むぎ さん プロフィール

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むぎさん: むぎの城さんぽ
ハンドル名むぎ さん
ブログタイトルむぎの城さんぽ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/mugiide
サイト紹介文日本百名城や史跡・城郭めぐりの旅の記録と日本城郭検定の問題でお城の勉強をしよう!という日記です。
自由文日本城郭検定準1級〈武者返級〉合格。1級合格目指しブログを通して予習復習しながら勉強中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供194回 / 365日(平均3.7回/週) - 参加 2016/02/20 05:52

むぎ さんのブログ記事

  • 伊佐城(茨城県)
  • 伊佐城(いさじょう)別名 中館構造 平城築城者 藤原実宗築城年代 1111年(天永2年)指定史跡 県指定史跡場所 筑西市中館522【 地図 】藤原魚名の子孫である藤原実宗が、1111年(天永2年)常陸介に任命され、伊佐荘中村に居住し、この地に伊佐城を築きました。また、伊達氏発祥の地がここ伊佐城です。5代目の朝宗は奥州征討に武功をあげ、奥羽伊達郡を与えられ次男の宗村と伊達郡に移り伊達氏を名のるように [続きを読む]
  • 石毛城(茨城県)
  • 石毛城(いしげじょう)別名 本石毛城構造 平城築城者 豊田政親築城年代 1532年(天文元年)指定史跡 −場所 常総市本石下99【 地図 】1532年(天文元)に豊田城主・豊田四郎政親が下妻城主・多賀谷氏の南下に備え築城し、石毛城主に次子の次郎政重を任じました。石毛城は多賀谷氏一族の居城となってから、天正十三年、多賀谷家の内紛により築城五十四年にして廃城となり焼却されたと伝わります。石毛城跡立派そ [続きを読む]
  • 向石毛城(茨城県)
  • 向石毛城(むこういしげじょう)別名 豊田館・西館構造 平城築城者 豊田四郎平将基築城年代 1062年(康平5年)頃指定史跡 −場所 常総市向石下【 地図 】豊田館跡に築かれた城で、全盛期には常総にかなりの領地を領有し武蔵の地を治めていました。坂東武士発祥の地として中央・地方の政治史に一大変革をもたらし、武家社会の遠因となりました。馬の名産地でもあったという。案内石板豊田城祉と平将門の説明文がここに [続きを読む]
  • 田中城(静岡県)
  • 田中城(たなかじょう)別名 徳一色城・亀甲城・亀井城構造 平城(円郭式)築城者 今川氏家臣築城年代 不明指定史跡 市指定史跡場所 藤枝市田中3-14-1【 地図 】独特な円形の縄張りで、本丸を中心に四重の堀を同心円状に巡らせた円郭式縄張りで構成されています。丸馬出と三日月堀が6ヶ所もあったことから武田氏の「甲州流の城」として知られています。また、1616年(元和2)鷹狩りに訪れた家康が田中城に宿泊し [続きを読む]
  • 掛川城(静岡県)
  • 掛川城(かけがわじょう)別名 雲霧城、松尾城構造 平山城築城者 朝比奈氏、山内一豊築城年代 1512年(永正9年)、1590年(天正18年)指定史跡 県指定史跡 国重要文化財場所 掛川市掛川113−24【 地図 】今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが掛川城です。その後、山内一豊が城主として10年間在城しまし、一豊は大規模な城郭修築を行い、城下町の整備や大井川の治水工事などに [続きを読む]
  • 気賀関所(静岡県)
  • 気賀関所(きがせきしょ)場所 浜松市北区細江町気賀11560【 地図 】気賀の関所は箱根、今切(新居)の関所とともに江戸に対する重要拠点でした。1605年(慶長10年)には気賀の町が大火に見舞われ、町並みはほとんど消失しましたが関所は被災を免れました。気賀の関所では何度も茅葺の屋根を瓦葺に改装する願いを出しましたが、「権現様(家康)のとき茅葺であった」という理由で却下され続けてしまいました。その後、 [続きを読む]
  • 三方原古戦場(静岡県)
  • 三方原古戦場(みかたがはらこせんじょう)場所 浜松市北区根洗町 北区根洗町 国道257号線【 地図 】三方原の戦いは1572年に武田信玄が3万の軍勢を動員し、青崩峠・兵越峠から遠江に侵攻し、二俣城を降伏させたあとに発生した武田信玄と徳川家康との合戦です。この戦いで徳川家康は大敗し、その後の家康の人生観に大きく影響した戦いとして知られる三方原墓園現在の三方原墓園に古戦場の碑があります。ここには駐車場やト [続きを読む]
  • 井伊谷城(静岡県)
  • 井伊谷城(いいのやじょう)別名 −構造 山城築城者 井伊共保築城年代 1010年(寛弘7年)指定史跡 −場所 浜松市北区引佐町井伊谷【 地図 】井伊谷城は山頂に土塁を巡らせただけの単純な構造の城で、斜面に曲輪を設けたり、堀を備えたりするような遺構があまり無かった城です。井伊氏居館跡大手麓にあった井伊氏の居館跡。居館の周囲には土塁や堀が巡らされていました。現在は引左町第四公民館が建ち、周囲は宅地化し [続きを読む]
  • 龍潭寺(静岡県)
  • 龍潭寺(りょうたんじ)場所 浜松市北区引佐町井伊谷1989 【 地図 】大河ドラマ「おんな城主 直虎」の舞台になっている井伊家の菩提寺です。東門龍潭寺では約400年前の一番古い建造物です。現在は建物の痛みのため下部分を切り取り、低くなっています。鐘楼堂正月1日から5日までの間は「いのりの鐘」を撞くことができます。庫裡(くり)ここで拝観料を支払い内部を見学します。玄関を入ったところです。内部は歴史 [続きを読む]
  • 小山城(静岡県)
  • 小山城(こやまじょう)別名 −構造 平山城築城者 武田信玄築城年代 1571年(元亀2年)指定史跡 −場所 榛原郡吉田町片岡2519-1【 地図 】武田信玄は大井川を越えて今川氏が築いた山崎の砦に入り小山城を築き、遠江をおさえる拠点としました。この地をめぐり、徳川家康との激しい戦いが何度も繰りかえされ、13年間の攻防戦が続きました。高天神城が徳川軍に攻略されると、敗北を悟った武田方は城に火をかけ、 [続きを読む]
  • 掛川古城(静岡県)
  • 掛川古城(かけがわこじょう)別名 子角山城(ねずみやまじょう)構造 平山城築城者 朝比奈泰煕築城年代 1473年(文明5年)指定史跡 県指定史跡場所 掛川市掛川1104【 地図 】掛川(古)城は今川氏の重臣であった朝比奈泰煕により子角山(ねずみやま)に築城されました。掛川城からも近く、掛川城から歩いて行くこともできますが、車で行くことができます。道が狭く急な坂を登ると龍華院の駐車場があるのでそこに [続きを読む]
  • 和歌山城(和歌山県)
  • 和歌山城(わかやまじょう)別名 竹垣城 虎伏城構造 平山城築城者 羽柴秀長築城年代 1585年(天正13年)指定史跡 国指定史跡 国重要文化財場所 和歌山市【 地図 】豊臣秀吉が紀州を平定した後、弟の秀長に築かせた城。関ヶ原の戦いで功績を認められ浅野幸長が入城し、その後は紀州徳川家が治めることとなります。水戸、尾張と並ぶ徳川御三家である紀州徳川の地としての拠点がここにあります。大手門昭和57年に再 [続きを読む]
  • 頭陀寺城(静岡県)
  • 頭陀寺城(ずだじじょう)別名 市場城構造 平城築城者 松下氏築城年代 1564年(永禄7年)指定史跡 −場所 浜松市南区頭陀寺町【 地図 】頭陀寺城(松下屋敷)は、少年時代の豊臣秀吉や徳川四天王の一人・井伊直政にゆかりの地です。直政(虎松)の実母の再婚先でもあり、徳川家康の家臣となるきっかけとなる重要な地となりました。松下家がなければ、直政のその後の活躍もなかったのかもしれません。頭陀寺第一公園城 [続きを読む]
  • 横須賀城(静岡県)
  • 横須賀城(よこすかじょう)別名 松尾城 両頭城構造 平城築城者 大須賀康高築城年代 1578年(天正6年)指定史跡 国指定史跡場所 掛川市西大渕【 地図 】徳川家康は1578年(天正6年)家臣の大須賀康高に命じて、高天神城攻略の拠点として横須賀城を築かせました。1581年(天正9年)高天神城は落城と共に廃城となり、横須賀城が遠州南部の拠点として位置づけられました。288年間続いた後、明治維新で廃城 [続きを読む]
  • 浜松城(静岡県)
  • 浜松城(はままつじょう)別名 − 構造 平山城築城者 徳川家康築城年代 1570年(元亀元年)指定史跡 −場所 浜松市中区元城町【 地図 】徳川家康が29歳〜45歳まで過ごし、生涯最大の敗戦と言われる三方ヶ原の合戦で命からがら逃げ帰ってきた城が浜松城です。この敗戦から力を蓄え天下盗りの夢をつかんだ城でもあり、出世城と呼ばれるようになりました。5年前に訪れた時は天守門の復元工事中だったこの場所も、今 [続きを読む]
  • 八崎城(群馬県)
  • 八崎城(はっさきじょう)別名 −構造築城者 長尾氏築城年代 1532年〜1555年(天文年間)指定史跡 −場所 渋川市北橘町分郷八崎【 地図 】八崎城は、天文年間(1532〜1555)に白井長尾氏によって築かれました。上杉・武田・北条・真田などにより幾度となく争奪が繰り返されました。1590年(天正18年)廃城になりました。分郷八崎(名称)由来記分郷八崎公民館にある案内看板。分郷八崎村は江戸時代以 [続きを読む]
  • 真壁城(群馬県)
  • 真壁城(まかべじょう)別名 −構造 丘城築城者 不明築城年代 不明指定史跡 −場所 渋川市北橘町真壁字城山 【 地図 】白井城と八崎城の繋ぎの城として発生され、長く越後上杉氏の配下にあり、白井長尾氏の四天王に次ぐ家臣の神谷三河守が居城したと伝わります。その後武田・北条氏に属し、天正18年(1590年)に白井城落城とともに廃城になりました。入口看板この入口の道は車高の低い車は車底を擦ってしまうので注 [続きを読む]
  • 箱田城(群馬県)
  • 箱田城(はこだじょう)別名 −構造 丘城築城者 箱田地衆築城年代 不明指定史跡 市指定史跡場所 渋川市北橘町下箱田606-2【 地図 】箱田城は戦国時代、上野国の守護代白井長尾氏の出城として、箱田地衆によって築かれたと考えられています。遠望この付近の道を通るたびに山の上に見える天守閣っぽいものは何だ?と気になってはいたのですが本当に城跡だったんですね。追手口この先の土居をよじ登ると追手虎口があります [続きを読む]
  • よく寝たぁ
  • 私はまろん。飼い主はむぎさんです。むぎさんはお城が大好きで、休日になると私はいつもお留守番です。だって、私は外に出るのが大嫌いだから。お外は怖いです。近頃昼間は暑くて寝苦しい。夜になって、やっと熟睡です。翌朝…よく寝たのでスッキリ起床! [続きを読む]
  • 戸崎城(埼玉県)
  • 戸崎城(とさきじょう)別名 ―構造 平城築城者 戸崎国延築城年代 不明指定史跡 −場所 加須市戸崎【 地図 】竜宝寺から諏訪神社一帯が戸崎城の跡で、方形状の遺構が広がっています。現在遺構は土塁と堀跡を見ることが出来ます。周囲は田んぼです。諏訪神社諏訪神社と聞くと長野県諏訪市の諏訪大社を思い出し、とても馴染ある感じです。と言っても諏訪神社って大小合わせるとものすごくいっぱいあるんですよね〜。本堂本堂 [続きを読む]
  • 皿尾城(埼玉県)
  • 皿尾城(さらおじょう)別名 −構造 平城築城者 上杉謙信築城年代 1561年(永禄4年)指定史跡 −場所 行田市皿尾【 地図 】上杉謙信が皿尾の地に城を築き、忍城に対しての守備の城としました。(もともと忍城の支城があったのを奪取した説もあります)羽生城を築城した広田・木戸兄弟のうちの木戸忠朝に皿尾城を守らせたが忍城城主成田氏に攻められた際岩槻城からの援軍を得て戦ったものの決着が付かずに成田氏と和睦 [続きを読む]
  • 羽生城(埼玉県)
  • 羽生城(はにゅうじょう)別名 −構造 平城築城者 1540年代築城年代 広田直繁・木戸忠朝(兄弟)指定史跡 市指定史跡場所 羽生市東5-7-1【 地図 】羽生城は古河公方家臣の広田直繁によって築かれました。北と東は蓮沼、南は小沼に囲まれた要害の城でした。広田直繁・木戸忠朝の兄弟がこの城を守り、忍城の支城になると大久保忠隣が城主となるが、慶長19年に徳川幕府の直轄領となり城は廃城となりました。「羽生古 [続きを読む]
  • 種垂城(埼玉県)
  • 種垂城(たなだれじょう)別名 種足城構造 平城築城者 佐々木氏築城年代 室町時代指定史跡 −場所 加須市上種足450-1【 地図 】種垂城は近くの菖蒲城の支城であったとされています。西騎城城主小田顕家は忍城城主成田親泰の子を養子に迎え入れ、種垂城を隠居城としました。種足城祉公園この城祉碑のデザインにはどんな意味があるのでしょう…。何か意味のある形なんだろうなあという感じのデザインですが近くに説明書 [続きを読む]
  • 里見城(群馬県)
  • 里見城(さとみじょう)別名 −構造 山城築城者 新田義俊築城年代 不明指定史跡 市指定史跡場所 高崎市下里見町【 地図 】里見城は新田義重の子義俊が里見郷に居を定め築城したと伝わります。以来新田義俊は里見義俊と氏を改め、里見氏十代の子義実が房総へ移るまでの290年間拠点としていました。入口二の郭横に虎口への道があります。車では入って行けないので車を停めて歩くことになりますが、近くに駐車場は無いので [続きを読む]