卑弥呼様は天照大神 さん プロフィール

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卑弥呼様は天照大神さん: 邪馬台国探訪
ハンドル名卑弥呼様は天照大神 さん
ブログタイトル邪馬台国探訪
ブログURLhttp://ameblo.jp/makoto-kodama/
サイト紹介文邪馬台国論争はもう三百年も続いている。いい加減決着をつけねば、日本の古代史研究が全然進まないゾ!
自由文卑弥呼時代の倭国は九州北部の小国三十国の連合国であり、邪馬台国は倭女王卑弥呼が定めた倭国の首都である。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供44回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2015/12/21 18:53

卑弥呼様は天照大神 さんのブログ記事

  • 首都邪馬台国と其の余の旁国を併せて、倭国=女王国連合を構成する三十国
  • 【反時計回り連続説】(その17=最終回) 前回までに連続する二十一国のすべてを比定完了しましたが、まだ倭国=女王国連合の全体像は完全には解明されていません。 残るは首都・邪馬台国で、私は(やまと)国と読み、既に筑後山門に比定しています。しかし、肥後山門もあります。弥生時代に筑後と肥後の区別は無かったはずで、筑後と肥後の二つの山門(やまと)国は両方共に【邪馬台国】の領域と考えられます。 これで連続する [続きを読む]
  • ⑩蘇奴國⑪呼邑國⑫華奴蘇奴國⑭為吾國
  • 【反時計回り連続説】(その16) 今回は最後まで残った、⑩蘇奴國⑪呼邑國⑫華奴蘇奴國⑭為吾國の四国です。この四国を比定し終りますと、連続する二十一国が全て比定完了となります。但し、残された四国は国名の類似からの比定が難しく、今回も【反時計回り連続説】を最大限活用し、既に比定を終えた国の間にこの四国を順番に当て嵌めていきたいと思います。そこで今回も又、前回までに比定完了した15国を挿入した倭国地図を [続きを読む]
  • ③伊邪国⑤彌奴国⑥好古都国⑦不呼国
  • 【反時計回り連続説】(その15) 今回は③伊邪国⑤彌奴国⑥好古都国⑦不呼国の四国です。 此れ迄に【反時計回り連続説】を用いて、連続する二十一国中13国を比定完了しましたが、残り8国は地名の類似から比定することが、次第に困難となってきました。しかし、ここからが【反時計回り連続説】の真価がいよいよ発揮されるときです。今後は、既に埋めた国の隙間に残りの国を当て嵌めていく作業を始めねばなりません。そこでも [続きを読む]
  • 二つの鬼國 ⑬鬼(き)國と⑮鬼奴(きな)國
  • 【反時計回り連続説】(その14) 連続する二十一国も半分位比定が終了し、残るは比定困難な国ばかりとなってきました。しかし、ここからが【反時計回り連続説】の真価の見せどころです。 前回比定された⑧姐奴(さな)国と⑨対蘇(とす)国を加えた倭国地図。 連続して記される二十一国も、既に11国が比定完了し、残るは10か国だけです。主に北方の国から比定が終了し、残るは南方の国ばかりとなりました。 ところで、『魏 [続きを読む]
  • 【吉野ケ里遺跡】と⑧姐奴国と⑨対蘇国
  • 【反時計回り連続説】(その13) 今回は⑧姐奴(さな)国と⑨対蘇(とそ)国です。実は私、この二国は比較的比定しやすい国だと思っています。ところで、唐突ですが、その前に吉野ケ里遺跡について考察したいと思います。何故ならば、吉野ケ里遺跡はまさしく、これ等の国に存在する邑だと考えるからです。 古代史ファンに人気の高い吉野ケ里遺跡は「邪馬台国の遺跡」と謳われています。その理由として『魏志倭人伝』に卑弥呼の [続きを読む]
  • ⑰躬臣國、⑱巴利國、⑲支惟國、⑳烏奴國の比定
  • 【反時計回り連続説】(その11) 前回比定した、①斯馬(しま)国、?奴(な)国(比定率ほぼ100%)、⑯邪馬(やば)国(比定率70%)の次に比定し易いと思われる小国が、⑰躬臣(くす)國、⑱巴利(はり)國、⑲支惟(きい)國及び⑳烏奴(うな)國であります。 これ等の小国は順序とは逆に後ろから辿った方が解り易いでしょう。さて、⑳の烏奴國は後回しにして、先ずは非常に地名の残存度が高い国、⑲の支惟(きい [続きを読む]
  • 安本美典氏による連続する二十一国の比定
  • 【反時計回り連続説】(その9) 連続する二十一国は邪馬台国九州説派の第一人者、安本美典氏も比定しておられます。 実を云うと私は以前、安本美典氏に話を聞いていただく機会がありまして、喜んで【反時計回り連続説】を紹介させてもらったのですが、安本氏は碌に話を聞き終わらないうちにみるみる不機嫌となり、『私の書いた本を読んで出直して来い』!と “一喝” されてしまいました。 その時安本氏が言っ [続きを読む]
  • 「橋本増吉」による二十一国の比定地
  • 【反時計回り連続説】(その8) 前回は邪馬台国畿内説派の重鎮、京都大学派の「内藤湖南」による連続する二十一国の比定国を検証してみましたが、今回は邪馬台国九州説を採る、東京大学派の「橋本増吉」による連続する二十一国の地名比定国を検証してみたいと思います。 「橋本増吉」は「内藤湖南」の比定に習って、連続する二十一国を比定したようですが、その場合、平安時代の承平年間(931年 - 938年)に作られたと [続きを読む]
  • 女王国の北の二十一国の過去の考察
  • 【反時計回り連続説】(その七) それでは過去の研究者は連続する二十一国をどのような国に比定してきたのでしょうか? 【邪馬台国畿内説派】重鎮で京都大学派の内藤湖南教授は、『日本書紀』の示唆する卑弥呼=神宮皇后説を江戸時代中期に唱えた松下見林、新井白石以来久々に【邪馬台国畿内説】に立ち返ると、新たな説として、卑弥呼を第11代垂仁天皇の皇女倭姫命に比定し、新井白石に習って帯方郡から邪馬台国へ至る [続きを読む]
  • 女王国以北の二十一国の読み
  • 【反時計回り連続説】(その6) 中国語の発音表邪馬台国研究においては、『魏志倭人伝』に出てくる漢字の読み方には中古代音が使われていると云う、極めて尤もらしい説があり、この説を語る人は、中古代音の母音には甲音と乙音が有ったなどと、さも『魏志倭人伝』の漢字の発音が解っているようなことを言います。ところが私は昔、中国残留孤児帰国者の方に一頃中国語を習っていましたが、熟達する前に投げ出してしまった [続きを読む]
  • 連続する二十一国の合理的解釈=反時計回り連続説
  • 【反時計回り連続説】(その5) さて、前回范曄の考える『倭国像』が、現実には成り立たないことが証明されました。それでは、范曄の考え=過去の多くの研究者の考えである、「女王国=邪馬台国以北の戸数・道理が略裁可能な国は対馬国〜投馬国迄の七か国で、連続する二十一国とは女王国より南に有る其の余の旁国である」が成り立たないならば、問題の文、女王国以北は其の戸数・道理を略載可なれども、其の余の旁国は遠絶 [続きを読む]
  • 【反時計回り連続説】(その四)
  • 混一疆理歴代国都之図(こんいつきょうり れきだい こくとのず)龍谷大学大宮図書館所蔵図 范曄の考えに近い倭国地図である混一疆理歴代国都之図は明時代(十五世紀:1402年)に李氏朝鮮において作られた歴史上の首都の一覧図であります。だが、五世紀に生きていた范曄が、この地図を参考に『後漢書東夷伝』を書けるはずもなく、この地図が弥生時代の倭国についての中国人思想を反映しているわけでもありません [続きを読む]
  • 【反時計回り連続説】(その三)
  • それでは問題の文、女王国以北は其の戸数・道里を略載可なれども其の余の旁国は遠絶にて詳らかにし得ずはどう訳すべきでしょうか?  過去の研究者によるこの文の解釈では、女王国=邪馬台国より北の戸数・道里が略載可能な国とは、この文の前に帯方郡から邪馬台国迄、郡使の行程に従って、順繰りに列記してある道程上の国、即ち、対馬国、壱岐国、末蘆国、伊都国、奴国、不彌国、投馬国、の七か国のみに実際、戸数・ [続きを読む]
  • 【反時計回り連続説】(その二)
  • さて、『魏志倭人伝』は帯方郡から邪馬台国へ至る道程を、対馬国、壱岐国、末蘆国、伊都国、奴国、不彌国、投馬国、邪馬台国、と郡使の行程に従って、順繰りに列記した後に問題の文、女王国以北は、其の戸数・道里を略載可なれど、其の余の旁国は遠絶にて詳らかにしえず。と断わると、次に斯馬國有り、次に己百支國有り、次に伊邪國有り、次に郡支國有り、次に彌奴國有り、次に好古都國有り、次に不呼國有り、次に姐奴國有 [続きを読む]
  • 【反時計回り連続説】(その一)
  • 【反時計回り連続説】は、私は邪馬台国論関係でよくある、単なる思いつき論ではなく、論理的にしっかりと筋の通った学術理論だと考えています。しかも3百年以上続いた『邪馬台国論争』に決着を付ける可能性が高い、古代史研究史上画期的な歴史的理論だと思われます。 だが、この度【反時計回り連続説】を『全国邪馬台国連絡協議会』の「研究発表会」で講演して解ったことは、私の説明が下手な為でもあるかとは思われ [続きを読む]
  • 2017年4月9日 東京三田で【反時計回り連続説】を発表しました。
  • ①奴国は一つであり、現在の福岡市圏内に在った国であることは、金印が福岡市の志賀島で出土していることからも明白である。 女王國より以北は其の戸数・道里を略載可なりしも、其の余の旁國は遠絶にて詳らかにし得ず。 ?『魏志倭人伝』の記載中、最も難解な文章 次有斯馬國、次有己百支國、次有伊邪國、次有郡支國、次有彌奴國、次有好古都國、次有不呼國、次有姐奴國、次有対蘇國、次有蘇奴國、次有呼邑國、次有華 [続きを読む]
  • 東京三田で【反時計回り連続説】を発表いたします。
  • 例の『全国邪馬台国連絡協議会』における、 この間3月6日に行われた「討論型・研究発表会、景初2年3年問題」に引き続き、第5回会員研究発表会において、私も発表することになりました。 どうぞ皆様、お友達とお誘いあわせの上、是非聴講にご参加願います。 1.日時場所は以下の通りです。 発表会 4月9日(日)13:00-16:50 三田いきいきプラザ集会室C  都営三田線 A9番出口 徒歩1分  JR山手線・ [続きを読む]
  • 邪馬台国はヤマト国であり、ヤマタイ国ではない。
  • 邪馬台国問題の一番の間違いは、邪馬台国をヤマタイ国と読むことであろう。私は、邪馬台国の正しい読み方はヤマト国だと考えている。もし、邪馬台国がヤマト国であれば、その場所は自ずから決まってくる。 だが、その根拠を中国語の発音から辿ることは難しい。実際そのせいで邪馬台国はヤマタイ国と読まれるようになったのであるが、中国語の発音は画一的ではなく、地域により大きく異なり、しかも時代と共に急速に変化して [続きを読む]
  • 筑後山門と肥後山門を併せて邪馬台国
  • 私はこのブログに何度も書き込んだように今迄、筑後山門を邪馬台国に比定してきました。卑弥呼の宮殿の所在地と思われる山門郡瀬高町の在るみやま市、それに筑後市、柳川市、大牟田市、八女市の一部(多分立花町)位迄が邪馬台国の範囲となるでしょう。この地域は矢部川流域を中心として台地状を為す広大な平野が拡がっており、特にみやま市には数多くの縄文時代〜弥生時代〜古墳時代にかけての遺跡があります。http://www.geoc [続きを読む]
  • 【卑弥呼】の魏朝貢は景初二年(AD238)
  • 長野 剛 氏のイメージした卑弥呼像 (2013) 『魏志倭人伝』には倭女王卑弥呼は景初二年(AD238)に魏に朝貢したと記されますが、現在の古代史学界や考古学界の大勢、及び推理作家の故松本清張氏、邪馬台国九州説派重鎮である安本美典氏、その他多くの邪馬台国研究者がこの景初二年の朝貢は間違いで、景初三年(AD239)の朝貢が正しいと主張しておられます。 しかし私はやはり『魏志倭人伝』に記されたとおり、卑弥呼の使者が帯方 [続きを読む]
  • 倭女王卑弥呼と倭国の範囲
  • 私は基本的に、一般的に日本列島、日本人の意味を示す【倭】と国名の【倭国】は別物だと考えている。実際に中国の古代文献、『漢書』『後漢書』『魏志倭人伝』他、いろいろな『倭国伝』では、【倭】と【倭国】の文字は、そのように別けられて使われているようである。 卑弥呼ファンの私が最も不満に思うことは、多くの日本人が卑弥呼(日巫女)のことを、【邪馬台国女王卑弥呼】と呼び、【倭女王卑弥呼】と呼ぶ人は滅 [続きを読む]
  • 【邪馬台国九州説】の本来の姿
  • さて私は、邪馬台国研究者は弥生時代の倭の姿をまるで解っていないと感じています。研究者たちは弥生時代の倭の姿を全く想像しようともしない、出来ないが故に、現代人感覚で捉えた『邪馬台国論』を多量に濫造している状況だと思うのです。 例えば、古田武彦説=日程距離帯方郡起点説を信じている方は割と多いようですが、私が先日検証した結果、論理的に成り立たないことが判明しました。更には私が考えた古田武彦改変説= [続きを読む]