iohe さん プロフィール

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ioheさん: 添乗員森田世界の旅
ハンドル名iohe さん
ブログタイトル添乗員森田世界の旅
ブログURLhttp://ameblo.jp/iohe/
サイト紹介文添乗員として行く海外情報を書いています。 かわいい娘たちとおっかない妻との記録も書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供390回 / 365日(平均7.5回/週) - 参加 2016/01/02 05:53

iohe さんのブログ記事

  • 北欧ゴールデンルート
  • 6月22日、成田からスカンジナビア航空。11時10分発スカンジナビア航空984便に対し、2時間前の9時10分がお客様の集合時間。添乗員はその1時間前の8時10分迄に受付の準備を整え集合場所に立つ。 寝れば良いのに寝ないまま5時前にチャリンコの前カゴにスーツケースを乗せ、子供達を起こして本家経由で駅へ行く。始発に乗って、スカイライナーに乗って7時半成田空港到着。 良し良し寝坊、遅刻、遅延無し。スカンジナビア航空は久しぶ [続きを読む]
  • 4日間、何をしていたかというと、何してたんだろう?
  • 6月17日、スイスエアーで成田に着いたのは土曜日の午前9時。 アイ子が遂に学校からメガネを宣告され、そう12時迄に眼科へ行かなくてはいけない、ラーメン屋に脇目も振らず田舎へ帰る。 そして夜、我がアパートで3人で子供マージャンをする、パパが勝つ。土日のバドミントンは3時間コースでハードだと思うが、午前中から3人でバドミントンをしたいとの事で、市民体育館に行くもコートに空きがなかった、外で始めるが、バドミント [続きを読む]
  • ポストイナ写真館、50万年間の芸術。そしてザグレブ。
  • 6月15日、最後にポストイナ、ザグレブ。欧州のバケーション(夏期休暇)が始まって、人々は大移動を始める。ドイツ、オーストリア、フランス、オランダナンバーのお出掛けようの車にキャンピングカーが多い。と同時に普段あまりない事故渋滞にもハマる。 ブレッドから105?、1時間遅れでポストイナ到着。ジャンバーを羽織って洞窟内へ、1872年には観光用に引かれた路線をトロッコに乗って気温9℃の風を切る。7000年前に海底に堆積 [続きを読む]
  • アルプスの空気に包まれて、ブレッド島の聖マリア教会。
  • 6月15日、ブレッドの朝。スロベニア最高峰トリグラフ山(2864m)からブレッド湖までは1981年に国立公園となり、アルプスの空気はより清んでいる。少し時間を早めて8時前、静かな環境をより静かに過ごしたい、まだ誰も来ていない朝一番に、美しい景観の聖マリア教会のあるブレッド島へ。たくましい船頭が静かにオールを漕いでくれる、カルストでなく、氷河が浅く大地を削った湖だ。島に上陸すると丘の上の聖マリア教会へは99段の [続きを読む]
  • 本日もグリーンなり、プリトヴィッツェ。
  • 昨日のドライブ。海岸線を離れると内陸にそびえるカルストの山の壁を上る。石灰岩が剥き出しの所は雪が被っているようにも見える。山を上った後はそのままの標高を進み、再びボスニアが近づく頃、一見不毛なカルストの大地に豊かな森と放牧地が広がりを見せる。 6月14日の朝はプリトヴィッツェ。昨日までの晴れマークから、今日は雨、曇り、晴れマークと全て出ており気温も5℃下がった。空模様が気になったがプリトヴィッツェは今 [続きを読む]
  • シベニクとザダール、海風と太陽。
  • 6月12日、トロギールを出てシベニクへ向かうのもまた海岸線、海に突き出た岩礁に盛り土をして町を築いたプリモシュテン、良い天気に良い眺めでバスを止めて写真を撮る。これは川、クルカ川。左が陸で、右は川と海を隔てる半島。川の河口にシベニクの町、海岸線の町町は15世紀にオスマントルコの襲撃をどこも受けるが、この町は海との間の半島が町の存在を隠したのか、襲撃には見舞われなかった。11世紀山側に建てられたミカエル( [続きを読む]
  • ダラマチアンドライブ。
  • 6月12日、ドブロクニクで2泊したのはグランドパーク、ここから海岸線を北へ、通らざるえないボスニア・ヘルツェゴビナの9?の海岸線ネウムのスーパーで買い物をし、再びネレトバの大河口を眺めた後は、高速道路を使っても良いが運ちゃんは引き続き海岸線を走る。これは海ではなく、バチナ湖。石灰岩大地に綺麗な水が湧いている。今日も良い天気だ。海岸を走ればラベンダー栽培で有名なフヴァール島や大理石の採れるブラチ島の眺め [続きを読む]
  • モンテネグロという国、コトルと言う町。
  • 6月11日、コトルの午後。高校の3年でサッカーをやめて20年以上経つというのに未だに夢をみる、トレーニングを辞め3ヶ月後位の設定で上手くプレーできるか不安な中試合会場に着かない、という夢の中でももどかしくどうしようもない。 日本代表がイラクに引き分けたニュースはネットにて、欧州でもW杯予選真っ只中でボスニアの試合はサラエボのホテルのテレビで、クロアチアの試合はドブリブニクのホテルで観たが、どちらもパッと [続きを読む]
  • ネレトバの戦いの鉄橋とモスタルの石橋とドブロヴニクの吊橋。
  • 6月10日午後、ドブロヴニクへのドライブ。 サラエボを出て、クロアチアのドブロヴニクを目指し260?のバスの旅。サラエボ市内を流れるミリャツカ川は市の西でネレトバ川となり今日のドライブは当面ネレトバの渓谷に沿って進む。石灰岩大地を抜けてきた透き通った水は青く、周囲の緑が映え緑でもある。1943年1月からドイツ始め枢軸軍によるユーゴ内でのパルチザン掃討作戦が展開される、ネレトバ川を挟んで枢軸軍15万人が集結、兵 [続きを読む]
  • 山を越え行こうよ、サラエボへ。
  • 6月9日、ベオグラードからの午後。サバ川の西側はユーゴスラビア時代に拓けた工業団地が並ぶが、現在あらゆる工場跡地に21世紀型の新都市計画が進行中、ここもまた次に来た時にはウォーターフロントが完成する。 87?、平原を走ると麦畑に、北緯44度ではこれから咲こうかというヒマワリ畑、ブドウやアプリコットの畑が続く。sabacというサバ川の流れる町で昼食を、僕の写真は旨そうではないが、Grandska kafanaという名のレストラ [続きを読む]
  • セルビア正教とベオグラード。
  • 6月9日金曜日、ベオグラードの朝。パンノニア平原の平らな土地に175万人都市ベオグラード。その中に小高い丘はいくつかありそこに建つのが聖サバ教会。白地にイスラム教のシンボルカラー緑の屋根は一見モスクを思わせるが、ここはセルビア正教を信ずるセルビア人にとって巡礼の対象の教会。真正面から見ても、この左右対称さトルコ辺りのモスクを思わせるが、、、屋根の上に縦横対称の十字架があってそう正教会。 サバ川とド [続きを読む]
  • エアポートレストハウス。
  • 夕方までキコと遊んでいたが、午後6時アイ子の帰りを待って電車に乗った。なんだかんだ前日に成田へ入る時はダラダラと準備をしホテルに入るのは0時近くだが、 今日は午後9時、エアポートレストハウス。これが見たかった、最後の30分だけだったけど、親善試合だからまぁ良いといえば良いが連携も興奮もない単調さだった。ハリルホジッチはフランス語でフランスの通訳を付けるなら、母国ボスニア・ヘルツェゴビナの通訳を付け [続きを読む]
  • 真夜中のコインランドリーにて。
  • 子供達は寝、親父は夜中のコインランドリーへ向かう。久しぶりに夢を託したナンバーズ4は、2年ぶりに負け、連敗記録を2000に伸ばした。 夏になったことだし物干しザオを買おうかと思ったが、結局買ってない、今日も300円(30分)だったか400円(40分)だったか、前の教訓を生かし切れず400円とグンゼのブリーフと台所マットとバスタオルとエジプトで買ったポロシャツとスーツのズボンとワイシャツを入れる。 シャツは [続きを読む]
  • 土日を含む休日、
  • 家に帰ると、キコの歯が抜けていた。 のんびりとした中、父ちゃんの鳴らずのガラケーが鳴り、土曜日に旅行説明会のアルバイトの誘いが来る。断れない父ちゃんは新橋での3時間の仕事のため片道1時間15分かけ出向く、土曜日はアイ子もキコもバドミントンだから、相手にしてもらえない事だしちょうど良い。仕事を終えた午後1時、東京で道に迷う、路地に迷い込んでしまい、待っていたのはマッサージ嬢でなくラーメン屋、新橋駅の [続きを読む]
  • 最後にリスボン観光、
  • 5月30日、リスボンの午後。ここに地果てた所から、海には出づにリスボンへ引き返す。テージョ河口に建つリスボン西の砦はベレンの塔、その先に大西洋。(写真はないが)その陸側にはジェロニモス修道院。リスボンの西(海側に)6?のベレン地区は、1498年のバスコダガマインド航路発見の偉業を讃え、時の王マヌエル1世が教会を建て要塞を造った。大航海時代を切り開いたエンリケ航海王子を船首にガマやマゼラン、ブラジルに到達し [続きを読む]
  • ユーラシア大陸最西端、ロカ岬にて思うこと。
  • 5月30日、ユーラシア最西端から朝。 20万年前、アフリカを出たホモサピエンスはヨーローッパ、アジアを経て4万年前にはユーラシア大陸の東端から、当時氷で覆われていたベーリング海峡を渡りアメリカ大陸へと入って行った。1万2000年前に海峡の氷は溶けアメリカは巨大な陸の孤島となったとしても、西に住むヨーロッパ人はシルクロードやエジプト、ペルシャ、ギリシャにより東は中国まで世界が続くことを知っていた、マルコポ [続きを読む]
  • コルク樫とコウノトリ、イベリコ豚とジャカランダ。
  • 5月29日、午後はポルトガル。セビリアを出て高速道路に乗ったかと思ったらすぐに下道に降りた。大抵の運転手のリスボンへの道は迂回するも高速道路を使いバダホスからポルトガルに入るが、今回は下道だけど直線的にポルトガルを目指すようだ、時間的にはそう変わりはない(下道が空いてさえいれば)。この下道は一面樫の木の森で、コルクを生産するための樫の木が植わる、苗を植えて30年経つと10?の厚みになる樹皮を剥いでコルク [続きを読む]
  • セビリアにもセビージャにも、セルビアにも理髪師はいる。
  • 5月29日、セビリアの朝。セビリアとセビージャは同じ町なのでしょうか?スペイン語はアルファベット読みでほぼ行けるが、LLA,LLOとLLを二つ並べるとジャ、ジュ、ジョと発音する、しかし正式なスペイン語の発音ではリャ、リュ、リョと発音するのだが、リャと言う人は今まで見たことがない。 Paella、パエリア、パエージャSevilla 、セビリア、セビージャLladro、(陶磁器メーカー)リアドロ、ジャドロ、スペイン(いや全ての [続きを読む]
  • アマポーラとヒマワリ。
  • 5月28日、午後。アルハンブラ観光を終えたお客様を塀の外で迎え、ご一行は再びオリーブの森の様な畑の中を進む。130?位進んだところで海が見えてくる、マラガをを中心としたスペイン南部のコスタデルソル海岸だ、 ギリシャ、ローマ、イスラムにレコンキスタ、イギリスとの戦いにピカソの誕生と歴史あるマラガを過ぎても、海岸線にはぎっしり高層ビルやショッピングセンターにゴルフ場などが建ち並ぶ。1960年代、スペイン政 [続きを読む]
  • ラマンチャの切なさと、フラメンコの情熱。
  • 5月25日、マドリッドの朝。 いつもより特別早い午前7時、マドリッドを出てラマンチャの大地を南に走る。内陸スペイン人が大好きな野うさぎでも出て来そうな朝日が昇る、今日も天気は良さそうだ。 何もないラマンチャを舞台に、人生の最後に夢に見た騎士となるドンキホーテの連戦連敗の旅は、笑いあり滑稽で、そして切ない。コンスエグラの裏山に15世紀の粉ひき用の風車(観賞様に再建された)が並ぶ。ドンキホーテが戦 [続きを読む]