古事記・日本書紀・万葉集を読む さん プロフィール

  •  
古事記・日本書紀・万葉集を読むさん: 古事記・日本書紀・万葉集を読む
ハンドル名古事記・日本書紀・万葉集を読む さん
ブログタイトル古事記・日本書紀・万葉集を読む
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/katodesuryoheidesu
サイト紹介文コピペで学位は自己責任で。 「上代語ニュース」にまとめも。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供91回 / 365日(平均1.7回/週) - 参加 2015/12/13 00:06

古事記・日本書紀・万葉集を読む さんのブログ記事

  • 大物主神の御前を翳(さしば)で祭れ 其の一
  •  三輪山伝説の主話については、本ブログ「三輪山伝説 其の一」以下で詳述した。夜な夜な活玉依毘売のもとを訪れていた神の素性について、はにわり(半月、黄門、pa??aka)であることを明らかにした。今回は、その前に記されている崇神朝の疫病と人口減少、オホタタネコによる祭祀によって疫病が止んで国家が太平を取り戻した記事について解説する。 此の天皇の御世(みよ)に、?病(えやみ)多(さは)に起りて、人民(おほ [続きを読む]
  • 牓示札(ぼうじさつ)のこと
  • 加賀郡牓示札(石川県津幡町賀茂遺跡出土、9世紀半ば、「石川県埋蔵文化財センター」様)「加賀郡牓示札の掲示状況」(平川南『日本の原像―新視点古代史―全集日本の歴史第二巻』小学館、2008年、口絵5頁続をモノクロ化した。) 牓示札として石川県津幡町賀茂遺跡出土品が知られている。平川南、同上書に、「この牓示札は一一五〇年前、九世紀なかばの古代の村に立てられていた『御触書(おふれがき)』なのである。」(14頁)、 [続きを読む]
  • 十七条憲法の「和」について 其の三
  • (承前)(注1)和辻、前掲書に、「この憲法は、憲法と呼ばれているにかかわらず、形式の上で道徳的訓戒に近いものである。……憲法は、国家のことに関する限りの人の道を説いたものである……。従ってそれは、官吏に対して、官吏としての道徳的な心がけを説いたものである。その関心するところは公共的生活であって、私的生活ではない。その説くところの心がけも、おのずから国家の倫理的意義を説くことになるのである。」(115頁 [続きを読む]
  • 十七条憲法の「和」について 其の二
  • (承前) 憲法十七条には、「和」の字が4字使われている。それを文意に応じて読み分けることをしたのか。例えば、「與」という字も4字使われている。「與公」(第十二条)、「與衆」(第十七条)とある個所は、助詞のトと訓み、「與聞」(第十三条)は、動詞でアヅカリと訓んでいる。同じ字でも前後を見渡して読み分けられている。この例からすれば、同じ「和」とあっても、違うヤマトコトバで訓んでかまわない。太子がプレゼンで [続きを読む]
  • 十七条憲法の「和」について 其の一
  •  夏四月丙寅朔戊辰皇太子親肇作憲法十七條一曰以和為貴無忤為宗人皆有黨亦少達者是以或不順君父乍違于隣里然上和下睦諧於論事則事理自通何事不成二曰篤敬三々寶々者佛法僧也則四生之終歸萬國之極宗何世何人非貴是法人鮮尤悪能教従之其不歸三寶何以直枉三曰承詔必謹君則天之臣則地之天覆地載四時順行万氣得通地欲覆天則致壊耳是以君言臣承上行下靡故承詔必慎不謹自敗四曰羣卿百寮以礼為本其治民之本要在乎礼上不礼而下非齊下無礼以 [続きを読む]
  • 福富草紙に見る「真床追衾」
  •  サントリー美術館にて、「絵巻マニア列伝」展(〜5月14日迄)が開かれています。歴代の絵巻好きが本当に絵巻を見ていた記録と、当時見ていたかもしれない本物の絵巻とが展示されています。上野友愛先生のお話では、絵巻は肩幅にひらき、見ては巻き、巻いては見ての繰り返しをするので、VHSのビデオを見るのに似ているとのこと、また、ガラス越しにパノラマで見るのは往時とは違うとも仰っていました。私は、立って絵巻を見る [続きを読む]
  • 鳥「甘」とは何か 其の二
  • (承前) 飼うことには、人間と動物との関わりのなかで、一種独特な、文化的要素が現われる。パブロフの犬のように、習慣化すると動物の方が反射的に寄って来ることを利用したものである。甘えの構造である。そして、人間が与える餌を貰いに来るのは、うまいからである。期待して寄って来るのだからすでによだれが出ている。鳥などによだれがあるのか実際の問題ではない。比喩表現である。ご飯だよ、おやつだよ、と女性に呼ばれて [続きを読む]
  • 鳥「甘」とは何か 其の一
  •  記紀に鳥甘とは、鳥養部、鳥飼部のことで、それぞれトリカヒ、トリカヒベと訓む。スワンのような鳥を飼う部民とされている。ヤマト朝廷において、どのように鳥養部が存していたかについては、今日まで少しだけ議論されてきた。しかし、「甘」字をもってなぜカヒと訓むのかについては、あまりにも難しい課題であるため、研究はほとんど皆無と言っていい。瀧川政次郎「鳥甘部考(上)」『日本歴史』第272号(1971年1月)に、「猪甘 [続きを読む]
  • 天孫降臨 其の五
  • (承前)(注11)紀一書第六に、「竹島」とある個所、傍訓にタカシマとあるが、筆者はタケシマではないかと考える。キノコはタケである。シイタケ、マツタケ、ヒラテケ、ワライタケ、エノキダケ、などなどである。和名抄に、「菌 尓雅注に云はく、菌〈音窘、太介(たけ)、今案ずるに数種有り。木菌、土菌、石菌、並びに兼名苑に見ゆ〉は形、盖に似る者也といふ」とある。なお、塔には五重塔のように層を重ねるものがある。ツクシ [続きを読む]
  • 天孫降臨 其の四
  • (承前) それが本当に「真床追(覆)衾」なのか。マドコオフフスマのマドコオフは、フスマ(衾)にかかる枕詞なのかもしれない。床(とこ、ト・コは乙類)とは、一段高くしたところのことをいう。オフは、「追」という用字からは先払いのことが思い出され、「覆」という字からは被せておおうことが惹起される。「覆ふ」は「負ふ」と同根の語である。背中におんぶすることである。きちんと「覆」ひながら「負」うためには、二人羽 [続きを読む]
  • 天孫降臨 其の三
  • (承前) カイツブリの最大の特徴は、弁足の水掻きである。「水掻きの」という枕詞は、「久(ひさ)し」にかかる。三省堂の時代別国語大辞典に、「神社の玉垣の久しく栄えつづく意で、久シにかかる。」(708頁)とされている(注16)。 処女(をとめ)らを 袖布留山(そでふるやま)の 瑞垣の 久しき時ゆ 思ひけり吾は(万2415) 楉垣(みづかき)の 久しき時ゆ 恋すれば 吾が帯緩(ゆる)む 朝夕(あさよひ)ごとに( [続きを読む]
  • 天孫降臨 其の二
  • (承前) カササ(笠沙)という音はわざとらしいと気づかなければならない。笠を被った先払いの姿は、江戸時代には参勤交代でよく目にする。陣の先頭を行く者が、挟み箱という衣裳ケースをかついでいる。先箱ともいう。どうして衣裳ケースが先頭を進むのか、筆者には“合理的な”理解ができない。“歴史的な”理解ならできる。それが飛鳥時代に遡ると、大胆にも言うことができる。警蹕(けいひつ)のことである。紀には、 兵仗( [続きを読む]
  • 天孫降臨 其の一
  •  いわゆる天孫降臨神話(注1)は、(1)天神の命令で平定された葦原中国(あしはらのなかつくに)に天津日子番能邇々芸命(あまつひこほのににぎのみこと)(天津彦彦火瓊瓊杵尊(あまつひこひこほのににぎのみこと))がお伴の諸神とともに行くこと、(2)天(あめ)の八衢(やちまた)に立っていた猿田毘古神(さるたびこのかみ)(猨田彦大神(さるたひこのおおかみ))が先導して降り立つこと、(3)天宇受売命(あめのうずめのみこ [続きを読む]
  • 貂、あるいは手について
  • ホンドテン(キテン)(「TSUJI, Yamato(辻大和)」様、3月26日、上野動物園で「マレーヒヨケザルの未来に向けて―現地調査による基礎生態の解明―」の講演会が予定されています。上野動物園公式サイトからお申し込みください。先着順80名のようです。)ホンドテン(スステン?)(「しゅんたのtoritori」様) 上はテンである。テンの毛皮のことは、源氏物語・末摘花に「ふるき」とある。それは、渤海などからの輸入品らしいとさ [続きを読む]
  • 猿田毘古神と猿女君 其の三
  • (承前)(注2)12世紀の梁塵秘抄に、「御厩(みまや)の隅なる飼ひ猿は、絆(きづな)離れてさぞ遊ぶ、……」(353)とあり、13世紀末の一遍聖絵にも、厩につながれた猿の姿が見られる。一説に、インド・中国から、猿は厩の守り神であるという思想が伝わったからであるとされる。筆者は語学的立場から、猿轡と馬の轡との共通テーマに由来を求めるものである。轡を食ませることとは、有無を言わせないこと、すなわち、黙らせること [続きを読む]
  • 猿田毘古神と猿女君 其の二
  • (承前)訓蒙図彙(朝倉治郎監修『訓蒙図彙集成第三巻』大空社、平成10年、78頁) ひらぶ貝は、タイラガイのこととされる。タイラガイはタイラギともいう。タイラガイという言い方は重言かとも言われる。白川静『字訓 新装普及版』(平凡社、1995年)に、「たひらか」は、「ものに高低がなく、広やかであること。『ひら』は『ひろ』と同系の語で、『ひら』は高低のないことをいい、『ひろ』は広がりを主にしていう。『た』は接頭 [続きを読む]
  • 東洋文庫ミュージアムはやはり楽しい
  • ロマノフ王朝展(〜4月9日迄)相変わらず不思議な世界を楽しませてくれます。(絶好調の1行キャッチコピーはありませんでしたが。)画版のような首枷でした。泥棒が晒し者になっているところ(日露戦争写真集、20世紀前半、パリ、Aune station,un voleur exposé dans la cangue)北極海航路を探していたらクジラを見つけて争いになっています。ペリーが来るだいぶ前のことですね。ノルウェー沖スピッツベルゲン島周辺での英蘭捕鯨 [続きを読む]
  • 猿田毘古神と猿女君 其の一
  •  記紀の天孫降臨の話に、猿田毘古と猿女君という配役が登場する。ここでは、古事記の話を中心にして、日本書紀(注1)を参照していくことにする。 爾に日子番能邇邇芸命(ひこほのににぎのみこと)、天降りまさむとする時に、天之八衢(あめのやちまた)に居て、上(かみ)は高天原を光(てら)し、下(しも)は葦原中国を光す神、是に有り。故、爾に天照大御神・高木神の命(みこと)を以て、天宇受売神(あめのうずめのかみ) [続きを読む]
  • 応神記の名易え 其の三
  • (承前)(注1)「伊奢沙和気大神之命」を伊奢沙和気大神の御言(みこと)の意と論証されているものとして、坂下圭八「伊奢沙和気大神」前掲書がある。また、誰の夢に託宣を聞かせてくれたのかについては、本居宣長、前掲書(国会図書館デジタルコレクション(229/577))に、「此(コ)は太子の御夢には非(アラ)で御供人(ミトモビト)の夢なるべし」(1625頁)とし、武内宿禰の夢であるとする。後文に、「御子、令レ白二于神一 [続きを読む]
  • 応神記の名易え 其の二
  • (承前) さて、それでは、「胎中天皇」とも記されることのあった太子(応神天皇)の元の名は、何であろうか。ふつうなら生れていて乳母に抱っこされ、名前が付けられて呼ばれていたであろうときに、お腹の中にいるのだから名前が付けられていない。これは異常事態である。あるべき名がない。名がない子どもとしてお腹の中にいた。ナ(名)はナ(無)かった。ナ(腹、中)にあった。ナ(己)にはどうすることもできない。それをど [続きを読む]