happygogo さん プロフィール

  •  
happygogoさん: 青い風のような貴公子たち
ハンドル名happygogo さん
ブログタイトル青い風のような貴公子たち
ブログURLhttp://aoikaze.sblo.jp/
サイト紹介文青春文学です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供67回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2015/09/15 21:22

happygogo さんのブログ記事

  • マニラよさようなら
  • 6月19日 晴れ朝6時出航する。朝焼けの美しいマニラ。船は岸壁を離れ、マニラは遠のき、思い出は募る。さんさんと輝く太陽の下、フィリピンの島々を後目に船は一路、セレベス島を目指して進んでいく。海は実に静かである。何もすることがないのでボストンバックを開け、小説を取り出す。織田作之助の夫婦善哉である。とにかく面白い。夫婦愛の深さ、人間の面白さ。大阪文学は自分に合っていると思う。href="http://novel.blogmura. [続きを読む]
  • マニラの街
  • 対日感情が悪いと聞いていたのでびくびくしながらマニラの街をタカシは歩いたが、実際はそんなに恐れることはなく彼らは親日派であった。好感が持てた。車も日本製で古く、決して豊かな国とは言えなかつたが、フィリピンの人たちの気質は非常に明るい。これは外から見ていると絶対にわからないが、フィリピン人の街を実際に歩いてみると日本人にはない明るさがある。バスの停留所の横で堂々と立ち小便をしているフィリピン人を見か [続きを読む]
  • マニラにて
  • 対日感情が悪いと聞いていたので、マニラの街中を歩くときは緊張した。若い女とすれ違った瞬間、日本人だと英語でいったのにはタカシは驚いた。トイレに入った時、後ろからJapaneseと言って肩を叩かれたのは驚いた。アメリカなら日本人は中国人としばしば間違われるのだが、ここでは日本人は日本人なのである。彼らは中国人と日本人の違いをよく知っており、日本人を中国人に間違うことはないのである。これは嬉しい光景であった。 [続きを読む]
  • マニラのホテルにて
  • しばらくして勝木さんがパンツ一枚で部屋に入ってきた。「もう帰るよ」帰りのタクシーの中で、「妹がセツクスしなかったと怒っていたぜ」と勝木さんは言う。悪いことをしたかなとタカシは苦笑する。異国の地で男と女がセツクスをすることは快楽かもしれないが、それは暗い記憶で幸せとは程遠い感覚である。本当に愛している女とセツクスするならそれは素晴らしいし、子孫を残すという意味でも価値ある行為であるが、愛していない女 [続きを読む]
  • マニラのホテルにて
  • 勝木さんの行きつけのホテルに行くと、そこは立派なホテルで、部屋の中には大きなダブルベツトが置いていた。部屋に入ると妹は素っ裸になりベツトの上に大の字になって寝た。僕はどうしていいかわからず、セツクスの経験がなかったから狼狽えたが、とりあえず裸になった。彼女の隣に行くと、彼女は大きな目玉でギョロリと僕を見た。三島由紀夫の仮面の告白ではないが、性欲は起こらず、性行為は全くしなかったから彼女は機嫌が悪か [続きを読む]
  • マニラにて
  • 6月18日  晴れ二等航海士の勝木さんが彼女を紹介するというので、マニラの繁華街エルミア地域の近くにある彼女の家に行った。2階建てなのだが1階は暗く、なんとなく陰気臭い。貧しいという感じである。勝木さんの彼女というのが若くて美人で、いいなと思っていると、勝木さんは彼女の妹を紹介した。近くに屋台があっていろいろ売っている。妹が安物の指輪を見ていて欲しがるのだが、僕は黙って見ているだけである。妹は機嫌 [続きを読む]
  • ルネタ公園にて
  • ルネタ公園の近くを歩く。別名リサール公園とも言う。公園の中に鳥かごに入ったオウムを木につるしているのを見てタカシは驚く。日本では絶対に見られない光景である。これは外国だと思った。1896年、フィリピン独立運動の英雄リサールがスペイン軍により銃殺された地である。美しい公園である。この公園の南には繁華街がある。けれども町並みは貧相で豊かな感じはしない。日本にくらべるとかなり見劣りがする。href="http://novel [続きを読む]
  • マニラにて
  • 「一人で出歩かないほうが無難だ。行動するときは船員としなさい」と船長から忠告を受けた。カメラや時計は身に着けないほうがいいと船員から言われた。そんなものを身に着けていると襲われる恐れがあると船員は言う。当時は対日感情が悪く日本人が一人でマニラの街を歩くのは危険であった。タカシはびくびくしながら、しかし、勇気を振り縛ってマニラの街へ出ていった。href="http://novel.blogmura.com/novel_literary/ranking.h [続きを読む]
  • マニラに到着
  • 6月17日 雨マニラに到着。激しい雨。船から見るマニラは香港のように華やかでなくしっとりと落ち着いた感じである。ここまでくると外国に来たという感じである。船に上がってくる人々も我々日本人や中国人と違って色が黒く目もぎらぎらしている。「一人で歩くと危険だから船員と行動しなさい」と船長から忠告を受けた。対日感情が悪く日本人は狙われると言う。高級なものは身につけないほうがいいと言う。なんだか物騒な気がする [続きを読む]
  • マニラに向かう
  • 6月16日 曇り貨物船はマニラを目指して進んでいる。部屋の中は暑い。甲板に出れば海の熱風でさらに暑い。風呂に入ってシャワーを浴びる。海水を淡水に変えているが赤褐色の水の色は気持ちが悪い。シャワーを浴びてもべとべとした感じで、気持ちのいいものではない。船員はペンキを塗ったり甲板を洗ったりで忙しいが、僕は何もすることがなく部屋でごろごろしている。夕食が終わるとデッキチエアを船員から借りて甲板に持ち出し海 [続きを読む]
  • 香港にて
  • 5月16日  晴れ。今日は良く晴れた。香港晴れともいうべきか。日中は暑く、32度まで温度は上がった。遊びに行く気もせず、部屋の中にいる。もう香港はいい。早くマニラに行きたい。新しい舞台が見たい。「同じところに3日もいると飽きが来ますね。早くマニラにに行きたいですよ」と二等航海士の勝木に言う。「マニラは治安が悪いですよ」と勝木。「そのほうが面白いかもしれない」と僕。「マニラでは僕の恋人の妹を紹介しますよ」 [続きを読む]
  • 九龍へ
  • 6月15日  晴れ香港港からフエリ―で九龍へ渡る。当時は海底自動車トンネルもなかったので、フエリーは地元住民には貴重な交通手段であった。九龍の繁華街、全長3,8キロのネイザンロードを歩く。極彩色の看板があふれている。男物を中心とした露店が並ぶ男人街、洋服やアクセサリー、雑賀が並ぶ女人街、それはいかにも中国的雰囲気で見て回るだけで楽しかった。帰りに香港島の大丸百貨店でスコッチーウイスキーを3本買う。 [続きを読む]
  • 香港にて
  • 三島由紀夫はタイガーバーブガーデンについて次のように書いている。「この庭には嘔吐を催させるものがあるが、それが奇妙に子供らしいファンタジイと残酷なリアリズムの結合に依る。これほど大胆に、美という美に泥を引っかけるような庭を実現したのは、想像も及ばないことである」美に反逆するというか、芸術作品とは言えないだろうが、中国人の空想というものは強く感じる。悪趣味というか、実務家の喜びとはこの程度のものかと [続きを読む]
  • 香港にて
  • 6月14日 曇り相変わらず香港の空は雲に覆われている。9時にランチがやってきた。ランチに乗って香港島に向かう。タイガーバームガーデンに向かう。タイガーバームガーデンとは薬で巨富を築いた胡文虎が建てた壮大な別荘である。2000年に閉鎖され、敷地を切り売りして今は別荘だけが残っている。当時は高い塔もあって見晴らしは良かった。虎、鷹、竜、カバなどの彫像が置いてあってにぎやかなであった。ただ極彩色を使っているので [続きを読む]
  • 香港にて
  • 6月13日 曇り午後2時のランチで船に戻る。「早く帰ってきたな」と2等航海士の勝木さんが驚いた顔をする。「マカオでも行ってきたらいいのに」「いや、今日は疲れました」初の外国でかなり疲れた。夜、だれかがドアをノックする。船員かなと思ってドアを開けると、赤い口紅、目元には青いシャドーのけばけばしい女の顔が覗いた。売春婦だった。「買うか、100ドルでいいよ」と下手な日本語で言う。「100ドルも出すくらいならゴム人 [続きを読む]
  • 香港にて
  • 6月12日  雨のち曇り梅雨時期か天気がすぐれない。雨ひとしきり降る。9時にハシケに乗って香港島に上陸する。大丸百貨店に向かう。入口で「大丸百貨店のレストランは何階ですか?」と英語で聞く。「知りません」と日本語で女性は答えた。どうも日本人らしい。レストランを探すも見当たらない。諦めて食品売り場に行く。ビスケット、飴玉、チョコレートなどお菓子を買い込む。船が貨物船なので売店がない。甘いものを食べたくても [続きを読む]
  • 香港にて
  • 周囲を見るとまるで日本人の顔なのだが、言葉は通じない。日本製の車、オートバイ、カメラと日本製が街には溢れているのだが、ここは外国である。とりたて褒めることはないのだが、中国の女性は美しい。日本の女性のように大根足は見当たらいない。曲線美は素晴らしい。プロポーションも美しい。結婚するなら中国の女性も悪くない。皮膚の色も同じ黄色人種だし、お米を食べるのも似ている。言葉が通じるなら最高の伴侶になるだろう [続きを読む]
  • 香港にて
  • 繁華街で郵便局を探して、新聞社に原稿を送る。原稿を送ると気分的にタカシはほっとした。2階建てのバスに乗る。2階から香港の街を見下ろす。なんだか偉くなった気分である。バスを降りて繁華街を歩く。突然、激しい雨が降る。喫茶店にタカシは入る。コーヒーを注文すると「カフェね」と店員は言う。飲んでみるとコーヒーだった。繁華街から裏道に入ってみる。うす暗くなんとなくうらびれた感じ。繁華街のきらびやかさに比べて裏道 [続きを読む]
  • 美人との遭遇
  • ケーブルカ―の待合室でものすごい美人をタカシは見た。アメリカ人か英国人かスペイン人か、それは分からないが、相当の美人である。派手な花柄のブラウスに優美な薄茶色のスカート、頭にはシルクのネツカチーフのこの女性、情熱的な顔立ちをしている。日本にはこんな美人はいない。タカシの方を見るので、タカシも負けずに見返す。ケーブルカ―が発車した。彼女はタカシの前に座った。話しかけようと思うのだが、英語には自信がな [続きを読む]
  • 香港にて
  • 6月11日  晴れ午前9時 憧れの香港を見た。重く低く雲が立ち込めている。歯切れの悪い情景である。乱立する高層ビルがまるで墓碑みたいである。ハシケで香港島に上陸する。港で香港の女と英国人が激しい口喧嘩をしているのを見て驚く。この当時は香港は英国の植民地で、英国の影響が強かった。西洋マッケツトの前でタクシーを拾ってビクトリア・ピークへ。タクシーの運転手の愛想の悪いのには驚いた。チップをやってもにこりとも [続きを読む]
  • 香港
  • 6月10日  晴れ昨夜はほとんど揺れなかった。湖の上を走っているという感じである。明日はいよいよ香港である。香港では思い切り遊ぶつもり。真っ青な海。香港はまもなくあらわれるだろう。ここまでくると日本では真夏と言われる時候である。二等航海士の工藤さんが「香港につくと売春婦がハシケで上がってくるが決してドアは開けてはならない」と注意する。香港の売春婦は病気を持っている女が多いそうである。そんなものかなと [続きを読む]
  • 先島諸島
  • 6月9日  晴れ夜半、雨が激しく空を叩きつける音を聞いた。午前9時、先島諸島を通過中。水平線から積乱雲がむくむくと大空に向かって湧き上がっている。部屋の中は暑い。アンダシャツ一枚になる。コックの板垣君が鐘を鳴らして歩く。食事の合図である。船長、航海士、機関長ら幹部と一緒に食事をとる。冷凍食品なので旨いとは言えない。 お客はタカシ一人だが別に退屈はしない。話相手が欲しい時はコックの板垣君のところへ行 [続きを読む]
  • 沖縄通過
  • 6月8日     曇り沖縄本島に近づいた。「今は、沖縄の端を通過中だよ」二等航海士の工藤さんが海図に線を引きながら位置を教える。その沖縄を見たいのだが、ガスがかかって姿を見せない。海の風は生暖かく、ここまでくると夏の息吹を感じる。午後4時、太陽が顔を出した。風呂から上がって甲板に出ると熱風だ。体中が熱くなっていく気がして南国台湾が近づいていたことを知る。台湾には寄港せず。帰りに寄ることになる。href= [続きを読む]
  • 屋久島海峡
  • 6月7日午前11時30分、屋久島海峡を通過する。雨、降りしきる。屋久島を重い雲が立ち込めている。4時過ぎに雨が止んだ。波は静かである。午後6時、雲の切れ間から青い空が顔を出した。何もすることがないので三島由紀夫の美徳のよろめきを読む。節子のような女性は現実に存在するかもしれない。都会の恋であって田舎の恋ではない。節子は自分のスキヤンダルで父親が責任を取らされるのは恐れて恋人土屋を捨てるわけだがいかにも現在 [続きを読む]
  • 足摺岬
  • 6月6日嵐は収まった。「船は揺れるものですね」と三等航海士の西坂君にタカシが言うと、思わず笑って「昨夜は低気圧が通過したからですよ」と言う。海の男、西坂君にとってそんな事は日常茶飯 であって別に気にはしてないという風であった。午後一時、室戸岬沖を通過する。午後6時、足摺岬を通過。波は収まったものの、空はどんより曇っている。双眼鏡で覗くと、灯台が飛び込んできた。周辺に人家が見える。下に降りてコックの板 [続きを読む]