blondcoco さん プロフィール

  •  
blondcocoさん: blondcocoの人生相談
ハンドル名blondcoco さん
ブログタイトルblondcocoの人生相談
ブログURLhttp://ameblo.jp/blondcoco/
サイト紹介文あらゆる人生相談お受けしてます。30代・40代の方のうつは得意です。開運のお手伝いもできます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供80回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2016/01/01 20:40

blondcoco さんのブログ記事

  • 身代わり
  • コピー機が、突然壊れた。8年半もの間、使っていたものだった。1987年に、父が他界した。1998年には、弟が亡くなった。2008年に、母が亡くなっている。今回壊れたコピー機は、母が亡くなる直前にリース契約を結び、母が亡くなった直後に納品されたものだった。ぼくの家族は、この30年の間に、ほぼ10年おきに誰かが亡くなっている。来年は、その10年周期にあたる年なのである。10年周期に逆らうかのように、前倒 [続きを読む]
  • ゼロの世界
  • 吉川英治著「親鸞」の中で、親鸞が流人として流されて、代官によって与えられた住居は、まるで乞食が棲むようなあばら家であった。冬の越後は、ことさらに寒い。板張りも、ひさしも、作ることを許されなかったので、すだれのような物をかけただけの家(果たして家と呼べるのかどうか)であった。想像してほしい。それはつまり、玄関ドアも壁もなくて、夜中も、ただカーテンをつけただけの中で起居するようなものなのだ。家の中には、朝も [続きを読む]
  • マカ君デラシネの旅13
  • 京の都に、300名もの六波羅童(ろっぱらわっぱ)と呼ばれた粗暴な若者たちを、平清盛が放ったように、マカ君の思考物質は、彼の肉体の中に、300人の人格を持った者たちを放ったのだ。その中には、文学的素養を持つ者もいれば、狂暴な性格の持ち主もいる。女々しい奴もいれば、聖人君子のように清貧な人もいる。スポーツ好きや音楽好きもいる。楽天家もいれば、ネガティブな奴もいる。ともかく数多(あまた)の人格の持ち主がい [続きを読む]
  • 小学生の下剋上
  • 小学生が火付け役となって、スクイーズなるものが、ひなびた町の雑貨屋さんでも売れている。小学生がムーブメントを起こし、中学生にも人気になっている。そして、ほとんどの女の子たちは、一個だけではなく、複数個買ってくれるのだ。思えば1990年代までは、時代のムーブメントを起こし、流行を発信していたのは、常に女子高生たちだった。ルーズソックスにしても、たまごっちにしても、女子高生たちが火付け役となり、下の世代に [続きを読む]
  • 雲母坂
  • 雲母坂と書いて、<きららざか>と読む。とても美しい響きを持った言葉だ。場所はというと、叡山の麓にある。その昔、雲母坂から先は、女人の足を一歩も許さない、浄地の結界とされていた。或る日の朝まだき、夜の明けない内にと、一杖一笠の雲水姿になって、叡山へと足速に急ぐ範宴(のちの親鸞)の姿があった。だが、叡山への登り口の雲母坂に、二人の女人が彼を待っていた。範宴を愛してやまない、玉日姫と、彼女に仕える万野(まで [続きを読む]
  • 波瀾万丈
  • 法然も親鸞も、流罪という逆境を、ことさらに欣んだ。これまでずっと、京の都吉水で、市井の人々のために法話の会を催し、念仏を広めてきたことが、遠流によって、まだ念仏を知らない地方の人々に、そのことを布教できる良い機会と、とらえたのだ。法然と親鸞にとっては、マイナスはむしろプラスであった。ギョウコウですらあった。(ギョウコウが変換できませんでした)ぼくらの人生は、往々にして波瀾万丈に満ちているけれども、法 [続きを読む]
  • 天城四郎
  • 吉川英治著「親鸞」の中に、天城四郎(あまぎのしろう)という大悪人が登場する。彼は、十悪五逆の盗賊の首領だ。彼が吉水での法話の会に、ひょんなことから大勢の聴衆の中にまぎれこんで、善信(親鸞)の話を聞く場面がある。(以下、引用です)「単に、悪いことをしないという善人よりは、むしろ、悪いことはしても、人間の本質に強い者のほうが、はるかに、菩提の縁に近いものだということもわかってきたし、また、そういう悪人がひとた [続きを読む]
  • 「引き寄せの法則」って
  • 今はどこの本屋さんへ行っても、自己啓発書のコーナーに立てば、「引き寄せの法則」の本をいろいろな方が書かれていて、それこそ沢山並んでいる。10年前はというと、その頃はまだあまり本屋さんの店頭では、見かけることは少なかったように思う。2008年に母が他界して、四十九日の法要があった日の夜、ぼくは近くの本屋さんに行った。手には、これまで読んだことのない類の本を3冊持って、ぼくは本屋さんの店内に佇んでいた。そ [続きを読む]
  • ずんだれとう
  • 「男の人なんていらない。好きになると決まって、死ぬか、ぐうたらになるか、のどちらかなんだもの」この台詞は、雨をこよなく愛し(雨の日には窓に張りついて、いつまでも雨の降る様を見ていた)、小学生の時に亡くなった、大好きな兄の気配をいつも身近に感じながら、ひたむきに前を向いて生きるヒロイン茉莉の物語「左岸」の中で、著者の絵國香織さんが、茉莉に云わせたものです。が、それは、作家絵國香織さん御自身の科白でもありま [続きを読む]
  • 古井由吉さん
  • この間テレビで初めて、古井由吉さん(78歳)という芥川賞作家の方のお顔を拝見して、心がザワザワとした。恥ずかしながら、この方の存在をこれまで知らなかった。氏のお顔には、徳というものが満ちあふれていた。何故これほどまでに、穏やかなお顔をされているのだろう?と、正直嫉妬してしまいたくなるぐらいだった。同時に、このような老人に自分もなりたい、と強く思った。新しい人生の目標が、又ひとつ見つかった。そして、氏の [続きを読む]
  • かきがら
  • 船が大洋へ出て、航海をして帰港すると、船底には沢山の蠣殻(かきがら)がくっついているという。その為に船の重量が増し、速力も落ち、小回りも効かなくなる。人の一生も、又しかり。長い一生の間に、沢山の経験をし、その為に知恵はつくだろう。しかし、それと共に負のものも、大量に背負ってしまうのだ。負のものを沢山背負っている人は、身体も重くなるし、心も固くなる。心が固くなってしまった人には、引き寄せの法則は作用しな [続きを読む]
  • 雑魚
  • 雑魚(ざこ)は、大海の中を泳いでいる。にもかかわらず、大海の大きさを知らない。その深さも知らない。地球は、陸地の面積よりも、圧倒的に海の方が拡い。宇宙から見ると、地球が青く見えるのはその為だ。太古の昔、1200年もの間、激しい雨が降り続いたという。その結果、今のような海が出来たともいわれている。そこに棲む魚の数は、人間の数よりも圧倒的に多い。彼ら魚たちは、一部の新海魚を除けば、大多数が海の上の方で生息 [続きを読む]
  • 明日はない
  • 十八公麿(まつまろ)9歳が仏門へ入る得度の前に、慈円僧正との面会の席で詠んだ歌が残されています。十八公麿があまりに幼いが故に、僧正が得度をもう少し先に延ばしてみてはと云った時に、彼は詠んだのです。わずか9歳の作とは思えません。彼は一日も早く沙門に入って、修業をしたいという気持ちを、切々と、そして必死に慈円僧正に訴えたのです。あすありとおもうこころのあだざくらよわ(夜半)にあらしのふかぬものかはぼくは常 [続きを読む]
  • 絶好調
  • 「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」と、プロ野球界の名監督と呼ばれていた方が、かつてそう云われたことがあった。その老練な監督ですら、何故勝ってしまったのかが解らないゲームが何度もあったようだ。負ける時は、負けるべくして負けたと、その敗因をきちんと分析されていたのだが、勝つ時に限って、不思議な勝ち方をするのが釈然としない風に首を傾げていたことを、今思い出す。ぼくにも覚えがあった。特別に何かを [続きを読む]
  • 求道者
  • プロ野球選手のインタビューの中で、一見さりげなく見過ごしてしまう言葉に、「もっと野球が上手くなりたい」というフレーズがある。実は、この言葉を使ってインタビューに答えていた選手は、ぼくの知る限り、現役選手ではたったの5人しかいない。彼らは確かに云ったのだ。「もっと野球が上手くなりたいんです!」と。日本ハムの大谷翔平、ヤクルトの山田哲人、広島カープの菊池涼介、メジャーリーガーのイチロー選手、そして上原投手。彼 [続きを読む]
  • 墨汁一滴
  • 墨汁一滴母が他界してから、早いもので9年の年月が経つ。生前母が起居していた部屋には、母の使いかけの墨汁と朱墨液が残されていた。つい最近まで、母の部屋に放置されたままだったのだが、昨年10月からのセールを始める時、ふとその朱墨液の方を使ってPOPを描いてみようと思ったことがあった。父が元気であった30年前の文具店時代の残骸(売れ残り)の太い画筆を、その時たまたま見つけたぼくは、躍るように白い画用紙に向か [続きを読む]
  • 日々の写生文
  • 「あたしには、直感が降りて来ないんですけど?ひらめきというものがないんです」と、マカ君の元を訪れた朱夏世代の女性が云った。マカ君の普段の生き方は、直感そのものといってもよいものだ。前日に何か予定をきちんと立てていても、当日直感が働いて、別のことに切り替えることはよくある(むしろ、毎日のようにある)。人は誰にでも、直感(ひらめき)は訪れるものとマカ君は確信し、多くの人に直感は副意識(潜在意識)から送られ [続きを読む]
  • 直感
  • 吉川英治著「宮本武蔵」(文庫本で全八巻)を、ようやく読み終えた。作者が著しいほどに体力を消耗してまでも書き上げた様が、ひしと伝わってくる名作だった。ラストの小次郎と武蔵の息づまる死闘は、迫力のある描写で、心臓の動悸が烈しくなってしまっていた。同時に、小説がもうじき終わってしまう哀しさが胸にこみあげてきて、それ故に一文一文を思わずゆっくりと読み進んだほどだ。こんな時に(読んでいる途中に)、誰かに声をかけら [続きを読む]
  • 「道草」
  • 明治30年代後半、当時の東京には電気はなかった。まだランプを灯して暮らしていた。もちろんガスもなければ、水道もひかれてはいなかった。そんな時代、女たちの一日の家事は、苛酷をきわめた。朝早く起きてご飯を炊き、おかずを作り、洗濯をし、午後には繕い物をし、歩いて買い物に行き、夕方にはお風呂を沸かし、晩ご飯をこしらえた。電子レンジもなく、冷蔵庫もなく、洗濯機もアイロンもなかった。家事とは関係ないが、テレビや [続きを読む]
  • 諸行無常
  • 1916年(大正5)、夏目漱石が他界した。その翌年(大正6)に、ぼくの父が生まれた。ぼくが生まれたのは、漱石が他界してから33年後の1949年だった。漱石が生まれた1867年は、江戸時代最後の年(慶應3)で、坂本龍馬が暗殺された年でもあった。翌年1868年は、明治維新の年だ。来年は、明治維新から150年。昨年は、漱石没後100年。そして今年は、ぼくの父の生誕100年。今よりたった150年前には、侍がいて [続きを読む]
  • 「僕」
  • 日本人で最初に「僕」という言葉を使ったのは、江戸時代末期の思想家、長州藩士の吉田松蔭であるというのが一般的な通説となっている。彼は「公僕」「下僕」などという言葉から、自分を民のしもべとする意味合いを含めて、おそらくは「僕」という一人称を使い始めたのだろう。「俺」が少し下品な言い方で、「僕」がちょっぴり上品な言い方であるようなニュアンスを感じている方は多い。確かに少し前までの昭和では、いいとこの坊ちゃんは家人( [続きを読む]
  • 小説を書きたい!
  • 文芸書は大きく分けると、小説とエッセイに分類されると思う。(詩集等もありますが)ぼくが思うに、一人称で書かれるエッセイには、作者の素は表出されていないような気がする。どこか取り繕ったり、オブラートで包み込んでしまっている感がある。作家といえども、自分の全身を人前に晒すことには、あまりいい気持ちがしないのだろうと想像されるのだ。一方、三人称で書かれることの多い小説は、たとえ自伝的なものでもあっても、三人 [続きを読む]
  • ふつうには生きない
  • ふつうに生きていると、つらいことが多いものです。人はたいてい嬉しいことがあると、「嗚呼、良かった!」と喜びます。そして悲しいことがあると、泣いたり悲しんだりします。そういう生き方が脳にとっては、一番楽な生き方(あまり考えずにすむから)なのですが、実はそういう生き方は、あなたをどこにも連れて行ってはくれないのです。あなたをどこかに連れて行ってくれる方法は、起こったこととは反対の感情を持つことです。嬉しいこ [続きを読む]
  • みゆきちゃん、書道がんばる
  • あろう事か、あのみゆきちゃんが書道教室に通い始めたという。このニュースは、5年2組のクラス中に、そして学年中に拡まった。やや!そんなことがあるはずはないのではないか?と、担任の先生は訝った。しかも、またまたあろう事か、みゆきちゃんの書いた書が全国小学生書道コンクールで、金賞を獲ったという。そのニュースは学校内のみならず、町内の住民たちの間でも評判になった。書道の大家が、みゆきちゃんの家を訪れ、金賞 [続きを読む]
  • こころ塾 同情2
  • 同情とは、辞書によると「他人の苦しみや悲しみなどを、その身になって感じ、思いやること。思いやり」とあります。つまりは、他の人に心を寄せるということです。その人に心を寄せると、あなたはその人に同化し、その人と同じ状態になります。実は、精神科医、診療内科医の方の中には、ご自身が鬱的になっている人が多いという笑えない話があります。患者さんの気持ちに寄り添って真剣に向き合うと、職業柄そうなる可能性が高い [続きを読む]