武蔵宮 さん プロフィール

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武蔵宮さん: JNR-M
ハンドル名武蔵宮 さん
ブログタイトルJNR-M
ブログURLhttp://jnr-m.sblo.jp/
サイト紹介文北海道から九州まで、旅先で目にしてきた国鉄型機関車などの写真や、線路のある風景を載せております。
自由文国鉄時代の残り香を求めて、時に歩き、時に自転車をこぎ、何だかんだで北へ南へ。現役車両だけでなく、保存車両を探し、廃線跡を眺めて幾星霜。ちょっとした暇つぶしや旅のご参考になれば幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供367回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2016/02/01 19:50

武蔵宮 さんのブログ記事

  • 最後の二重窓
  • 函館運転所のオハフ51-5003。50系客車の北海道型51形で最後まで残ったのは、たった2両。5000番台は快速「海峡」の増結用改造車で、快速廃止後に青函トンネル救援用となったもの。あまり注目されませんでしたが、北海道新幹線開業で消えた車両の一つです。 [続きを読む]
  • グリーンティ−
  • 茶畑を往くC10-8。良く言えば珍しい、悪く言えば重量的な欠陥から数少ない存在で、23両しか造られていません。改良型C11の陰で目立たない存在でしたが、今は修復されて自走するようになりました。復活からちょうど20年。これからも川の街で走り続けて欲しいですね。 [続きを読む]
  • TR11系
  • 大井川鉄道の客車で変わりものと言えばスイテ82とナロ80でしょう。元は西武鉄道の改造電車、さらに前は国鉄の木造古典客車。旧型客車とともに、蒸気機関車の復活運転で使うために誕生した改造車です。この見た目ですが、使われている台車は他の旧型客車よりも古い骨董品。現役で使われている時点で実は凄いです。 [続きを読む]
  • TR50系
  • 大井川鉄道の新金谷駅に止まるオハニ36-7。元は戦後に急行型客車43系のような車体に改造した鋼体化客車オハニ63。軽量客車10系から派生した台車TR52へ交換し、すぐにオハニ36へ変更。国鉄末期まで荷物列車というのが走っていましたが、客車による普通列車が電車化されたため、荷物輸送を独立させたものでした。その際に荷物車へ改造された合造車も多く、生き残りは貴重な存在です。今では姿を消しつつある客車、しかも独特な半室荷 [続きを読む]
  • 多種多様
  • 戦前の代表的な客車オハ35。戦後にかけて1000両以上も造られたため、溶接状態や車端部の構造で多種多様でした。大井川鉄道に来たオハ35で珍しいのはオハ35-149でしょうか。鋲打ちから溶接への過渡期に造られたもので、車端部の屋根が車体からの張り上げ構造になったほか、窓上のヘッダーを省略した試作型の生き残り。目立たない所では、台車もコロ軸受だったりします。大井川鉄道では蒸気機関車が目立ってしまいますが、他にはない [続きを読む]
  • ゆかり
  • 新金谷駅の転車台に乗るC12-164。元は千頭駅で保存されていたもので、国鉄廃車後に大井川鉄道へ来たC11などと違う、1987年に修復された最初の復活機。戦前にC12を利用した実績もあり、164号機は1974年から地元で保存されていたので、大井川鉄道に最も縁のある蒸気機関車です。破損個所の修復と車上信号整備がされないまま、今では駅の展示物になってしまいました。いつか地元ゆかりの小型機の復活する日は来るでしょうか。 [続きを読む]
  • 推移
  • 新金谷駅に止まるE32。西武鉄道の小型機関車で、国鉄機を縮めたような箱型車体ですが、1986年に電車部品を再利用して造られた改造車。雑多な輸入古典機と交代し、貨物列車廃止後も長らく事業用に使われました。近年になって、何両かまとめて大井川鉄道へ移転。静かな大井川鉄道にも、少しずつ変化が訪れています。 [続きを読む]
  • いぶき
  • 大阪セメント専用線で使われていたED500。セメント輸送廃止で2000年に2両が大井川鉄道へ来ました。直後に空港建設資材輸送で三岐鉄道へ移転し、ED502はそのまま帰らず、ED501のみ大井川鉄道へ戻っています。三菱製E10に対して、仲間の多い日立製で、秩父鉄道でも同型が現役。この機関車もE32導入の影響から、今後が気になる車両です。 [続きを読む]
  • 駅の守り人
  • 大井川鉄道の電気機関車E10。この2番目はE12ではなく、E102という表記です。1949年の電化時に導入されたもので、戦前の中古車が多い地方私鉄では珍しい新車。貨物列車廃止後も蒸気機関車の補機などに使われてきましたが、西武鉄道からE32が来たため、今後どうなるか気になる車両です。 [続きを読む]
  • 特急専用車
  • 新金谷駅近くに止められたモハ421+クハ571。元は近鉄の狭軌特急専用車6421系。標準軌の大阪線と狭軌の名古屋線に分断されていた頃、名古屋線に導入されたものです。名古屋線の急曲線解消と標準軌化で規格が統一され、6421系は格下げされて普通電車に使われていました。中央のみ両開き扉なのはワンマン車のルーツというわけでなく、格下げ時に追加改造した結果。大井川鉄道では不遇の電車が少なくありませんが、この電車も非冷房な [続きを読む]
  • 語られる事のない物語
  • 島田駅の駐輪場で借りたレンタルサイクルで西へ。大井川を渡った先の道路沿いには草に埋もれて廃墟と化した線路。この線路は大井川鉄道の新金谷駅から続く貨物線だったもので、国鉄末期に金谷駅での貨物連絡が途絶えた後、ダム資材を貨物輸送する際のトラック連絡で使われていました。今は廃車置き場。使わなくなって部品を取りつくされた蒸気機関車などが放置されています。手前は長物車チキ303。元は現存最古の国鉄長物車チキ341 [続きを読む]
  • 標準型
  • 東海道本線の島田駅から北、市役所近くの公園で保存されているD51-101。101号機は半流線形の初期型に続いて造られた標準型。1938年製から仕様変更になっており、標準型では初期のものになります。ちなみに展示物というより、子供たちの遊び場になっているため、転落防止柵を付けたり手が加えられています。普通なら「あぶない!」とフェンスで囲ってしまう所ですが、こうして乗って遊べる状態にしているのは、これはこれで良いんじ [続きを読む]
  • 駿河湾
  • 東海道本線の焼津駅近く、公園で保存されているC50-96。静岡の駅では貨物扱いが多く、焼津駅にも専用線がありました。既にほとんどの駅で貨物扱いがなくなり、痕跡も減少。線路を向いて保存されてきたC50は、今も東海道本線の移り変わりを見つめています。 [続きを読む]
  • 境界
  • 荒川を渡る川越線。こちら側は川越で、向こうが大宮。実際の境界は向こうの河川敷にある曲がりくねった小川です。荒川は改修で地形が変わっており、かつて川だった部分がそのまま境界として残っています。 [続きを読む]
  • 古墳
  • 川越線のすぐ横にある小高い山。手前の白い方は工事用の砂利ですが、その向こうにあるのは大塚古墳です。さらに向こうを新設された国道16号がかすめ、すぐ近くに西大宮駅が新設されましたが、それでも線路脇にある珍しい古墳はかろうじて生き残りました。 [続きを読む]
  • 安全側線
  • 川越線の日進駅。日進駅から先は単線のため、合流する直前に安全側線が分かれています。単線での正面衝突を物理的に防ぐものでしたが、基本的に脱線させる方法なので、事故を防げるわけではありません。都心から乗り入れて来た通勤電車と前時代的な単線が、川越線で共存しています。真新しい駅舎。非電化単線の頃には大宮駅と一駅だけの区間運転があった小さな駅にも、建て替えで近代化の波がやってきました。 [続きを読む]
  • 丹沢山麓
  • 相模貨物駅に止まるDE11-2001。現在は共通で利用されるようになったため、DE11-2000番台を離れた貨物駅でも見かけるようになりました。平塚の専用線廃止と同時期に開業した相模貨物駅。小田原駅まで続く東海道本線と平行する貨物線には3つの貨物駅がありました。大船駅近くの湘南貨物駅は既に廃止、鴨宮駅近くの西湘貨物駅は一部残りつつも再開発され、相模貨物駅が神奈川県西部のターミナルとして唯一残っています。 [続きを読む]
  • 専用線の街
  • 平塚市役所北の公園で保存されているD52-403。平塚は多くの専用線で賑わっていた線路の街。平塚駅を出た専用線は東海道本線に沿って東へ向かった後、相模川の手前で北へ向きを変えて東海道本線の下をくぐり、北西へ向きを変えて日産の工場を通り抜け、市役所の北をかすめて横浜ゴムまで続いていました。大通りの踏切が問題になり、他より少し早い1970年代に廃止されたため、痕跡の少なさが際立っています。木々に囲まれた静かな公 [続きを読む]
  • 茅ヶ崎客貨車区
  • 国鉄時代には貨物列車で賑わっていた茅ヶ崎駅。分岐した相模線からも多くの貨物列車があったようですが、既に茅ヶ崎駅には貨物設備が全く残っていません。駅東側の電車留置線が、茅ヶ崎機関区と茅ヶ崎客貨車区のわずかな残り香。相模線ホームの端にはオブジェが並んでいます。ディーゼルカーの頃と変わらない石積みの低いホームだけは、時代から取り残されたまま。 [続きを読む]
  • ジャンクション
  • 横浜羽沢駅に止まる長物車チキ6000。東京湾岸で30kmほどの越中島貨物駅から、武蔵野線を80kmも大回りしてきました。貨物列車の都市部迂回が進んだ結果、直通する高速道路より不利になった点は否めません。嵩張るレールでなければ縦横に張り巡らされた隣の高速道路を使っていた、その事実が閑散とした貨物駅に影を落とします。 [続きを読む]