hideさん さん プロフィール

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hideさんさん: 街道歩きと歴史散歩
ハンドル名hideさん さん
ブログタイトル街道歩きと歴史散歩
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/simada7126
サイト紹介文東海道や甲州街道を歩いています。吉村昭さんの小説が好きで、戦国時代や江戸時代の史跡を訪ねています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供180回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2016/04/25 10:07

hideさん さんのブログ記事

  • 新大久保コリアンタウンの歩き方③ 香港飯店0410界隈
  • 新大久保に昨年の11月オープンした韓国ちゃんぽん専門店「香港飯店0410」に行ってきました。日本に進出した香港飯店の第1号店です。韓国には明洞をはじめ、チェーン店がいくつもある人気のお店です。香港飯店と聞くと、中華料理のお店かと思ってしまいますが、正真正銘の韓国ソウルフードです。家族みんな、韓流ファンなので、よく新大久保に食事に行くのですが、前から気になっていたお店の一つだったんです。お店に入って驚いた [続きを読む]
  • 江戸前島を所領していた鎌倉「円覚寺」、新緑も綺麗!
  • 江ノ島から歩きはじめ、元使五人塚の「常立寺」、源義経の腰越状が残る「満福寺」、鎌倉幕府滅亡とゆかりのある「稲村ヶ崎」、「東勝寺跡」、「宝戒寺」、そして「九品寺」、「安養院」を巡り、最後に北鎌倉の「円覚寺(えんがくじ)」をお参りしました。円覚寺は鎌倉五山第二位の巨刹で、北鎌倉では建長寺に並ぶ人気スポットです。昨年の秋に撮った円覚寺です。紅葉も人気のお寺ですね。6月中旬になると紫陽花が見頃を迎えます。円 [続きを読む]
  • 🎯ハマスタツアーとvsヤクルト戦に行ってきました❗①
  • 久しぶりに横浜スタジアムに来ました。何年ぶりだろう。ベイスターズファンの娘が、ハマスタツアーの抽選に当選したからと父を誘ってくれたのだ。ちなみに私は大のヤクルトファン。ついでに、その日のナイター(vsヤクルト)も観戦することになりました。「ハマスターツアー」とは、横浜スタジアムのバックヤードツアーののこと。ハマスタツアーは午後2時の集合。すでに6時から始まるナイターの選手の入待ちや当日チケットを買う人で [続きを読む]
  • 鎌倉七口「巨福呂坂切通」と「巨福呂坂送水管路ずい道」
  • 北条政子ゆかりの寺「安養院」を後に、北鎌倉方面に足を伸ばしてみました。途中、鶴岡八幡宮の二の鳥居から段葛を歩きます。鶴岡八幡宮にある平家池の桜も終わりですね。ちなみに、太鼓橋の右側が源氏池で左側が平家池です。あわせて源平池といわれています。源平池は1182年、源頼朝の命により、弦巻田という田を池にしたと伝えられています。3代将軍源実朝を暗殺した公暁が隠れていたという伝説から「隠れ銀杏」とも呼ばれていた [続きを読む]
  • ツツジの寺 鎌倉「安養院」〜北条政子ゆかりの寺〜
  • 新田義貞ゆかりの寺「九品寺」を後に、北条政子ゆかりの寺「安養院」をお参りしました。「安養院」は、政子の法名からきています。また、安養院はツツジの寺としても有名です。この写真は2週間ほど前のものです。三分咲きというところでしょうか。尼将軍と称される北条政子が、夫である源頼朝の冥福を祈るため、鎌倉の佐々目ガ谷(現在の鎌倉文学館の辺り)に建立した「祇園山長楽寺」が前身であると伝えられています。しかし、長楽 [続きを読む]
  • Pacific DRIVE-INと新田義貞ゆかりの寺 ・ 鎌倉「九品寺」
  • 江ノ島から鎌倉に向かう途中で立ち寄った、江ノ電「鎌倉高校前駅」の踏切。人だかりのするこの場所は、1990年代に人気を博したアニメ「スラムダンク」・「TARI TARI」、TUBEの「はよつけ鎌倉」 ・ゆずの「夏色」のプロモーションビデオで使われた場所で、特に台湾人のアニメ聖地巡礼の地となっています。この江ノ電「鎌倉高校前駅」の真ん前に「Pacific DRIVE-IN」があります。ここで昼食をとりました。ハワイアンプレートラ [続きを読む]
  • 新田義貞の鎌倉進撃の道を辿る③稲村ヶ崎、東勝寺跡
  • 元弘3年(1333年)5月8日に上野国新田(群馬県)の生品神社で挙兵し、小手指の戦い、久米川の戦い、分倍河原・関戸の戦いを経て、州崎の戦いで勝利した新田義貞は、5月18日から21日にかけて、化粧坂切通し、巨福呂坂切通し、極楽寺坂切通しの3方向から鎌倉中心部に攻め込みます。そして、多くの者が命を落とす壮絶な合戦が繰り広げられました。しかし、新田軍は突破することができませんでした。3つ切通しから攻め込みながら、防衛線を [続きを読む]
  • 新田義貞の鎌倉進撃の道を辿る②
  • 元弘3年(1333年)5月8日、偶然にも今日の日付ですが、新田義貞は鎌倉幕府打倒の兵を挙げます。前回ご紹介した州崎の戦いで勝利した新田軍は、翌早朝から鎌倉への攻撃を開始します。進撃のルートは3つです。一つ目は、左側の矢印です。州崎から手広を通り江島道を南下し、極楽寺坂の切通しに向かうルート、二つ目は、右側の矢印です。州崎から山崎を通り、亀谷坂・巨福呂坂(こぶくろさか)の切通しから進撃するルートです。三つ目が、 [続きを読む]
  • 新田義貞の鎌倉進撃の道を辿る①
  • 2週間ほど前、徒歩で江ノ島から北鎌倉まで海岸沿いを歩きました。その折に、「元使五人塚の常立寺と江ノ島」と「源義経の腰越状が残る満福寺」を訪ね、ブログで紹介させていただきました。今回から新田義貞が鎌倉幕府を滅亡させた道程を巡りながら、鎌倉の旧跡をご紹介させていただきます。第1回目は、州崎の戦いです。この写真は、甲州街道を歩いていた時に撮った、分倍河原駅前に建つ新田義貞の像です。新田義貞と北条泰家の軍 [続きを読む]
  • Celebrity Millennium(セレブリティ・ミレニアム)横浜出航
  • 今日(4月30日)夕方、横浜港にぶらり寄ると大桟橋に大型客船が停泊しているのが見えました。早速、写真を撮りに向かいます。大型客船の名前は、セレブリティ・ミレニアム。今日(4月30日)朝9時に、仙台港から横浜港に到着し、同日午後5時に高知に向け、横浜港を出航する予定でした。今回のコースは「ゴールデンウィーク・南国土佐と石垣島・台湾クルーズ8日間」。今日は、全国的に天候に恵まれ、お見送りの方も大勢です。セレブリテ [続きを読む]
  • 源義経の腰越状が残る鎌倉「満福寺」
  • 江ノ島から鎌倉に向かう途中の腰越で、源義経ゆかりの寺「満福寺」をお参りしました。満福寺の門前には、江ノ電が走っています。満福寺は、天平16年(744年)に僧・行基により開山された京都大覚寺派の真言宗のお寺です。扁額は「満福寺」本堂の欄間には、義経と弁慶が腰越状を書いている様が彫られています。本堂の前には「義経腰越状」の石碑が建てられています。義経は、一の谷、屋島、壇ノ浦で平家を破り、平家を滅亡させる手柄 [続きを読む]
  • 元使五人塚の常立寺と江ノ島
  • 江ノ島駅近くにある常立寺を参拝しました。常立寺には、建治元年(1275年)に時の執権、北条時宗の命により死刑に処せられた蒙古の国使5人を祀った5基の五輪塔があります。最初の元寇は、文永11年10月に蒙古の王、クビライら3万5千隻の船で対馬隠岐を襲い、博多湾に上陸しました。日本軍はたちまち敗走しますが、台風により、蒙古軍の船は難破し、多くの死者を出し引き上げて行きます。文永の役です。その翌年4月、蒙古の国使、杜 [続きを読む]
  • かつて東洋一の海水浴場だった扇島の現在(いま)を歩く
  • 「都会のローカル線 鶴見線の旅」の特別編の第二弾です。鶴見線の最終駅「扇町」から川崎港海底トンネルを徒歩で渡り、かつて東洋一の海水浴場と言われていた扇島の現在の様子をご案内します。前回ご案内した東扇島東公園を出て、しばらく西の方角に歩くと、この島のランドマークの「川崎マリエン」に着きます。凱旋門のような外観の川崎マリエンは、川崎市港湾局の建物です。地上10階にある展望室からの眺めは最高です。入口を入 [続きを読む]
  • 海底トンネルを歩いて渡りました「川崎東扇島」①
  • 前回の鶴見線の旅でご紹介した昭和初期の川崎の扇島の写真です。当時は、東洋一の海水浴場として大いに賑わっていました。現在はどんな姿をしているのでしょうか。現在の京浜工業地帯の航空写真です。当時の海水浴場だった扇島は、位置的には、写真左下の「扇島太陽光発電所」の辺りだと思われます。当時の「扇島」は最後に残しまして、今回は航空写真の右下に示しました「東扇島東公園」をご紹介いたします。航空写真の右上にある [続きを読む]
  • 掃部山公園の井伊直弼銅像と仙台枝垂れ桜
  • 先週、横浜元町に行った帰りに、横浜の桜の名所「掃部山公園」に寄りました。すでに夕方、時より小雨が降る中でしたが、お花見に興じる人たちで大賑わいでした。掃部山公園は、桜木町駅の近くで、紅葉坂という長い坂を上がった丘の上にあります。この土地一帯は、江戸時代まで「不動山」と呼ばれていましたが、明治初期に鉄道敷設に携わった鉄道技師の官舎や、機関車用の水池が設けられたことから、「鉄道山」と呼ばれるようになり [続きを読む]
  • 元町 STAR JEWERY CAFE & Chocolatier
  • 横浜元町で生まれたジュエリーショップの老舗STAR JEWERYがプロデュースしたカフェに行ってきました。元町仲通りと代官坂通りの角地にあるこのカフェは昔、スターライトカフェという名前でしたが、去年の8月に改装していたようです。白を基調とした外観がとてもお洒落です。店内は白で統一されています。2階には、さらに設えの良さそうなテーブル席がありました。後で聞くと、スタージュエリー元町本店でブライダル用のリングを買 [続きを読む]
  • 都会のローカル線 JR鶴見線の旅8「浜川崎駅」日本鋼管をTHINK
  • 以前、南武支線(浜川崎線)の旅でもご紹介した「浜川崎駅」周辺を散策することにします。今回の目的地は日本鋼管、現在のJFEスチールです。ホームから階段を上がるとJFE専用出口がありますが、社員の方のみ使えます。こちらが、鶴見線側の浜川崎駅です。道路を挟んで、その向かいに南武支線(浜川崎線)の浜川崎駅があります。この写真は平日の朝に撮ったJFEの出勤風景です。右手に見えるビルがJFEスチール京浜ビルです。この敷地一 [続きを読む]
  • ㊗吉村昭記念文学館がオープンしました
  • 吉村昭生誕から90周年の節目に当たる今年4月1日、吉村昭が生まれた荒川区に「吉村昭記念文学館」がオープンしました。(今回はスマホで撮影)「吉村昭記念文学館」は「中央図書館」「ゆいの森子どもひろば」と一緒に「ゆいの森あらかわ」という建物に誕生しました。4月1日には、小池百合子東京都知事が見学に来られました。1階には、エントランスホール、総合カウンター、カフェがあります。2階には、吉村昭記念文学館や会議室、児童 [続きを読む]
  • 都会のローカル線 JR鶴見線の旅7『大川駅』②鶴見騒擾事件
  • 今回は、鶴見線大川支線の終点「大川駅」の周辺を散策します。大川駅を降り、人が一人通れるほどの踏切を渡ります。支線の終着駅の先なのですが、なぜか遮断機が付いています。周辺はというと、工業団地のような場所になっているのですが、鶴見線の線路沿いに緑地のプロムナードのような憩い場所がありました。その一角に「鶴見火力発電所跡」という小さな石碑があります。石碑の裏側には沿革が書かれていました。内容は次のとおり [続きを読む]
  • 都会のローカル線 JR鶴見線の旅7「武蔵白石駅」「大川駅」① 
  • 今回は、「武蔵白石駅」から「大川駅」に向かいます。「武蔵白石駅」の駅名の由来ですが、日本鋼管(現JFEホールディングス)の創業者の白石元治郎からきています。すでに、「白石駅」という駅名は当時、東北本線にあったので、「武蔵」の冠を付けたのだそうです。ちなみに、JFEの社名ですが、聞くところによりますと、日本のJ(Japan)、鋼管(鉄の元素記号Fe)、エンジニアリング(Engineering)から付けられているそうです。昭和初期に [続きを読む]
  • 都会のローカル線 JR鶴見線の旅6「安善駅」米軍貯油施設
  • 今回は、鶴見線「安善駅」とその周辺をご紹介します。まずは、「安善駅」の駅名の由来ですが、浅野総一郎らの埋立事業を支援した安田財閥創業者である安田善次郎にちなんで付けられています。若い頃に、一時「交通安全」のお守りに、「安善駅」の切符を買うというのが流行ったことがありました。懐かしい・・・(汗)。安善駅からは、旅客用の線路としてではなく、貨物線としての線路が旧・浜安善駅までつながっています。鶴見線の前 [続きを読む]
  • 都会のローカル線 JR鶴見線の旅4 「浅野駅」「海芝浦駅」① 
  • 今回は、鶴見線の4つ目の駅「浅野駅」から「海芝浦駅」をご紹介いたします。「浅野駅」の駅名の由来は、この銅像の主「浅野総一郎」の名前に由来しています。「浅野総一郎」とは、いかなる人物なのでしょうか。浅野総一郎は、一代で、浅野財閥を築き上げ、「京浜工業地帯の生みの親」とも「コンクリート王」とも呼ばれた人物です。富山県氷見市の医者の長男として生まれ、15 歳で初めて商売をするものの失敗の連続で借金を抱え、敢 [続きを読む]