book さん プロフィール

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bookさん: 善右エ門の気ままなCoffee break!
ハンドル名book さん
ブログタイトル善右エ門の気ままなCoffee break!
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/koran-to
サイト紹介文団塊の世代。隠居米拝領し貧乏生活。住みにくいご時世にCoffee break
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供68回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2015/12/22 14:40

book さんのブログ記事

  • 賢い消費者になるのは難しいな。
  • 行政の人間ドッグ助成金申請をした。今迄、藩の組合保険組合だったので、昨年まで無料だった。家内も補助金で無料。年金生活になり国民保険になった。これから全部自己負担だ。費用は一般で4万前後。2人で8万負担は大きい。では、行政の特定健診、ガン検診で済ますか。でも長年人間ドッグやってきたのに辞めるとなると不安だ。そう 不安が横切る。この不安は気にしなければなんでもない。気にすると駄目だ。性分と言えばそうであ [続きを読む]
  • 死を考えると長生き出来るのでは。PS
  • 多少、下手の横好きで〜道を、今でもブリキのような身体でやってる。中学校の武道場を利用させて頂いてる稽古場に行った。隅に畳が積まれている、聴くと、剣道は使用してるが柔道は利用してない。多分リスク管理でしょう。中学体育で武道必修化で、剣道・柔道・空手・少林寺拳法・合気道・薙刀・銃剣道から選択するらしいです。古来の武道は、今の統治者層の思いとは異なってると思うんです。明治以降は国策の影響で西洋スポ−ツ化 [続きを読む]
  • ノビル&春蘭&PS&PS
  • 前の記事で=「ボケの実」を書いたが、この野生のボケの木は土手や林の中に群生しておりました。ボケは花が綺麗で園芸店でも多く売られてる。品種は大変多いそうです。花の色も多様で鑑賞するのでしょう。故郷では花の色は赤しかなく、花の鑑賞ではなく実を食べるのです。黄色に色づいた実を、酸っぱいので塩をつけて食べるが、これは酸っぱすぎてあまり食べなかった。青い実は食べるなと言われた記憶がある。一方、やはり黄色く色 [続きを読む]
  • ノビル&春蘭&PS
  • 朝の自転車で、旧水田地帯の水路脇の細道を歩くと、「ノビル」生えてるので、採ろうとすると抜けない、切れてしまう。そうか、もう水田の水路もコンクリ−ト。細道も舗装だ、だから草の布団は乾いて固いのか、「ノビル」大きくはない、小さく固い。確かに棒切れで掘ってみると根玉は小さい、これでは食えないな。それに犬の散歩通りだからと相棒が言う。で終った。故郷「50年前の」では、田んぼのあぜ道に生えてる「ノビル」は、お [続きを読む]
  • 桜は年間を通じて見たほうがわかる
  • 桜祭りの-のぼりは-無くなって数日になると、見る人もいなくなるのが不思議だな。でも、桜は桜祭り終了と共に消えてしまう訳ではないのです。朝・夕と自転車で歩くが、今、サクラは散り始め花吹雪が降りきて、花弁は少なくなっている。一部は葉桜になり始めてる。桜もやるぞ!の主張だ。これは満開より心が清められる。ソメイヨシノでない桜はまだ朱色で鮮やかだ。散り始めた桜に中に朱色の満開の桜。しかも、人はまばらなのが、更 [続きを読む]
  • 混沌としてきたから-もののふ-を望む
  • USAのケネディ大統領が尊敬した江戸の上杉鷹山の有名な「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」がある。小生は言葉が知っていたが実践してない小生は現状となった。一方、会津藩の「ならぬものはならぬもの」の言葉は身に詰まる。太平洋戦争で敗北し70年過ぎた。13歳で海軍練習兵となり悲惨な状況を体験した兄は86歳。もう悲惨な戦争の体験者も少なくなってきた。でも 今も戦勝国の軍隊は常駐してるか [続きを読む]
  • -ならぬことはならぬものです-
  • 是はNHK大河ドラママで「八重の桜」ヒロインの言葉で有名になりました。もう4年前です。会津藩の藩校- 日新館-の言葉らしい。小生は会津は好きで、特に栃木からの会津西街道のドライブは好きである。老いて気になる事に、唯一の被爆国ながらも核兵器禁止条約に賛成しなかった事だ。統治者はUSAが戦後他国に派兵した戦争、ベトナム・イラク・アフガンなど全てUSAの行う事柄は賛同だ。森本学園の教育思想に共鳴した政治家の皆さんはどうだろう [続きを読む]
  • 朝ドラ見て
  • NHK 朝ドラ見てたら、一家の収入を米の年間収入が肥料代等引いて10万と言ってた。当時の米俵をNETで見ると6000円ぐらい。肥料代最大30%として13万、たべる分含めても25俵ぐらい。1反6俵とし3.5反、俗にいう5反農家になる。故郷は米農家地帯だから、米以外の収入は分からないが、これで高校に進学させると大変だと思った。朝ドラの1964年は昭和39〜40年。思う出すのは、映画、無着成恭の「やまびこ学校」と「にあんちゃん」だ、後に [続きを読む]
  • 故郷の1964年,朝ドラ
  • NHK朝ドラ、の設定は1964年から、茨城県北茨城地方だ、1964年で高校3年だから18歳、昭和21年生れとなる。団塊世代の先駆者層だ。ベトナム戦争が本格化し、日本で、世界的で〜反戦や〜運動や反戦歌が生まれ始めた、ノ−ベル文学賞のボブ、ディランの「Blowin' in the Wind」や、USA公民権運動のサムクックの「A Change Is Gonna Come」も同時期だ。学園紛争もこの時期からだ。この朝ドラは2回しか見てないが、1964年当時、 [続きを読む]
  • 故郷の話しをしょう
  • 久し振りに-故郷の話しをしよう-を聞いた。これは北原健二の唄である。故郷はこの歌詞のような、海辺でも下町でも城下町でも果樹の風景も無い、只の水田地帯と少しの丘陵だ。小学校の同級生で農家以外は4〜5人、ほど水田地域であった(今や見る影も影もない)。故郷を離れて50年半世紀。どうもこの地で終りそうだ。思いの故郷には、桜並木道路は1本あったがバスが通る事消えたから桜の記憶はない。だが梅は実を取る為家の周りに何本 [続きを読む]
  • サクラチル
  • テレビで東大の合格発表は掲示版にて、と見た。あれ、何時から掲示板は消えたのかな。50年前は何処の学校でも掲示版だった。地方の受験生に電報にて知らせるアルバイトがあった。不合格は「サクラチル」、であった。電報には良い印象が無い。母親が倒れた時故郷はアパ-トに電報打ったが、小生は遊んでいてアパ−トには帰らなかった。電報は不吉な連絡との印象だ。まア、今時の電報は祝電の印象だ。で、桜祭りが始まった、まだつぼみなのに [続きを読む]
  • 江戸で初物
  • 今は昼は蕎麦かうどんにしてる。18歳で江戸に出て来て、初めて食べた食べ物は幾つも有った。まず、もり蕎麦だ。蕎麦は故郷にもあるが食べ方は、煮込みである。細いうどんのように細い麺に、冷たくして、ツユを漬けての食べ方はない。故郷は食べる時に蕎麦粉をこねて麺にするから太く短い麺だ。もりそばを最初の食堂では食べ方わからず、周りを見てから食べた。次に、エビが2本の天丼、これも故郷では食べた事がない。ハムカツも始 [続きを読む]
  • チャックベリ−:ps
  • チャックベリ−が18日、90歳で亡くなった。始めて聞いたのはビ−トルズがカバ-した「ロ−ル・オバ−・ベ−トベン」日本名は確か「ベ−トベンをぶっ飛ばせ」と思う。まぁ このブログは気ままに書いてるのでデ−タ−の確認はしてないので、あしからず。後に映画「バック・ザ・クバ−フュチャ―」で主人公は唄ったのが「Johnny B Good」だ。好きな唄はジャンルに拘わらずUSAの50〜60年代の唄だ、エルビスはバラ−ドが良い [続きを読む]
  • 疎遠の友
  • 6年前から、日々遠のいて行く。6年前に関し3回書いたが、未だ過去形にはならず、進行形だ。あの津波を体験した姪は、被災者だけではなく看護婦として悲惨の有様を体験したが、今も高齢者の福祉医療関係に従事している。「忘却とは忘れ去る事なり」是は 戦後のラジオドラマ「君の名<昔の>」の有名な言葉だが、原発の放射能のプロトニウム消滅時間は2万4000年だそうですから、忘却はないだろう。さて、さて、昔の事は良く覚え [続きを読む]
  • 6年前を今思うは
  • もう、江戸藩邸におももく事もないから、江戸直下型地震のリスクは少ない。でも生活面ではどんな影響あるかわからない。6年目ではまずガソリンが無くなった、幸い満タンの状態であったので良かった、ガソリンスタンドに長い列、あそこのガソリンスタンドが列が少ない情報に又長い車の列。都会とは違い車が無いと困るのだ。ガソリンが半分ぐらいになった時、満タンにすべきガソリンスタンドに並んだ、多分3時間はかかったと思う。 [続きを読む]
  • 6年前小生は
  • 6年前は金曜日であった。当時は江戸藩邸・都心の22階の中にてお勤め、1週間前に大きな横揺れ地震があったので、携帯は室内持ち込みは黙認されていたので、一斉に携帯が鳴りだした。揺れが収まらない。このビルは折れるのではないかと思った。情報が入る。これは大変だ、テレビ、携帯のTVで情報が入る。もう、仕事処ではない。帰宅可能な人は帰って良いと藩命があり、多くは駅に向かった。小生は最初から籠城と決めていた。是が良か [続きを読む]
  • 6年も経った
  • もう、6年たったのか。その間、藩からお役御免になり、年金米拝領する身の上となり、身内も何人も去った。あの地震と原発の2大災害。当地は地震の影響はあったものの、瓦が落ちたりする程度。我が家もひさしがおちた程度(後になって家が傾いたと知ったが、我が家だけではないらしい)。天災は過去繰り返されており復興してきた。でも人災の原発の放射能は乗り越えられないと思う。パンドラの箱は閉まらないと思う。故郷はこの2大 [続きを読む]
  • いにしえは
  • 下手の横好きで、昔から〜道を稽古してる。もう、〜の影響で動きもままならぬよいうになった。半面、侍の時代に生れた〜術(道)の〜流は、どう言う理念だったのかが、知りたくて仕方がない。退職後に武道に憧れて稽古始める方が多い、それも剣術系が多いだろう。体術系は体力的に無理と思うかも知れないな、形稽古はその人なりに出来るから小生は好きである。問題は この形ですが、特に明治以降変って行ったらしい。そして太平洋 [続きを読む]
  • 淘汰
  • いつものように、寒さも少し和らいだので夕方自転車で1時間散歩した。30分走るとなるとわりと遠くに行ける。そこに川をせき止めた流れない細長い川がある。其の土手を走る、水辺を走るのは気分が良い。見ると土手に水鳥が群れをなして休んでる。近くに寄るとバタバタと水の中に。この周りは散歩する人、走ってる人もいる。近くの工場から、帰る人とすれ違う。其の中に数人が歩きながら、いつもすれ違う。言葉から東南アジアの方だ [続きを読む]
  • 昭和
  • 朝、風が穏やかなので、愛車でいつもの農道を散歩した。田んぼには緑はないがヒバリはさえずっていた、春近しか。いつものコンビニで100円コ−ヒ-で一服、今やコンビニは数件あるが一服できる席があるコンビニを選ぶ。小生らの年代は昭和だ、父は100歳、叔母は104歳で亡くなったので明治、大正、昭和、平成と4代の天皇の時代を生きた。古い実家には昭和天皇の写真が飾ってあった。どうも、元号が変わるらしい、どのような元号にな [続きを読む]
  • 俎板の鯉
  • 岡林信康の1969年「ガイコツの唄」は放送禁止歌になったそうである。その他にどんな歌があるか、Netで見ると、なんと、ブンガチャ節(北島三郎)・網走番外地( 高倉健)・S・O・S ( ピンク・レディ)〜もあった。これは知らなかったな。自衛隊に入ろう( 高田渡)や竹田の子守唄( 赤い鳥)は知っていた。今では多く歌われてるだろう。時代の流れと言ってしまえば終りだが。そうだ、所得税・町県民税の申告をしよう。収入は年金の [続きを読む]
  • 安心理論
  • 以前は定期的に整形外科に通院していた。膝への注射と神経痛の痛み止め薬だ。でも治るわけではないが、かと言って病院に行かないと痛みが増すように思ったからだ。ではと、暫く通院止めてみるが結果は変化ない。しかしながら病院に行かないと不安になる、病院に行ってれば、病状は進まないし、早期に手当できる、との安心論は小生だけではないだろうな。膝の痛みなどのサプリメントのCMは大流行だ。誰でも青春の健康願望だ。でも [続きを読む]
  • 極意とは、
  • なんでこんな事になったのか、なんでこのような有様になったのか、常々思うに、中学の時の先生が、【チャンスの神様は前髪あって後髪がない、だからチャンスは前から掴めと】。山本有三の「路傍の石」の有名な言葉【たった一人しかない自分を、たった一度しかない一生を、本当に生かさなかったら、人間生まれて来た甲斐がないじゃないか】が、嫌に思い出す。でも、中学の時は、未だ遠い話だ。高校では未だ未だ遠い先だ。大学ではよ [続きを読む]
  • 末っ子と故郷
  • ブログを書いてから、そうだ故郷も同じ感傷だと思ったので、書き直した。是も老いかも知れない。丁度、今の季節に姉は亡くなった。姉は近隣の町の農家に嫁いだので、時折家に来ていたが、その時は小遣いをくれた、それが楽しみでバス停まで送って行ったものだ、小学生の頃だが今でも覚えてる。末っ子は兄、姉から貰う事が多い。兄が帰郷した時は小遣いが増えるチャンスである。でも、その逆はないまま終わる。小生が働きだした年齢 [続きを読む]
  • 末っ子
  • 丁度、今の季節に姉は亡くなった。姉は近隣の町の農家に嫁いだので、時折家に来ていたが、その時は小遣いをくれた、それが楽しみで、バス停まで送って行っものだ。末っ子は兄、姉から貰う事が多い。兄が帰郷した時は小遣いが増えるチャンスである。でも、その逆はないまま終わる。小生が働きだした年齢が遅いせいかもしれないが、兄弟が減って行った事もある。兄弟さえそうなにだから親へは全く孝行した事はないうちに親は他界した [続きを読む]