suetumuhanaのブログ さん プロフィール

  •  
suetumuhanaのブログさん: suetumuhanaのブログ
ハンドル名suetumuhanaのブログ さん
ブログタイトルsuetumuhanaのブログ
ブログURLhttp://suetumuhana.muragon.com/
サイト紹介文日常のエッセイ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供82回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2015/12/14 20:22

suetumuhanaのブログ さんのブログ記事

  • 一年生がんばれ
  • 朝、お母さんに手を引かれて小学校に向かう新一年生のランドセルの後ろは交通安全のための黄色いカバーがまだ真新しいです。今朝、おうちを出る前に何があったのか目を真っ赤にして半泣き状態の新一年生がおかあさんに手を引かれて学校へ向かいます。きのう先生に言われてもっていかなくてはならないものが見つからなかったのか、クラスに幼稚園時代からのいじめっこがいるからか、それとももう始まった給食に苦手なものが今日は出 [続きを読む]
  • イースターの礼拝でした
  • 私はイースターに洗礼を受けてキリスト者として生きようと覚悟を決めてもう37年になります。信仰の初期の頃より段々と現実を見つめて信仰を持てるようになった気がします。何より気をつけねばならないのは教会と自分の信仰が世間から浮世離れをしたものにならないようにという事でしょう。聖書の中の記述の矛盾等にもしっかりと目を向けてまじめに文献としても聖書を読む目を持つことを大事にしたいと思います。 [続きを読む]
  • 春の鴨川の河原は空気がやわらかい
  • その日はいい天気だった。映画に行くのもいいし神社やお寺を巡ってやはり京都は情緒があるなぁというのもいいけどそんな日は鴨川をまっすぐ北へ歩くことにした。ちょうど三条大橋で河原に下りた。今は東べりもきれいに整備されて散歩にふさわしいものになったけれどやっぱり当時は西側の河原の方がいろいろと面白かった。なんといっても夏になると川ゆかを出すお料理屋さんがずらっと並んでいるし橋の下はちょっとスリルもあった。 [続きを読む]
  • サロンでした。
  • 若い頃、韓国語を習っていたところで、たまたま私より30歳ほど年上の方と出会いました。その方はご両親が韓国から日本に来られた在日2世の方でした。さて、その方の家には様々な方が集うサロンのようでした。そしてどういう訳か私もその仲間にいれてもらいました。もう当時のその方の年を私は越えてしまったし、その方ももう数年前に亡くなりました。わたしはその葬儀にもその後の親族ばかりの集まりにもいさせてもらいました。 [続きを読む]
  • 眼科においての出来事
  • 私はみつきに一度程度眼科で診療をうけなくてはなりません。その時に、毎回同じ先生に診ていただくことになるんでおのずと受診の曜日が決まっています。その眼科では複数人の医師がいらして、できるだけ継続して同じ方に診ていただいた方がいいんではと思うからです。するとその曜日はどうも白内障の手術の日でもあるらしく毎回私が待合で待っていると眼帯をした患者さんが向こう側の扉から出てこられるのを目にします。さてその日 [続きを読む]
  • 誕生日のケーキ
  • 帰りにケーキ屋さんによって誕生日のケーキを買って帰ろうと決心したのはその建物を出る直前でした。でもその時はまだカットされたケーキを数種類買ってみんなでスプーンの先でとりあってちょっとずつ味見するつもりでした。さてところがそこのケーキ屋のオーナーらしき明らかに私よりずっと年上のお姐さんが「お誕生日は一年に一度なんだからホールのケーキを買いなさい。」とおっしゃるではありませんか。こっちはこっちで来週の [続きを読む]
  • 彼女は長崎から来ました
  • 私たちのサークルは体育会ほど重厚ではなかったけれど愛好会のように軟弱でもなかった。他校との試合も結構あったし、それから春と夏の合宿も結構本気だった。夏は毎年富士山の見える民宿で十日間の缶詰状態だった。(先輩たちはその状態を禁パチと呼んでいた)毎朝きれいな富士山が窓の向こうの山中湖越しに現れると京都ほど湿度がない分ちょっと楽なんだけどそれでも結構日差しのきつい中午前と午後に練習があった。午後の練習の [続きを読む]
  • 今日は卒業式だったそうです。
  • 夕方、街ですれ違う人の中に振袖に袴姿の方やスーツ姿の方で手に私の卒業した学校のマークの付いた紙袋を下げている人を見ました。今日は卒業式だったんでしょう。私がこの学校を出たのはもう35年ほど前になります。昨日たまたま、履歴書を書くことがあってもうそんなになるんだとあらためて思い至ったものです。私の卒業式の日にはもちろん携帯電話もなく友人と連絡をとるのもLINEなどという便利なものなどありません。さて [続きを読む]
  • 大丸百貨店に行きました
  • ちょっとした用事で大丸に行きました。地下の食料品売り場はお中元やお歳暮の時にたびたび利用するんですが用事があってエレベーターに乗って上の階まで行ったのはほんとに何年振りかというよう出来事でした。何しろ私たちは小さいころから大丸百貨店などと呼ぶことはありませんでした。いつもかの百貨店は「大丸さん」と呼んでいたのす。おそらくこの辺りの人々は大人も子供も「大丸さん」としか呼びませんでした。私たちは真夏の [続きを読む]
  • 桜はほんとは山桜だとか
  • むかしむかしまだ高校生の頃、国語だったか日本史だったかの先生が春の桜の咲いている頃にこんなことをおっしゃいました。「本来、日本人がほめたたえてきた桜は今咲いているソメイヨシノではなくて山桜なんだ。」と。その先生によると春の気候のもやっとしたころに春霞が似合うような「ソメイヨシノ」は昔から詩歌に詠まれた桜ではなくてあれは「やまざくら」のことなんだということらしい。その言葉を聴いてからなんとなく私の心 [続きを読む]
  • 真夜中に音楽を
  • 受験勉強は結構本気で頑張った。そう、睡眠時間が2〜3時間なんていうこともよくあった。そんな日には夜中にちょっと息抜きという事でラジオから音楽を流した。その頃は今のように東京キー局からの放送を流すんじゃなくて京都の放送局が独自の放送をやっていた。話し手の話術も優れていたのかそれとも話題がその土地の事柄だったからだからか、つい話に聞き入ったりした。もうそんなに頑張るようなことはこの年齢になるとすっかり [続きを読む]
  • あの本はどうしましょう
  • かなり以前にお借りした本をどうしましょうかと友人に尋ねられました。その方はたくさんの本があるんでちょっと整理中だそうです。私自身はその本をその方にお譲りしたつもりでいましたのでどうぞ誰か本の好きな方にお譲りくださってかまいませんよと申し上げました。さてその本というのが2冊ありまして、どちらも京都が舞台になっている小説なんです。そのうち一冊は懸賞で当たったもので著者のサイン入りです。そこでその本を次 [続きを読む]
  • その宝石は何ですか
  • 私の生まれつきは4月です。4月の誕生石はダイアモンドだそうです。この誕生石という概念はのはどんな時に必要なのかよく知りません。例えば婚約する折に相手の誕生月に合わせてその宝石の指輪だったりイアリングだったりを贈ることになるんでしょうか。私はそんなことは別にしてアクアマリンというのが好きなんです。あの色を見ていると瀬戸内海の穏やかな海を思い出すんです。尾道に行ったときに山の上から見た瀬戸内海の海です [続きを読む]
  • 浅間山荘事件の番組をみて
  • 私たちの学生の時代にはまだ自己批判という言葉が生きていました。私の友人は確かゼミを無断欠席した時つまりゼミをさぼったとき当時のゼミの指導教官が「次週までに自己批判文を書いてくるように。」と注意されていましたしその言葉に違和感を覚えませんでした。まだ校舎のあちこちにかの独特の書体で書かれた立て看板もたっていました。まだ社会をよくしようとそれぞれが個人で考えることが求められている時だったんでしょう。で [続きを読む]
  • 35年前のブレザー
  • 先日、礼拝の司会の番だったのでちゃんとネクタイをして教会に行きました。その時に着用していたのが学生の頃にIVY専門店で買ったブレザーでした。何しろIVYファッションには流行がないので次々と服が売れないんですよとそこの店員さんがおっしゃっていましたが全くその通りで何しろ学校の卒業式にもそのブレザーを着たんでもうそこから35年になります。フランネル生地で胸に仰々しい刺繡のエンブレムが付いています。そう [続きを読む]
  • 早春の鴨川河原を歩いてみた
  • まだまだ空気は冷たいんだけれど日差しが結構勢いのあるものに変わってきたので昼過ぎの一番太陽の光がまぶしい時間に鴨川の河原を自転車を押して歩いてみました。学生さんが団体で何か集団演習の練習を向こう側の河原でしています。私も今から30数年前この河原で無駄な時間を有意義に過ごしました。今思うと「無駄な時間を過ごす」のと「時間を無駄に過ごす」ことの違いがよく分かります。ある時は映画を観ての帰りその余韻に浸 [続きを読む]
  • 名曲喫茶
  • 学校の帰りの道すがら小さな名曲喫茶店がありました。公園の向かいの住宅街に中にあってちょっと注意していないと通り過ぎてしまうような店でした。よく行っているクラシック音楽好きの友人から教えてもらってちょくちょく学校の帰りに寄っていました。ところが私はクラシック音楽がそんなに好みではなくてでも当時の大きないい音のするスピーカーとたぶんいい値段のするステレオとレコード盤の上で神経質に動いているレコード針が [続きを読む]
  • 久しぶりの早朝のぞみ
  • 去年の秋に早朝のひかりで小田原駅まで行ったときは自由席の車両一両に客が二人というゆったりしたものだったんだけど今回、同じ早朝ののぞみはさすがに指定席ですら満員の乗客でした。皆、朝早くからそんなに忙しいのかと思います。その上席に着くなりスマートフォンにイヤホンマイクをさして前の椅子の裏のテーブルを引き出してそのスマートフォンをテレビ代わりに何やら観賞しておられます。反対側の隣人はテーブルの上にパソコ [続きを読む]
  • ジェットストリーム
  • むかし、日付が変わる頃、ジェットストリームという番組がFM放送で流れていました。時刻になるとミスターロンリーの音楽とともにナレーションが始まって、本当に夜中に地平線に向かって飛び立つ飛行機が目に浮かぶようでした。さてそれから数年、私は冬の夕方星空に向かって飛び立つパンアメリカンの飛行機に乗ってLos Angeles空港に向かった時、頭の中にこのナレーションとミスターロンリーが聞こえてきました。数時 [続きを読む]
  • 20歳の原点
  • 私たちのサークルでは毎年春の新入生の歓迎会の頃と活動シーズンが終わる冬前に二回サークル内で文集のようなものを出していました。担当の役員が先輩後輩からOB,OGにまで原稿を頼んでそれでも当時は今のようにパソコンはなかったし手書きの原稿をコピーして製本してサークル内で配布していたように思います。今でもOBOGへの連絡の封筒の中に「球音」希望の方は連絡くださいとひとこと書かれていますので今でもまだあのサ [続きを読む]
  • まちで梅の香りがしています。
  • 仕事の帰り、毎日通るみちの中学校の校門あたりで梅のいい香りがしていました。さてどこで咲いているのかとあたりを見てももうすっかり日が暮れていてよくわかりません。どこかしら目のつかないところからふと漂ってくるのが梅の花の香りでしょう。凛と張り詰めた冷たい空気の中になんとも甘い香りがして菅原道真さんも九州の大宰府でこの香りを感じてきっと京都のことを思い出したんだと思います。香りに伴う人生の記憶は脳のかな [続きを読む]
  • ロードショー
  • どういう訳か高校の図書室にロードショーとスクリーンという映画の月刊誌が毎月二冊新刊で入ってきていました。私は当時それほど映画館に足しげく通うという事はなかったんですがこの雑誌は両方とも毎月読んでいました。印刷がとてもきれいな本でした。その頃の映画館は細長いエスカレーターで二階あるいは三階に上がって赤い扉のあるロビーに行くのが常でした。今のようなスクリーンがいくつもあって大変きれいなものではなく、そ [続きを読む]
  • インフルエンザ
  • 毎年、インフルエンザに罹らないかと冬の間中びくびくしている。なんといっても寝込んでいなければならない。すると仕事の納期が守れない。そのことを極端に恐れている。予防接種は勿論毎年している。そのほかに2〜3ヶ月に一度内科には薬をもらいに行かなくてはならない。その時に待合室でマスクをして赤ら顔をした子供たちがぐったりしてお母さんと来ていたりするとかわいそうになぁと思う反面うつらないで下さいとほとんど息を [続きを読む]
  • かつて公衆電話は3分10円でした
  • 社会人になってしばらくしたころテレフォンカードという代物が発行されました。これは大変便利でした。まぁ言ってみれば電話代の先払いなんで私たちより当時のNTTが得をしたんだと思いますがそれでも10円玉を電話の脇に積んでカチャカチャと落としながらしゃべるよりは楽でした。当時10円で市内ならば3分間しゃべることができました。一度に10円玉を10枚ほど電話機に投入できたんだと思います。それ残りあと3分となっ [続きを読む]
  • 京都の喫茶店
  • 僕たちはその日初めて喫茶店にはいった。まだ高校に入ったばかりの僕たちには喫茶店という単語が何か怪しい響きをまとっていた。京都は学生の街でありまた室町や西陣に代表される旦那衆のまちなのでおそらく喫茶店の数も多いんだとおもう。僕たちにとって喫茶店はまだまだ大人がタバコをくゆらしながら、コーヒーを飲む場所で学校帰りの僕たちの行くところではなかった。それでも高校に制服がなかったことをいいことに学校帰りに細 [続きを読む]