鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行 さん プロフィール

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鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行さん: 鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行
ハンドル名鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行 さん
ブログタイトル鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/jr5eek
サイト紹介文紀行&散策を画像を交えた紹介です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供113回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2015/07/27 06:58

鐘馗(しょうき)さんと名城めぐり&好古揮毫石碑紀行 さんのブログ記事

  • 父の日の贈り物
  • 先日(6月24日)、岡山県倉敷市から次男夫婦が孫を連れて我が家に来ました時に、遅くなりましたが父の日の贈り物ですと「日本酒と、焼酎」をくれました。ビールは、長男からです。子供からもらった酒・ビールは、自分が買ったものと違って美味しくて嬉しいものです。・・ありがとう。次男からの贈り物で、日本酒と焼酎。こんな味の日本酒初めて飲みました。倉敷市美観地区にある、森田酒造の「一滴・純米吟醸原酒」、円熟味のあ [続きを読む]
  • 宗士朗くん ようこそ松山へ
  • はじめまして、僕は宗士朗です。今年1月29日、岡山県倉敷市で生まれ、5ヶ月になります。先日(6月24日)、僕のおじいちゃん・おばあちゃんが住む松山市に、両親と一緒に行って来ました。おじいちゃんとは初めて会いました。おばあちゃんとは二度目です。車で瀬戸大橋を通り高松自動車道・松山自動車道を走行して、僕は後部のチャイルドシートで行きました。松山に着くとおじいちゃん・おばあちゃんとおじさん(お父さんのお [続きを読む]
  • 秋山兄弟生誕地・好古揮毫石碑の写真展示場を変更しました
  • 松山市歩行町二丁目3番地6にある秋山兄弟生誕地で、秋山好古揮毫の石碑写真展示を平成17年7月から武道場の廻り縁で行っていましたが、この度生家と武道場の間に展示版を特設して行うことにいたしました。展示版の面積には限りがあり全部の写真展示は出来ませんが主な記念石碑を抜粋してご来館の皆様に見て頂くよう展示変更いたしました。是非お越しになってご覧下さい。平成17年からの記念石碑展示形式でしたが、この度 [続きを読む]
  • 伊予郡松前町中川原にもジャカランダの花がありました
  • 最近「ジャカランダの花」が話題になっています。松山市御幸一丁目の写経道場「天龍山・空無我堂」で青紫色の花が鮮やかに咲いている「ジャカランダの花」が一昨年愛媛新聞に掲載されてから一躍注目の花となりました。6月3日、松山市御幸一丁目のジャカランダの花を撮りに行って来ましたが伊予郡松前町中川原にも大きなジャカランダがある事を知人から聞き、昨日(6月15日)カメラ持参で鑑賞に行って来ました。松山市のジャカ [続きを読む]
  • 松山市・浄瑠璃町の菖蒲園
  • 毎年この時期になりますと、私の散歩道に咲く紫陽花と松山市浄瑠璃町にある花菖蒲園をカメラ持参で鑑賞に行っています。(昨年からは、松山市御幸町のジャカランダの花の鑑賞に行っております。)これから紹介します花菖蒲園は、四国八十八ヶ所第46番霊場「浄瑠璃寺」の南方約500mの山麓に花菖蒲園があり、久万高原町にある第45番札所海岸山・岩屋寺から国道33号線を下り、第46番札所医王山・浄瑠璃寺に巡礼する距離約 [続きを読む]
  • 松山市地方の紫陽花標本観察
  • 松山地方の紫陽花標本は、松山地方気象台の敷地内にある事が判明、気象台の了解を得て観察&撮影をして来ました。気象台は、松山市の高級住宅街にあり、周囲は高層マンションが建ち、風向・風速・日照・日射の気象観測に支障を受け本来の観測が出来なくなり、平成18年近くの県立松山東高等学校の屋上へ移設、その後平成27年に松山市立桑原小学校に移設して観測を継続しているそうです。さて、一昨日(6月8日)松山地方気象台 [続きを読む]
  • 私の散歩道・春夏秋冬・今年も紫陽花が咲きました
  • 今年も紫陽花の季節がやって来ました。紫陽花にも開花宣言がある事は知らなかったです。今年の開花は、福岡・佐賀が一番早く、6月2日で次いで、熊本6月3日、岐阜が6月5日、長崎が6月5日、高知が6月6日、松山は6月4日とありました。紫陽花にも各地方気象台に季節観測用の標本木があるのでしょうか?松山地方気象台に照会してみますと、松山地方気象台敷地内にある事が判明しました。梅と染井吉野桜の観測用の標本木があ [続きを読む]
  • 第15回・ユーモア路上観察展
  • 第15回・ユーモア路上観察展が、5月27日(土)〜6月11日(日)まで、松山市小坂2丁目の乗松巌記念館エスパス21で開かれている。乗松巌記念館エスパス21の館長・乗松毅さんが主宰する、えひめ路上観察友の会会員、越智公行さん・芳野友紀さんの3人が、15年前から毎年開催している。会員の芳野友紀さんは、松山観光コンベンション協会所属の観光ガイドメンバーで、毎年開催案内状を頂きユーモア写真展の鑑賞に行って [続きを読む]
  • 内視鏡検査受診
  • 愛媛大学医学部附属病院は昭和51年5月10日に開設され愛媛県の地域医療の向上発展に寄与している・・所在地は東温市志津川にある特記事項として:がん診療連携拠点病院、特定機能病院、エイズ治療拠点病院、愛媛県災害拠点病院とある。平成15年2月21日、大腸ポリープ摘出手術を愛媛大学医学部付属病院で行いそれ以降検査をしている。今年も、昨年に引き続き、6月1日愛媛大学医学部付属病院で、胃癌と大腸癌の内視鏡検診を [続きを読む]
  • メガネの田中「大河内店長さん」
  • メガネの田中・イオン松山店 大河内店長さんこの世に生を受け、両親、家族、6・3制の義務教育を受け、人は成長して行く。その過程で多くの人々の支えがあっての事です。人は、生まれた時はみな一緒、その後成長と共に家庭教育・学校教育・社会教育で勉強をしながら人として人格が出来、その段階でその人が如何に勉強・努力したかでその差が出て来る。・・と福沢諭吉の学問のすすめの一節にある。人は、一人だけでは生きて行け [続きを読む]
  • JR予讃線特急しおかぜ新型車両「8600系電車」
  • 特急しおかぜ17号「8600系」の特急電車、岡山駅8番線ホームにて。5月9日〜11日まで、石清水八幡宮・寺田屋・大阪城西の丸庭園・大阪市立栄小学校の見聞に行って来ました。移動手段は、JRで行き、中でもJR四国が、新車両として投入した特急しおかぜ「8600系」の特急電車で、行き帰り共運行ダイヤに合わせて乗車しました。なお、特急しおかぜ「8600系」の特急電車の列車編成は、8両編成で、松山発、特急し [続きを読む]
  • 大阪市立栄小学校(旧・有隣尋常小学校)
  • 新田長次郎が創設した私立有隣尋常小学校は、現在、大阪市立栄小学校となっている。新田長次郎が18歳(明治8年)、秋山信三郎(好古)が16歳の時、二人は松山の城下町で出会った。長次郎は、伊予松山藩温泉郡山西村18番地、新田喜惣次の次男として出生した。生家は農家であったが、代々新田姓を名乗り、南北朝時代、足利尊氏に敗れ各地に分散した新田氏の流れをくんでいた。熱心に読書をしていた信三郎の光景を見た長次郎は [続きを読む]
  • 大阪(坂)城西の丸庭園散策
  • 大阪城を表記するときには、大坂・大阪と両方が表記され、特に、国指定特別史跡には、大坂城跡として登録してあると記述がある。また、城郭構造についても、平城又は、平山城と書かれており、私は、平城と思っていた。豊臣時代の天守は、5層6階地下2階の望楼型、徳川時代は、5層5階地下1階の層塔型、昭和復興天守は、5層8階の望楼型とある。非常に紛らわしい天守である。復興天守大阪(坂)城。復興大阪(坂)城天守は [続きを読む]
  • 坂本龍馬ゆかりの地「寺田屋」
  • 石清水八幡宮を参拝して、京阪電車伏見桃山駅で下車、伏見区の鍾馗さんを散策し、黄桜酒造レストランで昼食を取った。その後、龍馬通りを歩き、寺田屋に久しぶりに行ってみた。現在の寺田屋は、事件当時の「弾痕」「刀傷」と称するものや「お龍が入っていた風呂」なるものがあり、当時そのままの建物であるかのような説明がされている。しかしながら、現在の寺田屋の建物は明治38年に登記されており、特に湯殿がある部分は明治41年 [続きを読む]
  • 京都伏見の鍾馗さん
  • 伏見区の鍾馗さん私のブログタイトルは、昨年まで「鍾馗さんと名城巡り&秋山好古揮毫石碑紀行」と言う長い表示でしたが、今年1月1日から、「EEKの紀行春夏秋冬」に変更しました。鍾馗さんも、名城巡りも、そして好古揮毫石碑も殆ど調査が終わりましたのでタイトル変更しました。さて、先日5月10日、石清水八幡宮参拝に際し、京都市伏見区の鍾馗さんを見る事が出来ました。京の鍾馗さんとの対面は、8年振りであります。 [続きを読む]
  • 日本三代八幡造り 石清水八幡宮
  • 石清水八幡宮(京都府八幡市八幡高坊30番地)愛媛県松山市道後温泉の直ぐ近くに、伊佐爾波八幡神社(湯月八幡宮)がある。この神社は、日本三代八幡造りの一つで、造営は、石清水八幡宮を模して造られたとされている。この度、平成29年5月10日、石清水八幡宮を参拝して来ました。そして、その後、坂本龍馬の「寺田屋」大阪城「西の丸庭園」、新田長次郎が創立した大阪市立栄小学校(旧有隣小学校)を見学しました。また、 [続きを読む]
  • どうなっている、愚陀仏庵の復元は
  • 画像は、昭和20年7月26日、松山大空襲で焼失する前の愚陀仏庵で、場所は、松山市二番町三丁目7番地にあった。愚陀仏庵は、上の義方宅の離れの屋敷で、漱漱石の俳号「愚陀仏」から命名した。倒壊後、愚陀仏庵再建について大いに検討され、再建場所も、松山大空襲で焼失し本来の地、倒壊前の萬翠荘の裏地、道後地区の上人町(宝厳寺前)と候補地が上がり直ぐにでも再建されるのかと思っていたが、もう倒壊してから7年が経過 [続きを読む]
  • どうなっている、愚陀仏庵の復元は!!
  • 画像は、昭和20年7月26日、松山大空襲で焼失する前の愚陀仏庵で、場所は、松山市二番町三丁目7番地にあった。愚陀仏庵は、上の義方宅の離れの屋敷で、漱漱石の俳号「愚陀仏」から命名した。倒壊後、愚陀仏庵再建について大いに検討され、再建場所も、松山大空襲で焼失し本来の地、倒壊前の萬翠荘の裏地、道後地区の上人町(宝厳寺前)と候補地が上がり直ぐにでも再建されるのかと思っていたが、もう倒壊してから7年が経過 [続きを読む]
  • NHK「にほん縦断心旅」愛媛県東温市編
  • 全国を自転車で巡る旅番組「にほん縦断心旅」は、今年で放送5年を迎えるそうです。今回は、四国を出発点として、愛媛県を旅するとの事でしたので、何処を走られるのかなと思い見ておりました。平成29年4月6日、午後7時から放映された番組を見ていますと、松山城三之丸(現、城山公園)で、火野正平が視聴者からの手紙を読まれました。今回の目的地は、東温市の見奈良にある、菜の花畑を見る事でありました。どんなルートで行 [続きを読む]
  • 俳誌「ほとゝぎす」の創設者 柳原極堂の句碑建立除幕式
  • 今年、子規・漱石・極堂生誕150年を迎え、松山市では色んな記念行事が開催されている。その一つとして、俳誌「ほとゝぎす」の創設者、柳原極堂(慶応3年2月11日〜昭和32年10月7日)生誕150年を記念し、顕彰団体「松山極堂会」が、記念の句碑を4月30日に松山市北立花町の井手神社境内に建立しその除幕式が行われた。極堂、本名は正之、正岡子規(慶応3年9月17日〜明治35年9月19日)と同年生まれで明治 [続きを読む]
  • GHQの指示により撤去され再建立された秋山好古揮毫の石碑・扁額
  • 昨年の5月、長野県安曇野市に発見された秋山好古揮毫石碑、現在52基の石碑が発見され、全て現地に赴き、関りの方達とお会いして、経緯を伺い、秋山兄弟生誕地に「秋山好古揮毫石碑写真展」として展示公開しています。平成17年5月5日、バカタレ事件がなければ好古揮毫の石碑調査はしていなかったです。この事に付いては、平成21年7月31日号の週刊朝日、P119に掲載されています。さて、今回は、秋山好古が揮毫した [続きを読む]
  • 石手寺・伊佐爾波神社・葵苔・坊ちゃんカラクリ時計
  • 昨日(4月23日)、広島県福山市から松山市に観光に来られたご夫婦を石手寺にご案内した。一昨日、瀬戸内しまなみ海道(西瀬戸自動車道)で松山入り、松山城と城下町を散策され、昨日は、四国88ヶ所第51番札所石手寺を案内希望された。初めての石手寺で是非お参りしたいとの事でした。帰りに、日本三大八幡造りの伊佐爾波神社を案内し、奥様は、植物に興味を持っておられることを聞き、道後温泉老舗の旅館「ふなや」の庭園に [続きを読む]
  • 秋山兄弟生誕地・秋山両将遺邸之碑
  • 秋山両将遺邸之碑松山市歩行町二丁目3番地6に、秋山兄弟生誕地があり、生家の裏に、秋山両将遺邸之碑があります。平成17年1月18日、生家、秋山好古騎馬像、秋山眞之胸像の復元整備が完成し、18日、NHK総合TVニュース「おはよう日本」で生誕地からライブ放映され、全国に紹介されました。整備事業に掛かった費用は、全国の秋山兄弟支援者からのご寄付で行われ、ご寄付頂いた皆様方のご署名簿は、大切に秋山眞之胸像の [続きを読む]