西野 そら さん プロフィール

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西野 そらさん: 西野そらの日々のこと
ハンドル名西野 そら さん
ブログタイトル西野そらの日々のこと
ブログURLhttp://sosososora.hatenablog.com/
サイト紹介文なんとはない日々の事事で感じたこと、考えたことを書き綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供55回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2015/11/05 14:09

西野 そら さんのブログ記事

  • 適応能力
  •  世田谷美術館に行った帰りのこと。 午後2時過ぎだというのに、お昼をすませておらず、そうとうお腹が空いていた。 夫はスマートフォンで、蕎麦屋の検索をはじめる。美術館から歩いて10分のところに、良さそうな蕎麦屋があるらしい。グーグルマップに見つけた店名を入力して、見知らぬ街の見知らぬ蕎麦屋まで案内してもらうことにした。 そろそろ着く頃というとき、行く手の向こうに洒落た蕎麦屋の看板を見つける。「恐るべし [続きを読む]
  • 風景
  •  吉祥寺駅前の交差点は、たいてい歩道も車道も混み合っている。夫とわたしは行き交う人の波をすり抜けながら駅近くの駐車場に向かって歩く。 建ち並ぶビルの看板、車道をゆるりゆるりと進む車、車、車。そして行き交う人、人、人。言ってしまえば看板のかたまり、車のかたまり、歩道を歩く人のかたまり、全体的な風景が広がるのであった。 ところが。 わずか数分後、車の助手席に座るとこの同じ場所が、全く違う風景に見える。 [続きを読む]
  • 冷凍しないわたし
  •  その日は茄子、蕪、人参、だった。 いつもゆく八百屋の自家製糠床に漬かっている野菜の話だ。 糠床はクリーム色をしたプラスチック製の漬物容器におさまり、店先の簡易レジの前に置いてある。つまりレジに並ぶや糠味噌をまとった野菜たちが、目の端にはいる位置なのだ。 しかし、ときにはわたしがまじまじと糠床を覗きこむこともある。数日前まじまじとやったときには赤蕪とセロリが漬かっていた。 赤蕪ねぇ。この冬うちの糠 [続きを読む]
  • オプチミスト
  •  買い物からの帰り。  マンションの集合ポストの前でお巡りさんと鉢合わせする。日頃マンション内では見かけぬその姿。なになに?少しばかりの好奇心と少しばかりの不安と少しばかりの驚きで半歩後退る。「こんにちは、何号室にお住まいですか」 分厚い台帳を広げながら、唐突ではあるけれどにこやかにお巡りさんらしき人が言った。 らしき人はもちろんお巡りさんの制服でお巡りさんの帽子を被っている。見かけはお巡りさん以 [続きを読む]
  • 広げたり、狭くなったり。
  •  「『この世界の片隅に』観ましたか。私は3回観ました」 と、友人からメールが届く。1月の終わりのことだ。 映画には疎いけれど、これは知っていた。戦時中を描いたこのアニーメーション映画は、昨年末から幾度もテレビや雑誌で紹介されていたから。 メールには映画以外のことも書いてあったが、要点は映画について語り合いたから、是非とも観るようにということであった。 昨年までのわたしなら、友人からの薦めであっても [続きを読む]
  • ヘソのシミ
  •  うちのヘソはダイニングテーブルだ。 マンションの専有部分、つまりわたしの家は形でいうと長方形。 長方形の長辺をだいたい3等分した、まんなか部分に食堂兼用の台所があって、そこの中心あたりにダイニングテーブルを置いている。だから、わたしの家のヘソはダイニングテーブルなのだ。 18年まえうちに仲間入りしたこのテーブルは幅165センチ、奥行き90センチ、高さ72センチ。無垢材(木の種類は忘れました)を継いだ天板に [続きを読む]
  • 手袋
  •  図書館に向かって歩いている。 ああ、寒い。数歩前をゆく夫は、冷たい空気を逃すように首が引っ込み、背中が丸い。とうちゃん、猫背ですぜい。むむっ。両手をダウンジャケットのポケットに押し入れている。どうして? 灰色に垂れ込めた厚い空がなんとも寒そうで、出掛け夫に手袋を渡したのだった。「あれ、手袋は?」 わたしの声に振り返る夫は、同時にポケットから手を、なんと黒い革の手を出した。「あっ、してた」 ポツリ [続きを読む]
  • 将来 しょうらい ショウライ?!
  •  将来のわたしはどうなっていたいか。このところ、こんなことを考えている。 気がつけば半世紀以上を生きてきた。そんなわたしが、将来ということばをつかうのは頓珍漢かもしれない。しかし、この命が終わらなかったとして、向こう十年でわたしはなにをしたいのか、なにができるのか。 将来の夢や仕事を考えた若かりしころと同じように、いままた、まじめに考えている。 数年前のことだ。「自分の食い扶持ぐらいは自分でまか [続きを読む]
  • 105
  •  ブログをはじめて、まもなく2年が経とうとしている。週にいち度の更新とはいえ、数にすると今回で105回。多いとか少ないとかでなしに、よくぞ続けたねぇと思うのだ。 で、104つのなかのいくつかを読み返した。 感じかたや考えかたが変化したものもあるし、変わっていないものもある。 昨年のこの時期にかいた記事は変化したものの一つ。 sosososora.hatenablog.com 当時のわたしは、みずからの心の持ちようと、人様の目 [続きを読む]
  • それぞれの、マナー。
  •  わたしは、37度。平熱のことではない。足の親指の傾度の話。 一昨年の春、近所の整形外科医から紹介されて赴いた総合病院の整形外科。そこで撮ったレントゲン写真から、親指が人差し指側に37度倒れていることがはじき出された。この数値は中度の外反母趾にあたるらしい。 もちろん外反母趾であることは自覚している。若いころからヒールのある靴、先の細い靴は避けてきた。避けてきたというより、そんな靴は履けやしなかった。 [続きを読む]
  • 芳しき香り
  •  「紅茶飲むひとォ」 家にいるものに、こう訊くのは大学四年の長女だ。このところ次女も紅茶を淹れるひとになりつつあるが、いまのところは、長女が紅茶係。 両親の家に行った折(長女がコーヒーを飲めない年齢、小学高学年か中学生になりたてのころだったと思う)、母が淹れた北欧紅茶のセーデルブレンドをたいそう気に入り、長女は紅茶党になった。 当時一緒に飲んだにちがいないのに、わたしときたらさっぱり覚えていない。 [続きを読む]
  • 集まる
  •  年が明けました。本年もよろしくお願いいたします。  毎年三が日のどこかで、両親の家にゆく。姉家族と妹家族と都合を合わせての集まり。年々家族がふえてゆき、いまのところ総勢十五人。しかし子どもらが大きくなると日程の調整が難しくなり、ひと家族不参加という年があったり、年に一度の顔合わせも変化している。 子どもらの成長はわたしたち姉妹も年齢を重ねることであり、つまりは両親が高齢となることでもある。この移 [続きを読む]
  • 移ろう家族
  •  クリスマスツリーを片付けながら、わたしは思っている。「あら、わたしったら慌ててないわ」 いつもならこの時期はまちなかの喧騒に急き立てられぬよう、みずからに慌てないことを言い聞かせている。それが今年のわたしはちっとも慌てていないのだ。   振り返れば今年は、家族が大きく変化をした年であった。 次女は念願の高校に通いはじめた4月からつい数日まえまで、ほとんど休みなく部活だ、委員会の仕事だといって登校 [続きを読む]
  • 性質ですから。
  •  11月のある日。 エレベーターで1階に降りると、子ども数人が建物の前にいた。同じマンションの住人である小学3年生と2年生、それと近所の子。いつもつるんでいる顔なじみの男の子たちである。 彼らは大抵ケラケラしながら、ボールを追いかけまわしているか、ケラケラしながらだれかを追いかけまわしている。が、このときは小学2年生のひとりがマンションの塀の上から、庇(ひさし)へよじ登ろうとしているところであった。 ア [続きを読む]
  • さあ、どっち?
  •  「聞きたくないことには、聞こえないふりをする」 こういう風景を目の当たりにしたり、自分がされたりすると、そうとう衝撃を受ける。 先日のこと。七、八人でお昼を共にしていた。それぞれ近くに座った者どうし、話しをしながら食べている。「このごろ思うのだけれど……」 普段から話に冗長のきらいがあるKさんが、こう切り出した。仲間全員Kさんに視線をむけたものの、すぐに、スマートフォンをさわりだしたYさん。だれ [続きを読む]
  • 帰り道
  •  ことしも居間のカレンダーが最後の一枚になった。これはわたしの予定表でもあり、最後の一枚にも、ポツポツと用事が埋まっている。 隔週の木曜日に通う講座。十年ぶりに会う友人との約束。若い友人のダンスの発表会。次女のダンス部ライブ、ライブ終了後母さまたちとのお疲れさま会を兼ねた忘年会。近所の友人と出かける約束。病院、美容院、整体。ほかにわたしが知っておくべき家族の予定も記してあるが、友人や仲間のなかに身 [続きを読む]
  • あの日
  • さもない毎日が過ぎてゆく。1日家から出ない日、1日にいくつかの場所へ出かける日。予定があろうがなかろうが、1日は24時間で、そのあり様はかわらない。その日に何をしたのかなんてことは、おしなべて忘れてゆく。                                        たとえば、カレンダーの2016年11月9日の欄には、午後1時20分に整体。伊勢丹袴レンタル開始、と書いてある。長女の大学卒業式の [続きを読む]
  • 人間ウォッチング
  •  電車に乗る外出では文庫本が手放せない。 数日前のこと。電車に乗り込んだとたん無意識にバッグから本を取り出した自分に、はっとした。「これって……」  わたしはスマートフォン片手に電車に揺られる姿がどうも好きになれない。<あれ>に向かうひとそれぞれが、異なったことをしていることはわかる。たとえばゲームするひと。ニュースや電子書籍を読むひと。仕事をしているひとだってあるだろう。それだから、<あれ>を使 [続きを読む]
  • 12月の買い物
  •  早、11月も半ば。見上げれば空は高くなったような気がするものの、振り返れば、秋らしい空気が澄んだ日はあまりなかった。半袖でもおかしくないほど気温が上がったり、ニットを着込まないといられないほどに下がったり。この時期にふさわしい衣服の正解が分からぬまま、不意に寒さが訪れ、気がつけば11月半ばなのであった。 そろそろ肌着を買いにゆく時期がくる。 数日前。些かくたびれてきた家族の肌着を畳みながら、わたしは [続きを読む]
  • 捨てどき
  •  早、11月半ば……。  見上げれば空は高くなったような気はするものの、これぞ秋といった、空気の澄んだ日は多くなく。ことしは厚い灰色の雲が、巡ってきた季節をどうしてだか隠したがっているようで。半袖ででも過ごせる日、ニットを着込む日とがあって、この時期にふさわしい服の正解が分からぬまま、突然の寒さで11月の半ばを納得するのであった。  そろそろ下着を買いにゆく時期だ。  数日前、洗濯物を畳みながら多少く [続きを読む]
  • ディーラーの営業マン、T氏
  •  車を買い換えた。 車の引き渡し時。夫は運転席、営業マンのTさんが助手席、わたしは後部座席へと乗り込んで、操作スイッチ類の説明を受けている。パワーウインドウの昇降スイッチを確認するために、ちょうど窓を開けたときだった。 運転席の窓から体長2センチほどのクロアリと思われる虫が飛び込んできた。クロ(以後この虫をこう呼ぶ)はフロントガラスに体当たりしては、上下左右に飛びまわる。熱心に説明していたTさんと [続きを読む]
  • カボチャ
  •  テレビでは、ゾンビ、ポケモン、スーパーマリオ、アリス、スーパーマンらが列をなしてはしゃいでいる。今年も渋谷はえらいことになっていた。 うちの近所では、傷だらけの看護婦や悪魔、いま話題のピコ太郎なんぞの姿も現れなかったけれど、仮に遭遇したとしても驚かない程度に見慣れてきた、10月の光景。 辞書をあたらなければ知らなかった本来の宗教的な意味合い(万聖説11月1日に聖人や殉職者の霊を祭る前夜祭《10月31日の [続きを読む]
  • 甦えらせる
  •  両親の家に行くと、ときおり母はミシンの置いてある部屋にわたしを呼ぶ。 「縫い直したんだけど、おかしくないかしらね?」 こう言って見せてくれるのは、数十年前に母が着ていた、見覚えのあるブラウス、ジャケット、ワンピースたち。 容貌も体型も変化した八二歳の母。タンスの肥やしとなっていた死蔵の衣服を現在の好みに、自ら仕立て直し甦えらせているのだ。 しかも昔の服ばかりを仕立て直しているのではない。数年前に [続きを読む]
  • とうとう……
  •  次女が高校に入学した4月から、その影はチラついていた。以前ここでそのことを書いたが、娘の学校へ赴くたびに、もう逃げられないかもしれない、という思いがつよくなっていた。そしてとうとう、その時がきた。  「10月◯日、『△△△』にて、第1回ダンス部飲み会決定」 ダンス部1年生のハハたちを仕切ってくれているAさんからメールが届いた。 初の顔合せとなった当日。互いによくわからないまま、それでもなんとなく聞き [続きを読む]
  • まじない
  •  「いってらっしゃい、気をつけてね」 出かけてゆくひとの背中へ、わたしはまじないをかける。 「いってきます」 出かけてゆくひとは、たいていわたしと視線を合わせ、そのことばを置いていく。「頑張ってくるね」という気合いだろうか、あるいは「留守をたのんだよ」という願いか。それとも「いましばらくは離れるけれど、帰ってきますよ」という帰巣性(きそうせい)がそう言わしめるのか。いやいや、考えすぎ。単なる挨拶 [続きを読む]