御朱印curator さん プロフィール

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御朱印curatorさん: 御朱印ミュージアム〜御朱印・御朱印帳の収集展示
ハンドル名御朱印curator さん
ブログタイトル御朱印ミュージアム〜御朱印・御朱印帳の収集展示
ブログURLhttp://gosyuinmuseum.blog.fc2.com/
サイト紹介文御朱印ミュージアムへようこそ! 御朱印巡りでいただいた、御朱印や御朱印帳を紹介しています。
自由文これから御朱印巡りをはじめる方にも参考になればと思います。
ぜひご覧ください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供179回 / 365日(平均3.4回/週) - 参加 2015/12/29 18:09

御朱印curator さんのブログ記事

  • 霊山寺
  •   天平年間(729〜749年)聖武天皇の勅願により行基菩薩が開創しました。1番札所だけあって平日にも関わらず多くの参拝者が訪れていました。  大師堂と多宝塔です。多宝塔は応永年間(1394〜1428年)の建造で、五智如来像が祀られています。  境内に祀られている十三仏と不動明王像です。駐車場の隣には総合案内納経所があり、色々な遍路用品が多数取り揃えられていました。四国八十八ヵ所第1番の御朱 [続きを読む]
  • 三寶寺
  •   応永元年(1394年)鎌倉大楽寺の大徳権大僧都幸尊法印により創建されました。その後文明9年(1477年)太田道灌により当地へ移転しています。本尊は不動明王です。  非常に広い境内を有するお寺で、写真は境内の奥のほうにある根本大塔と大きな観音像です。  武蔵野三十三観音札所の観音堂と、御府内および豊島八十八ヵ所の大師堂です。写真は大黒堂で、山門から多くの開運出世大黒天というのぼりが立 [続きを読む]
  • 総持寺
  •   元和年間(1615〜23年)法印権大僧都俊栄和尚が谷戸に法界山西光寺として創建し、慶安年間(1648〜51年)当地へ移転したと伝えられます。  境内にある興教大師像と弘法大師像です。写真右は妙見堂です。   関東三十六不動第10番御朱印と御見影、多摩八十八ヵ所第33番の御朱印です。住所:東京都西東京市田無町3-8-12 [続きを読む]
  • 薬王院
  •   薬王院は高尾山の山上にあるため、ロープウエー、リフト、徒歩のいずれかで登っていくことになります。徒歩の場合も登山道はしっかりと整備されていて(写真右)、登山口から約1時間ほどで薬王院に着きます。  正式名称は高尾山薬王院有喜寺で、天平16年(744年)聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、行基菩薩により開山されました。成田山新勝寺と川崎大師平間寺とならび真言宗智山派の三大本山として知ら [続きを読む]
  • 平間寺(川崎大師)
  •   崇徳天皇の御代、平間兼乗という武士が、無実の罪により追放され流浪の後、川崎で漁猟をして暮らしていたところ、光り輝いている場所に網を投じると一躰の木像が引き揚げられました。それが大師の尊いお像でした。  大治3年(1128年)高野山の尊賢上人が諸国遊化の際に兼乗のもとに立ち寄られ、尊いお像と霊験奇瑞に感泣し一寺を建立したのが始まりです。写真左は不動堂で関東不動と武相不動の両方の札所を兼ねて [続きを読む]
  • 等覚院
  •   日本武尊が東征の際、白鶴にこの地に導かれ当地で泉水を得、そのお蔭で疲労が癒え、英気が蘇りました。この泉水が霊水と知った日本武尊はお礼にと一本の木を手植えをし、その後神木として崇められました。その手植えした神木から智証大師円珍が不動明王を刻み、本尊として安置したのがこのお寺の始まりです。  つつじのお寺としても有名で関東花の寺にもなっています。訪れたときはちょうどつつじの満開時期で多く [続きを読む]
  • 延命院
  •   日米通商条約の締結により港が開かれた際に、一漁村であった横浜は全国各地から多くの移住者があり、一躍国際港の街となりました。その移住者の中には成田不動尊を信奉する東京や千葉の人々が多く、明治3年に遙拝所が設けられたのが始まりです。訪れたときは新本堂の建築中で仮本堂での参拝となりました。  関東三十六不動第3番の御朱印と御見影です。住所:神奈川県横浜市西区宮崎町30 [続きを読む]
  • 最乗寺
  •   応永8年(1401年)峨山五哲である通幻寂霊門下の了庵慧明によって開山されました。三門のところまでは路線バスも通っていて、多くの参拝者がお参りに来ていました。  本堂(写真左)には御本尊の釈迦牟尼仏、脇侍に文殊・普賢両菩薩が祀られています。写真右は金剛水堂で当山開創の時、道了尊が自ら井戸を掘り、霊泉(金剛水)が湧出して以来600年、この霊泉を飲むものの諸病を癒していると伝わっています。  [続きを読む]
  • 大山寺
  •   天平勝宝7年(755年)奈良の東大寺を開いた良弁僧正の開山です。大山寺第三世として弘法大師が当山に入り、数々の霊所が開きました。本尊は文永11年(1264 年)願行上人が鋳造した大山不動明王です。  鐘楼と宝篋印塔です。宝篋印塔は寛政7年(1795年)旧大山寺境内に建立され、大正3年に現境内に再建されました。香花を供えて右回りに3度回ると願がかなうといわれています。  大山寺は大山の中腹にあり [続きを読む]
  • 走水神社
  •   御祭神は日本武尊とその妻の弟橘媛です。景行天皇即位40年、東国の騒動を静めるため日本武尊にその鎮定を命じ、日本武尊一行が走水の地に到着の後、軍船等の準備をし上総に出発するときに日本武尊と弟橘媛命を慕う村人に、日本武尊が自分の冠を与えました。村人はこの冠を石櫃に納め土中に埋めその上に社を建てたのがはじまりといわれています。  本殿の横にある別宮と旧別宮です。弟橘媛命に殉じた侍女をお祀りし [続きを読む]
  • 新善行寺
  •   建仁年間(1201〜1204年)北条政子が信州善光寺如来を名越に勧請したのがはじまりで、長く続く戦火に悩んだ第7世顕世誉密道が、弘治2年(1556年)に現在の地に移転し中興したと伝わっています。三浦半島秋の七草めぐり第6番の御朱印です。住所:神奈川県三浦郡葉山町上山口1368 [続きを読む]
  • 海南神社
  •   三浦の総鎮守で御祭神は藤原資盈(すけみつ)・盈渡姫(資盈の妃)・地主大神等です。藤原資盈はこの地の長となり、房総の海賊を平定して漁業の技術を導入し、文化、福祉にも尽力し、住民の尊敬を集めました。貞観8年(886年)資盈が亡くなると住民は花暮海岸に祠を建て、天元5年(982年)現在の地に社殿が造営され、三浦の総社となりました。  境内には源頼朝が平氏打倒・源氏政権樹立の大願成就を祈念し寄進し [続きを読む]
  • 延壽寺
  •   日蓮上人門弟の九老僧の1人、大善阿阿闍梨日範上人の開山で、延慶3年(1310年)に建立されました。本堂には本尊の釈迦如来・多宝如来が安置され、右手には木像の壽福大黒天、左手には鬼子母神が祀られています。日範上人は当寺で入寂し、本堂前の松の根本に廟所があります。   延壽寺の御主題と、干支守り本尊、三浦半島秋の七草めぐり第5番の御朱印です。  三浦七福神壽福大黒天と東国花の寺百ヶ [続きを読む]
  • 円照寺
  •   応永5年(1398年)日海上人によって創建されました。本尊は、仏、法、僧の三宝です。  本堂前には日蓮上人像があります。本堂には文政5年(1822年)に漁師が走水沖から引き揚げたという銅鐘が祭られています。円照寺の御主題です。住所:神奈川県横須賀市走水2-9-9 [続きを読む]
  • 能永寺
  •   時宗遊行寺派で、藤沢市の清浄光寺(遊行寺)の末寺で、本尊は阿弥陀如来です。  建治2年(1276年)遊行寺の始祖一遍上人の開基で、応永元年(1394年)の開山です。境内には一遍上人の立像がありました。三浦三十八地蔵第26番の御朱印です。住所:神奈川県横須賀市浦郷町2-83 [続きを読む]
  • 東光寺
  •   1200余年前の天平年間に行基菩薩が諸国行脚の際に当郷に立ち寄られた時に、富士浅間の夢告により薬師如来の像を彫刻したことに始まると伝えられています。  山門をくぐったところに猿田彦大神の碑と小さなお社がありました。結願寺ということもあってか多くの参拝者が御朱印をいただきに訪れていました。  三浦二十一薬師第21番の御朱印です。結願証はすべての札所で御朱印をいただくと最後のお寺で [続きを読む]
  • 大泉寺
  •   天正4年(1576年)開創、開基は天正18年(1590年)三浦郡代官頭長谷川七左衛門長綱です。本尊は室町時代初期作と伝わる延命地蔵で、市の重要文化財に指定されています。  本堂の先は展望の良い庭になっています。横須賀の海を見渡すことのできる開放感のある眺めでした。  三浦二十一薬師第20番、三浦三十八地蔵第30番の御朱印です。住所:神奈川県横須賀市走水2-11-13 [続きを読む]
  • 正観寺
  •   平成29年の三浦薬師如来大開帳で19番札所となるまで、三浦薬師如来霊場番外札所でした。  明治政府の神仏分離政策(明治初年)が行われるまでは”如来”の名とともに、”薬一王”の名で村の鎮守として親しまれていました。写真左が薬師如来が祀られている御堂です。三浦二十一薬師第19番の御朱印です。住所:神奈川県横須賀市浦郷町2-79 [続きを読む]
  • 万福寺
  •   万福寺はもともとは下山口平の里にあった満蔵院で、下山口を領していた鎌介という人が満蔵院本尊の薬師如来の信仰者であったため、明応4年(1495年)現在の地に自分の邸宅をすべて寄進して寺としたのが創建となっています。  三浦二十一薬師第18番、三浦三十八地蔵第22番の御朱印です。住所:神奈川県三浦郡葉山町下山口1515 [続きを読む]
  • 天養院
  •   永禄2年(1559年)長澤和泉が開基、性誉上人による開山です。本尊は阿弥陀如来です。小高い丘の上にあり、途中は非常に狭い道幅なので車幅のある車だとちょっと大変かもしれません。  三浦二十一薬師第14番、三浦三十八地蔵第17番の御朱印です。住所:神奈川県三浦市初声町和田1669 [続きを読む]
  • 見桃寺
  •   元和2年(1616年)三崎船奉行の向井正綱により、源頼朝の別邸の一つだった”桃の御所”の跡地に建立されました。本尊は聖観音です。本堂はお寺というより地方の小さな公民館風の建物でした。   三浦三十三観音第2番、三浦二十一薬師第13番、三浦七福神桃林布袋尊の御朱印です。住所:神奈川県三浦市白石町19-2 [続きを読む]
  • 福泉寺
  •   鎌倉光明寺の檀家として深く阿弥陀如来を信心していた進藤和泉守権左衛門の子の隼人正が父の菩提を弔うために相蓮社空誉上人恵然大和尚を開山に迎え、永禄年中(1558〜1570年)に草創したものとされています。お寺から少し歩くと海岸にでることができます。三浦二十一薬師第12番の御朱印です。住所:神奈川県三浦市初声町三戸1020 [続きを読む]
  • 傳福寺
  •   大永7年(1527年)泉蓮社昌譽上人により開山され、本堂内には本尊の阿弥陀如来、薬師如来、千手観音が祀られています。  本堂と地蔵堂です。薬師如来は飛井薬師と呼ばれ、かつて飛井地区にあった薬厳寺の本尊だったそうですが、現在は廃寺になっています。地蔵堂には三浦地蔵札所の大きな地蔵尊が安置されています。   三浦二十一薬師第9番、三浦三十八地蔵第7番、干支守り本尊の御朱印です。住所:神奈 [続きを読む]
  • 能満寺
  •   明応6年(1497年)の創建といわれており、それ以前の寺の名は松雲庵であったと考えられています。本尊は虚空蔵菩薩座像で胎内銘より、応永6年(1399年)に造立された事が確認されています。  三浦薬師札所の薬師堂と薬師如来座像です。境内に祀られている延命地蔵尊です。  三浦二十一薬師第7番、三浦三十八地蔵第31番の御朱印です。住所:神奈川県横須賀市鴨居2-24-1 [続きを読む]