hideさん さん プロフィール

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hideさんさん: 街道歩きと歴史散歩
ハンドル名hideさん さん
ブログタイトル街道歩きと歴史散歩
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/simada7126
サイト紹介文東海道や甲州街道を歩いています。吉村昭さんの小説が好きで、戦国時代や江戸時代の史跡を訪ねています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供180回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2016/04/25 10:07

hideさん さんのブログ記事

  • いにしえの東海道 池上道を歩く④関東最古の五重塔
  • この辺りは、かつて新井宿といい、江戸期に東海道ができる前は宿場として栄えていたそうです。池上道(平間街道)沿いには、「いにしえの東海道」の石碑がいくつか建てられています。呑川の前に、「養源寺」があります。養源寺は、池上本門寺歴代住職の隠居所隣、八代将軍吉宗が鷹狩りの際には、御膳所となっていたと言われています。境内に入ると、本堂裏手の墓地に上がる細い階段沿いに紫陽花の小径があるのが見えました。前をゆく [続きを読む]
  • いにしえの東海道 池上道を歩く③「新井宿義民六人衆」
  • 前回ご紹介した「大森貝墟」の向かいには、「大森不動尊圓能寺」と「日枝神社」があります。日枝神社の社殿の隣には、神社の旧称の「山王権現」があります。この辺りの「山王」という地名の由来となっています。「山王口」の交差点を過ぎると、「大森駅」前です。その向かいに、こんもりとした山が見えます。階段の先には「天祖神社」があります。当時、「八景坂」と呼ばれていたくらいですから、見晴らしの良い場所だったに違いあ [続きを読む]
  • いにしえの東海道 池上道を歩く②「大森貝墟」
  • 「水神社」を後に、「池上通り」に戻ります。左に「来迎院」(らいごういん)が見えてきます。来迎院には、将軍家光の鷹狩りの休憩所が設けられていました。来迎院は、江戸時代以降の文書が残されていることでも知られています。道路を挟んで、来迎院の正面に「来迎院石造物念仏講供養塔」があります。地蔵像には、1956年(明暦2年)、1959年(万治2年)と古い時代の年号が刻まれており、旧大井村に念仏講があったことが歴史的に分かりま [続きを読む]
  • いにしえの東海道 池上道を歩く①「大井の井」
  • 池上道(いけがみみち)は、東海道を品川から分かれ、池上本門寺の門前を通り、多摩川を渡る「丸子の渡し」まで続く道です。江戸時代は、本門寺参詣の道でしたが、それ以前から重要な道で、鎌倉街道、古代の東海道とも言われる古道です。スタートは、JR大井町駅です。近年の再開発で一新した大井町駅中央口の西側から、阪急大井町ガーデン裏側へ回り込みます。駅裏の上り坂を歩いていくと、現在の「池上通り」にぶつかります。その手 [続きを読む]
  • 欅造りの五重塔 片瀬「龍口寺」
  • 北鎌倉の明月院で花菖蒲と紫陽花を見た後、再び横須賀線に乗り、鎌倉駅へ。そこから御成町の商店街を抜け、由比ヶ浜駅から江ノ電で江ノ島に向かいました。先月、江ノ島から北鎌倉まで歩いた時に、望遠で江ノ島から片瀬方面を撮った写真です。新緑の片瀬山の懐に抱かれるように立つ「龍口寺の五重の塔」が見えます。直に訪ねて見ることにしました。由比ヶ浜駅からの江ノ電は、日曜日とあって、ぎゅうぎゅう詰めです。ほとんどの乗客 [続きを読む]
  • 北鎌倉・明月院の猫と花菖蒲
  • 日曜日に紫陽花で有名な北鎌倉の明月院に行ってきました。境内一面に咲く明月院ブルー。素敵な紫陽花を見つけました。長蛇の列で円窓には近づけません。本堂前の枯山水に可愛らしい猫がいました。本堂裏の庭園は、花菖蒲と紅葉の時だけ特別公開されています。明月院なので、月に見立てた石にウサギ。裏庭から円窓を撮りました。また、紅葉の時期に伺います。 [続きを読む]
  • 南武線誕生秘話〜秋元喜四郎と浅野総一郎の夢の実現〜
  • 重複して掲載してしまい、ご迷惑をおかけしました。「大正3年(1914年)、御幸村村会議員の秋元喜四郎は、多摩川の水害に見舞われていた御幸村の農民を救うため、自らがリーダーとなり、近隣農民500人とともに揃いの編み笠を被り、神奈川県庁に大挙押しかけました。後に語られる「アミガサ事件」です。この事件を契機に有吉忠一神奈川県知事は、沿道のかさ上げという形で多摩川に堤防を築きます。」というところまで前回ご紹介しまし [続きを読む]
  • 南武線誕生秘話〜秋元喜四郎と浅野総一郎の夢の実現〜
  • 重複して掲載してしまい、ご迷惑をおかけしました。「大正3年(1914年)、御幸村村会議員の秋元喜四郎は、多摩川の水害に見舞われていた御幸村の農民を救うため、自らがリーダーとなり、近隣農民500人とともに揃いの編み笠を被り、神奈川県庁に大挙押しかけました。後に語られる「アミガサ事件」です。この事件を契機に有吉忠一神奈川県知事は、沿道のかさ上げという形で多摩川に堤防を築きます。」というところまで前回ご紹介しまし [続きを読む]
  • Pie Holic(パイ ホリック)と赤レンガ
  • 横浜みなとみらいのパイ専門店「パイホリック」というお店に入りました。オープンして1年以上経った今でも行列ができるほどの人気店でランチタイムのパイ食べ放題が特に人気なようです。場所は、横浜の新港埠頭前のマリン&ウォークの中に入っています。夕方、赤レンガに行く途中で立ち寄ったのですが、普段、予約しないと入れない「パイホリック」に行列がなかったので、お茶をすることにしました。初めての入店です。メニューを見 [続きを読む]
  • 南武線誕生秘話〜アミガサ事件と有吉堤〜
  • 多摩川の度重なる大洪水に対し、大正3年(1914年)9月16日未明、アミガサを付けた農民500人は、神奈川県知事に対し多摩川築堤の「大挙陳情」を決行します。その経過は、アミガサ事件の集結場所「八幡大神」(南武線平間駅から5分ほど)境内の高札(解説板)に詳しく書かれています。(解説板から)「1914年(大正3年)9月16日のこと、野良着姿の一団が道を急いだ。麦飯のむすびを包んだ風呂敷をはすに背負い、全員がアミガサを着けていた。出 [続きを読む]
  • 南武線誕生秘話〜アミガサ事件と秋元喜四郎〜
  • 昭和2年に開通した南武線の誕生には、御幸村(現在の川崎市幸区・中原区の一部)村会議員を経て、橘樹郡議員として活躍した秋元喜四郎と、川崎から鶴見間の京浜地区を埋め立て、運河を開削するなど日本の産業に貢献した浅野総一郎が大きく関わっています。今回は、秋元喜四郎に焦点を当て、南武線誕生に至る経過を紹介いたします。下の写真は、秋元喜四郎 (川崎の上平間で代々名主を務める家の16代目当主)多摩川は、東京都と神奈川県 [続きを読む]
  • 川崎郷土・市民劇「南武線誕生物語」を観てきました
  • 川崎郷土・市民劇は、文字通り、川崎の歴史に登場する人物に焦点を当て、2年ごとに上演しているもので、プロの演劇人の中に公募で選ばれた市民が参加して、創り上げている演劇なんてす。第6回目となる今回は、今年で90周年を迎える南武線の誕生秘話がモチーフとなっています。川崎の大動脈とも言われる南武線は昭和2年(1927年)に「南武鉄道」として開通しました。誰が思いつき、誰がどのようにして実現させたのか、その歴史は川崎 [続きを読む]
  • 小田原北条氏が信玄、秀吉の侵攻に備えた「河村城」の跡
  • 河村城は、平安時代末期に築城され、相模・甲斐・駿河三国の境界線が交差する要衝の地に築かれた山城(標高225m?)です。現在は、発掘調査が行われ、本丸や廓、畝堀などの遺構が見られる「河村城址歴史公園」として整備されています。石碑には「河村城址」と刻まれています。河村城址は、戦国時代、後北条氏の小田原城の支城となっていましたが、豊臣秀吉の小田原攻めによって滅ぼされ、廃城となります。また、それ以前には、後北 [続きを読む]
  • 横浜港シンボルタワーから見た「飛鳥II」
  • 横浜港が一望できる「横浜港シンボルタワー」をご紹介します。場所は、横浜港の入口に当たるところで、本牧埠頭のD突堤のさらに先端に位置しています。このタワーは、安全に世界中の船舶が横浜港に入出航できるよう信号を送る施設なんです。何と言っても、周りは広大な芝生の広場があり、しかも、あまり混み合っていないので、ゆっくりとレジャーシートを広げ、ピックニック気分を味わうことができます。ただし、BBQはできません。 [続きを読む]
  • 新大久保コリアンタウンの歩き方③ 香港飯店0410界隈
  • 新大久保に昨年の11月オープンした韓国ちゃんぽん専門店「香港飯店0410」に行ってきました。日本に進出した香港飯店の第1号店です。韓国には明洞をはじめ、チェーン店がいくつもある人気のお店です。香港飯店と聞くと、中華料理のお店かと思ってしまいますが、正真正銘の韓国ソウルフードです。家族みんな、韓流ファンなので、よく新大久保に食事に行くのですが、前から気になっていたお店の一つだったんです。お店に入って驚いた [続きを読む]
  • 江戸前島を所領していた鎌倉「円覚寺」、新緑も綺麗!
  • 江ノ島から歩きはじめ、元使五人塚の「常立寺」、源義経の腰越状が残る「満福寺」、鎌倉幕府滅亡とゆかりのある「稲村ヶ崎」、「東勝寺跡」、「宝戒寺」、そして「九品寺」、「安養院」を巡り、最後に北鎌倉の「円覚寺(えんがくじ)」をお参りしました。円覚寺は鎌倉五山第二位の巨刹で、北鎌倉では建長寺に並ぶ人気スポットです。昨年の秋に撮った円覚寺です。紅葉も人気のお寺ですね。6月中旬になると紫陽花が見頃を迎えます。円 [続きを読む]
  • 🎯ハマスタツアーとvsヤクルト戦に行ってきました❗①
  • 久しぶりに横浜スタジアムに来ました。何年ぶりだろう。ベイスターズファンの娘が、ハマスタツアーの抽選に当選したからと父を誘ってくれたのだ。ちなみに私は大のヤクルトファン。ついでに、その日のナイター(vsヤクルト)も観戦することになりました。「ハマスターツアー」とは、横浜スタジアムのバックヤードツアーののこと。ハマスタツアーは午後2時の集合。すでに6時から始まるナイターの選手の入待ちや当日チケットを買う人で [続きを読む]
  • 鎌倉七口「巨福呂坂切通」と「巨福呂坂送水管路ずい道」
  • 北条政子ゆかりの寺「安養院」を後に、北鎌倉方面に足を伸ばしてみました。途中、鶴岡八幡宮の二の鳥居から段葛を歩きます。鶴岡八幡宮にある平家池の桜も終わりですね。ちなみに、太鼓橋の右側が源氏池で左側が平家池です。あわせて源平池といわれています。源平池は1182年、源頼朝の命により、弦巻田という田を池にしたと伝えられています。3代将軍源実朝を暗殺した公暁が隠れていたという伝説から「隠れ銀杏」とも呼ばれていた [続きを読む]
  • ツツジの寺 鎌倉「安養院」〜北条政子ゆかりの寺〜
  • 新田義貞ゆかりの寺「九品寺」を後に、北条政子ゆかりの寺「安養院」をお参りしました。「安養院」は、政子の法名からきています。また、安養院はツツジの寺としても有名です。この写真は2週間ほど前のものです。三分咲きというところでしょうか。尼将軍と称される北条政子が、夫である源頼朝の冥福を祈るため、鎌倉の佐々目ガ谷(現在の鎌倉文学館の辺り)に建立した「祇園山長楽寺」が前身であると伝えられています。しかし、長楽 [続きを読む]
  • Pacific DRIVE-INと新田義貞ゆかりの寺 ・ 鎌倉「九品寺」
  • 江ノ島から鎌倉に向かう途中で立ち寄った、江ノ電「鎌倉高校前駅」の踏切。人だかりのするこの場所は、1990年代に人気を博したアニメ「スラムダンク」・「TARI TARI」、TUBEの「はよつけ鎌倉」 ・ゆずの「夏色」のプロモーションビデオで使われた場所で、特に台湾人のアニメ聖地巡礼の地となっています。この江ノ電「鎌倉高校前駅」の真ん前に「Pacific DRIVE-IN」があります。ここで昼食をとりました。ハワイアンプレートラ [続きを読む]
  • 新田義貞の鎌倉進撃の道を辿る③稲村ヶ崎、東勝寺跡
  • 元弘3年(1333年)5月8日に上野国新田(群馬県)の生品神社で挙兵し、小手指の戦い、久米川の戦い、分倍河原・関戸の戦いを経て、州崎の戦いで勝利した新田義貞は、5月18日から21日にかけて、化粧坂切通し、巨福呂坂切通し、極楽寺坂切通しの3方向から鎌倉中心部に攻め込みます。そして、多くの者が命を落とす壮絶な合戦が繰り広げられました。しかし、新田軍は突破することができませんでした。3つ切通しから攻め込みながら、防衛線を [続きを読む]
  • 新田義貞の鎌倉進撃の道を辿る②
  • 元弘3年(1333年)5月8日、偶然にも今日の日付ですが、新田義貞は鎌倉幕府打倒の兵を挙げます。前回ご紹介した州崎の戦いで勝利した新田軍は、翌早朝から鎌倉への攻撃を開始します。進撃のルートは3つです。一つ目は、左側の矢印です。州崎から手広を通り江島道を南下し、極楽寺坂の切通しに向かうルート、二つ目は、右側の矢印です。州崎から山崎を通り、亀谷坂・巨福呂坂(こぶくろさか)の切通しから進撃するルートです。三つ目が、 [続きを読む]
  • 新田義貞の鎌倉進撃の道を辿る①
  • 2週間ほど前、徒歩で江ノ島から北鎌倉まで海岸沿いを歩きました。その折に、「元使五人塚の常立寺と江ノ島」と「源義経の腰越状が残る満福寺」を訪ね、ブログで紹介させていただきました。今回から新田義貞が鎌倉幕府を滅亡させた道程を巡りながら、鎌倉の旧跡をご紹介させていただきます。第1回目は、州崎の戦いです。この写真は、甲州街道を歩いていた時に撮った、分倍河原駅前に建つ新田義貞の像です。新田義貞と北条泰家の軍 [続きを読む]