武蔵宮 さん プロフィール

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武蔵宮さん: JNR-M
ハンドル名武蔵宮 さん
ブログタイトルJNR-M
ブログURLhttp://jnr-m.sblo.jp/
サイト紹介文北海道から九州まで、旅先で目にしてきた国鉄型機関車などの写真や、線路のある風景を載せております。
自由文国鉄時代の残り香を求めて、時に歩き、時に自転車をこぎ、何だかんだで北へ南へ。現役車両だけでなく、保存車両を探し、廃線跡を眺めて幾星霜。ちょっとした暇つぶしや旅のご参考になれば幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供367回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2016/02/01 19:50

武蔵宮 さんのブログ記事

  • 休む事はなく
  • 名古屋臨海鉄道の東港駅へ移動してきたキハ40・キハ48。廃車になった車両は、ここで解体処分になるか、もしくは港から新天地へ旅立つか、いずれかの道を辿ります。東海地区で利用終了となった国鉄型ディーゼルカーは、新天地へ旅立ったようですね。 [続きを読む]
  • 2両1組
  • 名古屋臨海鉄道の東港駅に止まる、検査したばかりでピカピカのコキ105-55。1987年から製造されたコキ100系は、1989年から4両ユニットのコキ102・コキ103、1両単位のコキ104、2両ユニットのコキ105が製造されました。長編成化を想定してユニット化されていましたが、需要変化に柔軟な対応を出来ず、全国で分散すると不便になってしまうため、結局は元の1両単位に戻りました。3000両近く造られたコキ104に対して、コキ105は40ユニッ [続きを読む]
  • 臨時常備
  • 名古屋臨海鉄道の東港駅に止まったタキ44508。ガソリン用タキ43000に混じって石油類用タキ44000も止まっています。北海道での石油輸送廃止で移動してきた車両もあり、中央下に「本輪西駅臨時常備」札が付いたまま。ちなみにタキ43000とタキ44000の違いは容積。ガソリンより重い各種石油を搭載するため、荷重は同じ43tですが、容積が1割以上少なく設計されています。 [続きを読む]
  • 43t
  • 名古屋臨海鉄道の東港駅に止まったタキ43625。遊休石油タンク車の多い東港駅で、多数を占めるのは黒いタキ43000。しかも京葉臨海鉄道の浜五井駅所属がほとんど。京葉工業地域のコンビナートで鉄道を利用する事業者が減少した上に、タキ1000への置換が進んだ事で、行き場を無くした黒いタンク車が集結しています。 [続きを読む]
  • 「東」
  • 名古屋臨海鉄道の東港駅に止まったトキ28877。長年の鉱石輸送で側板はデコボコに変形し、修復される事もなく最後の場所へ辿り着きました。新しい私有車のトキ25000が登場した後も、国鉄無蓋車トキ25000は貨物駅間で資材輸送に使われていましたが、最近になって無蓋コンテナが使われるようになったため、こういった汎用車は姿を消しています。 [続きを読む]
  • 中心
  • 笠寺駅から西へ分かれた名古屋臨海鉄道、名鉄常滑線を越えた所に東港駅があります。臨海鉄道の駅では最大級で、かつては周辺から集まる多数のタンク車などで賑わっていました。既に時代は変わり、遊休状態の石油タンク車と待機中の石灰石用ホッパ車、そして廃車となった貨車が置かれています。石油タンク車が多い、というより日本中から集結。放置されているのがほとんどですが、基本的に解体待ち。現在は通過点になってしまったた [続きを読む]
  • 旅立ち
  • 笠寺駅に止まっているキハ48-5810。国鉄型ディーゼルカーは東海地区から姿を消し、名古屋臨海鉄道へ。武豊線が非電化の頃、キハ35などが東海道本線に乗り入れて笠寺駅も通っていましたが、もう遠い過去です。キハ40系は老朽化した狭小車キハ10系を置き換えるために登場した大型車。キハ65の機関DML30HSDを半減したDMF15HSAでは重い車体に不十分だったため、東海地区では民営化後に機関換装されています。1975年から国鉄型ディーゼ [続きを読む]
  • カーラック
  • 笠寺駅に止められたコキ71-902。901と固定連結器で一組になった超低床車で、海上コンテナ・大型自動車輸送用試作車コキ70の設計を簡素にしたような構造です。1994年に試作車が造られ、自動車用コンテナ・カーラックで使われていました。コンテナが載っていないと、線路の背景に溶け込んでしまいそうな薄い車体ですが、これでもコキ100系と同じ高速運転に対応しています。1997年に造られた量産車もほとんど同じ構造。こういった特殊 [続きを読む]
  • 工場と観音
  • EF64の待機する東海道本線の笠寺駅。EF64が待機しているのは、ここで名古屋臨海鉄道と接続するためです。大府・稲沢操車場間で東海道本線と貨物線を分離する計画では、平行していた貨物線がここから東海道新幹線に沿って海側へ抜け、名古屋港線と西名古屋港線に接続し、名古屋貨物ターミナル駅へ直通するはずでした。建設中止で、東京側の貨物列車は稲沢操車場で折り返して西名古屋港線の名古屋貨物ターミナル駅へ向かう状態が続い [続きを読む]
  • 装甲車
  • 衣浦臨海鉄道の半田埠頭駅に止められたタキ38130。2軸車から始まったガソリン用タンク車は、3軸台車の超大型車タキ64000まで様々なタイプが造られましたが、国鉄時代のもので現役なのはタキ43000のみ。タキ38000はタキ43000よりも新しく、フレームレスで事故の際にタンクを破損する危険のあったタキ43000に代わって造られたタイプ。40t積のタキ40000と36t積のタキ38000が造られましたが、自重16t未満の既存タンク車に対して強固な [続きを読む]
  • はじまりの道
  • 武豊線の半田駅横で保存されているC11-265。武豊線ゆかりの蒸気機関車の保存という事で、意義は大きいですね。実際には、半田駅で歴史的価値が高いのは構造物の方です。武豊線は鉄道建設資材を武豊港から岐阜まで輸送した線路で、東海道本線の大府・岐阜間も元は武豊線と一体でした。半田駅の跨線橋は数少ない1886年開業時の遺産で、もちろん文化財。関東・関西に続いて造られた東海道本線のルーツは、今日も駅の一部として生き続 [続きを読む]
  • 希少価値
  • 武豊線の東浦駅で交換待ちの衣浦臨海鉄道KE65-5。衣浦臨海鉄道は東浦駅から衣浦湾を渡って碧南市駅へ向かう線と、東成岩駅から半田埠頭駅へ向かう線の2箇所に分かれています。多くの臨海鉄道ではDD13系統が導入されていましたが、衣浦臨海鉄道では強力なDE10系統が導入されました。KE65はDE10と微妙に違う設計でしたが、このうちKE65-2とKE65-5が離脱。国鉄で廃車になったDE10-500番台を改番して穴埋めしたため、KE65-5はDE10-563 [続きを読む]
  • 桶狭間の南
  • 東海道本線で名古屋の手前にある大府駅。昼過ぎに止まっているのはここだけで見られる貨車・ホキ1000。石炭灰と石灰石粉末の2種別に対応し、復路で空にならないのが特徴です。大府駅の手前には立体交差があり、本線と側線から出る上り貨物列車が干渉しないようになっています。これは稲沢操車場まで東海道本線と貨物線を別にする計画の名残で、貨物線新設は建設中の反対運動で中止。大府駅では入口に立体交差が造られたものの、出 [続きを読む]
  • 予備
  • 五稜郭機関区の隅に止められていたED79-55とDD51・ED79。他はプレートが外されていますが、ED79-55だけはナンバー埋め込みだったため、55号機だとわかりました。この時はまだ、ED79が健在の頃。部品取りなのか、この3両は長い間ここに止められていた気がします。かつてはED79だけでも3種類ありましたが、現在の五稜郭機関区にはEH800とDF200しか存在しません。 [続きを読む]
  • 集中配置
  • 北海道の貨物用ディーゼル機関車は五稜郭機関区と鷲別機関区に分散していましたが、現在は五稜郭機関区のみ。北海道から石油輸送が消えた事が大きいようです。鷲別機関区に集中していたDF200も、全て五稜郭機関区へ来ています。 [続きを読む]
  • 試作機
  • 五稜郭機関区に止まるDF200-901。北海道の変化はこの試作機から始まりました。登場は1992年ですが、構想は民営化直後の1988年からスタート。限られた両数で日々長距離運用についていたDD51は故障続きだったため、早急に新型が望まれていました。液体変速機での大出力化は難しく、当初から電気式で計画され、半導体制御の新型が誕生。全てのDD51を置き換え、すっかり北海道の顔になりました。同時期のEF200は廃車になっていますが、 [続きを読む]
  • 青函運転所
  • 五稜郭駅の北側にある五稜郭機関区と青函運転所。実質的には一体です。青函航路の玄関口だった函館駅を補っていた五稜郭操車場の廃止後、用地の一部が青函トンネル用の機関区として整備されました。ED79は象徴であり、その全てでしたが、北海道新幹線開通でED79は全廃。EH500も来ないため、現在はEH800の基地へ変わったようです。 [続きを読む]
  • 五稜郭機関区
  • 北海道最南端の機関区で、青函航路のあった頃から函館本線を支えてきました。北海道で使われてきた機関車はシンプルで、1970年代始めにC62・D52が廃車になった後、30年以上もDD51の天下でした。客車列車はなくなり、DD51重連も見られなくなり、今はDF200のみ。しかし五稜郭機関区の地位だけは今も変わっていません。 [続きを読む]
  • 1801
  • 江差線転換で譲渡されたキハ40もありますが、そのまま残ったものも多いです。残ったものは函館本線の普通列車で利用されているはずですが、長距離の普通列車はかなり減りました。 [続きを読む]
  • 片側
  • EH500は交流区間で中央のパンタグラフのみ使用します。東北から九州まで全て同じで、向きに関わらず中央のみ。ED79では片側のパンタグラフのみ常用でしたが、最初に北海道への乗り入れをした経緯から、同じ方法がとられているんですね。 [続きを読む]
  • 復路
  • 前日の夜に五稜郭駅へ来たEH500は、翌朝に同じ経路で帰っていました。EH800へ切り替わって東青森止まりになったため、全体的に余裕が出来ています。関東でEF500の運行範囲が拡大しましたが、遥か北での出来事が影響しているんですね。 [続きを読む]