御朱印curator さん プロフィール

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御朱印curatorさん: 御朱印ミュージアム〜御朱印・御朱印帳の収集展示
ハンドル名御朱印curator さん
ブログタイトル御朱印ミュージアム〜御朱印・御朱印帳の収集展示
ブログURLhttp://gosyuinmuseum.blog.fc2.com/
サイト紹介文御朱印ミュージアムへようこそ! 御朱印巡りでいただいた、御朱印や御朱印帳を紹介しています。
自由文これから御朱印巡りをはじめる方にも参考になればと思います。
ぜひご覧ください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供308回 / 365日(平均5.9回/週) - 参加 2015/12/29 18:09

御朱印curator さんのブログ記事

  • 倭姫宮
  •   外宮から内宮に行く途中の倉田山に鎮座し、倭姫命が祀られています。周囲は倭姫文化の森となっていて、神宮美術館、神宮文庫、神宮徴古館、神宮農業館、皇學館大学など文化・教育施設が集まっています。内宮や外宮と比べて参拝者も多くなく神聖な雰囲気を味わうことができます。倭姫宮の御朱印です。住所:三重県伊勢市楠部町5 [続きを読む]
  • 月夜見宮
  •   月夜見宮は伊勢神宮外宮から歩いてすぐのところにあります。外宮北御門から月夜見宮に真っすぐ伸びる道は、”神路通り”と呼ばれ神様が通う道とされ、真中を歩くことなどを遠慮する習慣があるそうです。桜のピンクと木々の緑、のぼりの白が色合いよく、非常に良い雰囲気でした。  写真左は月夜見宮のお社です。ご祭神は月夜見尊です。天照大御神の弟神で内宮別宮月読宮のご祭神と同じです。写真右は月夜見宮の右奥に [続きを読む]
  • 豊受大神宮(下宮)
  •   平日の朝一で訪れたため、まだ人がほとんどおらず神宮本来の静かで神秘的な境内の雰囲気を味わうことができました。玉砂利の音だけが響く、長い参道を歩いていきます。 豊受大神宮(下宮)の正宮です。内宮の天照大御神のお食事を司る御饌都神(みけつかみ)である豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祀られています。写真右は前回の式年遷宮の時に正宮が置かれていた古殿地です。   写真左は別宮 [続きを読む]
  • 皇大神宮(内宮)
  •   平日に参拝しましたが、それでも神宮に近い駐車場は満車で駐車待ちの行列だったので少し離れた市営駐車場から歩きました。写真左は駐車場から参道へ渡る地下道です。写真右は参道で両側には土産屋などが数多くならんでいました。  伊勢神宮は、正式には”神宮”といいます。神宮は、天照大御神をお祀りする内宮(皇大神宮)と衣食住を始め産業の守り神である豊受大御神をお祀りする外宮(豊受大神宮)を始め、125の [続きを読む]
  • 總持寺(西新井大師)
  •   弘法大師が関東巡錫の途中、西新井を通った際に悪疫流行になやむ村人たちを救おうと本尊である観音菩薩の霊託を聞き、本尊の十一面観音と自身の像を彫り、枯れ井戸に安置して二十一日間の護摩祈願をおこないました。すると清らかな水が湧き、病はたちどころに平癒したと伝えられます。  その井戸がお堂の西側にあったことから西新井の地名ができたと伝えられています。写真左は本堂、写真右は関東三十六不動霊場の [続きを読む]
  • 永昌院(皿沼不動尊)
  •   草創は江戸時代以前にさかのぼり、当寺この付近は新義真言宗寳蔵寺の墓域で、それを管理する御堂として創建され、当初は阿弥陀如来を安置した小さな庵であったと伝わっています。1階が庫裏で2階が本堂になっていて、隣にはペットの火葬や法要をする施設があり、その1階に2〜3台とめられる駐車場もあります。  関東三十六不動第25番御朱印と御見影です。住所:東京都足立区皿沼1-4-2 [続きを読む]
  • 満願寺(等々力不動尊)
  •   開創は平安末期で、本尊は金剛界大日如来です。吉良氏の居城兎々呂城に祈願寺として現在地に移築され、中興されました。等々力渓谷へ行く人も含め、多くの方が訪れていました。  境内から渓谷へ降りていく道があります。境内にある四季の花という喫茶店はソフトクリームが人気のようで購入するのに列ができていました。  関東三十六不動第17番御朱印と御見影です。住所:東京都世田谷区等々力3-15-1 [続きを読む]
  • 教学院(目青不動)
  •   慶長9年(1604年)玄応大和尚が江戸城内紅葉山に創建、太田道灌による江戸城築城により麹町貝塚に移転、その後赤坂三分坂、青山南町4丁目へ移転し、当地へは明治41年に移転したと伝わっています。世田谷線三軒茶屋駅のすぐそばにあり、車ではかなり狭い道を入っていくことになります。   江戸五色不動の目青不動と関東三十六不動第16番御朱印と御見影です。住所:東京都世田谷区太子堂4-15-1 [続きを読む]
  • 宝仙寺
  •   寛治年間(1087〜94年)源義家によって創建されました。本堂には鎌倉期の不動明王を中心に五大明王像が安置されています。  写真左は御影堂で大きな弘法大師の尊像が安置されていました。写真右は臼塚で、石臼の供養のため噴水として積み上げたもので、頂上のものは昔し甘酒をすったものだそうです。   関東三十六不動第15番御朱印と御見影、御府内八十八ヶ所第12番の御朱印です。住所:東京都中野区中央 [続きを読む]
  • 都波岐奈加等神社
  •   伊勢国一宮です。雄略天皇23年(479年)に高雄束命がこの地に都波岐神社と奈加等神社を造営したのが始まりと伝えられています。都波岐神社には猿田彦大神が祀られ、奈加等神社には天椹野命と中筒之男命が祀られています。  都波岐神社(伊勢国一宮【全国一宮】)と奈加等神社の御朱印です。御朱印は境内の朱印所でいただけますが、不在時は宮司さん宅を訪ねることになります(神社を出てすぐのところにあります)。 [続きを読む]
  • 敢國神社
  •   伊賀国一宮です。斉明天皇4年(658年)の創建と伝わっており、当時は大彦命(おおひこみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二神で創建されました。  境内にある桃太郎岩です。南宮山上に鎮座している木華開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)を祀る浅間社から遷したと伝う霊岩で、安産の守護、神子授けの神として信仰をあつめています。  本殿西方に鎮座しているむすび社です。縁結びの神として信仰 [続きを読む]
  • 石薬師寺
  •   聖武天皇神亀年間(726年)に泰澄大徳より開創されました。その後、後嵯峨天皇弘仁6年(815年)に、弘法大師自ら石に薬師如来の尊像を刻して開眼供養されました。  当初西福寺瑠璃光院と呼ばれていましたが、1616年に東海道五十三次石薬師駅と呼ばれたので石薬師寺に改称されました。納経所にその絵やゴッホの絵などがあり、ご住職からいろいろと解説をしていただけました。 西国四十九薬師第33番と鈴鹿七 [続きを読む]
  • 鈴鹿七福神
  • 【鈴鹿七福神】 鈴鹿市とその近隣の神社と寺院をめぐるコースで、交通不便なところも多いので、車での巡拝がおすすめです。七福神名寺社名所在地最寄駅寿老神椿大神社三重JR関西本線「加佐登駅」からバス「椿腿神社」下車毘沙門天桃林寺三重JR関西本線「加佐登駅」からバス「桃林寺」下車福禄寿洞水寺三重JR関西本線「加佐登駅」からバス「小社公園」下車恵比寿尊天石薬師寺三重JR関西本線「加佐登駅」から徒歩20分大黒尊天泰応寺 [続きを読む]
  • 東漸寺
  •   三浦義明の五男、義季(義秀)が自身の屋敷を寺院としたと伝わっています。源頼朝ゆかりの日金地蔵が本尊の阿弥陀如来像の右手に安置されています。  東漸寺の御朱印と鎌倉二十四地蔵第19番の御朱印です。住所:神奈川県横須賀市武2-12-13 [続きを読む]
  • 伊射波神社
  •   神社までは最寄りのバス停または駐車場から徒歩で30分くらいかかります。写真左は神社へ向かう道の入り口です。道はコンクリートで舗装されていますが、写真右のようにかなり狭い道を進んでいくことになるため、歩いていくことをお勧めします。  途中分かれるところが何か所かありますが、案内がでているので迷うことはありませんでした。山道を進むとその先は海岸で、堤防沿いに進んでいくことになります。街灯が [続きを読む]
  • 椿大神社
  •   伊勢国一宮です。猿田彦大本宮とも呼ばれ、猿田彦大神を祀る神社の総本社です。  人皇第11代垂仁天皇の御代27年(紀元前3年)に、倭姫命の御神託により、猿田彦大神の墳墓の近くに道別大神の社として社殿が造営されたのが創始です。参道には鈴鹿七福神の寿老人が祀られています。  別宮の椿岸神社です。猿田彦大神の妻神天之鈿女命が主神として祀られています。境内には撫でると幸せを招く招福の玉がありま [続きを読む]
  • 三重県の御朱印・御朱印帳展示室
  • 三重県内の御朱印・御朱印帳をいただいた寺社を行政区別に紹介しています。★の寺社にはオリジナル御朱印帳があります。行政区寺社名寺社名寺社名伊賀市敢國神社--伊賀市愛染院--伊勢市皇大神宮(内宮)★豊受大神宮(下宮)★月夜見宮伊勢市倭姫宮月読宮猿田彦神社★伊勢市欣浄寺世義寺-志摩市伊雑宮 神明神社(石神さん)★-鈴鹿市椿大神社★都波岐奈加等神社-鈴鹿市石薬師寺★--多気郡多気町神宮寺--津市四天王寺--鳥羽市伊射波神 [続きを読む]
  • 金蔵寺
  •   清和天皇の代(859〜877年)に智證大師が東国教化の途中で当地に立ち寄り一宇を建立したのが始まりです。智證大師は自ら不動明王を刻み中心となる堂に安置し、比叡山と同じように日吉社(山王社)を勧請してその鎮護としました。  境内や参道には桜の木が並んでいて、ちょうど満開の時期に参拝したので、近所の方も子供連れで桜を眺めたり、写真を撮ったりしていました。   関東三十六不動第5番御朱印と御 [続きを読む]
  • 真福寺
  •   開基は明らかではなく、源頼朝の家臣であった和田義盛の建立と伝えられています。本尊の不動明王像は全国でも珍しく利剣を前に突き出している御姿で、胎内からは病気平癒、身体健全の霊験を記した文書が発見されていて、特に眼病を救ってくださると伝えられています。   関東三十六不動第4番御朱印と御見影、武相不動尊第15番の御朱印です。酉年に参拝したので、関東三十六不動の御見影がカラーで、武相は酉年開 [続きを読む]
  • 大蓮寺
  •   慶長5年(1600年)専蓮社深譽上人が荒廃伏見の里で霊光輝く阿弥陀仏如来を発見し、それを本尊として一寺を建立したのが始まりです。境内には寺名にもある蓮の鉢がたくさんあり、訪れたのが冬だったので枯れていましたが、開花の季節だときれいな花が咲き誇っていると思います。洛陽三十三観音第8番の御朱印です。住所:京都府京都市左京区東山二条西入ル一筋目下ル457 [続きを読む]
  • 真正極楽寺(真如堂)
  •   正暦3年(992年)一条天皇の勅願により戒算上人により創建されました。応仁の乱で焼失した後は転々とし、元禄6年(1693年)に現在の地に再興されました。  写真左は境内にある三重塔です。写真右は鎌倉地蔵堂で鎌倉地蔵の名は、祀られている地蔵像が当初鎌倉に安置されていたことに由来しています。洛陽三十三観音第5番の御朱印です(新長谷寺は真正極楽寺の塔頭寺院です)。住所:京都府京都市左京区浄土寺 [続きを読む]
  • 護浄院
  •   宝亀2年(772)光仁天皇の皇子である開成皇子が仏門に帰依し、勝尾山で修行中に感得され、自ら模刻し日本最初の荒神尊として祀ったのが始まりです。  本尊の荒神尊は三寶(仏・法・僧)を守護するところから三宝清荒神尊と呼ばれています。写真右は尊天堂で福徳恵美須神が祀られており、京都七福神の1つとして多くの方が参拝に訪れていました。洛陽三十三観音第3番の御朱印です。住所:京都府京都市上京区荒 [続きを読む]
  • 誓願寺
  •   天智天皇6年(667年)天皇の勅願により創建されました。当初は奈良に所在しましたが、鎌倉初期に京都の一条小川に移転し、天正19年(1591年)豊臣秀吉の寺町整備に際して現在の三条寺町の地に移されました。にぎやかな商店街の中にあり、近くに本能寺もあります。洛陽三十三観音第2番の御朱印です。住所:京都府京都市中京区新京極桜之町453 [続きを読む]
  • 慈雲寺
  •   寛正5年(1464年)大本山・本圀寺第10世成就院日圓上人が台密両宗の中堂寺を改宗し法喜山吉祥寺としたのが始まりといわれています。天文法難の後、5世吉祥院日喜上人が堂宇の再建を果たし慈雲寺と改称しました。 ”島原の妙見さん”と親しまれていて、洛陽十二支妙見めぐりの9番の申が祀られています。慈雲寺の御主題です。住所:京都府京都市下京区下松屋町通五条下る薮之内町627 [続きを読む]
  • 本能寺
  •   応永22年(1415年)日隆上人によって創建されました。当初は”本応寺”と称していましたが、永享5年(1433年)大宮六角に移転した際に、”本能寺”と名を改めました。  天正10年(1582年)織田信長が明智光秀によって襲撃され自刃したところとして有名です (本能寺の変) 。境内には織田信長と家臣の森蘭丸らの供養塔があります。写真右は本能寺の塔頭寺院で龍雲院です。塔頭寺院は7つ並んでいますが、龍雲院のみ御 [続きを読む]