Y.Kitashiro さん プロフィール

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Y.Kitashiroさん: 函館観光どこ行く?
ハンドル名Y.Kitashiro さん
ブログタイトル函館観光どこ行く?
ブログURLhttp://fanblogs.jp/334mth/
サイト紹介文2016年3月に北海道新幹線が開業したばかりの国際観光都市・函館をくわしく紹介します!
自由文豊かな観光資源と自然に恵まれた港町・函館。まだ訪れたことのない人も、また行きたいと思っている人も、もっと街を楽しめるディープ?な情報を発信中!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供275回 / 365日(平均5.3回/週) - 参加 2016/01/13 08:24

Y.Kitashiro さんのブログ記事

  • 【函館の歴史ダイジェスト】(6)コンクリート寺院と和洋折衷住宅
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第六回。建築の年代だけを見ていくなら、景観上のインパクトは弱いものの、洋館や煉瓦造りの建物以外にも古い構造物が函館には残っています。有名なのは重要文化財に指定されている真宗大谷派函館別院(東本願寺)。明治40年の大火の後、鉄筋コンクリート造りで再建された仏教寺院です。竣工は1915年・大正4年。当時は仏教寺院が鉄筋コンクリートはそぐわないとかなり物議を醸しだし [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(5)雰囲気のある煉瓦建築
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第五回。火事の多い街、ということで函館は耐火建築が発達しました。その代表的なものが煉瓦造りの建物です。代表的なものは港に面しいまではショッピングエリアになっているある金森倉庫群。明治40年の大火で被害を受け、その後煉瓦造りで建て直されました。金森倉庫近くにある「はこだて明治館」も煉瓦造りです。函館郵便局として1911年・明治44年に建てられました。同じころ、建て [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(4)明治・大正期の古い洋風建築
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第四回。函館イコール異国情緒あふれる街並み、歴史ある建造物…というイメージが強いと思います。その異国情緒の核になるのが、前回紹介したロシア正教のハリストス正教会、フランス人宣教師のひらいたカトリック・元町教会、そしてイギリス聖公会の聖ヨハネ教会の3つの教会ということになります。港が開かれて外国人宣教師が布教のために函館にやってきました。教会と並んで居留外 [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(3)各国の教会が残る街
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第三回。奈良・京都をはじめとする日本を代表する古都と比べても、函館の歴史が浅いのは当然のことですが、明治以降、開拓使が置かれて開けていった北海道のほかの場所よりは、開港という歴史を持つ函館の街は多くの経験をしていると言えます。その象徴がいくつもの教会や旧領事館です。残念ながら函館は大火の多い街で、特に大きなものだけでも、明治11年、12年、40年、大正10年、昭 [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(2)動乱の幕末…開港から箱館戦争へ
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第二回。ペリー来航の直後、幕府は再び蝦夷地を直轄とし箱館奉行を設置。これは和親条約締結により諸外国との応接の必要が生じていたためです。ただこの奉行所は港からよく見える場所にあり、しかも背後は箱館山から見下ろせる位置にあったため、港から離れた安全な場所へ移転することになります。↑いまの基坂、元町公園内にある奉行所の痕跡このとき奉行所を守る土塁として築かれた [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(1)高田屋嘉兵衛そしてペリー来航
  • 函館の歴史を語る場合、まずこの「函館」という地名はどこから来たのか、という話になります。通説では15世紀に津軽の豪族・河野政通(こうのまさみち)がここに「館」を築き、その形が箱に似ていることから「箱館」と称するようになった、となっています。ただ、明治になって以降「函館」という記述も見られ、しばらく併用されたのち、函館に落ち着いたようです。ちなみに市制がひかれたのは1922年(大正11年)。それまでは「函館 [続きを読む]
  • 函館の街を流れてきた時間を思いながら…
  • 本ブログでは、観光都市函館の魅力をさまざまな角度から取り上げていこうと考えています。ここまでは「客観的」視点ということを意識して歴風会の選定した原風景を14回にわけてピックアップしてみました。1984年から始まって34回にわたって登場した中からセレクトした14回(正確には16回)は、とくに自分の知っている範囲で「確かにその通り」というものばかりでした。ただ、地元民にとって印象深い街の風景=観光客にとって心に染 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(14)函館の夜景
  • ようやくここで中締ということになりました。●2013年…函館の夜景いわずもがなですね。さすがに原風景シリーズも30回を超えると、ネタが尽きるというか、多くの市民に共感を得るとするなら微妙なセレクトになってきます。きっと個人個人で原風景はもっと他にもあるのでしょうが、まあそこは難しいところです。さすがに「夜景」は異論がないでしょう。メジャーすぎて見落とされていた?もしこれを函館「山から」の夜景、とするなら [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(13)護国神社坂と高田屋嘉兵衛像
  • きょうは●2012年…護国神社坂と高田屋嘉兵衛像護国神社そのものはさほど足を向けないのですが、護国神社坂は見下ろしても見上げてもとても馴染んだ場所に思えます。坂上から見下ろすと坂は海へ向かうのではなく、市街地の中央部にゆるやかに消えていきます。右手に大森浜が見え、御殿山山頂からの眺めに準じて函館の地形がよくわかるアングルです。それもそのはず。坂を下りて見上げると、神社の真後ろに函館山が控えていますから [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(12)基坂
  • きょうは●2011年…基坂(もといざか)かつて坂下に里数を測る里程元標が建てられていて、基坂と呼ばれたようです。坂の上には、松前藩の番所や箱館奉行所、渡島支庁などの役所があり、お役所坂とも呼ばれていました。現在は明治43年に竣工した旧函館区公会堂がシンボリックに建っています。原風景という意味での「坂」のビジュアルとしては、視線の先に摩周丸が収まる「八幡坂」には勝てない気がしますが、基坂の周辺には観光スポ [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(11)桜が丘通りほか
  • 原風景も残り少なくなってきました。もう少しありますけどね。今回は2本立て。●2008年…桜が丘通り柏木町〜杉並町の間にある、桜並木の通り、桜が丘通りです。長さ約600mのこの通りは、文字通り季節が来るとピンクのトンネルが完成します。年月をかけて、ここまで育ててきた町内の皆さんにはほんとうに敬服します。満開になるとこの一般的な市道が見物客で賑わって渋滞になってしまいますが、いまでは五稜郭公園、函館公園と並 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(10)八幡坂
  • きょうは●2005年…八幡坂ここで出てきましたね、八幡坂。↑秋、そして冬…いまでは第一回の「七財橋からの金森倉庫と函館山」に匹敵する函館を代表する風景ですが「原風景」といった場合に、古い函館市民にとっては微妙なんだと思います。それが歴風文化賞にここまで登場しなかった理由。以前少し触れましたが、連絡船の終航は1988年。八幡坂の上からの視線の先に摩周丸が収まったのはそれ以降だからです。まだ30年経っていない、 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(9)立待岬
  • きょうはここです。●2004年…立待岬函館山の山塊の南端、切り立った断崖の岬です。函館を舞台にした2時間サスペンスではかなりの頻度で登場します。はるかかなたに青森…正面の下北半島だけでなく津軽半島まで見渡せます。市内で断崖絶壁というシチュエーションも新鮮ですが、個人的には大森浜を経て湯の川温泉、汐首岬に至る、大きく弧を描く海岸線が大好きですね。日本至る所に長い砂浜の海岸線は多いですが、函館は砂州でつな [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(8)トラピスチヌ修道院ほか
  • 今回はまず●2001年…トラピスチヌ修道院ドラピスト修道院が出て来れば、女子修道院のトラピスチヌも選ばれて当然と言えるでしょう。ここも多少駅からは離れているのでなかなか個人では行かない人かと思いますが、方角が近い見晴公園とセットなら効率的に見て回れます。ただ内部の見学ができないので、前庭の雰囲気を楽しむにとどまるので「原風景」としてはやや弱いかもしれませんね。修道院ってあまり行く機会がないので、行程に [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(7)見晴公園
  • 今回は●2000年…見晴公園(香雪園)歴風文化賞もスタートして17年にもなると、そう来たか、というものも増えてきますが、ここは選ばれて当然と思う素敵な場所です。↑紅葉の季節にはMOMI-Gフェスタが開催され夜間のライトアップもあります。基本的には庭園ですが、リスがいたり、小鳥がいたり、自然が残っているところが個人的にはオススメです。函館市の鳥、ヤマガラ。馴れている個体は寄ってきます。エゾリスもほぼ通年走り回っ [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(5)五稜郭
  • さて、今回は●1993年…特別史跡「五稜郭跡」やっぱり五稜郭も市民にとってはまずはお花見の場所ですね。五稜郭の独特の形はタワーに登らないと見えません。だから原風景としては堀添いのジョギングコースとか、土塁とか、純粋に公園としての平面的な印象が強いと思います。いまは公園の真ん中に箱館奉行所が復元されています。そもそも五稜郭という城郭は奉行所の防備のために設計されたものなんですね。その意味では93年の歴風文 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(4)函館公園
  • 記事を書いてあとから気づきました。●1985年…連絡船のある風景1985年はまだ青函トンネルが開通する前、だったんですね。だから、現在のような摩周丸が岸壁に固定されている風景とは違ったわけです。こんなふうに函館山や対岸からは出航していく連絡船が見えたに違いありません。(写真は当別の丸山から青函フェリーの出航を撮影)●1986年…電車の走る街これも30年前だと車体のカラーリングが全然違うことでしょう。60年以上活躍 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(3)市電の走る街
  • 過去に歴風文化賞に選ばれてきた函館の「原風景」…共感するところが多いので、自分がこの1、2年で出会ってきた函館の風景の中から、合致するイメージ、場所をセレクトして数回に分けて紹介しています。今回は●1986年…電車の走る街これもベタですね(笑)。でもいいんです、路面電車。基坂下の相馬株式会社の前と、谷地頭から坂を上がってくる絵はマストでしょう。あとは39号車「はいから號」が街を駆け抜けているパターンです [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(2)連絡船のある風景
  • 過去に歴風文化賞に選ばれてきた函館の「原風景」…共感するところが多いので、自分がこの1、2年で出会ってきた函館の風景の中から、合致するイメージ、場所をセレクトして数回に分けて紹介していこうと思います。今回は●1985年…連絡船のある風景これも金森倉庫越しの函館山についてベタですが、函館には欠かせない要素だと思います。摩周丸は現在青函連絡船記念館として余生を送っています。この構図、2005年には再度「八幡坂 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(1)七財橋から金森倉庫
  • 函館という街の魅力には、いろいろな側面があると思うのですが、偶然こんな組織を見つけました。「函館の歴史的風土を守る会」1984年を第一回として、「歴風文化賞」というのを毎年定めていてその中に「原風景」というカテゴリーがあります。2015年で32の原風景が指定されています。いわゆるふるさとの景観を大切にする自発的な市民活動、というカテゴリーの組織のようです。個人的にはこう思います。「異国情緒あふれる」と形容さ [続きを読む]
  • 寒波襲来…雪の五稜郭
  • 久々にリアルタイムに近い記事です。先週は全国的に強い寒波がやってきて、ほぼ雪のないお正月だった函館も、真っ白になりました。週が明けて寒波もひと段落でしょうか。晴れた日があったので、珍しく?冬景色の五稜郭を撮ってきました。手元のコレクションに冬はなかったので。まあたまには白い五稜郭もいいもんですが…。真っ白な五稜郭。堀は凍結。横津岳と青空をバックに…反対側には函館山と函館港…2月いっぱいまで、夕方5 [続きを読む]
  • どこに泊まる?函館旅行計画
  • さて、4回に分けて函館市内の人気ホテル、を紹介してみました。主要エリアは函館市内だけでも1.駅前周辺2.西部地区3.五稜郭・本町地区4.湯の川温泉に分かれます。宿のロケーションで若干の観光のバリエーションが発生します。また市内のホテル以外にも道南各所に温泉がありますが、市内観光を考えた場合に、アクセスを考えると1泊2日の宿泊地に設定するにはかなり難があります。もし2泊するなら、1泊は市内、もう1泊 [続きを読む]
  • 【函館人気ホテル】BY T.A.<4>湯の川温泉
  • 函館の人気ホテル最終回は湯の川温泉編です。道南を代表する温泉街で、温泉が見つかったのは17世紀、350年ほど前という由緒ある温泉です。箱舘戦争のときの傷病兵も利用したとあります。約20本ほどの源泉があり、20軒ほどのホテル・旅館がトリップ・アドバイザーではランクインしています。近年では台湾や他のアジア地域からのインバウンドが増加して、冬季も観光客の姿を多く見かけますが、それまで停滞の時期が長かったせいか、 [続きを読む]