寒月 さん プロフィール

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寒月さん: それから
ハンドル名寒月 さん
ブログタイトルそれから
ブログURLhttp://bakusui7.blog.fc2.com/
サイト紹介文一周遅れの金沢が走りだした。金沢はどこに行くのか。 その日々の移り変わりの記録です。
自由文金沢の町の今と昔のトピックをとりあげます。
現在の町の変化とともに、多彩な伝承にも触れてゆきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供312回 / 365日(平均6.0回/週) - 参加 2015/12/26 14:02

寒月 さんのブログ記事

  • 旅先の一人酒
  • ○旅先の一人酒TVでみる新橋のおとうさん達は、ワイワイやりながら群れて飲んでいる。人は群れて飲むばかりではない。旅先やあるいは地元でも一人酒をすることがよくある。そんな時最も気軽にのれんをくぐれるのは蕎麦屋である。焼海苔や天種で一杯というのはいいものだ。行き付けの店であろうが一見だろうが問題ない。昼酒も、またよしである。旅先では一人酒ということになる。居酒屋など一人で飲める店はいくらでもあるが、な [続きを読む]
  • 高野山大学の学食
  • 28日には仏画開帳に合わせて高野山に行くが、以前高野山大学の授業を受けるために出かけたことがある。一度同大のシラバスをご覧の程、当然のことながら密教という文字であふれています。その時は仏教美術の講義のスクーリングが2日間あり、大学院の単位がもらえるものだった。簡単には行かない、大変なことがいくつかあった。①11月上旬だったが思ったより冷え込み、宿坊の暖房では間に合わなかった。蒲団に丸まって寝たが、よく [続きを読む]
  • 原因不明の熱が
  • 1週間ほど前から3日間37℃台の微熱が数日続いた。このところ風邪を引いても熱が出たことがなかったが、節々が痛く身の置き所がなかった。風邪の症状もなく原因は不明だが、季節的なものと年齢的なことが重なった病としか言いようがない。文字の中を懸命に泳いでいる夢をはじめ、助けを求めて声を出そうとしても出ない夢を久しぶりに経験した。食欲がまったくなく、食べ物をみると胸に酸っぱいものがこみ上げてくる。味噌汁とご飯だ [続きを読む]
  • 金沢 どうした巨大ギョーザ店
  • 石川県民のソウルフードは8番ラーメンであろう。最近それに迫る勢いなのが、○番ギョーザである。ホワイトギョーザの人気は絶大である。全国ネットのTV番組にたびたび取り上げられ、さらに勢いを増している。この店ができて以来、現在地に移転して大店舗を構えるようになってからも、時々は顔を出す者である。しかし余りの繁盛ぶりに恐れをなして足が遠のいていたが、久々に行ってみた。店内は馬蹄形のカウンター席があり(2F [続きを読む]
  • 高野山 赤不動開帳
  • 近々高野山明王院に、いわゆる三不動の一つ赤不動を拝観に行く。三不動とは、大津三井寺の黄不動、高野山の赤不動、京都青蓮院の青不動の三つの不動明王の仏画である。平安時代の密教が盛んで不動信仰の厚かったころの画像で、黄不動と青不動は国宝に、赤不動は重文に指定されている。この三不動のうち青蓮院の青不動、三井寺の黄不動は見る機会があったが、赤不動だけはまだお目にかかっていない。青不動は青蓮院での居開帳であり [続きを読む]
  • 能登半島に漂着したオットセイ
  • 珠洲市蛸島町の海岸にオットセイ1頭が姿を見せた。同町では11年前にも現われた。北國新聞で写真を見たが、檻のない日との近くにいる異様さと、動物特有の目のあたりの愛らしさを感じた。発見した人は巨大な生き物をみて瞬間どう思ったのだろう。記事が出た20日の同誌の一面コラムがこのことをとりあげている。自社の記事をよくコラムで取り上げるこらむである。コラム子はどう思ったかというと、オットセイの漂着は異変の前触れで [続きを読む]
  • ビールの出番
  • ビールの消費拡大のためビール各社は必死になっているが、なかなか反転は難しいようです。ビールの不振は長らく続いていますが、その後発泡酒が一時もてはやされたり、続いてさらに安価な第3のビールが発売されたが、全体としては右肩下がりの傾向が止まりません。高価なプレミアムビールは、より美味しくなってきたと思いますが量的には大勢には影響がありません。しかし量は減ったとはいえ、なんといっても酒類の横綱、「まずは [続きを読む]
  • 奇談の狐たち その2 狐飛脚
  •  狐飛脚という伝承がある。狐の姿が飛脚に似ているという見立てである。『三州奇談』の「中代の若狐」からそれをみてゆこう。   狐は全国に広く棲息しており、平地から千八百メートル位の山地にみられる。人家付近にも多く棲み、夜行性で、行動範囲五キロ前後を徘徊し食物をあさる。ウサギやノネズミを獲り、イノシシとは違って農民にとっては有益な獣であった(『世界大百科事典』平凡社)。  大聖寺藩の中代狐は、ホンドキ [続きを読む]
  • 焼鳥と赤不動
  • TVでみる新橋のおとうさん達は、ワイワイやりながら群れて飲んでいる。人は群れて飲むばかりではない。旅先やあるいは地元でも一人酒をすることがよくある。そんな時最も気軽にのれんをくぐれるのは蕎麦屋である。焼海苔や天種で一杯というのはいいものだ。行き付けの店であろうが一見だろうが問題ない。昼酒も、またよしである。旅先では一人酒ということになる。居酒屋など一人で飲める店はいくらでもあるが、なじみの客らしき [続きを読む]
  • 奇談の狐たち その1 尻尾をだした狐
  • 『三州奇談』にはやはり狐の話が繰り返し出てくる。先にイノシシについて考察したが、狐は何といっても奇談の王様である。そうした狐の話を、3回にわたり紹介して行きたい。 狐は野生の動物だが、人里近くに棲んでいて、人間の身近な存在であった。人とのかかわりが深く、霊性と不気味さをもっており人々はその行動に注目していた。不思議な出来事は狐の仕業ではないかと考え、多くの昔話となり語り継がれた。『三州奇談』 巻之 [続きを読む]
  • 金沢は草食系のまち
  • 前回は「風と緑の楽都音楽祭」の指揮者の言葉の面白さを書きました。この音楽祭でベートーヴェンの第9を指揮する広上淳一氏が「第9は肉食系、ビーフステーキをイメージして」といったそうです。一般人がもつ第9のイメージを根本から覆すような発言に驚くとともに、そのユニークさに引きつけられました。さて金沢の音楽祭の続きです。音楽祭のタイトルに、楽都金沢とありますが、これはどこから出たのでしょう。金沢は楽都でしょ [続きを読む]
  • 第9交響曲は肉食系?
  • 去年まで金沢ではGWに、ラフォルジュルネ金沢というのがありました。今年も東京他では従来通りこの音楽週間がありますが、金沢では今回これをはずれて、「風と緑の楽都音楽祭」と長い和風のタイトルとし、独自でベートーヴェンの特集を組んで行います。このほど交響曲第9番の練習が、金沢で指揮者・広上淳一氏を迎えて行われた。ここで広上氏が「指揮者の口をみて一緒に歌って」といったのは、合唱を知らないものでも、そうだろ [続きを読む]
  • 鷹狩りの裏方
  •  加賀・能登・越中の『三州奇談』には、鷹狩りについての話がいくつかある。藩主が好んで鷹狩りをしたのをはじめ、お許しの出た重臣も独自で行った。 鷹狩りとはどのようなものであったか。加賀藩を例に、その裏方の部分をみておこう。 鷹狩りは徳川家を筆頭に藩主などが行い 、加賀前田家では初代利家はじめ、二代利長や三代利常が好んで行った。鷹狩りは武技を練るという軍事的な一面をもっていたが、将軍や大名の間で鷹や獲 [続きを読む]
  • 氏神の春祭り
  • 氏神である安江八幡宮の春の祭礼です。ここに引越して、去年の秋に続いて2回目の祭礼です。朝から太鼓の音が聞こえてきます。安江八幡宮は金沢5社の一つで、金沢城下では格式の高い神社でした。今でも5社めぐりの行事があるようですが、私の息子はマラソンの練習に5社を巡っています。この神社の祭礼には子供のころ、何回か来たことがあります。叔母の嫁ぎ先がこの近くだったので、祭りに呼ばれたのです。露店の数が自分町の神 [続きを読む]
  • ペタンク 第1投!
  • 体力は相当落ちているが、足腰のためにも、いまやるべきはスポーツだと決めた。何をしようか考えてはいたが、ほぼペタンクに決めていた。家の前の公園で、週2回、20人ほどがペタンクをやっている。犬の散歩の途中観察しているが、これはできそうな感じがする。フランス生まれのペタンクはおしゃれで、体に無理がかからないようだ。しかもまだやっている人が少なく、希少価値だってある。なにか簡単に仲間に入れてもらえる方法はな [続きを読む]
  • 足の裏的人間
  • 町なかの桜めぐりをしていたら、寺の前にこんな言葉が張り出してあった。仏教にある言葉ではなく、坂村真民の詩と書いてある。  足の裏的な仕事をし  足の裏的な人間になれ「足の裏的」とはユニークな表現である。「足の裏」に「的」をつけたのが面白い。縁の下の力持ち的な意味だろうが、そのままあてはまる訳ではなさそうだ。調べてみたらこんな詩があった。「自分を変える」    殻を脱ぐ それはカニもやる トンボ [続きを読む]
  • 短編小説 「片袖の女」 佐々三四郎
  •   片袖の女                                                         佐々三四郎 加賀藩の侍に生駒半兵衛という者があった。半兵衛は冗談も通じないほどの実直者であった。若いころからのたった一つの楽しみは謡を謡うことで、稽古を忘れた日はなかった。そのころ金沢では藩主をはじめ藩をあげて狂ったように能楽に熱をあげていた。 同じころ金沢では怪談を語り合 [続きを読む]
  • 肩こりのしない余生の設計
  • 年齢とともに体力や気力が落ちるのは仕方がないが、それども新しいスポーツや文化に挑戦しようとする気持ちがある。世界が次第に小さくなってゆくのだから、そこにアクセントが欲しくなる。さもないと気分的に滅入ってしまって老人性うつ病とやらに陥ってしまいかねない。これまでやってきたことを続ければという声もあろうが、それができないこともある。ある友人と話をしていたら、あと何年生きるのだと決めて、その期間の計画を [続きを読む]
  • さくら ここにも町の名木
  • 前日行けなかった新幹線脇にある町の桜の名木(私的)に出かけた。金沢駅から高架沿いに歩いて5分ところで、途中から道の正面に見えてくる。中橋というところで、昔は国鉄の踏切があり交通渋滞の場所だったが、のち陸橋となり、現在は鉄道が上を通っており、車の流れはよくなっている。この桜は4本あるが見る角度によって、横に長く見えたり奥行きがあって桜の色が濃く見えたりする。なにより周りにちょっとした空間があって、町な [続きを読む]
  • 金沢駅そば 満開の桜
  • 金沢地方気象台は8日、金沢の桜が満開になったと発表した。テレビカメラで兼六園周辺を見ていると、桜のボリュームのものすごさがわかる。兼六園は桜の季節は入場無料なので、旅行者もゆっくり楽しめる。兼六園の桜はその全体のボリュームで迫ってくるところがあるが、反面名のある桜は少ない。熊谷桜があるが何代目かでまだ小さい。その点松は「唐崎松」をはじめ名があるものが何本かある。一方町の片隅にある桜には、ハッと目に [続きを読む]
  • 芥川賞と漱石文学賞
  • 金沢駅近くに住んで間もなく1年、生活にも慣れてきた。駅前のウオッチングをして、旅人の溌剌とした楽しそうな表情をみたり、時には旅人になりきった視線で金沢を眺めることができるようになった。一方、家の中では、静かに、ひっそりした生活を心がけている。漱石の「門」の宗助夫妻のように「山の中にいる心を抱いて、都会の町中に住む」といった生活をしよう。小説でいえば、東京でいえば神楽坂の坂下でひっそり住むという設定 [続きを読む]
  • 「倶利伽羅」 (『三州奇談』) その9 富突き
  • 「倶利伽羅」(『三州奇談』)を読んできたが、厚化粧の幽霊、最終回である。 女は富くじに熱くなり身代をつぶし家出をした。富札を求める人々は、貧しかった人生を一変させようと一攫千金を夢みた。しかし富突賭博に身の丈以上にのめりこみ、夢とはうらはらに、逆にすべてを失う場面がしばしばあっただろう。 同じ『三州奇談』の巻之三にも富くじについての話がある。「非無鬼論」であり、そこには人々の金銭についての欲望と富 [続きを読む]
  • 金沢が金澤に侵略される
  • 」まちのり」<自転車は、金沢派らしい>字数が多くて厄介ないくつかの漢字は簡略化されたことは何となく知っている。それは昭和24年だったと聞くと、意外に最近のことだと感じた。なんとなく明治のころのことかなと思っていた。私が住んでいる金沢も、もとは金澤であった。最近では字数が多い金澤の方が古都のイメージにピッタリで、かっこいいとして、商店をはじめとして観光に携わる分野で使われだしたという。以前からた [続きを読む]
  • 金沢駅 鼓門の桜さくら
  • 金沢駅鼓門の桜が見ごろとなってきた。5分咲きくらいだろうか。今日は午前9時前後まで小雨が降っていた。桜に春の雨だった。鼓門に向って、右に2本、左に2本と、桜の本数はこれだけしかない。だが、もてなしドームをバックにして、色も濃く存在感は抜群である。まだまだ木は若く成長過程だが、手入れがいいのか、活きもよく、色もよい。あと20年程すれば、立派な名木になっていそうな予感がする。だがその頃になっても、北陸 [続きを読む]
  • 「倶利伽羅」 (『三州奇談』) その8 富くじ
  • 「倶利伽羅」での厚化粧の幽霊では、幽霊らしき女は富くじで身代を潰したのだ。 この富突は富籤ともいい近世における興行的賭博の一つで、現在の宝くじと似たものである。 その方法は、興行主が番号入りの富札を売り、抽選日に別に用意した同じ番号の木札を箱に入れ、小穴から錐で木札を突いて当たりを決めるものだ 。三都での富突をみてみよう。①大規模なものは当たりの最高額が一〇〇〇両で、一〇〇両のものは小規模な部類で [続きを読む]