楽山 さん プロフィール

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楽山さん: 楽山日記
ハンドル名楽山 さん
ブログタイトル楽山日記
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/jiyuu2013
サイト紹介文某宗教の元信者です。日々の感想を綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供223回 / 365日(平均4.3回/週) - 参加 2016/01/16 15:51

楽山 さんのブログ記事

  • 真理と言葉
  • 真理は言葉では表現しきれないものだというそうであれば「この聖典に書かれていることは真理です」というのは見当違いということになるかもしれない「教祖の説く教えは、真理である」というのも同様に、見当違いとなりそうだ聖典に書かれてある教えも教祖が説いている教えもどちらも言葉で表現されているしそういうものはあくまで真理を言葉で表現したものにすぎず真理そのものではないだろうから…言葉で説かれたにすぎないものを [続きを読む]
  • 信仰と無私 (信仰が強いほど、我を張らなくなり、無私になる?)
  • 宗教では信仰はもちろん無私であることも尊ばれているようだでも信仰と無私この二つを両立させるのは実際には難しいのではなかろうかたとえば熱心な信仰者が外面的には、穏やかで、柔和であってもその内面は、とんでもない頑固者ということは珍しくない短気で、ちょっとしたことで、すぐ怒るということもある一方これとは逆にこれといった信仰は持ってないのに我を張ることなく、こだわりのない性格の人がいる人の和を乱すことなく [続きを読む]
  • 心は急には止まれない!
  • 「心も車と同じだ急に止まったりハンドルを切ったりそんなことはできない」という話を聞いたことがあるけど本当にそうだなあと思う好きだという気持ちに急ブレーキをかけるのは難しいし同様に、嫌いだ、嫌いだという気持ちに急ブレーキをかけるのも難しい今まで信じていたことを信じないとするのも今まで信じていなかったことを信じるというのも中々に難しいすごく興味があることに急に無関心になることも今まで全く興味がなかった [続きを読む]
  • 神様は、人が改心したらゆるし、改心しないとゆるさないのか?
  • とある本によると人が反省し、改心することによって神のゆるしが得られるというまた、別の本によると人が反省し、改心する前にすでに神はゆるしているのだという一体、どっちが本当なのだろう改心してこそ、ゆるされるのか?改心する前に、ゆるされているのか?つらつらと考えてみるにもし神は絶対だとすれば、その判断が、人の言動によって、左右されることはなさそうだ人が改心しても、しなくても、神の判断はそれより先に決まっ [続きを読む]
  • 本にがっつりハマれない理由
  • 先日は「本にがっつりハマれない? 」という記事を書いたけれどもいろいろと考えてみるに、ひょっとしたら、その原因は何かというと、すぐに反省してしまう癖にあるかもしれないもうずっと前のことだけども自分は、とある本で反省の大切さを知りそれ以降は毎日、反省をするようになった反省といってもそんなに大袈裟なものではなくて寝る前にその日一日のことを振り返ってあれは間違いだった、今後は改めるようにしようとか、その [続きを読む]
  • 聖人の道は、平坦で、誰もが通れる道である?
  • 『近思録』を読んでいたら、また、いい言葉を見つけた。聖人の道は、大通りのように平坦です(すなわち、だれもが通れる道です)。  (『近思録 -朱子学の素敵な入門書-』編集朱熹 呂祖謙、訳解福田晃一、明窓出版、平成10年、p.107)これは第二巻の十五にある言葉だけど、本当にいいなあと思う。修行というと、すごく厳しいものであって、ごく一部の人しかできないことのように思えるけれども、聖人への道は、平坦で広々としてお [続きを読む]
  • 恩にこだわると、正義を見失うのか?
  • 先日、本を読んでいたら、おぉっと思う言葉があったので、メモしておきたい。家にいるとき、家族の間においては、たいてい情が礼に勝ち、恩が義をだいなしにします。 (『近思録 -朱子学の素敵な入門書-』編集朱熹 呂祖謙、訳解福田晃一、明窓出版、平成10年、p.264)これはなかなかに鋭い指摘だ。ただ自分の場合は、「情が礼に勝ち」というよりは、「慣れが礼に勝ち」という感じかな。または、「甘えが礼に勝ち」ということもある [続きを読む]
  • 至誠と方便
  • 『近思録』を読み直していたら、次の文章を見つけた。ある人が、こう言いました。「仏教で地獄の話をするのは、すべて性根の腐った連中を改心させるためです。地獄の話で相手を恐れさせて、相手に善を行わせるのです」と。それに対して先生は、こう言いました。「天地をつらぬくほどの至誠をもってしても、なかなか改心しない人がいるというのに、ウソの教えなんかで、どうして人を改心させることができるでしょうか」と。 (『近 [続きを読む]
  • 自己変革が必要だというけれど…【修正版】
  • *注前に書いた「自己変革が必要だというけれど… 」を読み返したら、分かり難い文章だったので修正してみた。*自己変革は必要か?自己変革が必要だというけれど、それってどうなんだろう。べつに必要ないんじゃないかなあと思う。その理由は三つほどあるので、以下に書いてみる。*三つ子の魂百までまず一つ目は、そもそも自分を変えるなんて無理じゃないかということである。三つ子の魂百までというように、人の根本というもの [続きを読む]
  • 本にがっつりハマれない?
  • 辻村深月の小説を読んでいたら、おもしろい台詞を見つけた。いいね、本読みなれてないと、そんなふうに一冊一冊、本にがっつりはまろうって気概が起きるんだ。俺、そういう新鮮味が薄れてきてるから、羨ましい。そういう時期に戻りたい (辻村深月『オーダーメイド殺人クラブ』〈集英社文庫〉集英社、2015年、p.199)これは会話の流れとしては、難しい言葉は辞書を引きながら本を読んだという少女に対して、読書家の少年がもらし [続きを読む]
  • 文章が荒れてる?
  • 近頃は自分の文章を読み返したときに荒れてるなあ…と感じることが多々あるただの気のせいか自意識過剰なだけかもしれないがふと、そう感じることがあるそろそろ文章の書き方の本でも読み直して基礎事項の確認した方がいいかなあ一文一意パラグラフの作り方トピックセンテンスとか、そういうやつ板坂元の「考える技術・書く技術」でも読み返してみようか…。 [続きを読む]
  • 思い邪なし
  • 前記事を書いていて思い出したのだけれども論語といえば「思い邪なし」というのもいい言葉だなあこれは詩経についての批評だけども人物評で、こういうことを言われたら嬉しかろうと思う「彼はどういう人間かといえば、思い邪なしということに尽きる」「彼の人生を一言でいうならば、思い邪なしということだろう」こういう人生を送れたなら、心から「我が人生に悔いなし」と言えそうだそういえば「思い邪なし(思無邪)」は「至誠」 [続きを読む]
  • 朋あり遠方より来る、また楽しからずや
  • 朋あり遠方より来る、また楽しからずやこれは『論語』にある言葉だけども心にしみる、いい言葉だなあと思う見当違いの想像かもしれないがこんな風に、人と会うのが楽しいということはお互いに大過なく暮らせているということなんだろう長い人生のうちには相手に不義理をしてしまったりすっかり落ちぶれてしまったりして気まずい状況になることもそう珍しくないでも朋友と笑顔で顔を合わせられるということはそんな状況には陥ってな [続きを読む]
  • 怒らない人
  • この間のことだが後輩が、カッカしてたので「まあまあ」と、なだめようとしたら「楽山さんは、怒らない人だからいいかもしれませんけど…!」と激怒されてしまったあまりの迫力にびっくりしたがそれ以上に自分は怒らない人だと思われてるのかあと不思議な心持ちがした自分のことをそういう風に考えたことはなかったので…でも考えてみれば人は完璧ではなく、不完全なものだとして他人に対して過度の期待はせず無理な要求はしないよ [続きを読む]
  • お経が短すぎる!?
  • しばらく前のことだけどもお葬式のあとに知人が浮かぬ顔をしていたので理由をたずねてみたら「お経が短すぎる」と言っていた「以前は、お経はすごく長かった長すぎて、大変だと思うこともあったでも最近は、すごく早く終わることが多い『えっ、これで終わり? ほんとにそれでいいの?』と思うくらい短いものもあるこれでいいんだろうかこれはいくらなんでもおかしいんじゃないか」ということらしい思い返してみれば自分がはじめて [続きを読む]
  • ひさしぶりに、リバティの記事を読んでみた(14のギモンを検証する)
  • ひさしぶりに、リバティの記事を読んでみた。これは疑問点が整理されていて読みやすい。ついでに自分の感想を書いてみたい。・【無料記事】新宗教15の疑問 - Part2 幸福の科学への14のギモンを検証するまずは一つ目の疑問点から…。Q1.オウムと一緒でカルト? リバティの主張は、「 「カルト」の定義には、かなり主観が入っている」ということらしい。うーん、たとえそうだとしても、主観には万人に共通するものもあるからなあ。た [続きを読む]
  • 吉田松陰の手紙に書かれた信仰観
  • 吉田松陰の手紙を読んでいたら、次の文章があった。世俗にも神信心といふ事する人あれど、大てい心得違ふなり。神前に詣でて柏手を打ち、立身出世を祈りたり、長命富貴を祈りたりするは皆大間違なり。 (『日本の名著31 吉田松陰』松本三之介責任編集、中央公論社、昭和48年、p.381)これは共感できるなあ。自分も、神にこうしてほしい、ああしてほしいということばかり祈るのはよくないと感じる。他の人の幸福を祈るならまだしも [続きを読む]
  • 絵本と童話
  • 絵本、童話っていいなあ特に、小さい子向きのものがいい〇〇ちゃんが泣いてたので頭をなでてあげたら笑顔になりその後は、二人で仲良く遊びましたみたいなシンプルな展開だけで心がほっとする以前は心が疲れたときは宗教書などを読んだもんだけど近頃は、幼年童話や絵本を読むこの年になって子供の読物をおもしろく思うなんて我ながらおかしくもある(笑) [続きを読む]
  • 知的正直、自己本位、聖賢におもねらないということ…
  • ・渡部昇一『書痴の楽園』 #3 知の巨人と夏目漱石『こころ』https://www.youtube.com/watch?v=IZ98lH2QwiUhttps://dhctv.jp/movie/100254/「書痴の楽園」を見ていたら、渡部昇一は、漱石の「こころ」について、ずいぶん率直な感想を漏らしていた。17分辺りから、かなり痛烈な批判になってる。かと思うと、28分辺りでは、マーク・トウェーンの「王子と乞食」をおもしろかったと高評価している。これも知的正直ということだろうか。 [続きを読む]
  • これからの宗教はどうなるのだろう?
  • これは夏目漱石の言葉であるが、本当にその通りだなあと思う。いったい何々主義という事は私のあまり好まないところで、人間がそう一つ主義に片づけられるものではあるまいとは思います(夏目漱石「私の個人主義」)私事ながら、自分はとある宗教に傾倒したことがあったが、いくらも経たぬうちにそれは自分に合わないことに気づいてしまったのだった。サイズの小さい服を無理に着込んでいるようで窮屈になってしまったのである。そ [続きを読む]
  • 道徳的であるためには…
  • 夏目漱石の講演録を読んでいたら、次の文章を見つけた。ただもう一つご注意までに申し上げておきたいのは、国家的道徳というものは個人的道徳に比べると、ずっと段の低いもののように見える事です。元来国と国とは辞令はいくらやかましくっても、徳義心はそんなにありゃしません。詐欺をやる、ごまかしをやる、ペテンにかける、めちゃくちゃなものであります。だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳 [続きを読む]
  • 読める本、読めない本
  • この間、とある人から「趣味は何ですか」と訊かれたので、とりあえず「読書です」と答えておいた。考えてみると、これまでいろいろな趣味を持ったが、読書が一番長く続いているようだ。読書はなかなか厭きないということらしい。とはいえ自分は本なら何でも読めるというタイプではない。結構、好き嫌いはある。好んで読む本もあれば、生理的に受け付けない本もある。たとえば、いわゆるサヨク系の本は苦手だ。この系統のものは読め [続きを読む]
  • ●小説の感想メモ 3
  • 武者小路実篤「お目出たき人」話をしたこともない女に恋した男の話である。男は毎日のように女と夫婦になることを空想し、時には女の姿を見るために、女の通う学校の近くで待ち伏せのようなこともする。最終的には、人を介して結婚を申し込むところまで行く。こういうのは、今ではストーカー扱いされるだろうが、恋に夢中であれば誰でもこんな風になるだろうなあとは思う。結婚の申し込みまではしないだろうけれども、さまざまな空 [続きを読む]