超老 さん プロフィール

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超老さん: 生老病死−老いと死を考える−
ハンドル名超老 さん
ブログタイトル生老病死−老いと死を考える−
ブログURLhttp://cs2593.blog.fc2.com/
サイト紹介文人生もすでに終盤、今一度、生と死を見つめ直し、さらに、死後について考えてみたいと思います。
自由文生老病死は、人が人生において避けることのできない 四つの大きな苦悩を表しますが、人生も終盤にさしかかり、肉体は衰え、老いはますます深まってゆき、死というものを否応なく意識せざるを得ない状況のなかで、今一度、生と死を見つめ直してみたいと思います。そして、残された時間を死後の世界に行くための貴重な準備期間として捉え、真剣にその準備に備えることができればと思います。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供83回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2015/08/04 13:36

超老 さんのブログ記事

  • ラグナロク(神々の没落)−北欧神話5−
  • にほんブログ村 ロキの奸計によって殺されたバルドルの亡骸を船にて葬送するときには、 オーディンとフリッグの夫婦神はもちろんのこと、ヴァン神族の兄妹神フレイとフレイヤばかりか、霜巨人と山巨人の多くも参加していたという。だが、この葬礼参列者たちは、ラグナロクという「世界の終末」において、みな滅び去ることが運命づけられている者たちのようなのです。彼らは、バルドルをひとしく自分たちのスケープゴート(贖罪 [続きを読む]
  • 神々と巨人族との戦い−北欧神話4−
  • にほんブログ村 なぜ、神々と巨人族は争うことになったのでしょうか?一説によると、オーディン、ヴィリ、ヴェーの三神が「霜の巨人」の始祖であるユミルを殺して世界を創ったために、その子孫に襲われるのではないかと戦々恐々としていたのだということです。オーディンの恐れと不安は他の神々にも伝わり、何かと巨人族を痛めつける事件が起こる。特にトール神は神々の国アースガルズに侵入してきた巨人をことごとく打ち倒し [続きを読む]
  • 神々の戦い アース神族VSヴァン神族−北欧神話3−
  • にほんブログ村 北欧神話では、オーディンを主神とするアース(アサ)神族とニョルズを 主神とするヴァン(ヴァナ)神族という二つの神族が併存していたが、両神族の間でこの世で最初の戦闘が始まったという。『詩のエッダ』の「巫女の予言」では、グッルヴェイグという名の女性が、ハール(高き者、オーディンの別名)の館にて槍で刺され、何度も繰り返して焼かれたことから戦いが始まったとされます。幾度も彼女を焼殺した [続きを読む]
  • 水と火と木と世界創造−北欧神話2−
  • にほんブログ村 「悠久なる時の始め、そこには何もなかった・・・在りしはギヌンガガプ (ギンヌンガガップ)」と『詩のエッダ』にあるように、世界(宇宙)には何もなかったという。砂もなければ、海もなく、冷たい波もなく、大地もなければ天もない。ただ一面は霧に包まれていたが、その真ん中にギヌンガガプと呼ばれる一つの裂け目があって、とてつもなく深く、大きく口を広げていたということです。『散文のエッダ(スノリ [続きを読む]
  • 「生と死の北欧神話」
  • にほんブログ村 今回は、オーディン(オージン)、トール、ヴァルキューレ、ロキ、 ヘル、等々、断片的ではあるが、けっこう耳にする神々や巨人族などが登場する北欧神話とは、一体、どういうものなのか、を追ってみたいと思います。さて、北欧神話とは、水野知昭氏の『生と死の北欧神話』によると、870年−930年にノルウェーからの植民者によってアイスランドに持ち込まれ、彼らの子孫によって口承で伝えられ、そ [続きを読む]
  • ヨブの問いと神の答え−「ヨブ記」4−
  • にほんブログ村ヨブは、二回目の独白(29章)で、身の潔白を主張しながら、次の ように神に訴えます。<どうか、わたしの言うことを聞いてください。 見よ、わたしはここに署名する。 全能者[シャッダイ]よ、答えてください。>そして、いよいよ神の弁論が始まるのですが、なぜか、その間にエリフという新しい人物の弁論がはさまっています。エリフは、3人の友人の批判を生ぬるいと考え、ヨブに対してより厳しい批 [続きを読む]
  • ヨブと友人との対話−「ヨブ記」3−
  • にほんブログ村3章からは、散文から詩の文体になり、ヨブと3人の友人の対話、という より論争が始まるのですが、その前に、まずヨブの嘆き(独白)があります。<やがて、ヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って言った。わたしの生まれた日は消えうせよ、男の子を身ごもったことを告げた夜も。その日は闇となれ、神が上から顧みることなく光もこれを輝かすな。><なぜ、わたしは母の胎にいるうちに死んでしまわなかっ [続きを読む]
  • ヨブの試練−「ヨブ記」2−
  • にほんブログ村 今回以降は、ヨブが苦悩し、苦悩の果てに、どのようにして結論に至るかを少し詳しく辿っていきたいと思いますが、まず、プロローグの部分(1章、2章)に触れて、ヨブが遭う試練の厳しい内実とそれに対する彼の立ち振る舞いを見ておきたいと思います。ヨブは、最初に「ウヅの地にヨブという名の人があった」とあるように、セム族ではあるがへブル人でも、ユダヤ人でもなかったのであるが、信仰的にも [続きを読む]
  • 「ヨブ記」1
  • にほんブログ村ヨブ記は、旧約聖書において、創世記などと共に最もよく知られて書物 ですが、それはユダヤ教、キリスト教の信仰や神学と関係が深いのみならず、ヨーロッパの文学や哲学ともかかわることが大きいとされています。ヨブ記は、旧約聖書が、1.モーゼ五書、2.歴史および物語、3.詩歌と教訓、4.予言の四つの部門から成り立っているなかで、第3の部門の冒頭に置かれていて、内容的には詩歌であり、またある意 [続きを読む]
  • 『大洪水伝説』『ギルガメシュ叙事詩』」−最古の宗教4−
  • にほんブログ村 現在残っているシュメール語版の『大洪水伝説』は、紀元前2千年紀前半 の古バビロニア時代、つまり、シュメール人が古代メソポタミアの歴史でもはや主役たりえなくなった頃に書かれたとされています。それによると、神々が大洪水を起こすことを決定したのであるが、その目的は人間を滅ぼすためであったということです。それは神々が決定したことであるから、どんな神といえどもそれを止めることができなかった [続きを読む]
  • シュメール創世神話−最古の宗教3−
  • にほんブログ村 今日、知るかぎりにおいて、古代メソポタミアの識者たちは、少なくとも 文書として保存するもののなかには、彼ら独自の宇宙「体系」に関するまとまった記述を残すことは一度もなかった。さまざまな時代、場所、種類の文書のなかに暗示的記述が散見されるのみである、とジャン・ポテロは述べています。よって、複数の作品によって「天地創造」神話を紹介しておきたいと思います。まず、『エンキ神とニンマフ女 [続きを読む]
  • 古代メソポタミアの宗教感情と表現−最古の宗教2−
  • にほんブログ村 前回の最後に、「シュメールの宗教的保守主義は、アッカドの宗教構造の なかに引き継がれた」というミルチア・エリアーデの言説を紹介しましたが、より具体的には、シュメールの三至高神、アヌ(アン)、エンリル、エア(エンキ)はそのまま残った。三天体神は、それぞれセム語の神名を部分的に取り込んでいる。すなわち、月神はスィン(シュメール語のスエンから派生している)、太陽神はシャマシュ、金星神はイ [続きを読む]
  • 最古の宗教−古代メソポタミア−
  • にほんブログ村その範囲がだいたい今日のイラクの領有域に重なり合うメソポタミアは、 地質学的にはそんなに古い土地ではないようです。メソポタミアは、ヨーロッパを襲った最後の氷河期が終わってしばらくたったのち、おそらく今から一万二千年ほど前に、その姿を現したということです。いたるところで大気中の湿度と降水量が減少する現象が起こり、その影響は近東全域にも波及しました。北にコーカサスの山地がそびえ、 [続きを読む]
  • 真実の仏陀
  • にほんブログ村 前回は、聖典における伝説の仏陀と歴史上の仏陀とのからみ合いを解きほぐしながら、仏陀とは本当はいかなる存在であったかについて見てきましたが、今回は、より深く真実の仏陀というものに接近してみたいと思います。まず、仏陀の人格というものは、どういうものだったのでしょうか?ヘルマン・ベックは、気品をそなえた柔和と慈愛こそは、この類いなき人物のもっとも著しい特徴をなしている。もう一つの仏 [続きを読む]
  • 伝説の仏陀・歴史上の仏陀
  • にほんブログ村 今回は、ヘルマン・ベックの『仏教』(上)に依拠しながら、西洋の仏教学者から見て仏陀とはいかなる存在であったかを考えてみたいと思います。訳者の渡辺照宏氏によると、19世紀末ごろのヨーロッパでは、相反する二つの観点から仏教が注目されたということです。その一つは、実証主義的な解釈で、仏教は奇跡や超自然を含まぬ合理的な無神論であるから、近代にふさわしい代用宗教になると考えられたのです。 [続きを読む]
  • スサノオの真実を求めて
  • にほんブログ村 周知のとおり、『古事記』には、イザナミを追って黄泉の国気へ行っていたイザナギが、穢れを祓うために禊をするのですが、投げ捨てた持ち物・脱いだ衣服から神々が生まれ、水に入って体を洗うとさらに神々が生まれます。そして、最後に左の目を洗ったときにアマテラスが生まれ、右の目を洗ったときにツクヨミが生まれ、鼻を洗ったときに生まれたのがスサノオだとされます。山田永氏は、『古事記スサノヲの研究 [続きを読む]
  • 創られたスサノオ神話
  • にほんブログ村 一般のスサノオ人気の源泉は、ヤマタノオロチ退治にあると思われるが、しかし、原スサノオ神話にはオロチ退治はなかったと『創られたスサノオ神話』の著者である山口博氏は言います。『日本書記』第八段は、オロチ退治の段ですが、異伝である一書(あるふみ)第一には、オロチ退治は存在しないというのです。スサノオは、島根県の東部を流れる斐伊(ひい)川の山間部に降り、その川のほとりのイナダヒメ [続きを読む]
  • 変貌するスサノオ
  • にほんブログ村 日本神話のなかで好きな神はというと、それはスサノオだという人が多いようです。確かにスサノオは魅力的であり、冥界の母イザナミを恋慕って泣き続け、山や海を破壊し、父のイザナギに追放される神。そして、姉のアマテラスが支配する高天原(たかまがはら)では、コントロールできない力のままに暴れまわる荒ぶる神であります。しかも、二度目の追放先である出雲に降ってからは、多頭の大蛇ヤマタノオロチ [続きを読む]
  • あらゆる宗教思想のカオス−エジプトの死者の書3−
  • にほんブログ村 『死者の書』を構成する諸章のうちで、その最も古いものとされるのは、「下界において日の下に出現することの章」及び「『日の下に出現することの諸章』を短章にて知るの章」の二つ(バッジ本の第六十四章にあたる)であると伝えられています。これらの章、特に最古のものといわれる「『日の下に出現することの諸章』を短章にて知るの章」は、非常に難解な部分だとされています。たとえば、本文の冒頭を見ても [続きを読む]
  • ミイラと古代エジプト人の霊魂観−エジプトの死者の書2−
  • にほんブログ村 先王朝時代のエジプト人は、来世も現世の延長であって、死者はその墳墓 の中で現世と同様の生活を営むものと考えていたようであり、さらに、エジプトの場合はその極度に乾燥した風土の特殊性からして、肉体も死後は永久不変であるとの考えを持つに至ったかのようですが、皮肉なことに、墳墓の地上構築が発達するにつれ、それまで天然ミイラとして不変であった死者の肉体は玄室あるいは棺内の空気に触れることによ [続きを読む]
  • 「エジプトの死者の書」
  • にほんブログ村 死後の世界にとりわけ深い関心を抱いた民族として、二つの民族をあげる ことができます。一つは古代インド人であり、もう一つは古代エジプト人ですが、インド人とエジプト人では、その関心の強さにおいて相匹敵するとしても、その関心の性質は全く異なるようです。インド人が来世に深い関心を抱くに至ったのは、何よりも現世を苦界と観じて、この穢土を厭離することで、浄土を希求したからであるのに対し、エ [続きを読む]
  • 月信仰と再生思想
  • にほんブログ村前回、紹介した戸矢学氏の『ツクヨミ−秘された神−』によると、天照大御神を祭神とする神社は、全国で13582社(境内社も含む)、須佐之男命を祭神とする神社は13542社(境内社を含む)であるのに対して、月讀命を祭神とする神社は704社(境内社を含む)であり、そのなかでも、山形の月山神社のように、もともとの祭神が「山神」であるようなものや、もともと別の主祭神を祀る神社でありながら、何 [続きを読む]
  • ツクヨミ−秘された神−
  • にほんブログ村 古事記には、伊邪那岐命(イザナギノミコト)が、黄泉(よみ)の国へ 行って嫌な穢いものをつけてしまったとして禊をされるのですが、体につけていたものを投げ捨て、身体を洗うことによって様々な神々を生み出したとあります。そして、一番最後に、伊邪那岐命が左の眼を洗うと天照大神(アマテラスオオカミ)が出現し、右の眼を洗うと月讀命(ツクヨミノミコト)が出現し、鼻を洗ったときに須佐之男命(スサノ [続きを読む]
  • 『霊的技術−傷ついた幽体を救え−』
  • にほんブログ村 (水波一郎 著 アマゾン 発売)今までに紹介してきた水波一郎氏の著作は相当な数にのぼりますが、テーマを霊的な技術に絞った著書はなかったように思います。本来、技術というものは、本を読んだだけで身につくものではなく、正式な指導を受け、きちんと実習しなければ力が生じないものと思われますが、それでも霊的技術に関する本を出版された理由はなぜなのでしょうか?水波一郎氏は、「はじめに」にお [続きを読む]
  • 太陽神から先祖神へ−アマテラスの誕生2−
  • にほんブログ村 前回、伊勢皇大神宮の神、アマテラスは、もとは、天つカミ、つまり、日のカミであり、風のカミであり、雷のカミであったということ、そして、天つ神が地上に降りるときは、まず、山の頂上に来たりて、樹木(御陰木)を経て、いったん、川の流れの中に潜り、巫女により流れの中からすくいあげられ、地上に御生(みあれ)、つまり、再生するというプロセスをたどるということ、などを見てきました。今回は、では、 [続きを読む]