のろま小夜 さん プロフィール

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のろま小夜さん: 5児の母のろま小夜の『ブログで古事記』
ハンドル名のろま小夜 さん
ブログタイトル5児の母のろま小夜の『ブログで古事記』
ブログURLhttp://s.ameblo.jp/komochisyufu-kojiki/
サイト紹介文日本ってスゴイ国なんじゃない?と気付いてしまったあなたに。本当の日本を知るならまず古事記から。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2016/02/25 22:30

のろま小夜 さんのブログ記事

  • 天手力男命の力を借りたい
  • わが家は現在、インフルのスパイラル先々週から夫→長女→三男坊→と次々に感染し、本日次男もインフルエンザA型と診断されました。なんてこったいインフルが止まらない。そんなわけで久々のブログ更新ですどんなわけだ先月、以前お参りしたことのある佐那神社 にほど近いショッピングセンターに行ったところ、こんな売り場を発見↓すごい古事記を読んだことのある人ならビビビとくる売り場です。ビビビと来ない人は 佐那神社の記 [続きを読む]
  • ”ただある、あり続けることのすごさ”
  • 昨日の記事に書いたHappyさんもそうなのですが、最近わたしの好きなブロガーさんがあの人もこの人もと言う感じで神宮参拝の記事をアップしていらっしゃいます。この方も↓皆さん天照大御神に呼ばれてる風で記事の内容も神秘的なものが多いです。何か時代の節目と言うか流れが来てるんですかね。などと言いつつ、実はわたくしもこないだ内宮さんに行って来ました。天照大御神に呼ばれたわけでも何でもなく、夫と息子がポケモンを探 [続きを読む]
  • ”大切にしたいのは「感覚」”
  • いつもチェックしているHappyさんのブログになんと、古事記が長崎県の月讀神社に行かれたそうです。コチラの記事 とコチラの記事 もスゴい!素敵です。日本各地のホテルや旅館に置かれている古事記は、竹田恒泰さんが聖書と同じく日本の神話も旅行者に読んでもらえるようにと日本全国のホテルや旅館に配布されているものです。ちなみにわたしが持っているのは解説付きの方↓現代語古事記: 決定版/学研パブリッシング¥1,836Amazo [続きを読む]
  • 欽明天皇〜推古天皇
  • 古事記 下つ巻。これで最後の最後ですいきます。宣化天皇せんかてんのうの弟の天国押波流岐広庭天皇あめくにおしはるきひろにわのみことは師木島しきしまの大宮(奈良県桜井市外山とび)において天下をお治めになりました。第二十九代欽明天皇きんめいてんのうです。この天皇すめらみことの御子たちは併せて二十五柱はたちあまりいつはしらの王。その中で、檜坰天皇ひのくまのすめらみこと(宣化天皇)の御子の石比売命いわひめのみこ [続きを読む]
  • 武烈天皇〜宣化天皇
  • 古事記 下つ巻ラストスパートいきます!小長谷若雀命おはつせのわかさざきのみことは長谷はつせの列木宮なみきのみや(奈良県桜井市出雲か)において天下をお治めになること八年やとせでした。第二十五代武烈天皇ぶれつてんのうです。この天皇すめらみことには太子ひつぎみこがいらっしゃらなかったので、御子代みこしろとして小長谷部おはつせべをお定めになりました。御子代とは、皇族に子がない時に、その名を伝えるために設けた [続きを読む]
  • 天から降りてきた神様
  • 古事記に出てくる神様を簡単にまとめます今回は天孫降臨邇邇芸命ににぎのみことです。天孫降臨とは天=天照大御神で、その孫が高天原たかあまはら(天上世界)から降りて来たから天 孫 降 臨なわけです。降りて来たのがもしも天照大御神の子だったらば【天子降臨】になってた、ということですね。葦原中国あしはらのなかつくに(地上世界)を知らす(治める)ために降りて来た邇邇芸命ですが、天照大御神の孫が天から降りて来て地上世界 [続きを読む]
  • 月讀宮に行って来ました
  • 禊祓みそぎはらいの物語の中で伊耶那岐神いざなきのかみから天照大御神あまてらすおおみかみと須佐之男命すさのおのみことと共に生まれた月読命つくよみのみことをお祀りしている月讀宮つきよみぐうに行って来ました。こないだこんな記事を目にしたので↓とりあえず先に参拝することにして忘れず撮影のため一言お断りを入れさせていただきました。今までは行く先々で失礼ぶっこいてた手水舎。月讀宮。御祭神は月読命です。月讀宮の [続きを読む]
  • お知らせ
  • いつもこのブログで古事記を読んで下さっている神様=読者様、その中でも特に初めて古事記を読んでますというあなたにお知らせです。古事記 下つ巻、仁賢天皇にんけんてんのうまでを書き終えましてここまでずっと続けて読んで来られたあなたは古事記をほぼ読み終わってますよ次の第二十五代武烈天皇ぶれつてんのうからは、天皇の御事績や物語的な記述は無くなり、系譜の記述のみとなっています。最後に書かれているのは第三十三代 [続きを読む]
  • 掘られた墓
  • 顕宗天皇けんぞうてんのうは、父王ちちみこを殺した大長谷天皇おおはつせのすめらみこと(雄略天皇ゆうりゃくてんのう)を深くお恨みになり、その霊みたまに報復したいと思し召されました。そこで、大長谷天皇の御陵みはかを壊そうと、人を御差遣おさしつかいになったところ、兄の意祁命おけのみことが「この御陵を破壊するのに他人を遣わすべきではありません。もっぱら私自らが行き、天皇すめらみことの御心のままに破壊して参りま [続きを読む]
  • 父の墓
  • 顕宗天皇けんぞうてんのうは近飛鳥宮ちかつあすかのみやで天下をお治めになりましたが近飛鳥宮の所在については定説が無く大阪府羽曳野市飛鳥や奈良県明日香村八釣やつりなどが候補に挙げられています。天皇すめらみことは石木王いわきみこの娘の難波王なにわみこを娶りました。けれども、子はありませんでした。顕宗天皇が、父王ちちみこの市辺王いちのへのみこ(市辺之忍歯王いちのへのおしはのみこ)の御骨みかばねをお探しになっ [続きを読む]
  • 恋敵
  • 袁祁命おけのみことが天下をお治めになる前の出来事です。平群へぐりの祖先である志毘臣しびのおみが歌垣うたがき(男女が集まって相互に掛合歌を歌うことによって求愛したり恋愛遊戯をする習俗)の場に立ったとき、なんと袁祁命が求婚しようとしていた美人おとめの手を取りました。その嬢子おとめは菟田首うだのおびとらの娘で、名は大魚おうおといいました。そこで袁祁命もまた歌垣の場に立ちました。そして志毘臣が次の歌を詠みま [続きを読む]
  • わらべたちの正体
  • 雄略天皇ゆうりゃくてんのうの御子の白髪大倭根子命しらかのおおやまとねこのみこと(白髪命しらかのみこと)は、伊波礼いわれ(奈良県桜井市西部から橿原かしはら市南東部にかけての地域)の甕栗宮みかくりのみや(所在未詳)において天下をお治めになりました。第二十二代清寧天皇せいねいてんのうです。この天皇すめらみことには皇后きさきが無く、また御子も無かったため、御名代みなしろとして白髪部しらかべ(白髪命の名にちなんだ [続きを読む]
  • ワカタケル大王
  • 古事記の下つ巻、雄略天皇ゆうりゃくてんのうまでが終わりました。さて余談です稲荷山古墳(埼玉県)から天皇の名前が書かれた鉄剣が出土しています。↑育鵬社から出版されている中学の歴史の教科書『新しい日本の歴史』にはこのように写真が載っています。「天下を治めるワカタケル大王」などと刻まれており、これはわが国最初の文字の記録です。江田船山古墳(熊本県)からも同じ文字が刻まれた鉄剣が発見されています。刻まれた年代 [続きを読む]
  • 伊勢国の三重の采女
  • 雄略天皇ゆうりゃくてんのうが丸邇わにの佐都紀臣さつきおみの娘である袁杼比売おどひめと結婚しようと春日(奈良県春日野町かすがのちょう)に御出ましになった時のことです。媛女おとめと道で出逢いましたが天皇すめらみことの行列を目にして岡の辺りに逃げ、隠れてしまったので天皇は次の御製をお詠みになりました。媛女の い隠かくる岡をかを金鉏かなすきも五百箇いほちもがも鋤すき撥ばぬるもの訳)乙女が隠れている岡を金属製の [続きを読む]
  • 天皇と同じ姿で現れた神様
  • 雄略天皇ゆうりゃくてんのうが吉野宮よしののみや(奈良県吉野町宮滝付近にあった離宮)に御出ましになった時のことです。吉野川の岸に見かけた童女おとめが大そう美しかったので、この童女と結婚あそばされて宮にお帰りになりました。その後、さらにまた吉野に御出ましになった時にも童女と出逢った所に留まり、そこに大御呉床おおみあぐら(足を組んで座るための台)を置いてそこに座って琴を弾き、童女には舞をさせました。すると、 [続きを読む]
  • 忘れられた結婚
  • ある時のことです。雄略天皇ゆうりゃくてんのうが遊びにお出掛けになり美和河みわがわ(初瀬川はつせがわの下流で三輪山付近 三輪川)にお着きになりました。するとその川辺で衣きぬを洗っている幼い童女わらべがいました。とても美しい童女だったので天皇すめらみことは「お前は誰の子か」とお尋ねになりました。すると童女は「私の名は引田部ひけたべ(奈良県桜井市白河しらが付近?)の赤猪子あかいこと言います。」と申し上げまし [続きを読む]
  • 念願の!
  • スマホを変えて操作に慣れず悪戦苦闘中ののろま小夜ですこんばんは。いつか食べに行きたいと思ってた竹田恒泰さんオススメのエビオムライス食べてきました〜スープスパならぬスープオムライス?!な感じで、 想像とは違う美味しさでした。今年度の皇學館大学の講義は受講していないわたしですが、昨年度から引き続き受講中のお友達とLINEで盛り上がり「行こう行こう」と、3人で。食事の後も話に花が咲きまくりで長居しちゃいました [続きを読む]
  • 荒ぶる王子の即位と結婚
  • 大長谷若建命おおはつせのわかたけるのみこと(大長谷王子おおはつせのみこ)は即位あそばされ、長谷はつせの朝倉宮あさくらのみや(奈良県桜井市脇本の脇本遺跡とする説が有力)において天下をお治めになりました。第二十一代雄略天皇ゆうりゃくてんのうです。天皇すめらみことは大日下王おおくさかのみこの妹若日下部王わかくさかべのみこ(初登場はコチラ)を娶めとりましたが、子はありませんでした。また、都夫良意富美つぶらおおみ [続きを読む]
  • 荒ぶる王子と逃げる王子たち
  • 安康天皇あんこうてんのうが目弱王まよわのみこに暗殺され、天皇すめらみことの弟である大長谷王子おおはつせのみこによって王みこは討伐されました。このことがあった後、淡海おうみの佐佐紀山君ささきのやまのきみ(近江国蒲生郡・近江八幡市周辺の豪族)の祖先である、韓袋からぶくろという人物がやって来て「淡海の久多綿くたわたの蚊屋野かやの(所在未詳)に多くの猪や鹿がいます。その足は荻原すすきはらのようでまた突き出た角 [続きを読む]
  • 復讐の王子
  • 安康天皇あんこうてんのうが目弱王まよわのみこに殺害されたと聞き、天皇すめらみことの一番下の弟で当時はまだ少年であった大長谷王子おおはつせのみこは怒りを顕あらわにしました。※大長谷王子からみた兄弟とは 長兄 木梨之軽太子(自害) 次兄 黒日子王 三兄 安康天皇(暗殺) 姉     軽大郎女(自害) 四兄 白日子王で、自身の大長谷王子は末っ子です。王子は次兄の黒日子王くろ [続きを読む]
  • 殺められた天皇
  • 木梨之軽太子きなしのかるひつぎのみこが失脚したことにより、允恭天皇いんぎょうてんのうの御子であり軽太子の弟に当たる穴穂御子あなほのみこが石上いそのかみの穴穂宮あなほのみや(奈良県天理市田町)で天下をお治めになりました。第二十代安康天皇あんこうてんのうです。天皇すめらみことは弟の大長谷王子おおはつせのみこを大日下王おおくさかのみこの妹の若日下王わかくさかのみこ(若日下部命わかくさかべのみこと)と結婚させ [続きを読む]
  • 心優しく恋多き神様
  • 古事記に出てくる神様を簡単にまとめます今回は心優しく恋多き神大国主神おおくにぬしのかみです。伊耶那岐神と伊耶那美神の国作りは伊耶那美神いざなみのかみの死によって中断されてしまいました。それを引き継いだのが大国主神です。心優しい穏やかな印象の神様で前回にまとめた建速須佐之男命とは対照的。体格も大男の須佐之男命すさのおのみこととは反対に大国主神は小柄なようです。大国主神心優しく素直で生真面目な性格の男 [続きを読む]
  • 道ならぬ恋〜その末路
  • 捕えられた木梨之軽太子きなしのかるのみこは次のお歌を詠みました。天飛あまだむ軽かるの嬢子をとめいた泣かば 人知りぬべし波佐はさの山の 鳩の下泣きに泣く訳)天飛む軽の乙女(軽大郎女)よ。ひどく泣いたら人が知ってしまう。波佐の山の鳩のように声を忍ばせて泣いている。また続けて次のお歌を詠みました。天飛む 軽嬢子したたにも 寄り寝てとほれ軽嬢子ども訳)天飛む軽の乙女よ。しっかりと私に寄り添って寝て行きなさい。軽の [続きを読む]