blondcoco さん プロフィール

  •  
blondcocoさん: blondcocoの人生相談
ハンドル名blondcoco さん
ブログタイトルblondcocoの人生相談
ブログURLhttps://ameblo.jp/blondcoco/
サイト紹介文あらゆる人生相談お受けしてます。30代・40代の方のうつは得意です。開運のお手伝いもできます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供68回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2016/01/01 20:40

blondcoco さんのブログ記事

  • 断らない2
  • プロ野球選手になろうと思ったら、12球団のどこかからドラフト指名されなければ、なることは出来ません。どんなに野球が好きで、自分では上手いと思っても、世間(プロ側)から評価されなければオファーを受けられないのです。プロ野球だけが例外で、他のスポーツは本人が希望すれば、その道に進むことができます。柔道であれ、ボクシングであれ、フィギュアスケートであれ、陸上競技であれ、水泳であれ、卓球であれ、バレーボー [続きを読む]
  • 断らない1
  • 他人からオファーを受けた仕事を断らないで、その仕事に就業すると、だいたいにおいて上手くゆくようです。幕末の土佐藩は、30万両にも及ぶ借金を抱えていました。その返済の目処は、まったく立っておりません。ある日のこと、当時参政であった後藤象二郎が、部下の岩崎弥太郎に対し、その借金30万両全部をお前が返せ!と命じた。その代わりに、藩の所有する軍艦、商船、港湾の土地などを無償で与えたのでした。あなたがどこかの会 [続きを読む]
  • 波動
  • この地球上に生きるすべての生物、そしてすべての物質には、波動というものがある。波動には大きく分けて、正の波動と負の波動がある。負の波動の中でも、特にやっかいなのが、邪の波動である。しかるに、この邪の波動を有している人はけっこう多い。邪の波動を持っている人と結婚してしまうと、当然のことながら起居を共にするので、その人の持つ邪の波動に汚染されて、やがては若くして病気になったり、場合によっては夭折してしまう [続きを読む]
  • 文体
  • 一人一人の顔が違うように、一人一人の思考の仕方も異なっている。それなのに、文章を書かせてみると、大体の人が同じような文体で文章を書いていることに気づく。文章を読んだだけでは、名前が記してなければ、一体どこの誰が書いたのかが分からない(男なのか女なのか、それすら分からないこともある)。文章というものは、匿名性が高いものであると云わざるを得ない。しかし、さすがにプロの作家ともなれば、それぞれに文体が異なって [続きを読む]
  • 女の鏡
  • 武市富子という人は、土佐藩勤皇の志士、武市半平太の妻だった。半平太が獄につながれて、やがて切腹の命令が藩主山内容堂から告げられるその日まで(およそ2年あまりの間)、富子は自宅にあっても、布団の中では寝ずに、着衣のまま板敷きの上に薄い布をかけただけで、つまりは獄の中にいる夫と同じようにして過ごした(夏は蚊帳を用いず、冬も布団を重ねなかった)。半平太が捕縛された日の朝、二人は捕らえに来た者たちを待たせておい [続きを読む]
  • お義父さん
  • お笑い芸人はなわさんの歌う「お義父さん」が、いい唄だと世間で話題になっているようである。ぼくも娘を持つ父親として、義理の息子からこのように思ってもらえたら、きっと凄く嬉しいことだろう。ある意味、実の息子が仮にいたとしても、その嬉しさの比は、義理の息子からの想いの方がずっと嬉しいに違いない、とぼくは思う。戦国時代。徳川家康の家臣の中に、本多忠勝という男がいた。彼は、家康が若い時分からの側近中の側近で、戦場に [続きを読む]
  • 漱石の少年時代
  • 漱石が子供の頃、喜いちゃんという友だちがいた。或る日、喜いちゃんが一冊の本を彼の元へ持ってきた。なんでも昔(江戸時代)の有名な人が書いたとされる本で、少年の漱石には読んでもちっとも解らなかったが、喜いちゃんはこの本を買ってくれないか?ともちかけてくる。50銭でどうだい?それ以上に価値のある本なんだ、と云う。少年の漱石は少し考えて、25銭なら買ってもいいと云う。喜いちゃんは、それなら25銭でもいいよと云 [続きを読む]
  • パーマネントブルー
  • 昭和40年代前半に、一人の高名な女流作家の方が失くなられ、その方の書斎に遺された備品などを、編集者の人が整理している時だった。その作家の机のひきだしの奥の方から、原稿用紙にびっしりと書かれた小説が出てきた。そこには、メモのような手紙が添えられていた。<自分は四国在住の女子高校生15歳ですが、初めて小説を書いてみました。どうか先生に読んでいただきたくて送らせてもらいました>そのような文面であった。その [続きを読む]
  • 阿寒に果つ
  • 昨年のことだが、たくさんのハードカバーの単行本を棄ててしまった。主に1970年代に発行された、五木寛之と渡辺淳一の本だった。およそ30〜40冊ほど、ゴミとして出してしまったのだ。1980年代に家を増改築した際、近所のシャッター付きの車庫を父親が借り受け、その中へそれらの単行本も入れられてしまった。そのまま1〜2年放置していた為、カビ臭い匂いが本にこもり、紙が茶色く変色してしまった。それでも埃を払っ [続きを読む]
  • やり残したこと
  • みずきくんの仕事先へ、一人の女性が訪ねてきた。みずきくんの携帯の電話番号が判らなかった(最近変えていたのだ)ので、悪いとは思ったけどお仕事先に来てしまったのだという。その女性は、みずきくんと高校時代に同じクラスで一緒だった人だ。彼女の用件とは、同窓会の報らせだった。急ではあるが、20日後に同窓会を急遽開くことになったという。担任だった先生が、九州の高校に転任することになった為、その先生の送別会と同窓会 [続きを読む]
  • 宮本伊織2
  • 宮本武蔵は幼少の頃、父親が平田無二斉という兵法者に斬殺され、更にその場で、母が犯された上に死んでしまう様を目撃する。孤児になった武蔵は、親の仇敵である平田無二斉に養育してもらうしか生きる術がなく、大人の足で速く歩く無二斉の後を、小さな子供が遅れまいと必死の形相で走りながら追う。(このシーンは、映画「砂の器」の中の一シーンをぼくに思い起こさせた)平田無二斉という男は、卑怯な手を使っていつも試合に勝ち、それ [続きを読む]
  • 宮本伊織
  • 吉川英治「宮本武蔵」と、柴田練三郎「決闘者宮本武蔵」の中に共通して登場する少年に、伊織という名の者がいる。二つの小説の中での伊織の描き方はかなり違っていたが、今回の記事は柴田版の伊織に基づいて書いてみたい。一言でいうと、柴田版での伊織という青年に深い感銘を受けたからである。彼は剣のみならず、あらゆる面において、自然体で生きた人だった。武蔵が自分の最後の試合の対手(あいて)として、伊織を選んだのも頷けた。武 [続きを読む]
  • 朝やん
  • マカ君に、かつていた友人の話をしよう。名前を、朝やんといった。某新劇の、劇団の俳優養成所で知り合った(同期生だった)。年齢はマカ君の方が一つ上だったが、お互いにプロレス好きで、そのことがきっかけで仲良くなった(稽古場では、プロレスの技をかけあって遊んだ)。その交情(友情の交換)は、約20年ほど続いた。マカ君が役者人生をやめ、田舎暮らしに戻ってからも、年に数回、マカ君は彼の元を訪れ、彼の家へ泊めてもらい、深夜 [続きを読む]
  • 抽ダシ(ひきだし)
  • マカ君の心の抽ダシ(変換できず、闘という字のもう一つの字です)を開けて見る。4桁の数字の末尾に8の付いた番号の抽ダシを覗くことにする。<1Q58>母に毎週夕食後に映画館に連れて行ってもらうのが、好きだった。母が好きだった銀幕のスター中村錦之助を、マカ君も好きになった。まだテレビもなかった時代。映画は唯一の娯楽でもあった。この頃子供の遊びといえば、相撲を取ること。マカ君は弟にいつも負けた。たまに勝つ時は [続きを読む]
  • 原風景
  • 長い急こうばいの坂道。幼いぼくは、母の後をゆっくりと歩いている。十数メートル先を歩いている母が、振り返って、ぼくを見て微笑む。その眼は、「お前は、まだそんなところを歩いているのかえ。早くお母さんの所へ来やしゃんせ」と、語っているようだ。幼いぼくは、そんな母の姿を見て、大泣きしてしまう。きっと母と離れて歩いているのが、たまらなく淋しかったのだろう。実際にこんなシチュエーションは、母とぼくの間には起こらなか [続きを読む]
  • 漱石の元へ
  • 明治30年代、漱石の自宅へ一人の女性が、午後になって訪ねて来た。どうか私の話を聞いて下さい。そして、私の半生を小説にして下さい、と頼んだという。しかし、書くとなると、迷惑のかかる人がいるでしょう、と漱石が云うと、その女性は、実名じゃなければかまいはしません、と云う。それでも漱石が小説にすることに躊躇っていると、女性は、それでは小説にして頂かなくても、ようござんす。ただ、お話だけでも聞いて下さい、と云って [続きを読む]
  • 1QQ8
  • 1998年の某日。二羽のスズメが、マカ君のお店に入ってきた。店内を飛び廻っては、そこら辺に糞を垂れた(バッグなども汚れた)。マカ君は、シャッター棒(シャッターの開閉時に使う物)や長ほうきなどでスズメを追い、30分以上も格闘の末、やっとのことで外へ追い出した。数日後、そのスズメたち(たぶん同じスズメだ。同じ顔をしていたから)は、玄関(開け放してあった)から家の中へも入って来て、リビングを荒らした(一羽は、二 [続きを読む]
  • 日露戦争
  • 日露戦争の激しい陸戦と海戦の攻防が描かれた「坂の上の雲」(全8巻)を読みながら、お店の活性化への策を考えている。商戦というのは、まさに戦争とよく似ている。ちょっとした策が、大きく運命を分けるのだ。スイマーブランドの廃業は、大都市圏にたくさんの直営店を持ったことに由因していたのではないか?と、ふと思った。ひなびた町の雑貨屋さんのような、小さな地方の雑貨店に商品を卸して(メーカーとして、モノ創りに専念して) [続きを読む]
  • スイマー閉店
  • スイマーブランドが、来年1月をもって終了するというニュースは、ぼくを少なからず驚かせた。スイマーは1987年に立ち上がったブランドで、1990年代には雑貨ブランドの中でも、その人気ぶりは頂点を極めていた。(雑誌では、毎号のように特集記事が組まれていた)当時、地方では売っているお店が極端に少なかった。ひなびた町の雑貨屋さんでも、お取り引きの申し込みをしたのだが、断られたという経緯があった。断りの理由という [続きを読む]
  • 日々の引き寄せ
  • ぼくがブログをいつもアップしているタブレットが、突然インターネットに繋がらなくなった。折りしもその日は悪天候であったので、電波状況が良くなかったのだろう、と勝手に思っていた(一日中、何度トライしてもダメだったのだ)。翌日の朝は晴天であったが、繋がらないという状態に変わりはなかった。そこでぼくは購入先へ電話をして、ヘルプを求めた。電話に出たオペレーターの妙齢女性からの指示通りに画面をタッチしたが、状況に [続きを読む]
  • 遅読のススメ
  • 吉川英治著「親鸞」全三巻を、約三ヶ月かけて読んだ。読みながら、深く考え瞑想もした。読書の目的は、ぼくにとっては第一義に、考えることに他ならない。あるいは、さまざまなことをアナロジーすることだ。(ストーリーを追ったりするよりも、本の中に書いてあることを、深く考える時間を持つことの方が大切だ)良い小説というものは、アレゴリーに満ちている。ぼくはかつて、村上春樹の「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」や [続きを読む]
  • 身代わり
  • コピー機が、突然壊れた。8年半もの間、使っていたものだった。1987年に、父が他界した。1998年には、弟が亡くなった。2008年に、母が亡くなっている。今回壊れたコピー機は、母が亡くなる直前にリース契約を結び、母が亡くなった直後に納品されたものだった。ぼくの家族は、この30年の間に、ほぼ10年おきに誰かが亡くなっている。来年は、その10年周期にあたる年なのである。10年周期に逆らうかのように、前倒 [続きを読む]
  • ゼロの世界
  • 吉川英治著「親鸞」の中で、親鸞が流人として流されて、代官によって与えられた住居は、まるで乞食が棲むようなあばら家であった。冬の越後は、ことさらに寒い。板張りも、ひさしも、作ることを許されなかったので、すだれのような物をかけただけの家(果たして家と呼べるのかどうか)であった。想像してほしい。それはつまり、玄関ドアも壁もなくて、夜中も、ただカーテンをつけただけの中で起居するようなものなのだ。家の中には、朝も [続きを読む]
  • マカ君デラシネの旅13
  • 京の都に、300名もの六波羅童(ろっぱらわっぱ)と呼ばれた粗暴な若者たちを、平清盛が放ったように、マカ君の思考物質は、彼の肉体の中に、300人の人格を持った者たちを放ったのだ。その中には、文学的素養を持つ者もいれば、狂暴な性格の持ち主もいる。女々しい奴もいれば、聖人君子のように清貧な人もいる。スポーツ好きや音楽好きもいる。楽天家もいれば、ネガティブな奴もいる。ともかく数多(あまた)の人格の持ち主がい [続きを読む]
  • 小学生の下剋上
  • 小学生が火付け役となって、スクイーズなるものが、ひなびた町の雑貨屋さんでも売れている。小学生がムーブメントを起こし、中学生にも人気になっている。そして、ほとんどの女の子たちは、一個だけではなく、複数個買ってくれるのだ。思えば1990年代までは、時代のムーブメントを起こし、流行を発信していたのは、常に女子高生たちだった。ルーズソックスにしても、たまごっちにしても、女子高生たちが火付け役となり、下の世代に [続きを読む]