そら さん プロフィール

  •  
そらさん: 自分という存在は何故存在するのか?
ハンドル名そら さん
ブログタイトル自分という存在は何故存在するのか?
ブログURLhttp://utantomyu.blog89.fc2.com/
サイト紹介文自分という存在、この世界の存在、一体、なぜ、存在するのか?
自由文何故何もないではなく何かがあるのか?それも、よりによって、何故自分が存在するのか?
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/09/06 17:58

そら さんのブログ記事

  • 「現状維持」以下
  • 何か積極的に望むわけでもなく、また、自信満々に希望を持つわけでもなく、ただただ、絶望しないようにするだけの日々。もちろん、自暴自棄にならないで、堕落しないようにする。毎日を静かに淡々と過ごす人生。「現状維持」以下の消極的な人生だけども、こういうのも立派な生き方だと思う…いや、むしろ、向上心好奇心旺盛のイブやアダムよりも立派な生き方だ。。。 [続きを読む]
  • 現在という瞬間は2種類に分けられる
  • 現在は、もうすでに今起こってしまった過去に近い現在と、これから変えられる未来に近い現在の二種類がある。前者については、楽観的に「良かった」とか「これでいいんだ」とか思わないようにするべきだ。でないと、良かったと思っていることが悪くなっていく危険性が出てくる。後者については、自分の選択がろくに悩み考え抜いてないにもかかわらず勝手に楽観的な見通しをしてしまい、やはり悪い方向に行ってしまう危険性がある。 [続きを読む]
  • 広く浅く
  • 悩みや考え事は一つだけをずっと思い詰めて混詰めて考え込んでいては、本当に悩ましくつらくなってくる・・・だから、いろんなことに広く浅く悩むほうが深刻にならずに済む・・・(もちろん、一番力を入れて解決すべき問題は常に一つだけある。人生の意味の問題だ。)広く浅く思い煩い考え悩む・・・答えがとても見つかりそうにないと、落ち込まないように・・・ [続きを読む]
  • 実体・自分・記憶
  • よく仏教では、物事に実体はない、実体がないものは存在しているとは言えない。自分というのものも存在しないという。ここで仏教が言っている「実体」とは、持続的に存在する物の本質のことであろう。無常を主張する仏教からしたら、すべての事物は変化するものなのだから、持続的に存在するものはなく、したがって実体はないと言うのは当然であるけれど、だからといって、存在していると言えないと言うのは、愚かな結論に僕には思 [続きを読む]
  • 雑記(意味も結論もないので、どうぞ、読み飛ばして下さい)
  • 哲学者・西田幾多郎は人生の悲哀を解決したくて哲学をして来たんだと、僕は勝手に解釈しているのだが、哀愁や切なさなどは、人生にある程度余裕がある人の甘ったれた感傷だと思う。とはいえ、僕も哀しさや切なさに対してどうにもやりきれない思いにひたってしまうこともある。死別した者と死後に天国で再会できたらどんなに素晴らしいだろう…しかし、それは、実際に実現したら、初めは良くても、時が経つにつれて、この世での問題 [続きを読む]
  • 方法や打開策がとりあえず見つからないから人は苦しむ
  • 著者は下の問題や幾多の病気の再燃の際の病院受診…これらのせいで、他の人がしてない、普通の人だったらしなくてもいい苦労を人生全般で受け続けてきたが、著者は疲れてはいない。何故なら、迷いがないからだ。下の問題はその都度処理するしかないし、病気の問題は病院受診して医者にかかるしかないから、迷ったり悩んだりする余地がないからだ。そう、本当の苦悩とは、どうすればいいかもわからないながら、何とかしなければいけ [続きを読む]
  • 過労・死
  • 『死ぬな』の著者のように一生懸命闘病し一生懸命働き財産使い果たし生活保護受給し、また働き始め、忙しい人生を送り、結局、何が残ったのだろう?たくさんの人との繋がり、たくさんの良い思い出、そういうのが大切なのだろうなとは思うけど、でも、著者のような人生は疲れないだろうか?だいたいのハッピーエンド作品は、最後に、子宝に恵まれ、財産も豊かになり、多くの人たちに温かく見守られながら死ぬわけだが、これらさえ、 [続きを読む]
  • 死ぬな
  • 『死ぬな』死ぬな(並木秀之・著)この著作を読んで他の人に勧めたいとは思うのだが、少し話が冗長で、もう少し、具体的現実的にいろんな話を書いてくれたらなと続編なり詳しい半生記を期待している。以下は、僕がこの著作から連想して考えたこと。・生きているということは、いろんな可能性を生み出す。自殺を考えた人が生き延びて何年か何十年か生き続けていた時、自殺してしまっていたら味わえなかったような経験をすることがで [続きを読む]
  • 現実に実際に存在しなくても、想像上あり得ると想像できれば、それは空と言えるのではないだろうか?たとえば、何もない世界を想像するとする。一番安定した状態だ。しかし、そんな無の世界などあり得るのだろうか?もしかしたら、どっかにそういう世界が存在するかもしれない。私たちの住むこの世界とは別次元に。私たちが決して行くことのできない所に。 [続きを読む]
  • 虚しさ
  • 虚しさは、きっと心の怠慢なんだと思う。虚しく感じるのは、出家前のゴーダマシッダールタのように王宮での豪華な生活に飽き飽きしただけの現実を知らない傲慢な気持ちから来るものなのだと思う。現実をしっかりみていれば、自分の置かれた状況に不安や心配、あるいは、恵まれていることを、切実に感じるはずだから。 [続きを読む]
  • 子供の成長を見守る親
  • 神がこの世の多くの人間のさまざまな人生ドラマを一つ一つじっくり見ているとして、神は何を期待しているのだろう・・・それと同じように、わが子の成長を見ている親は何を思っているのだろう・・・もちろん、子供の幸福だろう。しかし、ペットを飼って、かわいがり、そして、臨終を看取るような、そんな愛情ではないはずだ。いや、似たようなものか?わが子を愛おしく想う親の愛情は次元が違うはず。そして、それよりもさらに超越 [続きを読む]
  • 子・・・
  • カトリックでは三位一体が大きなテーマになっている。父と子と聖霊という三位一体。ここで聖霊いうのは何なのか?乙女マリアに聖霊が宿って、イエスという神の子が宿った・・・聖霊とは、母親のことではないだろうか?三位一体とは、父親である神と母親である聖霊と神の子であるイエス・・・神も聖霊も子を大変愛おしく思っている。だいたい、親というのは子の為にいろいろ精いっぱいの愛情を注ぐ・・・自分よりも子のことを優先す [続きを読む]
  • 肝ったま母さん
  • 出勤するとき、いろいろ考えた。すれ違うサラリーマンやOLなど、自分の足元を見ながら黙々と歩いている通行人が多い。みな、自分のことで頭がいっぱいなのであろう、僕も人のことは言えないが。もっと世界に目を向けたい。自分のことよりも社会全体のことを。脳の中でも自分のことだけでいっぱいいっぱいのニューロン群もいれば、全体を見通し全体の益になるように統制しているニューロン群もあるのだろう。できれば後者のようなニ [続きを読む]
  • 自由vs束縛
  • 僕が時々読む漫画雑誌『近代麻雀』の『鉄鳴きの麒麟児』は、鼻白むくらい哲学的な漫画だ。哲学的というか、人生の意味を追い求めている…今号では、自由について語っているし、前号では、死んだ後閻魔様に生きている間何をしてきたかを問われても堂々と答えられるように生きたいと語っている。今号の『自由』については、ある大資産家で自分の会社も自分がいなくても勝手に利益を上げてくれているので、自分は麻雀なり海外旅行なり [続きを読む]
  • 『自分で自分を裁くことすらしません』
  • 『自分で自分を裁くことすらしません』という言葉・・・PODCASTで聴く礼拝メッセージで、プロテスタントの牧師さんが「自分の罪を悔い改めましょう」よく言っている。しかし、僕は、それをいつも違和感をもって聴いている。なぜなら、自分の罪というのは、いったい何なのか、わからないからだ。そりゃあ、自分に悪いところや落ち度や失敗はいくらでもあるけれど、それらがすべて、何とか頑張ってやっている結果であって、間違った [続きを読む]
  • 考えが進まない
  • 人生の意味存在の意味自分は何故存在するのか・・・自分が誕生したきっかけは、自分の意志ではないはずだから、誰かの意志だ、もしくは、自然発生的に存在したわけだが・・・後者なら僕という特定の存在を必要としなかったわけで、おそらく、前者が妥当だろう・・・そしたら、僕という特定の存在を必要とした必然性があるわけで、僕が他の人とは違う性質、考え方な人間として、生み出されたわけで、他の人にはない人生の目標を持っ [続きを読む]
  • 本業
  • ※ 人が生きていく上での『本業』とは、定職や自営などの仕事のことではなく、生きる意味を考えること、というふうにここでは定義して、以下、僕の意見を述べてみたい。人生の意味を考える本業をおろそかにすると、現実の生活にも不幸や不運が襲ってくる。 もちろん、本業をしっかりやっていても、不幸や不運はやってくるが、それは、本業にヒントを与える、良い意味での試練なのだ。この世での現実の生活において、就労している定 [続きを読む]
  • 謙虚に…
  • これでいいと思ったり満足したりするのはよくないであろう。人生の意味を探求する中で、目標達成するのはおそらく最後の最後、人生の最期の時になってだろう。それまでは、まだまだ人生の途中であり、中途で結論が出るわけがないのだ。人生の大先輩だろうと、聖人偉人であろうと、臨死の際で悟ったのでもなければ、悟ったと思ったことがただの妄想だったり、錯覚だったり、勘違いだったりする。最期の時まで人生の意味を探し求めな [続きを読む]
  • 人生の目的
  • 2017年1月31日読売オンラインより『 島根県益田市の国道191号で30日、小学生の集団登校の列に飲酒運転の軽トラックが突っ込み、小学3年の男児(9)と、付き添っていた男性(73)がはねられた。 男児は軽傷だったが、男性は31日未明、搬送先の病院で死亡した。男性は33年前、現場近くで下校中の次女(当時7歳)を交通事故で失っており、再発防止のために集団登校の見守り活動をしていた。 県警益田署の発表では、 [続きを読む]
  • 過去をさかのぼると・・・
  • 時間は流れる寂しい時や苦痛なだけの時はゆっくり流れ、ショッキングな時、感動した時、幸せな時などは早く流れ過ぎてしまう・・・時が止まったかのような、時間の進みがゼロの時はあるだろうか?一瞬が永遠のように感じる時はあるだろうか?それは、死ぬ瞬間かもしれない・・・そして、死んだ後は???一瞬が永遠以上に感じられ、時は止まるどころか、過去にさかのぼるかもしれない・・・過去に遡ったら、自分が生まれる前も感じ [続きを読む]