happygogo さん プロフィール

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happygogoさん: 青い風のような貴公子たち
ハンドル名happygogo さん
ブログタイトル青い風のような貴公子たち
ブログURLhttp://aoikaze.sblo.jp/
サイト紹介文青春文学です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供55回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/09/15 21:22

happygogo さんのブログ記事

  • 織田作之助の「夫婦善哉」について
  • 柳吉は種吉にスイカの切り方を教わるのであるが、「切り身で釣って、丸口で儲けるんや」などの種吉のセリフはプロの言葉であり、堂に入っている。蝶子は、かばんのような財布を首から吊るして、売り上げを入れたり、つり銭を出したりする。かばんのような財布と言う表現が面白い。思わず笑ってしまった。リンゴをよく布巾でふくこと、水蜜桃は手を触れぬこと、果物は埃を嫌うからはたきをかけること。種吉の言葉には不自然さがない [続きを読む]
  • 織田作之助の「夫婦善哉」について
  • 剃刀屋をやるがうまくいかない、今度は関東煮をやるが、商売に飽きた柳吉は200円を持ち出して遊興に使ってしまう。体力の限界を知った蝶子は店を閉めてしまう。それでも懲りずに果物屋を開店する。これもやがて失敗する。人生は火宅である。人生の無常をここでは痛く感じる。成功するのは簡単ではない。やすやすと成功の階段を上っていく人もいるだろうが、多くの人はそうではない。織田作之助はここでは火宅の人生と無常というも [続きを読む]
  • 織田作之助の夫婦善哉について
  • ひょこひょこ歩いて来る柳吉の顔が見えた。行燈の明かりに顔が映える,眩しそうに目をしょぼつかせていた。ひょこひょこ歩いて来るなどという表現がいかにも侘しい。優等生ではない。劣等生の侘しさというか、漫画的なおかしさがあるのだが、、そこに生きていく辛さがある。目をしょぼつかせるなどと言う表現もそうである。成功者は眼をしょぼつかせたりはしないだろう。生きていく辛さを痛く強く感じるのである。href="http://nov [続きを読む]
  • 織田作之助の文学
  • 蝶子が必死で貯めるお金を、柳吉は娼妓相手に使ってしまう。蝶子は怒って折檻する。「おばはん、何するねん」と柳吉は足をばたばたさせる。柳吉は逃げまわったあげく、便所の中に隠れてしまう。だらしない男だと思う読者もいるかもしれないが、ここでは業として考えたい。こうした業から抜け出せない人間は多いのである。分かっているけどやめられないという心理である。男らしくないといえば、それまでだが、人間臭いと思うのであ [続きを読む]
  • 織田作之助の文学
  • 丁度向い側が共同便所でその臭気がたまらなかった。左側、つまり共同便所に近い方では餅を焼いて売っていた。醬油をたっぷりつけて狐色にこんがり焼けてふくれているところなどは、いかにもうまそうだったが、買う気は起こらなかった。餅屋の主婦が共同便所から出ても手洗水を使わぬと覚しったかや、と柳吉は帰って言った。けして上品な文体ではないが、とにかく人間臭い。この人間臭さが織田作之助の魅力である。下品であるという [続きを読む]
  • 夫婦善哉について
  • こっそり帰ってみると、柳吉はいびきをかいていた。だし抜けに、荒々しく揺すぶって、柳吉が眠い目を開けると、「阿保んだら」そしてくちびるをとがらして柳吉の顔にもって行った。柳吉は他人から見るとなんの魅力もない人間だが、蝶子の目には愛する男である。夫婦愛とはこんなものかと思う。恰好良さはないけれど、柳吉には人にはないような魅力があって共鳴するところが多い。劣等生の魅力ともいうべきか。船は揺れることもなく [続きを読む]
  • 夫婦善哉について
  • 蝶子という女性がよく描かれている。柳吉は20歳の蝶子を「おばさん」と言う。安カフェへ出掛けて、女給の手に触り、「僕と共鳴せえへんか」と柳吉は言う。その夜、興奮した蝶子は眼をピカピカに光らせて低い天井をにらんでいた。漫画的な表現であるが、人間がよく描かれていると思う。それは決してエリートの世界ではなく庶民の生活なのだが、その人間臭さは共鳴するところが多い。海は静かである。のどかな船旅が続く。href="http [続きを読む]
  • 織田作之助
  • 一度だけだが、板の間のことをその場で指摘されると、何とも言い訳けのない困り方でいきなり平身低頭して詫びを入れ、ほうほうの態で逃げ帰った借金取りがあったと、きまってあとでお辰の愚痴の相手は娘の蝶子であった。 そんな母親を蝶子は見っともないとも哀れとも思った。お辰の人間臭さ、豊かな知性があるとは思わないが、庶民というものを痛く感じる。もちろんここには哀切があるわけだが、人間とはこんなものであろう。大い [続きを読む]
  • 夫婦善哉について
  • 夫婦とはこんなものだろう。決して上品な知的な世界ではない。けれど人間臭いところがいい。大阪から生まれてきた文学であって、東京からは生まれてこない文学である。年中借金取りが出入りしたという冒頭の言葉も痛く人生を感じさせる。優等生の人生ではない。劣等生の人生である。成功者の人生ではないところが人の心を打つのである。一般の人にとって成功の人生はとてもとても難しいことなのである。多くの人が苦難の人生を歩く [続きを読む]
  • マニラよさようなら
  • 6月19日 晴れ朝6時出航する。朝焼けの美しいマニラ。船は岸壁を離れ、マニラは遠のき、思い出は募る。さんさんと輝く太陽の下、フィリピンの島々を後目に船は一路、セレベス島を目指して進んでいく。海は実に静かである。何もすることがないのでボストンバックを開け、小説を取り出す。織田作之助の夫婦善哉である。とにかく面白い。夫婦愛の深さ、人間の面白さ。大阪文学は自分に合っていると思う。href="http://novel.blogmura. [続きを読む]
  • マニラの街
  • 対日感情が悪いと聞いていたのでびくびくしながらマニラの街をタカシは歩いたが、実際はそんなに恐れることはなく彼らは親日派であった。好感が持てた。車も日本製で古く、決して豊かな国とは言えなかつたが、フィリピンの人たちの気質は非常に明るい。これは外から見ていると絶対にわからないが、フィリピン人の街を実際に歩いてみると日本人にはない明るさがある。バスの停留所の横で堂々と立ち小便をしているフィリピン人を見か [続きを読む]
  • マニラにて
  • 対日感情が悪いと聞いていたので、マニラの街中を歩くときは緊張した。若い女とすれ違った瞬間、日本人だと英語でいったのにはタカシは驚いた。トイレに入った時、後ろからJapaneseと言って肩を叩かれたのは驚いた。アメリカなら日本人は中国人としばしば間違われるのだが、ここでは日本人は日本人なのである。彼らは中国人と日本人の違いをよく知っており、日本人を中国人に間違うことはないのである。これは嬉しい光景であった。 [続きを読む]
  • マニラのホテルにて
  • しばらくして勝木さんがパンツ一枚で部屋に入ってきた。「もう帰るよ」帰りのタクシーの中で、「妹がセツクスしなかったと怒っていたぜ」と勝木さんは言う。悪いことをしたかなとタカシは苦笑する。異国の地で男と女がセツクスをすることは快楽かもしれないが、それは暗い記憶で幸せとは程遠い感覚である。本当に愛している女とセツクスするならそれは素晴らしいし、子孫を残すという意味でも価値ある行為であるが、愛していない女 [続きを読む]
  • マニラのホテルにて
  • 勝木さんの行きつけのホテルに行くと、そこは立派なホテルで、部屋の中には大きなダブルベツトが置いていた。部屋に入ると妹は素っ裸になりベツトの上に大の字になって寝た。僕はどうしていいかわからず、セツクスの経験がなかったから狼狽えたが、とりあえず裸になった。彼女の隣に行くと、彼女は大きな目玉でギョロリと僕を見た。三島由紀夫の仮面の告白ではないが、性欲は起こらず、性行為は全くしなかったから彼女は機嫌が悪か [続きを読む]
  • マニラにて
  • 6月18日  晴れ二等航海士の勝木さんが彼女を紹介するというので、マニラの繁華街エルミア地域の近くにある彼女の家に行った。2階建てなのだが1階は暗く、なんとなく陰気臭い。貧しいという感じである。勝木さんの彼女というのが若くて美人で、いいなと思っていると、勝木さんは彼女の妹を紹介した。近くに屋台があっていろいろ売っている。妹が安物の指輪を見ていて欲しがるのだが、僕は黙って見ているだけである。妹は機嫌 [続きを読む]
  • ルネタ公園にて
  • ルネタ公園の近くを歩く。別名リサール公園とも言う。公園の中に鳥かごに入ったオウムを木につるしているのを見てタカシは驚く。日本では絶対に見られない光景である。これは外国だと思った。1896年、フィリピン独立運動の英雄リサールがスペイン軍により銃殺された地である。美しい公園である。この公園の南には繁華街がある。けれども町並みは貧相で豊かな感じはしない。日本にくらべるとかなり見劣りがする。href="http://novel [続きを読む]
  • マニラにて
  • 「一人で出歩かないほうが無難だ。行動するときは船員としなさい」と船長から忠告を受けた。カメラや時計は身に着けないほうがいいと船員から言われた。そんなものを身に着けていると襲われる恐れがあると船員は言う。当時は対日感情が悪く日本人が一人でマニラの街を歩くのは危険であった。タカシはびくびくしながら、しかし、勇気を振り縛ってマニラの街へ出ていった。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.h [続きを読む]
  • マニラに到着
  • 6月17日 雨マニラに到着。激しい雨。船から見るマニラは香港のように華やかでなくしっとりと落ち着いた感じである。ここまでくると外国に来たという感じである。船に上がってくる人々も我々日本人や中国人と違って色が黒く目もぎらぎらしている。「一人で歩くと危険だから船員と行動しなさい」と船長から忠告を受けた。対日感情が悪く日本人は狙われると言う。高級なものは身につけないほうがいいと言う。なんだか物騒な気がする [続きを読む]
  • マニラに向かう
  • 6月16日 曇り貨物船はマニラを目指して進んでいる。部屋の中は暑い。甲板に出れば海の熱風でさらに暑い。風呂に入ってシャワーを浴びる。海水を淡水に変えているが赤褐色の水の色は気持ちが悪い。シャワーを浴びてもべとべとした感じで、気持ちのいいものではない。船員はペンキを塗ったり甲板を洗ったりで忙しいが、僕は何もすることがなく部屋でごろごろしている。夕食が終わるとデッキチエアを船員から借りて甲板に持ち出し海 [続きを読む]
  • 香港にて
  • 5月16日  晴れ。今日は良く晴れた。香港晴れともいうべきか。日中は暑く、32度まで温度は上がった。遊びに行く気もせず、部屋の中にいる。もう香港はいい。早くマニラに行きたい。新しい舞台が見たい。「同じところに3日もいると飽きが来ますね。早くマニラにに行きたいですよ」と二等航海士の勝木に言う。「マニラは治安が悪いですよ」と勝木。「そのほうが面白いかもしれない」と僕。「マニラでは僕の恋人の妹を紹介しますよ」 [続きを読む]
  • 九龍へ
  • 6月15日  晴れ香港港からフエリ―で九龍へ渡る。当時は海底自動車トンネルもなかったので、フエリーは地元住民には貴重な交通手段であった。九龍の繁華街、全長3,8キロのネイザンロードを歩く。極彩色の看板があふれている。男物を中心とした露店が並ぶ男人街、洋服やアクセサリー、雑賀が並ぶ女人街、それはいかにも中国的雰囲気で見て回るだけで楽しかった。帰りに香港島の大丸百貨店でスコッチーウイスキーを3本買う。 [続きを読む]
  • 香港にて
  • 三島由紀夫はタイガーバーブガーデンについて次のように書いている。「この庭には嘔吐を催させるものがあるが、それが奇妙に子供らしいファンタジイと残酷なリアリズムの結合に依る。これほど大胆に、美という美に泥を引っかけるような庭を実現したのは、想像も及ばないことである」美に反逆するというか、芸術作品とは言えないだろうが、中国人の空想というものは強く感じる。悪趣味というか、実務家の喜びとはこの程度のものかと [続きを読む]
  • 香港にて
  • 6月14日 曇り相変わらず香港の空は雲に覆われている。9時にランチがやってきた。ランチに乗って香港島に向かう。タイガーバームガーデンに向かう。タイガーバームガーデンとは薬で巨富を築いた胡文虎が建てた壮大な別荘である。2000年に閉鎖され、敷地を切り売りして今は別荘だけが残っている。当時は高い塔もあって見晴らしは良かった。虎、鷹、竜、カバなどの彫像が置いてあってにぎやかなであった。ただ極彩色を使っているので [続きを読む]
  • 香港にて
  • 6月13日 曇り午後2時のランチで船に戻る。「早く帰ってきたな」と2等航海士の勝木さんが驚いた顔をする。「マカオでも行ってきたらいいのに」「いや、今日は疲れました」初の外国でかなり疲れた。夜、だれかがドアをノックする。船員かなと思ってドアを開けると、赤い口紅、目元には青いシャドーのけばけばしい女の顔が覗いた。売春婦だった。「買うか、100ドルでいいよ」と下手な日本語で言う。「100ドルも出すくらいならゴム人 [続きを読む]
  • 香港にて
  • 6月12日  雨のち曇り梅雨時期か天気がすぐれない。雨ひとしきり降る。9時にハシケに乗って香港島に上陸する。大丸百貨店に向かう。入口で「大丸百貨店のレストランは何階ですか?」と英語で聞く。「知りません」と日本語で女性は答えた。どうも日本人らしい。レストランを探すも見当たらない。諦めて食品売り場に行く。ビスケット、飴玉、チョコレートなどお菓子を買い込む。船が貨物船なので売店がない。甘いものを食べたくても [続きを読む]