ムベ さん プロフィール

  •  
ムベさん: 石ころ
ハンドル名ムベ さん
ブログタイトル石ころ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/bachan-no-1
サイト紹介文もろもろの支配と権威との武装を解除し、キリストにあって凱旋し、彼らをその行列に加えて、さらしものとさ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供180回 / 350日(平均3.6回/週) - 参加 2016/04/03 00:38

ムベ さんのブログ記事

  • 賢さ
  • 園であの木の実を取って食べたことから、御神の寵愛を失ったアダムの末今、その事実を知らされている者が、なを、善悪にしがみついているのはなぜだろうその賢さを必死で守るのはなぜだろうさらりとそんなものを脱ぎ捨てて、愚かさを被って御前にひれ伏せばキリストの血潮で洗い清め、すべてを回復してくださるのに・・。永久までも御許に置いて、弱さも愚かさも愛で包んでくださるのに・・。 [続きを読む]
  • 泣き出しそうな空
  •  待っていた牧師先生が自転車で尋ねて来てくださった。確かに心待ちにしていた・・。雨催いだったので思わず「大丈夫ですか」「大丈夫降っていません」「どうぞ、どうぞ」と、いつものようにありのままの居間に・・。それから、いっぱいおしゃべりした。ほとんど主人のこと・・。亡くなって2年半、最近とくに主人のことを思う・・。今まで閉じていた蓋が、時とともにゆっくりと開いてきたのだ。もう「思い出しても大丈夫」という [続きを読む]
  • 老人閑居にして・・
  •  先日来、こむら返りを繰り返していても鈍感を決め込んで放っていたけれど、ついにバイクに乗っている間も攣ったので、流石にこれはまずいと医院に行った。ついでに両耳たぶのかゆみを見て貰った。予想通り・・しもやけ。先生に、「もう治りまっせ」と言われた。「でしょうね、春も近いし・・ 」一応塗り薬とこむら返りの飲み薬も頂いた。帰ると足の指から攣って来たので早速一服飲む。さすが・・あれから一日経ったけれど攣らなく [続きを読む]
  • のしてんてんさんへ
  •  きっと、のしてんてんさんの感動は「造り主のために生きる」を通して、言ってくださったことではないかと思います。なぜなら、のしてんてんさんのブログにも「仕事の流儀」から書かれていたので共通するものを感じたからです。私はとても単純な者ですから洞察とかではなく、ただ聖書のことばによることです。その私の信仰は「宇宙及び、すべてのいのちを造られた父なる神様、御子イエス・キリスト、聖霊」の三位一体の神様を信じる [続きを読む]
  • 「主の祈り」にある差し替え
  •  教会に対する私の痛みは、「主の祈り」が聖書から切り離され、救いの順序が差し替えられて、十字架が否定されている祈りが繰り返し祈られていることにある。なぜ気づかないのか・・なぜいつまでも覆いがかけられたままなのか・・、実に不思議である。イエスさまが教えてくださった祈り、マタイ6章天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますよ [続きを読む]
  • 造り主のために生きる
  •  NHK「仕事の流儀」で、自宅での看取りを支えておられるお医者さんを見た。それは、24時間備えていなければならないハードな医療。私も主人を家で看取った者なので、胸の詰まる思いをしながら見終え、命の重さが心の底にず〜んと溜まったままで、夜が明けてもそのことを思い巡らせていた。医師は介護者ぐるみ抱えるように真剣な眼差しで話しかけ、言葉にならない思いをも時間をかけて聞き出しておられた。時に厳しく時にユー [続きを読む]
  • 花嫁
  • 花嫁は花婿と一緒に居るだけで良いのそうすれば・・子どもは生まれ出てくるのですただ、うっとりと花婿を見上げてほれぼれと居ればよいのなにしろ私の夫は万軍の主あなたの夫はあなたを造った者、その名は万軍の主。あなたの贖い主は、イスラエルの聖なる方で、全地の神と呼ばれている。(イザヤ54:5) [続きを読む]
  • 石ころのうた
  • あなたに造られたこの唇は 一日中御名をほめたたえて歌っていますあたなに造られたこの手は たまわったくすしい救いを綴りますあなたに造られたこの目は 御手のわざを見ています春、夏、秋、冬すべての時を・・朝靄、光の真昼、夕闇迫る紫、また煌めく星々も祝福に満ちた御手のわざで あなたは 私たちを喜ばせ楽しませてくださいますあなたに守られているのこの足は 救い主を知らせに行くためのものですあなたに選ばれた方が [続きを読む]
  • 「神が私たちを通して懇願しておられる」神の和解を受け入れなさい(2)
  • 身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。(Ⅰペテロ5:8)外からは責め言葉として、また内からは誘惑となって「十字架の愚かな言葉から出て来い。」と言われ、「現実を見て自分で考えろ」と、みことばの砦から出て来るように誘われます。でも、私は弱さと愚かさの中で主に拠り頼みます。聖霊の導きに拠ってエバと同じ誘惑 [続きを読む]
  • キリストの証明
  • 「あなたがキリストなら、そうだと言いなさい。」しかしイエスは言われた。「わたしが言っても、あなたがたは決して信じないでしょう」(ルカ22:67) 聖書は人の賢い頭だけで読むと罠に嵌る。キリストの救いは信仰によらなければ得られないからである。ちぐはぐに見える箇所があり、一致していない記述がある。それらは取り繕うことなく何千年もそのままにされている。それが神様のご計画によることだからである。それは信仰 [続きを読む]
  • ワッフル
  •  息子がお土産に買って来てくれたワッフル。珍しいことだけれど紅茶を入れている間にスナップ写真を頼んでみた。舌にふんわりと優しいイチゴミルク。上品な甘さが心に広がる・・感謝しながら頂いた。ふふふ・・まだ明日の分もある。 私のペットは大根と人参のヘタ。毎日眺め続けてやっと此処まで育った。赤い人参から緑の芽がのぞき、小さな小さな葉先が広がって来るのは、なんと健気なのだろう・・とちょっと感動する。大根はも [続きを読む]
  • 主は私の盾
  • 主は私の恵み、私のとりで。私のやぐら、私を救う方。私の盾、私の身の避け所。私の民を私に服させる方。(詩編144:2)私は分をわきまえず、主と主のことばを弁護したりはしません。主が私を弁護してくださるのです。人が神様を守るのではなく、神様が人を守られるからです。もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストです。(Ⅰヨハネ2:1)サタ [続きを読む]
  • 菜花
  •  生協から菜花が届いた。さっそく下葉を除いて形をちょっと整えて生け花に・・。私は葉っぱものが大好きなので、舌なめずりの心だけど・・菜花だけはいつも春を見るために取り分ける。さて、何に挿してももうひとつ合わない。その時ピンと来たのは主人のマグカップ。紺色の少し口が広がったカップに放り込んだ途端、菜花は生き生きとして若草色の葉っぱがカップをゆったりと覆った。 主人が召されてお茶碗が食器棚に残った。一人 [続きを読む]
  • 一粒の麦(ペテロとパウロ)
  •  弟子の殉教の様子はほとんど聖書には記されていない。これは驚くべき事である。勇敢な信仰の最後が書かれていないことは、彼らの意向に添ったことであり、神のみこころに叶ったことなのだ。彼らの死の棘は抜かれており、いかなる死も彼らに勝利しないからである。ペテロの信仰の歩みは失敗も成功も詳しく記されている。パウロもそうである。キリスト者にとって重要な事は、「どのように死んだか」ではなく「如何に主とともに生き [続きを読む]
  • 使徒の力
  • 「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、そして、人の心に思い浮んだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。」(Ⅰコリント2:9)見たことも聞いたこともないことが起ころうとしていた時代には、聖霊による細やかな導きと、完全に聞き従う使徒が必要であった。だから神はこのとき饒舌であった。使徒たちは主の奴隷のように、一切の私心を挟まず聞いたままを行った。 [続きを読む]
  • 一粒の麦(イエス・キリストの言葉)
  •  ペンテコステの後、ペテロたち使徒のメッセージで救われる人が3000人から始まり、男だけで5000人と信仰者は増えていった。これはかって悟りのなかった群衆の救いである。私は、イエスさまが悟りのない群衆になぜ語り続けられたのかと不思議に思っていた。たとえ話によっても悟ならいなら何の意味があるのだろうかと・・。そこでイエスは言われた。「あなたがたに、神の国の奥義を知ることが許されているが、ほかの者には [続きを読む]
  • それなりにこざっぱり
  • 今日は、白いざんばら髪を処理しようと美容院へ行った。大きな鏡の前で2時間以上・・四六のガマならタラリタラリと脂汗を流す所が、すでに後期高齢者の筋金入り・・平静を装って鎮座していた。面倒臭いけれど、いくら何でもセーターが泣く・・ということでの思いやり。「いや〜、ムベちゃん」呼びかけられたのは昔のご近所さん。田舎の文化祭で一緒にどじょうすくいを踊った仲。絣の着物に赤い蹴出しで・・連日の練習をしたことを [続きを読む]
  • もちふわ
  •  先だって、嫁さんが「おかあちゃん、なにか欲しい物ない?」って聞いてくれた時、即座に「何も欲しい物はないよ」と答えた。これは私の口癖のようなもの。事実欲しくてたまらない物など無い。「そう言わないで。何が良いか・・この間から探しているんだから。おかあちゃん言ってよ。」と言ってくれたので・・、もちふわセーターって温かそうやなぁ・・と、テレビで見て思ったことを伝えた。「色は?形は?サイズは?」と言う質問に [続きを読む]
  • カインとアベル
  •  今日はどうしても知りたいことがあって、時間をかけてでも主に聴こうと尋ねながらの創世記4章。 神様はアベルに目を止められたけれども対話もなく、カインに殺されて後も特に記述にない。完全な捧げものを捧げて、神様の「お気に入り」をねたまれて殺されたアベルに、この素っ気なさは何だろう・・と思った時、十字架のイエスさまに対する神様の素っ気なさと重なった。 カインは自分から神様に捧げものを持って来た。彼は人と [続きを読む]
  • ひとりとして滅びることなく
  •   youtubeでニニ・ロッソの懐かしい優雅なトランペットを聞きながら・・、私は台所にしゃがみ込んで味噌玉を握っている。しばらく集中していたけれど、ふっと我に返った時笑いだしてしまった。ミスマッチやなぁって・・。まさかニニ・ロッソも婆さんがひとり味噌玉握りながら聞くなんて・・思いもしなかっただろう。これが、なかなかの大仕事で堅くて握り込むのは手が疲れるし、桶にきちんと詰めるのも力仕事。美しく流れるメロデ [続きを読む]
  • 「あなたの決めておられるように、私を生かしてください」 
  •    以前主人が悪性リンパ腫の宣告を受けて、病気の検査や治療が続いた時から私はよく眠れなくなっていた。昔、私自身が膵臓癌の検査で入院した時は、早朝に病院の屋上で涙を流したことはあったけれど、これほど揺れることも心に葛藤もなく、信仰によって検査途中でさっさと退院してしまったが・・。当然のことに主人のことは私の信仰によって・・というわけには行かず、いつかお酒で無理やり眠るようになって行った。主人が召さ [続きを読む]
  • 弟子の条件
  •   ガリラヤ湖のほとりを通られると、シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っているのをご覧になった。彼らは漁師であった。イエスは彼らに言われた。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう。」 すると、すぐに、彼らは網を捨て置いて従った。また少し行かれると、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネをご覧になった。彼らも舟の中で網を繕っていた。すぐに、イエスがお呼びになった。すると彼らは父ゼベ [続きを読む]
  • 限界の中に主を迎える マルコ16章
  • 御父は御子のためには一度もみわざを成さらなかった。イエス・キリストを神と証しされたのは十字架で息を引き取られ、救いのためのすべてが完了した後であった。そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろの出来事を見て、非常な恐れを感じ [続きを読む]
  • キリスト者の死
  •   サッシ窓を一瞬かすめる小さな影、小鳥の狙いはたわわに付いた千両や万両の赤い実。影を追って目を向けると庭は真っ白な雪景色。天気予報では何度も聞いていてけれど、実際に積もったのは初めて・・。雪間の赤い実はすっかり少なくなっていた。小鳥は私の姿を察すると常は慌てて逃げるのだけれど、今日は雪の枝を揺らしながら夢中になって食べていた。そう、早く食べないとあっという間に無くなってしまうよ。雪が来たらすぐに [続きを読む]