KITAYOKOU さん プロフィール

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KITAYOKOUさん: KITAYOKOUのブログ
ハンドル名KITAYOKOU さん
ブログタイトルKITAYOKOUのブログ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/kitayoukou
サイト紹介文古い町並み、城跡などに癒されます。風景や鉄道の写真も撮ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供101回 / 355日(平均2.0回/週) - 参加 2016/04/26 18:47

KITAYOKOU さんのブログ記事

  • 埼玉県北の菜の花
  • 埼玉では桜の名所として知られる幸手権現堂。桜祭りも終わり三分落ちというのだろうか。こちらは埼玉県名発祥の地さきたま古墳の菜の花。古墳の上にはレプリカの埴輪が並んでいる。渡良瀬川の堤防に咲く菜の花。通過中の東武日光線普通電車。県内有数の米どころと言われている北川辺地区で。利根川堤防の菜の花。大利根地区で。 [続きを読む]
  • 品川散策のはずが目黒川の桜
  • 谷中散策で味をしめて、時折都内散策に出かけている。品川辺りで適当なところはないか検索すると、しながわ観光協会のモデルコースがあった。コースの地図が小さく分かりずらいのだが、現地に行けば何とかなるだろうと、出かけることにした。現地に行って楽観はもろくも崩れ去った。肝心のコースの地図が小さすぎるのはもちろんだが、道路の記載も色が淡すぎてよく見えない。大まかに位置関係を確かめて歩くと、行き止まりの道がか [続きを読む]
  • さきたま古墳の桜
  • 丸墓山古墳は日本最大の円墳だが、春は桜の名所として知られている。近年になって地元の人が植えたものらしい。ここから忍城を見渡すことが出来るため、かつては石田三成が本陣を敷いた場所で、高さは20m弱しかないが行田では最も標高のある山ということになる。手前の植え込みは、昭和初期に沼地埋め立てのため取り崩されてしまった小型の円墳群が、この場所にあったことを示すために植えられた。桜の時期はとくに幻想的な気分 [続きを読む]
  • 靴下を履くとき
  • プールからあがって着替え、靴下をはこうとベンチを見た。誰かが水着を濡れたまま置いてしまったらしく、一面水滴だらけになっていた。他のベンチは、他の人が使っている。やむを得ず、立ったまま靴下をはこうとして、ふと気になった。 ここ数年、靴下を履くときは必ず座って履いているが、それ以前はどうしていたか全く記憶がない。何も考えずに惰性で履いていたとしても、毎日繰り返してきた動作だ。それが全く頭に残ってい [続きを読む]
  • 本郷散策
  • 無縁坂を登り切り、東大の鉄門から東大病院の脇を通り抜けると、高層の研究棟の上に人が何人か動いているのが見えた。もちろん命綱はつけているのだろうが、見上げただけでハラハラする。その下を通るのはやめて、ひたすら赤門を目指した。春休みとはいえ赤門の周りはにぎわっていた。高校生の団体も来ていた。安田講堂や三四郎池にまわるのはやめて、本郷通りを渡って、旧伊勢屋質店に向かうことにした。方向があっていればいい、 [続きを読む]
  • 無縁坂
  • 旧岩崎邸庭園から無縁坂を登って、東京大学へ向かう。この辺りは、大名屋敷や寺院があった場所で、旧岩崎邸は高田藩、東大は加賀藩の屋敷跡だ。今はマンションも多い。宅配便の運転手が、配達品を台車に積んで坂を登ってくる。留守だったりすると再度往復することになり、気落ちするだろうなと忖度する。坂の途中に寺があった。講安寺。手持ちのマップには載っていなかったが、土蔵造りの寺という表示が見えたので、立ち寄ってみた [続きを読む]
  • 湯島天神から旧岩崎邸庭園へ
  • 手持ちのマップがかなりおおざっぱなので、不忍池に出てしまった。そこで庭園への案内表示が目に留まり、少し戻る感じで入り口にたどり着いた。まるで神社の参道のような坂道を登っていくと、洋館が見えた。残念ながら修理中だった。中に入ると薄暗く、それが建物の重厚さを一層際立たせている。禁止事項の表示と、監視員の多さが物々しい。マナーの悪い見学者が多いのだろうか。国の重要文化財だからだろうか。気品のあるトイレは [続きを読む]
  • 湯島天神へ
  • 湯島天神へ。こちらは、参拝客でにぎわっていた。寄り道しながら来たことで、わき道からの参拝になってしまった。きちんと表鳥居をくぐればよかったと、今になって思う。まず目についたのが、なで牛。天神様に来た実感が湧く。本殿は総檜造りになっている。湯島天神といえば梅が有名だが、すでに終わっていた。本殿からの太鼓橋に和装の数人の姿が見えた。どうやら神前結婚式で花嫁を迎えるところだったのかもしれない。社殿の周り [続きを読む]
  • 御茶ノ水から湯島聖堂へ
  • 御茶ノ水駅の改札を出て聖橋を渡り終えた所で、このまま交差点まで進むか、脇の石段を降りるかふと迷った。石段を降りて、まずは仰高門へ。門をくぐると右手に孔子銅像が見えた。高さが4.57メートル、孔子の銅像では世界最大なのだそうだ。 杏壇門から大成殿(孔子廟)。中国風の造りになっている。人がまばらなのは団体客がいないせいだろうか。湯島聖堂は、幕府直轄の昌平坂学問所になったことで、日本の学校教育発祥の [続きを読む]
  • 御茶ノ水から湯島聖堂へ
  • 御茶ノ水駅の改札を出て聖橋を渡り終えた所で、このまま交差点まで進むか、脇の石段を降りるかふと迷った。石段を降りて、まずは仰高門へ。門をくぐると右手に孔子銅像が見えた。高さが4.57メートル、孔子の銅像では世界最大なのだそうだ。 杏壇門から大成殿(孔子廟)。中国風の造りになっている。人がまばらなのは団体客がいないせいだろうか。湯島聖堂は、幕府直轄の昌平坂学問所になったことで、日本の学校教育発祥の [続きを読む]
  • 岩槻城散策
  • 岩槻城は太田道灌が築いた城、と今まで頭にインプットされていた。ところが最近、成田氏が築城したという史料が見つかったことで、今のところ両論並立となっているらしい。かつては川と沼と町屋を取り込んだ総構えの壮大な平城だったと言われているが、今はそのほとんどが公共施設や住宅となっていて、往時をしのぶものはわずかに、移設された門や一部残っている土塁、空堀だけとなっている。 [続きを読む]
  • 岩槻城散策
  • 岩槻城は太田道灌が築いた城、と今まで頭にインプットされていた。ところが最近、成田氏が築城したという史料が見つかったことで、今のところ両論並立となっているらしい。かつては川と沼と町屋を取り込んだ総構えの壮大な平城だったと言われているが、今はそのほとんどが公共施設や住宅となっていて、往時をしのぶものはわずかに、移設された門や一部残っている土塁、空堀だけとなっている。 [続きを読む]
  • 大多喜散策
  • 千葉県大多喜町。徳川四天王のひとり、本多忠勝の城下町でもある。いつか一度は訪れてみたいと思っていたが、わざわざというよりは、何かのついでの折にでも、と考えていた。今回所用が出来て、そのついでの機会が巡ってきた。ただし、月曜日、雨天というあまり芳しくない条件のもとに・・・。車で町の中に入って、古い建物が思った以上に多いというのが第一印象だった。駅前の案内所で地図をもらい、雨天のため貸自転車は諦めて歩 [続きを読む]
  • 大多喜散策
  • 千葉県大多喜町。徳川四天王のひとり、本多忠勝の城下町でもある。いつか一度は訪れてみたいと思っていたが、わざわざというよりは、何かのついでの折にでも、と考えていた。今回所用が出来て、そのついでの機会が巡ってきた。ただし、月曜日、雨天というあまり芳しくない条件のもとに・・・。車で町の中に入って、古い建物が思った以上に多いというのが第一印象だった。駅前の案内所で地図をもらい、雨天のため貸自転車は諦めて歩 [続きを読む]
  • 芝増上寺
  • 植込みを手入れ中の公園を通り抜けていくと、増上寺への表示があった。三田から歩いてきたので、増上寺への訪問は裏手からになってしまった。細い通路を進んで最初にたどり着いたのが茶室。貞恭庵というのか。大師堂を参拝し門に向かうと、10人前後の若者が門の脇の地べたにじかに座っていた。異様な感じがして、脇を通り抜けるのを少しためらった。建物から出てきた若い僧が、何も言わずに通り抜けて行った。たむろしているのは [続きを読む]
  • 芝増上寺
  • 植込みを手入れ中の公園を通り抜けていくと、増上寺への表示があった。三田から歩いてきたので、増上寺への訪問は裏手からになってしまった。細い通路を進んで最初にたどり着いたのが茶室。貞恭庵というのか。大師堂を参拝し門に向かうと、10人前後の若者が門の脇の地べたにじかに座っていた。異様な感じがして、脇を通り抜けるのを少しためらった。建物から出てきた若い僧が、何も言わずに通り抜けて行った。たむろしているのは [続きを読む]
  • 田町から三田、麻布十番
  • 田町駅で降りるのは初めてだ。ここも今まで縁がなかった。駅から少し歩くと慶應義塾大学がある。そのシンボルともいえる図書館?ビルに挟まれた環境にあるとは・・・、門をかねているとは・・勘違いだった。その奥に見えるレンガ造りの建物が図書館。さすがにアカデミックな雰囲気がある。こんな雰囲気の中を通学してみたかったと思う。近くの路地を入ると○○荘という建物があった。昔懐かしい下宿屋の佇まいだが、今も学生が住ん [続きを読む]
  • 田町から三田、麻布十番
  • 田町駅で降りるのは初めてだ。ここも今まで縁がなかった。駅から少し歩くと慶應義塾大学がある。そのシンボルともいえる図書館?ビルに挟まれた環境にあるとは・・・、門をかねているとは・・勘違いだった。その奥に見えるレンガ造りの建物が図書館。さすがにアカデミックな雰囲気がある。こんな雰囲気の中を通学してみたかったと思う。近くの路地を入ると○○荘という建物があった。昔懐かしい下宿屋の佇まいだが、今も学生が住ん [続きを読む]
  • 神楽坂界隈
  • JR飯田橋駅を出て、牛込橋を渡る手前に石垣がある。牛込御門跡の石垣だ。ここに二つの門を直角に配置した枡形門があったらしい。牛込橋の下は中央線と総武線が走っている。ちょうど中央線の電車が来たところだ。この中央線の線路から向こう岸までがそのまま外堀だったとしたら、そのスケールの大きさに驚く。 神楽坂の横丁を散策して(前回掲載)神楽坂通りに戻ると、毘沙門天・善国寺があった。正面から撮ろうとしたが、人が [続きを読む]
  • 神楽坂界隈
  • JR飯田橋駅を出て、牛込橋を渡る手前に石垣がある。牛込御門跡の石垣だ。ここに二つの門を直角に配置した枡形門があったらしい。牛込橋の下は中央線と総武線が走っている。ちょうど中央線の電車が来たところだ。この中央線の線路から向こう岸までがそのまま外堀だったとしたら、そのスケールの大きさに驚く。 神楽坂の横丁を散策して(前回掲載)神楽坂通りに戻ると、毘沙門天・善国寺があった。正面から撮ろうとしたが、人が [続きを読む]
  • 神楽坂散策
  • 谷中散策で小旅行気分に浸れたことに味を占め、今度は神楽坂に来てみた。JR飯田橋を出て、牛込橋を渡ると、前方に神楽坂が見えた。並木道で意外に現代的な雰囲気の坂道だ。写真を撮ろうかと思ったが、人の行き来が多く、その雰囲気でないので諦めた。 石畳のいかにも神楽坂、という路地を入っていくと、下調べで見た風景にいきなり出会った。かくれんぼ横丁。その先は丁字路になっていた。いかにも神楽坂という眺めを堪能して [続きを読む]
  • 神楽坂散策
  • 谷中散策で小旅行気分に浸れたことに味を占め、今度は神楽坂に来てみた。JR飯田橋を出て、牛込橋を渡ると、前方に神楽坂が見えた。並木道で意外に現代的な雰囲気の坂道だ。写真を撮ろうかと思ったが、人の行き来が多く、その雰囲気でないので諦めた。 石畳のいかにも神楽坂、という路地を入っていくと、下調べで見た風景にいきなり出会った。かくれんぼ横丁。その先は丁字路になっていた。いかにも神楽坂という眺めを堪能して [続きを読む]
  • 寛永寺から上野東照宮へ
  • 谷中散策後も余力があったので、上野に足を延ばすことにした。寛永寺を過ぎたあたりから、往来を行き来する人の数も目立って増え始めた。国際子ども図書館は、たぶん初見だと思うが、その大きさには迫力を感じた。どんな関連かは知らないが、小泉八雲と表記された像があったので、それを入れて写したら建物がはみ出てしまった。 すぐ近くの芸大に沿って、長い行列ができていた。比較的高齢の男ばかりが目立つ列で、延々と続い [続きを読む]
  • 寛永寺から上野東照宮へ
  • 谷中散策後も余力があったので、上野に足を延ばすことにした。寛永寺を過ぎたあたりから、往来を行き来する人の数も目立って増え始めた。国際子ども図書館は、たぶん初見だと思うが、その大きさには迫力を感じた。どんな関連かは知らないが、小泉八雲と表記された像があったので、それを入れて写したら建物がはみ出てしまった。 すぐ近くの芸大に沿って、長い行列ができていた。比較的高齢の男ばかりが目立つ列で、延々と続い [続きを読む]
  • 言問通りから寛永寺へ
  • 谷中は寺が多いので、予め訪れる寺の目星をつけておいた。この寺を選んだのは、八万四千体地蔵という表記があったからだ。寺の名前は、浄名院。言問通りを上野方面に歩いていくと、道路沿いにあった。ごく一般的な広さの寺だが、門を入って左奥にお地蔵様が整然と並んでいた。 浄名院のすぐ近くに寛永寺があった。著名な寺の割には人影もまばらで、静かなたたずまいの中にあった。寛永寺。玄関には葵の御紋が。根本中堂門を入 [続きを読む]