Y.Kitashiro さん プロフィール

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Y.Kitashiroさん: 函館観光どこ行く?
ハンドル名Y.Kitashiro さん
ブログタイトル函館観光どこ行く?
ブログURLhttp://fanblogs.jp/334mth/
サイト紹介文2016年3月に北海道新幹線が開業したばかりの国際観光都市・函館をくわしく紹介します!
自由文豊かな観光資源と自然に恵まれた港町・函館。まだ訪れたことのない人も、また行きたいと思っている人も、もっと街を楽しめるディープ?な情報を発信中!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供243回 / 365日(平均4.7回/週) - 参加 2016/01/13 08:24

Y.Kitashiro さんのブログ記事

  • 季節限定…桜丘通りの桜→車中からの花見は危険です
  • ピークはまだ先ですがすでに咲き始めています、函館の桜。五稜郭公園、函館公園のほかにも市内に桜スポットはありますが、人気定着しているのがここ、桜丘通りです。普通の市道なので、満開の時期には花見のマイカー?で渋滞してしまうほどですが、まあ見事な桜のトンネルが見られます。町内の皆さんが一生懸命手入れをしたおかげですっかり桜の名所になっています。(写真は昨年のもの)※市電「柏木町」電停から通りの入り口まで徒 [続きを読む]
  • 函館でお花見と言えばこちらも有名→函館公園
  • 予習編、もう少し続きます。第一弾、五稜郭の桜、タワーの上から眺めると五稜郭の星型が堀沿いに桜で埋め尽くされているように見えます。ほぼすべてがソメイヨシノで、ソメイヨシノとしてはかなり古木です。函館市民の中には五稜郭公園手前の広場でジンギスカン=花見というのが恒例行事になっている人も多いようです。実際この季節は日が暮れるとかなり冷え込むんですが。さて第二弾は函館公園。明治期からある古い市民公園。函館 [続きを読む]
  • 連休を控えていよいよ北海道にも桜の季節…
  • 函館の桜の開花予想は2017年は4月25日だそうです。ちょっと気温が低く肌寒い日が続いています。さすがにもう雪は降らないと思いますが、ちょっとお花見の雰囲気にはいま一歩、二歩でしょうかね。それでも何か毎年桜のシーズンが早まっている気がします。とりあえず観光的には大型連休に間に合うことが重要なので関係者はほっと胸をなでおろしていることでしょう。というわけで再び函館の桜名所、予習編。待ち遠しい五稜郭の桜をア [続きを読む]
  • 新函館北斗駅前にホテルが新規開業
  • 北海道新幹線が開業して1年。駅前にはバスターミナルとレンタカーの営業所「しか」ない。あんまりでハズカシイ、と嘆いていた新函館北斗の駅前に3月ホテルが開業しました。名称はラジェントプラザ函館北斗。函館観光するのにここに泊まる?いや、札幌方面に直行するからここがいい?何か函館観光に対してどんな立ち位置になるのかわかりづらい設定ですが、周辺地域も含め、ベッド数は多いにこしたことはありません。1階は北斗市 [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(10)古くて新しい?新しくて古い?
  • 函館の街の魅力を「異国情緒あふれる」とか「歴史ある港町」とくくるとどうもしっくりきません。なぜならそれは「北海道にあって」という部分が欠落しているからです。異国情緒は教会を、歴史は箱館戦争を指しているとするなら、それに続く時代をしっかり振り返る機会は多くないと言えます。明治から昭和初期にかけての「北の都」の時代の遺産は、度重なる大火のたびに立ち直った経済力を背景に、思い思いの、もしくはてんでバラバ [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(8)活気に満ちた北洋漁業の時代
  • いまや日本人のほとんどが知らない?函館の過去の栄光の時代…。レトロな街並みが形成されたのは明治40年・1907年の大火から大正10年・1921年の大火を挟み、昭和9年・1934の大火直後の復興と説明しました。1920年・大正9年に行われた第一回国勢調査で、函館は全国9位の人口の多さでした。日本全体の人口が現在の半分弱、5500万人だった時代です。東京、大阪、神戸、京都、名古屋、横浜、長崎、広島に次いでの9位。1930年の時点 [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(6)コンクリート寺院と和洋折衷住宅
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第六回。建築の年代だけを見ていくなら、景観上のインパクトは弱いものの、洋館や煉瓦造りの建物以外にも古い構造物が函館には残っています。有名なのは重要文化財に指定されている真宗大谷派函館別院(東本願寺)。明治40年の大火の後、鉄筋コンクリート造りで再建された仏教寺院です。竣工は1915年・大正4年。当時は仏教寺院が鉄筋コンクリートはそぐわないとかなり物議を醸しだし [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(5)雰囲気のある煉瓦建築
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第五回。火事の多い街、ということで函館は耐火建築が発達しました。その代表的なものが煉瓦造りの建物です。代表的なものは港に面しいまではショッピングエリアになっているある金森倉庫群。明治40年の大火で被害を受け、その後煉瓦造りで建て直されました。金森倉庫近くにある「はこだて明治館」も煉瓦造りです。函館郵便局として1911年・明治44年に建てられました。同じころ、建て [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(4)明治・大正期の古い洋風建築
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第四回。函館イコール異国情緒あふれる街並み、歴史ある建造物…というイメージが強いと思います。その異国情緒の核になるのが、前回紹介したロシア正教のハリストス正教会、フランス人宣教師のひらいたカトリック・元町教会、そしてイギリス聖公会の聖ヨハネ教会の3つの教会ということになります。港が開かれて外国人宣教師が布教のために函館にやってきました。教会と並んで居留外 [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(3)各国の教会が残る街
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第三回。奈良・京都をはじめとする日本を代表する古都と比べても、函館の歴史が浅いのは当然のことですが、明治以降、開拓使が置かれて開けていった北海道のほかの場所よりは、開港という歴史を持つ函館の街は多くの経験をしていると言えます。その象徴がいくつもの教会や旧領事館です。残念ながら函館は大火の多い街で、特に大きなものだけでも、明治11年、12年、40年、大正10年、昭 [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(2)動乱の幕末…開港から箱館戦争へ
  • 函館の街を流れた時間を駆け足でなぞります、の第二回。ペリー来航の直後、幕府は再び蝦夷地を直轄とし箱館奉行を設置。これは和親条約締結により諸外国との応接の必要が生じていたためです。ただこの奉行所は港からよく見える場所にあり、しかも背後は箱館山から見下ろせる位置にあったため、港から離れた安全な場所へ移転することになります。↑いまの基坂、元町公園内にある奉行所の痕跡このとき奉行所を守る土塁として築かれた [続きを読む]
  • 【函館の歴史ダイジェスト】(1)高田屋嘉兵衛そしてペリー来航
  • 函館の歴史を語る場合、まずこの「函館」という地名はどこから来たのか、という話になります。通説では15世紀に津軽の豪族・河野政通(こうのまさみち)がここに「館」を築き、その形が箱に似ていることから「箱館」と称するようになった、となっています。ただ、明治になって以降「函館」という記述も見られ、しばらく併用されたのち、函館に落ち着いたようです。ちなみに市制がひかれたのは1922年(大正11年)。それまでは「函館 [続きを読む]
  • 函館の街を流れてきた時間を思いながら…
  • 本ブログでは、観光都市函館の魅力をさまざまな角度から取り上げていこうと考えています。ここまでは「客観的」視点ということを意識して歴風会の選定した原風景を14回にわけてピックアップしてみました。1984年から始まって34回にわたって登場した中からセレクトした14回(正確には16回)は、とくに自分の知っている範囲で「確かにその通り」というものばかりでした。ただ、地元民にとって印象深い街の風景=観光客にとって心に染 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(14)函館の夜景
  • ようやくここで中締ということになりました。●2013年…函館の夜景いわずもがなですね。さすがに原風景シリーズも30回を超えると、ネタが尽きるというか、多くの市民に共感を得るとするなら微妙なセレクトになってきます。きっと個人個人で原風景はもっと他にもあるのでしょうが、まあそこは難しいところです。さすがに「夜景」は異論がないでしょう。メジャーすぎて見落とされていた?もしこれを函館「山から」の夜景、とするなら [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(13)護国神社坂と高田屋嘉兵衛像
  • きょうは●2012年…護国神社坂と高田屋嘉兵衛像護国神社そのものはさほど足を向けないのですが、護国神社坂は見下ろしても見上げてもとても馴染んだ場所に思えます。坂上から見下ろすと坂は海へ向かうのではなく、市街地の中央部にゆるやかに消えていきます。右手に大森浜が見え、御殿山山頂からの眺めに準じて函館の地形がよくわかるアングルです。それもそのはず。坂を下りて見上げると、神社の真後ろに函館山が控えていますから [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(12)基坂
  • きょうは●2011年…基坂(もといざか)かつて坂下に里数を測る里程元標が建てられていて、基坂と呼ばれたようです。坂の上には、松前藩の番所や箱館奉行所、渡島支庁などの役所があり、お役所坂とも呼ばれていました。現在は明治43年に竣工した旧函館区公会堂がシンボリックに建っています。原風景という意味での「坂」のビジュアルとしては、視線の先に摩周丸が収まる「八幡坂」には勝てない気がしますが、基坂の周辺には観光スポ [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(11)桜が丘通りほか
  • 原風景も残り少なくなってきました。もう少しありますけどね。今回は2本立て。●2008年…桜が丘通り柏木町〜杉並町の間にある、桜並木の通り、桜が丘通りです。長さ約600mのこの通りは、文字通り季節が来るとピンクのトンネルが完成します。年月をかけて、ここまで育ててきた町内の皆さんにはほんとうに敬服します。満開になるとこの一般的な市道が見物客で賑わって渋滞になってしまいますが、いまでは五稜郭公園、函館公園と並 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(10)八幡坂
  • きょうは●2005年…八幡坂ここで出てきましたね、八幡坂。↑秋、そして冬…いまでは第一回の「七財橋からの金森倉庫と函館山」に匹敵する函館を代表する風景ですが「原風景」といった場合に、古い函館市民にとっては微妙なんだと思います。それが歴風文化賞にここまで登場しなかった理由。以前少し触れましたが、連絡船の終航は1988年。八幡坂の上からの視線の先に摩周丸が収まったのはそれ以降だからです。まだ30年経っていない、 [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(9)立待岬
  • きょうはここです。●2004年…立待岬函館山の山塊の南端、切り立った断崖の岬です。函館を舞台にした2時間サスペンスではかなりの頻度で登場します。はるかかなたに青森…正面の下北半島だけでなく津軽半島まで見渡せます。市内で断崖絶壁というシチュエーションも新鮮ですが、個人的には大森浜を経て湯の川温泉、汐首岬に至る、大きく弧を描く海岸線が大好きですね。日本至る所に長い砂浜の海岸線は多いですが、函館は砂州でつな [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(8)トラピスチヌ修道院ほか
  • 今回はまず●2001年…トラピスチヌ修道院ドラピスト修道院が出て来れば、女子修道院のトラピスチヌも選ばれて当然と言えるでしょう。ここも多少駅からは離れているのでなかなか個人では行かない人かと思いますが、方角が近い見晴公園とセットなら効率的に見て回れます。ただ内部の見学ができないので、前庭の雰囲気を楽しむにとどまるので「原風景」としてはやや弱いかもしれませんね。修道院ってあまり行く機会がないので、行程に [続きを読む]
  • 歴風文化賞に見る函館の原風景(7)見晴公園
  • 今回は●2000年…見晴公園(香雪園)歴風文化賞もスタートして17年にもなると、そう来たか、というものも増えてきますが、ここは選ばれて当然と思う素敵な場所です。↑紅葉の季節にはMOMI-Gフェスタが開催され夜間のライトアップもあります。基本的には庭園ですが、リスがいたり、小鳥がいたり、自然が残っているところが個人的にはオススメです。函館市の鳥、ヤマガラ。馴れている個体は寄ってきます。エゾリスもほぼ通年走り回っ [続きを読む]