卓球三昧 さん プロフィール

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卓球三昧さん: 卓球三昧
ハンドル名卓球三昧 さん
ブログタイトル卓球三昧
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/nakasheilanancy
サイト紹介文定年になって毎日、卓球をして楽しんでます。卓球を通じて友好を深めたいと思ってます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供496回 / 365日(平均9.5回/週) - 参加 2015/07/21 10:12

卓球三昧 さんのブログ記事

  • 死海へヒッチで行こうとした〜キブツの生活
  • ▲ビエルシェバ郊外にて〜ラクダ、ロバ、そして羊の群れが行き交う。・昭和44年1月11日(土)晴れ(死海へヒッチで行こうとした)  昨日、仕事が終ってからエンディと“Dead Sea”(死海)へ行く予定であったが、取り止めたので今日、私1人で行く事にした。  6時半に起き、朝食を軽く取ってキブツ前からヒッチをした。キブツ前の道は、日中でもポツンポツンと車が走っている程度であった。この道の左方面はネゲヴ砂漠へ、 [続きを読む]
  • 同部屋のフランクと喧嘩〜キブツの生活
  • ▲キブツにて−同部屋のフランコと喧嘩・昭和43年12月29日(日)晴れ(同部屋のフランクと喧嘩)  今日、“同部屋のフランク”(北アイルランド人の24歳)と喧嘩をした。何日か前に、「そうですか」(Is that so?)と言う日本語をフランクに教えたのだ。そうしたらここ2・3日、フランクは朝から晩まで私と話をする度に、そして、私の顔を見る度にそればっかり言っていた。多分、彼からすれば初めて覚えた日本語が珍し [続きを読む]
  • 鶏小屋の清掃作業とジョンの誕生日パーティ〜キブツの生活
  • ・昭和43年12月26日(木)雨後曇り(鶏小屋の清掃作業) 6時に起きた。雨が降っていたので今日のジャガイモ収穫作業は、中止になった。その替わり朝食後、鶏小屋の清掃作業になった。・昭和43年12月27日(金)晴れ(ジョンの誕生日パーティ)▲左から私、ナンシー、エンディ〜私の部屋の前にて 穏やかな日であった。今日もジャガイモの収穫作業であった。夜、ジョンの所でパーティがあると言うので行って見た。皆が [続きを読む]
  • キリスト降誕の地・ベツレヘム訪問(その2)〜キブツの生活
  • ・昭和43年12月24日(火)晴れ(キリスト降誕の地・ベツレヘム訪問) 降誕教会、キリストが生まれた洞窟見学後、我々キブツ仲間は、レストランへ行ってビールを飲もう、と言う事で、ある店に入った。店は大勢の人で混んでいて、我々は、「小瓶一本1ポンドは高い」と言う事で、他の店を捜した。その店は、60アゴロ(52円)であった。これらの店は、前の店構え、店内も大して変わらないのに、どうして値段が違うのか。 [続きを読む]
  • ジャガイモの収穫作業〜キブツの生活
  • ・昭和43年12月15日(日)晴れ〜23日(月)晴れ(ジャガイモの収穫作業)  7時前に起き、食事をしてからジープに乗ってジャガイモの収穫作業に行った。9人も一緒にジープに乗るので、ぎゅうぎゅう詰の状態であった。  ジャガイモ畑は広く、そして、その向こうは、木一本もない半砂漠の小高い山並みが幾重にも連なっていた。ジャガイモ収穫作業は、キブツ人が大きなトラクターを運転し、掘削機見たいな機械でジャガイモ [続きを読む]
  • 初めての農作業とイスラエルの休日の日〜キブツの生活
  • ・昭和43年12月13日(金)晴れ(キブツに来て、初めての農作業)  キブツの人に6時前、起こされ、食事前から温室内の穴掘りの作業であった。久し振りの労働で疲れた。夜、“中近東の本”(深田久弥の「中東の砂漠を自動車で走破」)を読んで過ごした。これは先日、長倉から貰った本だが、後日何処かで紛失してしまった。 ・昭和43年12月14日(土)晴れ(イスラエルの休日の日)  今日は、ユダヤ教の教えから来るユ [続きを読む]
  • 共に働いたキブツの仲間達の話〜キブツの生活
  • *共に働いたキブツの仲間達の話▲キブツの私の部屋の前にて〜左からナンシー、私、ジョアン▲私の部屋の前にて〜左から私、ナンシー、エンディ  私の部屋の仲間は2人居た。1人は“Frank”(フランク)、もう1人は“Peder Leif Moll”(ピーター)と言う人でした。フランクは、北アイルランド出身の田舎者のイギリス人、髭を生やし、少し太り気味、海賊バイキングに似ていた。彼は、イギリス人であるが、アイルランド系なの [続きを読む]
  • ハッゼリム・キブツの話〜キブツの生活
  • *ハッゼリム・キブツの話  私は、前記の条件を承諾して、テルアビブのキブツ事務所からこのキブツを紹介され、遣って来たのでした。このキブツの周囲は、鉄条網で囲まれていた。1日数回、銃を片手に管理人の方2名が、その鉄条網に沿って巡回、警備をしていた。  私の“家”(時に、「部屋」とも言う)は、ゲートから一番奥にあった。そこからの光景は、木一本も生えていない、赤茶けた半砂漠的な小高い台地が幾重にも連なり、 [続きを読む]
  • キブツ入所条件の話〜キブツの生活
  • *キブツ入所条件の話こちらのハッゼリム・キブツに来る前に、テルアビブのキブツ事務所である条件を提示され、それに署名したのです。それによって、こちらのハッゼリム・キブツを紹介され、来られたのでした。 その提示された“キブツ”(日本語にすると「農業共同体、農業共同体組織、農業共同体部落、或は、コミュニティ等の言い方があるであろう」)の入所条件は英文であったが、私が翻訳しここに書き留めて置く事にした。 [続きを読む]
  • テルアビブの様子〜テルアビブの旅
  • ・昭和43年12月11日(水)曇り(テルアビブの様子)  昨日は私の誕生日であった。午前中、長倉(後に、彼は“永倉万治”と言う小説家になった)とレストランへ行って、“小瓶ビール1本”(60アゴロ、約52円)を飲んでお喋りし、午後、ボーリング場へ行って過ごした。遊ぶ程の手持ち金がある訳ではなかったが、誕生日なのに余りケチるのも虚しいので、彼に付き合った。そして今日、私はキブツへ行く予定であったが、取 [続きを読む]
  • 日本の10大ニュースと長倉は強かった〜テルアビブの旅
  • ・昭和43年12月9日(月)晴れ(日本の10大ニュースと長倉は強かった) 最初、私はテルアビブから余り離れてない所を希望していたが、昨日シーラのお父さんに貰ったコートを忘れてキブツ事務所に寄った際、係りの方から「そこは一杯で希望に添えませんでした。明日又、来て下さい」と言われ、今日再び事務所に立ち寄った。そうしたら“Hazzerim Kibbutz”(ハッゼリム・キブツ)に決定したのでした。係りの方からそこの住所 [続きを読む]
  • イスラエルの簡単な歴史の話〜テルアビブの旅
  • *イスラエルの簡単な歴史の話  イスラエルに滞在するにあたって、この国の歴史について少し記して置く事にした。 そもそもこの国は、4000年の歴史があり、“紀元前”(BC)のソロモン時代、既に最盛期を迎えたのであった。 [その基礎を作ったのが、BC1020年頃の初代の王・サウルであり、その跡を引継いだのがダビデ王であった。ダビデは、王国をより徹底して統治する為、BC997年、エルサレムに都を移した。又、その息子ソロモン [続きを読む]
  • キブツ探し、ユースの出来事、そして旅人・長倉との再会〜テルアビブの旅
  • ・昭和43年12月8日(日)晴れ(キブツ探し、ユースの出来事、そして旅人・長倉との再会)  今日の未明、雷を伴った凄い雨が降って、目を覚ましてしまった。今朝方も、ヒョウ交じりの物凄い雨が降った。朝食を取ってから主人に、「キブツに入所したいのだが、如何したら良いのか」と尋ねたら、キブツ事務所の場所を教えてくれた。  朝食後、そのキブツ事務所へ行った。“その事務所”(Ichud Hakvutzot Vehakibbutzim)の方は [続きを読む]
  • シーラおばさんと出逢う〜テルアビブの旅
  • ・昭和43年12月7日(土)曇り後晴れ後雨(シーラおばさんと出逢う) *参考=イスラエルの1ポンドは、約86円(1アゴロは、約86銭)。   アテネを去る日が来た。出発まで私は、和田とあるインテリーの日本人と共にアラブ大使館(現エジプト)へ行ったり、レストランで昼食を取ったりして過ごした。いつも20ドラクマ以内で食事を済ませていたが、アテネ最後の食事なので2人に合わせ、普段より奢ってしまった。食事後 [続きを読む]
  • 奥武蔵の福徳寺の阿弥陀堂、ユガテ、鎌北湖そして北向地蔵を訪ねる山日記
  • 平成29年3月1日(水)天候は曇り。私は思い切って、春を感じる奥武蔵の低山へ出掛けました。所で、東京や埼玉以外の皆様にとって、奥武蔵はどの辺りか、分かりづらいと思うので、少しそのエリアを記しておきます。奥武蔵とは〜東京や埼玉に掛けての一部の地域(南西部)を『武蔵野』と言われておりますが、地域的には漠然としています。「武蔵野」と言いますと、関東ローム層の中にあって、ススキ野が広がる原野、雑木林、トト [続きを読む]