クラシノ ソラ/アートと音楽と詩と…。 さん プロフィール

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クラシノ ソラ/アートと音楽と詩と…。さん: クラシノ ソラ/アートと音楽と詩と…。いつか見た懐
ハンドル名クラシノ ソラ/アートと音楽と詩と…。 さん
ブログタイトルクラシノ ソラ/アートと音楽と詩と…。いつか見た懐
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/cr1108
サイト紹介文忙しく過ぎる時間の中で、 貴方のそして私の心の癒しと なりますように…。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供60回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2015/09/24 20:51

クラシノ ソラ/アートと音楽と詩と…。 さんのブログ記事

  • エンヤ「 If I Could Be Where You Are 」2005年
  • エンヤ「 If I Could Be Where You Are 」2005年 タングステン・フィルムに映し出される雪のシーンはひときわ女性の黒っぽい衣装を際立たせています。貴金属メーカーのコマーシャル・フィルム?のような映像はエンヤさんのヴォーカルでさらに魅力的に仕上がっています。エンヤさんのヒット作や話題作は数あれど、この曲ほど抑えめで伸びやかなトーンで歌いかけられると、もう別世界に誘われているかのような錯覚を覚えます。映像 [続きを読む]
  • ウーゴ・ディアス「 La última curda 」
  • ウーゴ・ディアス「 La última curda 」 小さなアコーディオンとも云われるクロマチック・ハーモニカでタンゴを演奏する人がいます。それがウーゴ・ディアスさんです。すでにこの世の人ではありませんが、遺された音楽は今も輝きを放っています。情熱的で、退廃的で、とても民族の魂を感じます。数ある遺作の中で私はもっともタンゴらしいタンゴの名曲を選びました。以下の情報は月刊ラティーナ 飯塚久夫氏のライティングより参 [続きを読む]
  • 西原 健一郎 / feat. tamala「 Say You Love Me 」
  • Kenichiro Nishihara「 Say You Love Me 」( feat. tamala ) パティ・スミスのヴォーカルでおなじみの「 Say You Love Me 」を印象的なアレンジで聴かせてくれるのは西原 健一郎さん。Kenichiro Nishihara さんは日本のミュージシャン。作曲家、編曲家、選曲家、音楽プロデューサー、DJと多才な人です。アンプライベート株式会社の代表1996年よりファッションを中心に幅広い分野の音楽で選曲・作曲・プロデュースを手掛け、自身 [続きを読む]
  • ジノ・ヴァネリ「 Put the weight on my shoulder 」1981年
  • ジノ・ヴァネリ「 Put the weight on my shoulder 」1981年このワイルドな風貌の持ち主こそジノ・ヴァネリさんの若かりし頃のポートレートです。1980年代初頭、FENから盛んに流れていたこの曲は誰が歌っているんだろう?と話題になりました。この「 Put the weight on my shoulder 」は1981年に発売された「ナイト・ウォーカー」と云うアルバムに収められていました。私もまだ若くエネルギッシュだったのでこの曲は繰り返し聞きま [続きを読む]
  • 柴田まゆみ「 白いページの中に 」1978年
  • 柴田まゆみ「 白いページの中に 」1978年 こういう曲ばかり聴いていたわけではないのです。寄る年浪みのせいか、懐かしさも手伝ってシミジミしてしまいます。私たちが若い頃はとにかくラジオを良く聴きましたから。埋もれている名曲もたくさんありますね。この歌もそんな埋もれた名曲と呼べるのではないでしょうか? [続きを読む]
  • 天地真理「 若葉のささやき 」1973年
  • 天地真理「 若葉のささやき 」1973年 天地真理さんがテレビで大活躍していた頃、私はアマチュアに毛が生えたばかりなのにライヴ・ハウスで歌い始め大恥をかいておりました。ですから、当時の芸能界の事は良くはわからないのですが、天地真理さんがオリコンチャート連続第1位の記録を打ち立てた頃のお話です。当時の私は天地真理さんとは180度、違う方達にインスパイアされていて天地真理さんの歌をちゃんと聴いた事がなかったの [続きを読む]
  • ホセ・フェリシアーノ「 Angela 」1976年
  • ホセ・フェリシアーノ「 Angela 」1976年 ホセ・フェリシアーノさんと云えば(ウィキペディアより)プエルトリコのラレスに生まれ、緑内障のため生後まもなく失明しますが盲目のハンディキャップを乗り越え、世界的なヒット曲を数多く手がけました。スパニッシュ・ギターの名手でもあります。1964年、「Everybody Do the Click」でデビュー。同年に行われたニューポート・フォーク・フェスティバルに参加。1968年にドアーズの「ハ [続きを読む]
  • ジャン ミッシェル フォロン ( JEAN MICHEL FOLON )
  • ジャン ミッシェル フォロン ( JEAN MICHEL FOLON ) 自分は若い頃から気が多いと云うか、飽きっぽいと云うか、今、流れているCMのように「 ひとつのことをコツコツと 」なんて苦手でした。でもフォロンさんだけは今でも大好きです。若い頃にオリベッティ・タイプライターのポスターを見て「 いつか自分もこんな絵を描いて見たいなあ 」と漠然と憧れたものです。いつもですが、自分の拙い知識よりはウィキペディアの情報を頼りま [続きを読む]
  • クラシノ ソラ 思い出の曲(3)「コンドルは飛んでいく」
  • クラシノ ソラ 思い出の曲(3)本場フォルクローレの演奏で「コンドルは飛んでいく」El Condor Pasa 私事で恐縮ですが、若い頃に( 感受性の最も敏感な頃に )とある人形劇団に所属していました。全国を旅して歩き、小学校の授業の一環として人形劇を見て貰う仕事です。お話したいのは九州に初めて公演に行った時の思い出です。当時の九州はまだ貨物を運ぶのにSLが走っていました。飯塚の街に入ると、まだボタ山があちこちにあり [続きを読む]
  • スティング「 Shape of My Heart 」1994年
  • スティング「 Shape of My Heart 」1994年 「Shape of My Heart」は映画『レオン』の主題歌です。スティングさんの作品は映画の主題歌や挿入歌に使用される事が多く、それらの一部を集めた、全17曲入りのアルバム「Sting at the Movies」(1997)に詳しく解説されているのでご参照ください。その後、同アルバムは、映画「阿修羅城の瞳」公開時に使用された「My Funny Valentine」を収録し、半分近くを差し替え「My Funny Valentin [続きを読む]
  • リッキー・リー・ジョーンズ「 Chuck E's In Love 」1979年
  • リッキー・リー・ジョーンズ「 Chuck E's In Love 」1979年 彼女は1979年2月、アルバム『浪漫』でデビューし、全米3位の大ヒットとなります。同アルバムからシングルカットされた「恋するチャック」は全米4位のヒットとなりました。(下にライヴ映像を見つけましたのでご視聴ください。)シカゴで生まれ、家庭の問題で全米各地を転々とする生活を送っていたそうです。19歳の頃にロサンゼルスで暮らし始め、ウェイトレスとして働い [続きを読む]
  • 詩人 川崎 洋「こちら側と向こう側」
  • 詩人 川崎 洋「こちら側と向こう側」私に 川崎 洋さんと云う詩人が居ることを教えてくれたのは友人で詩人の山村新一さんでした。「こちら側と向こう側」柵っていったい何ですか柵のこちら側と向こう側だなんてああ可笑しい棒杭の一本一本にどんな意味があるんですか並べて土に打ち込めばいいと思ってるそうすりやつながったような感じがするんですかどうかしてやしませんか何かのおまじないですか柵って何ですか柵のこちら側と向こ [続きを読む]
  • クラシノ ソラ 思い出の曲(2)伊豆田洋之「 夢のふるさと 」1990年
  • クラシノ ソラ 思い出の曲(2)伊豆田洋之「 夢のふるさと 」1990年 私事ですが、子育てに追われていた90年代初頭、実家に向かうカー・ラジオから突然流れて来たこの歌に心奪われました。大ヒットした歌ではないけれど、杉真理さんの音楽性と伊豆田さんの表現力が見事に合致した素晴らしい作品だと思います。伸びのある伊豆田さんの声が優しい日本調のメロディーを( 作詞は伊藤アキラさん )歌うと懐かしい風景が心に浮かぶので [続きを読む]
  • クラシノ ソラ 思い出の曲(1)ライチャス・ブラザース「 Unchained Melody 」
  • クラシノ ソラ 思い出の曲(1) ライチャス・ブラザース「 Unchained Melody 」 [日本語訳付き] 映画「ゴースト」より 今日は至る所で「黙祷」が行われていました。未だに2,500名以上の方の行方が分からないそうです。大震災から6年が過ぎ、たくさんの亡くなられた方や被害に遭われた方々を追悼する思いは普遍です。私の隣に居合わせた若者も静かに黙祷を捧げていました。大震災は自然の脅威ですが、思いがけない災難でもあり [続きを読む]
  • リチャード・マークス「 Now and Forever 」PV
  • リチャード・マークス「 Now and Forever 」PV  あれから12年の月日が流れました。わたくしごとで恐縮ですが、今を遡ること12年前の話です。何が起きたかは長くなるので割愛させて頂きますが、2005年と言う年は自分にとって、とんでもない一年になりました。どなたにもタイヘンな事は起こっているのでしょうが、タイヘンな事が3つ重なると「この世の終わりか?」とさえ思ってしまいます。家族や周りの人達からの助けがなければ [続きを読む]
  • ポール・ウインター「 sun singer 」
  • ポール・ウインター「 sun singer 」ウィキペディアによれば、ポール・ウインターさんは1961年、大学在学中に、ジャズバンドのポール・ウィンター・セクステットでインターカレッジ・ジャズ・フェスティバルに優勝しコロムビアと契約とあります。1962年にはアメリカ合衆国国務省派遣の文化使節として世界を周り、同年ホワイトハウスに招かれホワイトハウスで演奏した最初のジャズバンドとなりました。1960年代中頃は、ウィンターさ [続きを読む]
  • 麻生よう子「 逃避行 」
  • 麻生よう子「 逃避行 」 懐かしいと呼べる歌謡曲は皆、唄い手の個性的な「声」を思い出すからなのでしょうか?「 逃避行 」を歌った麻生よう子さんもとても個性的な「声」の持ち主でした。YouTubeで見つけた映像には当時の「 逃避行 」のシングル盤ジャケット写真が静止画で使われているのですが、バックに写っているのは昔の原宿駅ですよね?ウィキペディアによれば麻生さんは大阪出身とありますが、関西弁で受け答えしていた記 [続きを読む]
  • 前野曜子「 別れの朝 」
  • 前野曜子「 別れの朝 」 私の記憶が正しければペドロ&カプリシャスの初代ヴォーカルは高橋真梨子さんではなかった?それでは誰?長い間忘れていました。ふとした事で思い出したのは「 前野曜子さん 」でした。歌唱力があり、肩の力の抜けた都会的な容姿をした大人の女性と云うイメージ。何故、突然ペドロ&カプリシャスを去る事になったかは定かではありませんが「伝説の歌姫」である事は揺るぎない真実であります。早速、YouTube [続きを読む]