けい さん プロフィール

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けいさん: 何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証
ハンドル名けい さん
ブログタイトル何故死んでしまったの…祥一郎の生きた証
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/mothra04281030/
サイト紹介文私は2015年末、20数年共に暮らした伴侶である祥一郎と突然死別しました。これは彼の生きた証です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供382回 / 365日(平均7.3回/週) - 参加 2016/03/02 09:33

けい さんのブログ記事

  • ある男の誕生日
  • 前日に少し酒が過ぎて遅く起きた朝。カーテンを開けると、初夏に間近い日差しが部屋に入り込んでくる。こんな日は、祥一郎ならいそいそと換気しただろうと私も部屋の窓という窓を開け放す。爽やかな風が、私の重く澱んだ心を癒してくれるよう期待しながら。去年の同じ日はどんな日だっただろうと古い日記を読み返してみると、祥一郎を喪ってまだ四ヶ月の慟哭が綴ってある。しとしとと冷たい雨が降っていた去年の同じ日。勝手に自分 [続きを読む]
  • ジャスミンの薫る頃  祥一郎が教えてくれたもの
  • まったくの赤の他人同士が出逢って、何十年も共に暮らすこと。当然ながら、最初はお互いの価値観や主義趣向、趣味や嗜好がぶつかり合う事も有る。それが年月が経つうちに、相手のそれを受け入れ、譲歩し、認め合う。そうやって絆は深まるんだ。勿論私と祥一郎もそうだった。当初は箸の上げ下ろしまで気になったものだが、一緒に暮らすうち、我慢できない事も我慢出来るようになり、なんとなくお互いの一線がわかってくる。一線を越 [続きを読む]
  • 違和感を打破するために
  • このところ強く感じることが有る。それは今のこの生活は、普通では無い、本当の自分の生活では無いという感覚。何故私はひとりで居るんだろう。何故この椅子に祥一郎は座っていないんだろう。仕事から疲れて帰って来たとき、何故祥一郎がパソコンで遊んでいないんだろう。朝目覚めたら、何故横に祥一郎が寝ていないんだろう。オフの日に散歩から帰ってきたら、何故祥一郎が腹をすかして夕食を待っていないんだろう。もうその他、数 [続きを読む]
  • 永遠に一緒
  • 祥一郎・・・・・・映画「美女と野獣」は楽しんでくれたかい?ミュージカルの方は東京では公演していないので映画になっちゃったけど、なかなか良い映画だったね。舞台では大仕掛けなイリュージョンを楽しめるけど、映画ならではのCGも楽しめたよね。主題歌が流れるとやっぱりおっちゃん、涙が出てしまったよ。お前と肩寄せ合って観たあの日あの時、その後の幸せだった20数年間を想うと、やっぱり涙が溢れてしようがなかったよ [続きを読む]
  • 古い電話帳
  • ある日ふと思い立って引き出しの中を整理していた。すると古い古い電話帳が出てきた。私が水商売をしていた頃使っていたものだから、もう30年くらい前のものだ。皮製のそれなりに高級なものだが、もうところどころ皮が剥がれ、ささくれだっていた。この電話帳で私は一生懸命顧客管理をし、お客の住所や誕生日などを記入して折々の便りやバースデイカード、お中元やお歳暮などを送るのに使用していた。セピア色に色褪せたページを [続きを読む]
  • 「ゲイとしての苦悩、葛藤  そして幸せ」(再掲)
  • ゲイであること、それは真正のゲイである以上、逃れられない。ゲイであることは、別に特別楽しいわけでは無く、色々な苦悩や葛藤があり、肉親や親戚、、友人との関係、要するに人間関係に悩み、そして職場での立ち位置や、結婚やパートナー選び、老後の人生設計等々、非ゲイの人たちとはまた違った課題が山ほどある。しかし繰り返すようだが、セクシャリティというものはおいそれと変われるものでは無く、基本的には一生付き合わな [続きを読む]
  • 今年もまたあの鯉のぼりが泳いでいる
  • 桜が散り、今年もうちの近くの小さな公園に大きな鯉のぼりが泳ぐ季節になった。そう、祥一郎がよく日向ぼっこをしていた公園だ。きょう、公園を一周しながらその鯉のぼりを眺めていた。あの時と同じように風にはためいて、元気に泳いでいる。あれはもう7年から8年くらい前になるだろうか。私は公私に渡って色々な問題を同時に抱えてしまい、激しい鬱になってしまった。その問題というのは、失業であったり、金銭問題であったり、 [続きを読む]
  • 引き籠ってはいられない
  • もうすぐゴールデンウィークか・・・・。去年の今頃、悲嘆にくれている私に友人が、代々木公園で行われている「TOKYO RAINBOW PRIDE」というLGBTのイベントに誘ってくれたのだった。そんな催しがあることは知っていたけれど、祥一郎と二人で生きていければ何も寂しくないし、ゲイへの認知を高めるイベントに興味も無ければ行こうと考えた事も無かった。ましてや色々なゲイの団体を知って、横の繋がりを持とう [続きを読む]
  • 最愛の人の代わりにはならなくても・・・・
  • 世の中の死別体験者には、私のようなパートナーしか家族が居らず、死別してたったひとりになってしまった人も居れば、残された家族と共に過ごしている人も居る。隣りの芝生は青いというのか、私にしてみれば共に悲しみを共有できる家族が居るということはとても羨ましい事だと思っていたのだが、これはどうやらケースバイケースのようだ。先日、祥一郎を喪って初めて受けたグリーフワークで同期だった人達と、久しぶりに集まる機会 [続きを読む]
  • 「美女と野獣」再び
  • 数ヶ月前から有る計画をずっとしたためている。それは祥一郎を連れて、劇団四季のミュージカル「美女と野獣」を観に行くこと。で、ときおり四季のホームページで上映スケジュールを調べていたのだが、どうも今日本国内で「美女と野獣」を上演しているのは京都だけらしい。職場に希望休を申請して京都まで行くという選択もあったのだが、如何せん最近身体が疲れやすいので今のところそれは選択肢から外している。いずれ時が経ったら [続きを読む]
  • いつか自分を許せる日
  • 私に・・・・いつか自分を許せる日が来るのだろうか。自分を責めてはいけない、誰も悪くない、医療の専門家でも無い限りあの悲劇は防げなかった、貴方はやるだけのことをやった・・・・・・・・・・今まで色々な人達から散々言われてきた。そしてミディアムセッションの際にも祥一郎は、「おっちゃん、これは決まっていた事なんだよ。」「今回の人生は早くに還ることが決まっていたんだ。」「あんな病気にならなかったとしても、別 [続きを読む]
  • 甦る祥一郎と私のレシピ
  • 一年四か月前、私は祥一郎を喪い、茫然と呆けたように日々を過ごしていた。頭の中はいつまでも真っ白で、何もする気が失せ、生きる気力さえなかった。当然ながら食欲などある筈も無く、何日も殆ど何も口にすることもなかった。しかし、あまりの突然の悲劇に私の心は麻痺していたのだが、それでも身体は生きようとしていたのだろう。義務のように一日一個のパンを辛うじて食べていたような気がする。気がつくと体重は14キロも減っ [続きを読む]
  • 桜はもう怖くない・・・でも涙が・・・
  • 桜が満開を過ぎ、散り始めている。それが分かるほど、私は今年の桜をしょっちゅう見上げる事ができた。あの、祥一郎が亡くなってから初めて咲いた桜を、全く視界に入らないように怯えて過ごしていた去年の今頃から、私は少し前へ進んでいるのかもしれない。予定の無いオフの日、そこらをほっつき歩いていてもふと桜を見上げている自分が居る。(ああやっぱり綺麗だな・・・・。)そんな想いを抱けるくらい私は立ち直ってきたのだろ [続きを読む]
  • ありがたいコメント
  • 先日、あるコメントをもらった。もう削除したので要約だけを記すと、「要は保険料払えなくて、間に合わなくなって死んだってことだよね。だったら生き延びた方が不幸だったかも。もうこれ以上生活保護増やさないでくれよ。ただでさえ少子化なんだから。」というコメントを有り難く頂いた。いやいや、ただでさえ最愛のパートナーを喪って悲しみと孤独に闘っている人に向かって、顔も見えず何処の誰だかわからないことをいいことに、 [続きを読む]
  • 見知らぬ街で
  • 祥一郎と私の20数年間、本当に色々な街で暮らして来た。主に私の仕事環境が度々変る事が原因なのだが、都合5回は転居しただろうか。そんな私の不安定な人生にいつも着いて来てくれた祥一郎。魂になった祥一郎にそのことを詫びると、「楽しかったじゃないか。うちはおっちゃんの傍に居ったら、不安なんかなかったで。」と言ってくれた。あいつにしてみたら、冒険をしたような気分になっていたのだろうか。見知らぬ街、初めての土 [続きを読む]
  • この世は無常で無情
  • 私の力の及ばないところで、私の周囲の環境が変って行く。できるだけ祥一郎が傍で生きていた頃の環境を変えたくは無いのだが、それでもこの世は無常で、そんな私の想いを蹴散らすように私の環境も変って行く。去年の末に今住んでいるマンションの大家が変った。個人が所有するマンションだったが、その当人が亡くなったらしく、適当な不動産屋に売り飛ばしたらしい。賃貸契約自体は前の大家と交わしたものが引き継がれているのだが [続きを読む]
  • 「詩(うた) ふたり一緒のとき」
  • 俯いて歩く癖がついた。徒歩でも、自転車を引きながらでも俯いて俯いて歩く。何かを探している?いや、そうじゃない。祥一郎が居ないこの世をまともに見ていたくないから。次から次へと溢れてくる、あいつへの想いで頭と心がいっぱいになり、下を向く。そして涙が地面を濡らす。ときおり、前を向いて歩く。どこの誰とも知れない人とすれ違う。何の根拠も無く、「この人は、私が今感じているような悲しみには縁がないのだろうな。」 [続きを読む]
  • 「死別」のお茶会
  • グリーフワークにはこれまでそれぞれ違った団体のものに二度参加していて、一度目はゲイもヘテロも区別の無いものに参加したが、これはもう終了していて、現在は何度か書いているがLBGTに特化している任意団体「ドント・ウォーリー」という団体のグリーフワークに参加している。月に一度の決まった日曜日に開催されるので、なかなか時間が合わず、今まで三回しか参加出来ていないが、これからも予定が合えば参加しようと思って [続きを読む]
  • 祥一郎の夢と、ある決意
  • 先日久しぶりに祥一郎の長年のメル友である、京都のYさんという方とお話しをした。祥一郎が亡くなった時、いち早くお悔みのことばを頂き、数年に渡る彼とのやりとりや会話を教えてくれた人だ。祥一郎の一周忌には、ウィットの富んだパーッケージの線香を送ってくれた。お互いの近況報告に始まり、私の最近の状態を報告した。このYさんは霊感が少々強く、祥一郎が亡くなった当初は色々とアドバイスも頂いたものだ。今回も、祥一郎 [続きを読む]
  • 働くよりも、傍でただ生きて欲しかった
  • いつの頃からか私はもうわかっていた。祥一郎が居なくなってしまえば、もう私は生きてはいけないだろうと。散々気ままで享楽的なひとり暮らしを続けていた私が、祥一郎と出逢って人の温もり、寄り添って暮らす安心感を味わい、もう後戻りはできないだろうなと、いつの頃からかわかっていたのだ。だから私は事あるごとに祥一郎に言っていた。「なんとかそれなりの収入を得て、せめていつでも病院に行けるようにしようよ。後はおっち [続きを読む]
  • 恥ずかしい話
  • 祥一郎が亡くなってから一時期食欲も性欲も全く失せてしまったことがあったが、一年と三ヶ月経って状況は変わりつつあるのを感じる。食欲の方は、動物園の餌のようなものをぼそぼそと食べるようになってきたが、問題は性欲の方だ。恥ずかしながら、自分に性欲が甦っているのが自覚できる。実を言うとこの一年と三ヶ月の間、どうにもこうにも制御できなくなって、所謂ハッテン場に出掛けたことが数回ある。謂わずと知れたゲイのひと [続きを読む]
  • 何かを探す日々
  • もう何度も何度も過ごしてきたはずの、何も予定の無いオフの日。桜は満開になり、平日だというのに街はどこか浮かれていて、公園や近くの河川敷にも人々が急に増え出した。私はやはりあても無くその中を彷徨っていた。何処へ行ったらいいのか、何をすればいいのか分からずに、本当にほっつき歩いていたという表現がぴったりの行動をしていた。部屋に何度か戻っては、孤独にいたたまれなくなってまた外出。電車に乗って新宿や上野あ [続きを読む]
  • 沈黙が怖くない関係
  • 先日、祥一郎が亡くなった時に遠方から飛んできてくれて、その後も何かと私を気遣ってくれた友人と、上野のゲイバーで飲んだ。彼はノンケなのだが、私とのお付き合いもそれなりの期間になるので、ゲイ用語も勿論理解していて、ゲイに対してまったく偏見など無く、虚心に付き合ってくれる人だ。おそらくこれからも長いお付き合いになるだろう。初めて連れて行ったゲイバーでも臆することなく、スタッフとも気おくれなど微塵もせずに [続きを読む]
  • 自由の正体 (再掲)
  • 私は自由になった。一人きりになって何をしてもよくなった。その自由の正体は何だろう。仕事帰りに何処か一杯ひっかけに行ってもいい。そしてしこたま酔って、深夜遅くに部屋へ辿りついて玄関で寝ても誰も文句は言わない。いつどんな時間に食事したっていい。自炊なんかせずに、そこらの食べ物屋で好きな物を好きなだけ食べればいい。買い物も好きな時に、好きな物を買ってくればよくなった。一人分だから大きな買い物袋も必要ない [続きを読む]
  • 誰も居ない窓
  • うちの部屋のマンションの裏手は高台になっていて、そこが小さな小さな公園になっている。墓地が隣にあって何となく薄暗い雰囲気のする公園だったが、一番近い公園だったので、私はよくそこでブランコやベンチに座りながらぼーっとすることがあった。桜の木もそれなりにあって、季節になるとひとり花見をしたものだ。いつ頃からか、猫のクロがその公園への散歩に着いてくるようになり、ちょこまかちょこまか私の後を着いて来て公園 [続きを読む]