のんびり播磨、ゆっくり散策 さん プロフィール

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のんびり播磨、ゆっくり散策さん: のんびり播磨、ゆっくり散策
ハンドル名のんびり播磨、ゆっくり散策 さん
ブログタイトルのんびり播磨、ゆっくり散策
ブログURLhttps://2015harima.muragon.com/
サイト紹介文知られていない兵庫県播磨地方の観光情報を詳しく紹介します。 毎週日曜日・祝日に更新します。ご期待くだ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供10回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2015/11/29 10:40

のんびり播磨、ゆっくり散策 さんのブログ記事

  • 城下の歴史遺産探し −江戸時代・外濠内編― 2
  • 姫路城下の歴史遺産探し 江戸時代・外濠内の歴史遺産を下記の地図でご参照ください。 1.船場川 当時の城主?本多忠政公が船場川を改修し、城下から飾磨港へ通じる舟運を開いたのをキッカケに「船場川」と呼ばれました。 船場川を上下する高瀬舟は、米?木綿?薪?炭?塩などを運び、昭和4年まで運行していたそうです。 江戸や大阪から飾磨港に運ばれて来た生活物資を、船場川を往来していた高瀬舟で運び、積み降ろし [続きを読む]
  • 姫路城下の歴史遺産探し −江戸時代・中濠内編 3―
  • 姫路城下の歴史遺産探し 江戸時代・中濠内の歴史遺産を下記の地図でご参照ください。 江戸時代の代表的な町名 1.桜町 当時、家老屋敷跡公園・大手門駐車場一帯を「桜町」と呼ばれていました。 この周辺には、家老屋敷が建ち並び、屋敷と屋敷の間の通りに桜並木があったことから名付けられたそうです。 2.小桜町 現在の大手前公園一帯を「小桜町」と呼ばれていました。 このあたりに藩の「御用場」が建っていました [続きを読む]
  • 姫路城下の歴史遺産探し −江戸時代・中濠内編 2―
  • 姫路城下の歴史遺産探し 江戸時代・中濠内の歴史遺産を下記の地図でご参照ください。 中濠の城門 1.中之門跡 この門は、外曲輪の飾磨門から内曲輪の桜門へ通じる大手筋に設けられ、門名は中曲輪南面の五門の中央に位置することから名付けられました。 現在は石垣の一部が残っています。 2.クマタカ門跡 この門は中濠南側やや西方の本町と坂元町の間に建てられ、比較的小さな枡形と渡り櫓をもつ門でした。門名は明らか [続きを読む]
  • 姫路市中心市街地 近代歴史遺産探し
  • 姫路市中心市街地の近代歴史遺産探し ―明治・大正・昭和初期― 姫路市中心市街地 近代歴史遺産探し ー明治・大正・昭和ー を下記の地図でご参照ください。 1.「中壕」は国道、「外濠」は鉄道建設で埋め立て! 外濠は鉄道の開通、中壕は昭和7年国道2号線に。 それまで、そのまま残っていましたが、時代の要求から次々と埋め立てられました。 国道2号線には「中濠埋立之碑」が建てられています。 2.城主・本多家の [続きを読む]
  • 城下の歴史遺産探し −江戸時代・外濠内編― 1
  • 姫路城下の歴史遺産探し 江戸時代・外濠内の歴史遺産を下記の地図でご参照ください。 1.長壁神社とゆかた祭り 長壁神社は、千年以上前から現在の姫路城のある姫山に鎮守神として祀られていましたが、安土桃山時代に黒田官兵衛や羽柴秀吉(豊臣秀吉)が姫山に本格的な城を築き、池田輝政が現在の姫路城に改修してからは、城内にある長壁神社には武士以外は参拝できなくなっていました。 【ゆかた祭り】 1732年(享保17 [続きを読む]
  • 姫路城下の歴史遺産探し −江戸時代・中濠内編 1―
  • 姫路城下の歴史遺産探し 江戸時代・中濠内の歴史遺産を下記の地図でご参照ください。 1.東御屋敷 城主・本多忠政公のとき、姫路城の東西に御屋敷が建てられました。 東御屋敷は現在の城見台付近に建てられ、美しい庭と宏壮(こうそい)な建物が建っていたそうです。 この御屋敷は、藩主が居住するために造られたもので、酒井家の時代には、藩政を司る重要な場所でありました。 2.西御屋敷 西御屋敷は現在の好古園付近に [続きを読む]
  • 相生市を訪ねて
  • 相生の由来 大嶋城(後記参照)の城主となった海老名氏が相模国(さがみのくに:現在の神奈川県海老名市)出身であることから、浦名として呼ばれていた「おお」に相模生まれの漢字を宛てたのが「相生」の由来であるという説が有力といわれています。 「造船のまち」として知られている相生市は、年間を通じて瀬戸内海特有の穏やかな気候風土に恵まれ、瀬戸内海国立公園・西播丘陵県立自然公園など自然景観にも恵まれたところです [続きを読む]
  • 名水百選 宍粟市・千種川の水
  • 名水百選とは、1985年(昭和60年)3月環境庁(現・環境省)が、全国の湧水・河川(用水)・地下水を100カ所を選定したものです。 兵庫県では、「宮水(みやみず:西宮市)」と「布引渓流(ぬのびきけいりゅう:神戸市)」、「千種川(ちくさがわ:宍粟市)」の3カ所選定されています。 阿舎利(あじゃり)の水 一宮町河原田釜河内から阿舎利へ続く市道に湧き出る名水です。 所在地  宍粟市一宮町河原田(かわはら [続きを読む]
  • 宍粟市山崎町を訪ねて (宍粟市)
  • 山崎町の由来は、重なり連なる山々の崎の意味だそうです。 江戸時代、池田輝澄が山崎城を築城したことを機会に、城下町として発展を見せ、地域独自の歴史・文化が築かれ、経済・文化・交通の要として重要な役割を果たしてきました。 山崎藩陣屋門(紙屋門) 1615年(元和元年)池田輝澄によって築城された「山崎城」(別名:鹿沢城)の面影を残す紙屋門です。 近くには、旧山崎町の貴重な歴史資料を集めた「山崎歴史郷土館 [続きを読む]
  • 宍粟市千種町を訪ねて (宍粟市)
  • 播磨国風土記に「敷草村、敷草為神座故曰敷草」と記され、古くは「敷草村」と呼ばれ、後に「千草」、明治22年村制の施行で「千種村」となりました。 古代から明治まで、日本刀の原材料として名声をはせた「千種鉄」や「たたら製鉄所」の遺跡が町内のいたる所で見られるなど、和鉄の郷として繁栄してきました。 また、清流千種川と1,000m級の山々(中国山地)の豊かな大自然に育まれ、昭和50年代初期まで農林産物の生産 [続きを読む]
  • 宍粟市一宮町を訪ねて (宍粟市)
  • 一宮町の由来は、伊和神社が播磨国一の宮であることが由来だそうです。 播磨国風土記によれば、伊和大神は揖保川流域を中心に西播磨一帯を支配した大勢力が尊崇(そんすう)した神です。 ここ一宮町は、縄文時代から中世にかけて大規模な複合遺跡・竪穴式住居による家原遺跡が発見されるなど、兵庫県の縄文時代の指標ともなる重要な遺跡や国重要文化財・御形神社など歴史・文化遺産を数多く有しています。 播磨国一の宮 伊和神 [続きを読む]
  • 宍粟市北部、波賀町を訪ねて (宍粟市)
  • 波賀町の由来は、播磨風土記に出てくる雲箇里(うるかのさと)の波加村で、平安時代・京都石清水八幡宮の荘園(しょうえん:有力な貴族や寺院がもつ田畑のこと)に組み入れられ「伯可荘」「はかの庄」と呼ばれていたことから名付けられました。 波賀城史蹟公園 1990年(平成2年)宍粟郡波賀町が波賀城跡の発掘調査をし、史跡公園として整備されました。 山頂の城郭に至る遊歩道があり、城郭内には二層櫓・冠木門(かぶき) [続きを読む]
  • ちくさ高原ゆり園
  • ちくさ高原ゆり園 ちくさ高原ゆり園は、ちくさ高原スキー場の約20万?のゲレンデの斜面を利用し、約50種150万輪の「ゆり」が植えられています。 この「ゆり園」では、スキーのペアリフト(延長560m)で登り、標高1,000mのスキー場のゲレンデを下山しながら約50種類のユリを鑑賞することができます。 遊歩道の途中には撮影スポットや休憩所が設けられています。 開花時期  7月中旬〜8月中旬 入場料   [続きを読む]
  • ひまわり
  • ひまわり アメリカ合衆国のテキサスやカリフォルニアが原産地で、1666年日本に入ってきたそうです。 ヒマワリの属名ヘリアンツスは「太陽」と「花」という意味だそうです。 英語は「サンフラワー」、わが国では「向日葵(ヒマワリ)」「日輪草(ニチリンソウ)」「日車(ヒグルマ)」などと呼ばれています。 南光ひまわり畑 南光地域の畑には約120万本のひまわりが栽培されています。 開花時期 7月上旬から8月上旬 [続きを読む]
  • 播磨のアジサイの名所
  • アジサイ 梅雨時期の風物詩として親しまれ、鑑賞用に庭園や公園に植栽されてきました。咲き始めは白っぽく、次第に色が変ってくることから「七変化」とも呼ばれています。 では、播磨地方のアジサイの名所をご紹介します。 北播磨地方  ・兵庫県立加西フラワーセンター    所在地   加西市豊倉町飯森1282−1     ?    0790−47−1182      開園時間  9時〜17時 [続きを読む]
  • 佐用町三日月地域を訪ねて (旧佐用郡三日月町)
  • 2005年(平成17年)10月1日、佐用郡の佐用町・上月町・南光町・三日月町が合併し、新たに佐用町が発足しました。 三日月藩・乃井野(のいの)陣屋館 1697年(元禄10年)、津山藩森家の改易(かいえき:江戸時代に侍に科した罰で、身分を平民に落とし、家禄(かろく:給与)や屋敷を没収すること。)で、分家の森長俊が三日月の地に移住し、佐用郡・宍粟市・揖保郡の一部を治め、1万5千石の藩主となりました。 [続きを読む]
  • 佐用町南光地域を訪ねて (旧佐用郡南光町)
  • 2005年(平成17年)10月1日、佐用郡の佐用町・上月町・南光町・三日月町が合併し、新たに佐用町が発足しました。 南光ひまわり畑 南光地域の畑には約120万本のひまわりが栽培されています。 (開花時期:7月上旬から8月上旬頃) ひまわり祭り 開催時期 7月中旬〜(約2週間)  入園料 200円(中学生以上) 南光スポーツ公園(佐用町林崎839)周辺で開催 播磨一本堂(光福寺)のしだれ桜 昔々、千 [続きを読む]
  • 佐用町上月地域を訪ねて (旧佐用郡上月町周辺)
  • 2005年(平成17年)10月1日、佐用郡の佐用町・上月町・南光町・三日月町が合併し、新たに佐用町が発足しました。 上月城跡 1336年、上月次郎景盛が大平山に砦を築き、二代目の盛忠がこの地に移し、城を築きました。 この地は、織田信長に命を受けて中国侵攻する秀吉勢と中国の毛利勢との境に位置したことでも有名な地です。 尼子(あまこ)家再興に燃えた山中鹿介(しかのすけ)の最後の地としても知られています [続きを読む]
  • 因幡街道宿場町・平福を訪ねて (旧佐用郡佐用町平福周辺)
  • 2005年(平成17年)10月1日、佐用郡の佐用町・上月町・南光町・三日月町が合併し、新たに佐用町が発足しました。 ここ平福は、因幡街道随一の宿場町として栄え、「利神城跡」や「宮本武蔵、最初の決闘の場」などの歴史遺産が数多く残っています。 街道沿いの古い町並みや街道裏側の佐用川沿いの川座敷・土蔵群など、ノスタルジックな雰囲気が楽しめます。 ここ平福が注目されたのは、郷ひろみさん・岩下志麻さんが主演 [続きを読む]
  • 佐用町を訪ねて (旧佐用郡佐用町周辺)
  • 2005年(平成17年)10月1日、佐用郡の佐用町・上月町・南光町・三日月町が合併し、新たに佐用町が発足しました。 ここ佐用郡は、出雲街道と因幡街道が交差し、千種川水系の佐用川(さよがわ)沿いの盆地に街が形成された地域です。(約8割が山林) 晩秋から冬にかけての早朝、「佐用の朝霧」と呼ばれる霧が立ち込めることでも有名です。 乙大木の棚田 千枚の広がりと昔ながらの農村風景が楽しめる「乙大木の棚田」は [続きを読む]
  • 智頭急行・始発駅「上郡町」を訪ねて
  • 1994年(平成6年)に智頭急行が開業してからは、智頭急行線(上郡駅と鳥取県・智頭駅を結ぶ56.1km)の始発駅として電車ファンには有名です。 上郡駅には智頭急行の他に、鳥取県の倉吉駅(一部は鳥取駅)と京都駅を結ぶ特急「スーパーはくと」が1日7往復。鳥取駅と岡山駅を結ぶ特急「スーパーいなば」が1日6往復しています。 富満寺萬勝院(とどまじまんしょういん:ぼたん寺) 冨満高原の山頂に行基菩薩の開祖と [続きを読む]
  • 有年周辺を訪ねて (赤穂市)
  • 有年は、赤穂市の北に位置し、古代の遺跡が多く残っている地域です。 県下最古の駅舎・有年駅 JR西日本・山陽本線・有年駅舎に掲示されている建物財産標に1890年(明治23年7月)と書かれています。 兵庫県で現存する最古の駅舎で最古です。 赤穂市立有年考古館 有年考古館は、松岡秀夫医学博士によって1950年(昭和25年)10月に設立された考古・民俗資料館です。 松岡医師は「日本最小の考古館」と自称され [続きを読む]
  • 港町・坂越を訪ねて (赤穂市)
  • 7世紀半ば、中央から難をのがれてきた秦河勝(はたのかわかつ:古代の官人。聖徳太子の近臣)が漂着し、ここ生島に埋葬されたという伝説が残っています。 坂越の町は、波静かな坂越湾に浮かぶ原生林「生島(国・天然記念物)」とそれを取り囲む緑豊かな山々、山裾の広がる伝統的建造物群の古い町並みと坂越湾の美しい眺望で有名です。 生島 坂越湾内に浮かぶ周囲1.63kmの小島のことです。大避神社(おおさけじんじゃ)の [続きを読む]
  • 赤穂御崎周辺を訪ねて (赤穂市)
  • 赤穂温泉 赤穂温泉は、瀬戸内海に突き出した赤穂御崎のことです。 平成12年、新しい泉源からお湯を引いたのを機会に「赤穂温泉」に改名しました。 赤穂御崎は、家島や小豆島などの瀬戸内海に浮かぶ島々や、天気の良い日には四国まで見渡せます。 この御崎から望む夕陽は美しく、「日本の夕陽百選」に選ばれています。天気のいい日にはお風呂から眺める瀬戸の夕暮れは感動ものです。 泉 質  弱放射能・塩化物強塩低温泉 [続きを読む]
  • 赤穂城下を訪ねて (赤穂市)
  • 四季を通じて楽しめる赤穂 春は赤穂御崎の一目5,000本の桜、5月・6月は潮干狩り、夏は海水浴や釣・ヨット・サーフィン、秋は瀬戸内三大船祭「坂越船祭」や塩屋荒神社や赤穂八幡宮の「秋祭」、冬は赤穂義士祭、討ち入りを果たした12月14日に開催されます。 討入姿をした義士行列など、忠臣蔵パレードが見ものです。 浅野家と義士の寺「花岳寺」 禅の曹洞宗、本山は永平寺。赤穂藩祖浅野長直公によって1645年(正 [続きを読む]