オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記 さん プロフィール

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オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記さん: オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記
ハンドル名オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記 さん
ブログタイトルオールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/nazox2016
サイト紹介文コインマシンやギャンブルゲームやカジノの歴史的エピソードとか、時々カジノ旅行記とか、たまにスポーツや
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供50回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2016/03/17 23:57

オールドゲーマーの、アーケードゲームとその周辺の記 さんのブログ記事

  • 新・ラスベガス半生中継 2017 年GW 7日目 
  • 今日は、ラスベガス仲間のみなさんとの食事会がある夕方まで、女房と二人であちこちふらふらして過ごす。ブランチに、何年も前に一度来ており、良い印象が残っているハンバーガーチェーン「カールス・ジュニア」に行く。昨年日本にも上陸し、うちの近くの自由が丘にも出店したが、聞くところに拠ればハンバーガー1個が1000円くらいもするという(ずっとあとで知ったことだが、高いのは上級クラスのメニューで、通常クラスは500円く [続きを読む]
  • 新・ラスベガス半生中継 2017 年GW 3日目@リノ
  • ここ半月ほど、仕事が超繁忙期であったため、更新が滞ってしまいました。今はひと段落ついたので、またぼちぼちと再会していきたいと思います。前回から若干前後してしまうが、今回は3日目の話。今日からリノで2泊する。午前中、カーソンシティを出る前に、周辺を散歩し、ネバダ州議会議事堂などの写真をあちこち撮る。カジノホテル「オムスバイハウス(Ormsby House)」は、ワタシが初めてこの地を訪れた2007年7月の時点で既にクロ [続きを読む]
  • 新・ラスベガス半生中継 2017 年GW カーソンシティ2日目の記録
  • 昨日スーパーで買っておいたイチゴを朝食とする。冷蔵庫の温度を最強に設定していたためか、一部凍ってしまっていた。朝食後、車で20分ほどのバージニアシティへ(関連記事:ネバダ・ギャンブリング・ミュージアム(ネバダ州バージニアシティ)の思い出)。しかし道順を忘れており、近くのカジノに入ってwifiで確認。記憶していたよりもっとずっと先を曲がることが分かった。バージニアシティの手前から、道の両側は路上駐車する車 [続きを読む]
  • 新・ラスベガス半生中継 2017 年GW 初日。
  • 今回の旅程。4月28日午後4時羽田発サンフランシスコ経由リノ着。ネバダ州の州都カーソンシティで2泊、その後リノで2泊して、5月2日にラスベガスへ移動して4泊した後帰国。サンフランシスコでは、コンコースでアンティークスロットマシンの展示が行われていました。10年くらい前にも同じ趣旨の展示が行われており、いつか拙ブログで記録しておこうと思っていたところ、今回2度目の遭遇ということで、帰国後の一発目はこのネタにしよ [続きを読む]
  • ネバダに行って参ります。
  • 本日よりアメリカネバダ州に行って参ります。全8泊のうち、初めの2泊をカーソンシティ、次の2泊をリノ、残る4泊をラスベガスで過ごし、5月7日に帰国する予定です。というわけで、拙ブログの通常の更新はしばらくお休みとさせていただきますが、旅の途中で何かしらのご報告でもできればとは思っております。ご了承下さい。 [続きを読む]
  • NASAが発明したゲーム機「ウィナーズ・サークル」
  • NASA(アメリカ航空宇宙局)と言えば、フリーズドライ食品をはじめ、さかさまでも書けるボールペン、放射性物質まで除去できる浄水器、マジックテープ、びっくりするほど水を吸い込む特殊雑巾、切ったものがくっつかない包丁など、生活便利グッズやアイディアグッズを数多く発明する機関として有名です(たくさんのNASAが発明したと言われるグッズの中には、騙りや事実誤認も含まれているようですが)。1974年、sigmaは、「ウィナ [続きを読む]
  • セガ・エンタープライゼス@1966
  • 日本にコイン作動式の娯楽機市場が現れたのは明治末期から昭和初期ころのようです。確認できる範囲では、日本娯楽機製作所(現ニチゴ)が、1911年(明治44年)に開業した宝塚ファミリーランドに自動木馬を納入しています。その後1931年(昭和6年)に浅草の松屋デパートの屋上に「スポーツランド」という娯楽施設を設けたのを皮切りに、1936年(昭和11年)頃には、北は北海道から南は九州別府まで、百貨店を中心に40カ所ほどに娯楽 [続きを読む]
  • 任天堂@ゲームセンター
  • 「任天堂」と言えば、家庭用ビデオゲームのハード・ソフト両分野において世界で最も成功した企業として、その名を知らない人はいないでしょう。任天堂は、もともと花札やトランプから始まり、一般の玩具を製造販売する会社であったことは良く知られています。また、お湯を注げばできるインスタントライスの開発したり、タクシー会社や店舗型性風俗特殊第四号営業(いわゆるラブホテルのこと)を経営したりするなど多角経営を目指し [続きを読む]
  • ワタクシ的「ビデオポーカー」の変遷(3)米国内の動き
  • ■前回までのあらすじ1978年、sigma社は、米国メーカーと技術提携し開発製造した、日本初となるビデオポーカー機「TV・POKER」を自社ロケに設置した。「TV・POKER」は表示装置に白黒のCRTを使用していたが、米国では1970年頃よりリアプロジェクターを使用したビデオポーカー機を複数のメーカーが商品化しており、sigmaのビデオポーカーのゲーム仕様はそれらをなぞったものだった。◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ [続きを読む]
  • ワタクシ的「ビデオポーカー」の変遷(1)
  • ビデオポーカーは、ビデオゲームが出現した1970年代以降のギャンブルですので、歴史は比較的浅いですが、北米のカジノでは最も人気がある重要なジャンルとなっています。現在のワタシにとっても、カジノに行けば最も多くの時間を費やすゲームです。しかし、ビデオポーカーは、汎用筐体に組み込まれる性格のものであるため、コレクターが喜びそうな意匠を凝らした筐体があるわけでもなく、そのせいか、リールマシンと違ってコレクタ [続きを読む]
  • オリンピアとワタシの関わりの記録
  • 弊ブログでは、過去の記事、「オリンピアというパチスロの元祖についての謎」と、「RIO五輪に因んだ(こじつけた)スロットマシンの話」で、日本のパチスロの嚆矢であるオリンピアに触れてきましたが、ワタシ自身とオリンピアとの関わりについては述べてなかったので、今回記録しておこうと思います。最初の関わりは、1972〜3年ころ、大岡山のオリンピアセンターでの出会いでした(関連記事:スキル・ボール(初の国産ピン・ビンゴ [続きを読む]
  • かすが娯楽場(大阪)の記憶
  • ワタシは以前、ユナイテッド航空の囲い込み戦略に取り込まれ、ずいぶん長い期間、年に最低5万マイルを飛ぶという「マイレージ修行」を自分に課しておりました。東京とラスベガス1往復で、当時は1万数千マイルが溜まりました。従って、1年に4往復すれば、概ね5万マイルに達します。特別なキャンペーンがあれば3往復でも達成できる年もありました。しかし、不慮の出来事により、事前に計算していた通りのマイルが稼げない年もありま [続きを読む]
  • 「メダル」と「メダルゲーム」という呼称についての備忘録(2)
  • ◆前回のあらすじ:1969年、sigmaが始めた「カスタム方式」は、業界では「シグマ方式」と呼ばれた。業界が疑問視したsigmaのチャレンジは成功をおさめ、1972年、これを模倣する同業他社が現れたころから、業界ではシグマ方式を「メダルイン・メダルアウト方式」と呼ぶようになるが、必ずしも統一された呼称ではなく、「コインゲーム」と呼んだ例も残っている。1973年、メダルイン・メダルアウト方式に参入する業者の増加に伴い、業 [続きを読む]
  • 「メダル」と「メダルゲーム」という呼称についての備忘録(1)
  • 日本のAM業界には「メダルゲーム」というジャンルがあります。しかしこの呼称は、英語を母語とする人たちには何のことなのかさっぱり見当もつかない、意味の通じない言葉です。「メダルゲーム」の「メダル」は和製の用法で、英語で同様の概念を言う際には、「トークン(token)」または「スラグ(slug)」とするのが正しいようです。そう言えばセガ社は、1974年頃に発売していたメダル貸出機の商品名を「スラグ・ディスペンサー」と [続きを読む]