けい さん プロフィール

  •  
けいさん: 何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証
ハンドル名けい さん
ブログタイトル何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/mothra04281030/
サイト紹介文私は2015年末、20数年共に暮らした伴侶である祥一郎と突然死別しました。これは彼の生きた証です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供359回 / 365日(平均6.9回/週) - 参加 2016/03/02 09:33

けい さんのブログ記事

  • 祥一郎の夢と私の目標
  • 祥一郎御の夢は何だったのだろう。あいつはいったいどんな夢を描いて生きていたんだろう。その一端は、何度か行ったミディアムセッションで垣間見ることができた。あいつは「お母さんと一緒」のような子供番組のイメージを送って来て、おそらく体操のお兄さんのようなことをしたかったのではないか。身体を動かすことは好きだったから、それを生業にしたかったのかもしれない。祥一郎とふたりで暮らした年月の中で、あいつの夢の話 [続きを読む]
  • 悲しい習慣
  • 回数は減ったけど、未だに鍵を閉めた自分の部屋のドアを、外出から帰って来て鍵を開けずに開こうとする。身体が覚えているのだろうか。いつどこから帰って来ても、当たり前のように部屋の鍵は開いていたあの頃のことを。ドアを開けたらいつもそこに愛しい祥一郎が、パソコンで何やらしている姿があったあの頃の事を。それだけじゃない。もう何百回も一人で風呂に入ってきたはずなのに、翌日バスルームを見てみると、お湯を抜かずに [続きを読む]
  • 自由の正体
  • 私は自由になった。一人きりになって何をしてもよくなった。その自由の正体は何だろう。仕事帰りに何処か一杯ひっかけに行ってもいい。そしてしこたま酔って、深夜遅くに部屋へ辿りついて玄関で寝ても誰も文句は言わない。いつどんな時間に食事したっていい。自炊なんかせずに、そこらの食べ物屋で好きな物を好きなだけ食べればいい。買い物も好きな時に、好きな物を買ってくればよくなった。一人分だから大きな買い物袋も必要ない [続きを読む]
  • 海老フライとおにぎりとメロンパン
  • 祥一郎・・・・・・。きょうね、海老フライを作ろうと思ったんだ。なんか無性に食べたくなってね。でもいざ作ろうと思ってキッチンに立ったら、やっぱりできなかった。お前が逝ってしまってから初めて作ろうと思った海老フライ。でも、おっちゃんひとりで食べるのはどうしても耐えられそうに無かった。あの頃、お前が翌日のおかずにも困らないようにいつも大量に揚げた海老フライ。お前は一生懸命ソースを作ってくれたっけ。お互い [続きを読む]
  • 早く旅立つ人、遺される人
  • スピリチュアルな価値観においては、若くして旅立って行く人はこの世での課題を早くに済ませてしまうのでそうなるという説がある。要は霊的なレベルが高いので、修行の場である霊格を上げるための現世での行いが初めから少ないのだという。まあそう言われてみれば、私の周囲でも(なんであんなに良い人が・・・・・)という人が早死にしてるケースも有るかもしれない。私には同い年の従姉妹が居た。兄弟姉妹の次女だったのだが、持 [続きを読む]
  • 我がお水な人生
  • 仕事から帰宅して部屋で寝酒だとばかりに一杯二杯と酒を飲む。それがそれで済まなくなり、徐に外出して近所のバーのドアを開ける。結局はそこでも少しばかりのはずが強かに酔うまで飲み、歌をがなりたて、意識を朦朧とさせてからやっとふらふらと帰途につく。元々人間嫌いで対人恐怖症気味、臆病で無愛想な私が、酒を飲むことを覚えてそれを誤魔化すようになった。そしてそれが自分の生業になり、十代の終りから三十代半ばまでを過 [続きを読む]
  • ふたりのイラスト
  • 私と祥一郎が並んで写っているたった一枚の写真・・・・・それはまだ見つかっていない。もう殆ど諦めかけているのだが、それでもいつか祥一郎が「ここだよ。」と示してくれるような気がして、僅かな期待は残っている。その代わりでは無いのだが、このブログを通して知り合った同じゲイの死別経験者の方からとあるイラストレーターを紹介してもらい、祥一郎と私のイラストを依頼した。本当は親子のイラストの注文を受けていらっしゃ [続きを読む]
  • ソース顔の祥一郎の笑顔
  • 祥一郎の顔はお世辞にもアッサリした顔ではない。眉毛は濃く、目はぱっちりで鼻は大きく高く、色黒。まあ典型的なソース顔だ。初めて逢った日、そう、私が新宿二丁目で飲んで朝帰りしたあの日、地下道の向こうから歩いてくる祥一郎は、派手なシャツを着ていたが、顔立ちも明らかにはっきりとよく見えた。あの顔立ちでなかったら、私はあいつに声をかけていなかったかもしれない。私は別に濃い顔立ちの男性が特別に好きというわけで [続きを読む]
  • 泣いて帰ってきた祥一郎
  • その頃私は大阪で外食産業に勤めていて、勤務時間は10時間前後もあり、休みは週一日だけ。勿論残業代も出ない完全に労働基準法違反の会社だったが、当時はどこかに訴え出るといった知恵も回らず、毎日くたくたになって部屋に帰り、すぐ寝てしまう毎日を送っていた。ある日の事、私が寝入っていると祥一郎が泣きながら帰って来た。祥一郎はその頃、私が以前店長をやっていたゲイスナックの繋がりで、とある知り合いがやっている同 [続きを読む]
  • 自我の声、魂の声
  • 朝起きて歯を磨きシャワーを浴び、祥一郎の仏壇に線香を供えてから、おざなりの朝食のパンを齧って職場に向かう。職場では、(ここは私の居る場所ではない・・・・・・。)と思いながらも、目の前の業務に追い立てられて、黙々と仕事をこなしていく。業務時間が過ぎても、自分の仕事が山ほど残っているので、サービス残業してから帰る。帰宅したらどさっといつものパソコンデスクの椅子に坐り込み、暫しぼーっとする。しかしいつま [続きを読む]
  • 天然ボケ祥一郎
  • 祥一郎「ねえ、ねえ、おっちゃんは韓国人なの?朝鮮人なの?」私「・・・・・・昔は朝鮮籍だったけど、今は韓国籍。」祥一郎「ということは、昔は北朝鮮人だったけど、今は韓国人なの?」私「いや、そういうわけじゃなくて、昔は朝鮮はひとつで、その後日本の植民地になって・・・・。」祥一郎「でも、おっちゃんのお祖父さんは戦争が起きる前に韓国から日本に来たんやろ?」私「いやだから、戦争前には韓国という国は無くて・・・ [続きを読む]
  • 定められた命の長さ
  • あの時、まるで誰かが書いたストーリーのように物事が進み、そして最後の結末は祥一郎の死というエピローグだった。このブログを始めた当初に書いたことだが、私は介護福祉士の勉強の為、一昨年末に長期の休暇を取り、図書館で勉強をするつもりだった。しかし12月初めから徐々に体調を崩して行った祥一郎は、私のその長期休暇に合わせたように急激に状態を悪くしていった。見る見る内に食事が取れなくなり、腹部の張りがみられるよ [続きを読む]
  • 人々の想いに、私の想いは押しつぶされる
  • きょう、所用があって上野まで行った。その帰り、上野公園を何気なく歩いていた。(そういえば一度だけ、祥一郎と上野動物園に行ったなあ。よせばいいのに真夏に行って、臭いわ暑いわでふたりとも気分が悪くなって、すぐ家に帰ってクーラーつけて二人ともへたばったけど。)(祥一郎と出逢って初めてのバースデイプレゼントはアメ横で買ったなあ。そんなに高くない確か香水だったけど、あいつ、喜んでたな。)そんなことを思い出し [続きを読む]
  • 作り損ねた人の輪
  • 本当に今更思っても仕方ないこと・・・・・・・しかし思わずには、後悔せずにはいられないこと・・・・・「もっと、祥一郎と触れ合う時間を作れば良かった。」死別経験した人の殆どが思うであろう、この後悔。月日が流れるに連れ、その想いが強くなる。出逢って一緒に住み出した部屋があまりにも粗末で狭いので、私はたまには一人の時間が欲しいと思い、祥一郎を部屋において出掛けることがあった。飲んだくれて朝帰りする事も有っ [続きを読む]
  • 魂の課題は達成したのか
  • あの両親から生まれたこと、祖父母や兄弟や親類縁者、血の繋がり、遺伝子の繋がり・・・・そのようなものに左右されない愛、多くの人間が当然のように考えるそういうものから自由になり、全くの赤の他人にも愛を感じることができるようになること。それが私の今生の魂の課題だという。これは二度目のミディアムセッションで、私のガイドスピリットが伝えてきたことだ。スピリチュアルの概念など全く知らなかった遥か遠い昔から、私 [続きを読む]
  • いつもの帰り道
  • 職場と私の住んでいる部屋を結ぶ道は典型的な閑静な住宅街で、豪邸こそあまり無いが、小さな家々が立ち並んでいる。この道を行き来し出してもうかれこれ4年が過ぎた。来る日も来る日もその同じいつもの帰り道を通る。祥一郎が生きていた頃、私は別に帰宅を急ぐことも無く、自分なりのペースで自転車を走らせていた。季節によっては途中、どこかの家の垣根にブラックベリーの実がなっていたり、ブドウ棚にブドウの実がなっていたり [続きを読む]
  • 墓参り、そして夕焼け雲
  • 先日の墓参りの日、川沿いの小道を歩いているとどうやら祭があったらしく、沢山の人出で溢れかえっていた。陽光の下、家族連れやカップル・・・皆誰かと一緒で皆誰かと寄り添いながら楽しんでいる中を、私は一人で墓地に向かっていた。人々の楽しそうな明るく輝いたような表情をまともに見られるわけも無く、私はなんとか俯いて歩かないようにするのが精一杯だった。改めて、祥一郎と私に起こった出来事とは無縁に、この世は淡々と [続きを読む]
  • 墓参り日和
  • 「おみおくりの作法」という映画を観た。ロンドンのとある地区の民生委員の男が、孤独死した人の肉親を探し出し、埋葬に参列してもらうよう奮闘する話だ。経費削減でその男は解雇されてしまうのだが、最後に良い仕事をしようとして駆けずり回り、結果埋葬に沢山の人が参列する。しかしその結果を見る前に、その男は事故で誰にも看取られること無く死んでゆく。その男が埋葬された後誰も居なくなった墓に、男が手掛けた故人達の霊が [続きを読む]
  • 「在日コリアンの私  日本人の祥一郎」
  • 「在日コリアンの私  日本人の祥一郎」私が在日コリアンであることは、特別祥一郎にカミングアウトした覚えも無く、肩肘張らして「実は・・・・」なんて告白したことも無い。長年連れ添っていたら、そんなことは隠しようはなく、二人の間ではいつの間にか周知のことになっていた。私も別に隠すつもりも毛頭無く、生活の中でコリアンらしい面を普通に出していた。キムチは欠かさないとか、何か感嘆したときに「アイゴー」とつい口 [続きを読む]
  • 祥一郎の何物にも代え難い笑顔
  • 最近とあるコメントで、「祥一郎さんがどんな人だったのか、もっと書いてください。」というリクエストがあった。そうだなあ、最近は自分の悲しみや孤独を吐露するような日記ばかりで、それを忘れていたような気もする。元々このブログは祥一郎の生きた証を遺したい、その一念で始めた日記なのだから、あいつがどんな人間だったのか、どんな生き方をしたのか、もっと書くべきなのかもしれない。祥一郎と出逢って最初に感じた印象は [続きを読む]
  • 昼下がりの街を孤独にあても無く彷徨う。
  • フラフラと、よろけた足取りで、どこへ行って時間を潰そうか考えても考えても、適当な案が浮かばない。街は人で溢れかえっている。私から見たら幸せそうな人々が群れている・・・・・・・結局あの部屋へ、祥一郎と暮らしたあの部屋へ戻るしかないと思い知り、のろのろと踵を返す。帰り路、お菓子屋の前を通る。ふらっと立ち寄り、祥一郎の好きだったものは何だっただろうと思いだしながら物色する。醤油味の煎餅がある、あっカント [続きを読む]
  • 祥一郎が私にしてほしいこと
  • 祥一郎・・・・・・・・お前はそちらの世界から、おっちゃんに何を望んでいるんだい?お前が生きていたらしようとしていたことを、おっちゃんにしてほしいのかい?お前が生きていたら、何をしていただろう。そうだなあ・・・換気扇の掃除、お前はいつもやってくれていたね。でも・・・・お前が逝ってしまってから一度もやってないよ。これじゃ駄目だね。時々はやろうと思うんだけど、椅子に登って一生懸命換気扇を磨いていたお前の [続きを読む]
  • この途を歩く理由
  • 気がつけばひとりだった。隣りを歩く人、先を歩く人、後から歩いてくる人は最初の頃居たような気もするが、気がつくと私はひとりで歩いていた。別にそれが寂しいとか悲しいとか感じる事も無く、それが当たり前のように続いていくものだと思っていた。しかしいつの頃からか、少し離れて歩く友人ができた。同じ道をほぼ同じ歩調であるく友人が出来た。ひとりで歩くことが当然のように考えていた自分が、その時少しばかりこの旅の楽し [続きを読む]
  • 悲しみが染み付いた顔と写真
  • 昨日、免許の更新に行って来た。以前中華料理の宅配の仕事をしていた関係で、一生取ることも無いと思っていた原付の免許を取ったのだが、もうその仕事を辞してから何年も経ち、バイクに乗ることも無かったので、当然無事故無違反のゴールド免許だ。その際に都庁の免許更新センターで写真を撮ったのだが、精一杯いい顔をしたつもりが、少々写真写りがショックだった。なんとまあ・・・・・悲しみが色濃く染み付いた顔になっているこ [続きを読む]
  • ハリボテの街
  • 自分の住んでいる見馴れた街を歩く。目をつぶっても歩けるぐらい、何度も歩いた道を歩く。あの小道、あの公園、そこの店の角、あの裏通り・・・・・・・どれも祥一郎がよく歩いた場所。私が仕事帰りや出先からの帰りに、祥一郎が向こうから歩いてくる。そして無言で笑い合いながらお互いの用事を済ませ、また同じ途を部屋まで帰る。「何処行くのん?」「ちょっと百円ショップまで。」「何してるん?」「煙草買いに行っとってん。」 [続きを読む]