sibaccio さん プロフィール

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sibaccioさん: Sibaccio Notes
ハンドル名sibaccio さん
ブログタイトルSibaccio Notes
ブログURLhttp://sibaccio.blogspot.com/
サイト紹介文フランス文学(プルースト・シムノン)/フランス音楽(サン=サーンス)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供60回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2015/11/01 10:16

sibaccio さんのブログ記事

  • コンセルヴァトワールのサン=サーンス
  • コンセルヴァトワール(パリ音楽院) Conservatoire de Paris は、音楽家を養成する教育機関だけでなく、毎シーズンに演奏会を企画開催する演奏協会 Société des Concerts も擁していた。演奏協会のオーケストラは、現在のパリ管弦楽団 Orchestre de Paris の前身にあたる。1904年4月17日の日曜日、コンセルヴァトワール演奏協会は77年目のシーズン第19回の演奏会を開いた。タファネルの後1901年より首席に就いたマルティ George [続きを読む]
  • 幻の「ブラジル組曲」
  • 1899年5月24日付のデュラン宛の書簡によれば、サン=サーンスはブラジル訪問を前に、6つの楽章から成るピアノのための「ブラジル組曲 Suite brésilienne 」を作曲しようとしていた。手紙には楽譜の挿画をクレラン Georges Clairin, 1843-1919 に依頼するつもりだとか、5回開催するブラジル公演のうち2つの演奏会で、この新曲をプログラムに含める予定だといったことが書かれているという(Hess)。La Baie de Rio, prélude リオの [続きを読む]
  • ユルスナール『青の物語』
  • 三つの短篇を収めた作品集。いずれもユルスナール二十代の頃に書かれたものだが(解題によれば、1927年から1930年にかけて執筆)、一つだけ未発表のままに遺された。それが表題となっている《青の物語》。《初めての夜 Le premier soir 》「彼女は何か秘密が明かされるのを人生に期待するほど、本当に単純なのだろうか。人生が私たちにもたらすのは絶え間ない繰り言だけだというのに。(p.27)」... 心の機微をもっとそっけなく(で [続きを読む]
  • ミシェル・ビュトールの小説
  • 昨夏の2016年8月24日、フランスの作家ミシェル・ビュトールが亡くなった。Michel Butor, le 5 décembre 1964, à Paris. AFPビュトールの作品はほとんど小説しか読んでいないので、作家のことは語れないけれど、とにかく、普段同じ小説を二度三度と読む習慣がほとんどない中で、『心変わり』は繰り返し読んだことがあり、今もときどき、もう一度読みたいという欲求にかられることがある。『心変わり』の、列車が移動する様子、列 [続きを読む]
  • ブラジルのサン=サーンス (2)
  • リオ・デ・ジャネイロに続いて、サン=サーンスはサンパウロを訪れた。1899年7月5日、サンパウロ市内のスタンウェイ・ホール Salão Steinway で、サン=サーンス・リサイタルが開かれた。【リサイタルの演目】 Valse canariote, op.88 カナリアのワルツValse mignonne, op.104 かわいいワルツValse nonchalante op.110 なげやりなワルツScherzo, op.87 pour 2 pianos / with Henrique Oswald スケルツォ (2台のピアノ) … エン [続きを読む]
  • ブラジルのサン=サーンス (1)
  • 1906年の北米訪問よりも前に、サン=サーンスは南米に赴いている。ル・アーブルからニューヨークまでの北大西洋横断には6日以上を要するので、南米行きはさらに長い旅路であったと思われる。1899年6月、サン=サーンスはブラジルに到着した。1899年7月2日、すでに二回のコンサートを開いたリオ・デ・ジャネイロのサン・ペドロ・デ・アルカンタラ劇場 Theatro de São Pedro de Alcântara で、サン=サーンスは三度目のコンサート [続きを読む]
  • サン=サーンスのデビュー50年お祝いコンサート
  • 10歳でデビューを飾り、常に音楽界の第一線で活躍してきたサン=サーンスは1896年、楽壇生活50年を迎えた。ピアノやオルガン演奏の達人として、一時は革命児扱いまでされた作曲家として、バロック期の音楽家ラモーの作品全集の編纂にも尽力した研究者として、この半世紀、サン=サーンスの活動はほとんどたゆまず滞ることなく続いた。1896年6月2日、その節目を祝して、パリのプレイエル・ホール Salle Pleyel で記念演奏会 Festiva [続きを読む]
  • シムノンを読みながら
  • ある時期に体をこわしてしばらく養生していたころ、両親には気分転換に読書をすすめられた。その際、母の口から出たのがシムノンだった。子供のころ、両親の本棚には手が出せなかった。殺人、死、血など、ミステリーやサスペンスの不穏な表題ばかりが雑多に並ぶ本棚。漠然とした不安感に包まれた。そのせいか、読書の趣味において両親の影響を受けるようになったのはずっと後になってからだった。それでも、そんな書目をずっと見て [続きを読む]
  • サン=サーンス博士号を授与される
  • ロンドン発(6月14日):ケンブリッジ大学のある特別会議が昨日、サン=サーンス、ブルッフ、ボイト、チャイコフスキー、グリーグの各氏に音楽学名誉博士号を授与した。グリーグは病気のため授与式には出席できなかった。(Le Ménestrel 誌1893年6月18日号)チャイコフスキーの芸術は一層洗練されており、その設計はギュッと緻密である。それは味わい深いパテ料理のようである。(サン=サーンス)1893年、サン=サーンスはケンブ [続きを読む]
  • プルーストが聴いたサン=サーンスのピアノ
  • サン=サーンスは昨日コンセルヴァトワールにおいて、モーツァルトの「協奏曲」でピアノを弾いた。(プルースト)1895年12月8日、サン=サーンスはコンセルヴァトワール(パリ音楽院)の演奏会に出演して、モーツァルトのピアノ協奏曲を弾いた。客席には24歳のプルーストの姿があった。【演奏会の曲目】Symphonie en fa (Beethoven)ベートーヴェン:交響曲ヘ長調(第6番もしくは第8番)Concerto en la pour piano (Mozart), par M. [続きを読む]
  • ヴァントゥイユの七重奏曲 (2)
  • (【ヴァントゥイユの七重奏曲(1)】つづき)「七重奏曲」がどのような楽器で編成されているのかにも注目してみたい。実は、小説のなかでほぼすべての楽器の名前が登場する。小さな壇のうえにモレルとピアニストだけでなく、ほかの楽器の奏者たちも並ぶのを見て、私は最初にヴァントゥイユ以外の作曲家のものを演奏するのだと思った。ヴァントゥイユの曲としてはピアノとヴァイオリンのソナタしか残されていないと想いこんでいたか [続きを読む]
  • ヴァントゥイユの七重奏曲 (1)
  • もしヴァントゥイユの「七重奏曲」が実在したら、それは一体どんな音楽であっただろう。ヴァントゥイユは、プルーストの小説『失われた時を求めて』に登場する架空の音楽家で、田舎のしがない音楽教師として一生を過ごした人物。作曲家としてはピアノとヴァイオリンのための「ソナタ」を一つだけ完成させて、この世を去る。だがその後、ヴァントゥイユの手によって作られたとおぼしき別の作品が、第五篇『囚われの女』の後半、ヴェ [続きを読む]
  • 作曲家協会のサン=サーンス
  • 1887年から1891年の間、サン=サーンスは作曲家協会 Société des compositeurs de musique の会長を務めた。作曲家協会は1862年の設立された組織で、音楽に関するカンファレンスやレクチャーコンサートを開催したほか、作曲コンクールも実施していた。サン=サーンスは当初から会員として名を連ねていた。サン=サーンスは会長就任にあたって、演奏会のプログラムに取り上げる作品について次のような方針を打ち立てた。外国の作 [続きを読む]
  • クラヴサンを弾くサン=サーンス
  • 1888年、作曲家協会 Société des compositeurs de musique は、レクチャーコンサート concert-lecture を挟む全四回シリーズの演奏会を開催した。1月12日に最初のレクチャーコンサートが開かれ、サン=サーンスはクラヴサン(チェンバロ)を演奏した。さらに「フランスのクラヴサン奏者たちが用いた装飾音について」というタイトルでディスカッションにも登場した。PROGRAMME***Entretien sur le Clavecinpar M.Weckerlin対談「 [続きを読む]
  • シムノン『マンハッタンの哀愁』
  • シムノンの自伝的小説。後妻となるデニーズとの熱愛をモチーフにしている。原題が『マンハッタンの三つの部屋』とあるように、ニューヨークの安ホテルの一室、男の部屋、そして女の部屋をめぐって物語が展開する。舞台としては深夜のダイナーやバーも欠かせない。男の心理を中心に叙述している点ではいつものシムノン小説なのだが、あえて彫琢を施していないというか、ほかの「運命の小説」に比べると少し趣きが異なる印象。訳者も [続きを読む]
  • マイケル・ガンボン主演の『メグレ』
  • 『ポアロ』でも知られる英国のグラナダ・テレビジョン制作のシリーズ。映画『ハリー・ポッター』でダンブルドアを演じたマイケル・ガンボン主演で、1992年と1993年の2シーズンに放映。日本でも『メグレ警部』のタイトルで、NHK BS2が全話を吹替版で放送した。各エピソードの英語タイトルを原作の題名に照らし、あわせて邦訳を調べて一覧にしてみた。第1シーズン 第1話「メグレと宝石泥棒」 The Patience of MaigretLa Patience de [続きを読む]
  • 国民音楽協会 第164回演奏会 ─サン=サーンス最後の出演
  • 1886年4月3日、パリのプレイエル・ホール Salle Pleyel で国民音楽協会 Société National de Musique の第164回演奏会が開かれた。演奏会にはサン=サーンスとフォーレも出演し、それぞれの作品が披露された。【演奏会の曲目】 Charles Lefebvre : Vision, La Steppe (vx, pn)シャルル・ルフェーヴル:歌曲『幻影』『草原』/声楽とピアノCharles Lefebvre : Avril (3vx, pn)シャルル・ルフェーヴル:『4月』(初演)/3声とピアノ [続きを読む]
  • 国民音楽協会 第107回演奏会 ─女性の作曲家たち
  • 1881年2月26日、パリ市内のプレイエル・ホール Salle Pleyel で国民音楽協会の第107回演奏会が開かれた。協会は1871年2月以来、発足10年を迎えた。【演奏会の曲目】 Trio pour piano, violon et violoncelle … M. Jaëll (1re aud.) : Mad. Jaëll (pn), MM. Marsick (vn) et Delsart (vc) マリー・ジャエル:ピアノ三重奏曲 … ジャエル(ピアノ)、マルシック(ヴァイオリン)、デルサール(チェロ)2 Mélodies persanes … C. [続きを読む]
  • サン=サーンスとフランク
  • フランクのピアノ五重奏曲をめぐってサン=サーンスとフランクは対立関係にあったとよく言われる。フランクのピアノ五重奏曲が初演された際の出来事は、その一端を示す例としてしばしば語られる。五重奏メンバーとして、サン=サーンスはピアノを弾いていた。ある伝記(1)によると、サン=サーンスは演奏中腹を立てているように見え、演奏後もフランクに挨拶することなく、楽譜を残したまま舞台から去ってしまった。楽譜はフランク [続きを読む]
  • シムノン『仕立て屋の恋』
  • 『仕立て屋の恋』は、仕立て屋が恋をする物語ではなかった。『仕立て屋の恋』には恋をする仕立て屋は登場しないのだった。図書館の書棚で発見するまで、知らなかった。 パトリス・ルコントの魅力的な映画『仕立て屋の恋』の原作者が、「メグレ警視」シリーズで有名なジョルジュ・シムノンだということを。原題は ? Les fiançailles de Monsieur Hire ?(イール氏の婚約 )。イール氏は仕立屋ではなく、どちらかというと職業不明 [続きを読む]
  • 柳本浩市『Mind the Gap』
  • Mind the gap.乗り降りの際は、ホームと電車との隙間にご注意下さい。子どもの頃、初めて乗る電車には少なからず昂奮をおぼえた。家族旅行で訪れた伊豆の想い出は、浜辺で遊んだ光景よりも、クリーム地を緑色のラインが斜めに走る「踊り子」号の車体の方が、今も脳裡に焼きついている。ローカル電車でも、到着する列車が新型車両なのか旧型なのかで一喜一憂したものだ。ところで、もっと関心を向けていたのは、路線図だった。...赤 [続きを読む]
  • サン=サーンスのオルガン・リサイタル
  • 1878年は、パリで三回目の万国博覧会 Exposition universelle が開かれた年。5月1日から10月末までの半年間に渡ったこの催しでは、前回の1867年にもまして音楽イベントが充実し、世界各国の民俗音楽が演奏されたり(その中には日本の雅楽も含まれていた)、各種さまざまなコンサートが企画されたりした。なかでも、この万博のために建てられたトロカデロ宮殿 Palais du Trocadéro の大ホールで8月から連日開かれたオルガンコンサ [続きを読む]
  • 国民音楽協会 第1回演奏会
  • 初めての発表会は大変な成功でした。協会への入会が殺到し、その後もすぐに、もっぱら協会メンバーによって作曲された作品の発表会が続いたのです。(サン=サーンス)1871年2月25日、国民音楽協会 Société Nationale de Musique が発足した。フランスの新進作曲家に作品を発表できる場を作り、フランス音楽を発展させることが第一の目的であった。当時は普仏戦争の最中にあったが、その後もパリ・コミューンの混乱が続いたため [続きを読む]