隊長 さん プロフィール

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隊長さん: 常陸国ふしぎ探険隊ーそれは天津甕星から始まった
ハンドル名隊長 さん
ブログタイトル常陸国ふしぎ探険隊ーそれは天津甕星から始まった
ブログURLhttps://ameblo.jp/kappa1959/
サイト紹介文常陸国を中心に神社を探険しています。神社に隠された秘密を明らかにして、古代史を解明しています。
自由文九州王朝の残影を探す為に常陸国を中心に神社探険しています。
百嶋神社考古学の成果(神代系図)を駆使し神社に隠された秘密を明らかにし、栗本慎一郎が言う、天皇システムを解明し、現代の閉塞した社会に風穴を開け、支配者の作った税金をはじめとした収奪システムや恐怖心の上に成り立つ宗教システムに気付き、完全なる自由の獲得と、GO JAP PAYな輪廻からの卒業するためのヒントを書き綴って行きます。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供69回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2016/01/09 08:46

隊長 さんのブログ記事

  • 番外32.ワタは海であり綿であった−大幡主は大山祇である論の序章
  • ワタツミ(海神)を綿津見と書くからわれわれが綿と結び付けたと単純に考えてはいけません。われわれの考察はそんなに低レベルではありません(笑)通説も一通り引用しておきましたが、現在流布されている通説は、経済至上主義東インド会社(ハザールマフィア)と連携した明治維新勢力(中心は藤原イカスリ、薩摩長州)によって筋道を立てられた似非東アジア史(中国史、朝鮮史を含む)に沿う形で構成されています。国家神道、つま [続きを読む]
  • 番外31.ワタツミとはなにか-英語表現から古代史を解く20170912改訂
  • 「番外30.神籠石考-綿花栽培の可能性について」で最も重要な事を書き漏らしていました。金山彦-スサノヲ系統から、秘密の綿花栽培施設であろう神籠石をお得意の「武力」で略奪したと考えられる、イカスリ劉一族は、また津の渡しでもあります。瀬戸内海を葦船で往来しアヒルや鵞鳥にも例えることができます。(関連記事:番外21.大山祇系統は高木系(分家)に下剋上されたのか?)彼らは百嶋資料でヘブライの最下層民とされている白 [続きを読む]
  • 133.加波山三枝祇神社(親宮)探検記-加波は樺であり加葉である
  • 足尾山から尾根伝いに林道を北上すると、加波山に到着します。加波山は茨城県南部では筑波山に継ぐ高さがあり、名前のユニークさもあって足尾山よりもメジャーだと思います。 ユニークさだけではなく加波山事件があり、明治初期の自由民権運動の黎明時においては重要な意味を持つ事件でした。筑波山は江戸時代末期の水戸藩の尊王檄派による天狗党が挙兵したところです。筑波山塊はどうもアグレッシブなエネルギーに満ち溢れている [続きを読む]
  • 番外30.神籠石(こうごいし)考―綿花栽培の可能性について
  • 神籠石(こうごいし)とは、九州から奈良県の山岳部に建造された石垣に囲まれた施設を言い、朝鮮式山城だとか祭祀場だとかはっきりと用途のわかっていない施設です。詳細はwiki【神籠石】を参照ください。また、単純に大きな岩、一般的には男岩と女岩が対で並んでいるものも神籠石と呼ばれているようです。神籠石は百嶋CDにも出てくるので名前だけは知っていましたが、音声データだったので、表記は皇后石なのか交合石なのか、 [続きを読む]
  • 132.秩父神社探検記(埼玉県秩父市番場町)
  • 今回も引き続き秩父市の神社です。秩父三社の一つ、秩父夜祭で有名な秩父神社です。 拝殿 由緒書祭神は八意思兼命 (やごころおもいかねのみこと)知知夫彦命 (ちちぶひこのみこと) - 八意思兼命の十世孫で、初代知々夫国造天之御中主神 (あめのみなかぬしのかみ) - 鎌倉時代に合祀秩父宮雍仁親王 - 昭和天皇の弟。昭和28年に合祀古代史的には最初の二神に注目すればよいでしょう。百嶋系図では、八意思兼命は豊玉彦になりま [続きを読む]
  • 131.若御子神社探検記(埼玉県秩父市荒川上田野)20170815追記
  • 引き続き秩父市の神社です。社名は若御子神社。祭神は神日本磐余彦神武天皇(カムヤマトイワレヒコジンムテンノウ)。三峰神社からくねくねと山道を下り、旧荒川村の市街地に入り一息つきながら彩甲斐(さいかい=再会、間違っても最下位ではありません)街道=国道140号線を走っていると右側の林に鳥居が見えました。他県の神社を見て歩くときは、神社誌などの資料が無かったり、ネット検索にもかからない神社は、下調べができ [続きを読む]
  • 130.三峰神社探検記(埼玉県秩父市三峰)
  • 今回は秩父三社の一つ三峰神社です。秩父三社とは、三峰神社、宝登山神社、秩父神社です。宝登山神社は昨年秋に探検していますので、今回は残りの二社を廻ることになりました。三峰神社はとても山深いところです。山育ちの私でも圧倒されるほどの深山です。 参道からの風景遡ること2ヶ月前、昨年秋に一緒に宝登山神社調査に行った九州の研究者の方から電話が入り、「今、三つ鳥居の事をまとめているのだけれど、関東にも三つ鳥居 [続きを読む]
  • 129.石船神社(茨城県城里町岩船)石舩神社(常陸太田市西染町)探検記
  • 今回の探検は、常北(常陸国北部)の城里町(旧桂村)岩船(いわふね)に鎮座する石船(いしふね)神社です。祭神は鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ:別名、天鳥船神)   鳥居                             参道にあった岩 御神橋と拝殿  扁額                              拝殿内にある大鏡 私が写っています。  g">   岩船  ”いわふね”を [続きを読む]
  • 128.星宮神社探検記(常陸太田市小島町)(改定20170720)
  • 今回は常陸太田市(旧金砂郷町)小島町の星宮神社です。以前紹介した、116.雷神社探検記(常陸太田市藤田町)から車で5分程度南西側に位置しています。茨城県第二位の前方古円墳梵天山からもすぐ近くで、星宮神社自体も古墳時代前期の4世紀に築造されたとみられる全長約100mの前方後円墳になっています。 祭神は天御中主命境内社は諏訪神社(祭神は建御名方命)古墳の上にある拝殿由緒沿革を茨城県神社誌より引用します。応 [続きを読む]
  • 127.足尾神社探検記(石岡市小屋)-足尾の正体とは?
  • 番外28.比多珂は天日鷲だった?の最後に吉備津彦あるいは吉備武彦の痕跡を探さなければならないと書いた手前、探検隊ではブレーンストーミングで、吉備(キビ)について思い当たることを、これ以上は一滴も出ないところまで浅知恵を搾り出しました。(笑)なおかつ、リブログ”420 栃木、茨城県境に跨る鷲子山上神社 北関東への神社調査 ⑤” でも、もうすでに常陸国において吉備津彦は発見していますと書いてしまいましたので [続きを読む]
  • ”スポット102 研究者による研究会を創らなければならない”
  • 在野の神社考古学者、百嶋由一郎氏の遺された膨大な資料を元に古代史を研究し、その過程を発表する人が増えるのは嬉しい限りです。同じ資料をもとに研究しても、解釈はそれぞれです。現在でもまったく異なる解釈が出ています。柔軟な発想と精緻な分析が百嶋先生の脳みそに隠されていたことに近づく事ができることでしょう。現在は九州の研究者が多いのですが、東日本、特に東北の研究者が参加して頂けることを心待ちにしています。 [続きを読む]
  • 126.亀岡八幡宮探検記(栃木県益子町小宅)改訂20170629
  • 今回は栃木県益子町小宅に鎮座する亀岡八幡宮です。亀岡?鎌倉の八幡宮は鶴岡。鶴と亀かと思ったらそういう意味ではありませんでした。(笑)境内中亀だらけです。栃木の神社をくまなく調査したKyonsightさんのHPより引用?傳に曰く後冷泉天皇の御宇康平年間1062-65源義家勅を奉して奥賊安倍貞任等を征する途次下野國芳賀の古家郷(今の小宅付近の地)に館し(今御館山)遥に男山の霊廟を拜し戦捷を祈願せしに芦○沼上に靈龜出現し [続きを読む]
  • 番外28.比多珂は天日鷲だった?
  • 人間より猪の方が多いかもしれない奥茨城村に住むわたしは、営業の仕事で毎日のように町場へ出かけます。そのため一日4時間ほど車に乗っていますが、運転中はとっても眠くなり、左脳の働きが抑圧され思考回路が右脳中心に移り、半覚醒状態になるためか、思わぬ発想を得ることがままあります。(笑)茨城県北東部の海岸部から北西部の探検隊本部に戻る途中の峠の下り坂でした。突然トンビが目の前に現れ、道路に落ちていた動物の死 [続きを読む]
  • 125.手子后神社探検記(茨城県城里町上圷)20170608改訂
  • まだまだ常北、「奥茨城村」の城里町(旧桂村)の神社です。那珂川沿いの田んぼの真ん中にある手子后(てごさき)神社です。 鳥居と社号標 拝殿手子后神社は茨城県に数社あり、もっとも有名なのは神栖市(旧波崎町)波崎のものでしょう。利根川の対岸は千葉県銚子市です。「ほととぎす銚子は国のとっぱずれ」などといわれたところで、本州最東端ではありませんが、国立天文台のHPでは、北海道・本州・四国・九州の平地で最初に初 [続きを読む]
  • 124.草懸神社探検記(茨城県城里町上泉)
  • 引き続き城里町の神社です。城里町には13社の内9社が武甕槌を祀る神社で、そのなかの三社が鹿島神社の名称を使わない神社です。風隼神社、春園神社、そして今回報告する草懸神社がそれです。 鳥居 拝殿 本殿 千木は男千木境内の由緒書詳細を茨城県神社誌から引用。祭神は武甕槌命。創立は承徳元年(西暦1097年) 配祀として別雷皇大神。 境内社は富士神社(木花開耶姫命) 天満神社(菅原道真) 素鵞神社(素戔嗚命) [続きを読む]
  • 番外27."甕"の語源は雲母(mica)だった
  • このブログのタイトルでも解るように、われわれ常陸国ふしぎ探検隊は天津甕星の探索がそのきっかけになっています。甕星とはなにかを理解するために、いろいろな本を読み、ネットをあさり、神社探検をしてきましたし、現在も進行中です。天津甕星はwikiによれば、『古事記』には登場しない。『日本書紀』の葦原中国平定にのみ登場する神であり、【書き下し文】 一あるに云はく、二ふたはしらの神 遂に邪あしき神かみ及草木石 [続きを読む]
  • 123.青山神社探検記(茨城県城里町青山)
  • 引き続き城里町(旧常北町)の神社です。恥ずかしながら、常北町という町名の由来についてやっと気がつきました。やっと気付いたというより、ようやく気になりだした、ということのほうが正確かもしれません。それは常陸国の北部に位置していたからということででしょう。興味がそういうことに向かっている人にとっては、瞬時にに予想や理解できることも、興味がそこに向いていない人にはわからないどころか、考えようとする意識さ [続きを読む]
  • 122.春園神社探検記(茨城県城里町春園)(改訂20170518)
  • 引き続き茨城県城里町春園(はるその)に鎮座する春園神社です。城里町(旧常北町)には武甕槌を祀る神社が多く、茨城県神社誌に記載のある神社では13社中10社に上ります。その中の5社は神社創建ラッシュの大同年間以前のもので、相当古くから那珂川(古名:粟川)を中心に勢力を伸ばしてきたことが推測されます。ただし、それが鹿島から北上したのか、旧緒川村の緒川沿岸の那賀から南下したのかについては、よくよく考えてい [続きを読む]
  • 121.小坂神社探検記(茨城県城里町小坂)
  • 今回は城里町小坂に鎮座する小坂(おさか)神社です。風隼(かざはや)神社からはそれほど遠くありません。(114.風隼神社探検記参照)小坂という地名から思い浮かぶことは、坂はアイヌ語でヒラであり、酒であり、シャカであることです。ヒラは白山姫やアイラツ姫を思い出し、酒はコノハナサクヤ姫を思い出し、サカ、シャカはスサノヲを思い出します。われわれの解釈では、スサノヲとアイラツ姫の子の一人がコノハナサクヤ姫ですから [続きを読む]