石川鏡介 さん プロフィール

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石川鏡介さん: 石川鏡介の旅ブログ
ハンドル名石川鏡介 さん
ブログタイトル石川鏡介の旅ブログ
ブログURLhttp://ameblo.jp/marunisasarindou29/
サイト紹介文ちょっとした旅や外出先での出来事の記録や、神社仏閣・名所旧跡等の紹介です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供485回 / 365日(平均9.3回/週) - 参加 2016/01/23 12:09

石川鏡介 さんのブログ記事

  • 関東三十六不動霊場第一番・大山寺(過去のブログ記事より)
  •  「関東三十六不動霊場」を紹介します。 関東三十六不動霊場の第一番は大山寺です。通称、大山不動と呼ばれ、山号は雨降山。宗派は真言宗大覚寺派で準別格本山、本尊の不動明王は、「鉄造不動明王(くろがねふどうみょうおう)」といい、秘仏です。「関東三大不動の一つでもあります。 奈良の東大寺を開いた良弁(ろうべん)僧正が天平勝宝七年(西暦七五五年)に開山したという由緒ある寺院です。奈良の東大寺を開いた僧正が [続きを読む]
  • 行田市満願寺境内の歓喜天社
  •  埼玉県行田市の満願寺の境内には歓喜天をまつるお堂があります。 歓喜天堂というのではなく「歓喜天社」と呼ばれているようです。 ここの歓喜天はけっこう有名なようで、通称「野村聖天」というのだそうです。 行田市の隣の熊谷市には有名な妻沼聖天山がありますし、この埼玉県北部地方は歓喜天信仰が盛んだったのでしょうか、などと考えたくなります。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 行田市の満願寺のシダレザクラ
  •  行田市の満願寺は「東国花の寺百ケ寺」のひとつですが、その百ケ寺のうちに数えられるようになったのは、名物の花があるからです。すなわち、それは本堂の裏側にあるシダレザクラです。 埼玉県内でも他のサクラよりもやや早めに咲くので、春を告げるサクラともいわれ開花時期には大勢の見物客が訪れるということです。 私が初めて満願寺を訪れたときはまだ開花時期より前でした。 しかし、二度目のときは、やや早めだったとは [続きを読む]
  • 行田市の満願寺の境内と修行大師像
  •  行田市の満願寺は真言宗智山派に属する寺院です。 『東国花の寺百ケ寺ガイド』(朱鷺書房)によると、開基は不明だが、安土桃山時代の天正年間に住持となった宗純和尚によって隆盛し、江戸時代の享保年間には宥泉和尚の尽力により本堂や十一面観音堂が出来、隆盛を極めたそうです。 ところが、その後の火災で焼失。昭和になって本堂等が再建され境内が整備されたとのことです。 いま、境内には様々な像や、いろいろな植物が植 [続きを読む]
  • 埼玉県行田市野七四四番地の満願寺
  • 埼玉県行田市は忍城址や「さきたま古墳群」「古代ハスの里」などの名所のある土地で歴史のある街です。古くは足袋の生産地としても知られていました。 当ブログでも遍照院というお寺を「東国花の寺百ヶ寺」のひとつとして紹介させていただきました。 その行田市の中心部から外れ、鴻巣市との境に近い「野」という地にも「東国花の寺百ケ寺」のお寺があります。所在地は行田市野七四四番地で、東国花の寺百ケ寺の埼玉11番札所、行 [続きを読む]
  • 岩槻大師の納経所で『お大師さま』を買う
  •  岩槻大師こと弥勒密寺の本堂地下にある「地下仏殿四国八十八カ所お遍路道場」へ行った後、納経所の戻り、笈摺を返却しました。 そして、お守りや納経帳、書籍などが売られている棚を観ました。 関東三十六不動霊場の寺院の中では、弥勒密寺は販売品が特に多いようです。 その中で、『弘法大師空海さまの御生涯 お大師さま』という本が目につきました。弘法大師の生涯を子供向けに分かりやすく漫画で描いた伝記です。著者(文 [続きを読む]
  • 岩槻大師弥勒密寺の地下佛殿四国八十八カ所お遍路道場
  •  岩槻大師こと弥勒寺(弥勒密寺)の本堂では、酉年御開帳ということもあり本尊の不動明王像を直接拝むことができます。 この本堂の地下には四国八十八ヶ所お砂踏み霊場があります。 「地下仏殿四国八十八カ所お遍路道場」とも呼ばれています。 以前に弥勒寺に参拝したときには、この地下には行かなかったので、今度は参拝の記念に行ってみようと思い、お寺の納経所の方に声を掛けました。 入場料といますか、拝観料をまず払う [続きを読む]
  • みどころいっぱい、岩槻大師
  •  不動ヶ岡不動の總願寺へ行った時と同様、岩槻大師弥勒寺の参詣でも、初めての参詣の時は最寄駅から歩きでしたが今度はクルマで行ったのでした。 總願寺の時は加須市という土地柄か、道がすいていましたが、岩槻大師の場合は、さいたま市岩槻区の中心部ですから、そこへ行くまでの道が渋滞して、時間がかかりました。 駐車場は山門のすぐ脇にありました。そこでクルマを停め、山門をくぐり、境内に入ります。一度お参りに行った [続きを読む]
  • 二度目の参詣「光岩山釈迦院岩槻大師彌勒寺」
  •  関東三十六不動霊場の三十番の總願寺(埼玉県加須市)に続いて、三十一番の彌勒寺へ行きました。さいたま市岩槻区にあり通称「岩槻大師」といわれる、弘法大師ゆかりの(弘法大師が巡錫した地だと言われている)寺院です。 かつて関東三十六不動霊場めぐりで行ったところで、今回が二度目の参詣です。          当ブログの記事を無断転載しないで下さい。無断転載があれば強く抗議し [続きを読む]
  • 不動ヶ岡不動尊・總願寺の不動堂の裏、倶利伽羅竜王像
  • 不動堂の裏手に行きますと、結構広々とした場所があり、境内の端と思われるところに大きなイチョウの木がありました。 その前には倶利伽羅竜王の像(剣に巻き付いている竜の像なので倶利伽羅竜王と思われる)がありました。 このあたりはかつて関東三十六不動霊場巡りでお参りしたときには見なかった場所です。 境内はすみずみまで行ってみるものだなあ、と、改めて思いました。 &nbs [続きを読む]
  • 不動ヶ岡不動尊境内の大師像
  •  不動堂の外陣・内陣のほうまでは入れる雰囲気ではなかったので、階段上がってすぐのところで拝んで、境内を散策することにしました。 不動ヶ岡不動こと加須市の總願寺は真言宗智山派に属していて、境内には弘法大師の像があります。 当ブログの記事を無断転載しないで下さい。無断転載があれば強く抗議し、場合によっては無断転載を行っ [続きを読む]
  • 不動ヶ岡不動・總願寺の本堂でみた、驚くべきもの
  •  總願寺の本堂へ行って、驚いたものがあります。寄進者名なのか、節分会かなにかの行事の参加者ということなのか、有名人の名前がズラリと。 その顔ぶれときたら。 いろいろな意味ですごい顔ぶれだと思いました。 当ブログの記事を無断転載しないで下さい。無断転載があれば強く抗議し、場合によっては無断転載を行った相手の名前 [続きを読む]
  • 埼玉県加須市の總願寺の不動堂へ行ってみると
  •  今年平成二十九年(西暦二〇一七年)は干支で言うと酉年です。酉年生まれの人の守り本尊は不動明王ですから、酉年は不動明王に御縁のある年とされています。 そのため、不動霊場で御開帳が行われたりしています。 「ぶっちゃけ寺」というTV番組では、関東三十六不動霊場の目赤不動の本尊特別開帳が紹介されていました。 加須市の總願寺も関東三十六不動霊場のひとつですから、この酉年にお参りに行く人が多くなっているのでし [続きを読む]
  • 加須市の不動ヶ岡不動・總願寺の山門(三門)をくぐってみて
  • 總願寺の山門(三門)をくぐる際、多くの寺で見かける仁王像とは違う印象を持ちました。 いや、それはもともと、初めて参詣したときにも感じたことですか、今回は、以前に見た時とも印象が違いました。確かに同じ像なのですが。見る角度が違ったからでしょうか? 金剛力士像らしい力強さはあるのですが、雰囲気が全然違います。表情も違いますが、身体のバランスがなんとなく、他の寺院で見かけるような像のものとは違うというこ [続きを読む]
  • 四国別格霊場・延命寺(過去のブログ記事より)
  • 四国別格二十番霊場の第十一番・生木地蔵の正善寺に参詣した後、別格第十二番の延命寺へ行きました。 正善寺の境内にタクシーを乗り入れていたので、あまり待たせることも無く、納経所でご朱印をいただいてからすぐにタクシーに乗り、壬生川駅へ向かいました。 途中、タクシーの運転手さんが、タクシーの運転手を定年で辞めたら遍路宿を始めようかと思って家を買い取ったんだ、と言って、街道脇にある一軒の家を指差しまし [続きを読む]
  • 四国別格霊場・生木地蔵(正善寺)《過去のブログ記事より》
  •  四国別格二十番霊場の第十番札所・西山興隆寺に参詣した後、別格第十一番札所の生木地蔵(いききじぞう)こと正善寺(しょうぜんじ)へ行きました。 所在地は西条市丹原町今井。宗派は高野山真言宗で、本尊はもちろん、(生木地蔵というだけに)地蔵菩薩です。 西山興隆寺の御由流宜橋そばで待っていただいたタクシーに乗り、生木地蔵へ案内していただきました。一応、予備知識はありましたが、タクシーの運転手さんは生 [続きを読む]
  • 四国別格霊場・西山興隆寺(過去のブログ記事より)
  •  四国八十八ヵ所の札所のうち、久万高原町と松山市の札所をまわった翌日、四国別格二十番霊場のうちの十番・十一番・十二番札所へ行きました。 道後の宿を朝六時ちょっと前くらいに出て、路面電車でJR松山駅へ向かい、各駅停車で壬生川駅へ。目指す別格霊場第十番札所の西山興隆寺は西条市丹原町古田甲の一六五七番地で最寄り駅は壬生川駅です。 壬生川駅は特急も停車する駅なのですが、特急の本数が少ないため、朝早い [続きを読む]
  • 道後温泉・椿の湯(過去のブログ記事より)
  •  一九九七年の八月に大学時代の友人と四国旅行をしましたが、その時、もう一人の友人(同じく大学時代の友人)も参加を表明して、三人で四国へ向けて旅発ちました。今思えばなかなか奇妙な旅で、一人の友人は自転車で一番札所からまわりたいと言い、もう一人は高知県などをまわりたいと言い、私は屋島や金刀比羅宮、善通寺などを見学したいと思っていたもので、三人バラバラでした。三人に共通していたのが「松山の道後温泉 [続きを読む]
  • 四国霊場・円明寺(過去のブログ記事より)
  •  太山寺参詣後、第五十三番札所の円明寺へ向かいました。時刻は午後四時を過ぎていましたが、その日最後の参詣なので時間的にもちょうど良かったです。 円明寺は、太山寺とは対照的に平地の町の中のお寺です。宗派は太山寺と同じく真言宗智山派で、本尊は阿弥陀如来です。開基は行基菩薩。所在地は松山市和気町一丁目一八二番地で、地元の人々からは「和気の円明さん」と呼ばれて親しまれているとのことです。 今回はクル [続きを読む]
  • 四国霊場・太山寺(過去のブログ記事より)
  •  私の、八月十四日の四国霊場巡りは、四十四番の大宝寺から始めて五十三番の円明寺まで行くという強行軍でした。別格霊場の文殊院にも行ったので、計十一ヶ寺です。普通はそんなにまわりません。大宝寺から始めたのなら石手寺で終わり、といったところでしょう。しかし、私の希望を受け入れてくださった四国八十八ヵ所公認先達の方のご好意で円明寺まで行けるスケジュールを組んでいただきました。本当にありがたいことです [続きを読む]
  • 石手寺の中の異世界(過去のブログ記事より)
  •  四国八十八ヵ所の第五十一番札所の石手寺は、仁王門が国宝、本堂や三重塔などが重要文化財と、歴史的遺産の立派な建物が多く、格式ある古寺名刹ですが、それだけではありません。 本堂の裏手の山に洞窟があり、それもちょっと変わっているのですが、洞窟を抜けた先の狭い道の向かいに五百羅漢をまつる建物があり、まるで異空間ともいうべき特別な世界を作っています。 私が初めて四国を訪れたのが一九九七年の八月で、そ [続きを読む]
  • 石手寺の三重塔(過去のブログ記事より)
  •  石手寺は伊予国に一大勢力を誇った河野氏の菩提寺でしたので、河野氏代々の厚い保護を受けていました。平安時代から室町時代にかけてが特に栄えていた時期で、七堂伽藍六十六坊を数える大寺院だったといわれています。 河野氏は、戦国時代には戦国大名として近隣の大名と競い合いましたが、土佐の長曾我部氏の侵攻を受けて衰退します。石手寺も長曾我部の軍勢のために多くの建物を焼かれてしまいます。 その兵火にも焼け [続きを読む]
  • 石手寺の仁王門(過去のブログ記事より)
  •  石手寺の仁王門は大きく重厚感のある門で、歴史的な重みも感じさせます。それもそのはず、国宝に指定されているのです。 朝日新聞社発行「週刊朝日百科 日本の国宝」の二十五巻に詳しく紹介されています(二体の金剛力士像があるために「二王門」という表記になっていますが)。国宝に指定されている仁王(二王)門は珍しく、お寺の門という範疇ではなく「仁王門」という限定でなら、この石手寺と、金峯山寺(奈良県)、 [続きを読む]
  • 四国霊場・石手寺(過去ブログ記事より)
  •  四国八十八ヵ所の第五十番札所繁多寺に参詣した後はいよいよ石手寺です。大手旅行会社の四国周遊ツアーなどでは、たいてい、松山城・子規堂・道後温泉と石手寺は周遊コースの中に入っています。それほど有名であり見どころも多いお寺です。 第五十一番札所石手寺の所在地は松山市石手町二-九番地。宗派は真言宗豊山派で、本尊は薬師如来。開基は行基菩薩です。山号は八坂寺と同じく熊野山。 五十番の繁多寺からは、浄土 [続きを読む]