初心者の老人です さん プロフィール

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初心者の老人ですさん: 初心者の老人です
ハンドル名初心者の老人です さん
ブログタイトル初心者の老人です
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/keidate1
サイト紹介文75才になって初めてVISTAを始めました。80才でW8、1も始まりました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供350回 / 365日(平均6.7回/週) - 参加 2016/04/04 08:05

初心者の老人です さんのブログ記事

  • フィリップスカラーカメラ来る
  • ABCテレビ局へオランダ、フィリップ社からカラーカメラ4台が到着しましたイメージオルシコン管を使ったバカでかいカラーカメラと違って、いままで馴染んできたモノクロカメラとあまり違わない大きさでしたこのカラーカメラを乗せるペディスタルドリーはいままで使っていた、モノクロカメラ用に載せるとバランスがとれて,カメラの上下は手で軽く操作できましたこのカラーカメラの特徴は、レンズターレットを廃止して、4本のビ [続きを読む]
  • カラーテレビ放送の夜明け
  • カラー放送が日本でもぼちぼち始まりました料理番組で、盛り付けが鮮やかな出来上がりを眺めた女子アナは「カラーでお見せできないのが残念です…」と云ったりしていました朝日放送はイメージオルシコン管(撮像管)を使ったバカでかいカラーカメラの導入に一寸、消極的な感じでした毎日のテレビ番組は白黒番組にまじってカラー番組は多くなりませんでしたあるとき、業界ニュースに米国CBSテレビがオランダ、フィリップスが開発し [続きを読む]
  • カラーテレビ放送はじまる
  • 日本でテレビ放送が開始されて白黒テレビが普及してすぐにカラー放送の実験が始まりましたやがて、カラー番組が各局で放送されるようになると、テレビ画面の下の方に「カラー放送」とスーバーインボーズされるようになりました1964年(昭和39)の東京オリンピックの開会式をテレビ制作技術局のRCA製カラーテレビ受像機で観ました。日本選手団の赤いブレザーが紺碧の空に映えて美しい描写でしたやがて日本のテレビ界もNHK [続きを読む]
  • カラーテレビカメラに触る
  • 家庭で見られる動画は白黒(モノクロ)で色彩動画を観たければ街の映画館でと白黒画面と色彩(天然色)画面が何となく棲み分けができていましたテレビ界も次は、画面のカラー化にという雰囲気になってきましたモノクロテレビで大活躍しているイメージオルシコン撮像管を3本使ってカラーカメラが作られるのですがどうも色彩がピリッとしません。私もカラーテレビのデモンストレーションの番組で、一度カラーカメラ(レンタル?)を [続きを読む]
  • テレビドラマは花盛り
  • 「君たちは魚だ」桜木健一、石橋正次、氾文雀(はんぶんじゃく),佐藤慶、 河原崎健三、渡辺美佐子、「嫁ふたり」京マチ子、和泉雅子(いずみまさこ) 友竹正則(ともたけまさのり),浜田光夫(はまだみつお)「嫁の縁談」安田道代(やすだみちよ)小山明子(こやまあきこ)、藤巻潤(ふじまきじゅん)沖雅也(あきまさや)「嫁さこらんしょ」宇津井健(うついけん)有馬稲子(ありまいねこ),長岡輝子(ながおかてるこ)テレビ映画「必殺仕置人」藤田 [続きを読む]
  • 作家、香川登志緒さん
  • 香川登志緒さんと「信州そば」へご一緒するとき、また、スタジオでドラマのリハーサルに立ち会われるとき、香川さんは歩きながら,ときどきズボンをたくし上げておられますあるときから,私は気になってきましたそばに居た,ブロデューサー氏が私に「先生は身体を締め付けたり束縛するのが嫌いなのだそうです…」と云っていました… … …香川登志緒さんは、仕立てのいい服装なのにズボンのベルトがありません。身体に合ったズボ [続きを読む]
  • 香川登志緒さんは洋楽ファン
  • 放送作家で,漫才作家の香川登志緒さんが洋楽レコード(LP盤)の収集癖があるとは思っていませんでした…レコード棚がすっかり重くなって傾いてきたのでレコードの好きな人に差し上げると云われましたスタッフの中には,レコード愛好家も大勢いますから私は、LP盤三枚いただきました当時、新進レーベルのインパルス盤で、そのうちの一枚は,クインシー・ジョーンズで、すっかり恐縮してしまいました香川登志緒さんは、クラシック [続きを読む]
  • 香川登志緒さんは洋楽ファン
  • 放送作家で,漫才作家の香川登志緒さんが洋楽レコード(LP盤)の収集癖があるとは思っていませんでした…レコード棚がすっかり重くなって傾いてきたのでレコードの好きな人に差し上げると云われましたスタッフの中には,レコード愛好家も大勢いますから私は、LP盤三枚いただきました当時、新進レーベルのインパルス盤で、そのうちの一枚は,クインシー・ジョーンズで、すっかり恐縮してしまいました香川登志緒さんは、クラシック [続きを読む]
  • 放送作家、香川登志緒さん
  • 会社の近所に「信州蕎麦」がありました。当時、世の中では趣味?として「そば打ち」が流行りだしていましたこの「信州そば」はなかなかの美味で昼食時は、いつも満員でした… … …そのお客にまじって,放送作家で漫才作家でもある香川登志緒(かがわとしお)さんもおられました香川先生によると「ここ信州そばは大阪で一番旨い…」と熱心に通っておられました香川登志緒さんはテレビ公開番組「てなもんや三度笠」や「スチャラカ社 [続きを読む]
  • 放送局近所の食堂で
  • ABCセンターが出来てから社屋の近所に新しく飲食店が建ち始めました。蕎麦の美味しい「信州そば」や昼食時にはランチと名付けられた握り寿司を出す、寿司屋街中の食堂のような店もありました店に入ると色んなおかずがガラス戸内に並べてあります。客は、そのおかずとご飯をトレーに並べてレジへ持っていって,精算するスタイルですそしてレジでお客からお金を受け取るのは、愛称「八ッちゃん」です私も時々、この食堂で昼食をと [続きを読む]
  • 社員食堂の名物お姉さん
  • ABCセンターの社員食堂にはABCで働く社員や出入りの業者さんのほかに、ドラマに出演されているタレント(俳優)さんもちょくちょく利用されていましたタレントさんの中には、あちこちの出演しているテレビ局の社員食堂に出入りしています。そのタレントさんが東京へ帰ってABCの社員食堂には暗算の凄いお姉さんがいるよと、噂が広まってお姉さんはすっかり有名になってしまいましたテレビ局の社員食堂は、朝から夜まで、祝日 [続きを読む]
  • 社員食堂の名物お姉さん
  • ABCセンターの社員食堂にはABCで働く社員や出入りの業者さんのほかに、ドラマに出演されているタレント(俳優)さんもちょくちょく利用されていましたタレントさんの中には、あちこちの出演しているテレビ局の社員食堂に出入りしています。そのタレントさんが東京へ帰ってABCの社員食堂には暗算の凄いお姉さんがいるよと、噂が広まってお姉さんはすっかり有名になってしまいましたテレビ局の社員食堂は、朝から夜まで、祝日 [続きを読む]
  • 社員食堂のお姉さん
  • 昨日は,野際陽子さんの訃報に接していろいろ思い出してみましたABCセンターの社員食堂の話に戻ります… … …朝から深夜まで開いている社員食堂も昼食時が一番、混雑します社員それぞれがトレーに皿やご飯を並べてレジ(会計)の前に行列を作っていますレジの前のお姉さんは、並んでいる社員の持ってくるトレーを見て「○○円です…」「次の人は△△円!…」「その後の人は××円!…」と次々に金額を告げていきますレジのお姉 [続きを読む]
  • 野際陽子さん
  • ニュースで野際陽子さんの訃報を聞いてビックリしました。大阪テレビ時代、月金の13時から15分ポーラ化粧品1社提供で主婦層を念頭に「婦人ニュース」がありましたキャスターは玉井孝(たまいたかし)と稲田英子、両アナウンサーでした番組の後コマーシャルは、化粧品を持ったタレントさんのワンショットで、彼女のしゃべりとともに手許の化粧品にドリー・インするカットでしたTBSでも資生堂提供の「女性専科」で主婦層をターゲ [続きを読む]
  • ABCセンターの社員食堂
  • ラジオとテレビの総合社屋のABCセンターの6階の社員食堂は明るい窓のある広い場所でした朝は、泊まり明けのアナウンサー報道スタッフなどが利用していました生卵、納豆、味付け海苔,魚の干物などが並んでいました11時ごろから,昼食の時間になります事務棟の社員、ラジオ、テレビのスタッフなど1日で一番利用者の多い時間です入口でトレーを一枚とって、ショーウィンドウに並んだおかずを見て,長いカウンターに並んで昼食 [続きを読む]
  • ABCセンターにて
  • ラジオとテレビが同じ社屋になったABCセンターでは、ラジオのスタジオやスタッフと馴染みになりましたラジオの番組制作のスタジオ・サブにお邪魔して元ラジオ少年としては,合点がいく毎日でした… … …ラジオ番組の構成作家とも知り合いになりましたラジオの番組を構成していた作家に藤本義一(ふじもとぎいち)さんも社屋の喫茶室でよくお目にかかりました藤本義一さんは、喫茶室や、ラジオ制作部の机で原稿を書かれていまし [続きを読む]
  • ABCセンターの喫茶室で
  • 大阪のテレビ局の中ではわがABCテレビがドラマ制作では多いほうでしたテレビのスタジオ棟にいつも映画館のスクリーンでお馴染みの映画俳優さんが来られていました新しくなったABCセンタービルの6階には社員食堂と喫茶室がありましたテレビドラマへ出演されている俳優さんも休憩時間やスタッフとの打ち合わせにこの喫茶室をよく利用されていました社内の喫茶室は社員が利用しますから映画俳優さんと一緒になっても別に騒ぎは [続きを読む]
  • テレビドラマのスタジオへ
  • 連続ドラマの制作花盛りだった当時をもう少し思い出してみます… … …「天保つむじ風」は55分ドラマで出演は本郷功次郎(ほんごうこうじろう)津川雅彦(つがわまさひこ)三国連太郎(みくにれんたろう)松岡きくこ… … …「戦国艶物語」(せんごくつやものがたり)では若尾文子(わかおあやこ),入江若葉(いりえわかば)小松方正(こまつほうせい),山本學(やまもとがく)当時、テレビドラマが盛んに作られていたころスタジオ棟には, [続きを読む]
  • 続・スタジオドラマは花盛り
  • 連続ドラマが毎週何本か制作されていましたタイトルを並べてみると「たすきを掛けた女」で出演は、中村玉緒(なかむらたまお)、山本学(やまもとがく)日高澄子(ひだかすみこ)、長谷川明男(はせがわあきお)… … …「伝七捕物帖」松竹の時代劇スターの高田浩吉(たかだこうきち)と娘さんの高田美和(たかだみわ)大村崑(おおむらこん)、渋谷天外(しぶやてんがい)、財津一郎(ざいついちろう)清川虹子(きよかわにじこ)… … …「月火水 [続きを読む]
  • スタジオドラマは花盛り
  • 連ドラ「豆腐屋の四季」が制作された前後は大阪テレビとして堂島から始まったテレビ放送が大淀のABCセンターとして,ラジオ(朝日放送ラジオ)とテレビ(朝日放送テレビ)の総合新社屋として発足したばかりでした… … …大阪には朝日放送のほかに毎日放送、関西テレビ、よみうりテレビと東京のテレビ局がキー局なのに対して大阪は準キー局として,自社制作番組が盛んでしたテレビスタジオは新社屋二階に大きなスタジオ二つに中位 [続きを読む]
  • ドラマ「豆腐屋の四季」は2クール
  • 連続テレビドラマ「豆腐屋の四季」は1969年7月17日の21時30分から始まって、ドラマは45分で2クール、26回続きました放送が最終回に向かうにつれてリスナーから「もっと続けて欲しい…」そしてドラマが終わるのは,何か理由があるのか…など,多くの投書がありましたスタッフの一員として,好評のうちに最終回を迎えるのは,一寸惜しい気もしましたが投書に引きずられてドラマを続けるよりも惜しまれてドラマが終わ [続きを読む]
  • 「豆腐屋の四季」と楠田芳子さん
  • ドラマ「豆腐屋の四季」を制作するにあたって、ベストセラーになったエッセーをスタッフは読んでいましたそして、楠田芳子さんの台本を読んで毎回、ディレクターN村さんと深夜におよぶ打ち合わせをしていました原作のエッセーを読んでいて、わずか1行の書き込みを楠田芳子さんは台本一杯に広げて書かれていたことがありましたその台本の打ち合わせでディレクターN村さんと私は楠田さんはすごいね!…とびっくりしたことがありま [続きを読む]
  • ドラマ豆腐屋のセット
  • ドラマ「豆腐屋の四季」は連続ドラマでしたからスタジオで毎週制作されますタイトルが「豆腐屋の…」ですから毎回豆腐屋の店先や居間が登場します毎回、スタジオに豆腐屋のセットが建てられますドラマがないときの豆腐屋のセットは適当にばらされて大道具室に収められています,録画が始まる前に,スタジオに建てられることになりますドラマも回を重ねる毎に,主演の緒形拳さん、川口晶さんの居場所が自然?に決まってきます場面に [続きを読む]
  • 連続ドラマ「豆腐屋の四季」の視聴率
  • 連続ドラマは、まず13回制作されて、毎週放送されます。13回は毎週放送されて約3ヶ月続くことになります。… … …連ドラ(連続ドラマ)が制作されると番組宣伝の短編(予告編)も制作されて放送されます出演する俳優さんの話題とかストーリーの粗筋の紹介などの番宣(ばんせん=番組宣伝)が始まりますやがて,第1回の放送が行われますすぐ視聴率がわかります。第1回、次の第2回、と回を重ねる毎に視聴率が右肩上がりにあがっ [続きを読む]
  • ドラマ「豆腐屋の四季」は右肩上がりの視聴率
  • 連続ドラマ「豆腐屋の四季」は回を重ねるごとに、視聴率が上がっていきました担当しているドラマが,回を重ねるごとに徐々に視聴率が下がっていくと、別にどうってこともないのに、社内的に肩身が狭い重いがします…連ドラ「豆腐屋の四季」はおかげさまにじりじりと右肩上がりの視聴率で社内的に、なにかと有利に捗りました制作スケジュールは,毎週3日間で初日は,ディレクターと徹夜に近い打ち合わせとスタジオのドライリハーサ [続きを読む]