相撲史研究者・田中 健 さん プロフィール

  •  
相撲史研究者・田中 健さん: 相撲史に関心・興味のある方どうぞ
ハンドル名相撲史研究者・田中 健 さん
ブログタイトル相撲史に関心・興味のある方どうぞ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/k3tanaka_1948
サイト紹介文江戸勧進相撲以来の相撲史を中心に関聯事項 に対する私見・愚考を発表しています。
自由文 去る十月、訪問者数が延べ30万人を
突破いたしました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供709回 / 365日(平均13.6回/週) - 参加 2015/12/21 09:32

相撲史研究者・田中 健 さんのブログ記事

  • 頂・渦ヶ渕・武藏川の序列だから…
  • ※昨日の閲覧…728・訪問…163トータル訪問者数 389,368 番附外出場での地位検証は、取組順序でも三役陣と対戦の場合は難しい判断になりそう…。 前場所および翌場所の番附が重要と愚考したい。 天保五年冬場所西方番附外の渦ヶ渕。同年春は西4頂、5渦ヶ渕、6武藏川の順。そして翌六年春も西3頂、4渦ヶ渕、5武藏川の順になっている。 したがって、当該場所の渦ヶ渕も西3頂と4武藏川との中間に位置する━と判断するのが [続きを読む]
  • 横綱免許後「大関常陸山」とサイン?
  •  戦後初めて吉田司家から横綱免許のMは免許後○<●だから「大関」の肩書の侭で結構だと思うほど……。 それで、思い出したことがある。某氏記事に、“角聖”と崇められる常陸山が横綱免許後に「大関常陸山」と署名云々。 一説に拠れば、横綱の「地位化」は旧両国國技館開設と同時だと云うけれども、なんで「横綱常陸山」と書かなかったのか。 大相撲協会と…司家が取交した「覚書」に「横綱を以て大関以上の最高地位とする」 [続きを読む]
  • 全敗が消えた星 その233
  • ※昨日の閲覧…731・訪問…156トータル訪問者数 389,205 昭和三十七年名古屋場所、初日から六日目までの星取表を真っ黒に塗り潰したのは2人。後関脇小城ノ花と・元関脇房錦であった。 両力士とも翌七日目、白星で連敗脱出━幕内全敗が消えている。 房錦は、ニックネームが「褐色の弾丸」と云われた。そして柏戸・大鵬を苦しめた。 小城ノ花は、隣県佐賀…の出身だ。 「技能賞」を前者は2回、後者は1回獲得している。 [続きを読む]
  • 「話せばわかる」国家に非ず…?!
  •  幕末文久二年…、幕内力士K殺害事件勃発の約4箇月後「生麦事件」が起った。 その丁度70年後の昭和七年一月六日、角界で空前の紛擾騒動が…。所謂「春秋園事件」である。 更に、4箇月ばかり経って我が日本でテロ行為━所謂「五・一五事件」が勃発した。〔念のため。「二・二六事件」はクーデターであってテロ事件に非ず、「五・一五…」はあくまでも卑劣なテロ行為でありクーデターじゃぁないとされている。〕 昭和七年五月 [続きを読む]
  • 「水入り」の意味も知らず……
  • ※昨日の閲覧…699・訪問…163トータル訪問者数 389,049 なんとか宇良登場前に当ブログ更新できそう……。 当初予定は一時間だったが、相撲〔史〕談義に花が咲いて時計も全然みなかったら正午を廻っていた。 N紙記者生活2年めだそうで、「ゆとり教育」世代か否か、聞かなかったけど…。 天保五年冬場所幕内…勝負の草稿をみせて五日目中入り後「入れ掛け」の意味を知らず。『広辞苑』にも載っているのに…。 國技館所在地の… [続きを読む]
  • 明朝、“取材”される身に…!
  •  人間というものを長い間やっていると、矢張り「想定外」の体験も……。 N新聞社の記者が明日午前十時頃に拙宅を訪問、「好角家」としての小生を取材をすることになったんです。 実は、N紙からの取材は初めてじゃぁない。昭和から平成に変った年の一月中旬、それを受けているが、電話で聴かれただけ。早速N紙一面下段コラムに吾輩の名前などが載った。 もう7年前の出来事。N紙へ寄稿した拙文中に、「横綱栃木山」と記述したと [続きを読む]
  • “合本”は無理です
  • ※昨日の閲覧…815・訪問…181トータル訪問者数 388,886 惜しかったなぁ。もう鳥渡で「8」が5つも並ぶところだったのに…! 東京から電話━と、云っても個人からではなく、某出版社から。 拙作&私家版『相撲史発掘』の旧号をひとまとめにして一冊の本にしてみては…と、云う話。お断りせざるを得ない。 旧稿━20年以上前の拙文は、書き直さないと恥かしいのである。しかも、そんな時間的余裕がない。 兎に角、“目標”とし [続きを読む]
  • 三役陣の出欠情況 その72
  •  寛政十二(1800)年四月場所の三役陣。東大関 荒 滝 2日間を出場西大関 山 姿  全 休東関脇 不知火 3日間を出場西関脇 花頂山 初日のみ不出場東小結 山 颪  皆 勤西小結 柏 戸 三日目まで出場 当場所は、五日目までで打切られた。『日本相撲史』は、その理由を全然記述していないが、『…人物大事典』には「不景気」のため云々。 果して、初日からお客さんの出足がわるかったのだろうか…。 [続きを読む]
  • 「地力」なる言葉について
  • ※昨日の閲覧…849・訪問…190トータル訪問者数 388,705 もう何十年も前の話。「地力」という言葉の意味をちゃんと知りたくて『広辞苑』で調べたら全然載っていなかった。〔現在は掲載=後述。〕 それで諦めたわけじゃぁない。K社版の『漢和中辞典』(昭和45年、102版)は━。【地力】ち りょく 土地が物を生み育てる力。土地の生産力。 読み方が異なるのだから、意味がまるっきり違ってくるのは当然。 『広辞苑』第六版の説明は [続きを読む]
  • お「静」かに……!
  • 鈍い頭の記憶の糸を引っ張り出して…1字名幕内の第一号は、超剛雷電爲右エ門を「かっ弾き」で破る大殊勲の星をあげた「鯱」(しゃちほこ)だと思ったら全然ちがう。  それより5年ほど前の寛政七(1795)年春場所附出しの静(しずか)金治である。 四国の高松が出身地で、生年不詳。享和三(1803)年…、現役で急逝してしまった。 元大阪力士だったが、江戸での師匠は誰なのだろうか? [続きを読む]
  • 非「不自然」な星の配分…?
  • ※一昨日の閲覧…1,225・訪問…188 昨日の閲覧…798・訪問…159トータル訪問者数 388,515 昭和五十二年九州場所における8勝7敗の幕内力士→翌年初…の地位検証。大関 旭 國→論外関脇 荒 勢→据置き前二 玉ノ富士→小結同五 播竜山→前四同九 舛田山→前七 当場所、惜しくも負越しの7勝…は平幕の4人が記録している。 ちゃんと支度部屋等で監察委員の親方たちが複数の眼を光らせた結果だろう。 [続きを読む]
  • 宇良、あと3勝で「技能賞」有力?!
  •  今、現役力士の「人気投票」なるものをやったら、技巧派宇良はベストスリーに入るような気がするのだが如何かな? 夏場所、ファンの期待に応えて7勝め。もう元三役を何人も破ったと思うが……。体も充実して、幕内中堅の地力はついたと思える。 勝越すのは時間の問題で、“二桁”の白星を目標にして慾しい。取組編成法で相手如何の側面もある…。 何れにせよ、技能賞の「有力候補」に浮上してくるであろう。 [続きを読む]
  • 全敗が消えた星 その232
  • 【都合で繰上げ…】 横綱Ⅰ若乃花が場所前引退を発表した昭和三十七年夏、初日から六日目までの星取表を真っ黒に塗り潰したのは、元小結冨士錦(⇒富士錦)と、“次位”の岡ノ山。 但し、後者は当日不戦敗で休場している。翌七日目、前者白星で連敗脱出━幕内全敗が消えている。 富士錦は何度も小結に上ったが遂に関脇にはなれず…。尤も、月給は関脇・小結とも同額━部長・課長の給料同額の会社は存在しないだろう。 岡ノ山は、 [続きを読む]
  • 日本史と相撲史が連動…?!
  •  幕末の文久二(1862)年は、各界で衝撃的事件が勃発している。 日本史上では、「生麦事件」が起った。旧暦八月二十一日━太陽暦換算では九月十四日だった。 この概略乃至詳細は、読者諸賢各自でお調べいただきたい。 その約4箇月前、角界では「あってはならぬ」ことが発生。しかも、文豪森鷗外『澀江抽齋』に記述されているから……。 文久二年五月十二日〔旧四月十四日〕、幕内力士小柳平助が殊勲の星をあげた夜、就寝中に弟 [続きを読む]
  • 御上の「働き方改革」は非現実的?
  • ※昨日の閲覧…1,284・訪問…163トータル訪問者数 388,168 御上の「働き方改革」では「同一労働・同一賃金」なんて“理想論”を掲げているが、できっこないと愚考する。 業種により一概に云えないが、例えば1人が1時間でできる「仕事」を単純計算じゃぁ2人ならば30分で成就できるはず━これが実際不可能だろう。「効率」を考えると、10分以上短縮できなければ意味がないわけで、25分で達成不能ならば会社は人件費の節減につな [続きを読む]
  • 五日目中入後“入掛”で幕内取組なし
  •  “我国最高の相撲文献”たる『日本相撲史』は、天保五年冬の番附が秋津風・荒滝のどっちが“改訂版”なのかの検証記事に拘泥するあまり、五日目中入り後降雨で“入れ掛け”になった史実を無視してしまった。 『相撲起顯』には、「雨天ニ付是切」とあり、山口百恵嬢の「…これっきり・これっきり、もうこれっきりなの…」なんて唄が耳に入ってたのを想いだした次第。 40歳の高齢横綱阿武松は、当場所四日目●頂、五日目●和田ノ [続きを読む]
  • 果して「幕尻格」なのか…?
  • ※昨日の閲覧…1,204・訪問…207トータル訪問者数 388,005 天保五(1834)年冬場所の問題点はいろいろある。 番附外出場の渦ヶ渕は、大抵の本に「幕尻格」あつかい━妥当か・否かを検証しなければなるまい。 文政11冬 〔三ヶ関改め渦ヶ渕〕西前二枚目(幕尻から6枚め)  文政13春〔番附に記載なし〕西…七枚目格〔新入幕の幕尻荒熊より上〕 文政13冬西…二枚目〔幕尻6枚め〕 天保2春西…二枚目〔幕尻6枚め〕 天保2 [続きを読む]
  • 昔は自「働」車と表記していた
  •  昨夜のNHK番組では、「太郎」にまつわる話題。 吾輩が角界関係者で頭に浮ぶのは、やっぱり「呼出し太郎一代記」で、遺憾ながら全篇を熟読していない。 力士では、大正末〜昭和初期の太郎山で、大変な美男だったらしいけれど、下の名前につけるべきものを醜名の一部へもってくるのはあまり感心しない。 それから当該TV番組で昔の相撲番附を紹介して、「自働車早太郎」を…。 かつてY氏が自動車に人偏がついて、…働車になって [続きを読む]
  • 三役陣の出欠情況 その71
  • ※昨日の閲覧…807・訪問…163トータル訪問者数 387,798 寛政十一(1799)年十一月場所の三役陣。東大関 大 山 3日間のみ出場西大関 雷 電 楽日のみ不出場東関脇 陣 幕   〃  〃西関脇 千田川   〃  〃東小結 不知火 四日目から休場西小結 鳴 瀧 8日間を出場 もう超剛雷電の独走態勢になって対立する相手に恵まれず9戦全勝。 西方幕内力士は10人のうち6人が「雲州」と頭書されている。 [続きを読む]
  • 「東都大角力遊覽圖」の綜括
  •  萬延元(1860)年春場所〔安政七年二月上旬開幕予定が三月?日に延引〕打上げ直後に制作されたと思える「東都大角力遊覽圖」の人物━━。【右図】 右端より…6代 式守伊之助 47歳9代 木村庄太郎(後年寄中立)?13代 木村庄之助 53歳相撲會所筆頭   追手風喜太郎 67歳     (元大関=前名は黒柳)【中央図】5人とも推測できず…【左図】 右側より 東前3 虹ヶ嶽杣右エ門 31歳     (後関脇小野川才助)東大 [続きを読む]
  • 負越し回避のため休んだ…?!
  • ※昨日の閲覧…748・訪問…169トータル訪問者数 387,635 この侭出場をつづけると2桁どころか、8勝する“自信”喪失…で休んだ━と、勘繰られても仕方がないKの欠場だ。 また、彦山発言を再録せずにいられない━。〔前略〕鳥渡優勝・準優勝で成績がいいから…と、横綱にしてしまって、あとでもって不成績をつづけると、俺は知らねぇ━と知らん顔してる相撲協会・横綱審議委員会がいけないと思うのだ。〔後略〕 吾輩は、協会や [続きを読む]
  • 會所大幹部、雲龍らと花見?!
  •  過日N氏より頂戴した3枚続の錦絵コピー「東都大角力遊覽圖」の検証は終ったのではない。 その左端は小結鬼面山、2人め大関雲龍、3人めが虹ヶ嶽(→関脇小野川)━で間違いあるまい。 逆に、右から4番めに大物が描かれている。頭は「月代」で、扇子を胸のあたりに拡げている大きな男こそ、当時の江戸相撲會所(現協会)No.1追手風喜太郎筆頭(ふでがしら)〔元大関=のち3場所「雷」に名義変更=前名は黒柳〕だったのである。  [続きを読む]
  • 全敗が消えた星 その231
  • ※昨日の閲覧…717・訪問…135トータル訪問者数 387,466   「土俵の鬼」〔映画化〕&「異能力士」の異名をもつ横綱Ⅰ若乃花が最後の土俵となった昭和三十七年春場所、初日から七日目までの星取表を真っ黒に塗り潰したのは中堅の常錦だった。 翌八日目、白星を得て連敗脱出━幕内全敗が消えている。 かつて『大相撲』誌の記者座談会において、常錦(出羽海部屋)の自力じゃ「稲川」の株は買えないでしょう…なんて発言を覚えてい [続きを読む]
  • 無気力は監察委の親方か、力士か
  •  昭和五十二年秋場所における8勝7敗の幕内力士→九州…の地位検証。前四 麒麟児→小結同五 琴 風→前一 〃 青葉山→前二同九 栃赤城→前六同十 北瀬海→前八 〃 舛田山→前九 当場所、惜しくも負越しの7勝…は大関三重ノ海のほか、平幕に2人。 矢張り監察委員の眼が光ってないと駄目━無気力相撲が横行…? [続きを読む]
  • 錦絵制作、157年前の春?
  • ※昨日の閲覧…550・訪問…162トータル訪問者数 387,331 N氏より頂戴した一陽齊豊國が描いた3枚続き「東都大角力遊覽圖」の制作年代は、以下の如く結論づけたい。左図の大関雲龍、小結鬼面山、前3虹ヶ嶽の東方トリオが揃って好成績をあげた場所後のスナップであろう。 それは、安政が「萬延」と改元された直後の春場所。その打上げ後の…。 当該場所、雲龍5勝2敗2分、鬼面山が8勝1敗、虹ヶ嶽も6勝2敗1分だった。 バ [続きを読む]