こまいぬ@御朱印研究家 さん プロフィール

  •  
こまいぬ@御朱印研究家さん: 古今御朱印覚え書
ハンドル名こまいぬ@御朱印研究家 さん
ブログタイトル古今御朱印覚え書
ブログURLhttp://blog.goshuin.net/
サイト紹介文神社仏閣巡りでいただいた現代の御朱印、貴重な江戸時代の納経帳や戦前の御朱印、御朱印の歴史の考察など
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供68回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2015/06/28 21:49

こまいぬ@御朱印研究家 さんのブログ記事

  • 西国18番 頂法寺(六角堂)〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国18番 紫雲山 頂法寺(六角堂) 山城国 下京 堂之前町 (京都市中京区堂之前町)善峯寺に参拝した太郎助は京の町に入り、まず西国18番頂法寺に参拝しています。頂法寺は六角堂の名で親しまれ、また華道の池坊の発祥の地としても有名です。寺伝によれば、敏達天皇の御代、淡路島に黄金の如意輪観音像が漂着しました。これは聖徳太子が前世、唐土で修行していたときに信仰していた像で、太子はこれを [続きを読む]
  • 西国20番 善峯寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国20番 西山 善峯寺 山城国乙訓郡小塩村(京都市西京区大原野小塩町)総持寺を参拝した太郎助は再び山城国に入り、西国20番善峯寺に参拝しています。摂津と山城の境、釈迦岳の山腹に多くの堂塔が立ち並び、境内の広さは約3万坪、高低差は約100mと言います。善峯寺は長元2年(1029)恵心僧都源信の弟子・源算上人によって開創されました。寺伝によれば、西山に入った源算上人に老翁の姿をした阿智坂明 [続きを読む]
  • 西国22番 総持寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国22番 補陀洛山 総持寺 摂津国島下郡総持寺村(大阪府茨木市総持寺)西国23番勝尾寺を参拝した太郎助は京都のほうへ向きを変え、22番総持寺を参拝しています。総持寺の御本尊は亀の背に乗った観音様として有名です。総持寺は中納言藤原山蔭卿によって創建されたと伝えられます。藤原山蔭は吉田山に春日大社四座の神を勧請して吉田神社を創建したり、四条流包丁式を確立したことでも知られています。 [続きを読む]
  • 六椹八幡宮
  • 山形県山形市鉄砲町1-3-5 [Mapion|googlemap]六椹八幡宮(むつくぬぎはちまんぐう) 正式名称:六椹八幡宮 御祭神: 誉田別尊 息長帯姫命 比咩大神 創建年代: 天平年間(729〜49) 例祭:9月14日・15日 社格等:旧県社 http://nttbj.itp.ne.jp/0236235647/index.html(iタウンページ) http://www.u-6kunugi.com/(六椹八幡宮氏子青年会)【御由緒】 古来、山形城下南部の総鎮守とされ、北部の鳥海月山両所宮とともに厚い崇敬を [続きを読む]
  • 納経請取状から御朱印へ〔四天王寺〕
  • これまで何度も書いてきたように、御朱印の起源は六十六部廻国聖の納経請取状です。これは江戸時代の納経帳や六十六部の研究から明らかなのですが、残念なことにこれまで納経請取状の実物を見る機会がありませんでした。ところが先日、国立東京博物館で行われている「春日大社 千年の至宝」を見に行ったついでに平成館一階を覗いたところ、納経請取状(展示では納経請取書)の実物を見ることができました。日本の考古の特別展「経 [続きを読む]
  • 西国23番 勝尾寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国23番 応頂山 勝尾寺 摂津国島下郡粟生村(大阪府箕面市粟生間谷)西国21番穴太寺を参拝した太郎助は、22番総持寺ではなく23番勝尾寺に向かっています。24番中山寺以西の寺は既に参拝し終えているため、勝尾寺から総持寺、善峯寺を巡り、京都に入るルートを採ったようです。寺伝によれば、神亀4年(727)この地に善仲・善算という双子の兄弟が草庵を結び、金字大般若経写経の大願を立てて修行をして [続きを読む]
  • 大垣八幡神社
  • 岐阜県大垣市西外側町1-1 [Mapion|googlemap]大垣八幡神社(おおがきはちまんじんじゃ) 正式名称:八幡神社 御祭神: 応神天皇 神功皇后 比咩大神 /合祀:大山咋神 創建年代: 建武元年(1334) 例祭:5月13日・14日 社格等:旧県社 http://ogaki80003.or.jp/【御由緒】 かつて大垣市中心部は大井庄という東大寺の荘園でした。天平勝宝8年(756)聖武天皇によって施入されたと伝えられます。大垣八幡神社は元弘・建武の頃(1331 [続きを読む]
  • 御朱印の起源再考−−なぜ納経の証明が必要だったのか?
  • 御朱印は日本独自の文化で、世界的に見ても御朱印に類するものはないようです。そして、御朱印の起源は六十六部廻国聖(六十六部)の納経請取状にあります。江戸時代に納経帳の形を取るようになり、それが西国や四国の巡礼者にも広がったのが現代の御朱印につながっています。享保12年(1727)東大寺 六十六部の納経帳今でも御朱印の起源について「諸説ある」というような記述を見かけます。しかし六十六部の納経請取状から江戸時 [続きを読む]
  • 西国21番 穴太寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国21番 菩提山 穴太寺 丹波国桑田郡穴太村(京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻)嵯峨の清凉寺を参拝した太郎助は、そのまま丹波へ抜けて西国21番穴太寺に参拝しています。穴太寺は菩提山と号し、「あなおうじ」「あなおじ」「あのうじ」などと読まれます。御本尊は薬師如来で、慶雲3年(706)文武天皇の勅願により、大伴古麻呂が創建したと伝えられます。古麻呂は遣唐副使として唐に渡り、鑑真和上を自 [続きを読む]
  • 粟田神社
  • 京都市東山区粟田口鍛冶町1 [Mapion|googlemap]粟田神社(あわたじんじゃ) 正式名称:粟田神社 旧称:感神院新宮 粟田天王宮 御祭神:建速素盞嗚尊(牛頭天王) 大己貴命 /左座:八大王子命(八嶋士奴美神・五十猛神・大屋彦神・大屋媛神・抓津媛神・須勢理媛神・大歳神・宇迦之御魂神)/右座:奇稲田比売命 神大市比売命 佐須良比売命 創建年代:貞観18年(876) 例祭:10月15日 社格等:旧府社 http://awatajinja.jp/【 [続きを読む]
  • 清凉寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 五台山 清凉寺 山城国葛野郡上嵯峨村(京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町)石山寺に参拝した太郎助は大津から京都を横断したようで、嵯峨の清凉寺に参拝しています。清凉寺の御本尊・赤栴檀の釈迦如来は釈尊37歳の生身のお姿をそのまま伝える霊像とされ、古くから信仰を集めてきました。清凉寺の起原は、嵯峨天皇の皇子・源融の没後、その別荘を寺院とした棲霞寺にあります。天慶8年(945)源重明が新堂を [続きを読む]
  • 官舎神社
  • 三重県伊勢市小俣町本町 [Mapion|googlemap]官舎神社(かんしゃじんじゃ) 正式名称:官舎神社 通称:離宮さん 旅の宮 御祭神:建御雷之男神 経津主神 天児屋根命 /配祀:姫神 /合祀:多紀理毘賣命 市木嶋比賣命 多岐都比賣命 猿田毘古大神 建速須佐之男 天忍穂耳命 天之菩卑能命 天津日子根命 活津日子根命 熊野久須毘命 倉稲魂命 大己貴神 大田命 大宮女神 保食神 金刀比羅神 不詳一座 創建年代:不詳 例祭 [続きを読む]
  • 謹賀新年 平成廿九丁酉歳
  • 明けましておめでとうございます。旧年中はご愛読ありがとうございました。昨年はサイトのリニューアル作業に取りかかり、何とか一部を公開することが出来ました。そのため、ブログの更新は週1回になりましたが、何とか継続できているのも、ご愛読いただいている皆さまのおかげです。本年も引き続きサイトのリニューアル作業を継続していく予定ですが、特に御朱印研究関係のコンテンツを充実させたいと思っています。御朱印ブーム [続きを読む]
  • 御朱印転売考
  • 平成28年も年の瀬を迎えました。今年はテレビでも何度か御朱印が取り上げられ、好評だったようです。御朱印の一般への認知も進んでいるように思います。一方で問題になったのが御朱印の転売で、新聞やテレビでも取り上げられました。そこで、一年の締めくくりとして、御朱印の転売について考えるところを書いてみたいと思います。なぜ御朱印が転売されるようになったのか?ネットオークションで御朱印の出品を見かけるように [続きを読む]
  • 西国13番 石山寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国13番 石光山 石山寺 近江国滋賀郡寺辺村(滋賀県大津市石山寺)西国12番正法寺を参拝した太郎助は、引き続き西国霊場の順番通り13番石山寺に参拝しています。「石山秋月」は近江八景の一つに数えられます。石山寺は天平19年(747)聖武天皇の命により良弁僧正が建立したと伝えられます。伽藍は巨大な珪灰石の岩盤の上に建っており、石山寺の名はこれに因みます。聖武天皇は東大寺の大仏造立を発願し [続きを読む]
  • 平潟神社
  • 新潟県長岡市表町1-6-1 [Mapion|googlemap]平潟神社(ひらかたじんじゃ) 正式名称:平潟神社 通称:ちけん(智慶)様 御祭神:建御名方刀美命/配祀:八阪刀売命 大国主命 沼河姫命 創建年代:天平年間(729〜49) 例祭:7月25・26日 社格等:旧県社【御由緒】 創建は天平年間(729〜49)と伝えられます。天平8年(736)当地で疫病が流行ったとき、行基菩薩が自ら刻んだ普賢菩薩の像を奉安し、祈念したという伝承があります。社 [続きを読む]
  • 西国12番 正法寺(岩間寺)〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国12番 岩間山 正法寺 近江国滋賀郡内畑村(滋賀県大津市石山内畑町)上醍醐寺を参拝した太郎助は西国三十三所の順番通り、12番岩間山 正法寺、通称・岩間寺に参拝しています。正法寺は醍醐寺の南西約4km、山城国と近江国の境にそびえる岩間山にあります。正法寺は加賀白山を開創した泰澄大師により、元正天皇の勅願寺として創建されたと伝えられます。養老6年(722)泰澄大師は元正天皇の病気平癒を [続きを読む]
  • 足高神社
  • 岡山県倉敷市笹沖1033 [Mapion|googlemap]足高神社(あしたかじんじゃ) 正式名称:足高神社 通称:帆下げの宮 旧称:葦高宮 御祭神:大山津見命 /配祀:石長比売命 木之花咲耶比売命 創建年代:崇神天皇の御代 例祭:10月第2土・日曜日 社格等:式内社 旧県社【御由緒】 倉敷駅の南約3km、標高62mの足高山の頂に鎮座します。かつては足高八幡、葦高神社などとも称されました。足高山は400年ほど前に干拓が行われるまでは海中の [続きを読む]
  • 西国11番 上醍醐寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』西国11番 深雪山 上醍醐寺 山城国宇治郡醍醐村(京都府伏見区醍醐醍醐山)三室戸寺・萬福寺を参拝した太郎助は、同じ宇治郡内にある西国11番・上醍醐寺に登拝しています。ただし、納経は書き置きで日付がないため、同日か翌日かはわかりません。醍醐寺は理源大師聖宝によって開かれた真言宗醍醐派の総本山です。理源大師聖宝は真雅僧正(空海の弟で十大弟子の一人)を師として出家し、東大寺や元興寺で三 [続きを読む]
  • 加納天満宮
  • 岐阜県岐阜市加納天神町4-1 [Mapion|googlemap]加納天満宮(かのうてんまんぐう) 正式名称:加納天満宮 旧称:天満宮 天満神社 御祭神:菅原道真 創建年代:文安2年(1445) 例祭:4月4 日・5日 行事:加納天神祭(10月第4土・日曜日) 社格等:旧県社【御由緒】 文安2年(1445)土岐氏の重臣で後に美濃の守護代となった斎藤利永が沓井城(前期加納城)を築いた際、守護神として天満宮を祀ったことに始まります。あるいは、それ [続きを読む]
  • 萬福寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 黄檗山 萬福寺 山城国宇治郡大和田村(京都府宇治市五ヶ庄三番割)三室戸寺を参拝した太郎助は、次に萬福寺で納経しています。三室戸寺から萬福寺までは直線距離で約2km、それほど時間を掛けずに到着したことでしょう。黄檗山萬福寺は黄檗宗の大本山で、寛文元年(1661)隠元隆琦禅師を開山として開創されました。隠元禅師は万暦20年(文禄元年・1592)中国の福建省福州に誕生しました。29歳の時に福州 [続きを読む]
  • 八倉比売神社
  • 徳島県徳島市国府町矢野531 [Mapion|googlemap]八倉比売神社(やくらひめじんじゃ) 正式名称:天石門別八倉比売神社 旧称:杉尾大明神 御祭神:大日孁女命 創建年代:不詳 例祭:10月13日 社格等:旧県社【御由緒】 徳島市の西郊、杉尾山に鎮座します。式内名神大社・天石門別八倉比売神社の論社。創建年代は不詳。社伝によれば、往古は気延山の頂に鎮座していたが、推古天皇元年(593)現在地に遷座したといいます。承和8年(841 [続きを読む]
  • 西国10番 三室戸寺〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国10番 明星山 三室戸寺 山城国宇治郡三室村(京都府宇治市莵道滋賀谷)興福寺南円堂参拝の翌日、太郎助は山城国に入り、三室戸寺に参拝しています。三室戸寺は西国第10札所、現在ではアジサイの寺としても知られています。寺伝によれば、宝亀元年(770)光仁天皇は毎夜宮中に金色の霊光が差し込むという奇瑞があったため、右少弁藤原犬養に命じてその源を探させました。犬養が宇治川の支流、志津川を [続きを読む]
  • 宇治神社(伊勢市)
  • 三重県伊勢市宇治今在家町172 [Mapion|googlemap]宇治神社(うじじんじゃ) 正式名称:宇治神社 旧称:宇治山神社 御祭神:大山祇神/合祀:宇麻志阿斯訶備比古遅神、宇迦之御魂神、玉移良比賣神、御裳須曽姫神、豊玉比賣神、素戔嗚尊、天兒屋根命、速秋津日子神、速秋津比女神、新川比賣神、火産霊神、水波賣神、神名不詳一座、応神天皇、天見通命、大職冠鎌足神霊、和気清麿神霊、菅原道真神霊、楠正成神霊、彌武彦神、羽倉東麿 [続きを読む]
  • 西国9番 興福寺南円堂〈文政8年〉
  • 文政8年『神社仏閣順拝帳』 西国9番 興福寺 南円堂 大和国添上郡奈良町(奈良県奈良市登大路町)長谷寺を参拝した太郎助は、その日のうちに奈良に到着し、西国9番・興福寺南円堂を参拝しています。興福寺は藤原氏の氏寺で南?七大寺の一つ、法相宗の大本山です。比叡山とともに「南都北嶺」と称され、中世における権勢は大変なものでした。興福寺の衆徒(僧兵)がしばしば春日大社の神木を奉じて京に乗り込み、朝廷に強訴したこと [続きを読む]