furu-t さん プロフィール

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furu-tさん: furu-t 学び続ける日々
ハンドル名furu-t さん
ブログタイトルfuru-t 学び続ける日々
ブログURLhttp://manabitudukeru.seesaa.net/
サイト紹介文学び合い 小学校 アクティブラーニング カリキュラムマネジメント 学級経営 みゆき会所属 
自由文「学び合い」から「学び続ける」への深化を。「目的」を見つめ、常に最上を追い求め続ける毎日。 子ども達を楽しみながら、学び続けていける大人に育てたい。福島で震災を経験し、大切なことをたくさん学びました。 福島県の教員を退職し、平成24年度から札幌の小学校教諭に。場所は変わっても「志」を貫いていきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供124回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2015/09/13 10:16

furu-t さんのブログ記事

  • 話をしてもむだ
  • 「話をしてもむだ」 子どもが放つこの言葉の裏には 「先生と話がしたい」 という心の叫びにあふれていた。「想い」と「言葉」は表裏一体なのだろう。 人は自分が本当に求めているものを 「ほしい」と素直に表現できないことがある。 ほしいはずなのに 「そんなのいらない」という言葉を放ってしまう。 それは子ども大人も同じ。「言葉」に耳を傾けるか? それとも「心」に耳を傾けるか? それによって聴こえてくるものは全然違うん [続きを読む]
  • 終わった子の「問題づくり」
  • 先週の記事で「算数が得意な子が夢中になり、なおかつつながり合える課題」っていうもので「問題づくり」を紹介したんだけど、写真が手元になかったので。はじめてでこの質の問題をつくれるのは、4月から続けている自立学習が効いているんだと思うな。問題も、丁寧につくらないと誰も解いてくれない。難しすぎると自分で模範解答がつくれない。簡単すぎると、自分がつまらない。自分が自分に合わせてまなべるからいいよね。ちなみ [続きを読む]
  • 結局自分に自信がないのさ<br />
  • 自分が「システム」「型」「カリキュラム」にこだわるのはなんでなんだろう?そんなことを考えた。その答えって実はめちゃくちゃ簡単だった。それは「自分っていう存在に自信がないから」ってこと。いろいろな所でいろいろな人の実践を見たり聞いたり読んだりするけど、見れば見るほど「自分にはできないなぁ…」って思う。どの実践もその人の「愛」で形づくられているから。その人のがんばり、人柄、愛、人情…そういうものがすて [続きを読む]
  • つながり合えるシステムづくり(算数編)
  • 子どもたちが本当にわかっているかどうかってなかなかわからないよね。そのためにテストをするけど、テストがすごく悪かったら学び直せるか?正直言って学び直す時間なんてこのきつきつの学校制度の中ではなかなか取れないのよね。ということで、テスト以外に子どもたちが本当にわかっているかを確かめる術を模索してきた。いろいろなシステムを模索してきたけど、「やっぱりそうだよね…」と納得したことがある。それは、「教師が [続きを読む]
  • 「光とかがみ」×「表とぼうグラフ」
  • 最近お天気がいいので、理科は「光とかがみ」に入りましたよ。学習レポートの書き方もさまになってきましたよ。今回は算数の「表とぼうグラフ」の単元をばっちりつなげて学習を(^^)どんなレポートが出来上がったのか?まとめていきます。ちなみに前回の理科のレポートは↓http://manabitudukeru.seesaa.net/article/451154385.html今回のテーマは「かがみ1枚とかがみ3枚では明るさやあたたかさはかわるのか?」という実験。 [続きを読む]
  • 自立学習「第2ステージ」へ!!
  • 「夏休みがおわる〜」なんて投稿がたくさん流れてきているけど、北海道はもう新学期が始まって2週間。子どもたちの学びはますますスピードアップ。2学期から始まったのは自立学習の「第2ステージ」(^^)いよいよ「守・破・離」の「離」に踏み入っていきますよ。「守」段階の記事はこちら2学期からは量と質をパワーアップ。めだまになる場所はここ!自分で考えて学びを進める。その練習に突入したよ。はじめは戸惑っていた子 [続きを読む]
  • 限りなく近く 途方もなく遠い
  • 「0と1は限りなく近く 途方もなく遠い」ある本を読んでいてこんな言葉に出会ったんだな。ああ。この言葉めちゃくちゃ面白い。人の成長において「0」を「1」にすることって「1」を「2」とか「3」に高めていくことより難しい。これは4年前、1年生を担任した時に思ったこと。中学校教師から、小学校にうつり、高学年ばかり担任していた自分にはたちうちできなかった…。大人である自分が頭で知識をこねくり回して「成長させ [続きを読む]
  • 「わかったつもり」「できたつもり」から一歩前へ!
  • さて、2学期が始まって1週間たったわけですが。子どもたちはガンガン学びを進めております。1学期は学びのシステムづくりに少々時間がかかったんだけど、2学期はこのロケットスタートができるのがすてきなのよね。今学んでいるのは表と棒グラフ。この単元って実はめちゃくちゃおもしろい。汎用性が高いからね。教科書にこんな問題があるんだよね。子どもたちに「わかった?」って聞くとみんな「わかった!!」って答えるんだよ [続きを読む]
  • 赤ちゃんを「信じて」包丁をもたせられる?
  • ちょいと感じたこと。「子どもの力を信じて〜」この言葉はよく耳にする。自分だってよく使うなぁ。でも、この言葉ってけっこう難しいんのよね。「信じる」って何だろう? 子どもたちには力がある。 教師である限りそう思っていたいよね。でも、いつでもそうなのかな?いつも信じることは可能なのかな? 例えば相手が赤ちゃんだったとする。その赤ちゃんに包丁をもたせて 「赤ちゃんが包丁で料理できる!」 って信じることはできる [続きを読む]
  • 「かしこさ」を目に見える形にしてみた
  • 「かしこさ」って目には見えないよね。「かしこくなろうよ!」っていっても具体的にどうすればいいのかわからないんだな。自分が今かしこいか?それともかしこくないのか?それがわかるようにするにはどうすればいいのかな?そんなことを考えてみた。100点がとれれば「かしこい」と言えるなら簡単。でも、そうじゃないよね。「かしこさ」はテストの点数じゃないもんね。じゃあ、どうすれば「かしこさ」が形として見えてくるだろ [続きを読む]
  • 夏休みって「自由」だよね。でも「自由」にも責任があるんじゃない?
  • 先週の出来事。ラジオ体操から帰ってきた子どもたち。おいしそうに朝ごはんをほおばっていたんだな。朝ごはんが終わったら、もちろん2人でソファーで「きゃはは・きゃはは」と遊んでる。ピアノを弾いたり、本を読んだり、楽しそう。「午前中のうちに学習を終わらせておきましょう」なんて偉そうに語っていた、フルティのうちがこれだもんな(笑)時間は刻々と過ぎていくのよ。そろそろ気づくかな〜なんて思ったら、今度は部屋で遊 [続きを読む]
  • 心を亡くすと、思考が止まる…のよね
  • この記事を見て感じたこと。http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20170721-OYT8T50003.htmlいいなぁ。先生たちの語り合いの場。ああ「そもそも学校って何をするところなの?」って話をもっとしたいな。どんな風に進めますか?どんなことをさせる?どんな教材を使いますか?なんて話はよくあるんだけど、「どんな子どもを育てたい?」とか「学校ってなんのためにあるのだろう?」という問いって横においてかれているよね。こ [続きを読む]
  • 「表」づくりのハードルを下げちゃおう
  • 「うちのクラスの子、表にまとめるのがうまくできなくて…。 なんかいい方法ないですか?」なんてこの前メールでこんな質問を受けたんだな。確かに、じょうぎで線をひくのもハードルが高い子もいるものね。あんまり考えたことなかったけど、こういう質問ってありがたいよね。自分があんまり考えたことなかったことを掘り起こしてくれるから。ってことで、夏休みは子どもたちのレポートをがさごそと。こんな工夫をしてみたら、初め [続きを読む]
  • 「自由」?研究
  • 「自由研究」って本当に「自由」なのかな?ある人の投稿からこんなことを考えてみる。「自由」ってここでいうと、「テーマ」の部分なんだろうな。でも、本当に「自由」というなら、やらないことも「自由」というなるんだろうか?「自由」にテーマを選べる研究なのか「自由」を獲得するための研究なのか「自由」を使いこなすための研究なのか?「自由研究」で「自由」ついて調べてみたいわ(^^)結論で「やらない自由」を研究しま [続きを読む]
  • 「わかったつもり」「できたつもり」から一歩上に
  • かしこさには段階がある。それを前に「かしこさの階段」っていう形にして表したんだけど。ちょっと伝えるのが難しい部分があったんだな。その記事はこちらかしこさの階段特にここの部分。「わかる・できる」    ↓「説明できる」「伝えられる」っていうところ。どうやってこの階段を上ればいいのかな?そんなことを考えていかないとなんとなく「できたつもり」になっちゃうなぁ。ということで、算数の時間にはこの部分に特化し [続きを読む]
  • 主体的・対話的で深い系の学び的なエントリー
  • 「主体的・対話的で深い学び」を促す授業と「主体的・対話的で深い学び的」なものを促す授業はちがうの?これって面白い。だって、最後にたった1文字「的」をつけるだけで一気にもやっとしちゃうもんなぁ。子どもたちに、「学校を君たちに学びがある場にしたい!」とはいうかもしれないけど「学校を君たちに学び的なものがある場にしたい!」なんて言わないものね(笑)なんか一気に説得力が…ダウン。「的」という言葉は広いもの [続きを読む]
  • 学びの主役になるにはどうすればいいのかな?
  • 「主体的に」なんていうけれど、それってどういうこと?主体的に学んでいる人はきっと自分を「主役」って感じられているんだよね。じゃあさ。人が「学びの主役」になるにはどうすればいいのかな?「自分が主役だ!」という感覚をつかんでいる人はどんどんチャレンジを重ねていくよね。心の壁も軽々と乗り越えて、どんどん学びをつなげていく。でも、反対に人が「学びの主役」から降りちゃう時もある。主役から降りた人は、足が止ま [続きを読む]
  • 「主体的」って何よ?「対話的」って何よ?「深い」ってどゆこと?
  • 「主体的・対話的で深い学び」この言葉を聞いて積極的に(主体的)人と話し合いながら(対話的)学びを深めていく学びなんてとらえちゃいがちだけどさ。この3つの言葉ってめちゃくちゃ面白い言葉だよね。「主体的」って何?「対話的」ってどういうこと?「深い」って具体的にいうと?っていうことにきりこんでいかないとこの言葉の伝えたいことは見えてこないんじゃないかな?「主体的」であるためには何が必要なんだろう?「対話 [続きを読む]
  • 胸をはって幸せっていえるね!
  • 「幸福とは、そのままで変わらないで続いてほしいような、そのような状態である」こんな言葉に出会ったんだけど、この言葉の意味は深いなぁ。こんな切り口はなかなかお目にかかれないよなぁ。教育の目的、いや人が生きる目的はきっと「幸せになること」なんだろうけど。じゃあ、その幸せってどうやったら手に入れられるの?って話になっちゃう。これは「うまいものはなに?」レベルの話だもんね。人それぞれうまいものも幸せも感じ [続きを読む]
  • 結局は「好き」か「嫌い」かなんだな。
  • 失礼なやつっているよね。でも、どんなに失礼なやつでも「嫌い」になれないやつっている。逆に失礼なことをされると一発で「嫌い」になっちゃうやつもいる。その違いってなんなんだろう?考えて見ると結局は「好き」か「嫌い」かなんだよな。相手が好きなら、何度でも手を貸したくなるし嫌いなら、一発で手も貸したくなくなる。「おれは誰にどう思われようと構わない」なんていう人がたまにいるけれどそれって本当に強いって言える [続きを読む]
  • 不安山をのりこえて
  • 自分があまり親しくない人に声をかけるって勇気がいるよね。 「ねえ。一緒にやろう。」なんて声をかけても無視されるかもしれないもんね。「教えて」なんて言ったらバカにされるかもしれないもんね。あんまり親しくない人に声をかけるってすっごく不安なのさ。自分はこれを子どもたちに「山を越える」って表現している。あんまり親しくない人の山はすっごく高い「不安山」。ふもとから頂上へそして、反対のふもとへ。不安の山を乗 [続きを読む]
  • 線を引く人・線を消す人
  • 線を引く人ではなく線を消す人であろう。クラスの子にこんなことを伝えている。この世は「線引き」だらけだ。その方がわかりやすいし、安心できるから。例えば友達関係。「先生。友達と座っていいですか?」なんて子どもたちはよく言うよね。でもそれって、知らず知らずのうちに線を引いていないかな?「じゃあ、その人以外は友達じゃないの?」ってこと。無意識のうちに「友達」と「友達じゃない人」を線引きしている。こんな例も [続きを読む]
  • 「自分を深くえぐる問い」を共有できる場が学校にあったらな。
  • 「教師に必要な力を1つだけあげるとしたらなんだと思う? 」先日の1学期お疲れ様の飲み会でそんなことを若い先生に聞いてみた。 その先生は一生懸命考えてこう答えた。 「自分の考えを自信をもって子どもたちに言えることだと思う。」と。 「でも自信をもって言ったことがまちがっていたらどうするの?」 そう聞くとまっすぐにこう答えた。 「たとえ、間違っていようとも自信をもっていわなきゃいけない時がある。私はその力 [続きを読む]