伊賀山人 さん プロフィール

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伊賀山人さん: 伊賀の徒然草
ハンドル名伊賀山人 さん
ブログタイトル伊賀の徒然草
ブログURLhttp://igasanjin.muragon.com/
サイト紹介文伊賀名張の暇な行政書士の戯言です。
自由文当事務所は、主として、遺言・相続やそれらに関連する財産評価、農地転用、親子DNA鑑定などを取り扱い、三重県伊賀地方を中心に三重県全域及び奈良県・滋賀県など近隣府県の皆様の円滑な相続や事業承継のお手伝いをしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供200回 / 365日(平均3.8回/週) - 参加 2015/09/05 20:32

伊賀山人 さんのブログ記事

  • 漫漫曲折路
  •  「漫漫曲折路(The Long and Winding Road )」は、1970年に発表されたビートルズのラスト・アルバム『レット・イット・ビー』の収録曲で、同名の映画の中でも歌われています。  この当時のビートルズは、メンバー間の確執が最早修復不能なまでに悪化しており、グループ解散が目前に迫っていました。  この曲は、公式にはいつもどおりジョン・レノンとポール・マッカートニーのコンビの合作と [続きを読む]
  • カウンセラー三者三様
  •  アメリカの心理療法の用語の一つに「アサーション」(又は「アサーティブネス」ともいう)という用語があります。  「アサーション」とは、直訳すれば「自己表現・意見表明」という意味です。    しかしながら、心理療法の用語として使う場合には、もっと広くかつ曖昧な概念ですので翻訳が難しいのですが、意訳すれば「自他を共に尊重する自己表現もしくは自己主張」というようなものと定義されます。  「アサーション」 [続きを読む]
  • 平成28年度伊賀山人事務所定時総会議事録
  • 平成28年度伊賀山人よろず相談事務所定時総会                       日時:3月吉日                       場所:伊賀名張事務所    次第 1 開会の辞 2 所長挨拶 3 議事  第1号議案 平成28年度事業報告  第2号議案 平成28年度収支決算報告        会計監査報告  第3号議案 平成29年度事業計画        平成29年度収支予算 [続きを読む]
  • 東日本大震災に見るアジア各国の国民性
  •  本日、東日本大震災発生から6年となりました。  被災された方々には、謹んでお悔やみ並びにお見舞いを申し上げます。  震災発生直後のアジア各国の国民性を示す動画や画像は、数えきれないほどあります。  本日はその中から各国の民度をよく表していると思われるものを、伊賀山人の独断と偏見により特に印象的なものに限定してご紹介します。  予断を避けるため、画像の説明は事実のみに留め、各国の反応から窺える民度 [続きを読む]
  • 回文遊び
  •  回文(かいぶん)とは、「シンブンシ(新聞紙)」のように、文の始めから読んでも終わりから読んでも文字ないし音節の出現する順番が変わらず、なおかつ、言語としてある程度意味が通る文字列のことで、言葉遊びの一種です。  この回文遊びは、古くは西暦79年にヴェスヴィオ火山の噴火によって滅亡した古代ローマのヘルクラネウムの街の遺跡に「Sator Arepo Tenet Opera Rotas(農夫のアレポ [続きを読む]
  • 補破網
  •  「補破網」は、1948年(昭和23年)に發表された台湾の代表的歌謡曲の一つです。  作詞者は、1933年(昭和8年)に「望春風」で乙女心を切々と詠じて一世を風靡した詩人李臨秋(リ リンシュウ)です。  詩題の「補破網」とは、破れた網を修補するという意味です。  当時、既に38歳で未だ独身であった李臨秋が、ある年の七夕の日に些細なことから恋人と喧嘩別れをしてしまいました。  その彼女の心を呼び戻し [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録番外編「保有資格免許」
  •  学歴・職歴共に語る程のもののない伊賀山人ではありますが、多種多様な職務を歴任したため、必要に迫られて幾つかの資格免許を保有しております。  今回は、その一部をご紹介します。 1 自動車整備  最初の職務が自動車整備に関係していたため、取得したものです。 【自動車整備実技講習修了証 49.9.7】  自動車整備の免許取得にあたっては、技能講習を受講する必要があります。  課業時間外に、夜間講習を受 [続きを読む]
  • 雨夜花
  •  雨水の候、雨に因んだ台湾の代表的な歌謡曲をご紹介します。  曲名は「雨夜花」、この曲は「望春風」が発表された翌1934年(昭和9年)に誕生しています。  作詩は当時23歳の青年周添旺(しゅうてんおう 1911年−1988年)、作曲は「望春風」と同じ鄧雨賢(とううけん 1906年−1944年 )、この曲は「望春風」と並び称される台湾を代表する名曲です。  詩の内容は、薄幸な人々の運命を、夜の雨に散 [続きを読む]
  • 雨水に想う
  •  本日は、二十四節気の雨水です。  雨水とは、立春から約15日目の頃で気温も少しづつ上がって、降る雪が雨に変わるとともに、山に積もっている積雪も融けて水に変わる候を意味します。  古来、この時期になると寒さに苦しむ季節も終わりを告げ、農作業を始める目安とされています。  昨年の五言絶句に引き続き、今年は前の記事「茉莉花」のアニメ―ションからヒントを得て、雨水に因む七言絶句を一首賦してみました。   [続きを読む]
  • 茉莉花
  •  「茉莉花(まつりか)」とは、およそ300年近く前の清朝乾隆年間から伝わる代表的な童謡の一つです。  ジャスミンの花を歌ったこの曲は、江戸時代に日本にも伝わっていますが、2008年の北京オリンピックでメダル授与式のテーマ曲として使われたことでも知られています。  作詩作曲者は不明で、歌詞も何種類かあるようですが、本日は、その中で最も世間に流布されているものをご紹介し、最後に動画を添付して、関係者 [続きを読む]
  • 望春風
  •  「望春風」は、1933年(昭和8年)に発表された台彎創作歌謡の一つで、現在は台彎民謡の代表曲となっています。  片思いの乙女の心情を臨場感たっぷりに切々と歌い上げた歌詞と、その親しみやすいメロディは、84年を経た今でも全世界に在住する台湾人の心を捉えて離しません。  詩題は、「春風を待ち望む」という意味ですが、ここで「春風」というのは春風そのものを意味するとともに、自分の家の戸を叩く風になぞらえ [続きを読む]
  • 紀元節を考える
  •  『紀元節』とは、「日本書紀」に記載されている『神武天皇即位の日』のことです。  8世紀初頭に編纂された日本書紀によれば、日本の国を初めて統一した神武天皇が、奈良の樫原宮で即位した日が「辛酉年春正月、庚辰朔」であり、日付は正月朔日、すなわち旧暦の1月1日とされています。  この即位の日を、日本書紀の記述を暦法などにより逆算して新暦に換算すると、紀元前 660年の2月11日になることから、明治6年 [続きを読む]
  • 台灣民謠四首
  •  台湾の歌謡は、次期的に大きく3時代に分けられます。  日清戦争以前の清朝統治時代、その後の日本統治時代、大東亜戦争後の中華民国統治時代です。  この内、大東亜戦争以前のものが民謡として定着しているように思われます。  清朝統治時代と日本統治時代とでは、メロディーラインが大きく異なります。  前者は、清の伝統的メロディーで大陸のものと殆ど同じに聞こえます。  後者は、日本の大正から昭和初期にかけて [続きを読む]
  • 立春雑感
  •  本日、2月4日は二十四節気の「立春」です。  「春立ちぬ」とはいえ、決して暖かくはなく、まだ冬だと考える方も少なくないでしょう。  このように季節感がズレている原因は、西洋と東洋とで、春の区分が異なることにあります。  西洋のSpringは、既に暖かくなっている春分から夏至まで(3月20日頃〜6月21日頃)とされています。  これに対し、東洋においては、古来、春分を春の中心として、その前後各1. [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録付録第2「壮士編写真集」
  •  本日、2月4日は二十四節気の「立春」です。  「春立ちぬ」とはいえ、決して暖かくはなく、まだ冬だと考える方も少なくないでしょう。  このように季節感がズレている原因は、西洋と東洋とで、春の区分が異なることにあります。  西洋のSpringは、既に暖かくなっている春分から夏至まで(3月20日頃〜6月21日頃)とされています。  これに対し、東洋においては、古来、春分を春の中心として、その前後各1. [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録付録第1「青春編写真集」
  •  本日、2月4日は二十四節気の「立春」です。  「春立ちぬ」とはいえ、決して暖かくはなく、まだ冬だと考える方も少なくないでしょう。  このように季節感がズレている原因は、西洋と東洋とで、春の区分が異なることにあります。  西洋のSpringは、既に暖かくなっている春分から夏至まで(3月20日頃〜6月21日頃)とされています。  これに対し、東洋においては、古来、春分を春の中心として、その前後各1. [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(定年退官:55歳の誕生日)
  •  平成18年(2006年)2月8日、京都で55歳の誕生日を迎えた伊賀山人は永年にわたる国防の務めを全うして定年退官となった。  同日付で、兵隊の階級で言うと大佐に特別昇任した。  大佐の定年は1歳上の56歳ではあるが、定年退官日の昇任では1日遅かった。  某大入校以来37年、伊賀山人は人に倍する任務を完遂して無事退役した。  しかし、戦前のように軍人恩給で悠々自適の生活ができるわけではない。  こ [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(定年退官:55歳の誕生日)
  •  平成18年(2006年)2月8日、京都で55歳の誕生日を迎えた伊賀山人は永年にわたる国防の務めを全うして定年退官となった。  同日付で、兵隊の階級で言うと大佐に特別昇任した。  大佐の定年は1歳上の56歳ではあるが、定年退官日の昇任では1日遅かった。  某大入校以来37年、伊賀山人は人に倍する任務を完遂して無事退役した。  しかし、戦前のように軍人恩給で悠々自適の生活ができるわけではない。  こ [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(京都編その2:54歳退官までの1年間)
  •  平成17年(2005年)2月、54歳となった伊賀山人は、定年退官まで残すところ1年となった。  この業界の定年は、階級ごとに異なっているが、勤務の特性上若年定年制を取っている。  従って、定年時の俸給額が安く、年金料を支払った年数が少ない。  このことは、退職金も年金も民間人よりも低いことを意味する。  伊賀山人とて仙人ではない。  霞を食べて生きていくわけにはいかない。  この頃から、次の収入 [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(京都編その2:54歳退官までの1年間)
  •  平成17年(2005年)2月、54歳となった伊賀山人は、定年退官まで残すところ1年となった。  この業界の定年は、階級ごとに異なっているが、勤務の特性上若年定年制を取っている。  従って、定年時の俸給額が安く、年金料を支払った年数が少ない。  このことは、退職金も年金も民間人よりも低いことを意味する。  伊賀山人とて仙人ではない。  霞を食べて生きていくわけにはいかない。  この頃から、次の収入 [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(京都編その1:53歳)
  •  平成16年(2004年)3月、伊賀山人53歳は、京都市西京区にある某補給処の初代整備部長として着任した。  昇任の見込みのない伊賀山人2度目の上級職であり、極めて異例でもあったことから赴任先の上司となる者が、「能力はともかくもっと若くて昇任が見込める者を補職しろ」とつまらぬ苦言を呈してきた。  伊賀山人に責任があるわけでもなく、苦々しかった。  おまけに、住居は、この馬鹿な上司の「部長は駐屯地の [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(京都編その1:53歳)
  •  平成16年(2004年)3月、伊賀山人53歳は、京都市西京区にある某補給処の初代整備部長として着任した。  昇任の見込みのない伊賀山人2度目の上級職であり、極めて異例でもあったことから赴任先の上司となる者が、「能力はともかくもっと若くて昇任が見込める者を補職しろ」とつまらぬ苦言を呈してきた。  伊賀山人に責任があるわけでもなく、苦々しかった。  おまけに、住居は、この馬鹿な上司の「部長は駐屯地の [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(再び宇治編その2:52.53歳)
  •  平成15年(2003年)2月8日、伊賀山人52歳の誕生日に、仙台から嘗ての部下であった若夫婦が訪ねてきた。  3年ぶりの再会である。  この間、子供が生まれて既に2歳になっていた。  「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」  久しぶりに旧知の人々と行動を共にするのは、至福の一時である。  その翌日と翌々日、京都を案内して回った。  【清水寺にて】  奥の方に見えているのが、所謂清水の舞台である [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(再び宇治編その2:52.53歳)
  •  平成15年(2003年)2月8日、伊賀山人52歳の誕生日に、仙台から嘗ての部下であった若夫婦が訪ねてきた。  3年ぶりの再会である。  この間、子供が生まれて既に2歳になっていた。  「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」  久しぶりに旧知の人々と行動を共にするのは、至福の一時である。  その翌日と翌々日、京都を案内して回った。  【清水寺にて】  奥の方に見えているのが、所謂清水の舞台である [続きを読む]
  • 伊賀山人回顧録(再び宇治編その1:51歳)
  •  平成14年(2002年)3月、伊賀山人51歳は、富士山麓の学校を去り、京都府宇治市にある某補給処に着任した。  この補給処での勤務は、丁度20年ぶり2回目のことであった。  前回は某部の班長であったが、今回は部は同じであるがその部長であった。  体力的にはかなり回復していたので、周囲の者は気づかなかったが、病状は益々悪化しており、肝細胞の多くが線維化して機能を失い、肝臓年齢は100歳の老人なみで [続きを読む]