blondcoco さん プロフィール

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blondcocoさん: blondcocoの人生相談
ハンドル名blondcoco さん
ブログタイトルblondcocoの人生相談
ブログURLhttp://ameblo.jp/blondcoco/
サイト紹介文あらゆる人生相談お受けしてます。30代・40代の方のうつは得意です。開運のお手伝いもできます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供73回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2016/01/01 20:40

blondcoco さんのブログ記事

  • 宮本伊織
  • 吉川英治「宮本武蔵」と、柴田練三郎「決闘者宮本武蔵」の中に共通して登場する少年に、伊織という名の者がいる。二つの小説の中での伊織の描き方はかなり違っていたが、今回の記事は柴田版の伊織に基づいて書いてみたい。一言でいうと、柴田版での伊織という青年に深い感銘を受けたからである。彼は剣のみならず、あらゆる面において、自然体で生きた人だった。武蔵が自分の最後の試合の対手(あいて)として、伊織を選んだのも頷けた。武 [続きを読む]
  • 朝やん
  • マカ君に、かつていた友人の話をしよう。名前を、朝やんといった。某新劇の、劇団の俳優養成所で知り合った(同期生だった)。年齢はマカ君の方が一つ上だったが、お互いにプロレス好きで、そのことがきっかけで仲良くなった(稽古場では、プロレスの技をかけあって遊んだ)。その交情(友情の交換)は、約20年ほど続いた。マカ君が役者人生をやめ、田舎暮らしに戻ってからも、年に数回、マカ君は彼の元を訪れ、彼の家へ泊めてもらい、深夜 [続きを読む]
  • 抽ダシ(ひきだし)
  • マカ君の心の抽ダシ(変換できず、闘という字のもう一つの字です)を開けて見る。4桁の数字の末尾に8の付いた番号の抽ダシを覗くことにする。<1Q58>母に毎週夕食後に映画館に連れて行ってもらうのが、好きだった。母が好きだった銀幕のスター中村錦之助を、マカ君も好きになった。まだテレビもなかった時代。映画は唯一の娯楽でもあった。この頃子供の遊びといえば、相撲を取ること。マカ君は弟にいつも負けた。たまに勝つ時は [続きを読む]
  • 原風景
  • 長い急こうばいの坂道。幼いぼくは、母の後をゆっくりと歩いている。十数メートル先を歩いている母が、振り返って、ぼくを見て微笑む。その眼は、「お前は、まだそんなところを歩いているのかえ。早くお母さんの所へ来やしゃんせ」と、語っているようだ。幼いぼくは、そんな母の姿を見て、大泣きしてしまう。きっと母と離れて歩いているのが、たまらなく淋しかったのだろう。実際にこんなシチュエーションは、母とぼくの間には起こらなか [続きを読む]
  • 漱石の元へ
  • 明治30年代、漱石の自宅へ一人の女性が、午後になって訪ねて来た。どうか私の話を聞いて下さい。そして、私の半生を小説にして下さい、と頼んだという。しかし、書くとなると、迷惑のかかる人がいるでしょう、と漱石が云うと、その女性は、実名じゃなければかまいはしません、と云う。それでも漱石が小説にすることに躊躇っていると、女性は、それでは小説にして頂かなくても、ようござんす。ただ、お話だけでも聞いて下さい、と云って [続きを読む]
  • 1QQ8
  • 1998年の某日。二羽のスズメが、マカ君のお店に入ってきた。店内を飛び廻っては、そこら辺に糞を垂れた(バッグなども汚れた)。マカ君は、シャッター棒(シャッターの開閉時に使う物)や長ほうきなどでスズメを追い、30分以上も格闘の末、やっとのことで外へ追い出した。数日後、そのスズメたち(たぶん同じスズメだ。同じ顔をしていたから)は、玄関(開け放してあった)から家の中へも入って来て、リビングを荒らした(一羽は、二 [続きを読む]
  • 日露戦争
  • 日露戦争の激しい陸戦と海戦の攻防が描かれた「坂の上の雲」(全8巻)を読みながら、お店の活性化への策を考えている。商戦というのは、まさに戦争とよく似ている。ちょっとした策が、大きく運命を分けるのだ。スイマーブランドの廃業は、大都市圏にたくさんの直営店を持ったことに由因していたのではないか?と、ふと思った。ひなびた町の雑貨屋さんのような、小さな地方の雑貨店に商品を卸して(メーカーとして、モノ創りに専念して) [続きを読む]
  • スイマー閉店
  • スイマーブランドが、来年1月をもって終了するというニュースは、ぼくを少なからず驚かせた。スイマーは1987年に立ち上がったブランドで、1990年代には雑貨ブランドの中でも、その人気ぶりは頂点を極めていた。(雑誌では、毎号のように特集記事が組まれていた)当時、地方では売っているお店が極端に少なかった。ひなびた町の雑貨屋さんでも、お取り引きの申し込みをしたのだが、断られたという経緯があった。断りの理由という [続きを読む]
  • 日々の引き寄せ
  • ぼくがブログをいつもアップしているタブレットが、突然インターネットに繋がらなくなった。折りしもその日は悪天候であったので、電波状況が良くなかったのだろう、と勝手に思っていた(一日中、何度トライしてもダメだったのだ)。翌日の朝は晴天であったが、繋がらないという状態に変わりはなかった。そこでぼくは購入先へ電話をして、ヘルプを求めた。電話に出たオペレーターの妙齢女性からの指示通りに画面をタッチしたが、状況に [続きを読む]
  • 遅読のススメ
  • 吉川英治著「親鸞」全三巻を、約三ヶ月かけて読んだ。読みながら、深く考え瞑想もした。読書の目的は、ぼくにとっては第一義に、考えることに他ならない。あるいは、さまざまなことをアナロジーすることだ。(ストーリーを追ったりするよりも、本の中に書いてあることを、深く考える時間を持つことの方が大切だ)良い小説というものは、アレゴリーに満ちている。ぼくはかつて、村上春樹の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」や [続きを読む]
  • 身代わり
  • コピー機が、突然壊れた。8年半もの間、使っていたものだった。1987年に、父が他界した。1998年には、弟が亡くなった。2008年に、母が亡くなっている。今回壊れたコピー機は、母が亡くなる直前にリース契約を結び、母が亡くなった直後に納品されたものだった。ぼくの家族は、この30年の間に、ほぼ10年おきに誰かが亡くなっている。来年は、その10年周期にあたる年なのである。10年周期に逆らうかのように、前倒 [続きを読む]
  • ゼロの世界
  • 吉川英治著「親鸞」の中で、親鸞が流人として流されて、代官によって与えられた住居は、まるで乞食が棲むようなあばら家であった。冬の越後は、ことさらに寒い。板張りも、ひさしも、作ることを許されなかったので、すだれのような物をかけただけの家(果たして家と呼べるのかどうか)であった。想像してほしい。それはつまり、玄関ドアも壁もなくて、夜中も、ただカーテンをつけただけの中で起居するようなものなのだ。家の中には、朝も [続きを読む]
  • マカ君デラシネの旅13
  • 京の都に、300名もの六波羅童(ろっぱらわっぱ)と呼ばれた粗暴な若者たちを、平清盛が放ったように、マカ君の思考物質は、彼の肉体の中に、300人の人格を持った者たちを放ったのだ。その中には、文学的素養を持つ者もいれば、狂暴な性格の持ち主もいる。女々しい奴もいれば、聖人君子のように清貧な人もいる。スポーツ好きや音楽好きもいる。楽天家もいれば、ネガティブな奴もいる。ともかく数多(あまた)の人格の持ち主がい [続きを読む]
  • 小学生の下剋上
  • 小学生が火付け役となって、スクイーズなるものが、ひなびた町の雑貨屋さんでも売れている。小学生がムーブメントを起こし、中学生にも人気になっている。そして、ほとんどの女の子たちは、一個だけではなく、複数個買ってくれるのだ。思えば1990年代までは、時代のムーブメントを起こし、流行を発信していたのは、常に女子高生たちだった。ルーズソックスにしても、たまごっちにしても、女子高生たちが火付け役となり、下の世代に [続きを読む]
  • 雲母坂
  • 雲母坂と書いて、<きららざか>と読む。とても美しい響きを持った言葉だ。場所はというと、叡山の麓にある。その昔、雲母坂から先は、女人の足を一歩も許さない、浄地の結界とされていた。或る日の朝まだき、夜の明けない内にと、一杖一笠の雲水姿になって、叡山へと足速に急ぐ範宴(のちの親鸞)の姿があった。だが、叡山への登り口の雲母坂に、二人の女人が彼を待っていた。範宴を愛してやまない、玉日姫と、彼女に仕える万野(まで [続きを読む]
  • 波瀾万丈
  • 法然も親鸞も、流罪という逆境を、ことさらに欣んだ。これまでずっと、京の都吉水で、市井の人々のために法話の会を催し、念仏を広めてきたことが、遠流によって、まだ念仏を知らない地方の人々に、そのことを布教できる良い機会と、とらえたのだ。法然と親鸞にとっては、マイナスはむしろプラスであった。ギョウコウですらあった。(ギョウコウが変換できませんでした)ぼくらの人生は、往々にして波瀾万丈に満ちているけれども、法 [続きを読む]
  • 天城四郎
  • 吉川英治著「親鸞」の中に、天城四郎(あまぎのしろう)という大悪人が登場する。彼は、十悪五逆の盗賊の首領だ。彼が吉水での法話の会に、ひょんなことから大勢の聴衆の中にまぎれこんで、善信(親鸞)の話を聞く場面がある。(以下、引用です)「単に、悪いことをしないという善人よりは、むしろ、悪いことはしても、人間の本質に強い者のほうが、はるかに、菩提の縁に近いものだということもわかってきたし、また、そういう悪人がひとた [続きを読む]
  • 「引き寄せの法則」って
  • 今はどこの本屋さんへ行っても、自己啓発書のコーナーに立てば、「引き寄せの法則」の本をいろいろな方が書かれていて、それこそ沢山並んでいる。10年前はというと、その頃はまだあまり本屋さんの店頭では、見かけることは少なかったように思う。2008年に母が他界して、四十九日の法要があった日の夜、ぼくは近くの本屋さんに行った。手には、これまで読んだことのない類の本を3冊持って、ぼくは本屋さんの店内に佇んでいた。そ [続きを読む]
  • ずんだれとう
  • 「男の人なんていらない。好きになると決まって、死ぬか、ぐうたらになるか、のどちらかなんだもの」この台詞は、雨をこよなく愛し(雨の日には窓に張りついて、いつまでも雨の降る様を見ていた)、小学生の時に亡くなった、大好きな兄の気配をいつも身近に感じながら、ひたむきに前を向いて生きるヒロイン茉莉の物語「左岸」の中で、著者の絵國香織さんが、茉莉に云わせたものです。が、それは、作家絵國香織さん御自身の科白でもありま [続きを読む]
  • 古井由吉さん
  • この間テレビで初めて、古井由吉さん(78歳)という芥川賞作家の方のお顔を拝見して、心がザワザワとした。恥ずかしながら、この方の存在をこれまで知らなかった。氏のお顔には、徳というものが満ちあふれていた。何故これほどまでに、穏やかなお顔をされているのだろう?と、正直嫉妬してしまいたくなるぐらいだった。同時に、このような老人に自分もなりたい、と強く思った。新しい人生の目標が、又ひとつ見つかった。そして、氏の [続きを読む]
  • かきがら
  • 船が大洋へ出て、航海をして帰港すると、船底には沢山の蠣殻(かきがら)がくっついているという。その為に船の重量が増し、速力も落ち、小回りも効かなくなる。人の一生も、又しかり。長い一生の間に、沢山の経験をし、その為に知恵はつくだろう。しかし、それと共に負のものも、大量に背負ってしまうのだ。負のものを沢山背負っている人は、身体も重くなるし、心も固くなる。心が固くなってしまった人には、引き寄せの法則は作用しな [続きを読む]
  • 雑魚
  • 雑魚(ざこ)は、大海の中を泳いでいる。にもかかわらず、大海の大きさを知らない。その深さも知らない。地球は、陸地の面積よりも、圧倒的に海の方が拡い。宇宙から見ると、地球が青く見えるのはその為だ。太古の昔、1200年もの間、激しい雨が降り続いたという。その結果、今のような海が出来たともいわれている。そこに棲む魚の数は、人間の数よりも圧倒的に多い。彼ら魚たちは、一部の新海魚を除けば、大多数が海の上の方で生息 [続きを読む]
  • 明日はない
  • 十八公麿(まつまろ)9歳が仏門へ入る得度の前に、慈円僧正との面会の席で詠んだ歌が残されています。十八公麿があまりに幼いが故に、僧正が得度をもう少し先に延ばしてみてはと云った時に、彼は詠んだのです。わずか9歳の作とは思えません。彼は一日も早く沙門に入って、修業をしたいという気持ちを、切々と、そして必死に慈円僧正に訴えたのです。あすありとおもうこころのあだざくらよわ(夜半)にあらしのふかぬものかはぼくは常 [続きを読む]
  • 絶好調
  • 「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」と、プロ野球界の名監督と呼ばれていた方が、かつてそう云われたことがあった。その老練な監督ですら、何故勝ってしまったのかが解らないゲームが何度もあったようだ。負ける時は、負けるべくして負けたと、その敗因をきちんと分析されていたのだが、勝つ時に限って、不思議な勝ち方をするのが釈然としない風に首を傾げていたことを、今思い出す。ぼくにも覚えがあった。特別に何かを [続きを読む]
  • 求道者
  • プロ野球選手のインタビューの中で、一見さりげなく見過ごしてしまう言葉に、「もっと野球が上手くなりたい」というフレーズがある。実は、この言葉を使ってインタビューに答えていた選手は、ぼくの知る限り、現役選手ではたったの5人しかいない。彼らは確かに云ったのだ。「もっと野球が上手くなりたいんです!」と。日本ハムの大谷翔平、ヤクルトの山田哲人、広島カープの菊池涼介、メジャーリーガーのイチロー選手、そして上原投手。彼 [続きを読む]