隊長 さん プロフィール

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隊長さん: 常陸国ふしぎ探険隊ーそれは天津甕星から始まった
ハンドル名隊長 さん
ブログタイトル常陸国ふしぎ探険隊ーそれは天津甕星から始まった
ブログURLhttp://ameblo.jp/kappa1959/
サイト紹介文常陸国を中心に神社を探険しています。神社に隠された秘密を明らかにして、古代史を解明しています。
自由文九州王朝の残影を探す為に常陸国を中心に神社探険しています。
百嶋神社考古学の成果(神代系図)を駆使し神社に隠された秘密を明らかにし、栗本慎一郎が言う、天皇システムを解明し、現代の閉塞した社会に風穴を開け、支配者の作った税金をはじめとした収奪システムや恐怖心の上に成り立つ宗教システムに気付き、完全なる自由の獲得と、GO JAP PAYな輪廻からの卒業するためのヒントを書き綴って行きます。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供65回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2016/01/09 08:46

隊長 さんのブログ記事

  • 117.酒門神社探検記(水戸市酒門)
  • 水戸市酒門町に神座する酒門(さかど)神社は日本武尊を祀る、常陸三宮吉田神社の別宮のひとつとなっています。吉田神社からは東方に車で10分もかかりません。ちなみに常陸国一宮は鹿島市の鹿島神宮。二宮は那珂市の静神社です。また酒門神社は水戸七社の一つとされ、江戸時代初期に光圀が定めたといわれているようです。七社なので北斗七星の形に配置されているかもしれないと思って地図を見てみましたが、特にそれらしくは見え [続きを読む]
  • 116.雷神社探検記(常陸太田市藤田町)
  • 引き続き常陸太田市の雷神社です。市街地から南西方向(瓜連方向)に向かいます。佐竹寺(この奥には稲村神社がある)を右手に見て、阿武隈山地の先端部の台地を下りると久慈川です。その手前、左側に繁盛している蕎麦屋「佐竹」があります。この日はちょうど昼時だったので、しばらくぶりにざるそばでも食べようと駐車場に入ると、駐車スペースがなく、さらに店頭を覗くと数名の年配者が順番待ちをしていました。 「こりゃあ [続きを読む]
  • 115.嵯峨神社探検記(常陸太田市東連地)
  • 今回は常陸太田市(旧久慈郡水府村)東連地字面影山に鎮座する嵯峨神社です。旧水府村は一寒村にもかかわらず、水戸の別称「水府」を村名にできた、なにか秘密が隠されていると思わされる地域です。江戸時代には、鬼平犯科帳にも出てくるように鹿児島国分と人気を二分する「タバコ」の地だったから「水府」と名付けたということが、その由来とされているようですが、東西金砂神社や武生神社、中世の佐竹氏のお家騒動(山入の乱)な [続きを読む]
  • 114.風隼神社探検記(茨城県城里町石塚)
  • 今回は城里町石塚(しろさとまちいしつか)の風隼(かざはや)神社です。城里町は常北町、七会村、桂村が平成になり合併してできた町です。旧東茨城郡。東茨城とは言っても茨城県の東にあるわけではなく、西側は栃木県に接しています。古代の茨城郡の東側部分という意味合いを持ちます。地理的には、栃木県那須岳や八溝山に源を発し太平洋に注ぐ那珂川の西側の地域であり、八溝山地の南端部に位置しています。 石塚は日立市大 [続きを読む]
  • 番外24.十殿神社、種殿神社、承殿神社についての考察。
  • 常陸国北部には、他の地域にあまり見られない名称の、十殿神社、承殿神社、種殿神社が点在しています。「分布に特徴のある神社を考える」さんのHPには埼玉県にある「じょうどの神社」のことが詳しく述べられています。先にあげた「気まぐれ写真館」サイトの内容をまとめると1 [づどの]とは頭殿の読みであり、通殿と同じく中世の地頭領を意味する言葉である。  近世には官位名として使われた。例えば掃部頭殿(かもんのかみ [続きを読む]
  • 113.住吉神社探検記(東海村須和間)
  • 今回も奇跡の村東海村須和間に鎮座する住吉神社です。大字の須和間は新編常陸国誌によれば、上諏訪神社と下諏訪神社の間に位置することから諏訪間とされ、それが須和間に変遷したようです。しかし現在では近隣に諏訪神社はなく、境内社として小さな石の祠があるだけです。前稿の石神外宿(いしがみとじゅく)の住吉神社からは南に約5kmのところに位置しています。 鳥居と拝殿祭神は、表筒男命、中筒男命、底筒男命、神功皇后。 [続きを読む]
  • 112.住吉神社探検記(東海村石神外宿)
  • 東海村には二つの住吉神社があります。石神外宿(いしがみとじゅく)と須和間(すわま)に鎮座しています。石神外宿は以前紹介した石神社と豊受皇大神宮の間に位置します。2011年3月11日の東日本大震災で、あと数十センチ津波が高かったら、FUKUSHIMA同様にメルトダウンを起こしてしまっていたかもしれない原電東海第二原発は、直線距離で5kmもないところにあります。われわれ茨城県民はそのことを未来永劫忘れ [続きを読む]
  • 111.宝登山神社探検記(埼玉県秩父郡長瀞町)
  • 今回も埼玉県の神社です。長瀞に鎮座する宝登山神社です。日本武尊に関係する神社なのは知ってはいたものの、前稿でも述べましたが、宝登山(ほどさん=ほとさん)という名前から本当は女神を祀っていると予想して確認のために参拝したのです。祭神は神倭磐余彦(かむやまといわれひこ)、大山祇神、火産霊神(ほむすび)。 鳥居由緒歴史をWIKIより引用社伝によれば、景行天皇41年(111年)、天皇の皇子・日本武尊による東征 [続きを読む]
  • 110.金鑽神社探検記(埼玉県神川町)
  • 今回の探検は埼玉県児玉郡神川(かみかわ)町二の宮に鎮座する、式内社金鑽(かなさな)神社です。常陸国には常陸太田市に東・西金砂(かなさ)神社がありその関連性と、次回掲載予定の宝登山神社と対ではないかという推測の確認のために参拝しました。対ということは男神と女神ということで、男根の象徴である金精神とアワビに象徴される女陰を祀っているということです。これはミトラの特徴です。なぜなら人間としての生命の誕生 [続きを読む]
  • 番外23.物部氏とはなにか?備忘録および系図の説明をかねて。20170213改訂
  • 常陸国ふしぎ探検隊として、百嶋系図からさらに踏み込んだ系図を途中経過であれ発表したことは、われわれとしては崇神までの系譜をおぼろげながらではあるけれども、特定しつつあることを意味しています。地中海から大陸を横断し極東までたどり着いた集団についての、整合性が取れる仮説が構築されつつあるという意味にもなります。今回は、その中でも物部氏と呼ばれる集団のさわりについて備忘録として、また先般発表した系図成立 [続きを読む]
  • 番外22.新解釈に基づく神代系譜の発表
  • 百嶋神社考古学を知り、フィールドワークや、資料読み込み、ネット検索、そしてそれらから浮かんでくる直観をもとに、「常陸国ふしぎ探検隊」として、新しい解釈の神代系図を作成してみました。もちろんこの系図は最終版ではありえませんから、今後進展していきます。われわれの根本にあるものは、一言で言えば縄文的なマインドです。さて縄文的とは何かと聞かれれば、「公平さに基づく平和的な相互扶助の社会」と答えておきましょ [続きを読む]
  • 番外21.大山祇系統は高木系(分家)に下剋上されたのか?
  • 私の苗字は「河野」です。コーノではなくカワノと読んでいます。中学生の頃に一枚のはがきが配達され、河野姓はもっとも格式の高い名字だ、というキャッチコピーが目に入りました。そのDMは河野姓の人に本を売るためのものだったようですが、40年以上も前に3千円?もする本を買ってくれ、と親にねだるわけにもいかなかったので買わずじまいでした。(今でもその本を探しているのですが見つかりません。どなたかご存知の方がお [続きを読む]
  • 109.愛宕山探検記(笠間市:旧岩間町)
  • く今回の探検は笠間市(旧岩間町)泉に鎮座する愛宕神社です。茨城県で愛宕さんと言えば、まず岩間の愛宕さんを想い浮かべることでしょう。それほど茨城県では有名な天狗の神社です。祭神はカグツチ、イザナミ、ハニヤマヒメ、ミズハノメ、ホムスビ。冒頭から秘密を暴露します。(笑)カグツチとイザナミは兄妹で、ハニヤマヒメは埴安姫、実は大市姫で奥さん、ミズハノメはその娘になります。ホムスビはカグツチ本人ですね。系図上 [続きを読む]
  • 108.境神社探検記(常陸太田市徳田)
  • 今回は国道349号線の茨城-福島県境に鎮座する境神社です。別名、境の明神。この付近の峠には明神峠と名付けられたところが数ヶ所あります。 ・国道461大子-馬頭の「境の明神」    県境に鳥居あり 盛泉に温泉神社がある。・県道常陸太田大子線大子(小生瀬)-水府(上高倉)の「明神峠」  古い地図には鳥居の印がある。    ・黒羽町(現大田原市)須佐木-須賀川の「明神峠」     祠有無不明・国道294那須 [続きを読む]
  • 107.大中神社探検記(常陸太田市大中)
  • 常陸太田市(旧久慈郡里美村)大中に鎮座する大中神社です。旧里美村の中心部にあり、国道349旧道の大きな鳥居が目印です。祭神は大己貴命(大国主)、配祀に少彦名命。    大同二年に創建され、源義家が奥羽追討の際、戦勝を祈願して大宮大明神を建立したと記されています。常陸国の神社にはこの由緒と同じようなものが数多く見られます。下野国にも見られます。義家はどちらを通過して奥州に向かったのでしょうか。 [続きを読む]
  • 106.駒形神社探検記(那珂市南酒出)
  • 久方ぶりに常陸国内の神社で、那珂市南酒出(みなみさかいで)に鎮座する駒形神社です。祭神は保食神(うけもちのかみ)。駒形神社という名前の神社は近隣にたくさんあるわけではなく、以前紹介した常陸大宮市高部の尺丈山神社、同市山方の駒形素鵞神社くらいのものです。 境内風景 拝殿と神馬社  境内案内板当社は南酒出字宮久保にあり祭神は保食神(うけもちのかみ)で南北酒出の鎮守である。創立年月は不詳。第七十四代堀川帝 [続きを読む]
  • 105.孝謙天皇神社と下野薬師寺探検記
  • 前回の栃木県(下野国)の神社探検で弓削道鏡が何度か登場していたので、道鏡が左遷された下野市の薬師寺跡と孝謙天皇神社を探検してきました。神社の場所は栃木県下野市(旧石橋町)上大領。道鏡と孝謙天皇の伝承は、栃木県那珂川町(旧馬頭町),、那須烏山市、茂木町、茨城県常陸大宮市(旧御前山村)、城里町(旧桂村)などに残っています。とんでも話と簡単に片付けてしまうのは、この地区が八溝山塊の県境を挟んだ那珂川沿岸 [続きを読む]
  • 番外20.古代史研究の必携書
  • わたしたち常陸国ふしぎ探検隊には欠かすことのできない本が四冊ほどあります。この四冊は「いまのところ」という前置詞がつきます。もちろん今後もっとたくさんの本が重要な参考書になるに違いないと思っています。古代史は中世以降のように残存する古文書がほとんどない、あっても後世の写しであり、オリジナルでない事は時の権力者の影響を常に忘れてはいけないし、文書であればあるほど疑ってかかる必要があると考えています。 [続きを読む]
  • 104.御上神社探検記(滋賀県野洲市)
  • 今回の第二次滋賀神社探検もこの記事で終わりとなります。締めは近江富士(三上山)の麓、野洲市三上に鎮座する式内社御上(みかみ)神社です。高野神社を後にして車窓から見える三上山を目指し走ること、たったの5分で到着しました。  鳥居から楼門を見るその途中に野洲(やす)川を渡ります。野洲川は九州や奈良にもある天安河の一つで、高天原にある河であり、天岩戸のできごとや国譲りの時に神々が集まって会議をしたといわ [続きを読む]
  • 103.高野神社探検記(滋賀県栗東市)
  • 依然として滋賀県の神社です。大野神社を出て、第二次滋賀探検最後の予定地、御上神社に向かって走っていると交差点に高野の標識が目につきました。カーネルの看板も目に付きますが、ドライブスルーもスルーしてしまいましょう。もう長いことケンタッキーやマクドナルドは利用してません。社員に自社製品は食べるな、と入社式で社長が講話するう会社のハンバーガーなどなにも食べる必要はありません。医食同源ですから。 高野と言 [続きを読む]
  • 102.大野神社探検記(滋賀県栗東市)
  • 今回も引き続き滋賀県の神社です。こんぜの郷から曲がりくねった坂道を降りていきます。途中に道の駅がありましたが、8時前でまだオープンしていませんでした。平地部に入ると目的の神社がすぐにありました。栗東市荒張に鎮座する「こんぜの里総社」大野神社です。神社に到着したのが朝の8時半ごろだったので貸切状態でした。   鳥居から楼門をみる神社のHPより由緒を引用します。創祀<そうし>年代不詳であるが、社伝に天 [続きを読む]
  • 101.大鳥神社探検記(滋賀県甲賀市)
  • 引き続き滋賀県の神社です。甲賀市鳥居野に鎮座する大鳥(おおとり)神社です。油日神社から宿泊先の栗東(りっとう)市観音寺の「こんぜの森未来館」に向かう途中、ナビに表示されたので寄ってみることにしました。遠方の調査の場合、仕事を持っている身としてはせいぜい二泊がやっとなので、効率よく神社を回るためにそれなりに計画を立てていくのですが、移動中ナビに興味をそそられる神社が表示されると、ついつい立ち寄ってし [続きを読む]
  • 100.油日神社探検記(滋賀県甲賀市)改訂281203
  • 祝100回記念!今回も滋賀県甲賀市の神社です。甲賀の総社、油日(あぶらひ)神社。前回は「水」(水口神社)でしたが今回は「油」です。アイラツ(油津)姫の調査で油のつく神社を調べようと検索して見つけた神社です。アイラツ姫は百嶋系図では、金山彦の御子となります。母親は大山祇の姉、大市姫。神武天皇の后となりますが、懿徳(いとく)天皇を生むとすぐに多氏、神沼河耳に払い下げられたことになっています。そして蒲池 [続きを読む]