西野 そら さん プロフィール

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西野 そらさん: 西野そらの日々のこと
ハンドル名西野 そら さん
ブログタイトル西野そらの日々のこと
ブログURLhttp://sosososora.hatenablog.com/
サイト紹介文なんとはない日々の事事で感じたこと、考えたことを書き綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供55回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/11/05 14:09

西野 そら さんのブログ記事

  • どうにもト・マ・ラ・ナ・イ
  •  気がつけば、8月も半ば。 肌を刺すような強い日差しの日もあったけれど、年々蒸し暑くなってきている。日陰に入ったとて、纏わりつくような湿気からは逃れられず、逃れる方法はクーラーをつけるしかない。が、クーラーをつければつけたで体が重くなる。  自然の暑さにも人口の涼しさにも対応しづらくなっている。いったいどうすりゃいいイんだか。 この蒸し暑さでなにより厄介なのは、少し動くだけ滝のごとく流れる汗である [続きを読む]
  • 土産のはなし
  •  旅行の土産を買ったり、もらったりする時期だからだろうか。「3年生の夏休み明け、マナからお土産もらったじゃない。あれには驚いたよね」 と、次女。どうやら小学三年生当時の思いがけない土産のことを思い出したようである。 思いがけない土産のはなしのまえに、わたしのへそ曲がりのはなしをひとつ。 土産は差し上げる立場でももらう立場でも気をつかう。 とはいっても、儀礼的な多数にむけた箱菓子土産なんぞは、集団 [続きを読む]
  • 蝉と雨と浴衣
  •  目覚まし時計のアラーム音をとめたところで、蝉が鳴いた。 「ミーンミーン」だったか「ジィ〜」だったか失念してしまったが、ことし初めての蝉のこえ。 ああ、夏がきた。 されど。夏がきたと思った朝は、まだ梅雨は明けていなかった。梅雨は明けていないけれど、雨が少なく空梅雨をおもわせる暑さが続くさなかであった。 というのに。空梅雨の梅雨明けが通達されるや、雨が降ったり雲が低く垂れ込める日が続いたり。わたしが [続きを読む]
  • 「注意」
  •  食卓にノートパソコンを置いて、これを書いている。書きものは食卓。これが常である。                                      いまの食卓はこんなふうだ。ノートパソコンの左側には、書きはじめる前に食べたおせんべいの袋と数冊の本が積んである。右側には家で炭酸水をつくるための専用ボトルが置いてあり、少々雑然としている。 この雑然とした食卓でノートパソコンに向かい、ブログの [続きを読む]
  • ミライ
  •  小学生のわたしにとって未来といえば21世紀を意味していた。当時、大人は折にふれこう言った。「君たちが21世紀を担っていくんだよ」 へえ、わたしたちが担うんだ、21世紀とやらを。こんな具合にわたしには21世紀も未来もちっともピンとこなかった。 たとえば小学4年生のわたしであったら、26年後にくる21世紀は、はるか彼方。社会がどう変化しているのか想像もできなかったし、もっといえば自分が大人になっている姿さえ思い [続きを読む]
  • 不条理
  •  バイト先でのはなしだ。 「ミャーミャー」 窓の外から、か細い鳴き声が聞こえてくる。 仔猫が捨てられていた。 猫好きのひとの見立てでは生後2、3ヶ月。炎天下にもかかわらず日陰に行かず、水の入った容器を置いても飲もうともしないのだとか。  放っておいても大丈夫か。捕まえたほうがいいのか。せめて日陰に移してやりたいけれど、猫のいる場所が狭くてそう簡単に捕まえられないのらしい。 太陽は真上にある。 「この [続きを読む]
  • 撤回
  •  もう飲まない。 年中、こんなことを誓っている気がする。いや、誓うほど切実ではないにしても、毎日は飲まないと幾度となくみずからに言い聞かせてはきた。 昨年あたりから、ワインを4、5杯飲んだ日の翌日がきつい。目覚めた途端、「くたびれた」 となる。 数日前もそうだった。 起きたそばから、朝ごはんはシリアルですませちゃおうか。今日はお弁当買ってくれないかしら。洗濯物入れをまえに、毎日毎日どうしてこうも汚れ [続きを読む]
  • 顔も知らないけれど。
  •  「その方とは、喧嘩をしたから今ではご挨拶もしませんのよ」 こう言ったのは、同じマンションのHさん。八七歳のご近所さんである。 絵が好きだというHさんは白髪のショートへア。八十代の女性にしては背が高く大柄であるが、ここ数年で少しばかり背中が丸くなった。物腰が柔らかく「山梨の美術館は素敵でしたよ」時折、美術館の情報まで教えてくれる上品なお人。 わたしは Hさんの言う「その方」を知らないが「へぇ〜」とか「 [続きを読む]
  • そろそろ、忘れてくれやしないかな。
  •  妹家族が引っ越す。この度の引っ越しは、リフォームのために半年間過ごした仮住まい(うちの近所)から、ピカピカに仕上がった自分たちの家へ戻るため。 引っ越し前日、家の近くで妹と出くわした。「もう、ぐったり。まだダンボール詰が終わってないの」 疲れているように見えなくはないが、思い通りに生まれ変わった家でやっと落ち着いた暮らしに戻れる嬉しさは隠せない。されど終わらぬ荷造り。浮き立つ思いはわかる。「引っ [続きを読む]
  • 常態、脱皮。
  •  アルバイトの日。 家を出る時間は午前9時10分。それまでにすませたい家の事ごとを、手を動かしながら算段してゆく。まず洗濯機を回してから、長女の朝ごはんをつくる。長女が食べはじめたところで、次女の弁当、夫と次女とわたしの分の朝ごはんをつくり、食べる。朝ごはんの片づけを始めるまえに2回目の洗濯開始。その後1回目の洗濯物を干す。朝ごはんを片づけて、2回目の洗濯物を干す。部屋を片付ける。最後に身支度にとり [続きを読む]
  • 親しいともだちがいない!
  •  気になる植物というものは、そうとう移ろう。 いつかの年はハナミズキばかりが目に止まり、いつかの年はシャクナゲに吸い寄せられた。紫陽花の年もあれば、彼岸花が気になって仕方がなかった年もある。 そして今年はどうやら、ドクダミ。 5月になると、そこいら中に群生しているドクダミの、あの花の白さがスッと目の端に滑り込んでくるのだ。 しかし、この小さな白い花は近寄りがたい香りを放つ。その香りは防壁のようでも [続きを読む]
  • プチメール
  •  「疲れるので、帰って来るまでには機嫌を直してください」 気まずいまま夫を送り出した日、わたしはこんなメールを夫に送る。  喧嘩に被る笠はなしとはよく言ったもので、その日も朝の穏やかな雰囲気が一変した のは、玄関までのたった数歩でのことだった。「今日は会食があるから(遅くなるということ)」 出がけの報告に、なにか言たくなった。「会食って便利な言葉だよね」 わたしとしては笑いにつなげる、いわばツッコ [続きを読む]
  • 本当のこと
  •  13年前の話である。   娘が一緒に登校していたNちゃんのお母さんから電話があった。「Nの口調がきつくて友だちと喧嘩になったり、泣かせたりするらしいの」 担任から連絡がはいったとかで、普段の子どもの様態を知りたいということだった。 当時娘たちは小学四年生。いまなら、子どもは変わってゆくから、しばらく様子をみててもいいんじゃない。これぐらいのことは言える。 しかし初めての子どもであったから、時期をみ [続きを読む]
  • 自分の食い扶持ぐらい……
  •  図書館でアルバイトをはじめてから、ひと月が過ぎた。 働きに出るのは実に26年ぶりである。 話はちょうど1年前に遡る。 40代で起業した友人と会った折。穏やかというよりは生き生きとしている友人の仕事の話を聞いているうちに、起業をした理由を訊きたくなった。「子どもと夕飯を食べたいから」 これが一番の理由。それまで大企業で働いていた友人は帰宅時間が遅く、ふたりの小学生の子どもたちや夫との夕食もままならな [続きを読む]
  • 小野さんに会いたい
  •  「ああ、小野さんに会いたい」 洗い物をしながら、ひとりごちる。「そういえば、姿勢よくなったよね」 思いがけず、後ろから夫の声。 小野さんは、昨年末から通いはじめたスポーツ整体院の整体師。はじまりは足の痛みの相談であったが、通いはじめて半年になるいまは、身体全体のメンテナンスが目的で通っている。  考えてみると呼吸、歩き方、立ち方を教わったことなどない。 歩き方なんぞはハイハイをしていた赤ん坊が、 [続きを読む]
  • すいません、すいません。
  •  「すまない」のくだけたかたちの「すいません」は、感謝の意、謝る意があり、誰かへ呼びかけるのにも使えるという重宝なことばだ。 かく言うわたしも、いろいろな場面で安易に「すいません」を連発してしまう。しかしあるときから、この重宝な言葉がしっくり来なくなってきた。 感謝の意で使うなら単刀直入に「ありがとう」、謝るのなら「ごめんなさい」がよかろうと思うようになったのだ。 とはいっても散々使ってきた言葉だ [続きを読む]
  • 警報音
  •  そういえば、2011年3月の東日本大震災以前にもあったのだろうか。 テレビで流れる緊急地震速報の警報音のことである。 以前からあったのかもしれないが、警報音がなるほどの大きな地震を経験していないものだからか、わたしは東日本大震災で初めてあれを聞いた。 ビィビィビィーとか、ウーウーウーとか、耳をつんざくような音でないにもかかわらず、あのチャララン、チャラランという音の重なりと男性の声の注意喚起のアナウ [続きを読む]
  • まわる、回る。
  •  昨年末のこと。 前夜、布団に潜り込んだときにはそれらしい気配はなかった。それらしいとは、頭痛があるとか、いつもより強い疲労感があるとかの、わずかな体調の変化のことだ。 明け方ごろ、寝返りを打ったのだろう。突然ぐるぐるを遠い意識で感じる。 めまい? 眠りの世界に留まりたいわたしは、動かなければ大丈夫。ぼんやりと自らに言い付けて深い眠りに戻るためにじっとして、ぐるぐるが治るのを待つ。 ああ、大丈夫。 [続きを読む]
  • 7時間後
  •  4月最初の週末。 曇天。 少しばかり肌寒くもあるが、桜をみにゆく。目当ては隣まちの桜並木。電車でゆけば家から15分足らずのところを、30分かけて歩く。 この春は「1歩進んで2.5歩下がる」そんな進み方。家の中では肌寒く感じるのに、外は思いのほか暖く、春がきたと浮かれる日があったり。寒さに驚く日が続いたり、続いたり。 東京は3月下旬に開花宣言がされたが、開いた桜も戸惑うにちがいないほど暖かさが進まず、並木の [続きを読む]
  •  四月一日 (しがついっぴ)
  •  午前五時五五分。目覚まし時計がなる。 朝にはめっぽう弱く、毎朝、目覚ましのアラームの世話になる。しかもアラーム音と共に起き上がるという潔さもありゃせず、いち度目は眠さと闘う五分間のためのアラームである。 午前六時、二度目のアラームで観念し、起き上がる。居間のカーテンを開けて洗面所へ。すでに長女が眠気まなこで洗面台の前に立っていた。「おはよう」「おはよう」 新入社員研修、第一日目の朝である。 前日 [続きを読む]
  • ウソからはじまった、日曜日
  •  次女(高校一年)の学年通信を読んで吹き出した。「勉強している人はしてないと言い、してない人はしてると言う、あるある」 この学年通信は生徒による生徒のための便りである。わたしが読んだ学年通信は、定期試験の時期に時間を取られる部活動や委員会活動と、勉強とを両立させるべく試験対策としての「あるある特集」。 友人の言葉には惑わされるな。同級生が警告しているのだ。妙に実感のこもった標語で笑える。しかも「わ [続きを読む]
  • 適応能力
  •  世田谷美術館に行った帰りのこと。 午後2時過ぎだというのに、お昼をすませておらず、そうとうお腹が空いていた。 夫はスマートフォンで、蕎麦屋の検索をはじめる。美術館から歩いて10分のところに、良さそうな蕎麦屋があるらしい。グーグルマップに見つけた店名を入力して、見知らぬ街の見知らぬ蕎麦屋まで案内してもらうことにした。 そろそろ着く頃というとき、行く手の向こうに洒落た蕎麦屋の看板を見つける。「恐るべし [続きを読む]
  • 風景
  •  吉祥寺駅前の交差点は、たいてい歩道も車道も混み合っている。夫とわたしは行き交う人の波をすり抜けながら駅近くの駐車場に向かって歩く。 建ち並ぶビルの看板、車道をゆるりゆるりと進む車、車、車。そして歩道を行き交う人、人、人。言ってしまえば看板のかたまり、車のかたまり、歩く人のかたまり、全体的な風景が広がるのであった。 ところが。 わずか数分後、車の助手席に座るとこの同じ場所が全く違う風景に見える。  [続きを読む]
  • 冷凍しないわたし
  •  その日は茄子、蕪、人参、だった。 いつもゆく八百屋の自家製糠床に漬かっている野菜の話だ。 糠床はクリーム色をしたプラスチック製の漬物容器におさまり、店先の簡易レジの前に置いてある。つまりレジに並ぶや糠味噌をまとった野菜たちが、目の端にはいる位置なのだ。 しかし、ときにはわたしがまじまじと糠床を覗きこむこともある。数日前まじまじとやったときには赤蕪とセロリが漬かっていた。 赤蕪ねぇ。この冬うちの糠 [続きを読む]
  • オプチミスト
  •  買い物からの帰り。  マンションの集合ポストの前でお巡りさんと鉢合わせする。日頃マンション内では見かけぬその姿。なになに?少しばかりの好奇心と少しばかりの不安と少しばかりの驚きで半歩後退る。「こんにちは、何号室にお住まいですか」 分厚い台帳を広げながら、唐突ではあるけれどにこやかにお巡りさんらしき人が言った。 らしき人はもちろんお巡りさんの制服でお巡りさんの帽子を被っている。見かけはお巡りさん以 [続きを読む]