呆け茄子 さん プロフィール

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呆け茄子さん: 呆け茄子の花
ハンドル名呆け茄子 さん
ブログタイトル呆け茄子の花
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/google-mop
サイト紹介文小説、私史等書いていくつもりです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供8回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2016/03/16 11:00

呆け茄子 さんのブログ記事

  • 小説『呆け茄子の花 その二十五』
  • 尚樹は、主治医に訴えた、なにをか?「就労していないことの焦燥感・罪悪感」を・・・その訴えは数度続いた。それから、幾月かが過ぎた。あるときの診察の時に尚樹は、主治医から思わぬ言葉を聞いた。「尚樹さん、あなた病院で働いてみない?」「え?」尚樹は耳を疑った。主治医は一方的に話し続けた。「障害者の支援をして欲しいのよ、今日は私の担当する患者さんのお母さんがお見えになってるの」全く、尚樹に口を挟む間も与えず [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その二十四』
  • 精神科のプログラムで「外部講師」としてではあるが、毎週土曜一度の90分が唯一の「就業時間」であった。尚樹は、自分が「健常者」のときに比べると、とても「働いている」というものでは無かった。そして、もう一つ彼が自身で「拘束時間」としていたのが、卒業した大学の「もぐり」での講義受講であった。ただ、問題は片足の尚樹は「もぐり」での受講は目立ちすぎたが本人は「卒業しましたが、ひきつづき・・・」と、大学講師に [続きを読む]
  • 小説 『呆け茄子の花 その二十三』
  • 尚樹(なおき)には二つ年下の弟がいる。尚尊(なおたか)という。兄の尚樹とは違って、人付き合いは良いが気が強く暴力沙汰も気にしないたちだった。その為、父親からは疎まれ、時には手を上げられることも珍しくなかった。だが、尚樹の言うことは素直に聞き入れるという一面もあった。尚樹にしても時折親から手を上げられる尚尊に対して慰めるという「兄貴らしい」一面もみられ、兄弟の関係は蜜であった。それは、尚樹が尚尊の剣 [続きを読む]
  • 小説 『ボケ茄子の花 その二十二』
  • 通院を重ねて、主治医と、やり取りする中で尚樹のなにを見いだしたのか、「この病院でプログラムの進行役をやって貰えないか?」というまさに「藪から棒」の主治医の発言に尚樹は面喰らった。尚樹の根っからの性分である「頼まれたら断れない」ことから承諾した。毎週土曜日、患者が昼食を食べ終わった後の13時半から90分間の「言いたい放題、言ったことに意見しない」という発言者の安全が担保されるプログラムであった。尚樹 [続きを読む]
  • 小説 『ボケ茄子の花 その二十一』
  • 尚樹は大学を苦渋を飲むような辛い思いをして、なんとか「卒業」したが、精神疾患は「卒業」出来なかった。尚樹は大学卒業後、一度入院しその入院の間に「生活保護」の申請をした。卒業後は、生活保護を受けながらも、尚入退院しその家計は「火の車」だった。尚樹は「金の掛からない遊び」と称して、卒業した大学にもぐっては、講義を受講し、図書館にも通っていた。しかし、尚樹の気持ちは「働いてない後ろめたさ」を全身で感じて [続きを読む]
  • 小説 『ボケ茄子の花 その二十』
  • 破産は弁護士には「日常」起こることだろうが、一般人には「非常時」だ。尚樹は弁護士の言われるままに資料を集めたのだが、資料が揃って、あとは弁護士が資料をまとめ、裁判所に提出するだけだった。尚樹と弁護士とは電話連絡だけで済んでいた。「場合によっては、裁判所へ来ていただく必要があります。もちろん私が同行しますし、難しい質問はされませんが、心配しなくて良いですよ。」尚樹には、西京地方裁判所に知人がいた。尚 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十九』
  • 「西都第一法律事務所」は、繁華なビル街のひとつにあった。いわゆる「合同事務所」であって、「個人事務所」では無かった。事務所の立地の良さとしては、歩いて10分以内に地方裁判所があることだ。季節は徐々に夏の盛りから、足抜けするような季節の狭間であった。尚樹は、もはや自分の能力では裁ききれない「請求書」を何度かに分けて、事務所に持ち込み「破産手続き」に必要な書類、私文書、公文書を言われるがままに用意し、 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十八』
  • 街中のビルの六階にある「事務所」へ向かった。「無料弁護士相談会」へ足を向けた尚樹は女性弁護士と向き合うことになった。国が運営する『法テラス』は、弁護士会が各事務所の輪番で回っていて、尚樹は「切れそうな」眼差しの女性弁護士だった。会話すると、人の当たりはやはり女性らしい穏やかなものだった。弁「だいたい、いくらぐらいだと把握していますか?ザックリとで良いですよ」尚「目算ですが、500万位だと思います。 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十七』
  • 「希死念慮」から逃れた尚樹であったが、だからといって全てが解決したわけではない。全身を覆う「倦怠感」、それに伴う昼夜逆転。もう、普通の生活ではなくなっていた。異常な飲酒量、出会い系を続けるため、カード会社からの借金事は、尚樹の知らないところで進んでいた。障害者である尚樹には到底返済できない額に膨らんでいた。そうして、尚樹は生活できないレベルになり、「無料弁護士相談会」へと、足を向けざるを得ず、一歩 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十六』
  • 尚樹は未だに「死(希死念慮)」の沼から抜けられなかった。入院してからも尚樹は、二言目には「死にたい・・・」と言っていた。三度目の入院の時に病棟内にある診察室で「死にたい・・・」と、毎度の事ながら「「死にたい・・・」と言ったところDr.は女医であるが怒鳴りつけた「あなたのように足も無く頑張っている人はいっぱいるのよ!!」その一喝で夢から覚めた思いがした。それから二度と希死念慮を言葉にすることは無かった [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十五』
  • 尚樹の関心事は「死」は、どう考えられたのか?佛教学では、まず「インド人の考えたこと」である。その後は「支那人の考えたこと」そして「日本の考えたこと」の順である。尚樹が学び思ったのは、「来世を想像することは、死に対する恐れだ」ということだった。しかし、尚樹の頭から「自死」は脳みそに粘着するようにこびり付いていた。「来世がなくとも自死を望む」という一種取り憑かれたような考えになっているのだ。数度、大學 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十四』
  • 尚樹は在学中市内中「心療内科・精神科」を自転車で・バイクで訪ねて回ったが一人として納得のいく病名を下す医師はいなかった。約半年、市内を巡った結果、ネットで探し当てた精神科行ってみた。後で解ったことだが、その医師は尚樹が住む有名国立大学出で、最近開業したばかりだった。その医師は、時間を決めずに長時間になっても話しに耳を傾けてくれた。その医師の見立てでは『複雑性PTSD及びうつ病』というものだった。そ [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十三』
  • 面接も無事終えて、後は結果を待つだけであったが、尚樹は「合格するもの」と、勝手に思っていた。自惚れでも他人から高評価を与えられた過去があったわけでもないのだが、尚樹は十二分に三十数年間あまりにも重いものを背負ってきた自負があった。案の定、結果は合格。大學に入学してみると、以前の大學とは違い自然体でいられた自分があった。「ここでなら4年間すごせるだろう」と。しかし、病からくる「希死念慮(死にたいとい [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十二』
  • 社会人道場生からは「尚樹先生に初段にしてもらったのに、これから先・・・」と、言葉を失っていた。尚樹にも自分が抜けてから道場の指導陣が回らない解っていた。しかし、この時点で尚樹の決意は固まっていた。大阪に引っ越した後、世話になる道場も目星を付けていた。尚樹は年内早々に大阪に引っ越した。大阪で友人と家具屋でデスクやベッドなどを急いで買い揃え、「さて、中年新入生!」と、意気込んだが、大学にストレートで入 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十一』
  • 友人Yから大学を勧められたものの尚樹が住む田舎にはあると言えば、「国公立大学」で『社会人入試』などやっていなかった。となると、外に出なければ行けなかったが、道場生40人あまりのことを思うと、すぐさま「YES!」とは言い難かった。尚樹はずいぶん悩んだ・・・「再就職すべきか、進学すべきか・・・」最後に背中を押したのも友人Yであった。「道場に指導者の代わりはいるはず。今まで尚樹に依存していたのが間違い。 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その十』
  • 尚樹が剣道にエネルギーを注ぎ込んだ影響で道場生は40人を超えた。それ以前は、2人であった。40人を超える道場生全ての名前を覚え、ひとりひとり熱心に指導した。尚樹は、今までの指導者とは違い膝を床に着け道場生と同じ目線で個別に教えることを心掛けた。他の道場と比べて初段への合格率が高く、多く輩出した為、「初段製造工場」と他道場から言われた。道場と会社での尚樹は、「明・暗」であった。さて、会社を辞めた尚樹 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その九』
  • 話しを約10年ほど戻そう。尚樹は裏日本の「X県」に住んでいる。高校卒業と同時に表日本の本社勤務をしていたが、当初から会社と約束していたとおり、4年で故郷でもある「X県」に帰してもらった。帰って来て、尚樹の生活は苦しいものになった。一人暮らしを初めて、分相応のアパートを借りたものの給与が安かった為、本来会社が禁じていた副業をせずに生活が出来なかった。当時、裏日本の田舎でも広まりつつあったコンビニでア [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その八』
  • こころにむち打ち出勤し続けた尚樹はとうとう出勤出来なくなった。なんとか、デスクの上の携帯電話に手を伸ばして直属の上司に電話した。上司は何のためらいもなく尚樹の訴えを認めてくれた。その日、出勤しなくても良くなった安堵感でベッドからすぐに起き上がることが出来た。これは尚樹自身も不思議に思った。「なぜ体がこの様な反応をするのか?」数日後、尚樹はかかりつけの内科医に相談した。「そりゃあ、尚樹さんあんな酷い [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その七』
  • 大三郎の件の前から尚樹の精神中枢は異常を行き足していた。退院後二ヶ月して会社から『出社命令』が出て50%を焼けただれた体で出社した。更衣室で数人の同僚と一緒になったが皆尚樹の体を見て絶句した。付け加えておくが、大三郎はこの先も尚樹の体を一度も見ることはなかった。体の傷もさることながら、精神をも焼かれたといっても良い。尚樹にとって一番の衝撃は、爆発事故と同じ場所で同じ仕事をしたことだ。これが「ダメ押 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その六』
  • 尚樹は専務・大三郎から別の日に呼び出され、「これ以上、会社に対して賠償を求めない」旨のただ一枚の紙切れに署名捺印した。これの紙切れに後々になって尚樹が「後悔の念」で苦しめることになる。しかし、この会社とのやり取りが終わったことによって、尚樹の「腹」は決まった。尚樹はその年の10月20日付けで退社することを決め、会社にも届けを出した。それまでは、有給休暇を取り事実上、退社日の一ヶ月前程から会社を休ん [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その五』
  • 話しを元に戻そう。大三郎との話を終えた尚樹はひとり心の中で「(いくらが適正なのか・・・)」と反復し続けた。尚樹は親にも友達にも相談すること無く、2回目の大三郎との話し合いに着くことになる。初めての話し合いから1ヶ月が過ぎた。また突然に直属の上司から「専務が呼んでいる」と言われ、尚樹は胸中に何かを秘めながら会議室へと向かった。2回目の話し合いはすでに会議室のイスへ腰掛けていた。尚樹は一応「専務・大三 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その四』
  • ここで尚樹自身について触れておこう。尚樹は今年31歳になり、今の会社に就職したのは高校卒業時だった。なので、今年はちょうど10年となり、祝えるような年であったが、尚樹はそんなことを気にする余裕は無かった。尚樹の実家は両親が尚樹の幼少時に離婚し、尚樹は母に引き取られた。だが、「女の腕一本」では、『豊かな生』は望むべきもなかった。しかし、それが原因でいじめに遭うこと無かった。それは尚樹持ち前の『明るさ [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その三』
  • 尚樹は『サラリーマン社長』の奥村に語気を強くしてこういった。「もう半年話しているのに話が進まないじゃないですか!奥村さん、実務的な話しをしたいんです!」と。尚樹がなぜ社長に対して『奥村さん』というのか。それは、奥村が常務時代に親しく話していた時の名残であった。今はもう『親しい関係』ではない。尚樹は奥村のことを『使いの丁稚』くらいにしか思っておらず見下していた。それからふた月して『実質的な社長』であ [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その二』
  • 尚樹は気脈の通じている直属の上司に「退社」の意志を告げた。直属の上司は、以前勤めていた会社を辞めこの会社に就職したのでなんらかのアドバイスを貰えると思ったからだ。アドバイスの内容は要して『立つ鳥跡を濁さず』というものだった。その時、会社との交渉は始まっていたが、『暖簾に腕押し』の対応に業を煮やしていたところだった。そんな中の『立つ鳥跡を濁さず』のアドバイスは「熱した鉛を飲む」思いで聞いた。尚樹の勤 [続きを読む]
  • 小説『呆け茄子の花 その一』
  • その男は「尚樹」といった。その特徴は、右足の膝から下が無いことだった。原因は尚樹が努めていた頃の会社での労災事故であった。その作業は当時誰もがなんの疑問も持たずに行っていた作業であったが、思わぬ偶然から、右足を失ってしまったのだ。公的には「障害者」という扱いを受けある程度は面倒を見てくれるが、当時、努めていた会社の態度は冷淡なものであった。事故から2年も経つというのに「保障」の話し一つ持ってこなか [続きを読む]