sibaccio さん プロフィール

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sibaccioさん: Sibaccio Notes
ハンドル名sibaccio さん
ブログタイトルSibaccio Notes
ブログURLhttp://sibaccio.blogspot.com/
サイト紹介文フランス文学(プルースト・シムノン)/フランス音楽(サン=サーンス)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供52回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2015/11/01 10:16

sibaccio さんのブログ記事

  • ピアノ協奏曲第2番の初演コンサート
  • 教会オルガニストとしての激務に追われるなか、サン=サーンスは作曲や演奏活動も精力的に行っていた。例えば、『序奏とロンド・カプリチオーソ』は自らのオーケストラ指揮で(ヴァイオリン独奏はサラサーテ)、ピアノ協奏曲第1番ニ長調は自身の独奏でそれぞれ初演している。1868年の春、ロシアの名ピアニスト、アントン・ルビンシテイン Anton Grigorevich Rubinstein, 1829-1894 はパリでの指揮者デビューを目論み、友人であるサ [続きを読む]
  • 教会のサン=サーンス (2)
  • サン=サーンスは1858年からマドレーヌ教会 Église de la Madeleine にオルガニストの籍を移した。この教会の正オルガニストは、パリの、延いてはフランスのオルガン奏者として最も権威ある地位に目されていた。サン=サーンスは1877年までの約20年間この職を務めている。この間サン=サーンスは、さまざまな教会で再建造されたオルガンの弾き初め inauguration を任されている。1862年、フランス北東部にある町サン=ディズィエ [続きを読む]
  • 教会のサン=サーンス (1)
  • パリ音楽院 Conservatoire de Paris を出た後の1853年、サン=サーンスはパリ市内にあるサン=メリ教会 Église Saint-Merri のオルガニストの職に就いた。18歳になるサン=サーンスは、教会所属のオルガン奏者から、その長い音楽キャリアを本格的に開始したのである。1857年、教会にカヴァイエ=コル Aristide Cavaillé-Coll, 1811-1899 製作の新しいオルガンが建造された。カヴァイエ=コルによって建造・修繕されたオルガンは [続きを読む]
  • ラルボー『フェルミナ・マルケス』
  • 『フェルミナ・マルケス』(*)は、もともとは『幼なごころ』と同じ連なりで書かれ始めたのが、分量が増えて独立した作品として成立したものだという。そのコンセプトは『幼なごころ』とほぼ同様に、大人への道を踏み出す直前の少年少女が主人公である。(*)ラルボーは名前が喚起するイメージを重要視していたというので、スペイン語の音に近い「フェルミーナ」と表記した方が幾分語感も伝わるかもしれない。作家は物語のなかの少年少 [続きを読む]
  • ラルボー『秘めやかな心の声…...』
  • 内面の審議会(コンセイユ)がおこなわれる広間は、賢明な法曹の居並ぶ火刑裁判所でなければならず、討論は厳粛に、ほとんど沈黙のうちになされなければならぬ。(p.261)僕は内面の審議会(コンセイユ)に没頭していた。今日の会議は激論の連続だった。 (p.360)原題は ? Mon plus secret conseil… ?。? conseil ? は「助言・忠告・意見」のほかに、「会議・評議会」という意味でも遣われる。これを読んで、ビュトールの『心変 [続きを読む]
  • 『ディック・ブルーナ展』
  • 展覧会を見終えると、ついついカタログを買いたくなる。気に入った作品が多いほど財布の紐はゆるくなり、ずっしりと重いのも気にせず嬉々として持ち帰る。その日以降、ページを広げる機会などほとんどないのに...そんな風にしてカタログが増えていくのだが、何年も経ったある日、ふとその山積みを眺めやると、引っ張り出してみたくなることもある。2004年に訪れた『ディック・ブルーナ展』(*) の図録も、印象や記憶の断片をよみが [続きを読む]
  • サン=サーンスが弾いたモーツァルト
  • 1846年5月6日に開かれたサン=サーンスのデビューコンサートに関する史料で、Smith には演奏会の予告パンフレットが図表で掲載されている。プログラム部分を抽出してみた。Ouverture à grand orchestre オーケストラによる序曲La Caduta de Gerico, Aire de Hasse, chanté par Julie Vavasseur ヨハン・アドルフ・ハッセ:オラトリオ『エリコの陥落』よりアリア ...歌:ジュリー・ヴァヴァスール4me Concerto (en si bémol) de [続きを読む]
  • サン=サーンスのデビューコンサート
  • 10歳のとき、私の先生がもう演奏会を開いても十分だと判断して下さり、プレイエル・ホールで演奏しました。ティルマン率いるイタリア座の管弦楽団による伴奏で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲ハ短調とモーツァルトのピアノ協奏曲変ロ長調を弾きました。サン=サーンス『野外学校 École buissonnière』p.73歳で作曲を始め、著名な音楽教師であったカミーユ・スタマティ Camille-Marie Stamaty, 1811-1870 の許で7歳からピアノの研 [続きを読む]
  • 演奏するサン=サーンス
  • フランスの音楽家カミーユ・サン=サーンス Charles Camille Saint-Saëns, 1835-1921 は、『動物の謝肉祭』やオルガン附交響曲など数多くの秀れた作品を残した作曲家であり、今日の私たちも大いに親しむところである。生前からフランスを代表する作曲家として有名であった一方、70年以上にも及ぶ長いキャリアにおいて、彼は何よりもピアノやオルガンのヴィルトゥオーゾ、第一級の演奏家として広く知られていた。欧米では、とくに [続きを読む]
  • 吉田類の酒場放浪記
  • 「吉田類の酒場放浪記」。番組の構成は、おそらく昔から変わらない。吉田さんという怪しげで飄々としたおじさんが、一見どこにでもありそうで実は絶滅危惧種的な、昭和風情の居酒屋に立ち寄る。適当なコメントを交えながら、出てくるものをただ飲み食いする。ときおり通な一面も覗かせるけれど、それをひけらかすことはなく、店や常連の雰囲気に寄り添うように杯を進める。ナレーターが上手にツッコミを挿れつつ、然るべき解説を加 [続きを読む]
  • 吉田健一『饗宴』ほか
  • 退屈も一種の不安定な状態である。何もする気が起らないか、或は大概のことをしては危険な時に、何かしなくてゐられなくなるのだから、不安定なのは当り前で、さうなると、凡てがそれまでとは逆になるのも止むを得ない。「逃げる話」吉田健一の酒にまつわる物語を讀んでゐると、讀んでゐるといふよりは、醉つた紳士にからまれて與太話を延々と聞かされてゐるやうな氣分になるのだが、併し與太話とは言つても、決して説教や自慢話な [続きを読む]
  • デ・フォレ『おしゃべり』『子供部屋』
  • 実際のところ、収録作品はどれも短篇というよりは中篇と呼ぶべき量であり、かててくわえて、一文一文、一節一節が濃厚というかいちいち凝縮されており、とにかく読むのに難儀した。《錯乱した記憶》と《鏡のなかで》がとくに険しい山々で、ひっかかるところはゆっくりと、あるいは繰り返して読んでみたところで、頭の上の「?????」が「??...?」ぐらいにしかならず、首が傾ぐばかり。思わず、博士論文を再構成されたという [続きを読む]
  • ラディゲ『肉体の悪魔』
  • 僕は不安のあまり、僕たちの恋愛を例外的な恋愛のように考えていた。恋愛も詩と同じで、恋する者は、どんなに平凡な人間でも、自分たちこそ新機軸を出しているように思い込むものだが、われわれはそういうことを知らずに、こんな悩みを感じているのは自分たちがはじめてだと信じ込んでしまう。(p.67)『肉体の悪魔』や『ドルジェル伯の舞踏会』が二十歳前の作家によって書かれたという事実に、サキコはさしたる感動を覚えなかった。 [続きを読む]
  • ミルボー『小間使の日記』
  • オクターヴ・ミルボー Octave Mirbeau, 1848-1917 は、「世紀末」とか「ベル・エポック」と呼ばれる時代に活躍したフランスの作家。その作品の一つ『小間使の日記』は、メイドのセレスティーヌが日記を書くという体裁で、彼女が仕える上流階級を中心に、あらゆる人間たちの偽善・低俗・酷薄・醜悪な部分が余すことなく描かれている。主人公のセレスティーヌ自身、彼女の仕える家の者にたやすく身体を許してしまう「淫らな」面があ [続きを読む]
  • 読書プロジェクトの計画
  • 暇があったらこんなことをしようというプロジェクトが頭の中に渦巻いている。中には読書の案件もいくつかある。来年はどれを進められるだろう。 シュオッブ・プロジェクト国書刊行会から出た1冊本の翻訳全集をようやく繙いてみる。寝転んでは読めない分厚さ。大半の小説は別の本で読んだが、未読のものもあり。モンテーニュ・プロジェクト Phase 2『エッセー』を通読したので、今度はこれをめぐる本を読んでみる。手許には関 [続きを読む]
  • 2016年に読んだ小説など
  • ミシェル・ド・モンテーニュ『随想録』関根秀雄訳(国書刊行会)マルセル・プルースト『失われた時を求めて 9』第四篇「ソドムとゴモラ II」吉川一義訳(岩波文庫)ウジェーヌ・フロマンタン『ドミニック』安藤元雄訳(中公文庫)アナトール・フランス『神々は渇く』大塚幸男訳(岩波文庫)オクターヴ・ミルボー『小間使の日記 上下』山口年臣訳(角川文庫)ジョルジュ・シムノン『帽子屋の幻影』秘田余四郎訳(早川書房)ジョルジ [続きを読む]
  • 波間に揺れる読書家
  • 読書に執着のない人は、気が向いたら本を手に取り、そうでないときは放っておけばよいのだから、本を読みたくなったかどうかなどの気分にかかずらうことはなくて、心の内の「波」のようなものを意識することなどあまりないかもしれない。読書が好きな人の方はどうだろう。潮汐のようなものを感じたりするのだろうか? 息つく暇もなく次から次へと本を読み漁ったり同じ本を飽きもせず貪りつづけることもあれば、読み進めるのが次第 [続きを読む]
  • ファンタン=ラトゥール『ピアノを囲んで』
  • 『ピアノを囲んで』は、アンリ・ファンタン=ラトゥール Henri Fantin-Latour, 1836-1904 が1885年の官展(サロン)に出品するために描いた絵画です。この作品は4つの連作『芸術家たちの群像 Quatre portraits de groupe』シリーズ(*)のうちの最後を飾る一幅で、いずれも芸術界の仲間や名士に敬意を込めて描かれています。現在はオルセー美術館が所蔵。ピアノのまわりに描かれた人物は以下のとおり。ピアノの前に座っているのは、エ [続きを読む]
  • バルザック『シャベール大佐』
  • 死んだはずの人が、ある日突然戻ってきたら。たとえ最愛の人であったとしても、果たして我々はその帰還を手放しで喜ぶことができるだろうか?その人は、手塩にかけて育てた子どものはずなのだけれども、愛でた頃の面影がもう全く見出せなかったら? その人は、この世界で最もわたしを愛してくれた親御なのだけれども、一度相続したはずの遺産は一体どうするべきなのか?  その人は、かつて愛し合って契りを結んだパートナーだっ [続きを読む]
  • ローデンバック『死の都ブリュージュ』
  • ブリュージュ(ブルッヘ)は、ベルギー北西部フランドル(フランデレン)地域の古都。中世には大変な繁栄を誇ったものの、運河に土砂が堆積して船の出入りに支障をきたすようになり、欧州における経済拠点の移り変わりもあいまって、15世紀以降急速に衰退してしまったという。『死の都ブリュージュ』の美しくも陰鬱な情景、吹き抜ける晩秋の風は、同時代のフランスの作曲家エルネスト・ショーソンの音楽を想わせる。永遠の喪、つま [続きを読む]
  • ラルボー『恋人たち、幸せな恋人たち』
  • まだ暖かさの感じられる秋のモンペリエ。語り手は、恋人に「幸福なフランス人 Felice Francia」と呼ばれる若者。始めはホテルの一室で、眠っている二人の女を眺めながら語られる、というよりは、語り手の思考が展開されるというべきか。その次はホテルの玄関広間で、二人の女に加えて見知らぬ娘「ポーリーヌ」が夢想に加わり、最後は女たちが旅立って独りになったときのことを想像して、あれこれと考えているようだ。おそらく、語 [続きを読む]
  • フロマンタン『ドミニック』
  • 十年ほど前。古本屋にふらりと立ち寄って、かなり年季の入った文庫がずらりと並ぶ書棚を眺めていたら、ふと何か見覚えのあるものが目に入った。オリエンタリズムの画家フロマンタンの名が岩波文庫の背表紙に記されていた。どんな小説なのか少し興味が涌いて手に取ってみたものの、そのときはそれでお仕舞いだった。つい先日、その『ドミニック』に、別の出版社からも翻訳が出ているのを知った。古本屋での記憶が蘇ったと同時に、ジ [続きを読む]
  • 澁澤龍彦『サド侯爵の生涯』
  • サドをめぐる学生の会話 登場人物  ミチヲ ...... サークルの先輩(男性)  サキコ ...... サークルの後輩(女性)大学図書館の中。サークルの先輩と後輩が階段の踊り場でばったり会う。ミチヲ おぅ、試験勉強してたの?サキコ いいえ、本借りようと思って。ミチヲ ふーん...。 (後輩の手許を見やって) さ、サド選集?!サキコ そう、サド。『ソドム百二十日』。先輩好きでしょ、こうゆうの。ミチヲ 「好きでしょ、こ [続きを読む]
  • ラルボー『幼なごころ』
  • 子ども自身は、アンファンティーヌ(幼なごころ enfantines )がかけがえのないものだということを知らない、まだそれを知る術を身につけていないから。大人はアンファンティーヌを愛おしく思う、もうそれを失ってしまったことを知っているから。難しいのは、子どもでも大人でもない、アドレッサンス(青春期 adolescence )のきみたち。生きていく限りいずれアンファンティーヌを失うことは避けられない。ただ、それをどう失うか [続きを読む]
  • フランス音楽と子ども
  • 子どもの音楽とはどのようなものだろう。子どもにまつわる音楽、子どもをめぐる音楽…。どのようなものが子どもの音楽と呼べるのだろうか。思いつくままに書いてみると...子どものために作られている、子どもが聴き手として想定されている、子どもによって歌唱・演奏されることを想定している。子どもを主題に求めている、歌詞や音楽自体の表現が子供をモチーフとしている、子どもの世界や心象風景を想起させる。タイトルに子ども [続きを読む]