sano さん プロフィール

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sanoさん: 籠山精読記
ハンドル名sano さん
ブログタイトル籠山精読記
ブログURLhttp://blogs.yahoo.co.jp/sanochigaku0212
サイト紹介文日本の小説から古今東西の古典文学、哲学書、宗教関連書、歴史書、科学書、漫画まで、幅広く取り上げます。
自由文佐野佐清は著述家です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供24回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2016/01/16 10:36

sano さんのブログ記事

  • ジャン・ヴォ―トラン『グルーム』(高野優・訳 文藝春秋)
  • ジャン・ヴォ―トラン『グルーム』(高野優・訳 文藝春秋)現代フランスの妄想文学。こんなのをパルプ・ノワールとかいうらしい。フランス語でノワールは暗いとか黒い。そういえば映画マニアから「フィルムノワール」っていうジャンルの話をを延々聞いたことがある。見たことないけれど。私はフランス映画では「禁じられた遊び」しか知らない。そしてこれしか好きではない。小説の話をしよう。私はこういう種類の書き物は、結構好 [続きを読む]
  • イーヴリン・ウォー『愛されたもの』(中村健二・井淵博・訳 岩波書店)
  • イーヴリン・ウォー『愛されたもの』(中村健二・井淵博・訳 岩波書店)英国的ブラックユーモア小説というカテゴリーを認めるとすれば、この作品はそうしたものの一典型を示しているかもしれない。ハリウッドの葬儀産業が舞台になっている。仕事中に思わず詩的文句を口にしてしまうくらいのポエム中毒者である青年詩人デニス・バーローが、天真爛漫なアメリカ女とかかわり合い何もかもが、この国では、遺体修復知っている人は知っ [続きを読む]
  • 渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ』(文藝春秋)
  • 渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ』(文藝春秋)筋ジストロフィーという、筋肉が次第に変成萎縮していく遺伝性の難病がある。いろいろなところで取り上げられているからか、近頃では、病名だけはそれなりに認知されてきているみたいだ。病気が進行すると、自分の意志では体を動かせなくなる。呼吸も人工呼吸器に頼らなくてはならなくなる。その不自由さ、不愉快さ、苦しさの具体的感覚は、当人以外ではとても分かろうはずもない [続きを読む]
  • デズモンド・モリス『マンウォッチング』(藤田統・訳 小学館)
  • デズモンド・モリス『マンウォッチング』(藤田統・訳 小学館)お盆で実家に戻った折読み返してみて、やっぱり面白いと思ったのはデズモンド・モリスだ。(刊行後半世紀近く経つので)いまではやや賞味期限切れの観もあるあの『裸のサル』(一九六七年)の著者。この人は一般向けに実に面白い本を書いている。『サッカー人間学』とか、あと本書の姉妹篇ともいえそうな『ボディウォッチング』とか(私は読んでいない)。『マンウォ [続きを読む]
  • 開口健『パニック・裸の王様』
  • 友達とは「友達は一生の宝物です」とか「学校でたくさんのお友達をつくりましょう」というような言葉は、一般にはとても無難な呼びかけなのか、世の中の校長先生は日々こんなことを飽きもせずに繰り返している。イオンのランドセル売り場で流れている一年生唱歌は「百人のともだち」を欲しがっている(たぶん作詞者は当時酔っぱらっていたのだろう)。なぜ誰もがこれほど「友達」に飢えているのか、友達の「数」を競っているのか、 [続きを読む]
  • 藤原新也『僕のいた場所』(文藝春秋)
  • 藤原新也『僕のいた場所』(文藝春秋)もともと私は他人の写真というものを好きではなくて、素人の旅行写真などアクビを促すためにあるものだと思っていたくらいだから、当然ながら、旅に際してカメラを持つことも殆どない。どこに行っても写真を撮るに値する光景などなかったというのもあるけれど、それよりも、カメラが一般に普及して何十年も経った現在、カメラを首からぶら下げて「観光地」(思い出商品)に犇めいている人間た [続きを読む]
  • 宮本又郎・他『日本経営史』(有斐閣)
  • 宮本又郎・他『日本経営史(日本型企業経営の発展・江戸から平成へ)』(有斐閣)有斐閣(ゆうひかく)といえば創業明治十年(一八七七)の老舗学術出版社で、主に法律関連の「硬質」な書籍を世に送り続けている。とくに、年版の『六法全書』や『ポケット六法』『有斐閣判例六法』といった刊行物は、いつからか、法律学習者たちの堅実な伴侶といった観を呈し始めていて、法学とは無縁の私なども、法律書といえば、何よりも先に「有 [続きを読む]
  • 谷崎潤一郎『文章読本』(中央公論社)
  • 谷崎潤一郎『文章読本』(中央公論社)ある教師によると、口は達者で愉快な人物なのに、作文となるとたちまち軽度の緘黙状態に陥る生徒が、一クラス(あるいは一学年)に必ず二三人はいるということだ。今昔を思い返してみると、作文の居残り組というのは毎回決まっていた。統計をとったのではないけれど、圧倒的に男子が多いようだ。彼らは何かを大きく羞じているようだった。名前だけ書いて、あとは何も書かない。ちょっと前の元 [続きを読む]
  • 石井淳蔵『マーケティングの神話』(岩波書店)
  • 石井淳蔵『マーケティングの神話』(岩波書店)着眼点の面白い本が少なくない岩波現代文庫からの一冊。洗濯用コンパクト洗剤「アタック」(花王)や日立製作所の洗濯機「静御前」のようなヒット商品の裏には綿密なリサーチやマーケティング理論があると思われがちだが実はそうではない。市場に厳密な理論などは本来通用しないものだ、と概ねこんなことが議論されている本で、「新しい商品はこうやって売り込め」というふうに自分の [続きを読む]
  • 『エックハルト説教集』(田島照久・編訳 岩波書店)
  • 『エックハルト説教集』(田島照久・編訳 岩波書店)マイスター・エックハルト(一二六〇頃〜一三二八頃)の名前は今日では、十四世紀ドイツの単なるドミニコ会士としてではなく、無類の「神秘哲学者」として思想史に刻み込まれている。彼の言葉は日本でも何かにつけてディレッタンティズムの飾りものにされ、また取り澄ました学者連の引用(利用)にも晒されて来たので、天に召されたエックハルト自身にしてみれば余程遺憾千万だ [続きを読む]
  • 佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮文庫)
  • 佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社)『月と六ペンス』のストリックランドは、モームがゴーギャン(フランスの後期印象派の画家)の生涯に想を得てつくりだしたものだ。その真否や細部の程はともかく、あくまで伝説上ではゴーギャンはヨーロッパ文明を否定してタヒチ島に避難したことになっている。世の中には擬似ゴーギャン的逃避願望を弄んでいる人が少なくない。都会を逃げたい、あらゆる束縛を脱して自由になりたい、鮨詰めという表 [続きを読む]
  • 中村計『甲子園が割れた日』(新潮社)
  • 中村計『甲子園が割れた日』(新潮社)松井秀喜はほとんど毎年金沢市に来て、様々な恒例イベントを真面目にこなしている。星陵高校(松井の出身校)の山下さん(もと監督にして松井の「恩師」←引用符なしでは使いたくない言葉だ)と面会するシーンはローカル放送の定番といってもよく、石川県人には説明不要の風物詩だ。松井ファンではないが野球愛好者の一人である私も、割合近くからその姿を「拝見」して、満足したことがある。 [続きを読む]
  • マルティン・ハイデッガー『形而上学入門』(川原栄峰・訳 平凡社)
  • マルティン・ハイデッガー(一八八九〜一九七六)の名前は、好き嫌いとか影響を受けた受けないとかいうようなことを超えたところにあるようで、今でも彼の本を読むとその重量性を感じないわけにはいかない。かえすがえす一筋縄ではいかないものがあると思う。単に「存在の人」とか「ナチスに加担した哲学者」という出来合いのレッテルで済ませられるような人物では、勿論ない。もしその程度の人であればとうに忘れさられていただろ [続きを読む]