グリーフ・ピア・サポート小平 さん プロフィール

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グリーフ・ピア・サポート小平さん: 離別〜喪失の耐えがたい悲痛
ハンドル名グリーフ・ピア・サポート小平 さん
ブログタイトル離別〜喪失の耐えがたい悲痛
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/grief_peer/
サイト紹介文人生の半分を共に過ごしてきたパートナーとの離別。悲しみと絶望、グリーフ・複雑性悲嘆の世界。
自由文自分自身の悲嘆と向き合うため、同じ苦しみにある人どうし支えあうため、また、お互いの生き方から学ぶため、グリーフ・ピア・サポート小平を立ち上げました。講演会や勉強会、ピアグループの開催などを開催しています。ブログでは、喪失の悲しみと絶望について、書き綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供356回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2016/04/27 12:28

グリーフ・ピア・サポート小平 さんのブログ記事

  • 思い出よ消えよ、そして僕に、未来なき今を与えよ!
  • 喪失の悲嘆とは、いったい何なのだろう?何だったのだろう?最近は、僕が悲嘆(グリーフ)と命名した、あの激しい感覚に襲われることがなくなっているように感じる。終わったのだろうか?それは分からない。でも、思い出は失った、と思うことがある。思い出は、感情や激しい想い、情感を伴った記憶。記憶とは、単に、何気なく目にしたテレビドラマの1シーンのように、ストーリーも流れも、登場人物の心の内も知らずにたまたま目にし [続きを読む]
  • 悲嘆の終わり or not
  • 丸7年・・・あれから、7年も経ったんだ。その間、いろいろあった。信じられないような変化。気が狂いそうになりながらも、辿り着いた地平。たぶん、変化すら分からないくらいの変貌。もう覚えていない、以前の僕。僕がどんな人間だったのか?それは、思い出すこともできないほど遠い昔。記憶を失い、思い出を持たない人生。別に、それでいいって思う。家族は大切なのかもしれない。絆は大切なのかもしれない。居場所は大切なのかも [続きを読む]
  • 離婚と離別、別れの本質・確信
  • 離婚と離別って、同じもの?もちろん、離婚以外の離別って、たくさんある。この日本って言う狭くて過密な土地でさえ、年間数万人もの人が消えている。僕のは死別じゃないから、離婚カテ。ガチな「行方不明」もあるから、一緒にはできない。僕のは、ガチなものに比べたらユルい。誰かと一緒に、ご飯たべるの、数が月に一度。ブライベートな話するのも、年に1〜2度。笑うことも、おしゃべりすることもない。このブログって、「離婚 [続きを読む]
  • 曖昧な現実感
  • 別れたことを印す明確なものが何もない。離別が死別と大きく異なるのが、その「曖昧」さ。本当に、何もない。薄れゆく曖昧な記憶が、本当の出来事だったのか否かを印す痕跡が何もない。その人の居場所も生死も、その両親の現在も、友人だった人の存在も、本当に、何もかも消えてしまった。僕と彼女の、共通の友人だった人たちの何人かは恐らく、もう「この世」にはいない。(何人かは「末期」だったし、「爆弾」を抱えている人もい [続きを読む]
  • 定時で帰れた日〜料理三昧
  • ひとりだし、残業が多いので、めっきり外食ばかりの日々になってる。ふたりで暮らしていた頃は、僕が料理担当だったし、料理はもともと大好き。たまの休日だけ料理する、いわゆる「男の料理」は邪道である。料理の真髄は、日常的な営みの中で洗練されてゆくもの。だけど、最近はめっきり料理しなくなった。定時で仕事が終わったその日、帰り際に大型スーパーに寄って、大量の食材を買った。チビチビ呑みながら、鍋やフライパンをふ [続きを読む]
  • 茅ヶ崎から江ノ島へ
  • 寝坊をした、よく晴れた日の休日僕は、湘南海岸を歩いた。茅ヶ崎駅を降り立ったのは、既に正午を回った頃だった。駅から海まで、約20分ほど。サザン通りを歩く。雰囲気は、何となく「湘南」突き当たりのビーチは、Cのオブジェのある「かぼちゃ」ポイント。晴れてウネリの入る海には、多くのサーファーが来ていた。湘南海岸は、鵠沼しか入ったことがなかった。ここ茅ヶ崎は、サザンと言う名前の通り、どことなく垢抜けた雰囲気が漂 [続きを読む]
  • 僕は誰?、この世界は何?
  • 結局のところ、人生って何だろう?生きるって何だろう?人間って何だろう?その答えを知る者は、どこにも存在しない。答えらしきものを語る人は、世間や歴史上に溢れているにも関わらず、事実、存在していない。考えてみてほしい。今の技術なら、数時間で一周できるくらいの地球と言う星。50億回、その恒星(太陽)の周りを回っていたら、僕たちが生まれた、人生が生まれた。これは何なのだろう?僕たちがいくら、「知っている」と語 [続きを読む]
  • 溶けてゆく思い出と記憶、そして僕
  • ずっと一人で過ごしている。休日は、僕にとっては、いつもと全然違う自分。否、本当の僕、本来の僕?一人でいると、僕には本当に、彼女がいたんだろうかって感じる。親密な人と22年間、共に暮らしたのは、事実だったのだろうか?現実だったのだろうか?実家や親きょうだい共、何ヶ月も何年も連続をとっていないと、みな生きているんだろうか、存在してるんだろうか、って感じる。自分からアプローチしなければ、誰からも連絡はない [続きを読む]
  • ワーカホリック・スカイ
  • この日は、朝9時から深夜23時まで、連続で働く。10件近い新規のケアを同時並行でコーディネートしながら、月100時間を超える直接支援にも携わる。管理者、サービス提供責任者、ヘルパーの、3足のワラジをこなす。事務所に戻る僅かな時間には、やらなければならないことが山積みだ。パートさんにも、楽しんで仕事をしてもらえるよう気遣う。こんな生活をしてると、逆にハイテンションにさえなる。次の休日は、仕事の日より早起きし [続きを読む]
  • 絶望がもたらす光
  • いつだって、世界は異常だった。古来より人は、憎しみあい殺しあい、狂気に満ちていた。結局、守りたいものを守るために、見ようとしなかっただけ。狂気は幸せを謳歌してる時だって、常に傍らにいた。人を愛すると言うことは、現実から目を反らすこと。否、現実は直視できないほど、耐えられないほど、矛盾と狂気と理不尽さに満ちているからこそ、人は「愛」を渇望する。見たくもない現実から、目を反らすために・・・これでいいん [続きを読む]
  • 稲村ヶ崎にて
  • 今年の夏は、天候不順で大変だったけど、波乗りする人にとっては良い夏だったのかもしれない。迷走した台風5号や15号のおかげで、何日もウネリが沿岸まで届いていた。普段は小波しかない湘南でも、シェィプされた波がコンスタントに届いていた。その模様は、YouTubeで多数アップロードされている。その日も、普段はほとんど波のない由比ガ浜にも良い波が入っていた。過活動が収まって仕事も忙しい昨今、朝早く起きられなかったけど [続きを読む]
  • いったい、誰だったのだろう?
  • 共に分かち合い、多くの時を過ごし、心を通わせ、愛し愛されたあの人は、いったい誰だったのだろう? 疑いようもない、確かではっきりとした存在。 20余年の長きにわたり、同じ時、同じ道、同じ場所を共有しあった人。 それが終わりを告げ、学んだことは、結局は人は、誰のことも知ることはできない、家族も恋人もパートナーも親友も、かけがえのない人が何者なのか、知る人はいないと言うこと。 それは、たぶん、自分が誰なのか、 [続きを読む]
  • あれから7年〜短くはない年月
  • 離別〜あれから7年が経とうとしている。7年と言えば、決して短くはない年月だ。 激動の歳月・・・、と言う訳ではなかったけれど、その間にあったこと、体験したこと、自身の変化は、一言では表せないくらい激しく大きなものだった。 ひとりぼっちになり、自分を写し出す鏡がない中、自分自身を客観的に捉えることはできないけれど、自分はどういった人間なのか、それなりに自覚しているものはある。 一言でいえば、刹那的になった [続きを読む]
  • 最近のインド・アジア料理、カレー屋さんが旨い理由(わけ)
  • 最近、インド料理屋さんが、やたら目立ち、しかもどこも美味しくて、タイ・カレーやベトナム料理もメニューにあって、アジアン・ハイブリッドなお店が増えていて、気になっている。ネット情報によると、ネパール人の来日?移民?移住?出稼ぎ?が多いらしい。ネパールの人や文化は知らないけど、もし、最近のカレー屋さんのカレーの旨さがこれと関係あるのなら、ネパール人スゴし!、って言う感じがする。日本にあるインド料理屋さ [続きを読む]
  • 台風15号迫る千葉の海で、孤独のグルメ的週末旅②
  • 朝起きて外を見ると、昨日とは打って変わって小雨が混じるどんよりとした空模様。 海も凄いことになっている。水しぶきを上げて、波がブレイクしている。沖合いからは、次から次へとうねりが押し寄せている。サーファーも皆無だ。 コンビニで買った食パンに、卵サラダとベーコンを挟んだ朝食を頬張りながら、チェックアウトまでソファーに腰掛けながら眺める。荒々しい海を見るのもワクワクする。チェックアウトを済ませ外に出ると [続きを読む]
  • 台風15号迫る千葉の海で、孤独のグルメ的週末旅①
  • 8月最後の平日休み。しかも、貴重な2連休。 台風15号が小笠原諸島近海に近づいている。出掛け先は、文句なく千葉だ。先週に引き続き、御宿へ行く。 前回は岩和田の海の家を利用したのだけれど、今回は予約してるホテルの関係で、御宿中央の海の家に行ってみた。 5〜6件あった海の家は、8月最後の週末を過ぎ、営業してるのは一件のみ。他は解体作業中だ。 先の土日で海水浴場は終わり。だけれど、この日はよく晴れていて、海水浴場 [続きを読む]
  • 少しは落ち着いてきたのかな?
  • 離別後の激しい悲嘆は、7年目の今年に入ってから、だんだんと落ち着いてきたのかもしれない。 今年の元旦には寂しくて一人で大泣きしたり、上智大学には通えなくなったり、虚しさに耐えきれなくてぐちゃぐちゃになったこともあるけど、また、今でも悲嘆の波にときおり襲われることもあるけど、それでもだいぶマシになったと思う。 喪失の耐えがたい悲痛も、耐えられる痛みへと和らいだ気もする。 素の自分を見せられる人や場はほと [続きを読む]
  • 今、それが人生の全て
  • 実際、明日、僕らが生きているかは誰にも分からない。そんな人生の真実の中、だったひとつだけ確かなことがるとしたら、今、僕たちは生きてる、って言うことだけ。明確なものは何もなくて、頼れるもの、確かなものなんてドコにもなくて、でも、今だけはある。本当に貴重で、かけかえのない今この瞬間。明日は夢でしかなく、過去は残骸で、あるのは今だけ。本当に愛おしいのは、過ぎ去った過去でも、何らかの期待を込めた未来でもな [続きを読む]
  • 人は、かくも弱きもの、かくも悲しき存在
  • 裏切られ、または去られ、もしくは、死や消息の分からない別れ・・・激しい喪失感や絶望から、新しい、今までとは全く別の自分、人生を歩み出すためには、たぶん、人生に期待しない、自分ごときを信じない、結局は何をやっても無駄になることも多々ある、意味さえも吹き飛んでしまうようなことも往々にして起こりうる・・・こんな世界観を受け入れなければならない。これは生易しいものではなく、実際、とても困難なことである。今 [続きを読む]
  • 生きながら、生まれ変わる
  • 深刻な喪失体験を経て死ななかった(死ねなかった)僕は、たぶん、生きながら生まれ変わりを経験した、している。常に、家族が親友がパートナーが、いてくれたあの頃に比べたら、今は、辛くてもイライラしても、体調が悪くても病気になっても怪我をしても、うまくいかないことがあっても誰かから攻撃されても、守ってくれる人も逃げ込める場所も、癒しが得られるところも何もない。何があっても、どんなに辛くとも苦しくとも、たった [続きを読む]
  • 海の家がある夏
  • よく晴れた平日休みの日、僕は、千葉の海に出掛けた。出掛けた先は、御宿・岩和田。8月に入って雨続きだったビーチも、久しぶりの快晴で賑わいを取り戻していた。海の家も、家族にグループに、いつもの夏と変わらない華やいだ雰囲気が漂っている。サーファーの姿も目につくけど、残念ながらの小波。波乗りを楽しむ、と言うより、夏の海をカラダいっぱい受け止める感じ。昼は、屋根の下から強烈な陽射しを眺めながら、缶ビールを呑 [続きを読む]
  • 僕って、こんな人間だっけ?
  • 喪失体験や悲嘆やグリーフを経験すると、生活や人間関係から、何もかもが変わると言う。 僕の変化が人と比べて、大きいのか普通なのかも分からない。 関心も接点もなかった波乗りをはじめたり、したこともない夜遊びだって経験した。体型や肌の色も変わった。趣味嗜好、ファッションだって変わる。仕事観も職場も立場も能力も変わる。協調性と積極性、独断性のバランスすら変わる。 ここまで変われば、ほぼ別人。でも、これが現実 [続きを読む]
  • 手紙
  • 仕事で、利用者さんから手紙を頂いた。 その人は、精神障害で家族もみんな死んじゃって、身寄りのない人。 精神病院の入退院を繰り返しながら、地域で暮らしている。精神的に不安定だから、ご近所からのクレームや警察沙汰も日常茶飯時。 介護の現場からしたら、いわゆる「支援困難事例」 でも、支援困難になっちゃうほどの人生、歩んじゃったから。 いつも、「プレゼント」もらってる。 今回は手紙。 何か癒される。一生懸命生き [続きを読む]
  • セツナイ系
  • 少し前に読んだマンガ「私の少年」30歳のOLと13歳の少年との疑似家族的な交流を描くストーリー。僕のような孤独な人間には、グッとくる内容だ。 悲嘆やグリーフを扱った作品と言うと亡くなった相手との「絆」を描くものが多いけど、こちらはダメだ。以前学んでいたグリーフカウンセリングセンターの講座でも、この手の映画のDVDを皆で回し観していたけど、僕は借りなかった。 さて、下記も少し前に読んだマンガ「僕だけがいない街 [続きを読む]