こざとへん さん プロフィール

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こざとへんさん: スタレモノ
ハンドル名こざとへん さん
ブログタイトルスタレモノ
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/asahikozato/
サイト紹介文近畿地方中心の廃線中心の交通系遺産ブログです。
自由文一応鉄道廃線中心でやっていますが道路(酷道・廃道・隧道・未成道etc...)や産業遺産なども取り上げています。活動の中心は京阪奈3府県ですがたまーに遠征もしています。管理人の移動手段はママチャリ(みたいなもの)だったりカメラもスマホだったりとってもショボイですがあんまりお金がないのでどうかお許しくださいませ。。。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供37回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2015/06/14 00:06

こざとへん さんのブログ記事

  • 大阪市・緑地西橋(旧心斎橋)
  • 川は消えても橋は死なず。明治の心斎橋が辿った数奇な生涯。大阪・鶴見緑地といえば平成元年に「国際花と緑の博覧会」が開催された場所であるが、その鶴見緑地の片隅におおよそ現代的な市街地には似つかわしくない鋼製上路アーチ橋が架けられたのは花博前年の平成元(1989)年... [続きを読む]
  • 箕面鋼索鉄道 廃線跡
  • 北摂では数少ない廃線跡。なお、本廃線は現役のホテルに取り込まれているので地図は掲載しない。読者諸兄が箕面と聞いて想像するものは何だろうか。北摂の例に漏れず大阪のベッドタウンとして住宅が並ぶ街だと書けばあまり面白くもなさそうだが、そんな北大阪の中でも屈指... [続きを読む]
  • 京都市・高松仮橋
  • 鳥羽街道駅の近くに架かっていた仮の橋。もうないとは思うがあまり顧みられることも無さそうなので書き記しておく。 平安京の南を東西に走る十条通は鴨川運河を高松橋という大正生まれの古橋で越していたが、平成26年に撤去され新橋へと転換された。その工事にあたって、... [続きを読む]
  • 紀州鉄道西御坊〜日高川 廃線跡①
  • 一市内だけの路線なのに「紀州鉄道」とはこれ如何に。摩訶不思議なローカル鉄道会社と廃線跡の風景をレポートする。和歌山県御坊市を走る紀州鉄道線。少し前に脱線事故を起こして運休していたことで話題になっていたが、御坊の市街地と町外れにあるJR御坊駅を連絡する鉄... [続きを読む]
  • 国鉄山陰線 旧高屋川橋梁
  • 丹波の山奥に聳え立つ煉瓦の巨塔。京都から下関まで、700km近い路線距離を誇るJR山陰線。山陰線と言えば(言い方は悪いかも知れないが)田舎を長く走る路線であり、今回の探索の舞台となった下山(京都府船井郡京丹波町)も丹波高地の山深い場所である。そんな山村に架けら... [続きを読む]
  • 迷走録 ⑩
  • 小ネタ消費。下らないものを書いてリフレッシュしたい。・レトロフューチャー(京都市上京区)煙草の自動販売機と言えば、そのパッケージにも似た直方体状のものが主流だと思うが、我々(一人)は古都に自販機の未来を見た。高い商品でも陳列してあるショーケースのような... [続きを読む]
  • 桃花台新交通桃花台線 廃線跡⑤
  • 終点の前、終わりの始まり。小牧から桃花台センターまでずっと辿ってきた廃線跡。巨大な高架など、廃線とはいえ撤去など考えもつかないような存在感を放っていた。無論あれらは無用の長物なので解体されて然るべきものなのだが、そうするにしても多額の費用が掛かること... [続きを読む]
  • 二見浦旅客索道 廃線跡
  • ロープウェイの廃線。前回の「二見隧道」に引き続いて今回も三重県伊勢市二見町のネタ。「二見浦旅客索道」は景勝地・二見浦と裏手の音無山(おとなしやま)を結んだロープウェイなのだが線路(?)自体は空中なので遺構らしい遺構も山上の駅を除いて存在しない。音無山は... [続きを読む]
  • 国道42号旧道 二見隧道
  • 海辺の旧隧道。景勝地として名高い伊勢二見浦を走る国道42号の旧道に存在するのがタイトルの「二見隧道」。夫婦岩のすぐ側だ。正直言って今回紹介する二見隧道は戦後のコンクリート製の隧道なのでわざわざ奈良から遠路はるばる見に行く価値もなさそうなものだが、一応次... [続きを読む]
  • 管理について
  • PC版のデザインを変更しました。機能はいくつか廃止しましたが以前より見やすくなったはずです(私の主観ですが)。なお、スマホ版は変更なしです。そんなこんなで宜しくお願いいたします。こざとへん [続きを読む]
  • 奈良市・南都石橋
  • 「慶安3(1650)年に掛けられ、今なお車道として供用され続けている橋が奈良市街の外れにある」と聞いて現地を訪ねたはいいが、竣工時期について確証が得られなかったのでレポート執筆を躊躇っていたのが今回紹介する「石橋」である。なお、正式名称は「石橋」なのだが、石橋な... [続きを読む]
  • 国鉄五新線 文献調査編⑤
  • 最終回。8. 夢のあと 大正8年から陳情、建設などに63年を費やしながら遂に開通の日を迎えることなく幕を下ろした五新線計画。五條や吉野に留まらず、和歌山や三重の自治体や国鉄、更には近鉄や南海といった私鉄をも巻き込んで続いた半世紀以上に亘る出来事の数々は「騒... [続きを読む]
  • 国鉄五新線 文献調査編④
  • 五條から城戸(西吉野村)までのバスによる開業と同時に、阪本へ向けての鉄道工事も並行して行われることになった五新線。一方で、国鉄は次第に赤字を重ねていくようになる。6. 過疎と林業と天辻峠 昭和39(1964)年、 西吉野村待望のバス路線化工事がスタートする。「バ... [続きを読む]
  • 国鉄五新線 文献調査編②
  • 前回は昭和4年に田中義一内閣・小川平吉鉄道大臣の下、五新線建設計画が「昭和5年着工・6ヶ年継続事業」という条件で国会を通過したところまで記したが、今回はそこから1年遡った昭和3年から話を進めていきたいと思う。3. 激動の昭和一桁 この頃の奥大和は前回冒頭で記... [続きを読む]
  • 国鉄五新線 文献調査編①
  •  「十津川、人影を絶った五里の山道を歩き疲れて風屋の宿に着くと足を洗うたらいを出してくれた。電燈もなく薄暗いランプがともる。この土地に米は実らないのでトウモロコシの夕食だった。交通路はイカダと朽ちかけた釣橋で一雨あれば数日、ときには一ケ月もが交通遮断で都... [続きを読む]