そら さん プロフィール

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そらさん: 自分という存在は何故存在するのか?
ハンドル名そら さん
ブログタイトル自分という存在は何故存在するのか?
ブログURLhttp://utantomyu.blog89.fc2.com/
サイト紹介文自分という存在、この世界の存在、一体、なぜ、存在するのか?
自由文何故何もないではなく何かがあるのか?それも、よりによって、何故自分が存在するのか?
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供48回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2015/09/06 17:58

そら さんのブログ記事

  • 方法や打開策がとりあえず見つからないから人は苦しむ
  • 著者は下の問題や幾多の病気の再燃の際の病院受診…これらのせいで、他の人がしてない、普通の人だったらしなくてもいい苦労を人生全般で受け続けてきたが、著者は疲れてはいない。何故なら、迷いがないからだ。下の問題はその都度処理するしかないし、病気の問題は病院受診して医者にかかるしかないから、迷ったり悩んだりする余地がないからだ。そう、本当の苦悩とは、どうすればいいかもわからないながら、何とかしなければいけ [続きを読む]
  • 過労・死
  • 『死ぬな』の著者のように一生懸命闘病し一生懸命働き財産使い果たし生活保護受給し、また働き始め、忙しい人生を送り、結局、何が残ったのだろう?たくさんの人との繋がり、たくさんの良い思い出、そういうのが大切なのだろうなとは思うけど、でも、著者のような人生は疲れないだろうか?だいたいのハッピーエンド作品は、最後に、子宝に恵まれ、財産も豊かになり、多くの人たちに温かく見守られながら死ぬわけだが、これらさえ、 [続きを読む]
  • 死ぬな
  • 『死ぬな』死ぬな(並木秀之・著)この著作を読んで他の人に勧めたいとは思うのだが、少し話が冗長で、もう少し、具体的現実的にいろんな話を書いてくれたらなと続編なり詳しい半生記を期待している。以下は、僕がこの著作から連想して考えたこと。・生きているということは、いろんな可能性を生み出す。自殺を考えた人が生き延びて何年か何十年か生き続けていた時、自殺してしまっていたら味わえなかったような経験をすることがで [続きを読む]
  • 現実に実際に存在しなくても、想像上あり得ると想像できれば、それは空と言えるのではないだろうか?たとえば、何もない世界を想像するとする。一番安定した状態だ。しかし、そんな無の世界などあり得るのだろうか?もしかしたら、どっかにそういう世界が存在するかもしれない。私たちの住むこの世界とは別次元に。私たちが決して行くことのできない所に。 [続きを読む]
  • 虚しさ
  • 虚しさは、きっと心の怠慢なんだと思う。虚しく感じるのは、出家前のゴーダマシッダールタのように王宮での豪華な生活に飽き飽きしただけの現実を知らない傲慢な気持ちから来るものなのだと思う。現実をしっかりみていれば、自分の置かれた状況に不安や心配、あるいは、恵まれていることを、切実に感じるはずだから。 [続きを読む]
  • 子供の成長を見守る親
  • 神がこの世の多くの人間のさまざまな人生ドラマを一つ一つじっくり見ているとして、神は何を期待しているのだろう・・・それと同じように、わが子の成長を見ている親は何を思っているのだろう・・・もちろん、子供の幸福だろう。しかし、ペットを飼って、かわいがり、そして、臨終を看取るような、そんな愛情ではないはずだ。いや、似たようなものか?わが子を愛おしく想う親の愛情は次元が違うはず。そして、それよりもさらに超越 [続きを読む]
  • 子・・・
  • カトリックでは三位一体が大きなテーマになっている。父と子と聖霊という三位一体。ここで聖霊いうのは何なのか?乙女マリアに聖霊が宿って、イエスという神の子が宿った・・・聖霊とは、母親のことではないだろうか?三位一体とは、父親である神と母親である聖霊と神の子であるイエス・・・神も聖霊も子を大変愛おしく思っている。だいたい、親というのは子の為にいろいろ精いっぱいの愛情を注ぐ・・・自分よりも子のことを優先す [続きを読む]
  • 肝ったま母さん
  • 出勤するとき、いろいろ考えた。すれ違うサラリーマンやOLなど、自分の足元を見ながら黙々と歩いている通行人が多い。みな、自分のことで頭がいっぱいなのであろう、僕も人のことは言えないが。もっと世界に目を向けたい。自分のことよりも社会全体のことを。脳の中でも自分のことだけでいっぱいいっぱいのニューロン群もいれば、全体を見通し全体の益になるように統制しているニューロン群もあるのだろう。できれば後者のようなニ [続きを読む]
  • 自由vs束縛
  • 僕が時々読む漫画雑誌『近代麻雀』の『鉄鳴きの麒麟児』は、鼻白むくらい哲学的な漫画だ。哲学的というか、人生の意味を追い求めている…今号では、自由について語っているし、前号では、死んだ後閻魔様に生きている間何をしてきたかを問われても堂々と答えられるように生きたいと語っている。今号の『自由』については、ある大資産家で自分の会社も自分がいなくても勝手に利益を上げてくれているので、自分は麻雀なり海外旅行なり [続きを読む]
  • 『自分で自分を裁くことすらしません』
  • 『自分で自分を裁くことすらしません』という言葉・・・PODCASTで聴く礼拝メッセージで、プロテスタントの牧師さんが「自分の罪を悔い改めましょう」よく言っている。しかし、僕は、それをいつも違和感をもって聴いている。なぜなら、自分の罪というのは、いったい何なのか、わからないからだ。そりゃあ、自分に悪いところや落ち度や失敗はいくらでもあるけれど、それらがすべて、何とか頑張ってやっている結果であって、間違った [続きを読む]
  • 考えが進まない
  • 人生の意味存在の意味自分は何故存在するのか・・・自分が誕生したきっかけは、自分の意志ではないはずだから、誰かの意志だ、もしくは、自然発生的に存在したわけだが・・・後者なら僕という特定の存在を必要としなかったわけで、おそらく、前者が妥当だろう・・・そしたら、僕という特定の存在を必要とした必然性があるわけで、僕が他の人とは違う性質、考え方な人間として、生み出されたわけで、他の人にはない人生の目標を持っ [続きを読む]
  • 本業
  • ※ 人が生きていく上での『本業』とは、定職や自営などの仕事のことではなく、生きる意味を考えること、というふうにここでは定義して、以下、僕の意見を述べてみたい。人生の意味を考える本業をおろそかにすると、現実の生活にも不幸や不運が襲ってくる。 もちろん、本業をしっかりやっていても、不幸や不運はやってくるが、それは、本業にヒントを与える、良い意味での試練なのだ。この世での現実の生活において、就労している定 [続きを読む]
  • 謙虚に…
  • これでいいと思ったり満足したりするのはよくないであろう。人生の意味を探求する中で、目標達成するのはおそらく最後の最後、人生の最期の時になってだろう。それまでは、まだまだ人生の途中であり、中途で結論が出るわけがないのだ。人生の大先輩だろうと、聖人偉人であろうと、臨死の際で悟ったのでもなければ、悟ったと思ったことがただの妄想だったり、錯覚だったり、勘違いだったりする。最期の時まで人生の意味を探し求めな [続きを読む]
  • 人生の目的
  • 2017年1月31日読売オンラインより『 島根県益田市の国道191号で30日、小学生の集団登校の列に飲酒運転の軽トラックが突っ込み、小学3年の男児(9)と、付き添っていた男性(73)がはねられた。 男児は軽傷だったが、男性は31日未明、搬送先の病院で死亡した。男性は33年前、現場近くで下校中の次女(当時7歳)を交通事故で失っており、再発防止のために集団登校の見守り活動をしていた。 県警益田署の発表では、 [続きを読む]
  • 過去をさかのぼると・・・
  • 時間は流れる寂しい時や苦痛なだけの時はゆっくり流れ、ショッキングな時、感動した時、幸せな時などは早く流れ過ぎてしまう・・・時が止まったかのような、時間の進みがゼロの時はあるだろうか?一瞬が永遠のように感じる時はあるだろうか?それは、死ぬ瞬間かもしれない・・・そして、死んだ後は???一瞬が永遠以上に感じられ、時は止まるどころか、過去にさかのぼるかもしれない・・・過去に遡ったら、自分が生まれる前も感じ [続きを読む]
  • 君の名は。
  • アニメ映画の『君の名は。』を見た。新海誠監督作品は好きなのだが、今回のは少し映像レベルが一部落ちてしまったような感じがする・・・まぁ、それは置いておいて、、、ストーリーが非常に良かった。もちろん、映像もやはり素晴らしい!この作品から「人生の意味」のヒントを得た。追い求めているもの・・・何を探しているかも忘れてしまっているけれども、それでも、いつも、毎日、常に、何かを求めている・・・何年も、何年も・ [続きを読む]
  • 意識の成長
  • 脳内では二つ以上の意識があり、一つは現実の刺激に反応・対処しようとし、もう一つは精神内界の思索・感情に対応しようとしている。さらに、他の意識があれば他の感覚刺激、運動、思考、あるいは幻聴などの病的体験に対応しているかもしれない。脳内で複数の意識が働いているおかげで、同時並行でいろんなことを遂行することができているのだが、複数の意識、これは、自我が芽生える7〜8歳まではまだ単数なのではないかと思う。言 [続きを読む]
  • 大きな苦難がなく、平穏無事に日々過ぎていくと、だんだん自堕落に、怠慢になっていく。人生は、毎日は、常に、人生の意味を探し求めるためにこそ、存在するわけで、人の、意識の、自我の存在意義は、生きている、存在していることの不思議さを自覚し、存在している目的、理由を追求するためにこそ、存在する。 人が、そういう使命を担っていることを思い出させてくれるのは、生きている際の苦難困難だ。苦しいとき、苦悩したとき [続きを読む]
  • 天国
  • 明るい雰囲気 笑みの溢れる場これらを人間は求める傾向にあるわけだが、これらはまるで常夏の暑い国で国民が陽気な性格である一方で怠け者でとにかく早目に仕事を切り上げたりするのに似ている。人間は明るく楽しい雰囲気を求めるものだが、こういう心理は、まるで常夏の島国で浮かれて遊び暮らす人たちの心理のようなものだ。働かなくても果実が一年中得られ、無理してあくせく働かなくても暮らしていける。向上心やハングリ [続きを読む]
  • 人生に対して自分は困っていない!
  • 強制収容所の体験記などを読むと、人生において何が大切なのか考えさせられる。有名な「夜と霧」の著者VEフランクルは希望を常に抱き続ける意志を持ち続けた素晴らしい人だったと思われるが(しかし、ここで彼を賞賛するつもりはないし、読者の方々がそれぞれいろいろ考えることが大切だと思うが)、収容所体験をトラウマと感じた元収容者は、戦後も精神的にPTSDなどの精神的苦痛をずっと感じ、寿命も短かったらしいが、大切なのは [続きを読む]
  • コメントに対する返信
  • アウシュビッツ強制収容所の話は近代人類の残酷さを考えるにあたってすごくすごく考えさせられるものだ。70年前のことだけど、人類の原罪を本当に考えさせられる。クロマニヨン人の時から、あるいは、紀元前の時から、あるいは、紀元後も、人類は生きるために、生き残るために本能的な闘争を繰り返してきた。弱肉強食の。いや、たんに、弱肉強食というよりも、自分自身が生き残るためのエゴで。。。コメントがきて、それにたいする [続きを読む]