あらら? さん プロフィール

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あらら?さん: 美味しい言葉のうんまぁいお話
ハンドル名あらら? さん
ブログタイトル美味しい言葉のうんまぁいお話
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/unnmaiohanasi
サイト紹介文タイトル通り美味しい言葉でうんまぁいお話でございます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供118回 / 365日(平均2.3回/週) - 参加 2015/10/11 07:11

あらら? さんのブログ記事

  • 炒飯(5)
  • しっとりであることは言うまでもない。大量の炒り玉子とみじんにされた長ネギ。5ミリ角ほどに切り分けられたチャーシューはゴロゴロと存在感を主張する。ほのかに加えられたうま味調味料すなわち「味の素」はある意味でもっとも「炒飯らしさ」を演出するアイテムであると考える。鍋肌に投じられた香ばしさを加えられた「焦がし醬油」によって食欲はいや増すばかりである。 うまいこの世にこれほどうまいものはあるのか?し [続きを読む]
  • 炒飯(4)
  • しかし、ここには半炒飯という手法がある。100円減額でしかない、ボリュームもわずかしか減らない。他店の特盛ほどの盛りにしかならないが、普通盛りで死ぬおもいをするよりマシだ。せっかくだから「チャーシュー炒飯」としよう。熱したチャーシューにも目がないのだ。 [続きを読む]
  • 炒飯(3)
  • というわけでしっとり炒飯を欲するものである。どこにする?オレはどこの炒飯を入れたいのだ。ぼくの住む長野市に個性的な中華料理店がある華龍飯店豪快な盛りで有名な店である。昨年まで小牧という場所にあったのだが、赤沼という長野市の外れの地に移転した。ここの炒飯はすごいのだ。まずボリュームがすごい。うかつに普通盛りを注文すると、小学三年生の後頭部ほどのサイズの炒飯が登場する。どれほどの大喰らいであっても、ど [続きを読む]
  • 炒飯(2)
  • 巷間パラリと水分をとばしたものが極上とされている。崩れないように、皿からこぼれ落ちないように、慎重にレンゲに載せ、そして口中に投入するや舞い散る米つぶども。かようなタイプも嫌いではないのだが、じつはしっとり型が好みなのである。 当然、ベタベタは論外である。パラリとは対極に位置する、しっとりほくほくの炒飯は、崩しやすくレンゲへの収まりもよい。ギュッと押しつけ、まとめてハフハフとかき込む。いや [続きを読む]
  • 炒飯(1)
  • 無性にあるものを食べたくなるときがある。あるものとは、大概炒飯かオムライスである。両方とも「油で炒めた飯」であるところに自分らしさを感ずる。要は炭水化物人間なのだ。 炒飯である。先日、オムライスを食べたばかりということもあるが、今回はチャーシューの入った、醬油味の炒飯がよいのだ。いや、カラダが欲していると言い切ってしまっても何らの支障もあるまい。 [続きを読む]
  • 傷だらけの天使(2)
  • そして、もっとも惹かれる部分は、オープニングタイトル。起き抜けのショーケンが、冷蔵庫から様々な食べ物を取り出して、ウマそうに喰らうだけの姿のカッコよかったこと!牛乳のフタを歯であける、魚肉ソーセージにビニールの上からカジりつきビニールだけ吐き出す。トマトを切りもせず、アジ塩ふりかけて、かぶりつく。意地汚いというか、これ以上行儀の悪い食べ方はない。マネしてお母さんに怒られた子どもたちが、何万人いたこ [続きを読む]
  • 傷だらけの天使(1)
  • この番組がONAIRされていたのは、小学生低学年だったか。土曜日の夜、6歳上の兄の部屋に潜りこんで観ていた記憶がある。オサムちゃん(萩原健一・ショーケン!)と、アキラ(水谷豊!)の人がよい、ヤクザにもチンピラにもなり切れない、かといってカタギにも戻れないどっちつかずの2人が、本物の悪(岸田今日子、岸田森)にいいように使われていく姿を、ユーモラスに、時にシリアスに描かれていて、とてもよくできたドラマだった [続きを読む]
  • 刑務所の中(2)
  • 作中にたっぷり出てくるのが食べ物のことである。人は食べたいものが食べられない。という事態がもっともツラいことのようで、とくに甘味に対する飢餓感は凄まじいものがあるという。チョコレートを食べたい、羊羹を食べたい。あんこをのせたコッペパンにマーガリンが……。なんてアホらしいことを言っているようだが、あの中に入れられている誰もが(◯暴の大親分ですら)甘いものを欲しがるのだとか。こういう部分がこの作品の面 [続きを読む]
  • 刑務所の中(1)
  • 異色の漫画家 花輪和一の実体験に基づく作品。映画化もされたのでご存じの方もいらっしゃるであろう。モデルガン好きが昂じて改造銃を製作。野外で実弾射撃を楽しんでいたハナワ。あっという間に捕まって銃刀法違反で懲役三年の刑に。ハナワや同室の囚人たちの生活が、淡々となんとなく描かれる。どの程度本当の風景かはわからないが、刑務所というところは不条理な場所である。落とした消しゴムを拾うだけでも、トイレに行くだけ [続きを読む]
  • 鷲尾老人コレクション(7)
  • しかし、これがまたよいのだ。色彩のない、不鮮明であるからこそ想像力がかきたてられるのだ。現代とは骨格も顔かたちの違う「昔の日本人」然とした彼女たちの、恥じらうでもない演ずるでもない、ただ無表情な裸体の向こうに、いったいどのような人生があったのか。この写真を撮ったひと、撮られた人そして製作された時代の背景は、状況はどのようなものであったか。そんなことを考えながら観ていたら、時間を忘れてしまうほど熱中 [続きを読む]
  • 鷲尾老人コレクション(6)
  • 現代に氾濫するこの手のものは大らかというか、あけっぴろげというか。映画「1984年」が日本初の「無修正アンダーヘア映画」などと騒がれたのはいつのことであろうか。21世紀の現代、ネット上ではアンダーヘアどころか無修正とごく普通に接することが出来る。本番映像などとも造作もなく出会うことが出来る。もちろん無料で。 ここに収録された資料の数々は、現代のそれとは比較にならないほど稚拙である。そもそも白黒写真が大半 [続きを読む]
  • 鷲尾老人コレクション(5)
  • なにゆえこのようなことを語り出したかというと、ある本を手に入れたからである。 「週刊現代別冊 鷲尾老人コレクション これが近代日本のエロスの歴史だ」  近年亡くなった芸術家 鷲尾老人(仮名)が生涯かけて集めたコレクションを一冊にまとめた書である。どんなコレクションかというと、明治・大正・昭和各時代に刊行された性風俗関係の資料である。平たくいえば「昔のエロ本」である。 なにを言い出すのかこのオヤジは。 [続きを読む]
  • 鷲尾老人コレクション(4)
  • 世阿弥とは室町時代に猿楽(現在の能)を作り上げた世阿弥元清を主人公とした劇で、彼と足利義満との関係を縦糸に、室町時代という複雑な時代を描いた作品であった。例により詳細はまったく覚えていないのだが、ラストの群舞は戯曲であっても、大変な迫力に満ちた名シーンであると思う。ああ、やはり舞台を観ないといけない。 世阿弥といえば彼の著作「風姿花伝」の一節「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず」がとても有名で [続きを読む]
  • 鷲尾老人コレクション(3)
  • これ一冊ですっかり山崎正和ファンとなってしまったので、ずいぶん読み込んだものである。明治期の作家たちを扱った第二弾ともいうべき「不機嫌の時代」、社会評論集「おんりいいえすたでい60‘S」。「柔らかい個人主義の誕生」なんて本は現在でも評価されているという。社会学用語の頻出に難儀はしたが。 山崎のもう一つの顔、というよりもしかすると本業であるかもしれないのが劇作である。戯曲は難しいのであまり読んではいな [続きを読む]
  • 鷲尾老人コレクション(2)
  • 面白いといえば、この方の文芸評論は刺激的でとても面白いのだ。「鴎外 闘う家長」という、森鴎外を扱った書があるが長編評論を読んで「スリリング」と感じたのは後にも先きにもこの時だけである。 明治初期、家庭からも国家からも重大な期待を寄せられ、「家長」として生きていかざるを得なかった森鴎外の張りつめきった生涯。失敗を許されず、常に成功していくが、逆に失敗・挫折しないことに不安を持ちながら生きていくしかな [続きを読む]
  • 鷲尾老人コレクション(1)
  • 先だって、新聞で懐かしい方をお見かけした。山崎正和評論家・エッセイストにして劇作家。このように偉い方を直接知っているわけはない。京大系の碩学で小松左京つながりで出会った作家である。御年八十を越えられて、この春に回顧録を発表されたという記事であった。早速図書館で借り受け読んでいる最中であるが、これが滅法面白い。けっこうな大著であるのだが、ゆっくりと読み込むことにしよう。 [続きを読む]
  • 朱雀(5)
  • このソバ状のものは純粋に栗なのか。あまり甘くはない。ふむふむ。その中には栗のクリーム(栗ぃむという)が。美味である。確かに美味ではあるが、ほうじ茶が必要である。口中のの水分が、全て持って行かれてしまう……。美味である。確かに美味ではあるが飽きてきたか……。ふむふむ、すいません!お茶のおかわり下さい!ふむふむ。あぁようやく終わった。 ということで、『朱雀』への旅は終了。美味しかった。確かに美味しかった [続きを読む]
  • 朱雀(4)
  • 8:30整理券配布開始と聞いたので早めに到着したつもりであったが、すでに長蛇の列。平日というのに、ヒマ人どもめ。などと自らを高い棚の上に積載して待つこと40分。ようやく整理券が発行されたのはよいが、今度は10:00に来いという。致し方なく、近所のコンビニにて時間をつぶし、1時間半のちに再度小布施堂本店へ。 小布施堂本店には、この時初めて入店した。名手 宮本忠長の気合の入りまくったデザインを堪能しつつ、いざ『朱雀 [続きを読む]
  • 朱雀(3)
  • ……ということで、ようやく本題に入るわけだが、いったい何を語りたいかというと、じつは『朱雀』の話なのである。『朱雀』とは長野県北部の小布施町という地にある和菓子舗小布施堂の銘菓である。毎年9月から10月の秋口にかけて発売される、〈和栗モンブラン〉ともいうべき信州を代表するスイーツである。以前から、一度は食してみたいものだと、思いつつ、行列必至というハードルの高さからなかなか手が出せなかったのである。 [続きを読む]
  • 朱雀(2)
  • そんなMさんのチームの末席にいた関係で、彼からしばしば話を聞く機会があった。残業しながら、食事しながら、一杯やりながら。人のこと、デザインのこと、建築のこと。本当にいろいろなことを教えてもらった。まだ20歳そこそこの小僧だったころである。今ひとつ、いやふたつも三つも飲み込めない部分があったが、知的で刺激的な時間であった。中でもっとも印象に残っているのが、中尊寺金色堂のこと。奥州平泉にある中尊寺は、12 [続きを読む]
  • 朱雀(1)
  • 以前、……といっても25年も前のことだが、当時勤務していた先の上司にMさんという方が。10ほど上の彼は、大変な才能の持ち主であった。建築デザインやらせたら右にも左にも人材はないと断言できるほどで、センスはいい、カンもいい。絵はうまい、写真撮らせたらプロ級。設計コンペになんども入選したりもした。ある時建築ではないけれど、ヨーロッパの某食器メーカー(知らない人はいないくらいの有名な)の国際デザインコンペの2位 [続きを読む]
  • 萌え(2)
  • さて、ナニゆえいきなりこんなこと話を始めたかというと、ぼくが果たしてどのようなものに萌えるのか。そんてことをお話したいと考えているからなのだ。自慢ではないが、ぼくの生涯は食事とともにある。と、断言して支障はない。……まぁ、現在は歳も歳なので、半分は引退状態ではあるが、それでもなおわが心中のかなりな部分をご飯もので占められているのは間違いない。では、そのご飯ものの中で、どのような言葉に萌えるのか。様 [続きを読む]
  • 萌え(1)
  • 〈萌え〉なる便利な言葉が、いつの頃から使われ始め、すっかり定着してしまったようだ。数年前、TV観ていたら息子が『お父さん!お父さん!萌えって名前の選手がいるよぉぉぉぉ!』と、デカ騒ぎするので調べてみたら、ブンデスリーガ・レバークーゼン(当時、現柏レイソル)所属にして元日本代表(このところ選出されていないのが残念)の細貝萌選手。いやいや、あれは〈もえ〉ではなく〈はじめ〉と読むのだよ。と諭したものだ。 [続きを読む]
  • 福井・金沢ぷち紀行(6)
  • 要するに澤田政廣、村野藤吾 二人の作家の「対峙」なのである。「仏」に形を持たなかった澤田と、「建築」に形を持たなかった村野。2人の神仏への憧憬(村野はクリスチャンであった)となりふり構わぬ「祈り」。それを「素直」にカタチにしただけなのだ。だから法隆寺もタクラマカンもバーミヤンもフツーにシレッとモチーフに出来てしまう。……もっとも「素直」にということほど作り手にとって大変なことはないのだ。「このくらい [続きを読む]
  • 福井・金沢ぷち紀行(5)
  • 仏僧美術館というわりには魔訶不可思議な建築。法隆寺の伽藍、バーミヤンの石窟、シルクロードなどさまざまなモチーフ綯い交ぜにしたデザインである。そもそも直線は木材で、コンクリートで構成される本屋は全て曲線。アンバランスで視点の置きどころがなく、うっかり凝視するとめまいが起こりそうな。一言で言ってしまえば「ヘンチクリン」な印象である。初めてみた時は、圧倒されつつもドコかピンとこなかったのだが。 30年ぶり [続きを読む]