むぎ さん プロフィール

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むぎさん: むぎの城さんぽ
ハンドル名むぎ さん
ブログタイトルむぎの城さんぽ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/mugiide
サイト紹介文日本百名城や史跡・城郭めぐりの旅の記録と日本城郭検定の問題でお城の勉強をしよう!という日記です。
自由文日本城郭検定準1級〈武者返級〉合格。1級合格目指しブログを通して予習復習しながら勉強中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供184回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2016/02/20 05:52

むぎ さんのブログ記事

  • 片倉城(東京都)
  • 築城者 長井氏築城年代 15世紀後半以降廃城年代 16世紀代別名 −指定史跡 都指定史跡場所 八王子市片倉町 片倉町【 地図 】片倉城は大江備中守師親が在城したことが記されており後裔の長井氏の城郭とされていますが確証はなく、城郭の構成からみて北条氏の築城とも拠点としての利用もなされたのではないかとの話もあります。入口国道16号沿いにある公園入口。駐車場午前9時から午後5時まで無料で開放されています [続きを読む]
  • 安土城(滋賀県)
  • 築城者 織田信長築城年代 1576年(天正4年)廃城年代 1585年(天正13年)別名 −指定史跡 国指定史跡場所 近江八幡市安土町下豊浦【 地図 】琵琶湖畔に築かれた城の象徴でもある「天主」が岐阜城とともに起源となった城である。信長の「天下布武」にかけた絢爛豪華な五重六階の(吹き抜け構造)天主はさぞかし見事であったであろう。しかし、安土城完成から3年足らずで何者かの放火によってその見事な姿は消え [続きを読む]
  • 麻場城(群馬県)
  • 築城者 白倉氏築城年代 1220年廃城年代 1590年(天正18年)別名 白倉城指定史跡 町指定史跡場所 甘楽郡甘楽町白倉【 地図 】豪族白倉氏の居城であり、戦国時代に築城され豊臣秀吉の小田原征伐の時前田利家に攻め落とされるまでの期間活躍していた城とされています。入口公園を利用するために後から造られた登り口。ここから坂を登って本丸目指します。駐車場駐車場完備です。数台停めることが出来ます。登城口こ [続きを読む]
  • 奥平城(群馬県)
  • 築城者 奥平氏築城年代 十二世紀末廃城年代 1563年(永禄6年)別名 指定史跡 市指定史跡場所 高崎市吉井町下奥平【 地図 】奥平氏の祖は赤松則景で甘楽郡司となり奥平村に城を築き、奥平姓を名乗るようになった。奥平氏8代目になると三河に移り13代目奥平信昌は長篠の合戦の際武功をあげ、徳川家康が関東入部にあたり現在の富岡市宮崎(宮崎城)に3万石を封ぜられたが後に美濃へ転封となった。入口奥平城跡の案内 [続きを読む]
  • 板鼻陣屋(群馬県)
  • 建造年代 1590年(天正18年)指定史跡 −場所 安中市板鼻【 地図 】徳川幕府になると里見讃岐守義高に一万石が与えられこの地に陣屋を設けました。現在陣屋跡はほとんど残されていませんが、陣屋門が称名寺の山門として残されています。板鼻宿板鼻陣屋を訪ね歩いていると、目にするのは板鼻宿の跡。板鼻公民館前に板鼻宿の案内があります。案内看板中山道の江戸から数えて十四番目の宿場町で、伝馬宿場として栄えた場所 [続きを読む]
  • 染屋城(長野県)
  • 築城者 不明築城年代 不明廃城年代別名 大熊屋敷指定史跡 −場所 上田市古里【 地図 】第二次上田合戦の際、徳川秀忠が着陣し上田城を見下していた地とされています。案内看板眞田三代ゆかりの地として紹介されている城跡ですが、眞田昌幸の重臣大熊氏が上田城の東の守りを固めるために配置された城とされています。染屋城跡要図これを見るとあまり広くなく、かなりこじんまりとした城であることがわかります。豊染英神社社 [続きを読む]
  • 吉井陣屋(群馬県)
  • 建造年代 不明指定史跡 高崎市重要文化財場所 高崎市吉井町吉井【 地図 】表門のある文化会館から吉井駅方面へ少し歩くと一帯が「旧陣屋跡」になります。吉井藩表門吉井文化会館入口に移築された表門。陣屋は高崎市の木部村と矢田にあったのですが、宝暦二年に矢田からここ吉井に移された。廃藩置県の際に解体され東深沢の民家に売却されたものの、昭和四十五年に新井氏が吉井町に寄贈してこの地に移築されました。屋根は軒反 [続きを読む]
  • 本庄城(埼玉県)
  • 築城者 本庄実忠築城年代 1556年(弘治2年)廃城年代 1612年(慶長17年)別名 −指定史跡 本庄市指定史跡場所 本庄市本庄4丁目【 地図 】本庄城祉参道城山稲荷神社本庄実忠が本庄城の守護神とするため、西本庄の椿稲荷明神を城内に奉斉したと言われる。欅の木築城時に植えられたという欅の大木は県指定天然記念物に指定されています。旧社殿鬼瓦平成11年に解体された天保時代の旧社殿の鬼瓦。ヤブツバキ椿稲 [続きを読む]
  • 藤岡城(群馬県)
  • 築城者 芦田康寛築城年代 1590年(天正18年)廃城年代 1600年(慶長5年)別名 芦田城指定史跡 −場所 藤岡市藤岡【 地図 】藤岡第一小学校の敷地内にある芦田城祉。残された土塁はきれいに整備され、遊歩道になっています。銅像学校建設のため土地を寄付した「井本たい」さんの銅像。芦田城祉のプレート城祉緑地の看板以外は案内看板なども無く、歴史を知りうるものは何もない。土塁も奇麗に整備されているため [続きを読む]
  • 鍋蓋城(長野県)
  • 築城者 大井光忠築城年代 1487年(長享元年)廃城年代別名 −指定史跡 −場所 小諸市本町【 地図 】小諸城の前身となる城で小諸城が築城される以前の城である。武田氏が制した際に城内を分断するかのように街道が造られ、新たに今の小諸城が築城されました。江戸時代には鍋蓋城は小諸藩の城代家老屋敷として使われるようねなりました。大井伊賀守居城鍋蓋城祉現在の建物は、昭和になってから宿泊施設として建てられたも [続きを読む]
  • 谷戸城(山梨県)
  • 築城者 逸見清光築城年代 1110年〜1168年(平安時代末期)廃城年代別名 −指定史跡 国指定史跡場所 北杜市大泉町谷戸【 地図 】山梨で最古の城とされる。谷戸城ふるさと歴史館時間の都合で見学してこなかったのですが、こちらを利用して登城するのが一番近いと思います。横堀麓と山を分断するかのように横堀があります。四の郭帯郭二の郭への侵入を防ぐ役割と、四の郭と五の郭を結ぶ役割を果たしている郭。二の郭土 [続きを読む]
  • 七日市陣屋(群馬県)
  • 場所 富岡市七日市【 地図 】加賀百万石前田利家の五男「前田利孝」が大阪の陣で徳川方で武功を上げ、一万石を与えられこの地に陣屋を構えた。その後、明治維新を迎えるまで前田家十二代が居館としていました。黒門江戸の加賀藩前田家の赤門(東京大学)に対して七日市の前田家は黒門。現在富岡高校の敷地内にあることから、学生もこの門を利用している。駐車場富岡高校敷地内にあるため、校門が開いている日は高校内の駐車場が [続きを読む]
  • 新府城(山梨県)
  • 築城者 武田勝頼築城年代 1581年(天正9年)廃城年代 1582年(天正10年)3月3日別名 新府中韮崎城指定史跡 国指定史跡場所 韮崎市中田町中條 山梨県韮崎市中田町中條 【 地図 】織田信長、徳川家康連合軍に備えた完成をみることのなかった武田勝頼の築いた武田氏最後の城と言われる。駐車場東出構向かいにある駐車場ここに車を停めて県道(七里岩ライン)は車の通りが激しいので県道を歩かずに、首洗い池の方を [続きを読む]
  • 若神子城(山梨県)
  • 築城者 新羅三郎義光築城年代 不明廃城年代別名 若神子古城指定史跡 市指定史跡場所 北杜市須玉町若神子【 地図 】ふるさと公園この図を見ながら公園を散策してみることにします。管理棟こちらにパンフレットが置いてあるのですが、残念ながらお城に関してのパンフレットはありませんでした。でも、観光も目的とされるようであればありがたいものです。薬研堀北条軍が築構したという薬研堀。ここも大分手がはいっており、遺 [続きを読む]
  • 能見城(山梨県)
  • 築城者 武田勝頼築城年代 1581年(天正9年)廃城年代別名指定史跡場所 韮崎市穴山町【 地図 】新府城の北側の防御の為に築かれた城らしい。遺構らしい遺構はあまり確認できない。新府城へ向かう途中、目に飛び込んで来た「能見城跡」。こんなに大きく掲げられていては見て見ぬままに帰るわけには行かず、立ち寄ってみました。道はありますが結構荒れた砂利道です。乗用車はパンク注意です。本郭道の終点が山頂で駐車場は [続きを読む]
  • 権現山城(神奈川県)
  • 築城者 上田蔵人築城年代 室町時代末期廃城年代別名 −指定史跡 −場所 横浜市神奈川区幸ケ谷【 地図 】杉氏家臣上田蔵人が北条早雲に味方して謀反を起こし、権現山に砦を築き、合戦が行なわれた古戦場跡です。公園入口線路脇道路からの登り口歩き始めた小さな子供でも登れそうな段差の小さい階段を登ると幸ヶ谷公園に出ます。あまり広くないが、小高い眺めの良い公園。砦跡上田氏がこの山頂に砦を築いた。幸ヶ谷公園コミュ [続きを読む]
  • 雉岡城(埼玉県)
  • 築城者 山内上杉氏築城年代 15世紀中期廃城年代 1601年(天正18年)別名 八幡山城指定史跡 県指定史跡場所 本庄市児玉町八幡山【 地図 】山内上杉氏の居城として築かれたが、地形が狭いという理由で上州平井城に移り、家臣に守備をさせいた。北条氏に攻略され北条の属城となるが豊臣秀吉による小田原攻めの際前田利家によって落城させられた。その後徳川氏が関東入りすると松平家清が領主となるが三河の吉田城に転 [続きを読む]
  • 後閑城(群馬県)
  • 築城者 依田忠政築城年代 15世紀中頃別名指定史跡 市指定史跡(本丸のみ)場所 安中市中後閑【 地図 】所有者のない未開拓地であったこの地に信州の佐久から移って来た依田忠政が築城し、以後3代に渡り城主であったが1538年に安中市の「鷹巣城」へ移ったとされる。その後北条政時が入るものの富岡市の「丹生城」城主である新田景純に落城させられる。新田景純の子である信純が後閑氏を名乗るようになった。後閑城祉公 [続きを読む]
  • 神成城(群馬県)
  • 築城者  小幡氏 神成氏築城年代別名指定史跡場所 富岡市下丹生【 地図 】宮崎城の詰城として築かれた城で眺めが良く、物見台や狼煙台が設けられています。日本一きれいなハイキングコースと称する道で構成されている。確かに道の落ち葉は箒で掃かれた跡もあり、巡回されている方にも行き会いました。とても管理されたハイキングコースですが、城の遺構に関してはそこまで力は入っていないが藪を歩かないのですがすがしい。神 [続きを読む]
  • 下仁田町本宿(群馬県)
  • 設置 文禄年間廃止場所 甘楽郡下仁田本宿【 地図 】中山道の本庄宿から藤岡宿に入り下仁田宿を経て軽井沢の追分宿までの間の街道を「姫街道」と呼びます。女の人も容易に通れることから姫街道と名付けられました。姫街道に従って国道254号線から逸れて軽井沢方面へ向かう道に進みます。案内看板本宿への入口には本宿や藤井関所(西牧関所)周辺の案内看板が掲げられています。旧道を進むと道はとても狭く、周囲の土手は何段 [続きを読む]
  • 鷹ノ巣城(群馬県)
  • 築城者 小幡通家築城年代 不明廃城年代 天正18年 別名指定史跡場所 甘楽郡下仁田町吉崎【 地図 】上州には「鷹ノ巣城」というのは二か所存在し、ここ下仁田町と安中市板鼻にもあります。安中の鷹ノ巣城は「板鼻城」と呼ばれこちらの方が城の規模が大きい。鷹ノ巣城大崩山物見大崩山の断崖上に物見があったとされる。近くまで行くと岩盤で出来た絶壁が人を寄せ付けない迫力があり、とても登れる気がしない。御郭廃園となっ [続きを読む]
  • 小泉城(群馬県)
  • 築城者 富岡直光築城年代 1489年(延徳元年)指定史跡 場所 邑楽郡大泉町城之内【 地図 】富岡氏の居城として6代に渡り栄えた城。北条氏の傘下に入り現在の城の形が成形された。大手橋ここにパンフレットが入っているらしいが、この日は空っぽでした。残念・・。駐車場公園周囲にはいくつか駐車場があります。この駐車場の隣にはトイレも完備されています。水堀鴨が沢山泳ぐ水堀が張り巡らされています。本丸本丸を囲う [続きを読む]
  • 蟻塚城(長野県)
  • 築城者 笠原氏築城年代 14世紀(室町時代)指定史跡 市指定史跡場所 伊那市美篶笠原【 地図 】蟻塚城は本丸から袖郭まで7段で構成され雛段式に築かれています。また、この城は中の城と呼ばれ前身に天神城、後ろに守屋山城(砦)の間に構築されています。高遠城の西の守りを担っていたのではなかろうか。伊那市美篶笠原バス停にある看板で位置関係を確認。看板で見た辺りに行くと案内看板があります。それに従い御射山神社 [続きを読む]
  • 菅谷城(埼玉県)
  • 築城者 畠山重忠築城年代 不明史跡指定 国指定史跡 場所 比企郡嵐山町【 地図 】都幾川と槻川の合流地に位置し、断崖上に堀と土塁を築き兵馬を置ける広い郭を備えた雄大で技巧性の高い城館である。駐車場搦め手から入った「史跡の博物館」前の駐車場。パンフレットは史跡の博物館でもらえます。三の郭郭は広く、搦め手から入ってすぐの位置にあり武士や騎馬の集合場所として使われていたのではないかと考えられれている。蔀 [続きを読む]