KITAYOKOU さん プロフィール

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KITAYOKOUさん: KITAYOKOUのブログ
ハンドル名KITAYOKOU さん
ブログタイトルKITAYOKOUのブログ
ブログURLhttp://blogs.yahoo.co.jp/kitayoukou
サイト紹介文古い町並み、城跡などに癒されます。風景や鉄道の写真も撮ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供82回 / 334日(平均1.7回/週) - 参加 2016/04/26 18:47

KITAYOKOU さんのブログ記事

  • 岩槻城散策
  • 岩槻城は太田道灌が築いた城、と今まで頭にインプットされていた。ところが最近、成田氏が築城したという史料が見つかったことで、今のところ両論並立となっているらしい。かつては川と沼と町屋を取り込んだ総構えの壮大な平城だったと言われているが、今はそのほとんどが公共施設や住宅となっていて、往時をしのぶものはわずかに、移設された門や一部残っている土塁、空堀だけとなっている。 [続きを読む]
  • 大多喜散策
  • 千葉県大多喜町。徳川四天王のひとり、本多忠勝の城下町でもある。いつか一度は訪れてみたいと思っていたが、わざわざというよりは、何かのついでの折にでも、と考えていた。今回所用が出来て、そのついでの機会が巡ってきた。ただし、月曜日、雨天というあまり芳しくない条件のもとに・・・。車で町の中に入って、古い建物が思った以上に多いというのが第一印象だった。駅前の案内所で地図をもらい、雨天のため貸自転車は諦めて歩 [続きを読む]
  • 芝増上寺
  • 植込みを手入れ中の公園を通り抜けていくと、増上寺への表示があった。三田から歩いてきたので、増上寺への訪問は裏手からになってしまった。細い通路を進んで最初にたどり着いたのが茶室。貞恭庵というのか。大師堂を参拝し門に向かうと、10人前後の若者が門の脇の地べたにじかに座っていた。異様な感じがして、脇を通り抜けるのを少しためらった。建物から出てきた若い僧が、何も言わずに通り抜けて行った。たむろしているのは [続きを読む]
  • 田町から三田、麻布十番
  • 田町駅で降りるのは初めてだ。ここも今まで縁がなかった。駅から少し歩くと慶應義塾大学がある。そのシンボルともいえる図書館?ビルに挟まれた環境にあるとは・・・、門をかねているとは・・勘違いだった。その奥に見えるレンガ造りの建物が図書館。さすがにアカデミックな雰囲気がある。こんな雰囲気の中を通学してみたかったと思う。近くの路地を入ると○○荘という建物があった。昔懐かしい下宿屋の佇まいだが、今も学生が住ん [続きを読む]
  • 神楽坂界隈
  • JR飯田橋駅を出て、牛込橋を渡る手前に石垣がある。牛込御門跡の石垣だ。ここに二つの門を直角に配置した枡形門があったらしい。牛込橋の下は中央線と総武線が走っている。ちょうど中央線の電車が来たところだ。この中央線の線路から向こう岸までがそのまま外堀だったとしたら、そのスケールの大きさに驚く。 神楽坂の横丁を散策して(前回掲載)神楽坂通りに戻ると、毘沙門天・善国寺があった。正面から撮ろうとしたが、人が [続きを読む]
  • 神楽坂散策
  • 谷中散策で小旅行気分に浸れたことに味を占め、今度は神楽坂に来てみた。JR飯田橋を出て、牛込橋を渡ると、前方に神楽坂が見えた。並木道で意外に現代的な雰囲気の坂道だ。写真を撮ろうかと思ったが、人の行き来が多く、その雰囲気でないので諦めた。 石畳のいかにも神楽坂、という路地を入っていくと、下調べで見た風景にいきなり出会った。かくれんぼ横丁。その先は丁字路になっていた。いかにも神楽坂という眺めを堪能して [続きを読む]
  • 寛永寺から上野東照宮へ
  • 谷中散策後も余力があったので、上野に足を延ばすことにした。寛永寺を過ぎたあたりから、往来を行き来する人の数も目立って増え始めた。国際子ども図書館は、たぶん初見だと思うが、その大きさには迫力を感じた。どんな関連かは知らないが、小泉八雲と表記された像があったので、それを入れて写したら建物がはみ出てしまった。 すぐ近くの芸大に沿って、長い行列ができていた。比較的高齢の男ばかりが目立つ列で、延々と続い [続きを読む]
  • 言問通りから寛永寺へ
  • 谷中は寺が多いので、予め訪れる寺の目星をつけておいた。この寺を選んだのは、八万四千体地蔵という表記があったからだ。寺の名前は、浄名院。言問通りを上野方面に歩いていくと、道路沿いにあった。ごく一般的な広さの寺だが、門を入って左奥にお地蔵様が整然と並んでいた。 浄名院のすぐ近くに寛永寺があった。著名な寺の割には人影もまばらで、静かなたたずまいの中にあった。寛永寺。玄関には葵の御紋が。根本中堂門を入 [続きを読む]
  • 谷中銀座から上野へ
  • 谷中銀座を歩くと、猫の置物やデザインが目につく。写真中央の猫も本物ではない。通りを歩いていると外国語の会話が耳に入ってくる。この人たちも外国人か?と思ったら、日本人だったりして、とにかくアジア系がほとんどという感じだ。谷中銀座から上野に向かう途中にあった店左側の店も、看板と暖簾は猫の図柄だ。旧吉田屋酒店。その向かい側のコーヒー店。あちこちの店に行列ができていた。日本のノスタルジックな風景は、意外と [続きを読む]
  • 日暮里から谷中霊園周辺
  • 谷中という地名は知っていたが、そこに行こうという発想はなかったし、ついでに立ち寄ることもなかった。今まで縁のない場所だった。今回わざわざ行ってみようと思ったのは、テレビの影響だ。訪れてみての印象は、寺が多いこと、横丁とか路地が多いこと。そのせいか生活感が漂う安心感があること、など。また、都内とは思えないほど落ち着いていて、どこかの地方都市に旅行しているような気分になってくる。 まず最初に、幸田 [続きを読む]
  • 宇都宮と土方歳三
  • 宇都宮の南、上三川町に満福寺という寺がある。新撰組土方歳三が属する旧幕府軍前軍が宿泊した寺でもある。この門前で、宇都宮城攻城の日の朝、前日旧幕府軍に捕らえられた黒羽藩士数名が、土方により斬殺された。江戸藩邸からの物資を運ぶため、鬼怒川を遡航していた時に捕らえられたという説と、斥候に出て鬼怒川を下っているときという説があり、また、その数も3人説と4人説がある。4月19日、この日新政府軍は宇都宮城を出 [続きを読む]
  • 宇都宮城散策
  • 宇都宮城址公園に行くと、ボランティアの人がいていろいろ説明してくれた。昭和30年代までは堀や土塁が残っていたが、都市化が進み堀を埋めるために土塁を崩してしまったこと。そのため復元はすべて新しく造られたものであること。市街地となってしまったため、復元できるのは城のごく一部だけなので、期待してきた人にはがっかりされてしまうこと。宇都宮城主は二荒山神社の宮司を兼ねていたこと。・・・など。以前新聞で読んだ [続きを読む]
  • 財布は戻った
  • 息子が財布を紛失した。保険証も入っていたという。悪用のリスクを考えると不安になる。以前にも1度財布を無くしたことがあり、この時は出てこなかった。2度目なので「粗忽者」と一言出そうになったが、自制して話を聞くと、特に軽率なことをしたとも思えない。いつものポケットに入れた記憶は確かで、都内の目的地まで財布を取り出してはいない。自宅近くの交番に届け出たが、警察にも鉄道にも該当の拾得物は無いという。 [続きを読む]
  • 江戸を俯瞰して廃城?唐沢山城
  • 唐沢山城は、平将門の乱を平定した藤原秀郷によって築かれたと伝えられている。伝承はともかく、15世紀後半には存在していたことが、史料により裏付けられている。16世紀半ば以降、北条氏と上杉氏の抗争の狭間で、何度も攻城を受けた城でもある。駐車場から本丸に向かう入口に、喰違虎口がある。虎口を抜けると天狗岩の登り口がある。天狗岩は物見やぐらがあった所で、南側に広がる展望は、新宿の高層ビル群やスカイツリーが見 [続きを読む]
  • 2017年白岡八幡宮の絵馬
  • 例年は初もうでのハシゴをしていたのだが、今年はものぐさをしてしまった。松の内も過ぎてしまってどうかと思ったが、白岡八幡宮に行ってみると、意外にも参拝客が次々訪れていた。特別な日以外は人けのない授与所も、人の行き来が目立つ。白岡八幡宮には、例年地元の高校の美術部から大きな絵馬が奉納されている。今まで奉納された絵馬は拝殿左手に並んでいる。その反対側、拝殿右手には瓦の干支が並んでいる。 初もうでの時 [続きを読む]
  • 成田のたそがれ時
  • 先程、駐車場を探してこの道を通過したときには、観光客や地元の人たちが行きかってにぎわっていたが、車をおいて再びこの通りに戻ると、閑古鳥が鳴く雰囲気に一変していた。成田に着いたのが夕暮れ時だったのは確かだが、天候も手伝ってか急速に薄暗くなったような気がする。食堂の前では、板前さんがひとり、のんびりと一服している。ときたま一方通行の道を車が通り過ぎていくだけで、人通りはほとんどない。中央に見える [続きを読む]
  • ユネスコ遺産登録祝賀の山あげ祭
  • ユネスコ文化遺産登録を記念して、冬に興行された山あげ祭。山が揚がった直後。まだ準備中のため、舞台は幕がかかった状態になっている。 舞台後方100メートルの範囲に、前山、中山、大山があるが、これは大山をあげるところ。 背景の山は、公演途中で秋から春に変わっている。舞台上は地味な場面になってしまった。観客の頭越しに両手をあげてシャッターを押すので、シャッターチャンスを忖 [続きを読む]
  • めったにない冬の山あげ祭
  • 山あげ祭の演目「将門」の冒頭の場面。何が珍しいのかといえば、画面的には、観客の服装。なぜなら、この祭りは真夏の炎天下に開催されるので、冬に興行されることは無い。そういう意味で、珍しい画像ということになる。それではなぜ、今回冬に開催されたかというと、この12月に、この祭りがユネスコ文化遺産に登録されたからだ。その祝賀行事として異例の冬の開催となった。これは「将門」のクライマックスシーン。脚立に乗った [続きを読む]
  • こころ旅・国見峠
  • 何回か前のブログに書いた国見峠は、NHKの「こころ旅」に登場したことがある。火野正平さんは、峠までの延々と続く上り坂に、途中でバテてしまったが、ここに自転車で来ようとする人はめったにいないだろうと思う。番組でも触れていたが、那須烏山の国見峠には日本最北限のミカン園が数軒ある。国見のミカンはすっぱすぎてちょっと・・・、と芳しくない評判を聞いていた。ミカン狩りを体験できるのはいいとして、評判通り酸味が強 [続きを読む]
  • 金山城と武勇の母
  • 金山城は、発掘調査で大規模の石垣や石敷きが見つかった。それまでは、関東の中世の山城には石垣はない、といわれてきたが、その定説がこれによって覆ることとなった。 守りやすいように、通路を狭くし、少しずらして見通しにくくしてある。  石敷きと排水溝 儀式用と推測される池と井戸。山城の山頂部に池があるのは珍しい。&nb [続きを読む]
  • 雲海期待が靄に・那須烏山
  • 結局、国見の雲海は空ぶった。この写真は、前々回のブログの橋から1キロ半ほど下流の烏山大橋だが、霧で山が見えない。この逆でなければ雲海にはならない。この写真は、この橋を高台から眺めたもの。単に靄がかかっているだけの眺めになっている。 そしてこちらは、この先の視界が遮られている。以前ほぼ同じ位置から撮ったときは、まだ雲海の名残らしい雰囲気は残っていたのだが・・。そんな訳で今のところ雲海とは縁がない。 [続きを読む]
  • 国見峠
  • 11月半ば、濃霧注意報の出た土曜日。朝、外を見ると予報通り霧が立ち込めていた。これなら雲海に間に合うかもしれないと思い立ち、国道4号線を北上した。さすがにどの車も点灯しているが、極端に徐行しなければならないというほどでもない。 晩秋には雲海が見られるという那須烏山の国見峠に近づくにつれ、霧が薄れ始めた。見通しが良くなり、ところどころが靄っている風景になった。予報は濃霧、晴れであり、「朝霧は晴れ [続きを読む]
  • 靄と紅葉の堺橋
  • 前回ブログの場所から少し上流へ。橋の逆サイドになる。移動するほんの数分の間に、靄は晴れてしまった。とはいっても天候は晴れないまま。 この堺橋は、近代化遺産に指定されている。設計は、当時橋梁設計の第一人者成瀬勝武氏で、バルコニー付きRC橋は日本にここを含め8つしかないらしい。土木遺産にも指定されているという解説板が建っていた。さすがに景観によく溶け込んでいる橋といえる。 [続きを読む]
  • 那須烏山・落石の紅葉
  • 先週の土曜日は、雲海を空ぶってしまったため、まだ靄が残っている落石に行った。地表近くの視界は開け、山の上は靄っている。この逆でなければ、雲海にはならない。陽がさしていないので、紅葉も映えない。こんな天候でも、私同様「朝霧は晴れ。」を信じたのか、それなりに人が来はじめている。周りに人がいるのだが、眺望は静寂そのものだ。サケの姿が見えないが、これからだったのだろうか。 [続きを読む]
  • 泉渓寺の紅葉
  • 十年以上も前のことになるが、当時まだ開業していた日帰り温泉からの帰路、山道を車で下っていくと、対岸に見える烏山の市街地の一角が煌々と照らし出されているのが目についた。時刻は21時を過ぎていたろうか。こんな時間まで何をしているのだろうと、好奇心がわいてきた。一体何をしているのか疑問に感じながらこのまま帰ってしまうのも心残りがして、気になるので立ち寄ってみることにした。 だいたいの見当をつけて車を [続きを読む]