suetumuhanaのブログ さん プロフィール

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suetumuhanaのブログさん: suetumuhanaのブログ
ハンドル名suetumuhanaのブログ さん
ブログタイトルsuetumuhanaのブログ
ブログURLhttps://suetumuhana.muragon.com/
サイト紹介文日常のエッセイ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供79回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2015/12/14 20:22

suetumuhanaのブログ さんのブログ記事

  • 今夜は大文字
  • ようやく夏の終わりの兆しを感じるような「送り火」の日になりました。夏の終わるのが待ち遠しくて一つ一つの行事を指折り数えてその日を待っています。その第一歩が「下賀茂神社の古本市」と「五山の送り火」です。あと化野念仏寺の万燈会や地蔵盆、高校野球の決勝戦と続きます。今日だけ仕事を休んでいます。きのう、おとといと少々体をつかった仕事だったので、いま、身体じゅう身がいってます。(筋肉痛です)本を読んだりしよ [続きを読む]
  • むかしヒロシマに行ったこと
  • ヒロシマに行くのにはやはり夏だろうというほどの理由でもないんですが、そもそももう仕事をしていたのでその頃しか休みがなかったのかそれともまだ学生時代だったんでしょうけれど当時入っていたサークルの夏合宿を終えてから行くことにしたのかもうそれほど遠い記憶のかなたの出来事なんです。とにかく真夏の日差しの痛いほど肌に感じる頃原爆ドームと公園と記念館に行きました。今は外国人の訪問者も多いとのことですが当時どう [続きを読む]
  • 7月も今日でおしまい
  • 今からもう20年ちかく前、この暑いさなかに友人が癌を患って亡くなりました。その葬儀が行われたのが7月の下旬でこのような暑い頃でした。今では珍しくなった自宅からのご出棺で私たちはご自宅の前に並んでお送りしました。喪服を着ていたことと日差しが容赦なく照っていたことそれに出棺の時の茶碗を割る音で強烈にその日を覚えています。生前に一度病院にお見舞いに、当時のことですから数冊の本とビデオテープをもっていきま [続きを読む]
  • ようやく後祭り
  • 明日は祇園祭の後祭りの山鉾巡行です。私がまだ幼い頃、先祭りと後祭りが分かれていたんだけれどそのうちどちらも17日に巡行するようになりました。また最近後祭りと先祭りが分かれて巡行になりました。このようになると嫌いな夏も一歩一歩過ぎてゆく感じがしてちょっとだけ心が安らぎます。この後、8月半ばに大文字の送り火があってその後地蔵盆でようやく夏の終わりが見えてくるんです。その頃下賀茂神社での古本市もあるしも [続きを読む]
  • 夏に喫茶店
  • 高校に入学したての頃は喫茶店は不良のたまり場じゃないかと思っていてなかなかお店に入れなかった。ちょっと雰囲気の緩いところはそうでもなかったんだけど当時まだ純喫茶という言い方が残っていてそんな格調高いお店なんかにはとても高校生同士では入店できなかった。ところがそんな日もやがて過ぎて、春から夏へと季節が変わる頃僕たちは学校の帰りに歩道から地下へ細い階段を下りてゆく静かな喫茶店を見つけよく寄ることになっ [続きを読む]
  • 祇園祭
  • 今日は祇園祭のお稚児さんが八坂神社に御位もらいに行かれる日です。我々京都の街中で高校生活を過ごしたものにはこんな些細なことでも祇園祭の一つ一つの行事に思い出が残っています。ちょうどこのころは高校では二学期の期末試験の真っ最中です。一日目の試験を終えれば少しでも早く帰宅して明日の試験に備えて勉強をしなくてはと普段のんびりしている私でも思ったものです。ところがこの日家に帰る道と四条通を馬に乗ってお稚児 [続きを読む]
  • 汚い話ですが
  • 小学生の頃近所の公園で私たち数人が夜集まって花火をしていました。何しろ街中の公園なので住宅街の真ん中にあります。当時の私たちのしていた花火はきれいな火花が出るよにうなものではなくて我々がクラッカーと呼んでいた点火してしばらくすると「パーンッ!」と大きな音が出る当時我々が「クラッカー」と呼んでいたものでした。あんまり大きな音を出すものですから近所のおばさんが「音がうるさい。」と公園に怒鳴り込んできま [続きを読む]
  • 鉾がそろそろたちます
  • 四条通を中心に京都の街中にそろそろ鉾が建つ季節です。おそらく高校や中学校では2学期の期末試験の始まる頃でしょう。早く家に帰って試験勉強をしなければというのにちょうど八坂神社へ御位もらいに行かれるお稚児さんとかち合ってなかなか家にたどり着けなくて一刻でも早く試験の準備をと思うのになかなか家に帰れないというようなのも京都の風物詩でしょうか。もっとほんとのことを言うと試験の準備どころか頭の中ではこの宵山 [続きを読む]
  • 久しぶりの3人
  • 今から30数年前私たちは教会で出会いました。みんなそれなりにまじめなキリスト者でまだ人生に希望もあったし、結構浮ついた証にも心ときめかしたものでした。当時の牧師は結構信者一人ひとりの信仰の状態にきびしくて今思えば信仰なんて一人ひとり違って当然なんですがそこを何の根拠があってのことか信仰に行動を伴うことを常に要求されました。人間に神のことなどわかるはずがないのにさらにもう一歩進めて言うと神が存在する [続きを読む]
  • 今年も夏を乗り切れ
  • 中学の国語の先生はもう文学少女がそのままお年を召されたというようなおばあさん先生でした。と言っても定年が60歳だったとしたら今のわたしとそう変わらないのかもしれません。その先生からは茶道をクラブ活動で教えていただいたし、おうちに遊びに行った折には百人一首をしましょうとなんとも優雅の極みのようなことを言われて時を過ごしました。その先生がおっしゃったことで今でもよく覚えているのは暦のことで昔の人の使っ [続きを読む]
  • 眼科へ
  • 本日、眼科での予約をした日で、夕方には診療に出かけました。まだ日の高いうちに受付を済ませます。まだ先生はみえていません。さて今日は半年に一度の視野検査と眼底検査の日です。この病気になって経験したこの視野検査というのは時間も長くかかり一点を見つめる時間が長いのできっとかなりの精神の集中がいるんだと思います。両目の検査を終えたころはもう「ふーっ」とため息をつきたいような状態です。それでもその後の診療で [続きを読む]
  • 扇風機を出しました。
  • 毎年のことですが、祇園祭のお稚児さんが決まる頃に扇風機を出します。我が家はそれほどクーラーを使わなかったんで3台の扇風機をぞれぞれいろんなところでいろんな時間に扇風機をまわします。ところが去年の夏の終わりころ新しいクーラーをみんなが集まる部屋に付けました。電気代も昔のものに比べて随分と安くつくそうです。それでも夏が嫌いな私はこの扇風機をしまう頃が早く来ないかともう心は五山の送り火の頃にすっかりとん [続きを読む]
  • 神の忍耐
  • 最近つくづく思うのだけれど、礼拝の説教においても信者の証においても神のことを語る時それが本当の神の姿かと思うんです。例えば礼拝で「神はそのようなことを望んでいません。」とか「神は喜んでおられます。」とかいう言葉をよく聞きます。さて本当の神の姿など無限の存在が有限の我々に分かろうはずはないのであってそのように神のことを分かったように言うのはそのそばで神が「おいおい私はそんなものではない。」とそれこそ [続きを読む]
  • インド料理店
  • 大通りの交差点でインド出身の方であろう人がインド料理店のチラシを配っていました。お店はすぐそこでこの料理がおいしいですよなどと案内して下さるので「日本に来られてもう長いんですか。」と尋ねましたら「まだそんなに長くありません。」とのお返事でした。私は京都の夏の暑さが大嫌いなので「日本とインドでは夏はどちらが暑いですか。」と聞きましたところその方が自信満々に「インドです。」とおっしゃっいました。たまた [続きを読む]
  • もうすぐ大嫌いな夏だけど
  • それでも、梅雨前のこの季節はなんとも空が高くて空気が乾燥していて、日差しがカラッとしていてきもちがいい。心が暗くなる要素といえばもうすぐ夏が来ることくらい。この地は真冬でもそれほど寒くはないし(例えば北ヨーロッパなどに比べて)梅雨から真夏までの不愉快さがこれほどのところが世界中のどこにあるんだろうかと思うほどだ。かつてアリゾナの宣教師さんの家に御厄介になっていた時そこの気候は昼間は直射日光が痛いほ [続きを読む]
  • 毎週の祈祷会にて
  • もう20年以上毎週の水曜日の夕方の祈祷会に出ています。またその出席者が私一人なんでその間の一時間半は牧師と二人きりの結構な濃い時間になります。毎週聖書個所か決まっているんでそこらへんを数節読んでふたりであれやこれやと感じるところや聖書解釈、信仰理解などを話し合うことになります。私が信仰を持ち始めたころの私が通っていた牧師は教義解釈を自由にすることを非常に嫌ったものです。でも所詮人間が神が理解出来た [続きを読む]
  • 礼拝は召天者記念礼拝でした
  • 所詮というのは失礼だと思いますが、牧師の「話す」説教というのは聖書を読みこんだという点では尊敬に値するけれどそこに神のみ言葉を聴くことができるか、あるいは牧師の聖書理解のそれも悪ければ「独善的な」聖書理解のお披露目でしかない。私自身30数年にわたって少なくない牧師の説教に接してきたけれどその都度それこそ信仰に入った当初は落胆しきりだった。しかし多くの時間とそれに伴う人生経験と諸先輩方の書籍によって [続きを読む]
  • 本日も日曜日が過ぎました
  • 本日の礼拝。そもそも人間が神のことを語るのにその人間がどれほどの事柄を分かったつもりで話すのだろうか。人の頭脳で作られた神が神であるはずはないしその正体のずべてを理解できるはずもないにもかかわらずその正体がわかっているような体で自分の権威ではない神の権威と称して自分の権威を振りかざすことが説教であってよいはずがない。自分自身生きている間に聞く説教よりもあらゆる媒体例えば書籍等でキリスト教の事柄を読 [続きを読む]
  • 一生懸命やりましたけど
  • 本日、一冊の説教集を読み終えました。もう今から50年近く前の牧師の説教集です。一応私でも名前は知っているんで何冊か本も書いている牧師です。私の信仰の初期にこのような説教を聞きたかったなぁと思いました。しかし信仰をもってもう40年ちかくになる今日に読むからこそ分かる説教なのかも知れないし、その当時この先生に出会っていても今のようにその話を理解できたかは不明ですが、いずれにしても私は信仰の初期段階で非 [続きを読む]
  • 先斗町で
  • 今どきの学生さんは仲間内で飲むというときどんなとこへ行かれるんでしょうか。昔と違って居酒屋と一言で言っても様々な種類のお店があって値段、形態、業種と選び放題というところでしょうか。さて、今から30数年前では居酒屋というのはサラリーマンおじさんの集い場所で学生さんはよく気取って「パブ」と称するところへ出入りしました。ビルの地階や外付けのらせん階段を上ったところにそんなお店はありました。先日先斗町を歩 [続きを読む]
  • もうすぐ葵祭
  • 先日、自転車で堀川通を走っていると何やら白装束の一行がこちらへ向かってこられます。はて、御神輿でも通るのでしょうかと思って近づいてみますと比叡山の阿闍梨さんの京都大回りの一団でした。街行く人がささっと駆け寄って頭に数珠をあててもらってました。そういえばこのうような光景ももう何百年も昔から変わらないものなんでしょうしもうすぐ行われる葵祭に至ってはもっと昔から京都の街に溶け込んでいたものなんでしょう。 [続きを読む]
  • ピンクの電話機
  • 鴨川からぶらぶら歩いて木屋町通に行くまでにエスプレッソコーヒーを淹れてくれるお店がありました。まだそのエスプレッソというのが珍しかったしとてもおいしかったというのがその店に行く理由でしたがもうひとつそこのお店にはピンク色の電話がありました。待ち合わせで今この店にいますと連絡を入れるのにその電話を使うんです。今この喫茶店にいます。コーヒーをいただいて待っていますのでそんなに急がなくても大丈夫です。ゆ [続きを読む]
  • 一年生がんばれ
  • 朝、お母さんに手を引かれて小学校に向かう新一年生のランドセルの後ろは交通安全のための黄色いカバーがまだ真新しいです。今朝、おうちを出る前に何があったのか目を真っ赤にして半泣き状態の新一年生がおかあさんに手を引かれて学校へ向かいます。きのう先生に言われてもっていかなくてはならないものが見つからなかったのか、クラスに幼稚園時代からのいじめっこがいるからか、それとももう始まった給食に苦手なものが今日は出 [続きを読む]
  • イースターの礼拝でした
  • 私はイースターに洗礼を受けてキリスト者として生きようと覚悟を決めてもう37年になります。信仰の初期の頃より段々と現実を見つめて信仰を持てるようになった気がします。何より気をつけねばならないのは教会と自分の信仰が世間から浮世離れをしたものにならないようにという事でしょう。聖書の中の記述の矛盾等にもしっかりと目を向けてまじめに文献としても聖書を読む目を持つことを大事にしたいと思います。 [続きを読む]
  • 春の鴨川の河原は空気がやわらかい
  • その日はいい天気だった。映画に行くのもいいし神社やお寺を巡ってやはり京都は情緒があるなぁというのもいいけどそんな日は鴨川をまっすぐ北へ歩くことにした。ちょうど三条大橋で河原に下りた。今は東べりもきれいに整備されて散歩にふさわしいものになったけれどやっぱり当時は西側の河原の方がいろいろと面白かった。なんといっても夏になると川ゆかを出すお料理屋さんがずらっと並んでいるし橋の下はちょっとスリルもあった。 [続きを読む]