古月乙彦 さん プロフィール

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古月乙彦さん: 古月のおと
ハンドル名古月乙彦 さん
ブログタイトル古月のおと
ブログURLhttp://furutsuki.exblog.jp/
サイト紹介文星読の言葉から始まった謎解き。たんなる言い伝えや神話とされていた話を天文や地質、幾何学から紐解く。
自由文物部(もののべ)の本貫地として注目されている遠賀川水系。彼らはそこでどのようにクニを作り、なぜ東遷したのか。巨大な装飾古墳に目を見張り、神社で手を合わせ、大地に刻まれた星読の記憶を辿る。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供44回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2016/01/23 14:44

古月乙彦 さんのブログ記事

  • 将軍塚
  • 将軍塚 東山粟田口の将軍塚にのぼってきました。写真は、将軍塚青龍殿の大舞台から「糺の森」(ただすのもり) を望む構図です。加茂川がまっすぐに将軍塚の方へ流れてきています。高野川と合流してのち南方向へ流れが変わり鴨川となります。加茂川と高野川の合流地点のすぐ北が下鴨神社です。下鴨神社より上流の加茂川は水気三合の辺に沿っていることが改めて確認できました。 将軍塚は、和気清麻呂が山部... [続きを読む]
  • 清凉寺のお松明
  • 清凉寺のお松明昨日は、清涼寺(せいりょうじ)のお松明(おたいまつ)に行ってきました(今年は雨交じりだったので、写真は二年前に撮ったものです)。清凉寺のお松明は、京都の三大火祭りに数えられます。清凉寺は、通称 嵯峨釈迦堂といいます。もとは平安時代の貴族、源融(みなもとのとおる)の山荘だったところです。源融は、嵯峨天皇の皇子で、源氏物語の主人公 光源氏のモデルのひとりと言われる方で... [続きを読む]
  • 円応寺 (北九州市)
  • 円応寺 (北九州市)件の皿倉(日枝)-中山ライン上に円応寺(えんおうじ)がある。所在地は 八幡西区上上津役5-13-5  「上上津役」は、「かみこうじゃく」と読む。上津役(こうじゃく)は、奈良時代に律令で定められた駅(うまや)制度の駅で、中央と地方への命令、地方からの報告など連絡のために置かれた。平安時代、ここは役之郷と呼ばれ、役之郷がのちに上津役郷となりました。ここは、古代から... [続きを読む]
  • 山神宮周辺(香月西)
  • 山神宮周辺(香月西)皿倉-中山ライン上の神社・遺跡をみていっています。ここは八幡西区香月西の山上宮周辺です。斉明天皇が行宮をおいた岩瀬宮址の南東2.5km程のところです。「山神宮」のご祭神は大山積神(おおやまづみのかみ)、鳥居には昭和9年11月3日建立とあります。今は廃墟のように荒れています。貝島太助が明治29年に開いた旧 大辻炭砿に関連して祀られたもののようです。なんだ新しい... [続きを読む]
  • 道中 松隈の 磐座
  • 道中 松隈の 磐座宗像大社社伝や鞍手の神話伝承では、三柱の女神は六嶽(むつがたけ)に降臨したといいます。日本書紀には「即以日神所生三女神者、使降居干葦原中国之宇佐嶋矣。今在海北道中。号曰道主貴」と記載があるのですが、鞍手では六嶽に降臨した三女神は、宇佐島、道中をへて400年くらいかけて赤間方面へと移動していき、今の宗像大社の場所に落ち着いたと伝える方もいます(あくまで聞いた話です)。... [続きを読む]
  • 布留神社・龍神社 (鞍手町古門)
  • 布留神社・龍神社 (鞍手町古門)1930年の鞍手町北部の地図をベースとして、主要な土地の字(あざ)を書き込むとともに、古物神社に合祀されている 剣神社の元宮、布留神社の元宮、龍神社の元宮、消滅してしまったお宮などを書き込みました。古門の剣神社の上宮は、龍神社だったのでした。 古物神社に合祀された龍神社の祠は、るなさんと七色さんと古物神社に参った際にも確認しました。古野谷の... [続きを読む]
  • 1930年の鞍手町北部の地図
  • 1930年の鞍手町北部の地図市町村合併前の古月村、虫生津村だった時代の1930年の鞍手町北部の地図を入手しました。(なんと横書き文字が右から左です。)市町村合併後の地図では、住所表記において小字(こあざ)が消えてしまったばかりか、村名が大字(おおあざ)になって本来の集落の字(あざ)とは違う場所に字名が記入されたりして、神話伝承を土地の字と結びつけて説明するのにややこしい事態にな... [続きを読む]
  • 梅咲天満宮(香月)
  • 梅咲天満宮(香月)香月電停の目の前にあります。梅咲天満宮です。所在地は、北九州市八幡西区楠北3丁目14 皿倉(日枝)-中山ライン上の社寺を順にみていっています。いまでこそ 天満宮 になっていますが、この形、古墳ですよね。香月の地名の由来は、小狭田彦が日本武尊を歓待した折に日本武尊が詠った次の歌と伝わっています。「あな楽し、花の香り月清きところかな。今よりこの地を香月のむらと名づ... [続きを読む]
  • 中山(鞍手町)
  • 中山(鞍手町)物部氏が絡む産鉄地形に「中山」という地名がよく見られるようである。ここは鞍手町の中山 (中山本村あたり)。熱田神社と八剣神社がある 剣岳 と 鷹ノ口おだ山 の間にある集落である。新北物部の里である 新北 から冬至の日没のレイライン上に並んでいる。剣岳山頂には、八剣神社の上宮がある。戦国時代に剣岳山頂に城が建てられることになって八剣神社の拝殿が遷されたようだ。 こうし... [続きを読む]
  • 宗像三女神と賀茂の関係
  • 宗像三女神と賀茂の関係宗像三女神は、筑紫と山背の両方で信仰されています。宗像三女神に関する伝承は、筑紫においてより厚く広く感じます。しかし大国主との関係においていつも混乱するので、少しずつ 系図をまとめていました。神倭伊波礼毘古命の母の玉依姫命と、賀茂別雷神の母の玉依姫が同じ方なのかどうかまだ悩んでいたのもあります。別の方であるとしてみると、こんな系図になりました。ツッコ... [続きを読む]
  • 熱田神社(鞍手町)の椿模様
  • 熱田神社(鞍手町)の椿模様これまで、鞍手町の長谷寺、笠岡市神島の七面神社、南丹市みやま町の古民家に「椿の花弁様の模様」があしらわれた鬼瓦なり杉板をみつけていますが、もうひとつ見つけました。 鞍手町の新北(にぎた)の亀甲にある熱田神社にありました。 鞍手町の熱田神社もすっかり有名になって、神紋が尾張の熱田神宮と同じ「桐」であるとか、宮司家も同じ金川(かながわ)氏であるというのは指... [続きを読む]
  • 竹原古墳
  • 竹原古墳福岡県宮若市竹原(旧 鞍手郡宮田町竹原)にある竹原古墳です。諏訪神社境内にあります。ここの装飾古墳はあまりにも有名ですね。6世紀後半ごろのものと考えられています。ひもろぎ逍遥のるなさんも竹原古墳の訪問記を書いておられます。るなさんが指摘しておられるように、赤いふち模様の火を噴くドラゴンは竜座のようです。ブーツの武人は、馬を牽いて船から下ろしているように見えます。船首の... [続きを読む]
  • 皿倉(日枝)-中山 ライン
  • 皿倉(日枝)-中山 ライン「中山寺 (宝塚市)」の話題の折に、比叡山(日枝山)-中山寺-六甲山 のラインを紹介しました。夏至日出-冬至日没線であり、天香香背男=天手力男意気続々流住吉大神や松尾大神に関連するラインでした。はて、日枝と中山、遠賀川水系にもあったような・・松尾大神も筑紫胸形坐中部大神だし・・というわけで、遠賀川水系で対応するラインを探してみました。 もうひとつの 日枝... [続きを読む]
  • 中山寺 (宝塚市)
  • 中山寺 (宝塚市)宝塚市中山寺(元は摂津国川辺郡中山寺村)にある真言宗中山寺派大本山で、地元では「中山さん」と親しみを込めて呼ばれているお寺です。ご本尊は十一面観世音菩薩。寺伝では聖徳太子が建立したとされる日本最初の観音霊場です。もとの川辺郡の名に残る 川辺 は、秦氏の中心氏族の一つですね。中山という山が背後にあり、山麓にある中山寺奥之院には厄神明王が祀られています。8月9日の夜に... [続きを読む]
  • 京都の水気三合の帝旺
  • 京都の水気三合の帝旺「火気三合からみる平安京」を紹介したところ、まーりんさんから「水局(水気三合)の帝旺は何?」という宿題をいただきました。 私も平安京の水気三合で気になっていたことがありました。 北の大将軍は 秋葉神社だと思っていたのに朱雀大路からは結構ズレるのです。また、月輪寺からも明らかに外れでいたのでした。「北を指す別の三角形があったりして。…」とまーりんさんが書いていら... [続きを読む]
  • 劔神社 倉師大明神(直方市亀丘)
  • 劔神社 倉師大明神(直方市亀丘)久しぶりに、鞍手周辺の神社をご紹介します。鞍手町と直方市と宮若市の境「六ヶ嶽(むつがたけ)」の東の山麓の亀丘(かめおか)に鎮座しています「劔神社」です。(当ブログでは、京都府の「亀岡」がよく出てきますが、今日は 旧 鞍手郡 の「亀丘」です。なお、写真は、2015年末に撮影したものです。)劔神社由緒によれば、往古は「倉師大明神 (くらじだいみょうじん... [続きを読む]
  • 火気三合からみる平安京
  • 火気三合からみる平安京2013年に曽我とも子さんという方が「陰陽五行思想における三合の考察 ―平安京にみる三合―」という論文を書かれています。桓武天皇は 火徳の天皇 であり、平安京には桓武天皇の守護を祈願したる「火気三合」による呪術が施されていると主張されております。(ここでは「火気三合」の説明は省きます。曽我さんの論文をご覧ください。)初期平安京の太極殿を中心として、比叡山、愛宕... [続きを読む]
  • 新年のご挨拶
  • 新年のご挨拶新年おめでとうございます。このブログを始めてから初めてのお正月です。 去年の初夢がキッカケで始めたブログでしたが、早いものでもうすぐ一年になります。ひとつ謎が解けると、またすぐ次の謎が出てきます。それでも書くことによって、これまで混沌としていた断片が整理され、だいぶ理解は進みました。昨年は、「六嶽周辺の五芒星と螺旋」の話に始まり、葛野・摂津・丹波との繋がり... [続きを読む]
  • 赤い龍
  • 赤い龍700年頃、大和朝廷は本格的に全国の鉱山・屯倉の経営にのりだす。いったい何がそれを可能にしたのか見ていきたい。唐の顕慶四年(659年)高宗の勅で李勣・蘇敬らにより世界初の薬局方である『新修本草』が上奏された。京都の仁和寺に天平三年(731年)の古写本残巻がある。金、銀、水銀、硫黄などの精錬法も記されている。大宝元年(701)の少し前に日本にも伝わったのではなかろうか。... [続きを読む]
  • 片野物部 4 津山 中山神社
  • 片野物部 4 津山 中山神社岡山県津山市一宮に、美作國(みまさかのくに)一の宮として崇敬を集める中山神社(なかやまじんじゃ)があります。主祭神は、「鏡作神」。ただし、中山神社がまとめた大正時代の「中山神社資料」だと、主神は「金山彦命(かなやまひこ)」となっています。更に古く『延喜式頭注』では大己貴命(おおむなち)が祭神となっています。『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』では、中山神社の... [続きを読む]
  • 笠岡 七面神社
  • 笠岡 七面神社いったい何に呼ばれたものか、不思議なことが続いている。椿の花弁様の渦巻模様の3つめの事例を見つけてしまいました。場所は、笠岡市神島(こうのしま) 七面神社です。椿の花弁様の渦巻模様が確認できます。瓦紋はやはりこれです。扁額の周りにも花弁様の渦巻。七面宮それ自体は名前からして鎌倉時代以降の祭祀のようなのですが、周りを見渡してビックリです。... [続きを読む]
  • 久我國 2 玖賀耳之御笠
  • 久我國 2 玖賀耳之御笠神武が東遷してきたとき、そこには久我國があった。やがて古事記の崇神記に見える鬼「陸耳御笠(玖賀耳之御笠)」の伝説にあるように、久我國は天孫族により圧迫されていく。久我一族に敬意を表して残されている久我神社等の分布から、久我國は、京都盆地全域と 丹波路の入口にあたる乙訓郡(現 京都市南区)あたりから丹波国東南部にあたる桑田郡(現 亀岡市)にかけての地域にあった... [続きを読む]
  • 久我國(こがこく)
  • 久我國(こがこく)「深草 七面山」で、七面天女=玉依姫=多紀理毘売命 という話を書いた。そこで知ったのは、 賀茂別雷命=阿遅須枳高日子 ということであった。 その辺りのことをもう少し突っ込んでみたい。賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)は、神武天皇の東征で先導した八咫烏(やたがらす)と同一視される。賀茂建角身命と丹波国の伊可古夜比売(いかこやひめ)との間に玉依姫が生れている。... [続きを読む]
  • 片野物部 3 伊香色雄
  • 片野物部 3 伊香色雄現在の大阪府交野(かたの)市と枚方(ひらかた)市に天野川があります(古くは甘野川とも)。物部氏の祖といわれる宇摩志麻治から6代めにあたる伊香色雄が4世紀前半に天野川の南方の伊香賀(現在の枚方市伊加賀)に住み、その地域を支配したようです。ついで伊香色雄の子の多弁宿禰(たべのすくね)が 天野川流域を開拓し、淀川と天野川の合流する地域を支配したと伝えられています。多弁宿... [続きを読む]
  • 深草 七面山
  • 深草 七面山京都の東山三十六峰の南端、伏見稲荷のある稲荷山から南に続く丘陵に深草山宝塔寺がある。有名な伏見稲荷大社から歩いて15分くらいです。宝塔寺は、平安時代に藤原基経の発願により創建された真言宗極楽寺が前身で、住持の良桂が日蓮宗の日像に帰依し、寺の名を宝塔寺に改めました。この宝塔寺の裏山は七面山といいます。七面山の山頂に建つ七面堂は、法華経を守護する七面大明神を祀るお堂だ... [続きを読む]