安土桃太郎 さん プロフィール

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安土桃太郎さん: 廃城にゆく
ハンドル名安土桃太郎 さん
ブログタイトル廃城にゆく
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/hokuto19760725/
サイト紹介文お城や神社を中心とした史跡巡りのブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供68回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2016/03/17 01:52

安土桃太郎 さんのブログ記事

  • 鞆の浦にゆく 其の参:阿伏兎観音
  • 福山市沼隈町にあります鞆の浦に来ています。 三回目となる今回はこちら、阿伏兎観音堂にやってきました。 鞆の浦から西に4キロほど行った沼隈半島の南端の阿伏兎岬の突端に挑むようにして鎮座する、臨済宗のお寺・「阿伏兎観音」です。 透明な海の輝きと荒々しい岩肌に不思議と調和した朱塗りの観音堂は、瀬戸内海の中でも特に素晴らしい景観として広く知られています。この観音堂は1570〜7 [続きを読む]
  • 鞆の浦にゆく 其の弐:常夜灯
  • 広島県福山市にあります鞆の浦です。 二回目となる今回は、鞆の浦の名所を紹介していきます。 最初に紹介するのは、こちら。 岡本家長屋門です。 岡本家は現在4軒残っている保命酒製造業者のひとつで、岡本亀太郎が醸造器材を中村家より譲り受けて保命酒業を始めました。岡本家は1855年に清酒業を始め、明治にはいって保命酒が元祖・中村家の専売でなくな [続きを読む]
  • 鞆の浦にゆく 其の壱:鞆城跡
  • 広島県福山市にあります鞆の浦にやってきました。 広島県福山市、沼隈半島の先端に位置する鞆の浦は、「潮待ちの港」として江戸時代に栄えた町でした。鞆の浦には、その頃から残る常夜燈や寺社・町家が現在も大切に保存されています。また、坂本龍馬が属していた海援隊が借用していた「いろは丸」を鞆の浦沖で沈没させられたいろは丸事件でも知られています。近年では、崖の上のポニョの舞台に [続きを読む]
  • 茨木城へゆく
  • 大阪府茨木市にあります茨木城跡です。 当ブログ76城目となる茨木城趾は、JR茨木駅もしくは、阪急茨木市駅より徒歩15分から20分ほどで到着する茨木小学校の一帯が当時の茨木城の一帯であったと云われています。 当時の遺構が茨木神社に残っているとのことですので、まずは茨木神社を目指します。 茨木神社脇の石橋の上に立っている銅像です。茨木童子と呼ばれる伝説上の鬼なのです。伝承によると、茨木童 [続きを読む]
  • 備中松山城二重櫓特別公開にゆく
  • 岡山県高梁市にあります備中松山城です。 この日は、通常は公開していない重要文化財備中松山城の二重櫓を「天空の山城 備中松山城とまるごと城下町フェスタ」にあわせて、また高梁市が大政奉還150周年記念プロジェクトへ参画したことを記念して、特別公開されているとのことでやってきました。 備中松山城本丸までや [続きを読む]
  • 続百名城発表
  • 2017年4月16日に続百名城が発表されました。 今回選ばれた百名城は下記の通りです。 【北海道・東北】 1.志苔館(北海道) 2.上ノ国勝山館(北海道) 3.浪岡城(青森) 4.九戸城(岩手) 5.白石城(宮城) 6.脇本城(秋田) 7.秋田城(秋田) 8.鶴ケ丘城(山形) 9.米沢城(山形) 10. [続きを読む]
  • 福山城伏見櫓特別公開にゆく 其の壱:伏見櫓
  • 広島県福山市にあります福山城です。 今回は福山城の伏見櫓の内部が特別公開ということで、見学にきました。 福山城の入口付近の説明板が新しくなっていました。 当時はあの姫路城より大きい巨城であったことがよくわかります。 本丸へ向かいます。 登りきると目の前に現れるのが、国の重要文化財に指定されています福山城伏見櫓です [続きを読む]
  • 姉川古戦場跡にゆく
  • 滋賀県長浜市にあります姉川古戦場跡です。 姉川の戦いは、浅井長政公と織田信長公によって行われた合戦です。 小谷(おだに)城主の浅井長政公と織田信長公は、信長公の妹お市の方を夫人にし、 織田家と同盟を結んでいました。 しかし、かねて親交のあった越前の朝倉氏を、信長公が攻めたことにより信長公と長政公との 間に確執ができました [続きを読む]
  • 東大寺大仏殿にゆく
  • 奈良県奈良市にあります東大寺大仏殿です。 夏の暑い時期でしたが、小学生以来の訪問で、ドキドキです。 お城ではありませんが、バッチリブログでも紹介していきたいと思います。 国宝:東大寺南大門です。大仏殿にふさわしく、わが国最大の山門です。創建時の門は平安時 [続きを読む]
  • 吉野ヶ里遺跡にゆく 其の壱:ミナミの村
  • 佐賀県神埼郡にあります吉野ヶ里遺跡です。 当ブログ75城目となる吉野ヶ里遺跡は、日本最大の弥生時代の環壕集落遺跡で、 日本式城郭初期段階といわれています。 国営吉野ヶ里歴史公園として、弥生時代の状況や生活環境を復元してあります。 この日は、JR吉野ヶ里公園より15分ほど歩き、東口より入園します。近代的な建設物で筆者を迎えてくれま [続きを読む]
  • 出雲大社にゆく 其の弐:拝殿
  • 島根県出雲市にあります出雲大社です。 前回は、松並木の参道を歩き、四の鳥居まで紹介しました。 今回は、境内を紹介していきます。 四の鳥居です。奥に見える建物が拝殿です。鳥居の中央に立つと、拝殿が左にずれているのがわかると思います。これは御本殿の御屋根を拝することができるようにと配慮されているからです。 境内の案内図です。拝殿で参拝し、御本殿を一周し、西十九社から新楽殿へ [続きを読む]
  • 出雲大社へゆく 其の壱:四つの鳥居
  • 島根県出雲市にあります出雲大社です。松江城より車で一時間程度で到着します。 出雲大社一の鳥居である大鳥居です。宇迦橋のたもとに立つ鳥居で、高さは出雲大社本殿より1m低い23m、柱の周囲6m、直径は2mの鉄筋コンクリートの鳥居で、中央の額は畳6畳敷きの大きさです。 大鳥居と松並木の説明板です。 この大鳥居から出雲大社に向かう参道は神門通りと呼ばれ、古くから栄えてきました。 [続きを読む]
  • 松江城にゆく 其の参:天守
  • 島根県松江市にあります国宝松江城です。 いよいよ天守に向かいます。 一ノ門続櫓が見えてきました。 ここをくぐるといよいよ本丸です。 本丸です。 天守閣を中心とした本丸にはこれを囲んで武具櫓、鉄砲櫓、祈祷(きとう)櫓など六つの櫓があり、 細長い多門塀(たもん [続きを読む]
  • 松江城にゆく 其の弐:二ノ丸上ノ段
  • 島根県松江市にあります国宝松江城です。 今回は、二ノ丸上ノ段を紹介していきます。平坦部には、二の丸御殿が建っていました。 太鼓櫓、中櫓、南櫓においては、1875年に取り壊されましたが、2001年4月に松江藩大工頭 竹内右兵衛の「松江城縄張図」などをもとにして、約125年ぶりに復元されました。 定番所跡です。 太鼓櫓です。 [続きを読む]
  • 松江城にゆく 其の壱:馬留跡〜二ノ丸下ノ段
  • 島根県松江市にあります松江城です。当ブログ74城目となる松江城は現存12天守のひとつで、山陰地方で唯一の現存天守です。高さ30メートル、5層6階の天守は桃山様式の天守として築城当時のままの姿を残しています。また、松江城は宍道湖の湖岸に建てられており、日本三大湖城のひとつでもあります。築城当時からいまも残る松江城を囲む約3.7kmの堀川を小舟でめぐる「堀川めぐり」も楽しめます。2015年に天守が国宝に指定さ [続きを読む]
  • 伊予松山城にゆく 其の参:天守内部前編
  • 愛媛県松山市にあります伊予松山城です。 松山城という地名は、1603年に加藤嘉明公によって命名され、城名も松山城となりました。 最近は 岡山の備中松山城と違いをハッキリさせるため、伊予松山城とも呼ばれています。 今回は、いよいよ天守に向かいます。 ニノ門を潜ります。 天神櫓南塀です。 塀の狭間の数もハンパじゃありません。 [続きを読む]
  • 伊予松山城にゆく 其の弐:本丸
  • 愛媛県松山市にあります伊予松山城です。 伊予松山城は、別名金亀城とも呼ばれています。築城の際、内濠の処が、深い淵になっており、そこに金色の亀が棲んでいたと云われ、それを伝承してそのように呼ばれるようになったそうです。 今回は本丸を中心に紹介していきます。 本丸へは、この太鼓門を潜り、向かいます。 太鼓門の説明板です。 高さ5mの石垣の [続きを読む]