厚木野太一 さん プロフィール

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厚木野太一さん: 「パンティストッキングのお部屋」
ハンドル名厚木野太一 さん
ブログタイトル「パンティストッキングのお部屋」
ブログURLhttp://ameblo.jp/pantystocking26/
サイト紹介文長引く不況に喘ぐ冷えきった我が国経済の建て直しをパンティストッキングを始め婦人靴下業界から目指します
自由文パンティストッキングを始めショーツやボディスーツなど婦人肌着を我々働く男性が着るコトで我が国経済の建て直しを図り更には世界平和を目指します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供101回 / 365日(平均1.9回/週) - 参加 2016/02/17 20:49

厚木野太一 さんのブログ記事

  • 「毎週土曜のお昼が待ちきれません・・・」〜3〜
  • 趙子龍の身を守る形で大好きな柳けい児が殺害されてしまいました。高則なんか早い内に殺してしまうべきでした。毎回けい児観たさに楽しみにしていた『趙雲伝』ですが1話から24話までのけい児を観ながら思い出に浸ります。今回はとても悲しかったけど兄の柳慎と師匠李全の娘飛燕が急接近したコトで気持ちが和らぎました。 [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜15〜
  • ボクの人生初のエッチ体験とは言っても20才にして尚サクランボ男子 のままで終わったワケですが検体がマダム唯ひとりとは言っても、あるお笑い芸人が今や女性の5人にひとりはAVに出演経験があるとかボクの数少ない女性経験から言わせて頂くなら6人中5人の女子が顔が映り込む様に陰部の写メを撮らせてくれたコト。唯一ボクの奥さんだけ陰部の写メどころか、エッチ中の写メなど一切撮らなかったのは結婚相手として特別に [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜12〜
  • そうこうしている内に午後12時を回ってお昼の時間です。館内放送が地下1階のお総菜コーナーで一番人気、エビのチリソースが出来上がったとゆうインフォメーションを切っ掛けにマダムをお昼御飯にお誘いすると待ってましたとばかりにボクを差し置いて小走りに老舗の鰻料理屋のある呉服橋方面出口に向かおうとするマダムを制してエスカレーターで向かうは5階のリストランテ・フジキッチンであります。 フジ・キッチンはオリ [続きを読む]
  • 「器械体操とクラシックバレエ・・・」
  • クラシックバレエに於いてボクたち男性バレリーナの代表的な衣裳と言えば着丈の短いジャケットと下半身も露な恥ずかしいタイツですがタイツのウェスト部分とジャケットの裾の隙間からチラリとでも素肌が見えてしまうてと興醒めするとか言ってバレエ教室に通い始めた当初は2コ上の姉のタイツを穿いてX字型サスペンダーで肩から思い切り吊り上げたのはイイけれど小6ながらタイツの下のママが穿き古した洗い晒しのTバック型パンティ [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜11〜
  • 忘れもしない昭和53年の夏休み、7月26日夜発8月5日(6日予備日)夕着、即ち前夜発9泊10日(内停滞日2日)の日程で「夏の南アルプス南部の山々を満喫しよう!!」とゆうスローガンの下、以下の日程で出発したのです。(東京駅=金谷駅=千頭駅=井川駅ー畑薙第1堰堤)第1日目 : 畑薙第1堰堤〜畑薙大吊り橋〜ヤレヤレ峠         ウソッコ沢小屋c1第2日目 : c1〜?窪沢小屋〜茶臼小屋遙か手前c2第3日 [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜10〜
  • 沢山の女の子に囲まれて下半身も露わな恥ずかしいタイツ姿を見て欲しいとゆう、バレエ関係者が最も忌み嫌う不健全な思い一心でクラシックバレエを習い始めたボクですがバレエとゆうモノはそんな気持ちで続けられるモノではないコトを初めての体験レッスンの1分後に思い知らされるのでした。つまり5年間とは言え器械体操の経験を持つボクでさえ音を上げるほどバレエのお稽古は厳しいモノでした。そしてバレエを引退した昭和50 [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜9〜
  • ボクがクラシックバレエを習っていた時期は小6に進級する直前の春休みから高校1年も終わりの春休みまでの5年間とゆうコトでとても短かったのですが、丸々中学3年間とゆう男子として一番多感な時期に沢山の女子に紛れて下半身も露わな恥ずかしいタイツ姿でいられたコトはとても有意義で、それも一重に小1から小5まで通っていた今をトキメク機械体操教室のお陰でした。古くから機械体操が日本のお家芸であったコトは五輪大会 [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜8〜
  • クラシックバレエを習っていた頃、ボクがバレエ用品を購入していたお店は渋谷公園通り山手教会向かいのチャコット本店でした。小6から中3までは地下鉄東西線(現東京メトロ)門前仲町駅から日本橋駅乗り換え地下鉄銀座線で渋谷にママと一緒に行っていたのですが、高校生になってからは国鉄線(現JR)直通運転の東西線で中野駅経由吉祥寺駅乗り換え京王帝都井の頭線で久我山駅まで通っていた関係で毎週の様に土曜日になると渋谷 [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜7〜
  • あの故谷啓さんのギャグ「ガチョ〜ン!!」が発表される丁度1年前、幼稚園入園前の3歳の頃、ママと一緒に観た劇場中継『バレエの夕べ』が切っ掛けとなってボクの中で生粋のタイツフェチが形成されたコトは 紛れもない事実であり、5年間打ち込んだクラシックバレエですが、腰の故障で断念せざるを得なくなったコトが叩き上げのパンストフェチ となった経緯であったコトはお話しした通りです。ボクの数少ない女性経験か [続きを読む]
  • 「ブログのジャンルが学生なワケ・・・」
  • 色々なジャンルを渡り歩いた結果、ボクのブログの内容から学生さんが相応しいと実感しました。つまり、メインテーマがパンティストッキングやタイツ、最近ではボディスーツなど女性向けの、しかも基本的に年齢を問わないアイテムなので、出来る限り若い女性をターゲットにする為に高校生と幅広く年齢層をカバーする為に専門学校生としてみました。タイツについては小・中学生でもイケるしパンティストッキングだって女子中学生な [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜6〜
  • ボクたち男性バレリーナの場合、チャコットの商品名で`コブラ’と呼ばれるTバックタイプのサポーター(ダンスベルト)をタイツの下に穿くのが一般的です。他にTバック仕様の競技エアロビクス用のレオタードを着た上にタイツを穿く場合もあります。因みにボクなんかバレエを習い始めたのがまだ小6だからとか言ってサポーターなんて買って貰えなくてタイツの下に穿いていたのはママが穿き古した洗い晒しのタンガともソングとも言 [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜4〜
  • ボクがクラシックバレエを習い始めた昭和45年はバレエと言えば女子のお稽古事とゆうイメージでした。けれど、ボクたち男性バレリーナがいないと振り付けが成立しないコトが多くて、パ・ト・ドゥなんかは年長の女子が支えるなどして男性バレリーナのパートを踊っていました。その時の衣裳はタイツを穿いたレオタードの上に裾をカット してゴムを通すなど極端に着丈を短くしたブラウスを羽織る 感じなのですが、それって [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜3〜
  • ボクがバレエ教室に通っていた小6から高1、つまり昭和45年3月から昭和49年3月までの5年間はバレエを習っている女子が多い反面、男子が今以上に少なくて、しかもバレエ教室に通う前の段階で既に足のポジション、手のポジションを含めて基本的なバーレッスンを先生が指示、指導するコトなくスムーズに行えたばかりか、リズム感の良さと体幹の強さ、高いジャンプが生み出すピルエット。先生が指導する上で何よりも楽だったのでは [続きを読む]
  • 「出逢いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜2〜
  • 入会の前に手当たり次第体験レッスンを受けたのですが、どのお教室でも是非ウチにとゆうお誘いを頂いたのですが、「通常、男子の場合は慣れるまでは動きやすい服装で構いません。お稽古では無理にタイツを強要するコトはありませんから。」と言われる先生が多くて、ガッカリしました。そんな中、ボクの体験レッスンを受けている様子を見ていた先生が「明日から早速タイツでお稽古しましょう。」と言って下さったこの一言が入会の [続きを読む]
  • 「出会いはいつも婦人靴下売り場から・・・」〜1〜
  • ボクが叩き上げのパンストフェチになった切っ掛けは幼稚園に入園前の3歳児の頃、ママと一緒に観た劇場中継『バレエの夕べ』(NHK教育テレビ・現Eテレ)から『白鳥の湖』第一幕二場(作品によっては第二幕)の『白鳥の湖』と言えばこのメロディとも言える有名な湖畔のシーンで21才のお誕生日を祝う戴冠式の後、お妃選びを明日に控えてブルーな王子ジークフリードが悪魔ロットバルドの呪いによって白鳥の姿に変えられてしま [続きを読む]
  • 「不思議な繋がり・・・」
  • 文字にするのもおぞましいオウム真理教の向こうを張って立ち上げた九官鳥真理教。後々、オウムと言っても鳥ではないから対抗心を燃やして九官鳥真理教と命名しても意味が無いとかマジメなご指摘を受けて以来のテーマになります。お話は前職で知り合った人々との世にも不思議な物語です。大学時代に山関係のクラブに所属していたコトは過去記事にも書いた通りです。ボクの北アルプスデビューは昭和53年7月下旬、折立〜太郎平〜薬師 [続きを読む]
  • 「昔の書いたグルっぽに・・・」
  • 久しぶりにコメントが付きました。気がつくと知らない内にいっぱい書き込みされいました。有り難いコトです。内容的には・・・消費税率を上げる度に少子高齢化問題やら介護問題が取り上げられる中に国民一人あたり何万円の借金があるとかなんとか。それに関して「各省庁に割り当てられた予算をその年度内に使い切るとゆう単年度予算を廃止せずして、つまり余った予算を次年度に繰り越そうともしないで借金なんか返せてたまるか! [続きを読む]
  • 「山に逝ける人々・・・」
  • 過去に何回か投稿した記事ではありますが、再度思い起こして綴ってみたいと思います。2010年10月は1977年から4年間ボクが所属していた母校國學院大學ハイキング同好会の創部50周年記念パーティが執り行われました。丁度1年前の9月に27年間勤めていた山とスキー用品の専門店が資金難から廃業して無職になって半年間の惨めな失業時代を経験する中で、後半の3ヵ月間をハローワーク主催の職業訓練を経て何とか介護 [続きを読む]
  • 「ボクらのヒーロー伝説・・・」〜抜粋〜
  • これは2014年1月6日にアップした記事を加筆、修正したモノです。どれ程強い人間でも必ず弱点はあります。「だからこそ人間なのである」とも言えるのです。月光仮面直後の世代として幼少期を迎えたボクのヒーローと言えば‘ナショナル・キッド’、‘スーパー・ジャイアンツ’そして‘少年ジェット’、`ハリマオ’、‘アラーの使者’などですが、 前者二人のキャラクターは全身タイツに身を包みながらも松下電器産業㈱ [続きを読む]