隊長 さん プロフィール

  •  
隊長さん: 常陸国ふしぎ探険隊ーそれは天津甕星から始まった
ハンドル名隊長 さん
ブログタイトル常陸国ふしぎ探険隊ーそれは天津甕星から始まった
ブログURLhttp://ameblo.jp/kappa1959/
サイト紹介文常陸国を中心に神社を探険しています。神社に隠された秘密を明らかにして、古代史を解明しています。
自由文九州王朝の残影を探す為に常陸国を中心に神社探険しています。
百嶋神社考古学の成果(神代系図)を駆使し神社に隠された秘密を明らかにし、栗本慎一郎が言う、天皇システムを解明し、現代の閉塞した社会に風穴を開け、支配者の作った税金をはじめとした収奪システムや恐怖心の上に成り立つ宗教システムに気付き、完全なる自由の獲得と、GO JAP PAYな輪廻からの卒業するためのヒントを書き綴って行きます。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供64回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2016/01/09 08:46

隊長 さんのブログ記事

  • 番外27."甕"の語源は雲母(mica)だった
  • このブログのタイトルでも解るように、われわれ常陸国ふしぎ探検隊は天津甕星の探索がそのきっかけになっています。甕星とはなにかを理解するために、いろいろな本を読み、ネットをあさり、神社探検をしてきましたし、現在も進行中です。天津甕星はwikiによれば、『古事記』には登場しない。『日本書紀』の葦原中国平定にのみ登場する神であり、【書き下し文】 一あるに云はく、二ふたはしらの神 遂に邪あしき神かみ及草木石 [続きを読む]
  • 123.青山神社探検記(茨城県城里町青山)
  • 引き続き城里町(旧常北町)の神社です。恥ずかしながら、常北町という町名の由来についてやっと気がつきました。やっと気付いたというより、ようやく気になりだした、ということのほうが正確かもしれません。それは常陸国の北部に位置していたからということででしょう。興味がそういうことに向かっている人にとっては、瞬時にに予想や理解できることも、興味がそこに向いていない人にはわからないどころか、考えようとする意識さ [続きを読む]
  • 122.春園神社探検記(茨城県城里町春園)(改訂20170518)
  • 引き続き茨城県城里町春園(はるその)に鎮座する春園神社です。城里町(旧常北町)には武甕槌を祀る神社が多く、茨城県神社誌に記載のある神社では13社中10社に上ります。その中の5社は神社創建ラッシュの大同年間以前のもので、相当古くから那珂川(古名:粟川)を中心に勢力を伸ばしてきたことが推測されます。ただし、それが鹿島から北上したのか、旧緒川村の緒川沿岸の那賀から南下したのかについては、よくよく考えてい [続きを読む]
  • 121.小坂神社探検記(茨城県城里町小坂)
  • 今回は城里町小坂に鎮座する小坂(おさか)神社です。風隼(かざはや)神社からはそれほど遠くありません。(114.風隼神社探検記参照)小坂という地名から思い浮かぶことは、坂はアイヌ語でヒラであり、酒であり、シャカであることです。ヒラは白山姫やアイラツ姫を思い出し、酒はコノハナサクヤ姫を思い出し、サカ、シャカはスサノヲを思い出します。われわれの解釈では、スサノヲとアイラツ姫の子の一人がコノハナサクヤ姫ですから [続きを読む]
  • 番外26.常陸はなぜひたちと読むのか?
  • 常陸はひたちと読みます。難読漢字に入っているようですが茨城県には常陸の付く市町村名が二つあります。常陸太田市と常陸大宮市です。現在この地区はNHKの朝ドラ「ひよっこ」の舞台「奥茨城村」であり全国的にも知られてきていますが、撮影場所は高萩市や大子町が多いようです。その他にも、日立市、ひたちなか市があり、さらに那珂市を加えると、他県の人にはこんがらかって、どれがどこなのかわからなくなくなっていることで [続きを読む]
  • 番外25.大子町外大野のしだれ桜と磐座
  • 隣町の大子町外大野のしだれ桜を見に行きました。茨城県では巨木番付に入る有名な桜です。 桜の下での饗宴。茨城大学吹奏楽クラブと地元ヨサコイ大子連とのコラボ。下大倉の桜と呼ばれており、伝承によれば光圀公お手植えの桜といわれ、「他所へ移植されても根付くな」という意味の和歌を創られたと、大子町環境協会のHPに載っています。番外でこの記事を掲載する理由があります。番外といえども観光案内記事ではありません(笑 [続きを読む]
  • 120.神炊館神社探検記(福島県須賀川市諏訪町)
  • 神炊館神社はおたきやじんじゃと読みます。神社でいただいたパンフレットでは、俗称諏訪神社とも書いてあります。江戸時代までは諏訪神社でした。鳥居と社号標と米粒のオブジェ  扁額は山岡鉄舟の揮毫                   駐車場の看板 神紋は抱き稲穂  由緒には、初代須賀川城主、二階堂為氏が文安元年(1444年に城内の守護神として建美名方命を勧請し諏訪社として建立したとされる、新しい神社を [続きを読む]
  • 119.常陸国総社宮探検記(石岡市総社)
  • 今回は石岡市総社に鎮座する常陸国総社宮です。 会員になっている常陸佐竹研究会のフィールドワークで佐竹氏の出城や関連のお寺を見学するために石岡市を訪れたのです。毎回30名程度の参加者がいて、根強い佐竹ファンというよりも常陸太田市周辺には佐竹氏の家臣の後裔などの関係者が多く住んでいることを物語っています。常陸佐竹研究会はほぼ毎月第二土曜日に例会がありますが、座学(講演)とフィールドワーク(現地見学 [続きを読む]
  • 118.鹿島神社探検記(常陸大宮市門井)
  • 今回は常陸大宮市(旧東茨城郡御前山村)門井(かどい)に鎮座する鹿島神社です。祭神は武甕槌(タケミカヅチ)命。鳥居から境内を見る。武甕槌(タケミカヅチ)命の包容力のある光が私を・・・(大笑)ただの逆光です。レンズが汚れているせいもありますね。拝殿  扁額                              麻の葉紋(六芒星とも取れる)旧御前山村は以前は東茨城郡で那珂川の中流域の栃木県との県境に位 [続きを読む]
  • 117.酒門神社探検記(水戸市酒門)
  • 水戸市酒門町に神座する酒門(さかど)神社は日本武尊を祀る、常陸三宮吉田神社の別宮のひとつとなっています。吉田神社からは東方に車で10分もかかりません。ちなみに常陸国一宮は鹿島市の鹿島神宮。二宮は那珂市の静神社です。また酒門神社は水戸七社の一つとされ、江戸時代初期に光圀が定めたといわれているようです。七社なので北斗七星の形に配置されているかもしれないと思って地図を見てみましたが、特にそれらしくは見え [続きを読む]
  • 116.雷神社探検記(常陸太田市藤田町)
  • 引き続き常陸太田市の雷神社です。市街地から南西方向(瓜連方向)に向かいます。佐竹寺(この奥には稲村神社がある)を右手に見て、阿武隈山地の先端部の台地を下りると久慈川です。その手前、左側に繁盛している蕎麦屋「佐竹」があります。この日はちょうど昼時だったので、しばらくぶりにざるそばでも食べようと駐車場に入ると、駐車スペースがなく、さらに店頭を覗くと数名の年配者が順番待ちをしていました。 「こりゃあ [続きを読む]
  • 115.嵯峨神社探検記(常陸太田市東連地)
  • 今回は常陸太田市(旧久慈郡水府村)東連地字面影山に鎮座する嵯峨神社です。旧水府村は一寒村にもかかわらず、水戸の別称「水府」を村名にできた、なにか秘密が隠されていると思わされる地域です。江戸時代には、鬼平犯科帳にも出てくるように鹿児島国分と人気を二分する「タバコ」の地だったから「水府」と名付けたということが、その由来とされているようですが、東西金砂神社や武生神社、中世の佐竹氏のお家騒動(山入の乱)な [続きを読む]
  • 114.風隼神社探検記(茨城県城里町石塚)
  • 今回は城里町石塚(しろさとまちいしつか)の風隼(かざはや)神社です。城里町は常北町、七会村、桂村が平成になり合併してできた町です。旧東茨城郡。東茨城とは言っても茨城県の東にあるわけではなく、西側は栃木県に接しています。古代の茨城郡の東側部分という意味合いを持ちます。地理的には、栃木県那須岳や八溝山に源を発し太平洋に注ぐ那珂川の西側の地域であり、八溝山地の南端部に位置しています。 石塚は日立市大 [続きを読む]
  • 番外24.十殿神社、種殿神社、承殿神社についての考察。
  • 常陸国北部には、他の地域にあまり見られない名称の、十殿神社、承殿神社、種殿神社が点在しています。「分布に特徴のある神社を考える」さんのHPには埼玉県にある「じょうどの神社」のことが詳しく述べられています。先にあげた「気まぐれ写真館」サイトの内容をまとめると1 [づどの]とは頭殿の読みであり、通殿と同じく中世の地頭領を意味する言葉である。  近世には官位名として使われた。例えば掃部頭殿(かもんのかみ [続きを読む]
  • 113.住吉神社探検記(東海村須和間)
  • 今回も奇跡の村東海村須和間に鎮座する住吉神社です。大字の須和間は新編常陸国誌によれば、上諏訪神社と下諏訪神社の間に位置することから諏訪間とされ、それが須和間に変遷したようです。しかし現在では近隣に諏訪神社はなく、境内社として小さな石の祠があるだけです。前稿の石神外宿(いしがみとじゅく)の住吉神社からは南に約5kmのところに位置しています。 鳥居と拝殿祭神は、表筒男命、中筒男命、底筒男命、神功皇后。 [続きを読む]
  • 112.住吉神社探検記(東海村石神外宿)
  • 東海村には二つの住吉神社があります。石神外宿(いしがみとじゅく)と須和間(すわま)に鎮座しています。石神外宿は以前紹介した石神社と豊受皇大神宮の間に位置します。2011年3月11日の東日本大震災で、あと数十センチ津波が高かったら、FUKUSHIMA同様にメルトダウンを起こしてしまっていたかもしれない原電東海第二原発は、直線距離で5kmもないところにあります。われわれ茨城県民はそのことを未来永劫忘れ [続きを読む]
  • 111.宝登山神社探検記(埼玉県秩父郡長瀞町)
  • 今回も埼玉県の神社です。長瀞に鎮座する宝登山神社です。日本武尊に関係する神社なのは知ってはいたものの、前稿でも述べましたが、宝登山(ほどさん=ほとさん)という名前から本当は女神を祀っていると予想して確認のために参拝したのです。祭神は神倭磐余彦(かむやまといわれひこ)、大山祇神、火産霊神(ほむすび)。 鳥居由緒歴史をWIKIより引用社伝によれば、景行天皇41年(111年)、天皇の皇子・日本武尊による東征 [続きを読む]
  • 110.金鑽神社探検記(埼玉県神川町)
  • 今回の探検は埼玉県児玉郡神川(かみかわ)町二の宮に鎮座する、式内社金鑽(かなさな)神社です。常陸国には常陸太田市に東・西金砂(かなさ)神社がありその関連性と、次回掲載予定の宝登山神社と対ではないかという推測の確認のために参拝しました。対ということは男神と女神ということで、男根の象徴である金精神とアワビに象徴される女陰を祀っているということです。これはミトラの特徴です。なぜなら人間としての生命の誕生 [続きを読む]
  • 番外23.物部氏とはなにか?備忘録および系図の説明をかねて。20170213改訂
  • 常陸国ふしぎ探検隊として、百嶋系図からさらに踏み込んだ系図を途中経過であれ発表したことは、われわれとしては崇神までの系譜をおぼろげながらではあるけれども、特定しつつあることを意味しています。地中海から大陸を横断し極東までたどり着いた集団についての、整合性が取れる仮説が構築されつつあるという意味にもなります。今回は、その中でも物部氏と呼ばれる集団のさわりについて備忘録として、また先般発表した系図成立 [続きを読む]
  • 番外22.新解釈に基づく神代系譜の発表
  • 百嶋神社考古学を知り、フィールドワークや、資料読み込み、ネット検索、そしてそれらから浮かんでくる直観をもとに、「常陸国ふしぎ探検隊」として、新しい解釈の神代系図を作成してみました。もちろんこの系図は最終版ではありえませんから、今後進展していきます。われわれの根本にあるものは、一言で言えば縄文的なマインドです。さて縄文的とは何かと聞かれれば、「公平さに基づく平和的な相互扶助の社会」と答えておきましょ [続きを読む]
  • 番外21.大山祇系統は高木系(分家)に下剋上されたのか?
  • 私の苗字は「河野」です。コーノではなくカワノと読んでいます。中学生の頃に一枚のはがきが配達され、河野姓はもっとも格式の高い名字だ、というキャッチコピーが目に入りました。そのDMは河野姓の人に本を売るためのものだったようですが、40年以上も前に3千円?もする本を買ってくれ、と親にねだるわけにもいかなかったので買わずじまいでした。(今でもその本を探しているのですが見つかりません。どなたかご存知の方がお [続きを読む]
  • 109.愛宕山探検記(笠間市:旧岩間町)
  • く今回の探検は笠間市(旧岩間町)泉に鎮座する愛宕神社です。茨城県で愛宕さんと言えば、まず岩間の愛宕さんを想い浮かべることでしょう。それほど茨城県では有名な天狗の神社です。祭神はカグツチ、イザナミ、ハニヤマヒメ、ミズハノメ、ホムスビ。冒頭から秘密を暴露します。(笑)カグツチとイザナミは兄妹で、ハニヤマヒメは埴安姫、実は大市姫で奥さん、ミズハノメはその娘になります。ホムスビはカグツチ本人ですね。系図上 [続きを読む]
  • 108.境神社探検記(常陸太田市徳田)
  • 今回は国道349号線の茨城-福島県境に鎮座する境神社です。別名、境の明神。この付近の峠には明神峠と名付けられたところが数ヶ所あります。 ・国道461大子-馬頭の「境の明神」    県境に鳥居あり 盛泉に温泉神社がある。・県道常陸太田大子線大子(小生瀬)-水府(上高倉)の「明神峠」  古い地図には鳥居の印がある。    ・黒羽町(現大田原市)須佐木-須賀川の「明神峠」     祠有無不明・国道294那須 [続きを読む]