Dr.X (ペケ)  さん プロフィール

  •  
Dr.X (ペケ) さん: Dr.X (ペケ)の目から鱗の誰にでも分かる仏教
ハンドル名Dr.X (ペケ)  さん
ブログタイトルDr.X (ペケ)の目から鱗の誰にでも分かる仏教
ブログURLhttp://ameblo.jp/doctor-x-peke/
サイト紹介文今まで良く分からなかった仏教が、これでようやく分かる様になります。
自由文Dr. X とは、分からない事の代名詞のように思われている仏教を、誰にでも分かるように説明する使命を持って登場したキャラです。
仏教に関心のある人だけでなく、専門家にとっても目から鱗の全く新しい仏教の解説を試みます。
どうぞお楽しみに!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2015/09/19 20:23

Dr.X (ペケ)  さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー10
  • 六波羅蜜 六波羅蜜とは大乗仏教の菩薩が極めるべき修行課題とも言えるものです。六波羅蜜の波羅蜜とはパーリ語のPāramī パーラミー、サンスクリット語のPāramitāのパーラミターの音訳で、意味は完成・完全・彼岸に至るという意味です。ということで、六波羅蜜とは六つの完成という意味ですが、その六つとは何かというと、1.布施(Dāna ダーナ)=与えること、分け与えること、物惜しみしないこと、2.持戒(Śīla シーラ [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー9
  • 唯識 先に「空」のお話を致しましたが、釈尊が遺された教えをその後の弟子たちが整理分類して行く中で、森羅万象の基本的構成要素のいくつかは実在すると考えるようになりました。 しかし、そのような実在論は釈尊の中道と無我の教えに反するとして、般若経典類を編纂した人達やその思想を集大成した龍樹らが、それらの実在論を徹底的に否定して行きました。 そして、全ては「空」であるとしました。それは先の応用編6でご説明 [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー8
  • 刹那滅 先にもご説明致しましたように、釈尊の教えは弟子達よって整理・分類・研究され様々な解釈が生まれその解釈をめぐって大論争が続けられて来ました。 その中で、大乗仏教が登場する以前からあった刹那滅と言う考え方があります。この刹那と言うのは1秒の75分の1ぐらいの長さ(1/60秒又は1/65秒という説もあります)だとされていますが、刹那滅と言うのは、あらゆるものは、この1/75秒おきに消滅しては、又、因と縁によっ [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー7
  • 苦の起源と菩薩行 ここで、先に進む前に、もう一度基本的な事をもう少しだけ突っ込んで確認しておきたいと思います。先の応用編5−3で少しだけ触れましたが、何故、宮沢賢治が本当の意味での釈尊の思想を深く理解していたと思うかについての説明もしておきたいとも思います。 また、応用編3と4でちょっと触れましたが、何故、仏陀になるには菩薩行が必要で、それにはとんでもなく長い期間が必要になるのかについても掘り下げ [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー6-2
  • 「空理・空論」ではない「空」の話 - 2 では、「空」とは一体どのようなものの見方なのかを、ここで改めて詳しく見てみたいと思います。先程の例は、「椅子」であったり人間であったり、様々な要素が複雑に組み合わされたものでしたので、それらの組み合わせが概念であるというのは分かるが、もっと基本的な要素自体は実在するのではないかと思われる方もいるかもしれません。 では、「水」というものを例に挙げて考えてみましょ [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー6-1
  • 「空理・空論」ではない「空」の話 これまでは、主に初期仏教以来の釈尊の教えを中心に見てきましたが、後の大乗仏教興隆の時代になると般若経典類を中心に「空」という言葉がよく使われるようになりました。 よく、中身のないわけのわからない話を「空理・空論」と言いますが、昔から「空」の話は良くわからないものの代表格のように思われて来たようです。ここでは、この良くわからない「空」の話をできるだけ「机上の空論」に [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー5-3
  • 勘違いか?でっち上げか? バラモン教の梵我一如の思想と釈尊の無我の思想の違いを一言で表現すれば、梵我一如においての目覚める前の自分というものは「勘違い」の自分であって、本来、大海そのものである自分を波の1つとして「勘違いする」ところから迷いの状態が始まっており、その勘違いの誤りに気付いて、本当の自分は波ではなくて大海そのものだったのだと目覚めれば迷いの状態は終わるわけです。つまり、梵我一如の思想に [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー5-2
  • 無我か?非我か?−2迷いの主体は何か? 先に述べた故中村元東大名誉教授は「仏陀が否定された我と言うのは、わがものと思い込んだものであり、常住不変の実体であり、常住不変の自己の本質といったものであります。」『非我あるいは無我が、いまひとつはっきりしないのは、あれはアートマンではない、これもアートマンではないと否定的に説かれていて、これがアートマンであると肯定的、断定的に説きあかされないところに、わか [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー5-1
  • 無我か?非我か?  先に、基礎編8の所で無我と非我の微妙ですが本質的な違いについて少しだけ触れましたが、ここでは、その事についてちょっと詳しく見て行きたいと思います。  釈尊が説かれたのは無我だったのか、非我だったのかと言う問題です。  釈尊は、インドの言葉でいうと anātman(元の言葉のパーリー語ではanattā)を説かれました。anātman の最初のanは否定を意味する接頭辞なのですが、それがその後にくっついて [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー4-2
  • 光のそのものにも喩えられる如来という境地それは、正に先の基礎編10でご説明したとおり「自分と言う視点を設定せずに、どの一点にも留まらない完全なる中道の心境になれれば、光そのもののように時間も空間も無い、あらゆる相対的な視点を超えた境地に到達できるのかもしれません。そういう境地こそが釈尊が到達された境地なのかもしれません。」「釈尊の悟りが、光そのものの状態のように時間も空間もない境地なのであれば、一 [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー4-1
  • 自分の無力さを徹底的に自覚する事によって、自分を脱却する道 先に見てきたような阿羅漢の道も菩薩の道も相当の覚悟と信念を必要とする道であり、誰にでも出来るとは言いがたい面があります。 そこで、後の時代になると、これは仏教だけの話ではなく、世界的な広がりを見せた宗教的な潮流なのですが、人々を救済しようという大いなる意志を持った超越的な存在に、自分の全てをお任せして救って頂こうという信仰形態が興隆します [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー3
  • 菩薩 先にご説明した阿羅漢のように、自分の修行に専念して出来るだけ早く涅槃に入ろうとするのは、基本的には自分という妄想から脱却するための一番直接的な方法であると言えます。だからこそ、釈尊も最初から弟子になった人々にそういう方法を教えられたのだと思います。また、基本的に自分という存在が本当のものごとのあり方を知らない無知により妄想されたものであるならば、その自分と対比して妄想されるに至った多くの他者 [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー2
  • 阿羅漢−自分に関する執着を根絶やしにする道−先の基礎編でもご説明致しましたように、釈尊は、自分を脱却する道として、先ずは最初に5人の旧友達に中道、四諦、八正道、五蘊無我(それぞれの意味については基礎編7と8をご参照ください)を実践方法を示しながら説かれました。それは、自分と言うものが本来実体の無い妄想に基づくもので、その実体の無い自分と言う妄想を核として、それが執着する様々なものを身に纏い、がんじ [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー応用編ー1
  • 自分を脱却する為の複数の道 基礎編では釈尊が説かれた基本的な教えを概観致しました。ここからは、それら釈尊の基本的な教えが、その後どのように受け止められ、実践されてきたかを見ていきたいと思います。 基礎編の最後の方でご説明致しましたように、中道を知らない無明(無知)に囚われた人は、自分という一つの視点を設定し、その自分という視点を設定することによって、自分以外の多数の他者を仮構することになり、その多 [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー10
  • 諸行無常・諸法無我 そもそも何故、諸行無常と言うのでしょうか?一般的には「諸行とは縁起によって生じたもの、つまり、様々な現象すべてのこと」というような説明がされていますが、より厳密に言葉を検証して行くと、諸行の「行」とはサンスクリットでsa?skāraと言うことばで本来の意味は「潜在的な形成力」というような意味です。仏教的には、十二因縁の所で出てきた「無明」の次に来る決定的に重要な要素で「行」(自他分離 [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー9
  • 無常・無我 「無常」と言えば、仏の教えを代表する言葉の1つであるとみなされています。よく「縁起によって生じたものは無常であり、無常であるものは無我である。」と言う風に言われ、その説明として「原因と条件によって生じたものは、常に変化するものであり、そのような変化するものの中に、不変の実体を見出すことはできない」などと説明されています。 そのような説明だけを聞くと、多くの人は「そりゃ当たり前でしょ!? [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー8
  • 三転十二行相釈尊は先の4つの真理(四諦)を説かれる際に、3段階に分けて、実践的に説かれたそうです。その3段階というのは1. なるほどそうだったんだ!と納得する段階2. 実際にやってみるか!と自分でやってみる段階3. 確かにそうだった!と自分で実体験として確認する段階というもので、4つの真理を3段階で説いたことから4x3=三転十二行相と言われています。このようにして釈尊は5人の友人に対して、実践指導も [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー7
  • 初めて伝えた内容中道釈尊が悟った内容を最初に伝える相手として選んだ人達は、かつて自分と一緒に修行していた仲間でした。その時の修行とは「苦行」と言われるもので、とことんまで自らの肉体を痛めつけることによって精神を研ぎ澄まそうとするものでした。釈尊はそのような「苦行」では最高の悟りを得ることは出来ないことに気付いて、苦行を止めて、やせ衰えた肉体の回復に努めて、その後に最高の悟りを得ることができました。 [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー6
  • 仏(釈尊)は自分が悟った内容をどのように人に伝えたのか?悟ってから、その内容を初めて人に伝えるまで上記の波の喩のように、ものごとの本当のあり方を知らないが故に(無明)、自分と他者を区別・分離しようとする働き(行)が生じ、その働きの故に、本来は存在しない虚妄の自分という思い込みと、それに敵対する無数の他者という更なる虚妄の思い込みが生じる構図が明らかとなりました。そして、そのような虚妄な思い込みとそ [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー5
  • 十二因縁これまで拘ってきた「自分」というものは、本当の事を気づかなかった、知らなかった「無知」によるものであり、その「無知」(これを仏教用語では「無明」といいます。) を一番の根本原因として、架空の「自分」を作り上げようする自他分離(自分とそれ以外のものを分離しようとする)「働き」(行) が生じ、そのような自他分離の働きによって作られたものを「識別する作用」(識)が生じ、その識別作用によって様々な「存在 [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー4
  • 悟りの内容それでは、釈尊が悟ったという物事の本質的なありようとはどのようなものだったのでしょうか?釈尊は自分のこころの在り方をじっくり観察するところからスタートしました。自分とは一体誰なのか?何が自分の本質なのか?本当の自分はどんなものなのか?などについて、ずっと観察していると、結局、本当の自分など何処にも居ないことが分りました。あるのはただ「自分」という思いだけでした。自分の存在を根拠づけるもの [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー3
  • 仏(釈尊)は何を悟ったのか?どうやって悟った?先にも述べたように、釈尊は自分の内面世界をとことん探求して、ついに、ものごとの本質的なあり方を完全に把握するに至りました。何故、内面世界を探求して宇宙のあり方の事まで分かるのかというと、私たちが外に広がっていると思っている広大な宇宙は、実は私たちの内側に広がっている世界であると仏教は考えるからです。この基本的なことが分かっていないと、いくら考えても仏教 [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー2
  • 仏教って何?仏教は、その名の通り仏の教えであります。したがって、仏教とは何かを知るには、先ず、仏とは何かを明らかにしておく必要があります。その仏として仏教を有史以来最初に説かれた人が一般にお釈迦様と言われている人です。そのお釈迦様の本名はゴーダマ・シッダルダという名前でした。彼は今から2500年程前に現在のインドとネパールの国境近くで釈迦族という部族の王子として生まれたと言われています。彼は王子とい [続きを読む]
  • 目から鱗の誰にでも分かる仏教ー基礎編ー1
  • 仏教って何?By Dr..X(ペケ)このサイトは日頃「仏教って何?」って思っている人達に、仏教の本質について、誰にでも分かるように解説することを目的に開設したものです。と言っても、巷にあふれる仏教の入門書や解説本、又は簡単なところではWikipediaにでてくるような、ありきたりであるが故に今ひとつよく分からない解説を繰り返すつもりはありません。仏教の入門書やWikipediaの説明が何故解ったようで今ひとつよく解らないの [続きを読む]
  • 過去の記事 …