ナシオ さん プロフィール

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ナシオさん: sink or swim ナシオの一か八かの旅ブログ
ハンドル名ナシオ さん
ブログタイトルsink or swim ナシオの一か八かの旅ブログ
ブログURLhttp://www.xxxsinkorswimxxx.com/
サイト紹介文昔の旅ブログとこれからの旅のブログをまとめてみました。
自由文2015年11月から中南米にでかけます〜。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供91回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2015/10/25 17:32

ナシオ さんのブログ記事

  • 5日だけのベリーズ滞在〜ベリーズ〜
  • 5日しかいなかった国と言うのも旅の中では珍しいかもしれない。もちろん飛行機の乗り継ぎなどで数時間しか居なかった国もあるのだが。グアテマラ・ティカル遺跡を見学した後に僕はベリーズへと向かった。ティカル遺跡に一緒に行った友人も僕と同じような方向へ向かうと言う事だったので、一緒にベリーズの国境を越え4泊5日の短いベリーズの旅を共にした。グアテマラのフローレスの街からミニバスに乗ってベリーズとの国境の街メン [続きを読む]
  • 雨に煙るティカル遺跡〜ティカル・グアテマラ〜
  • 1年のうち13か月も雨が降ると言うコバンの街を経由した事で僕は新たな能力を身に着けてしまったのか。リビングストンに引き続きフローレスの街でも毎日のように雨に降られていた。当てにならない天気予報と空模様を見比べたりしながら、いつティカル遺跡に足を運ぼうか悩む日々だった。幸いな事に一緒にいた友人は僕と同じく酒好きだったので、夜な夜な島内の治安維持に努めるべく酒場やレストランに足を運んだ。「このバーはまと [続きを読む]
  • リビングストンからフローレスへ〜グアテマラ〜
  • リビングストンの街からどこへ行こうか?当初はグアテマラの東にちょこんと存在する国、ベリーズへ海路で行こうかなと考えていた。空路や陸路の国境越えと違って船で国境越えだなんて面白そうだな、と言う理由位しか無かったのだが。リビングストンから海路でベリーズに入り、ささっと北上して再度メキシコに入りカンクンへ。そしてそこから念願のキューバへ行こう。アメリカとの国交正常化によって大変動が予想されるキューバを今 [続きを読む]
  • 念願のタパードに大満足!〜リビングストン・グアテマラ〜
  • コバンの街の雨を嫌って移動を繰り返してやって来たリビングストンだったけれど、滞在中雨が降らない日は無かった。スコールのように一時的な雨に降られる事もあれば長時間に渡って降る日もあった。 雨が止んだかな?と思って飯を食べに外へ出たりしても、帰る途中に土砂降りにやられてしまう事も多かった。けれどもリビングストンの街は小さいながらも黒人社会、ガリフナ族が居る事で他のグアテマラの土地とは違う空気が流れて [続きを読む]
  • アンティグアからコバンの街へ〜グアテマラ・コバン〜
  • 宿を変えただけでこうも快適、と言うかストレスが減る物なのかと思った。結局ドミトリーで45ケツァールの飲んだくれが管理する宿から、個室で60ケツァールの宿に居を移した。移った先の宿はバナナとパンケーキとコーヒーと言うシンプルな物だが朝食が付き、酔っ払いに絡まれる事無く静かに過ごすことが出来た。死者の日の祭りを見た後すぐにアンティグアを離れる予定だった。けれど、ノートPCの液晶割れが酷くなって来ていたのでそ [続きを読む]
  • 死者の日の凧揚げ祭りへ!〜スンパンゴ・グアテマラ〜
  • 飲んだくれの日々を過ごしていると死者の日はあっという間にやって来た。11月1日の死者の日、僕は早起きして宿のテラスでコーヒーと共に目覚めの一服をしていた。僕がテラスに上がる姿を見たのか、女性オーナーの「男」がやって来て酒臭い息を吐きながら何度も何度も同じ質問を投げかけてくる。朝から面倒臭いので軽くあしらい、小さなバックパックを背負って宿を後にした。死者の日のお祭りを見るために早起きしたのであって、酔 [続きを読む]
  • 飲んだくれて死者の日を待つ〜アンティグア・グアテマラ〜
  • ある朝、いつものようにキッチンにある無料のコーヒーを飲もうと1階のキッチンに行こうとした時だった。「貴方、彼にお金を払ったりしていない?」と、女性オーナーから不意に声を掛けられた。払っていない、僕がそう答えると彼女はこう言った。「宿に払うお金は私にお願い。彼に渡すと全部お酒に使ってしまうから。お願いね。」彼、とは女性オーナーの男だ。そう、陽気なコスタリカ人の事である。 不意な質問に驚いたけれど、振り [続きを読む]
  • 古都アンティグアの安宿で〜アンティグア グアテマラ〜
  • どれだけアティトラン湖を眺めた事だろうか。2週間と少しの日々、毎日その姿を眺めていた。満月に照らされたアティトラン湖は、朝日に照らされたそれとはまた違って写真を撮る事にはまってしまった。隣室の友人が去り寂しくなってしまったせいもあって、サン・ペドロ・ラ・ラグーナを離れる事にした。サン・ペドロ最後の夜は部屋の外に吊るされたハンモックで眠る事にした。朝晩いくらか冷えるので寝袋にすっぽり体を包んだ後、よ [続きを読む]
  • インディオの鼻へ〜サン・ペドロ・ラ・ラグーナ グアテマラ〜
  • 早朝3時半、僕はインディオの鼻(Nariz de Indio)から朝陽を眺めるツアーに参加する為に早起きをして身支度を整えていた。一緒に行く隣室の友人がまだ起きてこない事を少し気にかけながら、暗闇に包まれたアティトラン湖の方を見ながら煙草を一服する。集合時間の4時少し前に友人が部屋から出てきたかと思うと、今回のツアーガイドが部屋の前までやって来た。30~40分で登る事の出来る山だと聞いていたけれども、ハットをかぶり分 [続きを読む]
  • グアテマラ、サン・ペドロ・ラ・ラグーナを目指して〜グアテマラ〜
  • メキシコ、タパチュラの街からコレクティーボに乗ってグアテマラとの国境の街シウダー・イダルゴに向かった。タパチュラやアカコヤグアで出会った人たちの顔を思い出しながら、突如始めたメキシコの日系移民の歴史の足跡をたどる旅を振り返っていた。途中コレクティーボはシウダー・イダルゴの少し手前でぴたりと進まなくなってしまった。何事かと思い外を身を乗り出すように覗くと、グアテマラへ送られていくアメリカの中古スクー [続きを読む]
  • 「メキシコの日系移民の歴史の足跡」をたどる旅⑥〜タパチュラ・メキシコ〜
  • アカコヤグアから帰り、再びタパチュラ日系文化クラブの日本語のコースに参加した。普段ボケーっと過ごしている自分からした大忙しの一日である。生徒は小児科医のドクトル・ペレスさんと言った。日本語を始めて一年だそうで、その日本話を聞くと自己紹介は何とかクリアできると言ったレベルだった。お互い自己紹介を日本語でしたりしながら、ドクトルの話し相手になった。日本語での会話はもどかしい部分もあったが、「今度ビール [続きを読む]
  • 「メキシコの日系移民の歴史の足跡」をたどる旅④〜アカコヤグア・メキシコ〜
  • タパチュラからジャングルを突っ切るように通る一本道を浜田さんの運転する車は走っていく。 車の外は暑いが、車が走っていれば窓から入る風が心地よい。およそ一時間ほど走ったアカコヤグアの村の手前あたりで浜田さんは急に車を止めた。何事かと思っていると、白と赤の小さな塔の方へ浜田さんは向かっていった。呼ばれたのでそこへ向かうと、「Dr.OTTA(ドクトル・オオタ)」と呼ばれた太田連二氏の功績を讃えた碑だった。存在を [続きを読む]