く時、娘は、無条件に機嫌がいいので、なんの心配もいらないので、安心と嬉しい気分になります。私の会社時代の、今も仲良くつきあってくれているる後輩の女性がいて、彼女も娘より少し年上の独身女性なのですが、妹さんの息子さん、甥っ子をとてもかわいがっていることを話してくれます。その彼女の妹さんが、先日、癌でお亡くなりになりました。悲しさは、いかばかりかと胸が痛いで [続きを読む]
  • 684.ねんりんピック
  • このブログは、娘の病気を寄り添って治そうと決心して、会社を51歳で会社を辞め、医師に、娘と共の診察日以外に、私がひとりで医師に娘の症状、様子の報告をメモっていたことから、共に闘った記録を残そうと考えて始めたものでした。あのころは、自分はいつまでも若い父でいられると思っていました。病気をして、身体が不自由になるなど、考えてもいませんでした。サッカーで、骨折したり、接触プレーで膝の内出血で手術をしたり [続きを読む]
  • 683.わたし何も悪いことしてへんのに
  • 今日、娘が、「父さん、着信拒否ってどうするの?」と聞くので、誰かから迷惑な電話が入っているのかと思っていたら、妹娘が、「恋人やと思ってる人の電話が拒否になってるらしいわ」唯一一人でも行けるところのパチンコ店で出会った男性、話すようになって、帰りに車で送ってもらったりして、(送ってもらうと言っても、すぐ近くに家があるので)仲良くはなっていたのだけれど、恋人というのは、ちょっと違う。私の目から見れば、 [続きを読む]
  • 682.20年経っても新たな発見
  • 娘の楽しみは、唯一パチンコ。強迫に攻め込まれ、どうにかなりそうな焦燥からの発作的な泣き叫び、物への暴力(壁を蹴って穴を開けたり、たくさんの物を壊したものです)家庭内暴力というような感じで、止められなかったものでした。そんな行為を、家族が理解できなかったころ、弟が気晴らしにと連れて行ってくれたパチンコ。これで、なんとか症状が落ち着くならと、たくさんのお金を使ったものです。今は、やっとのことで、金を使 [続きを読む]
  • 681.治癒と寛解の狭間
  • 「どれくらいで治るものなんですか?」「3年なのか、10年なのか、治るかもしれませんが、治らないと考えるほうがいいのか・・・」20年近く前、娘が探してきたメンタルクリニックの医師と初めてした会話です。その後、何年間も、同じやり取りを繰り返した記憶があります。今でも、理解しきれたとは思えないのですが、無理やり受け入れてきたような気がします。発症して数年が経ち、51歳で会社を辞めたときも、55歳までに、 [続きを読む]
  • 680.久しぶりの憤り
  • もう、老人になったなあと思うことが多い、このごろ。先日、公園で、孫をブランコに乗せたり、滑り台で介添えしながら滑らせたりしていた時、「すいませんが、ちょっとスナップを撮らせていただいていいですか」と若い女性が。「市民雑誌の取材なんです」と。「そしたら、母親にかわるわ」と、言うと、「9月の敬老の日の特集記事なので、オジい様と、お孫さんの写真をお願いします」。生まれて初めて、じい様デビュウ。真剣に、じ [続きを読む]
  • 679.偉そうなこと言うてしもたな
  • 先日に投稿した記事のこと、夜中に思い出して、「解ったように、偉そうなこと言うてしもたな」と。「あかん、あかん、やっぱり消しとこ」と。消す前に、もう一回、読んでみて、「やっぱり、そうやで」と。でも、この子が死んでしまってたら・・・いろんな考え方の人がいるやろうに、俺は、ひとりで、頭の中で考えといて、答えを出そうなどと考えんでもええんやわと。アホみたいに、痛みで寝られへん頭で考えて、言い訳を書き足し [続きを読む]
  • 678.しつけか、虐待か
  • 私が娘にしてきたこと、小さいときの話。「いつか、父さんを殺そうと思っていた」娘に、こう、言われた父親。娘の、父を許せない理由とする一つのエピソード。「会社の人から、電話がかかってくるから聞いといて」「私、聞こえへんから、嫌や」「聞こえるほうの耳で聞いたら、聞こえるやろ」何の用事だったかは覚えていないが、私に出かける用事があって、娘に用件を聞いておくように言って出かけた時の話。私は、これから先、難 [続きを読む]
  • 677.娘の病気の出口
  • いつ頃からだったか、毎日、娘が家事を担うようになっている。朝起きると、先ず洗濯機を回す。洗濯物を干すと、次は、昨日の洗濯物をベランダから取り入れ、家族それぞれの衣類を、綺麗にたたむ。朝起きると言っても、寝るのが朝方なので、起きるのは昼過ぎ。だから、夜遅く洗濯機を回すときもある。普通は、夜遅くなのだが、うちの時間は、世の中の普通とは少し違うので、世の中の時間だと、朝早くかな。4時ごろとか、5時ごろ [続きを読む]
  • 676.心の中の慟哭
  • 末娘に息子ができ、俺の家の中でも、やっと一つ、普通ができたなと喜んでいるところもある。姉娘が、これをきっかけに、電車に乗れるようにもなり、妹の子供の面倒をかいがいしくみているところは、微笑ましい光景で、ひそかにうれしい気持ちにもなってはいるのだけれど、つらい現実を突きつけられているところもある。「ええなあ」「私も子供、欲しいなあ」笑顔で、そう言いながら、涙ぐんでいる姉娘を見るたび、なんというか、 [続きを読む]
  • 675.「頑張らないと」「ひとりだから」
  • かなさんのコメントを読み返して、深く思う。昔、1度メールさせていただきました。今日、そう言えば娘さんどうなったかな?っと思い、検索で辿り着けました。私は娘さんより1つ歳上で、やっぱり治っていません。子供が欲しかったです。子供を通して、友達と遊んだり、家族と笑ったり、やり直せるかもと思ったけれど、人との繋がりもないし、自分でもいつ不安定になるのか判らない状態で、まして男性を受け入れることが出来ないか [続きを読む]
  • 674.春の渓流に思う
  • 息子が、解禁になった渓流で、岩魚、アマゴを釣って帰ってた。。脳梗塞発症後、もう数年、渓流には行けていない私。春は、渓流での釣り、夏は、海に潜って、サザエ、アワビを採り、子供たちと、自然を相手に遊ぶことが大好きでした。渓流では、笛を持って、息子が見えなくなったら、その笛を吹いて、居場所を確認しながら、「危ないところに、一人で行くなよ」と声をかけ、海の岩場に潜っているときは、息継ぎのたびに、岸近くで [続きを読む]
  • 673.娘の誕生日での気づき
  • 最近、娘の気持ちの調子が絶不調。以前によく口にしていたフレーズ「私が邪魔なら殺して欲しい」「産んで欲しくなかった」「誰も、何も解ってくれへん」こんな言葉が次々出てくる。外の世界、すなわち社会と繋がれていないことからの、苛立ち解消の手法が見えないところからの焦燥であると思う。社会との接点が見えない上に、年齢が、その意識を倍加させているようにも思う。誕生日までは、まだ2週間ほどあるのだが、外に連れ出 [続きを読む]
  • 672.当たり前が「出来た」喜び
  • 末娘から、姉娘への電話。「おねえ、あいまる、子守してくれへんか」末娘の旦那は、脱サラして、銀の装飾品を製作して販売しているのだが、こんな趣味みたいなことしてて家族を養えるのかなあ?私の、これまた不安要因になっている。そんな銀細工のホームページを見て、台湾から、大量に注文が入ったらしい。一回目の注文が入ったと聞いたとき、嬉しいことではあったが、心配で、「金が振り込まれたのを確認してから納品しいや」 [続きを読む]
  • 671.娘と見た初日の出
  • 今年は、比叡山に行かなかった。毎年の根本中堂参拝への気力が、娘にも私にもなかった。「比叡山、行こうか?」「う〜ん、やめとくわ」こんな娘との短い会話で、恒例の行事は取り止めに。新年を迎えた午前0時、近所の神社に娘が一人で参拝。2時ころ、お守りを買って戻ってきた。黙ってお守りを差し出す娘が、どことなく寂しそうなので、猫のようにコタツに、すっこんでいた私は、「三井寺に行こうか?」娘を誘ってみた。「行っ [続きを読む]
  • 670.娘とともに「老いを深める」
  • 末娘が、旦那の仕事が忙しいので、孫を連れて帰ってきています。末娘の旦那もサッカーをしており、孫の名前は、アルゼンチンのアイマール選手から、”碧丸”アイマールではなく、”あいまる”です。その”あいまる”の子守役は、もっぱら、姉娘の役目になっていて、末娘より、うまくあやしている。姉娘が、「父さん、元気でいててや」「私の子供の子守してや」と、”あいまる”を抱きながら、笑顔で言っていました。フラつく身体 [続きを読む]
  • 669.美しい男気
  • サッカーの先輩、うちのクラブで上から6番目のメンバー。78歳のKさんが、亡くなりました。真っ白で美しい白髪。眉毛まで真っ白で、なかなかの男前。子供のサッカー指導もされていて、一回り以上も年下の私にも、優しく接していただいていた先輩。私の息子も同じクラブでサッカーしていましたから、「あれは、おまえの息子か?」「礼儀正しい、ええ男やないか」そんな言葉もかけていただいていました。40歳になって、シニア [続きを読む]
  • 668.娘の社会との接点
  • 長い間、娘には社会との接点が無かったような気がする。気がすると言うより、それは現実に、まったく無かった。娘に、年賀状が届いたとき、「これ、高校の同級生やろ?」「おまえも、出しとかんとあかんぞ」私が、こう言うと、「もう、ええねん」「私は、ひとりで生きていくねん」心が傷ついていることに気づいてなかったので、耳が聴こえにくいところを、こういう形で跳ね返していくのも、強く生きていく方法なのかもなんて、思 [続きを読む]