ジェシー さん プロフィール

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ジェシーさん: ジェシーのつぶやき
ハンドル名ジェシー さん
ブログタイトルジェシーのつぶやき
ブログURLhttp://ameblo.jp/jessicamomo/
サイト紹介文毒親 毒母 虐待 アスペルガー  実母から「敵」と言われながら育ったあれこれをつぶやきます。
自由文物心がついた頃から精神的にも身体的にも傷つけられながら育ちました。誰かに相談してもなかなか信じてもらえない経験です。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供4回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2015/09/07 20:00

ジェシー さんのブログ記事

  • 消えない思い
  •  ここしばらく年単位で忙しくしています。「ジェシーのつぶやき」放置を気にしつつも、ネットで「毒親に悩み葛藤しているの誰かの思い」とか「これからの自分を模索している誰かの思い」、「もう絶望してしまっている誰かの思い」とか…見てきました。  私自身が幼少期から毒親にされてきたあれこれは「このブログ」に書きました。それでも今でも思い出す出来事があります。恨めしいし、頭にも来ます。 家族なのになぜ私 [続きを読む]
  • つぶやき
  • 思い出したのでつぶやきます。 毒実家で暮らしてた間、毒母とバカ兄との揉め事の終結は、いつも「ジェシーがいるからこうなった」「ジェーシーがいなきゃ平和だった」…。それで二人は仲直りし、私は二人から攻撃される。私には関係ない出来事であっても【私のせい】 理不尽でしかなかったけど、それが発達障害特有の感情なのだろうと、今は理解できます。 私は搾取子、バカ兄は愛玩子 理不尽だけをぶつけら [続きを読む]
  • 思い出したこと
  • ものすごく久しぶりなつぶやきです。 ずっと今まで毒母との苦悩、私自身が感じる違和感や苦労とか書いてきました。(私の人生のまま) ここでいろんなことを綴っていくうちにこれまでの人生に自己解決、昇華…たくさん思うことがありました。でも些細な事を思い出しては悲しくなったり、あれは何だったんだろうと苦しくなる時間があります。 どうしたら解決できるのでしょう…一生解決しないのも分かっていますが [続きを読む]
  • 思うこと
  •  私が実家の茶の間に家の鍵を置いて家出してから、私の本当の人生が始まりました。監視されることはない、でも生きていく大変さを噛みしめながらも、自分らしく生きられる環境は快適そのものでした。(一時毒親の労いを考えたこともありました。)私には親に相談する、親が助けてくれる・・実家がほっとするとか、そういうのないです。実家はいらない。むしろ二度と関わりたくない場所。毒親は毒親。親が発達障害でも子どもは健 [続きを読む]
  • 久しぶりに
  • 久しぶりのつぶやきです。リアルな毎日が忙しすぎて、こちらをほぼスルー状態にしていました。このブログを始めて、毒母のあれこれをたくさんつぶやいてみたら…なんとなく満足というか自己解決したような気がします。でも毒母に対する気持ちは未だに変わりません。大嫌いです。ジェシーのつぶやきは、私自身の過去を振り返って簡単には広言できない胸の内を吐き出したかったのだろうと思います。私の人生の半分以下しか一緒に過 [続きを読む]
  • 毒母なのか当てはまらないつぶやきなのか・・・(テーマ)
  • 以前にココとココに書いたような毒母でしたが、成人式の振袖は買ってくれました。失礼千万かも知れませんが、正直言って私はいりませんでした。同級生との再会の場に嫌われ者で育った私には居場所がないって知っていたから。毒母の職場に売りに来た呉服屋から勧められて購入したようでしたが、どこにも私の趣味や意見は取り入れられていません。昔と同じで毒母の趣味で選んだ物なのです。毒母が選んでくれた振袖は赤でしたが、私 [続きを読む]
  • デパートでの出来事
  • 小学生高学年の頃、毒母に連れられてデパートへ行きました。婦人服の特売ワゴンコーナーでお洋服が入っていたであろうビニール袋が床に落ちていて、私はそれに気づかずに踏んでしまい、正にバナナの皮を踏んで転んでしまったような状態になりました。その直後毒母は振り向きはしたものの表情を一切変えることなく黙って私を見ていました。勿論手を差し出してくれることもありませんでした。近くにいた買い物客のおばさんが「大丈 [続きを読む]
  • カサンドラ症候群とか
  • このブログを始める少し前に「カサンドラ症候群」を知りました。一般的に発達障害の配偶者を持つ方を対象にしているようですが、私からすると発達障害の方とのかかわりのある方全てに当てはまる事と思っています。アスペルガーであろう母親と、何らかの発達障害だろうと思われる兄との生活は地獄でした。家族の会話は「誰ができそこないなのか(当然私です)」何か問題が生じれば「誰が犯人なのか(私が根源とのことで収拾)」そ [続きを読む]
  • 理不尽
  •   高校生の頃、皇室のご成婚で世間の話題は持ちきりでした。連日のニュースで取り上げられるお妃さまのすばらしい日常。毒母はお妃さまと私とを比べてはいかに私がダメ人間であるかを罵り、その上あのお方と同じ生活態度を本気で求めてきました。毒親が放棄していた学費の為のバイト以外で門限を過ぎれば、普段のダメ出しの他に門限破り(当時お妃さまに門限があったから)へのダメ出しが加わり、どんなに説明しても毒母が納得 [続きを読む]
  • 既製品を手作りと偽っていた毒母
  • 小学2、3年生頃の記憶です。毒母と一緒に父の実家(父他界後)へ行く際、小さな洋服?雑貨?が売っている店に立ち寄っていたことがありました。経緯は全く分かりませんが、何やらそのお店で売られている既製品のバッグを「手作り」と偽って親戚に渡していたようでした。お店で購入し車に戻ると、内側などのタグを切る作業をしていました。そんな毒母に騙されている親戚を軽視している発言もあった記憶があります。子どもの前で [続きを読む]
  • 4年生の時の担任(続き)
  • また思い出したので再度つぶやきます。ある日の放課後、担任に保健室へ連れて行かれ保健室の先生に髪を切られたことがあります。当時の私の髪型は覚えていませんが、そんなにひどい髪型だったのでしょうか。下校時に髪型が変わっていることを同級生に指摘されて嫌だったし、毒母から断らない私が悪いと怒られて散々でした。親の承諾もなく切るものなのか、それとも毒母に再三伝えたが取り合わなかったから切ったのか、いずれにし [続きを読む]
  • 4年生の時の担任
  • 思い出したのでつぶやきます。小学4年生の記憶です。当時の担任の先生は40代後半くらい?または50代前半だったのでしょうか・・・ご自分のお子さんを「私の娘は教師の卵です」と言っていました。当時初めての担任でした。ある日の学年集会的な集まりの時に、気を付けの姿勢につてい厳しく指導がありました。私は先生の指導をちゃんと聞いていなかったのか覚えていませんが、指先がきっちりしていなかったらしく、私だけが担 [続きを読む]
  • 信号無視
  • 小学生の頃の記憶です。毒母は徒歩だろうと自転車だろうと信号無視が当たり前でした。私と一緒の時もそうでしたが、ある時私が強く嫌がってからはしなくなりました。でも毒母が一人の時は赤信号を渡っていたようなのです。いつだか同級生から「ジェシーの母ちゃん〇〇前で信号無視してたよーー」と言われとても恥ずかしい思いをしました。ルールもマナーも守れない大人。それが毒母の正体です。親に愛されず、教育されず、毒母の [続きを読む]
  • 私に実家はありません
  • 実家(毒母、兄)と絶縁して13年経ちます。現在お付き合いさせていただいている方々には「両親と死別した一人っ子」設定で通しています。毒親を説明しても理解されないし、正直言って説明は面倒です。そして何よりも「毒親=普通じゃない」と思われるのが嫌だからです。親しくしている方々に嘘をついている罪悪感はありますが、こればかりは嘘も方便と言い聞かせています。毒母の寿命は想像できますが、私と2つ違いの兄の行く [続きを読む]
  • 伝わらないつぶやき
  • 毒親持ちの方のブログをサーフィンすることがあります。皆さんそれぞれ大変な思いをされていて、それでもしっかりとされていらっしゃるので本当に尊敬します。私は小学4年で壊れはじめ、5年生には完全崩壊でした。ただ、崩壊の理由もきっかけもずるいくらいに思い出せないでいます。毒親にされたあれこれをほぼ鮮明に覚えているのに、小学4年生の後半〜小学5年生の記憶がほとんどありません。覚えているのは毒母の日々の尋問 [続きを読む]
  • 私は悪者
  • 先日の↓このつぶやきを書いて思い出したことがありました。親戚の家で小学4年生頃の記憶です。怒られた理由は覚えていませんが、真冬に自宅の外へ出されました。勿論上着など着ていない状態だったので、寒くて寒くて家に入れて欲しくて玄関のドアをバンバンと叩きました。ほどなく玄関の灯りが点き、毒母は郵便受け(当時の家の郵便受けは内側に受け取る箱がなく、ドア越しに内外が見える造り)から「近所迷惑だから黙れ」と去 [続きを読む]
  • おもちゃ ?
  • おもちゃの思い出といえば着せ替え人形は勿論のこと、毒母の趣味で毒母が選んだ物しか買ってもらえませんでした。いつかの誕生日プレゼントにピンクレディのおしゃれセットが欲しいとねだると、リップクリーム等が付いていたことからか「子どもが化粧するのか」と毒母は猛反対でした。結局は父が近所のおもちゃ屋さんで買ってくれて、本当に嬉しくて夜も枕元に置いて寝る程の宝物になりました。一連の流れが気にいらなかった毒母 [続きを読む]
  • おもちゃ ?
  • 就学前の記憶です。当時の休日は毒母、兄、私の3人で入院していた父を見舞った後にデパートへ行くことが恒例でした。父に会える嬉しさは勿論でしたが、デパートのおもちゃ売り場に行くことも楽しみにしていました。だけど実際におもちゃ売り場に用があるのは毒母と兄のみで、目当てのト〇カのミニカーを購入する為に私も連れて行かれていたのです。私が着せ替え人形のお洋服が欲しいとねだっても買ってもらえることはありません [続きを読む]
  • オセロのあの方
  • 先程TV番組を観ていたら、懐かしいオセロのあの方が出演されていました。当時の洗脳問題とかの話をしていましたが、そのうちあの方の親が毒親であり彼女は搾取子、妹は愛玩子を経てのニートなのだろうと理解しました。実家への送金を止めたら親が騒いで一連の騒動になったと・・・。毒親持ちなら真っ先に理解できるあれこれなのに、「毒親」の毒を知らない普通のご家庭育ちの方は、毒親の吹聴を額面通りに受け入れてしまうのでし [続きを読む]
  • 高校進学
  • 高校入試とその後の話。家の経済事情で私立学校は絶対に無理でした。(と、思って毒母に確認したら実際に「無理」と言われました。)受験するのにもお金がかかるので公立高校一本に絞り、しかも「絶対」に合格しなければならなかったので、偏差値の低い学校を受験し高校生になれました。ところが毒母は、私がいわゆる「レベルの低い学校」へ通っていることを罵りました。周りの誰もが当たり前のように私立高校を受験し目的とする [続きを読む]
  • 親戚の家で
  • 確か小学3、4年生の頃の記憶です。毒母の姉のお宅へ夏休みを利用して遊びに行った時の事です。従妹達は私より年上で、その頃は中学生とか高校生でした。当時は従妹の一人部屋が羨ましくてワクワクしながらみせてもらったのを覚えています。何日の滞在だったか覚えていませんが、滞在中に毒母が叔母(毒母の姉)に向かって泣いていました。(内容は知りません。)そして叔母が私を叱り始めました。でも何故なのか全く分かりませ [続きを読む]
  • お弁当で思うこと
  • 昔の小学生の土曜日はお弁当が必要でした。(隔週)ある金曜日に私の何かが気に入らず怒っていた毒母は翌日のお弁当を作ってくれませんでした。困った私はいつ作ったのか分からないけれど、とにかくプライパンに入っていたチャーハンをタッパーに詰めて持って行きました。でも臭くて食べられませんでした。その夜、毒母からチャーハンがどうだったのかを聞かれ、食べられなかった旨を伝えたら、翌週からお金を渡されるようになり [続きを読む]
  • いらない子
  • 高校3年生の頃。既に毒親に言われるがままの私ではなくなっていたので、自己主張は勿論のこと反論が多くなっていました。そうすると毒母に包丁を突きつけられ「殺すぞ」脅されたり、「お前はいらない子」と言われるようになり、体罰よりも言葉の暴力の日々でした。(私の落ち度へのダメ出し攻撃は変わらずでした。)毒母と言い争いになった時に「私なんか産まなきゃよかったじゃん!!!」と吐き出したことがあります。その時の [続きを読む]
  • 共感
  • まだ一度もお会いしたことはないけれど、毒親持ちの方にお会いしてみたいです。「毒親あるある」満載なヘビーな語らいであっても、本当に共感できる方とのお話は有意義だろうと思います。何年か前に友人から相談というか、彼女(既婚)の日常生活を聞いたことがあります。最初はどこにでもある夫婦の出来事だったり、ちょっとしたいざこざの延長とか、喧嘩が長引いているのだろうとか、そんな軽い思いで聞いていました。だけど彼 [続きを読む]
  • 評価とか
  • 私は毒母が嫌いです。(父は私が6歳の時に病死しました。)絶縁して13年になりますが今も大嫌いです。毒親から解放され自由な生活をしている中で出会う素敵な方々・・・考えないようにしていても「育ちの違い」を痛感することがあります。「ジェシーさんて良い育ちいいよね」とか「しっかりした親御さんなのだろうね」と言われる事があります。(自慢ではありません)私はその評価が嫌いです。だって毒母は反面教師なのに・・ [続きを読む]